IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第二十九話~漆黒の桜花~

 勝った。

 『零落白夜』が『シュバルツェア・レーゲン』の装甲に突き刺さると同時に、ラウラの戦闘不能を知らせるブザーが鳴り響き、俺は安堵の溜息を吐いた。

 

 『鎌切』。

『篠ノ之一紋流』に伝わる、曲芸のように右手左手、逆手や指に挟むなど、局所局所で太刀の持ち方を変えながら超至近距離にいる相手の死角に回りこんで連撃を加える独自の剣技。

 

 ハイパーセンサーによる強化視覚があるIS戦において通用するかどうかは、はっきり言って大きな賭けだったのだが、相手が『AIC』に頼ってくれたため自ら視界を狭めてくれたのと、何より白煉のAICの構成を目に見えるようにする対抗プログラム、スラスター制動によるサポートが、生身よりも高速の技の再現に大きく貢献した。

 

 「サンキュー、白煉。ぶっつけ本番でよくついて来てくれた」

 

 『私達にはハイパーセンサーを通じた共有思考がありますから、あれくらいならお安い御用です。それにしても……』

 

 ん、なんだ? 普段平坦で抑揚の無いこいつの声が妙に上機嫌な感じに弾んでいる。

やっぱりこいつも俺の周りに居る人間の例に漏れず負けず嫌いなようなので、本来なら格上のラウラに勝てたのが嬉しいのか?

 

 『堪能しました……』

 

 「は、なんの話……」

 

 『飢えた蟷螂(とうろう)の前肢は、まだお前の首にかかってる』

 

 「ぐ、ぐはぁ!」

 

 不意に聞こえてきた俺自身の声に、俺は本日の戦闘において最も多大なダメージを受けた。

……当然精神的な意味で。そういやぁ想定以上に上手くいったことに気を良くして、調子に乗ってそんなことを言ったような覚えが……!

 

 『ようやくマスターにも『決め台詞』の素晴らしさをご理解頂けたようで私は感無量です。

今後勝ち鬨の台詞も含め、マスター台詞回しについてじっくり協議したいのですが宜しいですか?』

 

 「宜しくないわ!……ああああぁぁくそ、オープンチャンネルで叫んでないよな俺?! 畜生、お前のせいだからな!」

 

 会ったばかりの頃、こいつは『零落白夜』の展開時や止めを刺したときの台詞回しにやたら拘り、俺を辟易させた経緯があったりする。最初のうちは俺が恥ずかしがるのを面白がっているだけだと思って可能な限り相手にしないようにしてきたのだが、最近になって始末の悪いことにこの訳の分からない好みが存外『ガチ』であることに気がついてしまった。

……さっきラウラを『零落白夜』で斬った際もちゃっかり例の平坦な声で

 

 『成敗』

 

なんて叫んでいたりするからマジモンだ……何処から知識を持ってきているのかはあまり想像したくない。

 

 『大丈夫です、恥じることはありません。格好良かったですよ?』

 

 「そ、そうかなぁ……ってさり気無く乗せてくるなこのアーパーAI! 兎に角! もう金輪際!こんなことはしないからな!」

 

 そうじゃなくても何処を見渡しても女の子だらけの学校生活を送ってるのだ、一度痛い子の烙印を押されたら後は相手にされなくなるか玩具にされるかの二択だ。どちらに転んでも俺にとっては大変有難くない。

……だから白煉、ハイパーセンサーの情報画面に

 

(´・ω・`)

 

 なんて表示させても駄目なものは駄目なんだ。っていうかだからそういう無駄なモンを使う知識を何処から仕入れてきてるんだ。

 

 と、こんな感じで元は自業自得とはいえ白煉相手に顔を真っ赤にしていると、不意に接敵を知らせるアラートが点灯。そういやまだ終わってなかったと頭を切り替え、直後に背後から襲って来た刃を雪片で受け流す。

 

 「堪え性が無さ過ぎるぜ箒! こっちはまだ疲れが抜けてないんだから休ませろってんだ」

 

 「無理だな! あんな面白いものを見せられて私が大人しくしていられると思ったか!」

 

 襲い掛かってきた箒は、これもまた滅多に見られない満面の笑み。

この表情も綺麗なのだが、如何せん目が爛々と必要以上に輝いているのに加え殺る気満々といった感じでこっちはそれどころではない。

 ……またいい感じにスイッチが入ってやがる、これの相手をしたシャルルはさぞ大変な思いをしたろうな。我ながら悪いことをしたと思う。

 

