IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第三話~クラスメイト沸騰中~

「成果は上々、って辺りか」

 

少なくとも、セシリア以降に話しかけてくれた来た娘達は皆好意的で、話をしているだけで休み時間が終わってしまう程度には盛り上がった。

いや、ISの専門校ってことで、正直話題もそればっかりかと構えていたのだが、割とこのクラスの仲間は女の子女の子しており、好きな食べ物や音楽と言った、いかにもお年頃って感じのの話題が殆どだった。

ISの話もなくはなかったが何とか俺にもわかる範囲でついてはいけた、今思えばこちらに気を遣って合わせてくれたのかもしれない。ホントにできる娘が多いってのもまぁ、改めて思ったね。

 

「そうか。それではなんとかやっていけそうではあるのだな。安心した」

 

そう言って隣で微笑む箒。

今は無事に授業も終わり、寮に戻って箒に約束通り勉強を見て貰っている。

こいつも今日突っかかってきたセシリアのように特別出来るってわけではないんだが、それでも最低限の基礎位は出来ているため、やはり見てくれるのは非常に助かった。

ぶっちゃけ俺のあれは裏口入学もいいとこだったからな。千冬姉が言ってた『例外』を作っちまったってのも、全く判らなくはないのが悲しいところだ。

 

「ああ、というよりむしろ俺はお前の方が心配だ。ちゃんと馴染めてるのか?」

 

少なくとも今日一日見ていた感じではそんな感じはなかった。

こいつは他のクラスメイトと一度も口を利いていない。

そもそも朝から露骨ではあった。

もともとこいつはあまり口が達者ではないとはいえ、寮から二人で出る時はちらほら会話はあった。

しかし校舎に入ったところで無口になっていき、クラスに入った頃には既に沈黙の業、クラスメイトの挨拶にも気まずそうに目を逸らしてやり過ごす有様。

その娘に対しては結局俺がフォローする羽目になった。

 

「・・・私は変わったと思うか?」

 

俺の問いに対してそんなことをポツリと呟く箒。

どうも、こいつはたまにこちらから意図の読めない質問を唐突にしてくるところがある。

話下手故なんだろうが、本当対応に困る。

最も、そういう時は大抵正直に思ったことを話すことに当面は決めた。

こいつ相手に駆け引きなんてしたくない。

どんな時でも正面からぶつかって白黒つけるのが、俺達の正しい在り方だって信じてるから。

 

「・・・ああ、そうだな。昨日会った時にはそう思わなかったけど、やっぱ違うな。

なんて言うかな、お前、人見知りが前より激しくなってるんじゃないか?」

 

取り敢えず出た結論はそんなところ。

あの休み時間にしたって、昔のこいつなら黙ってなかった。

俺が女子と話してる時点で、問答無用で割って入って俺を引っ張っていっただろう。なんでそんなことをするのかは結局最後まで教えてくれなかったが。

話が盛り上がる前は、正直なところそれを期待してちらちら視線を送ったのだが、こいつは明らかに気がついているのに相変わらず例の気まずそうな顔で俯くだけだった。

っていうか、よく考えてみればそれはそれで問題あったんだけどな。お陰でこいつが家の都合で引っ越すまで俺の周りに女っ気はゼロ、おまけに箒が引っ越した後友達をつくろうにも次第に有名になってきたISの例の余計な『副産物』と、箒以外の同年代の子供の嗜好に疎かったために中々苦労させられた。

まぁ、だからこそ箒と入れ替わりになるように引っ越してきたあいつの存在は本当に有難かったのだけれども。

今更恨み言を言う気はないが、今思えば篠ノ之姉妹は俺達の人生を色んな意味で引っ掻き回してるよな。

俺はまだガキだったから気楽だったものの千冬姉はどれだけ苦労したことだろう。そう思うと涙を禁じえない。

・・・おっと、今はそっちの話じゃなかった。

 

「そんな、ことは」

 

「自分で気がついてないなら結構重症だぜそれ。俺以外と上手く話せない理由があるなら言ってみろ。幼馴染の好で相談くらいには乗ってやるぞ」

 

「いや、いい。仮にそうだとしても私自身の問題だ。それに一夏、変わったのはお前もだろう」

 

