IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第三十三話~落日~

 レイシィが、倒れた。

 

 モンド・グロッソ決勝戦、その日。

 一緒に千冬姉の応援に行こうと、いつもの場所にレイシィを誘いに行った。

 レイシィは、約束通り、いつ行ってもこの廃ビルの屋上で待っていてくれた。

 こいつに初めて会ったあの日から、千冬姉のせいではないけれど、なんとなく千冬姉の近くに居ることに居心地の悪さを感じるようになってしまった俺は、試合の合間に時間を見つけ、毎日会いにいった。

 

 レイシィは嫌がらず、むしろ喜んでくれた。

 けれど、毎日会いに行っているからこそ、俺はレイシィの様子が日に日におかしくなっていっていることに、気がつかない訳にはいかなかった。

 

 段々、顔色が悪くなってきた。

前みたいに、いっぱい笑ってくれなくなった。

俺が何を話しても、まるで聞いていないようにぼぅっと空を眺めていることが多くなった。

 

 勿論、それに対して何もしなかったわけじゃない。

俺はことあるごとに、体調が悪いのか、何かあったのかと尋ねたが、レイシィは俺が指摘したことを頑なに否定し、認めようとしなかった。

 けれど否定の言葉を口にしながら笑うレイシィは、やはり眩しかったけれどどこか無理をしているように見えて。

 

 だから俺は、こいつの問題に対して何も出来ることがないのなら、せめてこいつを守りたいと思った。

 そして、その気持ちをレイシィに伝えた。

 

 「……駄目だよ、一夏。これ以上、君から貰う事なんて出来ない」

 

 レイシィはそれすらも拒絶したけれど、俺はこれだけは譲らず、一方的に自分の誓いを押し付けた。

 こいつがひとりぼっちの俺を、救ってくれた時のように。

 いつかきっと全部打ち明けて貰えると信じて。傍にいて、支えてあげたかった。

 それなのに。

 

 「レイシィ!」

 

 彼女がこんなことになるまで。

 俺は結局、何も出来なかったんだ。

 

 「お、おい! どうしたんだよ。しっかりしろ!」

 

 半狂乱になりながらレイシィに駆け寄り、顔色を伺いながら体を揺らす。

 

 「あ……」

 

 意識はあるようだ、しかし朱が差していて可愛らしかった頬は今や見る影もない程青ざめ、手は震え、目は焦点があっておらず何も映していない。医学知識なんて何もなくても、これが尋常じゃない状態であることくらいは理解出来た。

 

 「待ってろ! 今、人を呼んで……!」

 

 そこまで言って携帯電話を取り出そうとするが、

 

 「……ない!?」

 

 ポケットを弄り、そこにある筈のものがないことにようやく気がつく。

そんな、ここに来る前は、確かにあった筈なのに!

 

 「……くそっ!」

 

 歯噛みしながら、助けを呼ぶために立ち上がろうとする。

 しかし、

 

 「……!」

 

 レイシィに腕を掴まれ、俺は立ち上がれずにつんのめる。

 

 「れ、レイシィ! ちょっと……」

 

 「……大丈夫、大丈夫だから……一人に、しないで」

 

 懇願するように言われ、俺はどうしたらいいのか迷う。

 このまま、こいつを背負って下までいこうか?

 ……いや、下手に動かしちゃいけない症状だったら、それも不味い。だけど……

 

 「……ありがとうね、一夏。平気だよ、こうしててくれれば、きっと、良くなるから」

 

 俺がテンパっている内に、そう言って俺の腕に凭れ掛かってくるレイシィ。

 ……全く、とてもそうは見えないような顔してるから、こっちは焦ってるってのに。

 

 「……わかった。大丈夫なんだな? 信じるからな?」

 

 「……うん。ごめん、迷惑だよね。今日、お姉さんの、大事な日なのに」

 

