IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第二十話~二つ目の火種~

 

シャルルと同室になって、一週間がたった。

同性であることの気安さと、なによりシャルル自身がこちらに合わせてくれる穏やかな性格なため、寮での生活は思いの外気楽に過ごせた。問題があると言えば、少し白煉と話しづらくなったくらいだ。どういう訳か知らないが、こいつは未だに箒以外の人間が居るところでは沈黙を続けていたからだ。学校の方も特に大きな事件はなく、今のところ世はこともなし、IS学園に入学して以来、久しぶりの平和な学校生活を、俺は満喫していた。

 

が、火種がないわけではなかった。

今の今まで特に関わりがなかったため、こちらからも積極的にアクションを起こさなかったのだが、

とうとうその日、あのラウラが俺に突っかかってきたのだ。

 

「おい。貴様も専用機持ちだそうだな。だったら話が早い、私と戦え」

 

あの胸糞悪い銀髪が、見たこともない黒いISを纏ってそんな声を掛けてきたのは、俺がシャルルに連れられ、第二アリーナで射撃の手解きを受けている時だった。

……いや、どの道そんな武装ついてないからいいとは言ったんだけどな。折角の好意を無為にするのも悪いかな、と思い。

っていうか、それこそ俺なんかよりもよっぽどそれを必要としている奴に俺は一人心当たりがあるんだが、そいつはそんな日に限ってクラス代表の会合やらでセシリア同様抜けていた。本当、間が悪いことこの上ない。

 

「お前と戦う理由が俺にはない訳だが」

 

ぶっちゃけ、声を掛けられた時に思ったのは、「なに言ってんだこいつ?」だ。

模擬戦に付き合えならまだしも、軍人に戦えなどと、しかも明らかに上から目線そう言われてホイホイ受ける訳がない。

大体、初対面で認めない宣告された相手に態々まともに取り合うような義理も、生憎俺は持ち合わせていなかった。

 

だから、それだけ言って無視してやろうかと思ったのだが、

 

「そうか。なら、戦わざるを得ない状況にしてやる」

 

こともあろうか、こいつは肩に搭載した砲台を俺に向けてきた。

おまけに白式の被ロック時アラートが点灯している、この野郎マジで撃つ気だ!

 

「!」

 

とっさに腰から『雪片二型』を振り抜くが、それより前に隣に居たシャルルが動いた。

 

「……警告もなしに撃ってくるなんて、ドイツの軍人は随分と沸点が低いんだね」

 

射出された砲弾を、とっさに前に前に出て盾を展開し防いでくれたのだ。

その一連の動作に、殆ど時間は掛かっていない。

この数日間の演習でわかったことだが、シャルルの『拡張領域』からの武装の展開の早さは目を見張るものがある。

そもそも展開の仕方からして違う。他の生徒のそれは、呼び出す箇所に特有のノイズが発生、そこから武装が形成されるような形で出現するのが基本だが、シャルルの場合はノイズというよりフラッシュのそれに近い光が走った後にすでに武器が『切り替わって』いるのだ。セシリアから聞いた話では『高速切替』という、今のところ代表クラスのIS乗りでも一部しか体得していない特殊な技能であるらしい。現実だけでなくゲームの中でも使えるんだから相当なものである。

 

「フランスの第二世代風情が、なんのつもりだ?」

 

「未だに量産化の目処も立ってない、ドイツの第三世代よりは動けるつもりなんだけどな」

 

そのまま一発触発の雰囲気を漂わせ睨み合う二人。

だが、それも長くは続かない。

 

「そこのお前たち!何をやっている!今の時間帯模擬戦は禁止されている、クラスと名前を言え!」

 

先程の、ラウラの砲撃を見咎めた監督教師から、オープンチャンネルで呼びかけられたからだ。

 

「……ふん」

 

興が削がれたのか、そのまま背を向けて去って行くラウラ。

俺たち二人も喧嘩をしたかった訳ではないので、それを黙って見送る。

 

「……悪いな、シャルル。俺が売られた喧嘩なのに」

 

「大丈夫。でも一夏、あの子には気をつけて。間違いなく『強い』よ。それに最近、ずっと一夏を見てる……まるで、一夏が一人になるのを待ってるみたいに」

 

「ああ、わかってる」

 

何せ俺も感じていたことだ。ただ相手の思惑に乗っかったところで、あの初対面での出来事からどうせ碌な事にならないと確信していた俺は、この一週間、自由な時間は常に誰かと行動するよう心がけるようにしていた。

……尤も、基本的に例の早朝鍛錬の時を除けば、この学校において俺が一人になる時間というのもそうそうないので別に特別なことをしたわけでもないんだけどな。

 

で、その甲斐あってか、あの初対面以降今まで向こうからこっちに接触してくることはなかったのだが、今回はシャルルがすぐ近くに居るにも拘らず喧嘩を売ってきた。いい加減痺れを切らしてきたということなんだろうか。

 

「なんか、最初から一夏にいい感情もってない感じだったよね。何か、心当たりはあるの?」

 

