IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第二十五話~負けられない理由~

~~~~~~side「箒」

 

 

鈴が、保健室にいない。

すぐに起き上がれるような怪我ではなかった筈。軽食を作り終わり、保健室に戻ってきた私は、

その事実に動転し、申し訳ないと思いながらも気持ちよさそうに寝ていたセシリアを起こし、

セシリアも鈴が何処に行ったのか知らない事実を確認すると、一応持ってきていたセシリアの

分のいなり寿司を置いていくのを忘れず、私は保健室から飛び出した。

 

……ちなみにこの時の起こし方は少なからず問題があったらしく、軽傷だったはずのセシリアは、

後日何故か病院に送られ、私は一夏に正座させられ、

 

「莫迦箒! お前身内以外に『あれ』使うなって何度も言ってあっただろうが!」

 

と説教されることになったのは、まだ先の話だ。

……一夏を起こすときは何の問題もなかったというのに、おかしな話だとは思うが。

 

兎に角、そうして鈴を探しに出かけた私は、程なくして鈴を見つけた。

 

私もたまに利用する、ISではなく人間の鍛錬用のトレーニングルーム。

既に日は落ち、暗くなって人気のないその部屋で、ただ一人サンドバックに打ち込みをしている

のは、紛れもなく鈴だった。

 

「鈴!」

 

名前を呼んで駆け寄るも、鈴は私のことがまるで見えて見えていないかのようにひたすらサンドバックを殴り続ける。思いの外傷は大したことはなかったのかと、少し安心したが、暗さに目が慣れるにつれ、その認識が間違いだったことに直ぐに気がついた。

 

鈴の状態は、思っていた以上に酷かった。漸く塞がりかけた傷は、体を動かしたせいで再び開き、

ところどころに巻かれた包帯からは血が滲み始めている。

 

このまま続けさせるは危険だ。

そのように判断した私は、背後から鈴を押さえにかかった。

 

「愚か者! 何をしている、そのような怪我でいきなりこんな無茶をするなど」

 

「煩い! 離しなさいよ、あたしは……!」

 

だが、鈴はその途端凄まじい剣幕で暴れた。

このままでは振りほどかれる。そう直感してから、私の体は反射的に動いた。

 

体格差を利用して鈴を押し倒すと、即座に馬乗りになり、そこから両足で首と胴を固定。

それでも殴ってこようとする腕を掴み、そのまま間接を極める。

 

「じ、ジュードーですって?! ぐっ……」

 

動いても無駄だと悟ったのか漸く鈴は大人しくなる。

……やれやれ、久しぶりだから出来るかどうか怪しかったが、体は覚えているものだな。

 

「……なによ。素手でもやれるなんて、聞いてない」

 

「大したものではない、齧った程度のものだ。昔、何をやっても勝てない人がいてな、剣なしの戦いに持ち込めれば或いはと、一夏と共に小手先の技を習った時期があったのだ……結局、結果は変わらなかったがな」

 

「……そっか、アンタもか。考えてみれば、アンタの方が付き合い長いもんね」

 

鈴は、何処か諦観したような表情で、そんなことを呟き、

 

「降参よ、降参。ほら、放してよ。もう暴れたりしないからさ」

 

空いている方の手をひらひらと振って、あっさり白旗を上げた。

 

「本当だろうな? 解放してまた鍛錬を始めるようだったら、今度はこれでは済まんぞ」

 

「信用ないわねー、わかってるって。それに、スカートで十の字って結構際どいわよ、自分でわかってる?」

 

「女同士で気にするようなことか? それは」

 

「そういう男らしさはいらない。あーもう、わかったわよ、無理しないって約束するから!」

 

既に間接を極められているにも拘らず再びジタバタし始める鈴。

言質もとった、問題はないか。

そう思い、私は鈴を解放する。

 

「アタタ……もう、怪我人押し倒すなんてどういう神経してるのよ」

 

「起き抜けにスパーリングを始めるような怪我人に言われることではないな」

 

「……やっぱあたしアンタ嫌い」

 

「私も自分を大切に出来ない奴は嫌いだ」

 

むむむ、と睨み合う。

が、自分が間違っていた自覚があったのか、鈴は先に目を逸らした。

 

「……自分でも、馬鹿だなって思うけど。だけど……!」

 

鈴の拳が、隣のサンドバックに突き刺さる。こいつ、言った傍から……!