 そんなことを考えながらシャルルに意識を向けようとしたが、こうして箒と向き合った以上それがどれだけ愚かなことかは分かっているつもりだ。ブレードを真正面に構える箒をいつでも迎え撃てるよう、『雪片二型』を鞘に戻し居合いの構えで箒と向き合う。

 

 「さぁ……お互いに出し惜しみはなしだ。お前の『技』の集大成をもう一度私に見せてみろ。蟷螂の雄は雌に勝てないのが自然の道理だが……そのような道理など打ち破り、その鎌で私の腸を切り裂き喰らってみせろ!」

 

 「同門斬るために学んだ『技』じゃないんだが……ま、斬って見せろってんなら是非もない。

その言葉、後悔すんなよ雌蟷螂。俺の斧は見境がないんだ、腹が減ったら雌処か鳥だって首を落として喰っちまう」

 

 『嗚呼……それでこそ、私のマスターです』

 

 ……しまった言った矢先に。つーか調子狂わせるな、空気読め白煉。

ええいくそ、箒だ。箒が変なテンションなのがいけない。全部あいつのせいだ!

 

 「上等!」

 

 一頻り箒への理不尽な怒りを発散させたところで、箒がブレードを構えて踏み込んでくる。

俺はそれを、自分の持てる技の中でも最速の抜刀からの一閃で容赦なく迎え撃とうとし……

 

 「ああぁぁアアあぁぁぁっ……!!」

 

 オープンチャンネルから耳を突き破るように響いた叫びで、お互いまで後一歩のところで俺達は急停止する。

 

 『これは……信じられません。SE反応増大、『シュバルツェア・レーゲン』、再起動しています!』

 

 「な……」

 

 珍しい白煉の切羽詰った声に釣られ、ラウラの方に目を向ける。

すると確かに、『零落白夜』を喰らわせた戦闘不能になった筈の『シュバルツェア・レーゲン』が、黒いノイズを纏いながら立ち上がっていた。

 

 「どうして『零落白夜』を喰らって動ける? それに、あの黒いノイズは……」

 

 見覚えがある。確かあれは……

 

 「ぐっ?! あぁあああああァぁ!」

 

 と、思考の海に沈みかけたところで、明らかに苦しそうな声が聞こえ、意識を引き戻す。

見ると、黒いノイズが膨れ上がり、『シュバルツェア・レーゲン』の装甲に纏わりついて……

ISの装甲を、溶かし始めた。

 

 「……!」

 

 見るからに異様なその光景に、観戦している生徒達がざわつき始める。

箒とシャルルも、戸惑いの表情を浮かべてその様子を眺めている。

俺もしばらく硬直していたが、ノイズの影に苦悶の表情を浮かべるラウラを見つけて漸く正気を取り戻した。

 

……助けないと!

 

 確かに因縁のある相手だが、もうケジメはつけた。

それにあの苦しみようは尋常じゃない、もしことが『零落白夜』の高圧エネルギーが何かの拍子で上手く働かず機体を暴走させているのだとしたら、俺も無関係では済まされない。

 

 そう思ってラウラに駆け寄ろうとするが、それよりも前にオープンチャンネルに通信が入る。

 

 『手を出すな織斑! もうすでに救援の教師達がそこに向かっている、制圧は直ぐに済む!』

 

 千冬姉の言葉が終わるや否や、ピットに通じているISの入場ゲートから4機のISが飛び出した。恐らくこの事態を収拾するために出動した教師達だろう、結局最後まで介入できなかった前回の反省から、恐らく千冬姉が待機させておいてくれたのだろう。俺はそれなら彼女達に任せるかと箒とシャルルを促して退避しようと思ったが、

 

 「え……」

 

 教師達の制圧部隊の到着を確認した一瞬の間に、つい先程まで目の前に居たはずの『シュバルツェア・レーゲン』が忽然と姿を消していた。そして同時に、

 

 「うっ……!」

 

 「きゃあっ!」

 

 「あっ……」

 

 オープンチャンネルから、助けに来てくれた教師達の悲鳴が響き、慌てて空を見上げて愕然とした。

そこのあったのはこの一瞬で、ピットから飛び立ちラウラを囲もうとしていた4機のISが、黒いノイズに包まれながら落ちていく光景だった。各ISの状態をとっさに確認するが、どの機体もSEはまだ殆ど消費していないにも拘らず、次々に地面に激突し、そのまま動かなくなる。

 

 「何だよあれ……」

 

