――――!
白い刃と黒い刃が真正面からぶつかり、火花を散らす。
千冬姉の得物。
千冬姉の機体。
千冬姉の技。
本当であれば、これだけのものを前に俺なんかが太刀打ちできる筈が無い。
一年前までずっと追いかけ続けて。
それでも、結局最後までその背中すら、掴むことが出来なくて。
今じゃそれを追いかける資格すら失った俺が、今更千冬姉そのものと戦って打ち倒そうなんて虫のいい話がそうそう通らないのは道理、叶うはずも無い。
けれど、こいつは偽者だ。
千冬姉本人ではないし、得物も仮初で技も模倣。
だったら、勝てていい筈だ。俺が、打ち倒せたっていい筈だ。
ずっと、誰よりも近くで、見てきたんだから。憧れて、追いかけ続けてきたんだから。
この形だけ真似した不細工な置物を、誰よりも強く否定する権利がある筈だ!
「おおおおぉぉぉォォ!」
それなのに。
――――!
近距離からの踏み込みを見切られ、足を掛けられる。
バランスが崩れたところに、すかさず攻撃が入る。
何とか見切ろうとするも、漣のような黒い軌跡しか捉えられず、直後にスラスターが使い物にならなくなったことを悟る。
どうして、俺は。
とっさに、先程使った『技』に頼ろうと『雪片二型』を指の中で慣らし始める。
だが、振り抜いた刃を即座に反転、逆手に持ち替えての二段斬りに持ち込もうとした際に、持ち替えの際柄を握る力が弱まるこの技の弱点を的確に突かれ、柄をしっかり握っていなくて尚腕が衝撃で痺れるような重い一撃に雪片を弾き飛ばされ、
――――!
為す術なく首に一撃を貰う。
絶対防御が働き、俺の首が飛ぶことはなかったが、代わりに衝撃で一回転し、地面に打ちつけられた。
こいつに。こんな偽者に、手も足も出ないのか。
「ぐっ……」
負けない。負けるわけにはいかない。
どんな無様でもいい、刺し違えてでもあいつを倒す。
そう思い、痛む全身に鞭打ち、立ち上がろうとするが、
「SEが……!」
そうしようとした途端に重くなる機体。
すでに、零落白夜を一回使い、その後に致命的な攻撃を二回も受けた。
『白式』のSEは、もうスッカラカンだった。
『おーいおいおい、いくら相手がマム特製『VTシステム』で、図星突かれて真っ赤っかだったつったってこりゃあ幾ら何でもお粗末過ぎるってもんじゃないですかねぇ……そんなんでさぁ、お友達を守れるつもりでいたワケ?』
こちらを小馬鹿にしたような笑い声をあげながら、黒い『暮桜』が倒れた箒を足で小突く。
それを見ただけで、頭の血管が切れそうになる。止まるな動けと手足を動かすが、『白式』は梃子でも動いてくれない。
なんでだ。
何で俺は、こんな肝心なときに限って、無力で。
守ってもらうことしか、できなくて。
こんな惨めな思いをするくらいなら。俺のせいで誰かが傷つくことを、容認するしか選択肢がないのなら。
いっそのこと、―――てしまいたいと。
そう願うことすら、許されなくて。
大事な人を失い、目的を失い、積み重ねた自分自身を失い。
残骸になった『織斑一夏』では、あんな千冬姉の偽者にさえ、及ぶべくもないっていうことか。
それなら、あの『黒煌』の言ったことだって、あながち出鱈目じゃないのか?
