IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第二十二話~嘘つきはどっち?~

~~~~~~side「シャルル」

 

 

逃げた。必死で逃げた。

理性は、いくら走ったっていく場所なんてないと告げていたけれど、それでも走らずにはいられなかった。

 

「僕は……僕は……!」

 

あの人の、敵以外の存在には、なれない。

そんな、ここに来る前からわかっていた事実を突き付けられて、僕の心はどうしようもないくらい乱れた。

 

「あ……」

 

そんな状態で走っていたせいか、足がもつれ転んでしまう。

いつもだったら、こうなる前に体勢を立て直せるのに、今回は自分の危険察知もできずに、そのまま石畳に叩きつけられる。

 

「う……うぐぅ……」

 

痛い。

転んで体を打った痛みなんて問題じゃない。

薬を塗ったって、絆創膏を貼ったってどうにもならないところが痛くて痛くて、目尻から零れ落ちるもののせいで前が見えない。

 

もう、立ち上がれないと思った。

いや、立ち上がれたところで……何処へ行けばいいんだろう?

 

「シャルル!」

 

「え……?」

 

そんなことを考えた時、突然。

いま一番会いたくて、会いたくない人の声が、聞こえた。

 

「こ、来ないで!」

 

叫んで立ち上がろうとするが、走ってくる一夏の方が速い。

腕を掴まれ、強い力で引っ張り上げられて、そのまま一夏と向き合う。

 

……怒って、る?

 

一夏は、今まで見たことのない厳しい顔で僕を見ていた。

刺すような強い視線を向けられ、僕は思わず一夏から目を逸らした。

 

「なにやってんだシャルル……こんな時間に……外に出たりして。千冬姉が規則違反に対して容赦ないのお前だって知ってるだろ?」

 

「……え?」

 

怒った声でそんなことを言われ、僕は思わず呆然とする。

……あの『声』は、僕が今までしてきたことを彼に知らせると言っていたけれど、彼にまだ伝わっていないんだろうか。

 

一瞬、そんな楽観的なことを考えて、すぐにそんな自分が嫌になる。

例えまだ彼には知られていないにしても、僕が今まで彼を騙していたことに変わりはない。

そんなことは、もう終わりにしたい。

 

「一夏、僕は……」

 

「……寮に戻ってからにしないかシャルル。おりゃあここまで走ってきて疲れた……お前だって声ガラガラだぞ、まずはお互い……落ち着いてから話そう」

 

僕の声を遮るようにそう言うと、ポケットからハンカチを取り出して僕の目元に当ててくる一夏。

言われてみれば、一夏は肩で息をしていて、声も絶え絶えだ。

彼を心配させてしまった。そのことに罪悪感を覚えながらも、彼がこんな僕のことを心配してくれて、追いかけてきてくれたことに喜んでいる自分がいることが心底嫌になる。

 

……僕に、そんな価値はないのに。

 

「泣くなよ……俺は、気が利かないんだ。そんな風に泣かれると、どうしたらいいかわからなくなる」

 

「ごめんね……ごめん」

 

これ以上一夏に迷惑を掛けたくなくて、気持を落ち着けようとしても、

まるで涙腺が壊れたみたいに涙は止まってくれない。

 

「……ったく。だから、泣くなってのに」

 

そんな、困惑した声が聞こえ、直後に頭に何かが乗っかるような感触

がした。

 

「あ……」

 

昔、お母さんにもよくこうして貰っていたときのことを思い出す。

一夏の手はお母さんより、大きくてごつごつしているけれど、それでも温かくて。

 

「うっ……ぐすっ……」

 

色んな感情がグチャグチャになって、どうしたらいいかわからなくなってしまって。

僕は、一夏に頭を撫でられながら、しばらくの間子供みたいに泣き続けた。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

「ごめんね、一夏」

 

「謝りすぎ。これから『ごめん』がNGワードな、一回言うごとに織斑家直伝の罰ゲームを受けて貰うぞ」

 

「ご、ごめん」

 

「……流石に開口一番で踏んだのは経験上お前が始めてだ。シャルル、お前明日ストローで鼻から牛乳飲んで貰うからな」

 

「ええっ!!」

 

寮を飛びだし、なんとかシャルルを捕まえて、いきなり泣き出したこいつを落ち着かせて大体一時間位が経過した。

 

俺としてはさっさと寮に戻りたいところだったのだが、シャルルがどうしても今ここで話したいことがあると言ったので、俺は今、例の俺のお気に入りのベンチに座って、隣でモジモジしているシャルルの言葉を待っている。

 

……もし今点呼が行われでもしていたらもれなく大惨事である。

そのことを考えると胃がキリキリ痛んだが、空気の読める俺は決して表情には出さなかった。

 

「で? 話って何だよ。もうごめんじゃ誤魔化せんぞ」

 

「う、うん、あのね」

 

シャルルはまだ迷っているようだったが、とうとう意を決したように俺に向き直る。

 

「僕は……!」

 

