IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第二十一話~逃げたのは誰?~

 

 

~~~~~~~side「シャルル」

 

 

何をやっているんだろう。

今更ながら、僕はそんなことを思う。

 

手にしているのは、ここに来る前に父から渡された、オレンジ色のスマートフォン。

……もう、メールは打ち終わってる。後は送信ボタンを押すだけなのに、何故か押すだけの

行為に踏み切れない。送信ボタンに掛ける指が震えているのを見て、ああ、迷ってるんだなと、

僕は自分の心境を他人事のように認識した。

 

これを押してしまえば、終わってしまう。

もう裏切り行為という意味では取り返しがつかない。でも、それでも出来るだけ、当たり障りのないことを選んできたつもりだった。

でも、それももう限界だった。これだけ彼と一緒に過ごし、訓練を積んで、なんのデータも取れない。そんなことを、父が認める筈はない。これ以上誤魔化せば、僕は本当の役立たずになる。

そう認識されれば、当然ここにはいられない。実家に帰っても、今まで以上に僕の居場所はなくなるだろう。

 

「やるしか……ない。父に、認めてもらうには、もう」

 

指に力が入る。

そうだ、最初から、僕には選択肢なんてなかった。だからこれは仕方のないことで……

 

『シャルル!』

 

それで、いいのか。

 

『やっぱ、いい奴だよな。お前って』

 

そんな、理由で。僕は。

僕を信じている彼を、裏切るのか。

 

「あ……?」

 

今自分のやっていることを直視できず、思わず携帯から目を逸らす。

それが、いけなかった。

 

「ああ……」

 

昨日、二人で食堂に行ったときのこと。

今まで何とかごまかしてきたけど、とうとうお箸が上手く使えないことがバレてしまって。

 

『なんだ、なんでも上手くこなす奴だと思ってたけど、駄目なこともあるんだな』

 

あの人はそう言って笑うと、初めて駄目なところを見られて恥ずかしくてむくれる僕の

手をとって、使い方を教えてくれて。

 

『ほらこれ、図書館で見つけたから読んどけ。お前折角立ち振る舞い綺麗なんだから、マナーで注意されてちゃ勿体ないぞ』

 

なんでもないことのように、忙しい時間を割いて日本のテーブルマナーのガイドブックを借りてきてくれた。

今もテーブルの上に置かれているそれが、目に、入ってしまった。

 

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 

携帯を取り落として頭を抱える。

……もう無理だ。僕には、どっちも出来ない。

デュノアの子にも、一夏の友達にも。僕は、どちらにも、なれない。

何処にも行けないのがわかってるのに、逃げ出したくて堪らなかった。

 

「どう……して……」

 

どうして、こんなことになってしまったんだろう。

お母さんが死んで、それからずっと、流されるように生きてきて。

そんな風に生きてきたことの報いを、今受けてるんだろうか。

 

そうだとすれば、神様っていうのは本当に残酷だ。

僕だって。僕だって、好きで、そんなふうになったわけじゃないのに。

 

――――ジジッ

 

「!」

 

取り落とした携帯から、不意に電波障害のノイズのような音が走り、慌ててそれを拾う。

落としたショックで壊れてしまったのかもしれない。

いっそ、そうなってくれたらいいと一瞬思った自分に嫌悪感を抱きながら、僕は涙でぼやける視界を総動員して画面を確認した。

 

「なに、これ……」

 

メールを打ち込んだままの状態で止まっている画面が、青いノイズに侵食されている。

このノイズには見覚えがある。ISの展開や、拡張領域から武装を展開するときに発生する特有の現象だ。

この色は確か……

 

「白、式の」

 

見間違えじゃない。

僕のルームメイト。そしてお母さん以外の人では初めて、一緒にいると心が温かくなる男の子の、搭乗機。

この色は間違いなく、その機体が展開するときに発生してたもの……

 

「……止まった?」

 

ノイズが止む。

でも、画面はまるで壊れてしまったかのように真っ白になってしまった。

あのメールは、もう消えてしまったかもしれない。

 

『……あのメールを送信しなかったのは賢明な判断です。尤も、送信したところでブロックしましたが』

 

