IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第二十三話~黒雨警報~

~~~~~~side「鈴」

 

 

伝えたかった、言葉があった。

 

「引越し? また?」

 

「ごめんね、鈴。ISの適性検査なんて、受けさせるんじゃなかった……まさか、こんなことになるなんて」

 

きっかけは、一年前。

あたしは、無料で行われていたISの適性検査を、母さんから勧められて、自分でも軽い気持ちで受けた。

……正直なところ、当時の一夏の姉貴自慢に辟易としていたあたしは、ISを使えるようになれば、少しは姉貴よりもあたしを見てくれるようになるかな、といった下心があったのは否定できない。尤も、その下心の代償はかなり高くついたんだけど。

 

こうして出た結果は『A』。これは初めてISを扱う人間としては破格の適性らしく、当時馬鹿みたいに人口が多い癖にIS適性の高い人材に飢えていた本国に、あたしは呼び戻され、徴兵されることになってしまった。

 

「や……やだ! 嫌よ、あたしは日本に残る! 折角……友達も、好きな人だって、出来たのに」

 

当然、あたしはゴネた。

けれど、直ぐに『脅し』の手紙が送られてきた。

文章自体は、とても丁寧な言葉で書かれていたけれど、要は、

 

『拒否をしても構わない。けれど、その場合本国にいるお前の父親がどうなるかまではわからない』

 

といった内容だった。

母さんは好きなようにしていいと言ってくれたし、父さんも自分の心配はしなくていいと、何度も電話をくれた。でも、こんな両親が大好きだからこそ、こんな手紙を送られて平気でいられる筈がなく、あたしは本国の要請を仕方がなく飲んだ。

 

でも、その条件として、本国に戻るにあたって準備をしたいと言って、少しだけ時間を貰った。

一度向こうに行ってしまったら、いつまた会えるかわからない。だからそうなる前に。

結局最後まで素直になることが出来なった一夏に、今度こそ素直な自分の気持ちを伝えておきたかった。けれど、神様ってのは本当に容赦なくて。

 

「モンド、グロッソ?」

 

「そう、今度ドイツでやるんだ! ま、千冬姉が出る以上千冬姉が優勝するに決まってるけど、だからって応援しなくてもいいって訳じゃないしな、俺も行くんだ。お前等も来るだろ?」

 

あたしが本国に戻る決断をした次の日。

一夏は、姉貴と一緒にドイツに渡る事になってしまった。

事前にこの事を相談していた弾は、一夏にあたしの事情を話して引き止めようとしてくれたけど、あたしはそれを止めた。モンドグロッソの開催日数を考慮すれば、ついていくことは無理でも一夏が帰ってくるギリギリまであたしは日本に居ることが出来たから、その時伝えればいいと思ったし、これはあくまであたしの問題、一夏や弾に迷惑を掛けたくなかった。

 

「無様なところ見せるんじゃないわよ、絶対に勝ちなさい! ……悔しいけど、一夏にとって一番はアンタなんだから。だから、あたしがぐぅの音も出ないくらい完璧に、アイツと、アイツの信頼を守ってきなさいよ!」

 

だから、あたしは一夏には帰ってきたら伝えたいことがあるから時間を作れとだけ無理矢理約束させ、代わりに一夏の姉貴、千冬さんの後姿に、一夏が無事に日本に帰ってこれるよう、お願いした。

 

……そう、だからこれは約束なんかじゃなく、一方的なお願い。

自分が何も出来なかった不甲斐なさや悔しさを、あの女に押し付けてるだけの、誰も望んでない見苦しい逆恨み。

 

そうと自分でもわかっていても、あの日。

一夏が帰ってきた日のことを思い出すと今でも腸が煮えくり返るような思いをする。

 

あの時。モンドグロッソが良くわからない事件が起こったとかで中止になり、真夜中の空港に、人の目に付かないよう、ひっそりと予定よりも早い帰国を果たした、一夏が帰ってきた日のこと。

その日も空港で、まだ帰国予定日よりも早いのも承知の上で、未練がましく一夏が帰ってくるのを待っていたあたしが見たのは、大勢の黒服に守られるように運ばれてくる、白い担架。それに乗せられ、口に人工呼吸器をつけられた一夏の顔は青白くて、目は固く閉ざされたまま、一度も開くことなくあたしの隣を通り過ぎていった。それが一年前の、あたしと一夏が最後に出会った瞬間だった。あたし達は、約束を果たすことなく、言葉さえ交わすことの出来ないまま、そうやってただすれ違った。

ずっと胸の中で温めていた伝える筈の言葉は、その瞬間行方不明になり。

あたしは、一夏を、あたしの好きな人を守ってくれなかったあの女の姿を認めた途端、叫び声をあげて駆け出していた。

 

――――――!