「は……」

 

シャルルが何か言ったようだ、だが途中からそれは俺の耳に入ってこなかった。

急にこちらに向き直ったシャルルに何か強烈な違和感を覚えたからだ。

特に意識はしていなかったが、視線がつい違和感を感じた方向に滑る。

そしてそうして見た先に、在り得ない物が映って俺は思わず硬直する。

 

……な、なんだこれは。

 

シャルルは寮に戻ってから一度シャワーを浴びたのか、今はジャージ姿だ。

そして走ったからだろうか、ジャージのファスナーは少し位置が下がっており、ファスナーの間からちらりと覗く胸元に……けっして大きくはないが、小さくはない、どちらにしろ男にしては在り得ない膨らみがあった。

 

……お、落ち着け。これはアレだ、ジャストロー錯視だ!

ほら、そういえば前に同室だった箒が、箒の癖に異様にここが大きかったせいでとうとう男のここも大きく見えるように……って違う、駄目だ、自分で言ってて訳がわからなくなってきた。

 

俺がものの見事にテンパっているのがわかったのか、シャルルは俺を不思議そうな目で見た後、カチコチに固まってしまった俺の視線の先を追ってそこに何があるのかようやく気がついた。

 

「……!」

 

慌てて胸元を押さえ、先程の決意も何処へやらそっぽを向いてしまう。

そして止めに、

 

「……えっち」

 

等と言い放った。

……な、なんだこの状況。俺か、俺が悪いのか。

いや、世の中と言うのはたいてい理不尽なもので、見るものを見て、おまけに相手に罵倒された以上男が悪いと相場は決まっている。

 

「ご、ごめん」

 

だから内心納得いかないが謝っておくことにしたのだが、

 

「あ、あはは、これで一夏も鼻から牛乳だね」

 

「馬鹿な」

 

謀られた……!

くそぅ、いくら女の子っぽい顔してるからって、偽乳まで用意して男の純情を弄んだ挙句勝ちまで持っていくとはこいつは悪魔か何かか。

 

「でもごめん、びっくりしたよね……僕は、男の子なんかじゃないんだ」

 

「だよな!くそー嵌められたぜお前態度までそれっぽいから一瞬マジで女の子なんじゃないかと……って何?」

 

『なんかじゃない』、だと?

じゃあ、あれか。さっき見えたのは、偽モンでも白昼夢でもなく……

 

「『シャルロット・デュノア』。それが、僕の本当の名前だよ」

 

どこか吹っ切れたような顔で、改めて自分の名前を名乗るシャルル。

俺はそんなシャルルになんと声を掛けたらいいかわからず、ただ呆然とシャルルを見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

「俺と『白式』の情報を盗むため、ね」

 

どうして男の振りなんかしてIS学園に入学したのかという俺の問いに対するシャルルの回答は、概ね白煉の言っていた通りの内容だった。

 

「にしたって、何で性別を偽るなんて危ない橋を渡る必要がある? バレたりしたら国際問題だろ」

 

「その方が、同じ世界でも稀なレアケース同士、一夏に接触しやすいだろうって。それに、今経営が傾きかけてるデュノア社の広告塔としての役割も果たしやすくなるしね」

 

「傾きかけてる? 世界シェア三位のIS作ってる会社がか?」

 

「ラファールは確かに現行の機体の中でも高い性能を持っているけれど、結局は第二世代機なんだよ。デュノアは第三世代型の開発競争に遅れてしまっていてね、EUの防衛統合計画のトライアルにも参入できなかったんだ。フランス政府もこの事態に焦っていて、次のトライアルで参入出来なければISの開発許可を取り消されてしまうんだ」

 

「それで、なりふり構わずお前を送ってきたってのかよ……よりにもよって実の娘に、嘘まで吐かせて」

 

理屈は理解できても、納得は到底出来そうにない。

だって、親子だろ? 

俺は自分の両親がどういった人間か知らない。俺には、両親と一緒に居た頃の記憶がない。

千冬姉は『お前の肉親は私だけだ』なんて言って、俺の親について教えてくれたことは一度もないし、写真だって残ってない。

だけど、親子って関係がどういうものかは見てきた。箒の両親に、鈴の両親。

どちらも一癖ある人達だったが、少なくとも自分のために子供を危ない目に遭わせるような人達ではなかった。

 

「仕方がないよ。僕は、妾の子だからさ」

 

「何?」

 

シャルルの衝撃のカミングアウトにまたしても固まる俺。

なんか今日俺驚いてばっかだな。

 

「一年前までは、母と暮らしてたんだよ。でも母が病気で亡くなって、父に引き取られたんだ。

……といっても、直接話したことも殆どない関係なんだ。今の父の奥さんは、僕位の年頃の娘さんがいて、僕のことをあまり快く思ってないみたいだったから。父も、遠慮してたのかもね」

 

「なんだよそれ……」

 

「いいんだ。それでも父は僕に、『デュノア社のISのテストパイロット』って居場所をくれたから。

……でも、それもこれで終わりかな。一夏にバレちゃったから」

 

「シャルル……」

 