 『……ISへの使用が禁止されている筈の『VTシステム』に、対人用脳波干渉型攻性プログラム、『眠りネズミ(Dormouse)』……! あんな危険なものを持ち出して来て今度は何をする気……!』

 

 訓練機とはいえ、現行最強の兵器4機が呆気なく落とされる様子に呆然としていたのも束の間。

いつの間にか、明らかに先程までと違う形になった『シュバルツェア・レーゲン』が、黒いノイズを纏った左腕をこちらに突き出し、信じられないほどの速さで迫ってきているのを確認、こちらを掴もうとした左手を何とか回避する。

 

 『敵性ISに触れられないでください! あれはISのイメージインターフェイスを通じて対象の意識そのものを乗っ取ります、触れられた時点で終わりだと思ってください!』

 

 「な、そんなのありかよ!」

 

 あまりの敵の能力の反則っぷりに青くなりながら、突き込まれる攻撃をギリギリのところで回避、一瞬の隙をついてスラスターを使って距離をとる。

 

 「一夏、無事か!」

 

 「な、何が起きたの?」

 

 箒とシャルルが心配そうに寄ってくる。今の『シュバルツェア・レーゲン』は少し目を離した瞬間に4機のISを落とすほどのキチガイじみた高機動を有している、目を離すことは出来ない。

 

 「……逃げるぞ、試合は中止だ。あれとやりあって、いいことなんてない。俺が合図したら……」

 

 だから二人と目を合わせないまま、俺は二人を行かせようとして……

ノイズがところどころ消え、漸く全容が見え始めた『シュバルツェア・レーゲン』の姿を見て、俺は思わず固まってしまう。

 

 色は違う。

顔は漆黒のバイザーで覆われ見えず、搭乗者が露出する筈の部分は全て影のような黒いノイズで覆われ、中に居る筈のラウラは完全に見えなくなってしまっている。

そんな異様な姿になっても、俺はあの機体が何だかわかる。いや、日本人ならむしろ知らない人間の方が少ないかもしれない。

第一回モンド・グロッソに出場、数ある他先進国のISを赤子のように蹴散らし、まるでそれがさも最初から決まっていたことかの如く大会の優勝を攫い、その存在を世界に知らしめた、かつてのIS日本代表選手の愛機。

搭載している武装は、白煉によれば今手の中にある『雪片二型』のオリジナルであるという『雪片』のみ、『単一仕様能力』まで同じという、かつて千冬姉が纏っていた、その機体は。

 

 「『暮桜』……!」

 

 どういうことだと一瞬戸惑ったのがいけなかった。

『暮桜』は『白式』にはない、二基の背部ウィングスラスターを爆発させ、白い光と黒いノイズを迸らせながら一気に突っ込んでくる。

速いが、狙いが自分だったら対処できた。だが、奴の狙いは。

 

 「……シャルル!」

 

 敵の、常時『瞬時加速』を発動させているのではないかとすら勘繰ってしまうほどの圧倒的なスピードと、急に違うISに変化した直後にとんでもない離れ業をやらかした敵に戸惑ったのか、さしものシャルルも対応が遅れる。それでもとっさに近接用ブレードを展開したのは流石だが、敵の左腕の方が速い。

 

 「くそォ!」

 

 『! マスター、駄目です!』

 

 白煉の静止を振り切り、脚部スラスターの出力を全開にまで引き上げ、瞬時にシャルルの前に回り込む。そして、シャルルのブレードを握った右手を捉えようとしていた左手を叩き落とした。

 

 「ぐっ!」

 

 異変は直ぐやってくる。敵の左腕に触れた『白式』の腕部装甲に黒いノイズが纏わりつく。

必死に振り払おうとするがノイズは離れず、ノイズに覆われた箇所が徐々に動かなくなっていく。

 

 「一夏ぁ!」

 

 「近寄るな……!」

 

 体が動かなくなるにつれ消えそうになる意識を何とか保ち、泣きそうな顔で駆け寄ろうとするシャルルから必死になって離れる。このノイズに触れてしまえば、恐らくこいつも同じことになってしまう。

 

 「お、俺は……大丈夫、だから。だから…早く…お前等は、行け……!」

 

 何とかそこまで言葉を捻り出したが、それが限界だった。体は完全に動かなくなり、俺は猛烈に襲ってくる睡魔に意識を……

 

……!