 

なんで。

世界最強のアンタなら、誰だって守れる筈じゃない。

それなのに。アイツに、あたしなんて敵わないって思うくらい、信頼されてた癖に。

どうして、アイツは、一夏はあんなことになったんだ……!!

 

あっという間に護衛の黒服に取り押さえられる。あたしは顔を床に押し付けられた状態で、それでも口汚く恨みの言葉を撒き散らしながら、一度もあたしに目を合わせることなく、一夏に付き添い去っていくあの女を背中を睨み続けた。

 

その時、決めたんだ。

あの女が一夏を守ってくれない。守ることが出来ないのなら。

あたしが、あの女の代わりになる。あたしがあの女なんて目じゃないくらい、強くなって今度こそ、誰にもアイツを傷つけさせない。

あたしが、一夏を守るんだ、って。

 

 

――――――――・・・・

 

 

「あ゛ー最悪。落ちるわー、気分が」

 

普段夢なんて滅多に見ない癖に、いざ見るとここ一年こんなのばっかってのは、本当勘弁して欲しい。

 

「ちょっとー、大丈夫? 寝汗凄いことになってるよ、シャワー浴びてきたら?」

 

「……そうするー。でも二度寝したくないしこの際だからアップしてくる。ジャージどこだっけ」

 

「頑張るね。じゃ、私は二度寝ー……」

 

「起こしてごめん。心配してくれてありがと」

 

どうやら同室のティナを起こしてしまうくらいうなされてたみたいだし。

恥ずかしいなぁ、寝言で変なこと言ってなかったかなぁ……。

 

って、そんなこと今更心配してもしょうがないか。

兎に角頑張ろう。こんな夢見たのも、IS学園の生活に慣れ初めて安穏としだしたあたしに対する、過去のあたしからの叱咤なのかもしれないし。

 

まず、あたしに手を振って笑いかけてくる一夏を思い浮かべる。

そんな一夏に近寄ろうとするあたしの前にずいと立ちふさがる野暮な奴は、当然あの女。

一夏にそっくりな癖に、愛嬌の欠片もないあの仏頂面を思い出し、拳をぐっと握り締める。

うん、負けるもんか。絶対に倒してやる。

 

俄然やる気が出たところで部屋を飛び出し走り出す。

そうして、いつもより少し早い、あたしの一日が始まった。

 

 

 

 

「今日は、一夏なし?」

 

「今日はシャルルさんが、体調を崩して欠席していらしたの。一夏さんは同室のよしみということで、今日一日は彼のことを看ることにしたそうですわ」

 

「……まぁ、確かにお坊ちゃまって感じの子だったけど、自己管理がなってないわね。代表候補生って自覚はあるのかしら」

 

「仕方がないですわ、ここは治外法権で特定の国に所属する場所ではないとはいえ、わたくしやシャルルさんにとってはやはり異国ですもの。時差の問題もありますし、慣れてない方にとっては色々大変ですのよ。むしろ、鈴さんが馴染み過ぎなんですわ」

 

「あー、そうかもね。あたしって実質半分日本人みたいなモンだし」

 

その日の放課後。

今日も、あたしは自主訓練のため、セシリアと二人でそんな話をしながらアリーナに向かっていた。

一夏には、今日こそ今までの雪辱を晴らしてやろうかと思ってたところなんだけど、そういうことなら仕方がないか。

……アイツのことだ、きっと今頃甲斐甲斐しくシャルルの世話をしてるんだろうな。

今の今まであたしはそういうのとは全く縁がなかっただけに、少しシャルルが羨ましい気もする。

いや、健康なのはいいことだけどね。

 

「じゃあ、今日は接近格闘の練習にしましょ。あたしも『双天牙月』をブレードとして使って戦えば、ハンデとしても丁度いいくらいだと思う」

 

「……そうですわね、お願いしますわ。苦手だからといってその問題を放置したままにしておくのはわたくしの沽券に関わりますから」

 

「オッケー、今日は第三アリーナだったわね。お互い、頑張りましょ」

 

と、そんな感じで方針が決まって、アリーナに到着、訓練を始めたまでは良かったんだけど。

 

「ねえねえ、あの黒いISって……」

 

「……ドイツの第三世代機。まだ本国でトライアルの段階って聞いてたけど……」

 

そんな、アリーナの観客席から聞こえてくる声を、展開中の甲龍のオープンチャンネルが拾い、周囲を見渡そうとしたが、

 

――――――!