そんなことを考えていると、不意に感情のこもっていない澄んだ女性の声が響き思わず硬直する。

周囲を見渡しても誰もいない。と、なると喋ったのは……

 

『今の段階で外部機関にこの情報を知られる訳にはいきません。大変恐縮ですが、こちらの通信端末は私の方で接収させて頂きます。ご了承ください』

 

手の中の、携帯電話に目を移す。

いつの間にか通話状態がスピーカーに切り替わっている携帯の画面は、引き続き真っ白なまま。

しかし今はその中心に、アクセントのように青い印が申し訳程度に写っている。

三本の睫毛が特徴的な、瞳を閉じた可愛らしい左目のマーク。真っ白の画面にそれだけが写った

携帯は、傍目からみればただの壁紙が写った待機中の状態にも見えるが、今や一切の操作を受け付けてくれなかった。

 

『無駄です。この端末は、既にネットワーク上からアカウントを掌握させて頂きました。

……他の端末を使用する分には問題ありませんが、お試しにはならない方を推奨致します。

先程のメールが貴方様の通信先に届くよりも、『これ』と同内容のメールがIS委員会理事達全員の

元に届く方が早いと思われますので』

 

「こ、これは……」

 

声と同時に白い画面に一つウィンドウが表示される。

僕は、そこに書かれている内容を見て思わず顔が引きつった。

 

「僕が……ここに来る事になった経緯と、デュノアの……」

 

目の前が真っ暗になって、僕はまた携帯を取り落としてしまう。

お終いだ。僕の携帯を乗っ取ったこいつが何者かはわからないが、ここまで知られてしまっているなら、もう僕はここにはいられない。

 

『お分かり頂けたでしょうか。……先程のメールを送信しなかったことを踏まえ、IS委員会への報告は一度見送りますが、次はないとお考えください。くれぐれも、軽率な行動はお控えくださいますようお願い申し上げます『シャルロット・デュノア』様……それでは、私は貴女の今までの行動を織斑一夏様に報告しなければなりませんので、これで失礼致します』

 

「待って!」

 

また青いノイズがかかり始める携帯電話に、僕は恥も外聞もなく叫んだ。

 

「待って、待ってよ! 一夏には、一夏にだけは!」

 

こんな、覚悟すらままならないお粗末な諜報活動なんて、何れ明るみに出てしまうことはわかってた。だから、全部駄目になったところで怖くなかった。その結果、僕がどうなったとしても、それが運命だったと諦める事も出来たと思う。

 

ここに来たばかりは、そういった認識だった。でも今は違う。

それがどんなに卑怯なことだって、わかっていても。少しでも長く、僕はあの人の側にいたくて。

そしていつか、この温かい場所から去らなければならない日が来るとしても、せめて。

あの人が、僕のせいで傷つくところは見たくなかった。だから……!

 

「一夏にだけは、言わないで!」

 

携帯電話を縋るように掴んで、床に頭を擦り付けて懇願する。

どうしようもないくらい、無様な姿を晒していると思う。でも構わない。

……あの人が、失望した目で僕を見てくる。そんな事を想像しただけで、胸が張り裂けそうになるくらい苦しい。

 

「もう、デュノアに連絡しないって約束する。何でも、するから……」

 

これが、現実になったら。

……きっと、僕は僕じゃいられなくなる。

 

『……なんでもなさると、そう仰いましたか?』

 

「う、うん。だから……」

 

先程まで何も反応のなかった携帯から、急に声が返ってくる。

 

信じて……くれたの?

 

そう思って、顔を上げる。

 

『そうですか。ならば、いなくなってください』

 

「え……?」

 

しかし、顔を上げてすぐ。僕は何を言われたのかわからず、呆然としてしまう。

 

『すぐにでも、織斑一夏様の前から姿を消してください。例え、貴女にそのつもりがなかったとしても、貴女の存在は彼を傷つけます』

 

「う、あ……」

 

『彼のことを想っているのなら、何故とどまり続けたのですか? 貴女の存在が、一分でも彼の利益になると思ったのですか?……気がついておられなかったのなら、認識してください。貴女は、織斑一夏様の『敵』です。それ以外の存在には、決してなれないのだということを』

 

「あ、ああ……!」

 

わかってた。

そんなこと、言われなくたってわかってたのに、僕は、それ以上その先を聞くのが嫌で。

 

気がついたら、僕は逃げ出していた。

 

 