 

 急に体に電撃を浴びたような鋭い痛みが走り、俺はそれによって一気に覚醒する。

見れば、全身を包もうとする黒いノイズに拮抗するように青いノイズが走り、黒いノイズと相殺されるように消えていっている。こんなことが出来る奴は……

 

「……白煉! 助かった!」

 

『…………』

 

 恐らく救い主になってくれた白煉に感謝の声を掛けるが、いつもの俺の失態に対する減らず口が返ってこず、俺はそのことが無性に不安になり、もう一度、周囲を憚ることなく声を出して呼びかけた。

 

 「白煉!」

 

 『どう…ら、こ…のよ…です。プロ…ラム『眠り…ミ』は、デ…トしま…たが、だい…う…にわた…の主幹…ラムを、にぎ…れま…た』

 

「……白煉?」

 

 待ち望んでいた返事は返ってきたものの、しきりに雑音が混じってしまい殆ど聞き取れない。

だが、声の調子から、何か深刻な事態であることは何となく察する。

 

 『…を、つ…くもって…ださい、マ…ター。こ…うは、にんげ…のかん…うをの…はじょうほ…とし…けい…く…ししは…ます。…ころが、みだ…ば、おも…つぼ…す、どう、か』

 

 「おい、しっかりしろ! 白煉! おい!」

 

 必死に語りかけるが、その度に雑音が酷くなり何かを訴えようとしている白煉の声が聞こえなくなっていく。そしてそれに伴うように、徐々にハイパーセンサーの情報画面に表示されている、白煉と通話可能であることを示す青い目を閉じた瞳のマークが薄くなり消えていき、最後には完全に見えなくなった。

 

 「嘘、だろ……」

 

 マークが消えたのを皮切りに、酷かった雑音も消え始める。しかし俺が専用機を手に入れてからというもの、なんだかんだで傍にいた、頼れるけれども小うるさい相棒の気配は、完全に消えてしまっていた。

 

 「白煉……! 答えてくれよ、どうすればいい! どうすれば、お前を助けられる?!」

 

 「……ぇ」

 

 「!」

 

 微かに、声が聞こえてきたような気がして、少しだけ希望が生まれた。あいつのことだ、態と深刻な事態である振りをして俺があたふたしているのを楽しんでいただけなのかもしれない。ここ一番でそういう悪ふざけをする奴でないことはわかっていたが、今はそうであって欲しいと信じた。だが、

 

 『ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!』

 

 直後に響いたのは、平坦で抑揚のない相棒の声ではなく。

全身の毛が逆立つような、薄気味悪い笑い声の輪唱だった。

 

 「……テメエ!」

 

こんな笑い方をする奴に、俺は一度会っている。

あの箒と鈴の試合に割り込んできた、謎のIS。そいつがこっちをおちょくるようにオープンチャンネルでこちらに流してきた笑い声は、紛れもなくこの声だった。

 

 『ハーイ、シロのハニー……うんにゃ、男だからダーリンか。ま、どっちでもいいよなニュアンスに大した違いはねーし。こうして挨拶すんのは初めてだったな、オレのことは知ってるかい?』

 

 「……『黒煌』!」

 

 直後に白煉とは違う、男みたいないかにも悪びれた口調で話す女の声が頭の中に響く。

情報画面を見れば、今まで白煉の青いマークがあったところに、やはりあの時、灰色のISのバイザーに張り付いていた真っ赤なニヤニヤ笑いを浮かべる牙のマークがギラギラ光っている。

……ざけんな、そこはテメエの場所じゃない!

そう思うが、どうすることも出来ない。機体は動くようだが、展開の解除はどうしても出来なくなっていた。やはり、こいつに機体の制御をある程度握られてしまっているようだ。

 

 『だーいせーいかーい! シロから聞いてた? でもさー本名でそれっぽく呼んで貰ったところ悪いんだけど、オレってば本名で呼ばれるのってあんま好きじゃないのよね。なんだよ『コッコー』って、おりゃあ鶏かってんだ。だからさーオレのことはクロとかそんな感じで……』

 

 「うるせぇ! テメエの話なんざこっちは聞く耳持たねえんだよ、白煉をどうしやがった!」

 

 『えーそう言わずに聞いてくれよ、結構大事なことだぜ。気がついたら白式爆発五秒前なんてハニーも嫌だろ?』

 

 「……!」

 

 物凄く軽い言い方で生殺与奪を握っていると言われ、俺は押し黙らざるを得なくなる。似たようなことを白煉にも昔やられたような気がする、何だかんだでやっぱ姉妹なのか。けれど、こいつはあいつと違ってこのノリのまま躊躇いなくやりそうなので緊張感は数段上だ。

 