「あ、別に後悔してる訳じゃないよ? むしろ、ほっとしてるんだ……これ以上、一夏に嘘を吐きたくなかったから」

 

本当に、何の未練もないといった様子の笑みを浮かべ、立ち上がるシャルル。

そして、ぺこりと俺に頭を下げる。

 

「聞いてくれてありがとう。短い間だったけど、一夏と一緒に居る時はとっても楽しかったよ。

それだけは、嘘じゃないよ?」

 

「あ……」

 

そんな、シャルルを見て。

前からずっと、胸の奥に引っ掛かっていたものの正体がようやくわかる。

 

『また、繰り返す気ですか?』

 

……白煉は多分、俺よりも早く俺の気持ちに気がついていたに違いない。だから、あのタイミングであんな事を言ってきた。

 

似てる。

顔とか体型とか、そんなわかりやすいところではなかったから、自分でも今になるまで、重ねていることに気がつかなかった。

 

そうだ。

『あいつ』も、確か。

 

『ありがとう……君と逢えて、良かった』

 

大嘘吐きの癖に。こんなお日様みたいに温かいようで、何かを諦めたような、そんな力のない笑い方をする奴じゃなかったか。

 

呆然とする俺を他所に、言うべきことは言ったとばかりに俺に背を向けて走り出そうとするシャルル。

『あの時』とは全く逆の構図。あの時逃げたのは俺で、残されたのは『あいつ』だった。

今度は、別に俺が逃げるわけじゃない。それでも、今俺から逃げ出そうとしているこいつを行かせてしまったら、二度とその背中を捕まえることが出来ないような気がして、気がついたら大声で叫んでいた。

 

「レイシィ!!」

 

「!」

 

普段上げないような俺の大声に驚いて足を止めるシャルル。

俺はシャルルの足が止まったことに安堵するのと同時に、物凄い後悔に駆られた。

 

「……悪い。何でもない、忘れてくれ」

 

最悪だ。

いくら『あいつ』と重ねてたからって、名前まで間違えるなんて。

自分のあまりの不甲斐なさに、思わず涙が出てくる。

 

「……泣いてるの一夏? それに、顔が真っ青だよ、大丈夫?」

 

「っ……! 平気だ、平気だから……今、俺の顔を見ないでくれ」

 

シャルルが覗き込んできているのに気がついて慌てて顔を手で押さえる。

シャルルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに視線を逸らしてくれる。

 

「ありがとう、すぐに落ち着く……いや、違う。俺のことはいい。お前、これからどうする気だ」

 

「どうって……学園に身分を偽って入学してきたってバレちゃったら、もうここには居られないよ。フランスに戻って……デュノアは、もう駄目かもね。僕は……良くて牢行きかな」

 

俺の問いに困惑しながらも答えるシャルル。

最初からそれを覚悟していたのだろう、その声にはこれから自分の身に起こることへの恐怖はなく、自分ひとりではどうにもならないという諦観に満ちていた。

 

「それでいいのかよ、お前は……」

 

「良いも悪いもないよ。僕には……それしか、選択肢がないんだから」

 

やっぱりだ。こいつは、自分自身のことにも関わらず、もう諦めてしまっている。

確かに、事が事だ。こいつ一人の意思や力じゃ、どうにもならないのかもしれない。

 

「そうか。じゃあ、新しい選択肢を用意してやる。お前は、ここに残るんだ」

 

「え……」

 

だけど、だからって、本人の意思が折れてしまったら、現状を変えることなんて出来ない。

だから、悪あがきかもしれない。無意味なことかもしれないけど、俺はシャルルの手首を掴んで、

 

「お前の正体知ってるのは今のところ俺だけだ。俺がバラさなきゃなんの問題もない。

……お前はまだ、この学園に居られる」

 

「だ、だけど! 僕は……」

 

「行かせねぇよ……ここは学校だ。自分自身を幸せにする方法もしらない奴を、勝手に卒業

させる訳にはいかない。IS学園きっての鬼教師の弟の決定だ、拒否権があると思うなよ?」

 

せめて、こいつが自分自身の意思で前を見れるようになるまでは。

絶対に、逃がさないことにした。

 

「い、一夏……」

 

「そんな困った声出しても駄目だ。それとも、俺が信用できないか?」

 

「違うよ……そうじゃなくて」

 

「なら、仕方ないな……俺の秘密を一つ教えてやる。俺だけお前のこと知ってるってのは、不公平だしな」

 

我ながら勝手だと思う。相手に有無を言わせず、こっちだけ言いたいことを好き放題言っているのだから。

だけど反論を許したところで、面白くもないもっともな意見を聞かされて終わりだ、そんな誰の益にもならないことを態々する気にはなれない。

 

「一夏の、秘密?」

 

「ああ……今、お前の目の前にいる奴はな、大事な人を嘘つきにした、お前なんか目じゃない位の糞野郎なんだよ」

 

かといって、これもこいつに話すべきことではないのかもしれない。

本当……勝手な話だよな、他人に誰かの面影を押し付けて、懺悔を聞いて貰うような真似をするなんてさ。

 

 