 

『甲龍』のAIの、被ロック警告のアラートが点灯し、とっさに身を逸らす。

判断は大正解、先程あたしがいた場所を、空気抵抗で赤熱化した砲弾が猛スピードで突っ切っていき、アリーナの外壁に衝突して爆発する。

 

「U.K.の『ブルーティアーズ』にチャイナの『甲龍』か。データで参照した時のほうがまだ強そうだった、搭乗者がこれではな」

 

その爆音を追いかけるようにオープンチャンネルに声が飛び込んでくる。

発信元は、態々確認するまでもない。砲弾が飛んできたその先に突っ立っている、見たこともない黒いISだ。

 

「……ああ、噂のドイツの代表候補生か。で、なんのつもりよ? あんたの国のジャガイモ畑じゃレールカノンで土を掘り返して収穫するの? 仮にそうならジャーマンは一生関わり合いになりたくない人種だわ、どの道ここは畑じゃないんだから自重して欲しいもんだけど」

 

「鈴さん、見てわかるでしょう? あの方にとってはあれが挨拶ですのよ、きっと共通言語をお持ちでないのですわ。そんなに言っては可哀想ですわよ」

 

どういった事情があるかは知らないが、あの銀髪のチビ女が編入したその日に一夏に手をあげようとしたしたことは聞いている、それに加えいきなりこんな真似をされてニコニコ挨拶なんて出来るわけない。それにあたしは諸事情によりドイツって国自体大嫌いなのだ。セシリアも馬鹿にされてカチンときたのかやけに喧嘩腰だ。

 

「数が多いだけが取り柄の国と、古い栄光を誇示するだけの国の連中に何を言われても痛くも痒くもないな。要は口先だけなのだろう?」

 

「……言ってくれますわね。そこまで言ったからには手袋をお受け取りになる覚悟はおありなのかしら?」

 

「ホント、いい度胸してるわね。口先だけかどうか知りたかったら試してみればいいじゃない」

 

もうセシリアは完全にやる気だ、あたしも乗せられたのは悔しいけど、ここまで言われてはいそうですかと引き下がれる性格じゃない。

 

「最初からそのつもりだ。四の五の言わずさっさと来い」

 

その一言が引き金だった。先ずは遠距離攻撃を得意とするセシリアが『スターライト』を展開、無防備に突っ立っている黒いISを狙い撃とうとするが、

 

「―――笑わせる。何だその展開の仕方は。一体何処を狙って撃つ気だ?」

 

「なっ……」

 

先程までアリーナの入り口近くに立っていた筈の黒いISは、一瞬にしてセシリアの近くまで移動していた。

……速い! これって、まさか。

 

セシリアも、ハイパーセンサーですら一瞬位置情報をロストするほどの敵のスピードに戸惑ったようだったが、まだ反撃するだけの猶予はあった。しかし、まだこいつは近接兵器の展開に不慣れな上、銀髪の指摘通りスターライトを横向きに展開する『クセ』のせいで、その僅かなチャンスを自ら潰してしまう。

 

無防備なセシリアの首筋に、黒いISの手刀が突き刺さる。

どういった理屈かは知らないが、紫色の雷光のようなものを纏いながら放たれたそれは、ブルーティアーズを紙屑のように吹き飛ばし、アリーナの外壁に激突させる。

 

「ちょっと、セシリア! 大丈夫?!」

 

慌ててプライベートチャンネルで呼びかけるが、反応がない。

絶対防御が発動したものの、SEを使い切った様子はない。しかし先程の手刀で、絶対防御を以ってして尚延髄を揺さぶられ、意識を刈り取られたようだ。

 

「こいつ……!」

 

戦い方が実に悪どい。人の体の構造を理解した上で、平気で致命傷になる一撃を叩き込んでいる。

 

「なんだ、私が責められるのは筋違いだろう? こと戦いにおいてあのような隙を晒す方に問題がある」

 

私の視線から責めるような気配を感じ取ったのか、冷たい微笑を浮かべながらそんなことを口にする銀髪。

 

「……よく言うわ。あたし達の代で『瞬時加速』を習得してるなんて、普通は想定しないわよ」

 

『瞬時加速』。