箒との思い出も。
シャルルを助けたいと、願ったことも。
全部どうでもいいと、心の中ではそう思っていたから、俺はあいつ等を……
『一緒に、強くなるぞ、一夏』
『僕は、『ここ』にいたい……!』
「あ……」
違う。
例え、今の俺が抜け殻でも。
あいつ等の声を聞き、心は動かなかったのか。あいつ等と共に過ごし、何も感じなかったのか。
『関係あるかよ、そんなこと。いいか、俺は――――』
そんなことを考えたとき、かつての自分の言葉が頭をよぎった。
笑ってしまう。
あんなに無残な結果になって、死ぬほど後悔した癖に。
千冬姉の背中を見失って、迷子のまま開き直って生きていくことを選んだ情けない男の癖に。
俺はまだ、あの時口にした言葉を、嘘にしたくないらしい。
「オオオオおおおおおぉぉぉォォ!」
――――動け!
SE残量なんて関係ない。俺の手足なら力を寄越せ!
なにもかも失ったつもりでいて、唯一残っていてくれた、『織斑一夏
それを貶めた敵をただ、否定するために。俺はあの時以来ずっと自身に課していた、ただ一つの戒めを、敢えて自ら破却する。
「力を貸せ『白式』! 俺に、あいつ等を『守らせろ』!」
俺の叫びに応えるように、動きを止めていた『白式』の装甲から、再び光が溢れ出す。
――――それでこそ、俺の相棒だ。
原理なんてわからない、そもそもわかる必要なんてない。
動ける。今の俺にとっては、その『事実』さえあれば後は何もいらない!
すぐ隣に落ちている、雪片を拾って敵と向き合う。黒い『暮桜』は目が合った途端にこちらに剣を構えて突進してくる。
……実直で結構、立ち上がれたとはいえ機体が直った訳ではなく、どの道こっちのスラスターが使えないのは変わらない。そうしてくれたほうが時間が省ける。
さっきから『黒煌』が何か喧しいが、どうせ大した事じゃない。俺は向かってくる敵に全ての意識を集中させ、会心の一撃でそれを迎え撃った。
~~~~~~side「???」
キタキタキタキタキタキタキタキタ!
いやーわざわざ共有思考で頭ん中覘いてけしかけた甲斐があったね、まさか『白式』にSE枯渇状態から再起動する機能があるなんて想定外だったけど、これでまたデータ収集を再開できる。
参ったなーシロにまだ出来てないISの自己進化機能による能力追加を先にやっちゃったよ、やっぱオレって天才、もしかしたら『白式』のサポートAIオレがやったほうが良かったんじゃねーの、と、シロを黙らせたことをいいことに好き勝手言ってたオレだが、そんな余裕はすぐになくなった。
『白式』の『雪片二型』と打ち合った偽『暮桜』の手首間接フレームが、一撃で歪んだ。
『……えっ、ちょ、なにこれ。出力おかしくね?』
計算外の一撃を受け、既に三手先まで計算済みだった行動パターン演算予測がイカれ始める。
数手合いで腕のフレームが衝撃で引き切れ、片手で戦わざるを得なくなる。
そのこと自体は別にいい、出力が上がったのならば、それも計算に入れた上で再度演算パターンを組み直すまで。だが、ここで機体の勝手が前とは違うことが完全に裏目に出る。
――――このまま続けりゃ、オレは良くても中の奴が耐えらんねぇ……!
