IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第二十六話~開戦~

待ちに待ったタッグトーナメント開催当日。

俺とシャルルは、電光掲示板に表示された自分達と当たる対戦相手を見て、口をあんぐり開けて固まっていた。

 

俺達とラウラの組が当たるのは、第一回戦。

まぁ、これは別に構わない。トーナメント恒例のシード枠なんて都合のいいものに当たるなんて最初から期待してないし、こちらの手の内を見られずに済む。問題はラウラのタッグパートナーだ。

電光掲示板には、デカデカとこう表記されていた。

 

織斑一夏 シャルル・デュノア ペア

 

VS

 

篠ノ之箒 ラウラ・ボーデヴィッヒ ペア

 

「……なんで、箒とあの子がペアになってるのかな?」

 

「……俺に聞くなよ、どういうことだこりゃ。待ってろシャルル、時間ないけどちょっとこの件について情報収集してくる」

 

そう言い残しシャルルの元を離れ、一組や他のクラスの娘達に軽く聞き込みを行い、この異常事態の

真相は比較的直ぐ足がついた。

 

要するに、箒は結局この日までタッグパートナーを組めなかったらしい。

引く手数多だったのは間違いないのだが、如何せん本人の要領が悪すぎ、チャンスを悉く棒に振ったようだ。これは大いに反省すべきことだが、今思えば箒をフォローしてくれる人が不足していた。

まず筆頭の俺はここ数日放課後はシャルルとの合同訓練にひたすら費やし箒のことを見ている時間がなく、同じクラスで比較的仲の良いセシリアはどんな間違いがあったのかは知らないが、あのラウラとの諍いがあった日に保健室で寝ていたところ箒から『気』を注入されるという闇討ちに遭い昏倒、病院送りになった。鈴もあれから明らかに一組に顔を出す機会が減っていた。といってもこれは本人の意思ではなく、二組の娘達が結託して行かせないようにしているらしい。今の二組は自分達のリーダーがやられたため一組にあまりいい感情を持っていないようで、特に下手人のラウラに対するバッシングが酷いことになっている。そうされるだけのことをしたあいつに同情する気は全くないが、こういうのは見ていてあまり気持ちのいいものではない。それは鈴も同じなようで、やめさせようとはしているらしいが、あいつ自身まだ傷が癒えておらず松葉杖をついているような状態のため、持ち前のアクティブさが十全に活かせず後手に回ってしまっているのが現状のようだ。

 

……と、脱線したな。兎に角、パートナーが当日までいなかった箒は、この企画のルールに基づいて機械によるランダムのパートナー選考にかけられ、同じくパートナーのいなかったラウラのパートナーとして宛がわれた、というのが、この喜劇の真相らしい。

 

まぁ自業自得といえばそれもそうなのだが、それにしてもよりにもよって、というのが本音だ。

他にパートナーのいない奴なんていくらでもいたろうに。

 

けれど決まってしまったものはしょうがない。それに考えようによっては事情をまるで知らない娘を巻き込むことにならずに済んだともとれる。

そう考えて自分を納得させ、俺はシャルルのところに戻ったのだが、

 

「シャルル君! 試合に向けて、意気込みを一つ!」

 

「織斑君とタッグを組んだ経緯を是非! 一体、二人の間でどんなやり取りが?」

 

そのシャルルは新聞部を始めとする追っかけに囲まれ四苦八苦していた。

ああもう、あいつは変に体裁が良すぎるせいでああいう図々しいのの対応が駄目なんだよな。

俺も別に得意な訳じゃないが、ここで生活する過程である程度開き直った。

 

「黛先輩! 俺達もう直ぐ試合なんスよ、取材だったら後にしてください!」

 

「おお! 噂をすれば時の人が! 織斑君織斑君、相手は一年きっての好カードですが勝算は? 何か作戦があるのかな?」

 

兎に角場を収めるため、俺はシャルルに詰め寄る新聞部の眼鏡娘、黛薫子先輩に声をかけた。

……相変わらず人の話を聞かない人だ、まぁ矛先が俺に変わっただけ善しとすべきか。

 

「ないですよ、あったとしても戦う前から作戦バラす奴が何処にいるんですか」

 

「ええ~、そこをなんとか!」

 

「……ほう? なんだ黛、ないと言ったのが聞こえなかったか? それとも貴様には耳がないのか、それならばその顔の横についている不恰好な飾りなど、別に削ぎ落としてしまっても構わんのだろう?」

 

「うぐっ……!」

 