~~~~~~side「シャルル」

 

 

「去年……独逸で開催された、『モンドグロッソ』で起きた事件のことは知ってるか、シャルル」

 

自分の秘密を教える。

そう言った一夏が、何処か遠い目で最初に切り出したのは、そんな話だった。

 

『モンドグロッソ』。

競技用のISがここ10年で急速に普及するのに大きく貢献したイベント。各国の代表達が、国家と己の

威信を賭けて戦う、いわばISのオリンピックとも言える祭典。

表面上はやはり世界平和を謳って開催された去年の大会が、大きな横槍が入れられ脅かされたことは、今になってもたまに大きな問題として取り上げられている。だから、僕も一度、テレビのニュースでそれを見た記憶があった。

 

「ええと……確か、日本の代表選手の肉親がテロリストに誘拐されて……その代表選手の人が自分の試合を蹴って、自国の許可も出ないままISに乗ったまま誘拐された肉親を助けに行ったってことがあったね。確かその結果……」

 

「テロリストが徹底抗戦した結果、建物が二つ完全に倒壊。おまけにその代表選手がISで独逸領空内を飛び廻ったせいで独逸内の一部の民衆がパニックを起こしてインフラが混乱、軍隊まで出動する未曾有の事態になりかけた……そんなところか」

 

「まさか……」

 

