「っぶね、今間違いなく一回死んだぞ、死んだ。あんまヒヤヒヤさせてくれるなよ、白煉」
『『今』生きているのであれば何も問題ありませんマスター。結果が全てです』
赤い軌跡を僅かに残してすっ飛んで来たレールカノンの砲弾をギリギリのところで回避、
冷や汗を流しながら軽口を叩く。いやホント、あと0.5秒遅かったらどうなっていたことやら。
「……『AIC』を自力で解除した、だと?」
見れば、ラウラが驚愕の表情を浮かべてこちらを見ている。
いや、そんな顔で見られたって何にも教えられんぞ。どうやったかなんて俺も知らないんだから。
『解析、完了しました。『AIC』の力場によって強制的に書き変えられたPICの仕様を一度
完全にフォーマットすることにより、捕捉されても最短1.24秒で解除することが可能になります。
ただし、決して『AIC』そのものを無効に出来るものではないことを念頭においてください』
「上出来……ま、お世話になるかどうかわからんが。本命の目的の方は達成できたのか?」
『はい、問題ありません。準備出来ています』
「そうか、そんじゃ漸く……」
右手の雪片を指で弄ぶ。よし、こっちも多分いける筈。
と、自分の状態を確認したところで、接敵警告のアラートが点灯。
「ふん……集中力が途切れたか。だが、二度目はない!」
『瞬時加速』で突っ込んできたラウラが、またこちらを『AIC』で拘束するべく右手を伸ばす。
「早速だ白煉! 頼む!」
『了解。これより『AIC』の情報を視覚化します』
「『篠ノ之一紋流』秘剣『鎌切』……! 俺に『技』を使わせた駄賃は高くつくぜ、覚悟はいいか高慢女」
「……戯言を!」
自分のISの特殊兵器に絶対の自信があるのだろう、ラウラはスピードこそ速いがただ真っ直ぐ、
こっちの間合いに飛び込んでくる。
俺はそれを、横に一歩ずれるように移動してかわし、
――――!
すれ違いざまに、雪片の石突による打撃をお見舞いした。
~~~~~~side「ラウラ」
私の『AIC』は網。
ただし、ただの投網とはわけが違う。私の網は、目に見えない。対象を囲まなくても逃がさない。
ただ、触れただけで獲物の自由を奪う。私の知っている限り、逃れえた者は一人もいない。
だから、今回も須らく同じ結果になる筈だった。実際、織斑一夏は今のところ、一度も『AIC』
から逃れられずに捕まった。二度も捕まえておいてむざむざ逃がしたのは痛恨の極みだが、
二度捕まえたのなら三度目も同じこと。そう思い、『瞬時加速』で肉薄した後『AIC』を展開。
さて、捕らえた獲物をどう料理するかと考えていたところ、
投げた網は、後一歩のところで落ちて獲物を逃し。
ただ狩られるだけの立場な筈の獲物の兎の牙が、私の脇腹に突き立った。
――――馬鹿な!
ただの打撃とは思えないほどの衝撃によろめくが、それ以上に『AIC』を回避されたことによる
精神的な衝撃が大きい。
――――偶然だ、それか私のイメージが甘かっただけ。
即座にそう思い直し、すぐさま追撃を仕掛けようとする敵に意識を集中する。
が、
「!」
またしても。
どんな方法を以ってしても、捉える事が出来ない筈の不可視の網は獲物から逸れ。
網から逃れた獲物の白刃が、目前に迫る。
「くっ……」
これ程肉薄されては、もう『AIC』では間に合わない。頭を逸らし、回避。
そのまま体勢を立て直し、今度こそ敵を固めるために睨み付け――――
「……!」
背中に衝撃を受け、機体のダメージレベルが上昇。攻撃を、受けただと……!
馬鹿な、剣腕は右手だった筈。私の左手にいる織斑一夏にどうして私の右肩を斬りつけることが
出来る?
その疑問を振り払えないまま、未だ無事な右手のプラズマ手刀を起動させ、織斑一夏に突き込む。
しかしあの忌々しい脚部スラスターを噴射させ、あくまでも手刀の使えない左側に瞬時に回り込み、再び鋭い斬撃を浴びせてくる。
――――ならば、そのブレードを直接止めてくれる!