もう色々面倒くさくなったので虎の子の『千冬姉の真似』を発動。これだけで周りの連中がズザザと後ろに引き始める。

俺達姉弟は比較的顔の作りが似ているため、頑張れば割と真に迫れる。静かに怒る感じのオーラを出しながらSっ気たっぷりな笑みと発言をするのがコツだ。適当にやれば一発芸として大受けし、マジでやれば悪質な粘着キャッチセールス業者も泡を食って逃げ出す素敵技。我ながら俺は世界一素晴らしい姉を持ったと思うね。

 

「ううっ、捏造記事を書いて懲罰部屋に入れられたときのトラウマが……! こっ、これで勝ったと思わないことね!」

 

三下の捨て台詞を残し撤退していく黛先輩。他の連中も、遠巻きにこちらを見つつもようやく離れていく。

 

「た、助かったよ一夏……え、えっと、お、怒ってる?」

 

人だかりから解放されたシャルルが、何故だかビクビクしながら声を掛けてくる。

……おっといけね、まだ千冬姉の顔のままだ。

もう大丈夫だろうと、顔の筋肉を緩めると同時にホッと安堵の溜息を吐くシャルル。

う~ん、そんなに怖いんだろうか。見てくれはともかく雰囲気はまだまだ本物には遠く及ばない域だと思うんだけどな。

 

「悪い配慮が足りなかった、こんな人ごみでお前一人にしてりゃそりゃああいうのが湧くわな、さっさとピットに移動しよう」

 

俺の提案にシャルルは首肯、二人でピットに向けて話をしながら歩き出す。

 

「うん……それで、箒の件はどうだったの?」

 

「あー、端的に言っちまえば俺のせいだ、悪い。で、その埋め合わせと言うか、このイレギュラーな事態に対抗するために一つ作戦の変更を提案したい」

 

「何かな?」

 

「やっぱ……ラウラとは俺がサシでやる。シャルルはどうにかして箒を抑えてくれ……といっても、正直大したことはする必要ないと思う、言質はとったから、箒は少なくとも俺とラウラが戦う分には多分手を出さない。それに俺が言うのもアレだが箒は空中での機動が終わってるから、お前なら一度浮き上がってアウトレンジから撃ちまくってればそのまま削り勝てる公算が高い」

 

「?! む、無茶だよ一夏! あの子のISの専用兵装を知らない訳じゃないでしょ? 遠距離からの攻撃方法がない『白式』じゃ、勝ち目は……」

 

「問題はそこなんだよな……でも、そいつは逆にそれさえなんとかなれば、どうにか出来るかもしれないってことでもある」

 

前回のラウラとの戦いと、その後の白煉の情報収集でわかったことだが、あいつの機体も色々積んでいるようで結局のところ白式と同じ近接戦闘向きなのだ。あの上腕部にプラズマを纏わせる手刀は言わずもがな、メイン武装と思われる六本のワイヤーブレードも、基本的には中距離にいる相手を自分の優位な間合いに引きずり込むためのもので、ISにおける戦闘でアウトレンジ攻撃と呼べるほどの遠距離攻撃を可能とするものではなく決定打も足りない。

肩に搭載されているレールカノンは唯一遠距離攻撃を行える武装で威力も凄まじいが、あの武装は火力の代償として装弾可能数が低く装填速度も遅い。飛べこそしないが高い機動力を持つ白式なら、空から一方的に撃たれたりしない限りは装填中に懐に潜れる。

だから必然的に接敵のチャンスは多くなる筈だ。兎に角近づかなければ戦えない白式にとってそれは勝つ上で最も必要になる要素になる。だからこれ等の情報にもう一押しでAICの実働データさえとれていれば、比較的不安要素のない状態でこの戦いに挑むことができたのだが……本当に、あのタイミングで千冬姉が乱入してきたことが悔やまれる。

 

「その言い方だと、何か対策があるみたいだね?」

 

「『あった筈だった』というのが正しい……あ、いや、違う。か、考えてるさ、当然だろ?」

 

そんなことを考えていたせいか、つい本音が出てしまった俺をとても不安そうに見てくるシャルルになんとか言い繕う……我ながらかなり苦しいと思うが。

 

「……やっぱり、当初の予定通り二人で連携した方がいいんじゃないかな。一夏が調べてくれたデータじゃ、現状の『AIC』は一度に複数の対象を拘束出来ないみたいだから、二方向からの攻撃は対策としてかなり有効だと思うんだけど」

 