『Valkyrie Trase System』、通称『VTシステム』。
歴代のモンド・グロッソ優勝者、『戦乙女』の戦闘情報をISコアと、搭乗者の脳を媒体に強制的に入力、違うIS、搭乗者でありながら『戦乙女』の戦闘能力を再現しようとした、どこぞの阿呆が考えついた欠陥だらけのシステム。
つーのも、結局他人の動きを、機械によるゴリ押しによって他の人間で無理矢理再現しようとしたモンで、PICや絶対防御の恩恵があって尚、搭乗者に多大な肉体的かつ精神的負荷を強いるのだ。今の『中身』は多少出来はいいが、如何せん再現しようとしている対象が悪すぎる。レシプロ機を無茶苦茶に改造してジェット機に何とか追いつかせているようなモノだ、このレベルの打ち合いが続けばいくらも持たない内にエンジンが熱暴走を起こした挙句空中分解する。
……ったく、ホントマムじゃねぇけどガラクタもいいトコだぜ。マム手ずから潰したのは正解だね。まぁ尤もマムの場合、そうした動機は中の人間をぶっ壊してしまう非人道的なモンってことよりも、『親友
しかし、搭乗者の意志によるところもあったんだろうが、それにしてもこの第三世代機は潰したはずのこのシステムがよく馴染み、『暮桜』の再現まで出来たのは気になるところだ。どう考えても『VTシステム』を受け入れる下地があったと見て間違いない、恐らくは……
『一度完全に潰されたのにも懲りずにまた『造ろう』としてたってことかな……こいつは、ちょいとお灸が必要だねぇ、あの国には。手始めに、『今回』の責任を纏めて被って頂くことにしますかねぇ……!』
またしても予測を上回る速度で繰り出され斬撃を、紙一重のところで回避。
危ない危ない、そんなことを考えているうちに、やられちまっちゃ世話ないな。
データも取れたし、まぁ許可を貰った上で人柱にしたとはいえ将来有望な人材を再起不能にしてしまうのはオレとしても本意ではない、ここいら辺で退くべきか。
即座にそう判断、『VTシステム』を解除しようとする。が、
『システムのデリートを拒否だぁ? ……な、なに考えてやがるこのミンク死にてぇのか?!』
今まで完全に制御を握っていたつもりでいたISと、搭乗者の意思に命令コードを弾かれ思わず慌てる。
これだから搭乗型ってのは性質が悪い、搭乗者に引っ張られる形でコアが強い自我を持ちやがるので、どいつもこいつも肝心なところでこっちの言うことを聞こうとしなくなる。
コアネットワークからクラックをかけて強制的に停止させてやろうかと思い立つが、
――――!
一閃が機体を掠め、衝撃だけで装甲が軋みをあげる。
『この状態じゃ不味い……!』
今の『白式』の出力は尋常じゃない、初めてのケースであるため解析してみないと原因は特定出来ないが、競技ISにフレーム単位で掛けられるリミッターが振り切れ、機体の限界出力を遥かに超える力を発揮している。今ISを停止させればこの馬鹿力の一撃を貰うことは避けられず、そうなればシールドや絶対防御があることを考えても尚、既に壊れ始めている偽『暮桜』の搭乗者の身が危うい。
『チッ、こうなりゃハニーにゃ悪いがもう一回ダウンして貰うとし……!』
ならば『白式』をもう一度戦闘不能にし、クラッキングのための時間を作る。
そう考え、攻撃を受け流してからのカウンターで、『白式』に斬撃を撃ちこんだオレの判断は間違ってはいなかった筈。如何せん、今回のケースは予想外の連続過ぎた。特に――――その瞬間、こっちの『雪片』が切り裂いた『白式』の装甲から、明らかに機構部の潤滑油とは違う赤い液体が噴出したことは、その中でも一番の『計算外』だった。
『は……な……なん、で』
どうして、『絶対防御』が機能していない?
『絶対防御』はISをIS足らしめているものだ、自力で解除などもっての他、マムの技術でもまだ解除そのものは出来ない筈なのに……
前例のない事態に加え、マムの『家族』に傷を負わせたことで、オレの焦りはかつてないほどハネ上がる。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!
こ、殺される。これはマムに殺される……!
絶対防御が効いていないのなら、これ以上攻撃は出来ない。『雪片』を刃のない背に持ち替え防御に徹しようとするが、
――――!
『機体』が言うことを聞かない。峰打ちなのが救いだが、それでも『雪片』による一撃は『白式』の装甲ごとハニーの体を抉り、その度に真っ赤な血が当てた場所から溢れ出す。
『や、やめろハニー! 悪かった、オレが悪かったからやめてくれ! 死んじまう、死んじまうぞ!』
必死で叫ぶが、完全にキレたハニーには届かない。
戦闘は拮抗状態のまま、どちらの搭乗者も、こっちは内側に、相手は外側に、いつ倒れてもおかしくないほどの傷を徐々に増やしながらも、決して戦意だけは折ろうとしない。
『……くそ! ちっと調子乗って煽りすぎた。本当に我ながらやってくれたぜオレ、さて、どうする?!』
一瞬でいい、止まってくれりゃあ、なんとでもなるってのに!