~~~~~~~side「一夏」

 

 

「シャルル?」

 

寮に戻って、ノックしても開かないドアを怪訝に思いながら、俺は自分の部屋の扉に対して呼びかけた。時間的には門限ギリギリアウトってところだ。真面目なシャルルは、普段門限回る前には必ず部屋にいるので、シャルルと同室になってからはいつも後から帰ってくる俺があいつに扉を開けてもらうのが定例になっていた。

……寮の部屋がオートロックっておかしいよな。

 

「……おかしいな」

 

入るのが不味いにしても返事くらいはあってもおかしくないんだが。

仕方がない、普段あまり使うことのない鍵を使って扉を開ける。

 

「お~い?」

 

男の着替えなんてハプニングで出くわしても嬉しくも何ともないので慎重にドアを開ける。

少なくとも、扉を開けて見える範囲にシャルルはいない。俺はそのまま部屋に脚を踏み入れる。

 

「……シャワーか?」

 

部屋の電気は点けたままだ、少なくともついさっきまで人がいた気配もある。

だがシャワー室にも人影はない、目を閉じて気配を探るが、やはりこの部屋の中には俺しかいないようだ。

 

「入れ違いか。あいつがこんな時間に出かけるなんて珍しいな、トイレかな?」

 

つーかシャワー室なんて各部屋につけるくらいならトイレつけろってんだよ、建てた奴は一体何がしたかったんだ。学園中女子トイレだらけで、俺たちは用を足す度に職員寮まで遠征しなければならないとか殆どいじめに近いぞ。膀胱炎なんかになった日にゃあ毎日マラソン大会じゃねーか。

 

一人でそんな感じの悪態を吐きながら、ベッドに座ってシャルルの帰りを待とうかと思ったとき、

足に何かが当たるのを感じた。

 

「……っぶね、シャルルの携帯か。踏むとこだったじゃねぇか、千冬姉じゃないんだからこんなとこにほっぽっとくなっての……?」

 

実際千冬姉に聞かれたら確実に血祭りにあげられそうなことを呟きながら、俺は自分の認識の違和感に気がつく。

 

……シャルルは、こんなものを床に放り出したままにしておくような、だらしない奴では無かった筈だ。

 

気になって携帯を拾う。

メールを打っていたらしい、白い画面には黒い文字が点々と浮かんでいる。

良くないことだとわかっていたが、その文字の羅列の中に気になる単語を見つけてつい目を通してしまう。

 

「白式に搭載されてる、イメージインターフェイスを用いた特殊兵器の考察……?」

 

この前中間考査対策で頭に叩き込んだばかりの単語だ。

……確か、第二世代と第三世代を明確に区別する武装。

搭乗者の思考をトレースし、直に機体の動きに反映させるIS特有のシステムを武装にも搭載しているもの。第三世代機を使用しているセシリアのブルーティアーズならビットを代表する『BT兵器』、鈴の甲龍なら『龍咆』がそれに該当するらしい。

……それが俺の『白式』にもついている、ってことか?