本来なら単純に放出されることで推進力を得るスラスターのエネルギーを、高速で圧縮した後、スラスターを通して循環させる特殊な操作をすることにより爆発的な加速を得る、ISに措ける技能の一つ。国家代表であれば標準スキルと言われている技能であるが、PICや絶対防御があって尚体に負荷がかかる程の速度で移動する機体を制御しなければならないため、その習得難易度は世間で言われているより遥かに高い。

これを習得出来るかどうかが、代表候補が代表まで上り詰めるのに超えなければいけない大きな壁の一つと言われているくらいだ。それを、こいつは事も無げにやって見せた。

 

「だから貴様等は温いと言うのだ……いや、下らん種馬と馴れ合っている時点で底が知れるというものか。こんなことを言うのも今更だな」

 

「誰が下らん種馬だ?」

 

「!」

 

あたしは銀髪のその一言で完全に『キレた』。

活歩で一気に距離を詰め、その勢いを殺さず肘鉄をお見舞いする。

だが相手も良く見ていた、すんでのところであたしの攻撃をかわすと、そのまま先程の手刀を突きこんでくる。

けど、それも想定内。

 

「足元がお留守じゃない?」

 

「くっ……」

 

態々肘をチョイスしたのは、これが通じる超至近距離まで接敵したかったから。

梱鎖歩……まぁ格好良く言ったところでただの足払いなんだけど。こいつで、銀髪の体勢を崩す。

そしてこの隙に、必殺の寸勁を叩き込んで締め。箒の時は精々半分ってトコだったけど、一夏を馬鹿にしたこいつにそんなことををしてやる義理はない。『甲龍』の全身に使われている、『内側』からの衝撃力を逃がさず伝導させ、増大させる『龍殻』の出力を最大まで引き上げる。

 

「……くたばれ!」

 

「チッ!」

 

が、ギリギリのところで銀髪が無理な体勢から『瞬時加速』を使用。

あたしのこの技はそれこそ相手に密着するギリギリのところで決めなければ効果を発揮しない。結果技は不発、『龍殻』によって最大限引き上げられた力は行き場を失い、『甲龍』の拳の先端で弾け、装甲を粉々にしてしまう。

 

「畜生……!」

 

『龍殻』は強力な武装だが、このように諸刃の剣なのだ。やっぱり、いきなり最大出力で使ったのは失敗だったかもしれない。

 

「……今のはヒヤリとしたぞ、PICによる自律体勢制御がなければ危なかった。とはいえ、所詮はそれを想定せずに生身と同じ格闘戦しか出来んような訓練兵か」

 

「……言ってなさい。なんにせよ、さっきの発言だけは取り消して貰うから」

 

「ふん、あのような腑抜けに何故そこまで入れ込む? 実に勿体無い話だ、貴様はいいものを持っているが、その一点だけで大きく自らの格を下げているぞ?」

 

「はぁ? じゃあなによ。自分の言葉に責任を持たない、約束も守らない、挙句の果てに自分の弟も満足に守れない売女に入れ込んでれば強くなれるっての?」

 

あたしのその一言で、今まで何を言われても冷笑を崩すことのなかった銀髪の顔が明らかに怒りで歪む。

 

「……貴様ァ! 言うに事欠いて、教官を侮辱したな! その言葉、万死に値すると知れ!」

 

火のような叫びと同時に、黒いISの背部から黒い蛇のようなワイヤーブレードが無数に伸びる。

 

……これは、ちょっとヤバいかも。

 

だけど、引き下がる気なんてない。あの銀髪に譲れないものがあるように、あたしだって絶対に譲れない一線がある。

アイツは、それを土足で踏み越えた。

 

「双天牙月!」

 

あたしの呼びかけに応え、二振りの剣が即座にあたしの手の中に現れる。

 

「……行け! あたしの道を作りなさい!」

 

投擲した双天牙月が、迫るワイヤーブレード先端のブレードを弾き飛ばす。先端の錘の位置を調整さえ出来れば、あの装備は恐れるに足りない。

……とはいえ、交互に襲ってくるワイヤーの数は六。対する二本の双天牙月では、完全には防ぎきれない。

だったら、こっちが削り負ける前に接敵して今度こそ決める。

残念ながら利き腕の右腕の装甲は『龍殻』ごと逝ってしまっている、ISにダメージを与えるような一撃は加えることができない。

でも、左腕がまだ残ってる。まだ、あたしは負けてない!