箒の態度は頑なだ。それに今度は俺が変わったときた。

こっちこそそんなつもりはないんだが。

 

「昔のお前は思ってもいないことをあっさり口に出来るような奴じゃなかった。馬鹿にされて言い返すどころかそれを認めるなど、私の知っているお前ではない」

 

ああそういうことか。あの時思いっきり睨んでたもんなお前。

でもそれってさ。

 

「悪いことか?これが大人になるっていうか、上手く生きてくってことだろ?千冬姉だって言ってただろ、いつも人と一緒にいろって」

 

「お前は千冬さんの教えを曲解している!人同士の繋がりを持つことが悪いことだとは私も思わないが、それは自分自身を曲げてまでやることじゃない!」

 

「自分自身は曲げてねぇよ!俺にだってプライドはあるし引けない一線だってある。でもそれにばっかり拘ってたって自分しか守れないだろ!」

 

「!・・・お前」

 

「わかっただろ。考え方が変わったってだけだ。本当に大事な根底は、今も変わっちゃいない」

 

そう、変わってないはずだ。

全く箒の言う事がわからないって訳じゃない、確かに一年程前から織斑一夏という人間は少し卑怯な生き方をするようになったという自覚はある。

でもそれは、いつまでも子供のままではいられないと、少し周りの同年代の連中より早く気がつけたってだけで、自分自身を変えたわけでは・・・

 

「ああ、そうだな・・・変わったわけではないようだ。むしろ変に変わるよりも性質が悪い。昔のお前は自分のことを自分『しか』なんて軽んじたことは無いからな。

お前の誰かを守るという信念を貫くにはまず己の存在そのものが必須であるというのに、そんなことも判らなくなるとは。言え一夏。いつ、どこで自分を失くした?」

 

「ッ・・・!!」

 

箒の言葉で、あの日の記憶がフラッシュバックする。

畜生、なんで、判っちまうんだよ。ホントは変える自分なんて、無いだけってこと。

 

「・・・一夏?」

 

「悪い、箒。お前を騙そうとした。それと、その質問には答えられない」

 

「!・・・わかった。今はそれで納得してやる。ただ、何時までもそのままでいられると思うな」

 

箒は明らかに一瞬激昂しかけたが、俺の顔を見てどうやら思い直したようだ。いけない、こいつに気を遣われるなんて相当酷い顔してるんだな、今。

 

「それはこっちの台詞だ。人見知りに関しては変えて貰うぞ。そうじゃなくても心配事だらけなんだ、お前の人間関係の心配までしてる余裕はないんだからな」

 

だからちょっと悪ぶって誤魔化すことにする。

その言葉にぐぬぬ、と歯をくいしばる箒。あ、ちょっとその顔可愛いかもしれない。お陰で少し気が紛れた。

しかしそれも束の間、諦めたように首を振る。

 

「・・・全く、二人で話している分には昔と変わらないというのにな。お陰で気がつくのが遅れた。全く、どうしてしまったのやら」

 

「そうかい、そいつは良かった。じゃあ続きだ、ここの解き方を頼む」

 

「なんでこんなことも解らないんだお前は?!・・・よくここに受かったな」

 

「そのことについては触れないでくれ頼む」

 

軽口を叩きあいながら勉強を再開する俺達。

こいつとは多少やりあうことになっても最後にはなんだかんだでいつも丸く収まる。

今回のことだって、先延ばしにこそなったがいつかそんないつもことのように解決してしまえるのかもしれない。

お前がそんな奴だからこっちも肩肘張らずに昔のままでいられるんだぜ、とは言えなかった。

こっ恥ずかしくて言えるかってんだ、そんな気障な台詞。

 

 

 

 

そんなこんなで、数日後。

朝のHRで、入学以来初となるとあるイベントの説明と、それに出場する人間を決める多数決が行われた。

クラス代表トーナメント。

一言で言ってしまえば、クラスで一人代表を選抜し、早速ISでの試合戦闘をトーナメント形式でクラス対抗で行うらしい。

ことここに至って最初のISの学校らしい行事だ。代表者は良い結果を残せば当然それなりのリターンがあるという話だが、そもそもここに入ってから碌にISそのものに触っていない俺には関係の無い話だ。その筈だったのだが、