 レイシィの言葉で、ようやく試合のことを思い出す。

 未練はあった。千冬姉をがっかりさせるかもしれないし、千冬姉の勇姿は見たい。

 けれど、出来るだけそれが顔に出ないよう、俺はレイシィを安心して貰いたくて、

 

 「迷惑なんかじゃねーよ、約束しただろ。守るって」

 

 そう、何度も口にした言葉を、言った。

 

 「……もう、酷いよ、一夏は……もし君のその言葉を、受け入れられたら……もしかしたら、本当に、

ボク、は……」

 

 「? なんだよ、なんて言った?」

 

 「ううん、なんでもない、なんでもないけど……ありがとう、一夏。君と逢えて、良かった」

 

 「お、おう……?」

 

 「ふふ……♪」

 

 最後に呟いた言葉が聞き取れず、頭を捻る俺を他所に、レイシィは体から力を抜いた。

 腕と体にかかる重さと、何より温もりが増して戸惑う。けれどそんな俺の反応を楽しんでいるように笑うレイシィの表情は確かに先程までより若干生気が戻っていて、同時に少し安心した。

 

 「ほら、じゃあ、良くなるまでこうしてやるから少し休んでろ。立てる様になったら、病院にいくからな」

 

 だから着ていた上着を脱いでレイシィに掛けながら、そんなことを言う位の余裕も戻ってくる。

 

 「うん……ごめんね、一夏」

 

 「謝んなって……俺は大丈夫だよ、千冬姉には後で謝ればいいさ」

 

 そう、守るって約束した相手も満足に守れないようじゃ、最初から千冬姉の背中になんて、追いつけっこないんだから……俺は、こいつを守るんだ。

 

 今誰よりも守りたい人の頭を撫でながら、俺はそんな決意をする。

 レイシィはそれを嫌がらず、寧ろ嬉しそうに微笑みながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 こいつが、何を抱えているのかは知らない。

 仮にそれを俺が知ったとしても、所詮仮初の客に過ぎない俺に出来ることなんて、たかが知れてるかもしれないけど。

 でも、それでも、何か出来ることがあるなら、何だってしてやりたい。

 こいつが俺を救ってくれたときのように、俺が傍にいつことがこいつにとっての救いになってくれればいいと、心からそう思うから。

 

 「……いい夢を」

 

 眠ってしまったレイシィの寝顔を眺めながら、俺は今このとき、例えささやかでも彼女が幸せならいいな、と、そんなことを、ずっと考えていた。

 

 

――――――――・・・

 

 

 「……良かった! 一夏、一夏!」

 

 そんな泣きそうな声が降ってくるのと同時に、抱きしめられる。

 

 ……いつの頃の、ことだったろうか。

 確か、小学生に上がる前。そうじゃなくても、この歳になってしまうとそんな頃のことなんて記憶がおぼろげになってしまうものだが、その時のことははっきりと覚えている。

 

 それこそ何もかも、自分の名前も、こうして涙をボロボロ流しながら俺のことを痛いぐらいに抱きしめてくる人の名前さえ失くしてしまった俺が、『織斑一夏』として、生まれ変わった時のこと。

 

 千冬姉の涙なんてもんを見たのは、あの時が最初で最後だった。

 記憶を失くした俺には、この時点で彼女があんなに強い人だなんて知りようもなかった。

 けれどただ一つ、この人が自分にとって大切な人であることだけは何となく覚えていて、自分よりずっと年上のこの人が、この時だけは酷く小さく見えて。

 そのことが、どうしてか自分でもわからないけれど凄く嫌で。

 グルグル包帯が巻かれ、酷く痛む頭で考えて考えて、どうすればこの人が泣き止んでくれるのか、必死に考えた。

 そうして至った結論は、いかにも歳相応の子供らしいものだった。

 

 ――――誰かが、この人をいじめたんだ。

 

 自分の置かれている状況も満足に理解していない俺は、そう決め付けると、鉛のように重い腕を何とか動かし、俺の胸に顔を押し付けて泣き続けるその人の頬に手を当てて、

 