 

「あたしは……あたしは、アイツを、一夏を傷つける奴にだけは、負ける訳にはいかないのよ!」

 

血を吐くような、激しい言葉。

それを受け、再び鈴を押さえようとした私は、思わず踏み込むのを躊躇う。

 

「鈴、お前……」

 

「煩い煩い! こっち見んな!」

 

泣いていた。

気丈で、負けず嫌いのこいつが。

今の一夏だったら、ここで何か気の利いたことの一つでも言えるのかもしれない。

が、私は奴ではない。ただ、鈴の要望に従い、視線を逸らしてオロオロすることしか出来なかった。

 

「なのに……! あたしは、一夏を馬鹿にしたあいつに、手も足も出なくて……! それどころか、また、一夏に、助けられて……!」

 

また殴る。

握り拳に血が滲むのも構わず、鈴は言葉を紡ぎながら、サンドバックを殴り続ける。

 

「悔しい……! あたしは、アイツに負けた自分自身がが許せない……!」

 

最後の一撃が入り、サンドバックを吊るしたロープの振動の激しさから部屋全体が揺れたような錯覚を覚える。それほど、凄まじい一撃だった。

 

ここで体力が尽きたのかサンドバックに手をついて、肩で息をする鈴を見ながら、何か声を掛けねばと思うものの、言葉はやはり出てきてくれない。

……もどかしい。今まで他人を信用してこなかったことに対するツケが、こんなところで回ってくるとは。

いや、待て。前回の謎のISの襲撃の時といい今といい、こいつがここまで『拘る』理由。

それは一体なんだ?

そう、疑問を持った時、私はすぐさまそれを口に出した。

 

「鈴」

 

「……なに?」

 

「何故、そこまで一夏を守ろうとする? お前がそこまでしなくても、あいつはある程度自分を守れる位の強さは持っていると私は思っている。それに、もし奴一人ではどうにもならない相手だとしても、あいつには千冬さんが……」

 

いるだろう、と続けようとして、私は言葉がつげなくなった。

千冬さんの名前が出た途端、鈴の眼光に危険な色が宿ったような気がしたからだ。

しかしそれも一瞬のことで、直ぐに先程までの疲労による力のないそれに戻り、私は自分の目がおかしくなったのかと錯覚した。

 

「アンタはどうして、一夏の姉貴……織斑千冬を、尊敬してるの?」

 

「何……?」

 

しかし、鈴の敢えて私の問いに答えない問い返しで、恐らく私の目がおかしくなった訳ではないと直感した。

こいつが、千冬さんのことを嫌っていることは知っている。

その態度に納得がいかなかったことは多々あったが、これは二人の問題だからと一夏に言われて、敢えて私からは注意はしてこなかったが……。

そんなこいつが、何故私が千冬さんを慕う理由など知りたがる?

意図はわからない。だが、特別隠すようなことでもないので、私は鈴の問いに素直に答えることにした。

 

「そうだな……あの人は私が知りえる中で唯一、父が自分よりも上と認めた腕の持ち主だからだ。

『篠ノ之流』における免許皆伝をあの年で授かったのは、今も昔もあの人以外にはいない」

 

「やっぱり、強さ、か。うん、それは悔しいけど、あたしも認めてる。確かにアイツは強いよ。下手に強くなろうと決めたから、余計にアイツがどれだけ凄い奴か、最近になってわかるようになってきて、昔のあたしはそもそも同じ土俵にすら立ててなかったんだなって、今になって痛感してる」

 

自嘲するように、私の言葉を肯定する鈴。

わかっているのなら、何故敵視するのかと思いながらも、私は続きを口にする。

 

「いや、強さだけではないぞ。家族として、兄弟として。一夏と向き合い、愛し、成長を願う姉としての姿勢も、私の姉とはまた違った意味で見習うべきものだと……」

 

「違う」

 

不意に言葉を遮られ、鈴を見て、私はこれが所謂、一夏の言う『地雷を踏んだ』ということなのかと理解した。

鈴の目には再び先程と同じ、危険な光が宿っていたからだ。

 

「違う、アイツは、あの女は一夏のことを大切になんて想ってない! ただ、周りにそう思われたいだけよ! 世界で一番強い自分が、家族も大事にしてる完璧な人間だって、そう周りの馬鹿な連中に見せ付けて満足するためだけの道具にしてるだけ!」

 