目前に迫った白刃を絡めとる網をイメージ。武器しか止められなくても構わない、一瞬でも動きが
止まれば状況を把握出来る筈。
「な……」
しかし『AIC』が敵のブレードに触れる直前で、不意に消失。
いや違う。まるで生き物のように、『AIC』の網の外側から回り込み、尚私に迫ってきている。
とっさに右腕でガード。しかし横薙ぎの一撃は右手に当たる直前で再びぐにゃりと曲がり、
突きとなって肘の間接部に潜り込むように突き立つ。
「なんだ……」
絶対防御が発動しながらも尚腕を襲う痛みに耐えながら、動きの止まった敵を右目で捉える。
が、またしても『AIC』の発動と同時に姿がぶれ、突き刺さったブレードでそのまま右腕の装甲
を抉り斬られる。
「なんなんだ貴様は……!」
右腕が使い物にならなくなったことをいいことに、刃が、拳が、蹴りが。休むことなくあらゆる方向から嵐のように襲いかかってくる。集中しようとするも、怒涛の攻撃を捌くことに手一杯で、『AIC』発動のための集中力を確保できない。
……こんな、ことが!
軍で体術を学んだ私を以ってして、凌ぎきれない圧倒的な手数。
それでいて人間とは思えないほど乱れがなく容赦のない乱舞に私は一瞬、心を持たない巨大な虫の大群に囲まれ、数え切れない程の蠢く肢に襲われているような錯覚を覚え戦慄する。
――――馬鹿な、そんな馬鹿な! 押されているのか、この私が! 教官を貶めた男に!
軍人ですらない、平和に現を抜かした国の人間に! あれだけ偉大な姉を持ちながら、その姉に追い縋ろうという気力すら感じられない、この腑抜けに! 教官に、教官に……!
「舐めるなぁぁあああぁァァァァ!」
顔面を狙った拳を受け流し、喉が枯れんばかりの雄叫びをあげて、迎撃の蹴りをを紙一重で避け、
唯一地面についた左の軸足に蹴りを浴びせる。
――――この男に、この男だけには倒されるわけには行かない……!
その気持ちだけが、もはや満身創痍の私と『シュバルツェア・レーゲン』を突き動かした。
バランスを崩し倒れていく織斑一夏のその先に、『AIC』を張り巡らせる。
「地に伏し、起き上がれぬまま敗れろ! 貴様にはそれが似合い……!」
今度こそ、奴に逃げる術はない。そう信じ私は勝利を確信するも、
「何……!」
奴は倒れなかった。いや、体勢は間違いなくPICでも制御できない程傾いた。だが奴は空いた右腕を地面につけ、そのまま片腕で逆立ちをする。
「は、ははは! なんだ、無様な道化の姿を晒しながら倒されるのが望みか! 確かに、こちらの
方がなんとも貴様らしい!」
だが、どの道奴は『AIC』の上に手をついた。今頃逆立ちの体勢のまま固まりながら、己の失策を嘆いていることだろう……さて、このまましばらく晒し者にしてやるのも面白いが、先程のような邪魔が入るとも限らない。早々に、決着をつけてやろう。
そう判断を下し、レールカノンを織斑一夏に向けて撃とうとしたその時。
織斑一夏のISの脚部から、確かに青い光が溢れ出しているのに気づいた。
――――そんな筈はない、今も『AIC』は持続展開している。動ける筈が……!
「ま、掴まっても別に問題なかったんだけどな。あんまりにもスッカスカな網なもんだから、態々
そうしてやんのも馬鹿らしくて……装備を過信しすぎなんだよ、間抜け」
未だ右腕だけで体を支えながら、こちらを嘲笑うようにそんな言葉をかけてくる織斑一夏。
私は『AIC』の状態に目を通し、漸く奴が動ける理由を知る。
奴は、『AIC』に掛かって『いない』。地面に張り巡らされた不可視の網目の僅かな隙間に、四本の指を立て、それで体勢を支えているのだ。
「貴様、やはり見えて……!」
「気づくのが遅ェ!」
とっさに『AIC』の構成を組みなおすが、それよりも前に織斑一夏は脚部のスラスターを吹かせ、空中で回転しながらこちらに迫ってくる。
「おのれ!」
とっさにレールカノンを発射するも回避される。だが空中で体勢を崩した、奴の機体は飛べない、
このままなら頭から地面に落下する。流石にそのまま落ちることはないだろうが、立て直す際に
隙が出来る筈、そこを『AIC』で……
――――!