 

ワイヤーブレードがシールドを、装甲を抉り、SEが少しずつ目減りしていくが、気にせず突貫。

致命的な一撃は龍咆で弾き飛ばし、あたしは銀髪に肉薄していく。

銀髪は、慌てる様子もなくそんなあたしを愉快げに嘲笑いながら眺めている。

……見てなさい、直ぐにその余裕の薄ら笑いを剥ぎ取ってやる。

 

あたしの制御の乱れを見逃さず、とうとう双天牙月が一本ワイヤーに絡めとられる。

もう一本も、ワイヤーの隙間を通すような精密なレールカノンの直撃を受け、真っ二つに叩き割られて動かなくなった。

 

それでも、十分過ぎる位役割は果たしてくれた。

あたしは頑張ってくれた相棒に心の中でお礼を言うと、左拳を握り締めて最早目の前に迫った銀髪の顔面を捉える。

 

「今度は逃がさない……!」

 

そのままそれを振り上げ、『龍殻』の出力を引き絞ると、全力で、未だ冷笑を消さない銀髪に叩き付けた。

 

 

 

 

「そんな……どうして」

 

確かに、全力で殴った筈だ。それなのに。

どうして、手応えがない?

どうして、あたしの拳は。

銀髪の顔面を殴り飛ばすことなく、こいつの顔の数センチ前で止まってしまっているんだ?

 

「……終わりだ。私に『これ』を使わせたことは、少しは評価してやってもいいが」

 

ワイヤーが収束する。

不味い、と頭は思うが、それに反して体はテコでも動いてくれない。

結果、あたしは為す術なく腕と足をワイヤーで絡めとられた。

 

「ふん」

 

グンッ、とワイヤーがしなる。動くことの出来ないあたしは、ワイヤーに持ち上げられたあと、そのまま背中から勢い良く地面に叩きつけられた。

 

「あぐっ!」

 

「……さて、先ずは先程の暴言を取り消してもらうか。尤も、今更取り消したところで許す気はないが」

 

「あ、アンタが取り消すのが先……ぐっ!」

 

無様に地面に転がされたまま、今度は顔を蹴られる。

 

「自分の置かれている状況がわかっていないようだな。それとも、まさかここからお前に逆転する術が残っているとでもいうのか?」

 

言葉と一緒に、何発も蹴りが降ってくる。動けないあたしはただ芋虫のように縮こまってそれを受けるしかない。

装甲や部品が弾け飛び、装甲のないところを抉るように蹴り飛ばされ絶対防御が発動。戦うためのSEなんてとうに残ってない。それに、絶対防御は本当に致命傷しか防いでくれない。装甲のないところを攻撃されれば痛いし、致命傷にならなければ怪我をすることだってある。こんな、SEがジリ貧の状態ならなおさら。

 

確かに、もう逆転する手段なんてない。意地になる必要なんて、ないのかもしれない。

でも、どんな惨めでも、無様でも、絶対に心だけは折らせない。例え血反吐を吐いたって、あの女より強くなるって決めたんだ。こんなところで、折れてなんていられない。

 

「あた…し、は。間違って…ない。間違った…ことなんて…言って…ない」

 

どうやら口が切れたらしい、喋るだけで痛いが何とか言葉を口にする。顔も多分相当酷いことになってると思う、格好なんてつくわけない。それでも、あたしは銀髪を睨みつけ、自分の意思を通す。

 

「そうか、どうやら手心を加える必要もなくなったようだな。賢明な判断を期待していたがそれすらも出来ないか」

 

銀髪の、唯一見えている左目に冷たい光が宿る。

同時に、被ロック時のアラートが再び点灯。黒いISの肩に搭載しているレールカノンがこちらに向けられているのを確認する。