 

「はい、過半数割りました。当クラス、一年一組のクラス代表は、織斑一夏君に決定しました~!」

 

「なん・・・だと・・・」

 

いや待ておかしい。何故ここで俺が槍玉に上がる。

断固抗議しようとしたら、先に勢い良く異議を唱えた奴がいてつんのめりかける。

 

「おかしいですわ!何故このわたくしを差し置いて、このような素人がクラス代表に選ばれるのです!」

 

そういってズビシッ、と俺を指差すセシリア嬢。

こら、仮にもいいとこでのお嬢様なら人を指差すなんて失礼なことはよしなさい。

 

俺としても実に同じ意見ではあるのだが、ここ数日見ていた限りではこいつが選ばれなかった

理由はわかる。箒程ではないが、こいつも変にプライドが高いお陰で周りから浮いているのだ。

俺に対してのように露骨に突っかかったりはしないものの、やはり自分の能力の高さを鼻に掛けて周りの連中を見下してる感じがある。

 

「そもそもクラス代表はクラスにおける一番の実力者が選ばれて然るべきです!貴女方はこの数日間で彼我の実力差すらも計れないような愚か者の集まりなのですか!・・・全く、屈辱ですわ!わたくしがこのような者達と同じクラスで学ばなければならないなんて!」

 

現に今こんな感じだしね。

慣れぬ異国暮らしでストレスが溜まっているのはわかるが、そりゃ自分達を公然と馬鹿にするような奴を代表にはしたくないだろう。

だいたいこっちだってクラスも教師も全部女なんていつ胃に穴が空いてもおかしくないくらい「慣れない」環境の中で虚勢を張ったり遜ったりしてクラス内で何とか一定の地位を確立してる身だ。

ってあれ?もしかして今の状況ってその八方美人が裏目に出た結果ってことか?なんてこったい。

 

「・・・・」

 

箒の視線を感じて振り返る。

 

どうする?必要なら私が出るが。

 

ニュアンスとしてはそんなとこか。

見ればセシリア嬢はますますボルテージが上がっており、とうとう国柄がどうとか一応日本国籍の多いこのクラスを貶すようなことまで話が及んでいる。

基本的にはクラスのことには我関せずを未だに貫いている箒だが、侍の家の娘である以上国のことを貶されるのは我慢ならないのだろう、明らかにお怒りだ。

クラス全体の空気も悪くなってきている、このまま続けさせればセシリア自身のためにもならない。

 

はぁ。

 

本当は箒に任せてしまいたいところだが、こいつの性格上問答無用で実力行使に入るだろう。

クラスに馴染んで人見知りを改善して貰いたいこちらの身としては、これ以上皆にマイナス印象を持たれるのは困る。

 

俺は箒に断固としてNOだ、関わるなの視線を送ると、重い腰を上げた。

 

「ストップだオルコット。いくら一人で捲くし立てたところで多数決の結果は変わらないぞ。あんたの不平不満はよくわかったから俺じゃ役不足っていう証拠を提示してクラスを納得させてみろよ。今あんたのしてることはガキが欲しい玩具を買ってもらえなくて拗ねているのと同じことだぞ」

 

「なんですって・・・!」

 

矛先をこちらに向けさせる。

これで取り敢えずはクラスに対する無差別攻撃は一旦止むだろう。

・・・でも周りの視線が痛いです。うわぁそんな期待に満ちた目で見ないでくれぇ。

 

「根拠ならとっくに申し上げていますわ!専用機も持たない貴方が入学してから殆どISに触れていないのは周知のことです。そんな方が専用機持ちで実戦経験もあるこのわたくしに勝っている要素を挙げるほうが逆に難しいのではなくて?」

 

周知なのかそれ。じゃあホントなんで俺選ばれたんだ。ここ数日で掴んできたこのクラスの雰囲気だと悪乗りでないと言い切れないのが恐ろしすぎる。

いや、動かせる以上俺も当然動かしてみたかったとも。ただISっていうもんは世界に467機しかないっていうレアもんであり、量産機とはいえ学生の訓練で稼動させられる機体は限られている。だから放課後に訓練したいというのにも予約は必須、その手順を踏んでも尚、実機に触れるのは1週間先とかはザラだ。そんな状況なもんで、おれ自身あの悪夢の試験日以来授業の実践練習くらいでしか実機を使ったことはない。