しかし私の予想に反し、織斑一夏は本当に地面に頭から落下した。いや、いつブレードを持ち替えたのか左手を地面につけて重心を支え、逆立ちしたまま右手のブレードで私の足を狙う。
だが見えている以上『AIC』で捕捉が出来る。今度こそあのブレードを絡めとってくれる!
「そんな攻撃が当たるとでも思っ……」
ゴッ!
「がっ……」
青い陽炎と白い影をハイパーセンサーが捉えたのも一瞬、直後に顔面に凄まじい衝撃を受け吹き飛ばされる。なんだあれは、あんな体勢から蹴りを放ってきたのか? まさか……
「カポエイラだと?!」
「正解半分。ぶっちゃけ齧っただけの我流だからな、到底本家様にお見せできるような代物じゃない」
そんなことを言っている癖に、直後に独楽のように回りながら放たれた刃物のような蹴りは狙い
すましたかのように鳩尾を抉り、私はたまらずスラスターを起動させ、とっさに後退しようと試みる。
が、直ぐさま逆手に握られたブレードに刈り取るような動きで退路を塞がれ、ウィングスラスター
を根こそぎ捥ぎ取られる。
「……!」
「逃がさねえ……飢えた
腹部の装甲を食い破り、腹部にめり込んだ『白式』の白い脚部装甲から再び青い光が溢れ出す。
その瞬間腹部に信じ難いほどの重圧が掛かり、立って居られず私はいつか自分があのチャイナの
代表候補生にやったのとほぼ同じ構図で、地面に叩きつけられた。
「ぐぬうっ……!」
「悪いな、ボコボコにしちまって。一応ここまでが鈴とセシリアの分だ。何、俺の分は痛くないし
直ぐ済むから心配要らない」
「ふざ……けるな……!」
とっさに起き上がって反撃しようとするが、それより前に青い雷光を帯電させたように纏う、眩い白い光を放つ刃が私に突きつけられた。
「……!」
未だに直接受けたことはないが、ISを扱うものとしての直感が今までにないほど目の前の未知の兵器に対し警鐘を鳴らしてくる。
――――これを受けたら、終わってしまうと。
「……させるか!」
だから、最後の力を振り絞って『AIC』を展開。
目の前で振り抜かれる刃を止めるため、高密度の網ではなく『壁』を造り出す。
「――――止まれぇぇええェェエ!」
しかし、私の願いも、力も、言葉も。
その一撃を止めることは叶わず。絶対突破出来ぬ筈の『壁』は、薄紙のように引き裂かれ。
私は『あの日』。
教官に出会って以来、振り切れたと思っていた感情。私が一度培ってきた全てを失ったあの時に感じた、どうしようもないほどの無力感に苛まれながら、為す術なく迫る白光に飲み込まれた。
~~~~~~side「山田先生」
「か、勝っちゃいました……」
ボーデヴィッヒさんのISが戦闘不能状態になったことを告げるブザーの音を聞きながら、私は呆然と、今目の前で行われた試合の結果を眺めていた。
「なんだ、山田先生。君は、私の愚弟が負けるとものと思っていたのか」
「そ、そういうわけでは無いですけれど……ラウラさんは一年生の優勝候補筆頭ですよ? それを、ああも一方的に……」
「確かに、大番狂わせでないと言えば嘘になるかもしれんな」
外部からの観客を収容している観客席を眺めながら、確認するようにそんなことを言う織斑先生。
その視線を追って見てみれば、IS関係の業界からこの試合を観戦するために訪れている方が殆どを占めるその席に座るほぼ全ての人が、撮った映像を確認したり、必死にメモをとったり、どこかに電話をかけたりと、忙しなく動いていた。
「お、大騒ぎになってますね……」
「元々織斑の機体に関する情報は現段階では殆ど流れていなかった、実質今回の試合は外部に対する『白式』の初披露になる……束が直接製作に携わった機体だ、元よりどのIS業界もあの機体のデータを渇望していた。多少、騒ぎになるのは予想できたことだ」
と、織斑先生の声は落ち着いたものだったが、観客席の中から誰かを見つけた途端一瞬とても険のある表情を浮かべたような気がするのは気のせいだろうか?