 「……泣か、ないで。大丈夫、俺が……俺が、守るから」

 

 そう、言った。

 

 ……今思えば、あの千冬姉相手にとんだことを言ったモンだと思う。

 実際、今でもたまにこの時のことを引き合いに出されて千冬姉には笑われることがある。

 

 けれど……それでも、俺はこの時自分がこの言葉を口にしたことを、後悔はしていない。

 きっと、この言葉が……俺を、『織斑一夏』にしてくれたんだと、そう信じているから。

 

 

――――――――・・・

 

 

 「ん……」

 

 随分、昔の夢を見ていた。

 周囲を見渡すと、もう既に太陽は半分以上が地平線に引っ込んでしまっているのがわかる。

 どうやらレイシィにつられ、フェンスに寄りかかるように座ったまま自分も寝入ってしまったらしい。

 ふと下を見れば、レイシィに掛けていたはずの上着を、逆に掛けられていた。

 それを見て、俺はようやく寝ぼけ眼の状態から今までの経緯を思い出す。

 

 「レイ……」

 

 名前を呼ぼうとしたところで、俺がいるところの反対側のフェンス越しに空を眺めている、レイシィを見つける。

 

 あいつは、ここから星を眺めるのが好きだ。

 もう日没も間近とはいえ日は出ている、まだ星がわかるようになるまでには時間がかかる筈だが、それでも待ちきれずに、ああして太陽と逆の方向の空をああやって眺めるのはあいつの癖だった。

 いつもの習慣が出来る程度には回復したのかもしれない、放っておいても大丈夫かと一瞬思ったが、今回はことがことだ、流石に一度ちゃんと診て貰った方がいいかと思い直し、俺はレイシィに近づいていく。

 

 「おはよう。起きたんだ」

 

 後ろから近づいてくる俺の気配を悟ったのか、あと5,6歩というところで触れることの出来る距離のところで、レイシィが振り向く。

 

 「あ……」

 

 日没間際の儚い日の光に照らされ、満面の笑みを浮かべるレイシィはとても綺麗で、思わず見惚れる。

 同時にこの瞬間に抱いた不思議な気持ちの正体がわからず戸惑う。が、そんな状態でも目はしっかりと血の気の戻った頬を捉え、

 

 ……良かった。こいつ、もう良くなったんだ。

 

 と、最後になってついでのように、そう思った。

 

 「そんなにじっと見ないで、照れるじゃないか……ほら大丈夫、ボクは一夏のお陰ですっかり良くなったよ」

 

 「そ、そっか」

 

 元気になったのをアピールするようにクルリと回るレイシィ。

そんな彼女をずっと眺めていたいと思うが、そうしてしまえばたった今抱いた、自分でもよくわからない気持ちを悟られてしまうような気がして、俺はレイシィから無理矢理目を逸らした。

 ……そんな照れ隠しの行動を皮切りに、この幸せな時間が終わってしまうなんて、この時は想像すら、していなかった。

 

 「……決勝戦、終わっちゃったね。ごめんね一夏、ボクの、せいで」

 

 「いいって。どうせ千冬姉の勝ちだろ、観なくったってわかるよ……今頃、携帯のニュースかなんかで多分結果が……あ」

 

 そこまで言ってポケットを探り、漸く携帯を失くしていたことを思い出すが、

 

 「はい」

 

 気がついた途端、視界に何かが飛び込んでくる。

 反射的に左手でキャッチし、見れば、紛れもなく俺の携帯電話だった。

 

 「……なんで、お前が持ってんの?」

 

 「ああ、やっぱり気づいてなかったんだ。今日、ここまで昇る階段の途中で見つけたんだ」

 

 「なんだよ……拾ったんなら早く言ってくれよ。失くしたかと思って肝を冷やしたぞ」

 

 「ごめんごめん……でも、それで見れるでしょ? 今日観れなかった、試合の結果」

 

 「ああ」

 

 話半分に携帯を開き、日本語のニュースのところに繋いでISのモンド・グロッソの項目を探す。

 流石に多くの人達が注目している大会だけあり、それは直ぐに見つかった。しかし……

 

 「千冬姉が……不戦敗? 試合直前に専用機と共に行方不明……なんだ、これ……」

 

 速報、とデカデカと表示されている、その項目を見て唖然とする。

 何が、起きてる?