で、こいつの言っている専用機持ちっていうのはまぁ言葉通り個人用にチューニングされた専用ISを持ってる人間のことだ。

勿論誰にでもできることではない。ISは先にも述べた貴重性から保有一つとってもぶっ飛んだ額の金がかかる。だから大抵専用機持ちには国家、若しくはそれレベルの資産を保有している大企業がバックについている場合が殆どだ。セシリアの場合は代表候補生なので少なくとも前者、本人の弁から家柄もやんごとなき身分らしいので両方という可能性もある。

こういう事情があるので、立場的な縛りが多いという難点はあるが、こいつ等は少なくとも学園からISを借りるまでもなく自由に訓練が出来る。また機体自体が最早他人には動かせないレベルのチューニングが施されているため、性能自体も量産機とは比べ物にならない位高い場合が多い。中にはそのあまりの性能差に、発表されてから十年そこらしか経っていないにも関わらず新世代のISとして「第二世代」、さらには「第三世代」と呼ばれる機体すらあるという。

 

方や、ISによる戦闘訓練すら碌に受けていない上に学園から量産機を借りるしかない平凡な素人と、方や高性能な専用機もちで、かつ学園有数の才媛、実戦経験も豊富なエリート。

 

うん、確かに俺がお前に勝ってる要素なんて1ミクロンたりとも思いつかないさ。だが、

 

「俺は証拠を見せろ、と言ったんだ。あんたの言ったことは事実であっても証明できない。少なくても俺はあんたの専用機をこの目で見たことはないし、あんたが戦ってるところを見たこともない。いや、代表候補生って時点で専用機持ちっていうのは確かなのかもしれないけど、持ち物の話だけされて納得する訳にはいかない」

 

「・・・わたくしの実力を疑っていらっしゃるのかしら?」

 

おそらく侮辱されたと思ったのだろう、明らかに怒気、いや殺気の篭った視線を叩きつけてくるセシリア。

しかし、それもすぐにこちらを嘲笑するようなそれにとって変わられる。

 

「いいでしょう。後一週間あればわたくしの『専用機』の調整が完了します。そうなった暁には貴方を皆さんの前で公開処刑して差し上げますわ。そうすれば、いくら皆さんが愚鈍とはいえどちらが正しかったのか嫌でもはっきりするでしょう」

 

決闘ですわ、と宣言するセシリア。お国柄手袋をしていれば間違いなく投げつけてきただろう。

いや、しかし決闘っていわれてもなぁ。俺も当然訓練機の手配はしてるが、いつになるかわからないって言われてる状態だぞ。

この学校で決闘っていう以上はステゴロで勝負って訳じゃ当然ないだろうしな。

そう思ってちらりとクラス担任、即ち千冬姉を見ると、一瞬「千冬姉」の顔でニヤリと笑った。やばい、この人なんか企んでるぞ。

 

「機体の件に関しては問題ないぞ、織斑。丁度一週間後お前の『専用機』が調達できる目処がついた。訓練機を借りる必要はない」

 

「千冬様?!」

 

「いつの間に?!」

 

俺とセシリア嬢がドンパチやってる時さ。他に気がついてたのは箒だけっぽい。

っていうか来るのが遅いですよ。そして気配を消して後ろの扉から入ってくる必要性はあったんですか。

そしてHR中ずっとおろおろしてた山田先生、貴女には気がついて欲しかったです。びっくりしました、じゃありません。

 

そして、突然の千冬姉の登場に騒然となるも束の間、今度はかの人が持ち込んだビッグニュースにクラスが沸く。

 

「専用機?代表候補でもないのに?」

 

「馬鹿、世界で初めてのケースな上にあの千冬様の弟さんよ?それくらいのことはあっても不思議じゃないわ」

 

「いいなー私も専用機欲しーい」

 

あの、本人置き去りにして盛り上がらないでくださいませんか。っていうか聞いてないぞ千冬姉。

 

「あら、大変。訓練機が用意出来ないから戦えない、という言い訳が潰されてしまいましたわ。他の言い訳を思いつくまで時間を差し上げても宜しくてよ?」

 

こっちはこっちで動じず騒がず通常営業だし。やはりこいつ大物かもしれぬ。

ああもう、わかった、やればいいんだろうやれば!