「そ、そのまさか。その日本の代表選手ってのが千冬姉で、誘拐されたのは俺」

 

一夏は、やれやれと手を広げながら何でもないことのように僕の予想をあっさり認めた。

 

「だ、大丈夫だったの?」

 

「ああ、平気平気。だって、それ嘘だから」

 

「え……?」

 

一夏の声は、いつもの世間話でもするような軽い感じ。

でも表情からは何の感情も読み取れない。一夏のこんな表情を見るのは初めてで、僕は無性にここから先を聞くのが不安になった。

 

「誘拐なんて、されてないんだよ、俺は……その時、現地で仲良くなった奴がいてさ、そいつと遊んでただけなんだ」

 

「な……でも、実際に大騒ぎになったじゃないか、脅迫があったのも事実なんでしょ?」

 

「その辺は詳しく知らないんだけどな、俺が脅迫された訳じゃないし……とにかく俺にわかってるのは、千冬姉の応援ほっぽり出して遊んでて、気がついたら取り返しのつかないことになってたって事だけだ」

 

「だけど、それじゃあ、ニュースとかで言ってるのって……」

 

「千冬姉だよ。実は呑気に遊んでた弟を助けるために、国の威信の掛かった試合を放り出したなんてことがそのまま報道されりゃ、俺は国中から袋叩きにあう。そうならない様に、千冬姉は向こうのお偉いさんや軍と取引して、俺が本当に誘拐されたことにしたんだ。俺は……自分の為に、家族に嘘を吐かせたんだ」

 

見損なったか、と、僕と視線を合わせないまま一夏が訊ねてくる。

そんな一夏はやっぱり無表情で、僕が何を言ってもそのまま淡々と受け入れそうで。

だからこそ、僕は掛ける言葉を失った。

 

「以上、織斑一夏の懺悔の時間でした……悪いな、面白くもない話をしちまって。だけど、これで俺たちは秘密の共有者だ。これをバラせば……俺も、IS学園には居られなくなるだろうな」

 

「一夏! ……まさか最初からそのつもりで」

 

「それこそまさかだ、そんなお人好しじゃねーよ。ただお前がいかにも自分が世界一の悪党みたいな自覚持ってるみたいだから、その間違った認識を正してやろうと思ってもっと胸糞悪い奴の話をしただけだ」

 

「そんな……一夏は悪くないよ。悪い人がいるとしたら、それは織斑先生に嘘の脅迫をした人達じゃないか!」

 

「お前だってそうだろ。悪い奴がいたとすれば、お前じゃなくてお前にスパイ紛いのことをやらせようとした連中だ」

 

「違うよ……だって僕は、実際に騙してる自覚があった訳だし……」

 

「お前自分で選択肢がなかったつったろ。他人から強制されてる時点で自覚なんてあってもないのと同じだろ」

 

「うっ……でも」

 

確かに、元々ここに来たのだって僕の意思によるものじゃない。

それを、ずっと自分がしてることに対する言い訳にしてきた。

だけど、騙してた本人に対して同じ言い訳をするのは、何が何でも卑怯じゃないか。

そう思って、また口を開きかけるが、

 

「頼むよ……そうやって、自分を責めないでくれ。結局、お前の話を聞いた限りじゃ、お前が俺以上の屑だなんてどうしても認識できない。そんなお前がそうやって自分を責め続けたら、俺も自己嫌悪で死にたくなる」

 

そんな僕の言葉を遮った一夏の声は、本当に辛そうで。

この無表情の奥で、僕が抱えてる罪悪感なんて問題にならないくらい、彼が自分のことを許せずにいるのが伝わってきて、僕はどうすれば彼のそんな気持ちを和らげる事ができるんだろうと、気がつけばそんなことを考えていた。

 

「…………」

 

けれども、考えれば考えるほど、僕はこの人のことを知らないことに気がついて、結局何も言えないまま、一夏に習って夜空を見上げた。

既に日は落ち、明かりも消えて、空には満天の星が瞬いている。

 

「……ごめんな。俺、お前としっかり向き合いたくてこうして追ってきたのに……結局、自分の事しか話せなくて。わからないんだ、俺に、なにが出来るのかさ」

 