……確か、あの辺りはフランスの……
「……だが、あの阿呆共は当然そういった事情など理解していないだろうからな、その上で好き勝手に暴れた結果があれだ……山田先生、無線機を貸してくれ。試合が終了し次第織斑と篠ノ之に護衛をつける。あの様子では、御法度なのを承知の上で、この機会にあの二人に接触を図る馬鹿が沸くとも限らん」
「あ、はい……」
しかし観客席に意識を向けたのを誤魔化すように声を掛けられ、私は誰に目を向けたのか特定する前に織斑先生に向き直らざるを得なくなる。
あまり勘繰られたくないことなのかな、と考え、頭を切り替えて私は織斑先生の話題を拾うことにした。
……純粋に個人的な興味があったというのもありますが。
「あのお二人、凄かったですからね。あれはどちらも、織斑先生が学んだ剣技と同じなんですよね?」
織斑君と篠ノ之さんの戦い方は、どちらも一言で表すなら『舞』と言うべき見事なものだった。
ただ性質は舞といっても大分違う。篠ノ之さんがまさに身剣一体を体現したような『剣』を体の一部のように振るう『人の舞』なら、織斑君のそれは『剣』そのものが使い手とは別の一つの生き物のように動いて、使い手の動きと合わさり『剣』そのものが踊っているように見える『剣の舞』だった。
どちらにしても、ISによる各身体能力のブーストがあるにしてもそうそう出来る動きではない。
あの歳であそこまで技術を磨くのに、どれ程の努力があったことだろう。
「織斑に関して言えば、そうだ。『篠ノ之流』には一刀一斬で斬り結ぶを善しとする『一紋流』と二刀を持って守るを尊ぶ『二瀧流』の二つの流派があってな、私と織斑は前者を学んだ。篠ノ之は……次期継承者として両方を修めなければならんという責務と、なにより本人たっての希望で昔から二つの流派の二束草鞋を履いている」
「二つ一緒に? 織斑先生のIS操縦技術の礎になった剣技ですよね? 片方を修めないうちに両方なんて、そんなことが通るんですか?」
「篠ノ之でなければ許されなかったろうし、そもそも出来なかっただろうな……悔しいが、奴は少なくとも剣に関しては今の私と同じ歳になる頃には恐らく私を超えるだろう。こと『剣』において、あれ程才能に恵まれた人間を私は他に知らない……まぁ、今時点でまだ未熟なことは変わらんし、早々抜かれるつもりは私としても毛頭ないが」
その言葉に、私は思わず息を呑んだ。織斑先生の立場を考えれば、「自分を超える」という言葉は決して軽くはない。
「成程……じゃあ、織斑君も素晴らしい才能をお持ちなんですね、技の冴えも篠ノ之さんに劣らないものでしたし。流石、織斑先生の弟さんです」
「…………」
だから、ついそんな言葉が口をついて出ていた。私としては心の賞賛としてそう言ったつもりだったのだが、捉えようによってはやっかみとも取られかねない。織斑先生が苦い表情を浮かべて私はようやくそのことに気がつき、慌てる。
「あ、そのですね! 別にやっかみとか、そういうのでは……」
「……構わん。君がそういう人間でないことは、私もわかっているつもりだ……だが、残念ながら織斑には『才能』はないぞ。いや、世間一般的な解釈ではある部類かもしれんが、篠ノ之のそれと比べれば霞んでしまう程度のものでしかない」