 

「OK、勝負だセシリア、時間は一週間後の放課後、勝ったほうかクラス代表だ。文句はないな?」

 

「それだけでいいのかしら?ハンデを差し上げても宜しいですわよ?」

 

「本音を言えば是非貰いたいけど遠慮しとく。負けた後の言い訳にされてもムカつくしな」

 

「随分と自信がおありのようね?僅かでも勝機があるとお思いかしら?いいでしょう、その鼻っ柱を叩き折って差し上げますわ。一週間後、せいぜい逃げないよう祈ってますわ」

 

そう言って話は終わりだとでも言いたげに着席するセシリア。

それにしても成り行きとはいえ厄介なことになったな。まぁ、負けるのはほぼ決まりみたいなモンだし、割り切って気楽に構えてればいいか。的になってやるだけでもセシリア嬢のガス抜き位にはなるだろう。

全く、俺ってば人が好過ぎるよな。最もいざ戦いになったら手を抜くつもりもないけど。

 

そんなことより今は千冬姉だ。事と次第によってはこの織斑一夏容赦せん。

まぁ正面からそう言った所で鼻で笑われるだけだろうけどな。

復讐というものは何も正面から仕掛けなくてはいけないというルールはないのだ。

 

 

 

 

「話自体は前からあった。男のIS搭乗データは貴重だからな、むしろ金をやるからうちのISを使ってくれと言い出すところもあったくらいだ」

 

「・・・それ乗ったのか?」

 

「そんなわけあるか。今各国間でお前の所属問題について揉めていることを知らないのか?そんな中で下手にお前に後ろ盾を用意するような真似をしようものなら国際問題に発展し得る。かといって、世界初のIS男性操縦者を、いくらISの機体数が足りないとはいえいつまでも搭乗データも取らずに遊ばせておくことは出来ん。結局学園が専用機を用意してお前にあてがう運びになったわけだ」

 

「ふーん、話はわかった。ただもっと前に知らせて欲しかったぜ」

 

「まさかこんなに早く算段がつくとは思っていなくてな、私も驚いているのだぞ・・・っとおい!それは捨てるな!資料だ!」

 

「へいへい」

 

例によって放課後。

千冬姉も流石にフォローをいれないと不味いと思ったのか、俺は寮長室に呼び出された。

寮長室は、即ちこの学園における千冬姉の私室のようなものだ。千冬姉はここに滅多な事では他人を入れないという事前情報を得ており、無性に嫌な予感がした俺は、この学校では大変珍しい男性の用務員のおじさんに清掃道具一式を借り受けると寮長室に突撃した。

そして、ドアを開けて一秒で俺は自身の判断が間違っていなかったことを悟った。

 

で、姉の部屋を掃除しながら先程の説明を受け今に至るというわけだ。千冬姉、仕事ではきっちり出来るんだからプライベートでももう少ししっかりしろよな。

 

ちなみに敬語や呼び名に関してはこの部屋にいるときのみプライベート用でOKになった。

まぁ、流石にいつも呼び名が「織斑先生」ではこちらとしても距離感と言うか感覚がずれそうな感じがあったので、駄目元で聞いてみたのが功を奏した。

最もまんざらでもなさそうな様子ではあったので、元よりそのつもりはあったのかもしれん。

 

「でも、確かに早いな。天下のIS学園とはいえそんな簡単に個人用のIS一つなんて用意出来るもんじゃないんだろ?」

 

「聞いたところだと若干訳ありの代物のようだ。なんでも最新の『第三世代』型開発の過程で欠陥が多く途中で製作が凍結されたものを急造で取り敢えず『使える』状態にしたものらしい」

 

「・・・それ『若干』で済まないレベルの訳あり品だと思うんだが」

 

ホントに大丈夫なんだろうな、乗った途端に爆発オチとか現実では笑えないぞ。モノは兵器、中国製の椅子とは訳が違う。

・・・あれはあれで当事者からすれば笑い事では済まないだろうが。

 

「開発元は日本でも有数の技術集団だ。安全面では支障ない・・・筈だ」

 

っておい!なんだその駄目かも・・・っぽい雰囲気!