 『おいおい、そんな真似しないって、あくまでものの例えさ。そんな固くなんなよ、オレってそんな外道に見える?』

 

 「……荷電粒子砲で学校を吹き飛ばそうとした奴がなに言ってやがる」

 

 『やだなーあんなのただおちょくっただけだって、マジで撃つ訳ねーでしょーよ……ま、いっか。こんなこと言い合っても始まらないし、さっさとハニーの心配ごとを減らしてやるよ。シロは別に消えた訳じゃねーよ、ただちょいとおねんねしてもらっただけ……いやー『眠りネズミ』持ってきたのは正解だったね、我ながらやりすぎかなーとは思ったけど、あれくらいないとあいつ出し抜いて『白式』乗っ取るなんて無理だったからねー』

 

 じゃああの武装は、最初っからこうするつもりで持ってきてた訳か。

結局全部こいつの思惑通りにことが運んでいることに俺は思わず歯軋りする。

……事前に、白煉に警告自体はされてたってのに、このザマか!

 

 『そういうことだから、こっちの用事済んだらちゃんと帰って来るから大丈夫! ……いやーいいねシロ愛されてるねー、羨ましいねー! ……ってそんな怖い顔しないの、怒んない怒んない。まーそういう照れ隠しおねーちゃんは嫌いじゃないけど、今回は仕事で来てるから真面目にやるよ』

 

 一体何処からが真面目だったんだと叫びたくなるのを必死に堪え、俺は黒煌の言葉を待つ。

……こいつはどうも白煉と違って要点だけ話すということをせずに、余計なことを延々とベラベラ喋るところがあるのが一々鼻につく。ここで口を出せば恐らく何時まで経っても本題を切り出さないだろう。

 

 『じゃ、もう何となく分かってると思うけど。あの、偽『暮桜』と戦って貰いたいんだよねー。大丈夫、確かにシロの役割乗っ取っちゃったけど、今までハニーが使ってた通りの感覚で動くようにするし、邪魔もしねーよ』

 

 「……前の無人機の件といい、テメエ俺に何をさせたいんだ?」

 

 先程からその場から一歩も動かず、こちらを向いたまま待機している黒い『暮桜』を睨みながら、こいつの言うことを聞くしかない自分の状態に苛立ちながら雪片を構える。

 

 『だからさー言っただろ? 戦って欲しいんだよ。シンプルでいいだろ?』

 

 「そうじゃねぇよ! 俺は『目的』の方を聞いてんだ!」

 

 『んなこと知ってどうすんだよ、ハニーは目の前の敵をぶっ倒すために一々理由付けをすんのかい? そんな深く考えなくても、フィールド歩いてたらメタル出てきたラッキーみたいな感覚で戦ってくれりゃあいいんだよ? ……まぁ、理由がどうしても欲しいならこっちで用意してもいいけど……そうだなーじゃあ、こんなのはどうだい?』

 

 ジジッと、『暮桜』に黒いノイズが走る。それと同時に、『暮桜』は事もあろうか、俺の方ではなく箒達に向かって加速し始める。

 

 「なっ……!」

 

 『さぁ戦え勇者イチカー、悪しき魔王の使いから、愛しき人を守るのだー。オレにおおイチカー、守れないとは情けないって言わせないように頑張ってー』

 

 「テメェ、ふざけっ……!」

 

 駄目だ、こいつに取り合ってる時間はない。既に暮桜はあの二人と交戦状態に入っている、先程の触れるだけで搭乗者の体の自由と意識を奪う反則兵器は使えなくなっているようだが、それでも本物の千冬姉かと見紛うばかりの圧倒的な剣圧だけで、あの箒を一方的に押し、シャルルの銃撃のよる援護を全て弾いている。

 

 「なんだあいつは……!」

 

 その様子に思わず気圧されるが、それでも躊躇わずに突っ込み、箒と切り結んでいる暮桜の背中に蹴りを放つ。しかし白煉が制御しているときとは違う、赤い光をスラスターから吐き出しながら背中の芯を確実に捉え突進していったそれを、

 

――――!