「え? で、でも実際……」
「あの結果は織斑自身の実力というよりラウラの慢心、判断ミスに依るところが大きい。奴の機体の専用兵装は確かに強力無比だが、イメージンターフェイスを用いた兵器の運用には多大な集中力を必要とする。あんなものに頼らず、その集中力を格闘戦に傾ければ、違った結果になった筈だ。だが……」
織斑先生は一度言葉を切り、ボーデヴィッヒさんを倒し今度は篠ノ之さんと交戦状態に入った織斑君を見つめる。
「勝ちは勝ちだ。まさか『鎌切』をISで再現して見せるとは私としても想定外だった。一年間だけの突貫工事だったとはいえ、私の教え子を倒す程度の腕になったことくらいは、認めざるを得ないか……まぁ、あの篠ノ之に今まで『努力』だけで食い下がり続けてきたんだ、これ位は出来て然るべきだと気がつくべきだったな」
言葉とは裏腹に織斑君を見る織斑先生の目は、普段からは考えられないくらい優しくて。
本当に弟さんを大事に思ってるですね、と、一人っ子だった私は少しだけ織斑君が羨ましくなった。
しかし、そんな気持ちになったのも束の間。もし織斑先生がお姉ちゃんだったらという妄想をしていた私を、試合の状況を把握するため装着しているインカムから響く悲鳴が現実に引き戻した。
織斑先生もすぐに異変に気がついたらしい、すぐさま先程私から預かった無線機で指示を飛ばした。
「第二アリーナだ! 例の訓練機を直ぐ向かわせろ! A、B、C、Dは前回のような事態に備え観客席にいる生徒の護衛、残りはイレギュラーの制圧だ……何? ゲストの護衛はどうするか? 本国からの命令? 知るか、腐っても教師なら生徒のことを第一に考えろ! 第一VIPだかなんだか知らんが連中にも足はあるだろう、厄介ごとになる前にご帰宅願え。ごねるようなら叩き出しても構わん!」
そこまで息を継がずに一気に言うとそのまま無線機の電源を切り、ピットに繋がる階段に向かって走り出す織斑先生を、私は必死になって追いかける。
すでに観客の多くの生徒達が異変に気がつき始めている。ボーデヴィッヒさんの悲鳴が再び響き渡ったかと思うと、彼女のISに量子変換の黒いノイズが蟻のように纏わりつき、それに伴い本体が黒い蝋のようにドロドロと溶け始めたのだ。
「……!」
IS学園の教師になるに伴いISの勉強はそれなりにあるつもりだが、ISがあんなことになる状況は私の知っている限りではない。異常事態だと認識する。
「束ェ! 殺してやるぞ、殺してやる! どこまで私の頭痛の種を増やせば気が済むんだ貴様ァ……!」
「ひ、ひぃ!」
背中からでも分かるほどの質量を持った織斑先生の怒気に怯えつつ、それでも負けるものかと必死になって追いかける。
……前は、自分の生徒達の危機に何も出来なかったけれど。
同じ後悔はしない。今度こそ、先生らしいところをみせなければ!
「チッ、また扉を……! 私を介入させんつもりか。上等だ、この程度で私を止められると侮ったこと後悔させてくれる」
「え……」
と、決意したのですけれども。
ピットの出入り口の、固く閉ざされたIS装甲の合金製の扉を素手で壊し始める織斑先生を見て、急に心が萎み始める。
……これって私、必要ないんじゃないでしょうか?