ああ、やっぱり見抜かれたか。だけど、かといってそれが上手くいくとは俺には思えなかった。

 

「箒はそこまで甘くない。ラウラが鈴とセシリアをやった奴である以上間違いなく協力的にってのはないだろうけど、それでも多分俺が二対一であいつを追い詰めるのを許すような奴じゃないと思う」

 

「でも箒は訓練機で戦うんでしょ、最初に一対一に持ち込めば専用機持ちの僕等に分があるし、最初の予定通り一夏がラウラを抑えてる間に僕が箒を倒せば……」

 

……ああ、そういやこいつは最近転校してきて箒と鈴の試合見てないし、最近箒が訓練機の予約取れなくて一緒に訓練したこともなかったから、知らないのか。噂くらいは聞いたことあるかと思ったんだが。

 

「あいつは『打鉄』で鈴の『甲龍』と互角以上に渡り合ったバケモンだ、舐めてかかると痛い目みるぞ」

 

「ええっ! あ、あの話本当だったんだ……凄いな、なまじ元のスペック差を知ってるから余計信じられないよ。でも、一夏。僕は」

 

それでも、箒を倒して俺を助けにいくと、はっきりとシャルルは宣言する。

まだ箒に対する侮りがあるのかと思った俺は嗜めようとしたが、シャルルを見てその認識を正した。

シャルルの表情は、そのくらい決意に満ちていた。恐らく相手が世界最強(千冬姉)だろうと同じことを言ったのではないかと勘ぐるほどに。

 

……思えば、こいつは俺の提案したここ数日間の合同訓練に何も言わずについてきた。それこそ、一切の自分のプライベートを削ってだ。小学校からの親友をやられ、千冬姉や箒に戦いを託された俺と違って、シャルルがここまで付き合う義理はない筈だ。そう思い何度も俺は最後まで付き合わず適当なところでやめるよう言ったのだが、シャルルは「一夏のために頑張る」一点張りで、頑として聞き入れようとはしなかった。

今まで騙していた、俺に対する罪滅ぼしのつもりなのかも知れないが、俺からしてみれば別にこんなことをしてもらいたかったから助けたかった訳じゃない。かといってそのシャルルの気持ちを否定することは、今のこいつから拠り所を奪ってしまうことになりかねないと感じた俺は、なかなか自分の気持ちを言い出せずにいた。

……困ったもんだ、俺がこいつの正体を知ったあの夜の前までは、こんな頑固な奴だなんて思ってもみなかったのだが。

 

「……わかった、お前の意思を尊重する。正直相当キツいと思うが任せたぜ」

 

「……うん!」

 

まぁこれからどうなるにせよ、今は目の前の戦いに集中すべきだ。そう思い俺はこの件においてシャルルに任せる旨の言葉を掛け、それを受けたシャルルは嬉しそうに笑いながら頷いた。

……やはり、どうも俺はこいつの笑顔には強くなれない。それがこの上なく罪深いことだと、頭では理解しているのに。だから俺はシャルルの顔を直視することが出来ず、そんな様子を悟られたくなくて思わず歩く速度を速める。

試合時間まであまり猶予はない、不自然には思われないだろう。

 

……くそ。よりにもよって、今思い出すことじゃないだろ。

 

拳をきつく握り締め、息を深く吸い込んで心を整え、これから始まる戦いに思いを馳せる。

出来ることなら、こんな最低な気分が吹き飛ぶくらい、それが充実した時間になればいいと望みながら。

 

 

 

 

「……ふん。別に誰がパートナーでも構わんが、貴様、足だけは引っ張るなよ」

 

「それはこちらの台詞だ毛唐。背中に傷を負わされる屈辱を衆目の前で晒したくなければ、安易に私の前に立たないことだ」

 

うわぁ。こいつ等味方同士の筈だよなぁ。なんか始まる前から早くもフレンドリーファイア上等って感じで火花を散らしていらっしゃるんですが。

 

試合一分前。

俺とシャルルがISを展開してアリーナのグラウンドに向かった頃には、既に箒とラウラはそれぞれ『打鉄』と『シュバルツェア・レーゲン』を展開し待機していた。どちらも黒い装甲を持つ、重厚感のある機体だけに、こうして並んでいる姿をみるのは圧巻だった。その搭乗者がどちらも筆舌に尽くしがたい程の凄まじい殺気を周囲に撒き散らしていれば尚更だ。傍らのシャルルも二人の様子を見て完全に引いている。

 