こんな状態の鈴に、自分の意見を押し通すようなことはしたくなかった。

しかし、昔からの知り合いで、周囲から浮いていた姉や私と仲良くしてくれたあの二人の姉弟のことをここまで貶められて、黙っていられる筈がなかった。

 

「ふざけるな! お前にあの二人の何がわかるという! あの人は……」

 

「なにがわかるか、ですって? わかるわよ、あたしは全部知ってる! アイツが一夏を守らなかったことも、そのせいで一夏が傷ついたことも、そのせいで一夏が変わっちゃったことも! みんな、知ってるんだから!」

 

「なっ……」

 

鈴の告白に、思わず呆然とする。

一夏が、変わった。

……そのことだけは、私にも心当たりはあった。しかし私と交流がない頃と一夏と友好のあったこいつが特にそのことについて何も言及しなかったため、こいつや他の友人と付き合ううちに、徐々に今のような一夏になっていったのだろうと、私はそう思っていた。

 

だが、鈴の言い方に間違いがないなら、一夏はこの一年で、しかも千冬さんが奴を守らなかったという、私には到底信じられない理由で変わってしまったことになる。

 

「馬鹿な、そんな……」

 

戸惑う私に、鈴は自分の携帯電話を開き、白い画面に黒い文字が表示された画面を見せるように押し付けてくる。

 

「……メール?」

 

発信元は、一夏の携帯電話。どうやら、10ヶ月近く前に一夏から鈴に送られたメールのようだ。

他人のメールを見ると行いは正直気が引けたが、鈴に

 

「見て」

 

と、一言強い口調で言われ、仕方がなく目を通す。

内容は、奴にしては妙に淡々としていたが、今の奴らしい、当たり障りのない無難な文章。

と思ったところで、最後の一文が目に留まった私は、全身から血の気が引いていくのがわかった。

 

『俺って、生まれてこなければ良かったのかな』

 

「なんだ、なんなのだこれは!」

 

鈴に思わず詰め寄る。こいつに当たったところでどうにかなるものではないことはわかっていたが、そうせずにはいられなかったのだ。それくらい、あのいつも前を見ていて、ひたむきだった一夏が。

こんな、後ろ向きなことを誰かに漏らしたのが、私には認め難かった。

 

「知らないわよ! ドイツからボロボロになって帰ってきたアイツが心配で心配で、何度電話しても繋がらなくて、それでもあたしは中国に帰るしかなくて。それで、漸く電話やメールが返ってくるようになったと思ったら、やっと話せるようになったあいつは、抜け殻みたいになっちゃってた! こんなメールをアイツから貰ったときのあたしの気持ちが、アンタにわかる?!」

 

物凄い剣幕で自分の感情と言葉をぶちまける鈴を前に、私はただタジタジと後ろに引き下がることしか出来ない。

それほどに、先程のメールの内容と鈴の話は、私から反論する意思を奪っていた。

 

「こんな状態のアイツを放って置いて、あの女はどうしていたと思う? 自分のやったことの尻拭いのために、ドイツにとんぼ返りしたのよ! 自惚れるつもりはないけど、あたしは頑張ったよ! 傍にはいられなかったけど、それでも明るい話題を必死に考えて、アイツが少しでも笑ってくれるようにって電話もメールもした! けど、結局それくらいしか出来なかった。あの女は、あたしなんかよりも出来ることがあった筈なのに。それなのに、アイツは……! 一夏の存在どころか、心さえ守ろうとしなかったんだ!」

 

ここまで一気に言って、鈴は苦しそうに咳き込んだ。

また、傷が開いたのかもしれない、そう思って駆け寄ろうとするが、体が動いてくれない。

私は、自分よりも体格の小さい目の前の同級生に、完全に呑まれていた。

 

「ねぇ。家族ってさ、恩着せるとか、そういうのなしにお互いを守ろうとするものなんじゃないの? あたしは、小さいときからずっとそう思ってきたけど……あの女は、一夏を守らなかった。だったら……この世界でたった一人のアイツの家族が、アイツを守ってくれないなら。一体、誰がアイツを守るのよ……?」

 