もう一つくらい『オレ』を連れてくるんだったかと、今更ながら後悔しながら考え、
『!』
ハニーをその気にさせるために利用した、倒れた二人が目に入る。
――――気は進まんけど。二匹目の『羊』に、役に立って貰おうかね……
戦闘行動に支障が出ない範囲で『自分』を切り取り、コアネットワークを通じて『そこ』に送り込む。
あのスペックでは乗っ取ることなどとても無理だが……『この条件』ならば、それでも役立てることはできると踏んだ。
そしてその目論見が上手くいったことをセンサーで確認、取り敢えずホッとする。
さて、これはこれでいいとして。ずらかる前に『白式』の絶対防御が沈黙した原因について調べとく必要があるな。
そう思い、今や『白式』の制御に一杯一杯で喋る余裕すら無くしている向こうの『オレ』に意識を傾け、白式の情報を探ろうとしたが、すぐに止める。そんなことをしなくても、答えがでたからだ。
ハイパーセンサーから次第に流れ込んでくる、現在の『白式』の情報。
それを読み取っていくうちに、俺は前にマムと交わした、ちょっとしたやりとりを思い出す。
――――なぁ、マム。結局のところ、どうしてシロのハニーはISを使えるんだい?――――
――――さぁ、それは束さんにもわからないねぇ。不思議なこともあるもんだよねぇ――――
わからない、だぁ?
すっとぼけるのも大概にしろってんだ。始めから、全部予定調和だったんじゃねぇか!
『はは、なんだ、これ。ぎ、は、ぎゃはは、あはははははははははははは! イカれてる、イカれてるぜマイマム! でもまぁ考えてみりゃあ、たかがオレ等みてぇなのを造るためにあんな馬鹿騒ぎを起こすくらいの大馬鹿だ、こんくらい開き直ってもおかしかねぇよなぁ! 敵わねぇなー、流石はオレのマムだ!』
一気に気が軽くなる。
絶対防御のあるなしなんて関係ない、これなら大丈夫だ。ハニーがどんな血みどろになったところで、少なくとも死ぬことはない。
……いや、どの道マムに怒られるのは間違いないけど。
『ははははは……ああ笑った笑った。じゃあ、後は子羊ちゃんが迷い込んでくるのを待つだけか。はーやくおいで、さもないと……君にあったかい寝床をくれた優しい優しい狼さんが、大変なことになっちゃうよ?』
相変わらずこっちの制御を突っぱねようとする『暮桜』を何とか押し込み、ハニーに致命傷を入れようとする斬撃だけをひらすらずらしながら、後は徹底的に待ちを決め込む。
……色々想定外の事態に振り回されたが、これでようやくミッションクリアだ。
~~~~~~side「シャルル」
「ん……」
どれくらい、気を失っていたんだろう。
何故か一度戦闘不能になったにも拘らず、再起動した上に違う形に変化、凄まじいスピードでこちらに向かってきた『シュバルツェア・レーゲン』に、ブレードを展開して応戦しようとしたものの、ブレードごと機体を一刀両断にされ、その時のショックで意識が落ちていた僕は、金属同士がぶつかり合う鋭い音を聞いてようやく目を醒ました。
結局ブレードは切断されたが、それでも少しだけ、なんとかあの一撃を受け流せたのは大きい。そうでなければあの攻撃が致命傷になって一気に搭乗者生命危機領域まで持っていかれて昏倒し、丸一日は目醒めることは出来なかっただろう。