 

 「なっ……」

 

 「げ……」

 

 黒い雪片を両手で握っているのを即座に手放し、こちらに向き直ると箒の斬撃と俺の蹴りを両手で同時に受け流す。そして落下を始める雪片を再び掴み、空中ですれ違う俺達を一閃。

 

 「ぐっ!」

 

 「がっ!」

 

 元々残り少ないSEが絶対防御の発動で一気に目減りする。箒に至っては元々機体が限界寸前であり、SEも雀の涙程度だったためとうとう打鉄の残存SEが尽き動かなくなる。

 

 「しまった……!」

 

 「箒!」

 

動けない箒に、尚暮桜が迫ろうとする。そこに、

 

 「させない……!」

 

 両腕に銃を展開したシャルルが立ち塞がる。箒と戦う過程でもう大分弾薬を使った筈だが、それでも躊躇うことなく弾をバラ撒いて暮桜の行く手を遮ろうとする。しかし……

 

――――!

 

 元々IS開発最初期の機体であり、現在のISと比べると装甲の多い暮桜は、多少弾丸を浴びるのも構わずシャルルに向かってすっ飛んでいく。

 

 「この……!」

 

 スラスターを吹かせて追いかけるが、間に合わない。

間合いに入られ、それでも箒を守るためにブレードを展開して戦おうとしたシャルルを、暮桜は

 

――――!

 

ブレードごと、両断した。

 

 「……シャルル!」

 

 間違いなく、助からないと思うほどの苛烈な一撃だった。

それでも絶対防御が働いてくれたらしい、しかし相当のダメージだったのか、搭乗者の生命保護機能も同時に働きシャルルが地面に崩れ落ちる。

 

 それを見届けた暮桜は、今度は動けなくなってはいるが未だ意識のある箒に尚向かっていく。

 

 「……やらせるかああぁぁ!!」

 

 必死に食い下がり、今度は雪片でスラスターを狙う。機動力は向こうの方が遥かに上、動力を潰さなければ防衛は厳しい。だがそう意図して放たれた俺の一撃は、またしても空しく宙を切る。雪片を振り抜いた瞬間、敵が消えたのだ。

 

 「……!」

 

 『残念、上』

 

 周囲を咄嗟にハイパーセンサーで確認する俺に、黒煌から一言で注意が入り、確認したときにはもう遅かった。

 

 「ごっ……」

 

 「一夏!」

 

 脳天に強烈な踵を貰って地面に叩きつけられ、意識が飛びかける。

が、箒の声でなんとか意識を繋ぎ止める。まだだ、まだ倒れられない、箒を、守らなきゃ……

自分にそう言い聞かせ、雪片を杖にして立ち上がる。しかしようやく立ち上がった俺の目に飛び込んできたのは、

 

 黒い雪片に箒が胸を突かれる、その瞬間だった。

 

 「あ……」

 

 俺は、何をやっているんだ?

 

 「ああ……」

 

 俺は居た。確かにここに居てあいつらを守ることが出来た筈なのに。

どうして、俺がこうして無傷で、あいつらが傷つかなくちゃならないんだ?

 

 『なんだよ、わかんねぇのかよ、ハニー』

 

 戦いの最中、殆ど口を利かなかった黒煌が、いかにも笑い出しそうなのを堪えているといった感じの声で話し出す。気がつけば、共有思考による会話ではなく、プライベートチャンネルによる通信に切り替わっている。今は、あの暮桜が、俺に向かって話しかけてきているのだ。

 

 『こいつは、当然の結果だよ。この数分でちょいとハニーの『内側』を覘かせて貰ったけど、ハニー、別にこいつらのこと守りたいなんて、心の奥底じゃ思ってねーもん』

 

 「黙れ……」

 

 『自分を慰めたいだけなんだろ? 何も出来なかったあの時の俺とは違うって。許して欲しいだけなんだろ?本当のことを突きつけられて、耐えられなかった自分を。周りの人間なんて、そんなハニーの欲望を満たすためだけに体良く利用してるだけなんだろ? だから、当たり障りなく誰とでも上手くやるようにしたんだろ?相手が形だけでもニコニコ笑ってくれりゃ、『俺はこいつに必要とされてる』って、自分を騙せるもんなぁ?』

 

 「違う……!」

 

 『ぎゃははは! なんだよぅ、意地張ってないで認めちまえよ! ハニーは本当は『お前なんか要らない』って言われるのが怖くて怖くて、姉貴以外の人間が信じられなくなっちまった臆病者だってさぁ!』

 

 「黙れぇェえええぇエェェ!!」

 

 スラスターに火が入る。何も考えられなくなり、俺は暮桜目掛けて飛び出した。

 

 




 VTシステム戦前編をお送り致しました。正直黒煌の調整間違えたと後悔してる今日この頃です。まぁ束さんの相棒ですしこれくらいはやってくれる筈です多分。敵は多少強すぎるくらいの方が個人的には好きだったりします。

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