~~~~~~side「ラウラ」
真っ暗な、闇の中。
そんな中で、子供のように膝を丸め、蹲る私が居た。
強くなること。それだけが、私の存在意義だった。そのためだけに、私は冷蔵庫の中から造り出された。
だからそのための努力は苦ではなかったし、体を弄ることになるが強くなるための手段があると聞き、私は一も二も無くその提案を受け入れた。
『ヴォーダン・オージェ
擬似ハイパーセンサーである眼球をを左目に移植することで、生身の状態でもIS展開時の超感覚を会得しようとした計画。理論上失敗は有り得ないとされたその手術だが、結果は失敗。
ヴォーダン・オージェは私に適合せず、実質私は左目を失明した。
そしてこの日を境に、事実上部隊で何をするにおいても最も優秀だった私の実力は地に落ちた。左目が見えないハンデは、自分で思っていた以上に私から力を奪った。
そうして唯一の存在意義だった『強さ』を失った私からは、次から次へと人が離れていき、気がついた時には誰も、私を見ようとする人間はいなくなった。それでも心まで弱くなったら本当に自分に価値はなくなると恐れた私は、表向きは今まで通りの私で在り続けた。が、一人になったらよくこうやって、誰からも見れないよう部屋を暗くして泣いていた。
こんな、闇の中にいる私の手を引いてくれたのが、教官だった。
初めてあった頃は、まさか世界最強の称号を持つ彼女が部隊でも落ち目の私のことを気にかけるなんて、想像すらしなかった。結局今までとなにも変わらず、とくに関わることも無く一年間が経つものだと思っていた。
そんな私の思惑が外されたのは、彼女が私達の専属の教官として着任したその日からだった。
あの人は、いつものように一人で泣いていた私の部屋にノックもなくいきなり押しかけてくると、
顔も上げずに蹲ったままの私の頭を乱暴に掴んだ。
「泣いている暇があるのか。強くなるのがお前の存在意義ならば、戦うことをやめれば本当にお前の価値はなくなるぞ。本当にそれを求める気があるなら、鳴くのも吼えるのも後回しだ……ただ、喰らいつけ。例え牙の全てが圧し折れ抜け落ちても私に喰いつき、血肉を捥ぎ取りものにしろ。力とは、何もせず与えられる程安くは無いぞ、奪って見せろ」
そんな力強い言葉を紡ぎながらも、頭を掴んでいた手は次第に撫でる動きのそれに変わり、頭から
伝わる人の温もりに、私はその時初めて、寂しさや、悲しさ以外の感情で人は涙を流せるのだということを知った。
次の日からの個人訓練は、まさに地獄という表現が相応しいほど苛烈だった。何度も心が折れそうになりながらも、私は牙の抜け落ちた口蓋で教官に喰いつき続けた。教官はそんなこの上なく無様な私を、目を逸らすことなく見続けていてくれた。そんな教官と共に過ごすうちに、私はおこがましくもただ追いかけるだけの関係では満足出来なくなった。
……この人に認められたい。
この人の一番になりたい。
この人に、なってしまいたい。
そうやって、私の目的は変わっていった……いや、変わったわけではないな。
私にとっては、教官の存在そのものが、私の理想とする『強さ』の体現なのだから。むしろ、より目標が従来より明確になったことを、私は大いに歓迎した。
しかし、だからこそ許せない。その強さの権化である教官に、泥を塗った男が。
それが欺瞞なのはわかっている、『あの事件』がなければ、私が教官に出会うことは叶わなかったのだから。
だが、それでも、どうしても認められなかったのだ。
「教官は、何故――――」
「そうだな――――」
教官の名前を貶めた分際で。あの人の――――!
「ああぁぁアアあぁぁぁっ……!!」
ああ、認めない、認められない、こんな結末など……!
奴を下す。奴を打ち倒さなければ。
私の望む『強さ』は、何時まで経っても手に入らない!
そんな思考に頭を支配される。だからこそ、
『……なりたいかい? 『織斑千冬』に。天上天下唯我独尊、誰にも先を譲らない、絶対的な力が欲しいかい?』
何処からか不意に響いた、そんな言葉。それに、私はかつてのように。
私から一度力を奪った、あの手術を了承した時と同じように、躊躇うことなく応えてしまう。
「寄越せ……! 奴にあって、私に無いもの。不条理も理不尽も、粉々に打ち砕いて突き進むための力を寄越せ!」
『いいねいいねェ……そういう真っ黒ネガティブなやる気のある奴ぁ嫌いじゃないぜ、ここは一つ、力になってやりましょう……!』
「ぐっ?! あぁあああああァぁ!」
頭に直接流れ込む、圧倒的な量の情報。
それに加えISも各アラートが一斉に点灯、異常を知らせてくるが、最早確認する余裕すら今の私にはない。
『ケケケケケケ! 『子羊』一匹地獄行きィ!ってか……恨むなよぅ、こうなるのを望んだのはお前だぜェ?』
私に甘言を囁いた声が哄笑をあげるのが遠くで聞こえてくる。
私は、また……
そんな後悔をする間もなく、私の意識は流れ込んでくる情報の荒波に書き換えられ、押し流されて消えていった。
ワンサマ無双回をお送り致しました。
次回最早定番の乱入イベントになります。