いや、でもイメージインターフェイスを採用した武装の弱点として、使用するために多大な集中力を必要とする、といった制約があった筈だ。セシリアが4つ以上のビットを制御しようとすると本体の制動に支障が出るのはそのためで、鈴もそうじゃなくても当たらないのに必要以上に集中力使わされて大変なんだから、と言っていた覚えがある。

しかし俺は少なくとも『白式』の操作をするうえで、そんな多大な集中力を要求されたような覚えはない。そもそも白式には雪片以外武装がないのだ。あんな見るからに複雑そうな兵器とはある意味この学園が所有しているISと比較しても一番縁のない機体と言える、そんな機体に第三世代機が積んでいる最新の装備が積まれていると言われてもイマイチピンとこない。

 

それになにより、このメールの文章。

誰に宛てるのかは知らない。だが俺達くらいの年代の連中が書くような、気安い文章じゃない。

これは、まるで……

 

『まるで、『事務的な報告書』のよう。でしょうか、マスター』

 

「白煉……!」

 

狙い済ましたかのようなタイミングで、携帯がスピーカーに変わる。

 

『決定的な証拠です。このメールを見て尚、個人名『シャルロット・デュノア』のことを信用するのですか』

 

「……俺の許可なく勝手な真似をするなと、言っておいた筈なんだがな」

 

『申し訳ありません。しかし、このメールを送信される訳にはいきませんでした。『デュノア社』の

現状を考えれば、この情報はまさに彼らが欲しかったものの筈です。『シャルロット・デュノア』は、マスター、若しくは『白式』からさらに情報を引き出そうとするでしょう』

 

「そんなことはどうでもいい。白煉、お前あいつになにをした」

 

『……警告を。このメールが送信された場合、それで済ますつもりはありませんでしたが』

 

「……くそっ!」

 

寮の部屋を飛び出す。

部屋には確かに少し前に人のいた気配はあった、まだ遠くには言っていない筈だ。

 

『どうする気です、マスター』

 

「聞かねぇとわからないのか、俺のルームメイトを探す」

 

『……お言葉ですが先程の私の話を聞いて頂けましたか?』

 

「答えは返したぜ、『そんなことはどうでもいい』ってな」

 

既に暗くなり、誰もいない廊下を走る。

……千冬姉に見つかったら大目玉だ、早いうちに連れて帰らないとな。

 

『……何故です? 何故マスターを裏切った者を探すようなことをするのですか?』

 

「……あいつが本当に俺を裏切ったかどうかを決めるのは俺だ、お前じゃない。白煉、

シャルルは何処にいる?」

 

『マスター』

 

「くどいぞ。これ以上俺の言うことを聞かないなら、専用機なんて知ったことか、

お前とも『白式』とも金輪際縁を切らせてもらう」

 

『…………』

 

しばらくの逡巡のような間が空き、その後スマフォのマップに光点が表示される。

あそこか、つくづく縁があるな。だが行くところが外だとわかれば態々廊下を走ることもない。

例の如く窓から飛び降りてショートカット、地図上に光るその場所を目指す。

 

「畜生……!」

 

腹が立って仕方がなかった。

シャルルにでも、白煉に対してでもない。自分自身に対する怒りだ。

 

あいつは身内じゃないから関係ない?

 

自分一人じゃどうにもできない?

 

……全部言い訳だ。

俺は白煉の話を聞いてから、自分を上手く騙して、シャルルとまともに向き合おうとしなかった……俺はまた、自分の都合で『逃げ』たんだ。

その結果が、このザマだ。白煉があいつに何を言ったのかは知らない。

けれど、あのシャルルがこんな時間に外に飛び出すなんて並大抵のことじゃない。

……傷ついたのかもしれない、俺のせいで。

 

そう考えただけで自分自身を叩きのめしたくなる衝動に駆られるが、それは

今すべきことじゃない。今は……

 

たった一人で、こんな真っ暗な闇の中にいるであろう、一組きっての優等生と、きちんと向き合う

ために。

 

俺はひたすら、暗い夜道を突っ切るように走った。

 

 






シャルルボコボコ回。
……大丈夫、きっと織斑さんならなんとかしてくれます(丸投げ)
今回短いですが、割とすぐ次回をあげられると思いますので少々お待ちを……はい、また上手く纏められなかったんですすいません。

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