 

 「その様子じゃ、上手くいったみたいだね……織斑千冬は、今頃血眼になって君を探しているよ」

 

 ニュースの内容に半ばパニックを起こしかけている俺に、淡々とそんな声が掛けられる。

 呆然としたまま頭を上げると、レイシィはいつもの微笑みを顔に貼り付けたまま、フェンスに手を掛けながらゆっくりと歩き始めていた。

 そして、フェンスに触れていない、握り締めていた左手を広げる。

 すると同時に、恐らく今まで握り締められていたであろうものが転げ落ち、音を立ててこちらに転がってくる。

 

 ……これは、注射器、か?

 

 「インスリン。中途半端なボクの演技なんかじゃ君を騙せないと思ったから、本当に『体調不良』になるしかないと思って用意したんだ。携帯電話が落ちてたっていうのもウソ。本当は、倒れて君が近くに来てくれた時に、こっそり抜き取ったんだ」

 

 ……こいつは、何を言っている?

 冷静な頭なら、この時点で自分が嵌められたことに気がついたかもしれない。

 けれど、パニック寸前の何も考えられない頭では、今目の前にいるレイシィの独白の内容の、一部さえ理解できない。

 

 「最初からこの時の為に、君に近づいた。本当は無理矢理攫ってしまう手筈だったけど、接触するタイミングが早すぎたし、一応あの織斑千冬の弟だからね。実力がわからない以上、実力行使は避けて……精神的に、君が参っているのを利用することにした」

 

 相変わらず、何を言ってるのかわからないけれど。

 それでもなんとなく、その先を聞きたくなくて、俺は覚束ない足取りで後ろに下がる。

 

 「お前……何言って」

 

 「まぁ、そうしたのはそういった理由の他にも、君の人となりがどういったものか、純粋に興味があったから、っていうのもあるんだけどね。けれど……今となっては、そんなことに興味を持ったことを後悔してる。だって……」

 

 そこまで、馬鹿みたいに淡々と、まるで予め決められていた台詞を喋るように淡々と話していたレイシィだが、ここにきて急に言葉に詰まった。

 

 今まで話を聞いていることしか出来なかった俺は、ここに来てとうとう耐えられなくなり、うわ言のように力のない言葉でレイシィを問い質した。

 

 「あ、あのさ、一夏」

 

 「なんだよ……」

 

 そう……これ以上聞きたくないのに、問わずにはいられなかった。

 もうそうすることでしか、自分を保てなかった。

 

 「ボクは、さ」

 

 「なんだよこれ……どういうことだよ!」

 

 一言でいい。

 気休めでいいから、嘘だと言って欲しかった。

 冗談か何かだと、笑い飛ばして欲しかった。

 それだけで、きっと俺はまた、救われた。

 

 「ボクは……さ。結局」

 

 だけど、レイシィは。俺がどうしようもないくらい惹かれた、あの暖かい笑顔を満面に浮かべて俺に向き直り、

 

 「最後まで、君を『君』として見る事が出来なかったよ。君がボクをどう思っていたかなんて知らないし、興味もないけれど……少なくともボクにとっては、君は『織斑千冬』を陥れるための、カードでしかなかった」

 

 今になって。

 あの時。俺が絶望した、変えようもない現実を、突きつけてきた。

 

 「あ……」

 

 なんだ。結局。

 

 「ああ……」

 

 最初から、俺の、居場所なんて――――

 

 「ああああああああああぁぁぁァァァ!!」

 

 そう思った途端、決壊寸前の思考回路は、とうとう壊れた。

何も考えられず、自分の中から湧き上がってくる、色々交じり合ってグチャグチャの感情を抑えることが出来ず、気が狂ったように走り出し、

 

――――!