だが、その二人の睨み合いもラウラがグラウンドに入ってきた俺の姿を認めるなり収まった。

と、いうより睨み付ける対象が箒から俺に移っただけだが。

 

「……来たか、織斑一夏。待っていたぞ。教官の前で貴様を完膚なきまで叩きのめす、この機会をな!」

 

宣言するラウラの感情に呼応するように、肩部のワイヤーを収納している球状の装甲から伸びる翼の様なスラスターが一気に広がり光を宿し始める。それこそ開戦の合図を待たずして突っ込んできそうな剣幕だ。

 

「フルネームで呼んでくれるなよ、恥ずかしい……ま、この日を待ってたってのは、こっちも同じだけどな!」

 

ラウラの声に応え、こちらも雪片に指を這わせいつラウラが突撃してきてもいいように試合開始の合図を待つ。

そしてそのまま視線だけで箒を捉え、向こうも何も言わずにこちらをみてただ一度頷いたのを確認する。

……有難い、やはりあいつはこちらに手を出す気はないようだ、これで思う存分……

 

時間切れ。開幕を宣言する電子音が鳴り響き、それを合図に高まっていた緊張の糸が切れる。

 

「やれるってモンだ!」

 

スラスターに点火、迷わずラウラに向かってすっ飛ぶ。向こうも開幕と同時に瞬時加速を使用、俺達の距離は開始一秒を待たずにゼロになる。

 

「……消えろ!」

 

「お前がな!」

 

そしてそのままお互い迷わずそれぞれの得物を振り上げ、言葉と共に全力で己の敵に向けて叩きつける。

戦いが、始まった。

 