苦しそうにしながらも呟くように言葉を紡ぎながらトレーニングルームの入り口までヨロヨロと危なっかしい足取りで歩き始める鈴。正直見ていられなかったが、それでもこいつが、自分の意思で歩き続けているうちは、手を差し伸べるのが何かいけないことのような気がして、私はその背中を見送ることしかできない。

 

「そう……だから、あたしが守る。どんなに変わっちゃってもいい、アイツが幸せなら、それで。そのためなら、世界最強の椅子を奪い取ってでも……あたし、は……つよ、くな……」

 

ふっと、鈴の全身から力が抜ける。それを見て漸く力を取り戻した私の体は、鈴に駆け寄り倒れそうになった鈴を支えた。

 

容態が悪化したのかと心配になったが、顔に耳を近づけてみたところ安らかな寝息が聞こえてきて取り敢えず安堵した。

 

「全く……無茶をして」

 

強くなりたいにしても、手順といものがあるだろう。

傷ついた体を引き摺って無理をしたところで、それが原因で二度と戦うことが出来なくなってしまったりしたら元も子もない。力ばかりを欲して、精神の鍛錬を怠った結果だろう、まだ未熟と評価せざるを得ない。だが、

 

「敵わんな……」

 

同時に心からそう思う。

こいつの体は、あのラウラ程ではないが、それにしても同じ年代かとつい疑いたくなるくらいには小さいし、実際こうやって抱き上げてみても驚くくらい軽い。

しかし、こんな体で実際この一年、私等とは比べ物にならないくらい重い覚悟と決意を背負って来たのだろう。そしてその荷物が、恐らくこいつを一年でISの国家の代表候補生という立場にまで押し上げた。

私は一人になってからずっと、周囲に流されるだけの人生だった。だから鈴のこのかつての一夏のような、逃避ではなく目的のためにひたすら強さに貪欲な姿勢は、ずっと昔に置いてきた私自身を見ているようで眩しく、羨ましくもあった。

 

「強くなれるさ、鈴。他でもない、お前自身が歩いてきた道が、それを証明しているだろう。だから、今は休め。言っただろう、力になると……私は専用機持ちではないが、訓練機の予約が取れたら私も、お前の鍛錬に付き合うからな」

 

聞こえていないだろうが、鈴にそう呼びかけると出来るだけ傷に障らないよう、背中に背負って歩き出す。

今は、鈴のことだ。そう思うようにしたのだが、どうしても先程の鈴の言葉が頭から離れなかった。

 

――――あの女は、一夏を守らなかった。

 

ふと、あの一夏とセシリアの決闘騒ぎの際、千冬さんが漏らした言葉を思い出す。あの人は一夏がああなった責任は全て自分にあると言った。鈴だって、とてもじゃないが嘘を言っているようには見えない。

だが、それでも。

 

「そんなことは……信じられない。鈴の言っていることが、全てだとは思えない……」

 

私は、織斑姉弟を昔から見てきた。だからこそ、千冬さんが一夏を大事にしていないなんてことがありえる筈がないと、そう信じている。

だから私には、どうしても鈴と千冬さんは、お互いの事情を知らな過ぎてすれ違っているようにしか見えないのだ。

 

二人のために、私が出来ることを考える。

……千冬さんに聞く、のは望みが薄い。あの人は兎に角口が堅い。本気で口を割らせたかったら、あの人の無二の親友である、今世界の何処にいるかすらわからない私の実姉を連れて来るくらいの覚悟がいる。

となれば、残るは一夏なのだが……鈴の話を聞いた後では、奴に聞くのも躊躇われた。なにせ、長年培われてきた人格が変わる程、あいつが心に大きな傷を負った事件だ。私は決して口が達者ではない、下手に踏み込めば一夏をまた傷つけることになるかもしれない。そんなことになれば、私はこの一年間の鈴の努力を踏み躙ることになる。

 

「どうすればいい……」

 

答えの出ないまま、夜の廊下を歩く。

保健室に辿り着くまで、まだまだ遠そうだった。

 

 




鈴の強くなりたい理由と一夏の伏線回収のためにやりたかった回。正直公開するかどうか迷ったんですが折角書いたので……セシリアさんが次第にフェードアウトしていっているのは多分気のせいじゃないです。いずれ何処かで輝いてもらう予定ですのでどうかお待ちを。

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