綺麗だな、と思って星空を見ていると、不意にそんな声が掛けられる。

そして、その言葉で胸が一杯になる。彼も、きっと僕と同じなんだ。相手のことを励ましてあげたいのに、相手のことを知らなくて、どうすればいいかわからなくなってる。

僕にそんなことをしてもらう資格なんてないのに、という気持ちがまたせりあがってくる。

けれどそれを口にすることを、彼は望んでいない。だから、

 

「いいのかな? 僕は、ここにいて。一夏に甘えても、いいのかな?」

 

そんなことを言ったんだと思う。

自分の気持ちを正直に言う勇気もない癖に、一夏がなんて答えてくれるのか分かってて。

ただ、自分を肯定して貰いたいためだけの、卑怯な確認の言葉を。

 

「ああ、ここにいて欲しい。俺は、お前がいないと寂しい」

 

だから、そんな期待以上の言葉が返ってきて、僕は思わず固まった。

『ここにいていい』じゃなくて、『いて欲しい』と言われた。

誰かに必要とされたことなんて、今までなかった。僕は父にとって会社という機械を動かすための、必要となればいくらでも替えが用意できる部品だった。そういうふうに扱われるうちに、僕自身も自分自身の価値をその程度のものだと認識するようになった。

そんな自分が、この人に必要とされている。そう、思ったときに感じた感情の正体がわからなくて、戸惑っているうちに、肩を抱かれて一夏の方に向き直された。直ぐそこには、先程の無表情が見間違いか何かと勘ぐる位優しげに微笑む一夏の顔があり、僕は顔が熱くなるのを感じた。

 

「信じられないのは分かる。確かに、俺一人でなんとかなる問題じゃないかもしれない。でも、千冬姉も力になってくれるって言ったんだ。最後は、絶対になんとかなる。だから、俺を頼ってくれ。お前が、胸を張ってここにいれるようにしてみせるから」

 

「だ、だけど、僕は……」

 

「あーもう! 人にここまで言わせてうだうだ言うな! 大事なことは一つだ、お前はここにいたいのか、いたくないのか。どっちなんだ?」

 

「僕は……」

 

ここにいたくない。理性は、これ以上一夏に迷惑を掛けないためにも、そう言うべきだと言っていた。でも、それを口にしようとする度に、ここにいて欲しいという一夏の言葉が頭をよぎって、僕は言葉に詰まってしまう。

 

「……たい」

 

いや、詰まってなんていなかった。僕の口は、自分の意思とは裏腹に既に言葉を紡ぎ出そうとしている。けれど、それはいけないことだと、必死に自分を抑えようとするが、先程感じた、正体のわからない感情が止め処なく溢れ出して止まってくれず、

 

「僕は、『ここ』にいたい……!」

 

とうとう自分の素直な気持ちを口にして、一夏の胸に飛び込んだ。

一夏は一瞬戸惑ったような顔をしたが、直ぐに僕を受け入れてくれた。

 

……そうか、僕は……

ひどく久しぶりに感じられる、人の肌の温かさを直ぐ近くで感じながら、僕は自分の気持ちの正体に気づいた。

そうだ、きっと、僕は。

例えそれが言葉だけのものだったとしても。この人に、必要とされたのが、嬉しかったんだ。

 