 

~~~~~~side「山田先生」

 

 

「……え?」

 

試合開始の電子音が、鳴り響いたのと同時。

教員席で試合を観戦していた私は、一瞬思わず自分の目を疑った。

 

織斑君と、ボーデヴィッヒさんが、試合開始前に立っていた位置。

それが、開始一秒の間でお互いに入れ替わっていた。しかも織斑君の『白式』は右腕の装甲の一部が焼け落ちたように削げ落ち、ボーデヴィッヒさんの『シュバルツェア・レーゲン』の左腕の装甲から煙と火花があがっている。

 

「……痛み分けか。いや、それとも武装を破壊できただけ幾分織斑に分があったと見るべきか」

 

隣で織斑先生が、顎に手を当てながらそんなことを言った。こ、この人は……

 

「ハイパーセンサーなしで今の一部始終が見えていたんですか?」

 

「ああ、そうだが? なんだ、山田先生。なにか、おかしなことでもあったのか?」

 

「い、いえ」

 

おかしなことは確かにあるのだが、私はなんとかそれを言葉に出さずに飲み込んだ。

この人が少し非常識な存在なのは、別に今に始まったことではないですし。

 

「山田先生?」

 

……もしかしてこの人は人の心が読めるんじゃないかと思うときもあります、流石にそこまでではないと信じたいのですが。

 

「は、いえ、大丈夫です! そ、それよりも二人とも、凄い機動ですね。あれほどの高速戦闘は、代表クラスでもそうは見られませんよ」

 

「どちらも機体性能に依るところが大きいがな。搭乗者がひよっこなことは変わらん」

 

「そ、そんなことはないと思いますが……」

 

あれでひよっこならこの人にとっての一人前とは、どれだけのレベルになるんでしょうか。

そんなことを考えながら、私は目の前の試合に再び意識を戻した。

先程の一撃以降、試合は硬直状態、タッグ形式の試合であるにも拘らず、早くも状況は織斑君とボーデヴィッヒさん、篠ノ之さんとデュノアさんの二組に分かれた一対一の個別戦になっているようだ。

織斑君はボーデヴィッヒさんのISのワイヤーブレードによる攻撃を掻い潜りながらも自分の間合いになかなか持ち込めない一進一退を繰り返しており、篠ノ之さんとデュノアさんは今この時までお互い一度も攻撃せず、睨み合う状況が続いている。

 

「馬鹿者共め。初戦からあのような試合運びをしおって、この試合の趣旨を理解しているのか」

 

織斑先生も似たようなことを思ったのか、苦々しい口調でそんなことを言う。

ただ言葉に反して表情は柔らかく、口で言うほどあの子達を責めている気配はなかった。

 

「……まぁいい、結果を出してくれれば過程は問わないと言ったのは私だからな。山田先生、警備の状況はどうなっている?」

 

「あ、はい! 前回の襲撃を踏まえ、上空に向けた監視を強化しています。航空自衛隊の協力と、人工衛星による監視がありますから、いかに前回のようなISが襲来しても、これ等の監視をすり抜けてここまで辿り着くのは不可能かと」

 

「そうか、だが万が一のことがあるとも限らない、前回のようなことがないよう訓練用のISを格納庫から出しておくよう伝えてくれ」

 

「織斑先生は、今回も外部からの介入があると考えているんですか?」

 

「普通の神経をしている人間が相手であれば、ないと私も思いたいのだがな……情報元については明かせないが、前回の件の黒幕がまだ何か企んでいるらしいという情報が入っている、用心するに越したことはない」

 

そう言って神経質そうに足踏みをする織斑先生。気持ちはわかる、前回の件は奇跡的に負傷者は一人もいなかったとはいえ、一つ間違えれば大惨事になり得た事件だった。それと同じことが今回も起こるかもしれないとわかれば、心穏やかではいられないだろう。私もそんな織斑先生を見てだんだん不安になってくる。

 

「この件は君を信用しているから話した。他言は無用に願いたい、こんなことを聞けば下手に勘ぐる奴がこの学園には多すぎるからな……っと、山田先生にも用心はしてもらいたいが、そこまで肩に力をいれることはないぞ」

 

そんな私の気持ちを見越してか、安心させるような穏やかな声でそう告げる織斑先生。

それだけで安心できたわけではないが、この人なりの不器用な心遣いに私は思わず微笑んだ。

 

「はい、そうですね。そんな無粋な人のことは置いておいて、今は、あの子達の試合を見守りましょう。生徒さん達が頑張っているのを自分達の都合で見ないのは、教師としてあるまじき行いですから」

 

「そうだな……む?」

 

一通り会話が終わり、再び試合に目を向けた私達だったが、何かが目に留まったのか、織斑先生の視線が彼女の弟さんの織斑君に向く。

やっぱり姉弟だけあって心配なんでしょうか、と織斑先生の視線を追いかけると、確かに織斑君は何か奇妙なことをしていた。

 

手に持った近接戦用のブレードを、回避する動きに合わせてクルクルと手の中で弄んでいる。それも、曲芸のように頻繁に左右の持ち手を入れ替えながら。

癖のようなものなのかもしれないですが、戦闘中に? 何かの間違いで手が滑れば、それだけで唯一の武器を失ってしまうかもという恐怖がないんでしょうか?

 

「……そうきたか。あいつめ、ぶっつけ本番で『慣らし』にきたな。思い切ったことをする」

 

「え?」

 

織斑君の行動が理解できない私を他所に、織斑先生は何処か感心したような表情で面白そうに織斑君を見ている。

 

「織斑先生には、わかるんですか? あれは、なにか意味のある動きなんですか?」

 

「だから『慣らして』いるのさ。ISは生身と限りなく同じ感覚で運用できるが、結局全てが完全に同じって訳じゃない。大雑把な動きならいいが、精密な技術が必要になる動作になるとその僅かな齟齬が致命的になる可能性が出てくる。だからあいつは今になってその可能性を完全に潰す為に、ああやって自分とISの動きを一致させてるんだろう」

 

「い、今になってですか?!」

 

「普段のあいつは腑抜けだからな……こと大事にならないと、中々スイッチが入らない。差し詰め今回もそうだったのだろうが……そういえば、あいつがISで本格的な格闘戦をこうした場で行うのは、今回が初めてだったな」

 

パシッ、と、もう少し近くにいれば間違いなくそんな音が聞こえてきそうな慣れた手つきで、織斑君がブレードをキャッチする。その顔も、漸く準備が整った、とでも言いたそうなくらい得意げだ。

 

「山田先生は、確か銃器を使用した戦闘がメインだったか。だったらあまり参考にはならんかもしれんが、これからあいつがやることを良く見ておくといい。面白いものが見れるかもしれんぞ?」

 

そんな織斑君を見ながらこんなことを口にした織斑先生も、やっぱりどこか得意げで。

可愛い姉弟ですね、と間違っても聞かれる訳にはいかない言葉を胸の中で零しつつ、私は試合に意識を傾けた。

 

 




ラウラ戦開始。本当はこの間にもう一つくらい話を挟もうかなと思っていたのですが、結局話を進めることにしました。その辺についてはこの話に一区切りついてからやろうと思います。これからワンサマ大活躍の流れを思いっきりぶった切る形になってしまいますが、次回は箒VSシャルルになる予定です。

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