ISを展開してるから、死ぬことはない、と思うけど。今の状態で直撃すれば、ただでは済まないのは間違いない。思わず観念して目を瞑りそうになるが、そうすることさえこの銀髪に足元を見られそうで勘に障った。

だがらあたしは、絶対に諦めるもんかと、レールカノンが発射されるその瞬間まで銀髪から目を逸らさないことに決めた。

 

 

 

 

次の瞬間、見あたしの目に飛び込んできたのは赤熱した砲弾なんかじゃなく、先ほどの決意も忘れて目を瞑ってしまうくらい強い、白い光だった。

 

それは強烈な青い雷光を纏いながら銀髪のISに向かっていき、銀髪もそのあまりの外観のインパクトに反射的に右手を突き出し、あたしの動きを止めた正体不明の力でそれを止めようとしたが、

 

「馬鹿な?! 止まらなっ……!」

 

何故か効かなかったらしく、それでもギリギリのところでその光を回避した。

しかしその代償で大きく体勢が崩れ、あたしを狙ったレールカノンはあらぬところに発射され、アリーナの遮蔽シールドに着弾して爆発する。

 

そうしてあたしがレールカノンの状況に気をとられている内に、さらに状況は動いていた。

強烈な白い光の影に隠れるよう、脚部のスラスターから青い光を放ちながら白いISが追走してきていた。

 

――――――!

 

そのISは今や白い光を放たなくなり、刀状のブレードに戻って地面に突き立ったそれに手を引っ掛けたと思うと、それを軸にして周囲に青い炎のような光とノイズを撒き散らしながら空中で機体を瞬時に回転させ、スラスターを全開に吹かせたまま体勢を崩した銀髪の顔面に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「ごっ……」

 

スラスターの推進力の影響ををモロに受けた蹴りは銀髪のISの耐衝シールドを易々と突き破り、顔面に金属の塊を叩き込まれた銀髪は、鼻が潰れた様な声を漏らしてもんどりうって吹き飛んだ。

 

白いISは、蹴りを放った反動で地面に刺さったブレードごと弾かれるように宙を舞った後、アリーナの地面に軟着陸する。

あの光。見間違いようがない。ここに来てからというもの、幾度となくあたしの相棒を戦闘不能にしてくれやがった、憎らしい光。

でも、こんなところを見せられたら、敵わないのは仕方がないって思ってしまう。

だってあの光は、五年前からずっと想い続けてる、アイツのISが放ってる光なんだもの。惚れたほうが負けなんて、よく言ったものだ。

 

「……やってくれたなぁオイ? ソーセージなんてテメェにゃ上等過ぎる、歯という歯残らず圧し折ってオートミールしか食えねぇ口にした後ブタ箱にぶち込んでやる。覚悟しろよ

牝ブタァ……!」

 

そう、そこに、そこに立っていたのは。

『白式』に身を包んだ、小学校の頃、あたしを助けてくれた時以来凄い久しぶりに見る、顔を歪ませ激怒している一夏だった。

 

 




家のワンサマは昔の交友環境の影響でキレると口が悪くなります、といってもすぐにクールダウンしますので、ラウラを本当に食肉加工したりはしないんでどうかご安心を。早く弾辺りを出してこの辺りの設定も回収したかったんですが間に合いませんでした、いずれはやる予定です。
鈴の酢豚関連の出来事をカットしたのは、そもそもフラグが最初から立っていなかったというオチだったからでした……その辺の話の流れの好きな人には申し訳ありませんでした。

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