 

 一度も振り返らず、下に通じる階段への扉を開け放ち、俺は逃げ出した。

 

 

~~~~~~side「ラウラ」

 

 

 「う……あ……」

 

 織斑一夏が、信じていた少女に裏切られた。

 その事実に憤る前に、私は頭に流れ込んでくる、感情の奔流に耐えなければならなくなった。

 

 憎い悔しい辛い悲しい嫌だどうして助けて――――!

 

 どれが一番強い感情かなんてわかりようもない。

 一つ間違えば間違いなく狂ってしまう。そう感じずにはいられない程、グチャグチャに混じり合ったな負の感情に苛まれ、私は頭を抱えながら周囲を憚ることなく涙を流す。

 

 これと同じ状態を、この時の織斑一夏は味わっていた。いや、元はといえば、これは奴の記憶なのだ。

 これではまともに物事を考えることなど出来る筈もないのに、織斑一夏は必死に走りながら、教官を探す。

 

 足元は覚束かず、何度も石畳の上に打ち付けられるように転ぶ。

 それでもその度にヨロヨロと起き上がり、フラフラと走る。自分は、ここにいる。そう、訴えるように。

 

 しかし、今度は救いの手は、いつまで経っても差し伸べられない。

 町の人間は誰もがいかにも自分の事が手一杯といった感じで、織斑一夏の脇をただ通り過ぎていく。

 そこら中で混乱が起きている。道路は先が見えないほど車が長い列を作り、信号はまるでクリスマスの飾りか何かのように滅茶苦茶に点灯している。街中の放送用スピーカーからは誰ともわからない声が絶えず次々と流れ、その近くで電話を掛けている人々が、そこから流れ出ているのが自分の声だと気がつき頭を抱える。

 

 一見すれば何かの冗談か何かに思えるような光景だが、そこらじゅうに居る人間たちの混乱に満ちた表情が、間違いなくこれは現実だと告げており、私は目の前に広がる状況に言いようも知れぬ寒気を覚える。

 

 「なんだこれは……一体なにが起きている?!」

 

 『公式じゃ織斑千冬が日本のISで独逸領空を飛び回ったから、って理由で起きたって言われてる、第二回モンド・グロッソ決勝戦の日に起こった独逸国内のインフラの大混乱……その本当の原因は、開催会場周辺をピンポイントで狙ったサイバーテロだったって事実は、あんだけ騒ぎになった割りにゃあ世間にはあんま知られちゃいない……ま、あのプログラムは使用された証拠が一切残らないってのも大きかったんだろうけど、アンタの国の政治家はは間違いなく優秀だよ。一体どんな手を使ってこの状況を収めた上で揉み消したのやら』

 

 「サイバーテロだと?」

 

 『ああ。一度世界を滅ぼしかけた史上最悪のコンピュータウィルス、『三月ウサギ(MarchHare)』。そいつが、今度はここでほんの一分間だけ暴れまわった結果がこれ……まぁ、良かれと思ってやったことなんだろうけどインフラの情報管理や整備をコンピュータに任せちまってたのが裏目に出たワケよ。嬢ちゃんも、名前ぐらいは聞いたことあるんじゃないの?』

 

 「…………!」

 

 未だに軍でも情報部門が恐れてやまない名前だ、知らない筈がない。

 『三月ウサギ』。過去に一度だけ使用され、世界を恐怖のどん底に陥れたコンピュータウィルス。これに侵入された情報端末は、内部で管理している情報を荒唐無稽な無茶苦茶な内容に書き換えられてしまう。しかも性質が悪いことに、その事実はその情報端末を管理している人間自身にはわからない。その情報端末を使って他の媒体と通信を行った際、その相手が漸く異常に気がつく事が出来るのだ。しかし、気がついたときにはもう既に遅い。通信が終わってしまった時点で、その相手の端末も『三月ウサギ』に侵されてしまっているのだから……。

 