「くぅ……」
斬られたところが痛むが、この聞こえてくる音から察するに戦闘はまだ続いているんだろう。
足手纏いになるわけにはいかないと、自分の体に鞭打ち何とか立ち上がる。
「……!」
途端に視界に飛び込んできたのは、目の前でボロボロになったISを展開したまま、倒れて動かなくなった箒だった。
「箒!」
とっさに駆け寄り様子を見る。ISの状態こそ、整備に関しての知識はまだ少し自信のない僕から見ても、もはや修復は無理、フレームを一から造り直さないといけないんじゃないかと思うくらい酷い状態だが、搭乗者の箒に怪我は無いようで、僕は心から安堵した。
この『打鉄』は、自らが再起不能の状態にまで追い込まれて尚、搭乗者を最後まで守ったんだ。
……頑張ったね。後は任せて、君が守ろうとした人はもう傷つけさせないから。
言葉にするでもなく心の中でそう誓い、決意を込めて、今も僕達を守るために戦っている一夏を援護しようと向き直るが、
その決意も何処へやら、一夏を見た途端に手にした銃が震え、腰が砕けそうになった。
一夏は血塗れだった。
『白式』の綺麗な純白の装甲は、搭乗者の流す血で真っ赤に染まり、地面にも点々と、装甲から滴り落ちた赤い血が水溜りを作っている。
「なんで……なんで、『絶対防御』は?! どうしてISに乗ってるのにあんな怪我なんか……!」
基本的にダメージレベルが相当なレベルまで上がり、かつISに絶対防御の維持に必要なSEが確保出来なくなるくらいのことにならなければ、IS搭乗中にあんなに怪我を負うことなんてそうはない。この間鈴があれだけの怪我をしたのは、ラウラがそういう状態になった『甲龍』に尚執拗に攻撃を浴びせたからだ。
だけど、『白式』は見た目のダメージこそやはり酷いが、それでも戦闘を維持できるくらいのSEが残っているにも拘らず、ただの金属の『鎧』としてしか機能せず、搭乗者を守っていない。
――――!
「……!」
敵のブレードが一夏を掠め、白い装甲がますます赤くなっていく。
一夏はあんな状態になっても守るように僕等に背を向け、一人で戦っている。
「っ……よくも、その人を傷つけたなっ……!」
呆けていたのも一瞬、あっという間に頭に血が上る。
すぐさま『ヴェント』をコール、黒いISを狙い撃とうとするが、
「くっ……」
あの二機が超近距離で戦っている上、動きが速過ぎて照準が定まらない。
下手に撃てば一夏に当たってしまう、『白式』の絶対防御が恐らく沈黙していることを考えれば、通常弾は当然、榴弾なんて尚駄目だ。
接近戦で援護しようにもブレードは粉砕、実体シールドはひしゃげ、『灰色の鱗殻』は真っ二つと散々な状況。無手であの戦闘に割り込むのなんて愚の骨頂、間違いなくついていけず最悪一夏に迷惑をかける。
……僕に出来ることは、ない?
「そん、な」
考えろ考えろ考えろ!
何のために今まで勉強してきた、訓練してきた、戦ってきた!
知識を引き出せ、染み込ませた技を取り出せ、勘を思い出せ!
「うぅ……あぅ……」
でも、その全てが、今まで培ってきたもの全てが、口を揃えて僕に告げる。
――――お前は、何もするなと。
「うああああぁぁぁァァ!!」
そんなこと、出来るわけがないじゃないか!