 

「いや、本当に『倉持技研』の技術だけで作られたものなら私も心配しない、ただ・・・」

 

「ただ?」

 

「凍結解除後の機体開発には、『奴』が関わっている。それが今のところ一番大きな不安材料だな」

 

思わず息を呑む。

「奴」が誰のことか、千冬姉の表情ですぐにわかったからだ。

篠ノ之束。

箒の姉。かつて千冬姉の親友であり、俺に対しても実の姉のように接してくれた人。

そして、なによりISをこの世界に生み出した張本人で、現在でもISの心臓部、「コア」を創造できる唯一の天才科学者。

この人が六年前に雲隠れしてしまったことにより、箒とその家族は彼女に対する人質として狙われたため、政府の保護を受け安全なところに引っ越さざるを得なくなり、この人が「コア」の作成を三年前にすっぱりやめてしまったことから現在世界に存在するISの数に467という制限がついた。

今となってはその一挙一足が世界の情勢に影響するとまで言われている生きた「天災」。

 

「・・・確かに、ヤバイかもな、それ」

 

ISの開発者であることは知っているし、とても頭のいい人で、根本的には優しい人柄であることも理解している。

しかし同時に本人に悪意こそないが色々『やらかす』人でもあった、昔は千冬姉や箒と一緒に色々なトラブルに否応無く巻き込まれたものだ、今となってはいい思い出だが。

 

「だろう?それに元々多少おかしな奴ではあったが、あいつは、あの時以来完全に箍が外れた。はっきり言って、付き合いの長い私でも『今の』あいつのやることは予想がつかない。そんな奴が造ったものを無条件で信じることは出来ん。

例えあいつがISの発明者で・・・私の親友であったとしてもだ」

 

そう言って少し遠い目をする千冬姉。

千冬姉の言う「あの時」がいつのことを指すのかは俺にだってわかる。

やはり一年前のあの日。千冬姉と束さんが、俺のせいで初めて大喧嘩をした日だ。

 

「そんな顔をするな。あれは私達の問題で、お前はなんの関係もない」

 

「関係なくはないだろ。だって束さんは・・・」

 

「もう一度言う。お前には関係がない」

 

はっきりとした拒絶。

その言葉で、俺は二の句を継げなくなる。

 

「・・・まぁそういうことだ。心配するな、機体は私の監視の下問題がないか厳重に検査する。

最悪駄目なら他の機体を引っ張ってきてでもお前達の『決闘』には間に合わせてやるさ」

 

俺が何も言えなくなったのを確認すると、少し気まずくなった場を誤魔化すように、茶化すようにそんなことを言う千冬姉。

わかったよ。それが千冬姉の意思なら、今はそれを尊重するさ。

 

「ああ、頼むぜ。不戦敗なんてごめんだからな」

 

「戦えたところで勝算はないと思え。碌に動かしたことすらない奴が代表候補生に勝てるほど甘い世界じゃないぞ。

それにオルコットの機体はれっきとした『第三世代』型だ。詳細は公平性を欠くので教えられんが、少なくとも欧州の中では最新鋭の武装を取り入れている名機だぞ」

 

うげぇ。そんなのに聞くからにイロモノの機体で挑まんといけないのか。

本格的に洒落にならなくなってきたな。

 

「・・・やれるだけはやってみるさ。確かに授業の実践練習で少し乗っただけだけど『打鉄』は悪くなかった、あんな感じの機体なら見世物くらいにはなる立ち回りは出来るかと」

 

「確かに、格闘戦にさえ持ち込めればある程度はお前に分があるだろうがな。だがそれは無理だ。理由は・・・まぁ戦ってみればわかるさ」

 

えぇ~元々こっち不利なんだからちょっとくらいいじゃん。

と思い千冬姉に取り付いてみたが、芳しい結果は得られず俺は部屋を追い出された。

っておおおおおいまだ掃除終わってないっての!

 




三話目。次回でようやくIS登場です。

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