 きっかけは、なんでもない、とある業者が発信した、チェーンメールだったという。

それは既に『三月ウサギ』に侵されており、単なる新商品の広告だったそれは、各国の首都を狙った大規模爆弾テロ予告文に化けた。そのメールを受け取った人々はその事実関係を確認しようと躍起になり、様々な場所と通信を行い状況をさらに悪化させた。

 最終的に、人々の『知りたい』故に起こした『調べる』という行動は、世界各国が所有する2000発以上ものミサイルの発射命令コードとなり、日本に向けて実際にその全てのミサイルが発射される事態となった。それを、何処からか飛来した謎の飛行物体が全て撃墜したのが、十年前に起こった『白騎士事件』の発端だ。

 

 そんな、悪魔のプログラムの開発者の正体は未だ判明していない。

問題のウィルスは白騎士事件の終息直後に消え失せ、異常に動作していた情報端末はまるで最初から何事もなかったの用に正常に戻った。ことの発端となったメールを作成した人間や所属する企業の周囲は徹底した調査が行われたが、このプログラムに関する情報は殆ど何も得られなかったという。

 唯一の手がかりは、その送られたメールの原本の原文の最後に、気がついたらもののついてのようにちょこんと書き足されていた、ここまで調べて何も掴めない無能達を嘲笑うかのような嫌らしいニヤニヤ笑いを浮かべる、目元を無茶苦茶な筆跡で塗り潰された手書きの兎の顔のイラストのみ。

 そしてその絵が、このプログラムが『三月ウサギ』と呼ばれることになる所以になった。

 

 「それが……よりにもよって、こんなタイミングで……!」

 

 『……ま、ついてなかったよな、ハニーはさ。こんな状況じゃなきゃ、こんな大泣きしてフラフラ走ってるガキをどいつもこいつも揃って放っておくなんてことにはならなかったろうさ』

 

 「……これが、貴様の言う織斑一夏が折れた背景、なのか?」

 

 勘違いとはいえ、ずっと信じ続けた姉に見限られ。

 そのことに絶望しきっている時に、救ってくれた少女に裏切られ、果てには姉に多大な迷惑を掛けた。

 織斑一夏がこれだけ教官のことを慕っていたことを考えれば、その事実は間違いなく奴を打ちのめしただろう。二度と立てなくなってもおかしくない。

 

 『……そう結論を急がず最後まで見ろよ。まだ続きがあるぜ』

 

 『声』が、そう言った瞬間。

 耳を劈く様な破砕音が後方から響き、それに僅かに遅れて石畳が大きく揺れる。

 

 「爆発?! 一体何が……」

 

 私が次々と移り変わる状況について行けずに戸惑っているうちに、目の前の『記憶』の織斑一夏はその音にはっとしたように首を上げると、ほんの少しの間躊躇したものの、直ぐに慌てたような表情で来た道を戻りだした。

 

 「まさか……」

 

 あんなに手酷い裏切りを受けて尚。この男はあの少女のことを、気に掛けているのか?

 織斑一夏の想像もつかない行動に一層戸惑いを濃くしつつ、私は転がるように滅茶苦茶に走る織斑一夏の背中を追った。

 

 




 ……はい、もはやこちらも定番になりますが、三話で纏まりませんでした。うん、「また」なんだ、すまない。謝って許してもらおうとm(ry
 過去編は次話で本当に締める予定です。レイシィの正体に関してはもう察しのいい人はお気づきかと思いますのでネタバレもないと思いますが、詳しく語るのはもう少し先になってしまうかと思います。
 原作では単なる『ハッキング』によるものだった白騎士事件発端のミサイル発射にアクセントを加えたのは、一応少しだけ意味のある改変だったりします。次話でその辺りの伏線にちょろっと触れようかなと考えてます。

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