 

~~~~~~side「一夏」

 

 

シャルルは結局、俺に抱きついてきたかと思えばそのまま泣き続け、こんな状況に慣れていない俺が戸惑うのを他所に、泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった。こいつがこんな後先を考えない行動を起こしたあたり、やはり相当追い詰められていたんだと思う。

 

「よっと」

 

兎に角、こんな場所で夜明かしする訳にもいかないのでシャルルを抱き上げ、寮に戻ることにする。

……やはり軽い上に、男にはあるまじき柔らかさが伝わってきて思わず顔が上気するのを感じた。

今思えばおかしいと思う要素はいくらでもあった、そもそもこいつは同年代の癖に背は低いし、声も高い。同じ寮の同じ部屋で暮らしていて、気がつかなかった俺の目が節穴だったと言わざるを得ない。まぁこいつも必死で隠していたんだろうと思いたいが。

 

『……いいのですか?』

 

歩き出したところで、白煉が声を掛けてくる。

こいつの言いたいことは分からないわけでもない。が、もう決めたことだ。

 

「いいさ。多分、ここで見捨た方が間違いなく俺は後悔するだろうから……それにきっと今度は大丈夫だ。仮に万が一……お前が心配してる通りのことになったとしても、俺は自分でこいつに対するけじめをつけられると思う」

 

『……それが、マスターにとっていいことになるとは思えません。やはり、私が』

 

「だから、いいって言ったろ。チャンスをくれよ、俺にも、こいつにもさ。お前は引き続き、こいつがおかしな真似をしないか見てくれてればいい」

 

『それが、ご命令ということであれば』

 

「命令だ」

 

『……了解』

 

白煉は明らかに納得のいっていない声だったが、それでも俺を立ててくれることにしたらしい。スマフォから青いマークが消え、スピーカーが切れる。

 

そんな様子を片手間で見つつ、俺はシャルルが意識を手放す直前に、ふっと漏らした言葉を反芻する。

 

『どうして一夏は、僕にここまでしてくれるの……?』

 

本当に、その理由が分からないといった様子だった。

正直腹が立った。こんな素直で純粋な奴に、今まで手を差し伸べてやる奴が、今の今まで恐らく一人もいなかったんだろうということ。

そして自分自身も、純粋にシャルルを助けたくて手を差し伸べた訳じゃないということに。

 

「ははっ、なんだよそれ。結局、最初から俺にシャルルを責める資格なんてなかったってことか」

 

そんな、自嘲の言葉を吐かずにはいられない。結局、俺は誰でもない自分のためにこの決断を下したに過ぎないんだ。シャルルの問いに対する、俺の回答。それを知ったとき、こいつは失望するだろうか。俺を恨むのだろうか。

最終的にこいつが本当の意味で笑えるようになるのであれば、それでも構わない。でも正直虫唾が走るが、それが満足にできないうちはまだ俺はこいつに善意で手を差し伸べた善人じゃなくちゃいけない。だから我ながら卑怯だと思ったが、こいつが目を覚まさないうちに、そっと答えを返すことにした。

 

「……昔さ、俺から『守る』なんて約束した癖に、守れなかった奴がいるんだよ。お前が、そいつによく似ててさ、その時と、同じ後悔をしたくなかったから……お前を助けたかった。それ以外の理由はない」

 

言葉にしてから、改めて‎最低だな、と嘯くと、空を見上げた。

星空はあまり好きじゃない。お星様みたいな人になりたい、なんて少女趣味丸出しなことを言って、ホントにお星様になっちまった奴がいたから。それでも、たまにこうやって夜に空を見上げる癖がついたのは、この数え切れない星の中にあいつを探しているからなのかもしれない……我ながらセンチメンタルというか、少女趣味を見事にうつされてしまったなとは思う。

 

「……なぁ、『お前』は、今の俺をどう思う?」

 

当然、答えは返ってこない。それを求めたところで返ってこないことなんて分かってた。

いや、返ってこないからこそ、問わずにはいられなかったのかもしれない。

その永遠に返ってくることのない答えこそ、大事な人を守ることが出来なかった、俺に対する罰なのだから。

 

 




取りあえず、ここでシャルルの話は一区切り。
まぁ結局現時点では何にも解決はしてないんですけどね。一番大変なところは大人達に任せ、一夏にはおいしい所だけ持ってって貰います。次回、鈴視点でVSラウラをやる予定です。
視点変わりすぎてるのは反省点です。本当は一夏視点オンリーでやりたかったのですが、ある程度過去に関する情報を絞っておきたかったため、気づいたらこうなってしまいました。自分としてもあまり引っ張りたくはないのですが、自分の中では第二回モンド・グロッソは一夏の話であるのと同時に千冬と束の物語でもあるので、彼女達の葛藤を描かないうちに全容を明かしたくないというのがありまして……しかし一夏視点での出来事に関しては何とかラウラ戦後までに決着をつける予定ですので、気長に見て頂けたら幸いです。あとがきでグダグダと失礼しました。


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