『ここに、いて欲しい。お前がいないと――――』
僕を、こんなどうしようもない僕を必要としてくれた人。
『僕は、『ここ』にいたい……!』
やっと見つけた、僕の居場所。それを、くれた人が。
「おおおオオオああぁぁぁァァ!!」
泣いてる。苦しんでる。ひとりぼっちで。
どうしてそんなことを思ったのかはわからない。バイザーで見えない目元から、涙のように血が流れているからそういう風に錯覚しただけなのかもしれないけど。
それでも、そう思ってしまったら、僕はもういても立ってもいられなくなった。
「……一夏!」
だから、僕は。
そうすべきことでないことをわかってて。それでも一夏に向けて駆け出した。
~~~~~~side「一夏」
「はぁ……はぁ……」
視界が赤い。額が切れたようだ、流れた血が右目に入って上手く見えない。
それでも拭っている暇はない、そんなことをしている時間があるなら一撃でも多くこの偽者に叩き込む。
敵も一応中に人が入っているだけあって疲労しているのか、段々動きが鈍くなっている。
それでも未だにこちらが敵を上回れないのは、こちらも同じからだろう。
油断していると気が遠くなってくる、流石に血を流しすぎた。
「く……そ……」
けれど、機体が限界を越えて頑張っているのだ。気合をいれなきゃ申し訳がたたない。
そして後ろにはまだ箒達がいる。禁戒を犯してまで啖呵を切った以上、俺に負けは許されない。
――――!
突如、真後ろから何かが迫ってきているのをハイパーセンサーが捉える。
とっさに迎撃しようとするが、完全に予想外の方向からの襲来に疲れ切り傷だらけの体は追いつくことができず、
ドンッ!
もろに、後ろからタックルを貰う。
「ぎっ……!」
衝撃は思ったほどではなかったが、それでもガタガタの体には効いた。身をズタズタに切り裂くような痛みが全身を苛む。
「しゃ、シャルル、お前、なにす……」
振り返らず、ハイパーセンサーの強化視界で後ろから突っ込んできた馬鹿の正体を確認し激昂しかける。が、
「…………」
シャルルは何も言わず、俺の腰に抱きついたまま離れようとしない。
その姿は、まるで迷子になった俺に一人じゃないと安心させようとしているようで。
ISの装甲越しに伝わってくる暖かさに、そんな状況でないのにも拘らず心が温かくなっていくのを感じた。
――――!
『暮桜』が、動きの止まった俺に向けて放った剣を受け流す。
……不思議と、意識が冴えていた。我ながら一杯一杯になりすぎていたのかもしれない。
――――!
俺の動きが変わったのに気がつき、その原因をシャルルと判断したのか直ぐに弾かれた雪片を持ち替えてシャルルに振り下ろそうとする『暮桜』。だが……
「させねぇ」
腕を振り上げた一瞬を狙って一閃。両腕ごと、『暮桜』の首を刎ね飛ばす。
そうして、決着は唐突に、あっさりついた。
バイザーに覆われた『暮桜』、恐らく千冬姉を再現していた首は地面に落ちるのと同時に、自らの影に飲み込まれるように消滅、機体本体も覆っていたノイズごとボロボロと崩れ始め、気を失ったラウラがその中から倒れこむように出てきたのを、何とか手で受け止める。
「悪いシャルル……俺、テンパってたみたいだ、だけど、いくらなんでも無茶……」
一安心して急に強い眠気が襲ってくるが、それでも何とか意識を総動員してシャルルにお礼を言おうと振り返り、口を開きかけたが、そこにいた血塗れのシャルルを見て思わず固まる。
「しゃ、シャルル! お前、何処か怪我したのか? 大丈夫……」
ハイパーセンサーでシャルルの状態を一通り確認し、少なくとも見えるところには大きな外傷はないことに安堵する。
……でも、それじゃあこの血は……
そう考えたところで、ようやく自分の状態を思い出す。
そりゃあ、白い装甲が赤くなるくらい流血してる奴に抱きついたりすりゃあ、こうもなるわなぁ……。
状況を認識して、余計に気が遠くなる。
あ、駄目だ落ちる。
だけど、ラウラ抱えたままだしなぁ。前に倒れるわけにはいかないし、かといって後ろにはシャルルが……
なんて悩んで結局答えの出ないうちに、俺は意識を手放すことになった。
三十話到達バンザイ。ちょいと駆け足になってしまった感がありますが、VTシステム戦終了です。次回より、ようやく一夏のトラウマについて触れていく話になります。