「俺が何かしたとか、そういうのでないのは確かだ。あいつとはあれが初対面だからな、恨みを買いようがない……だけど、別口でちょっと、思い当たることはある」

 

「……?」

 

……そうだな、いい加減千冬姉にラウラの事を聞いてみたほうがいいのかもしれない。

あいつの狙いが俺だけならいいのだが、この調子でヒートアップしたら今日みたいに周りを巻き込むかもしれない。そうなる前に、こちらから動かなくてはならないだろう。

……それに千冬姉には、ラウラの事以外でも相談しなければならないことがある。そうと決まれば善は急げだ。

 

「……にしても、少なくとも関係のないお前まで巻き込もうとしたのはやり過ぎだ。どうせ俺が言ったところで聞きやしないだろうから、さっき起こったことを千冬姉に話してくる。……折角誘って貰ったのに、悪いな、シャルル」

 

「仕方ないよ。じゃあ僕は、あの監督の先生に状況を説明してくるね」

 

「サンキュ。やっぱお前は話が早くて助かる。任せたぜ」

 

シャルルに後を任せ、アリーナを後にする。

……寮長室に行くのは久しぶりだ、念の為また掃除用具を借りておこう。

 

 

 

 

「思っていたより遅かったな」

 

寮長室に押しかけ、ラウラの話を切り出したら、千冬姉は開口一番そんなことを言った。

 

「……そう思うんだったら千冬姉の方から切り出してくれても良かったと思うんだけどな」

 

「馬鹿なことを言うな、教師が生徒相手に私語などすれば体裁が立たなくなる」

 

いつの時代の教師だよ……と言えないのが辛いところだ。流石に命は惜しい。

それに、千冬姉も見た目は傲岸不遜を貫いているようで、新しい仕事を手探りでやっているような

状態なのだろう。

 

「山田先生とかは普通にしてるぞ。そんな固くなる必要ないんじゃないか?」

 

「……やれやれ、やはりお前たちはISがどういったものかという自覚が足りんな。これではラウラの言っていることも少しは肯けるというものだ」

 

で、やっぱり俺は会話しながら絶賛掃除中だったりする。

なんでこの人はこうも部屋一つをごみ屋敷に変えるのが上手いのだろう、我が姉ながら感心してしまう。それで、当の本人はソファーの上でビール飲みながらふんぞり返ってるしよ。まぁ、手伝って貰ったところで邪魔なだけなので別に構わないのだが。

 

「……何か失礼なことを考えていないか?」

 

「いや、まぁオフの時くらい何してても人に迷惑かけんことには文句言わないけど、酒は程々にしろよな、強いわけじゃないんだから……じゃなくて、何、千冬姉もあいつになんか言われてんのか?」

 

「お前に言われなくても弁えているさ。だが毎日余計な面倒ばかり増える、これがなくてはやってられん……ああ、ここの学生はISをファッションかなにかと勘違いしている、私が指導するにも足りん奴らばかりだ、とな」

 

あー確かに軍属から見りゃあここの連中が緩く見えるのはしょうがないかもな。鈴も一年間だけとはいえ相当キツイ目見たって言ってたし。

これで学年が上がればそうでもないとは思うんだが……だがここんとこ出没するシャルルのおっかけの上級生とか見た感じ、案外同レベルなような気もしてきている。それでいいのかIS学園。

 

「成程ね。競技用のISの扱い方を勉強するIS学園で何言ってんだか……わかっちゃいたけど空気の読めん奴だな。そもそも、結局あいつってなんなんだ?千冬姉にご執心なのはともかく、どうして俺をああも嫌ってる?」

 

「そうだな……まずは最初の質問から答えるか。お前もそれとなく見当はついていると思うが、あいつは私が去年、独逸でISの指導をしていた時に指導していたIS搭乗者の一人だ。お前にも、少し話したことがあったかと思うが」

 

ああ、一応予測していた通りの返答だ。だが同時に納得のいかないところもある。

 

「あいつの何処が俺に似てるってんだ?俺からすればコミュ障の糞ガキにしか見えないんだが」

 

「辛辣だな。はて、篠ノ之が引っ越してからしばらく友達が出来なくて鬱になってた奴は誰だったか」

 

うっ、それを言われると辛い……けど、

 

「そ、それとこれとは話が違うだろ!」

 

「同じさ、あのとき初めて出会ったラウラはまさしくあの頃のお前だったからな、つい、放っておけず目を掛けてしまったという訳だ」

 

ああ、そういうことなのか。だけど、

 

「その結果がアレかよ……」

 

「いや……まぁ、反省してはいる。今思えば、あいつには技術の他に教えなくてはならないことがあった。それが、恐らくあいつがお前を憎んでいることにも繋がっているのではないかと思う」

 

そこまで言って手にしたビールの缶を呷る千冬姉。

俺も一回手を止めて千冬姉と向き直って座り、そろりと未開封のそれに手を伸ばすが直前で手を叩かれる。

 

「未成年の飲酒は禁止だ」

 

「チッ、ケチめ!」

 

「全く、話の腰を折るな。……兎に角だ、IS適性が当時伸び悩んでいた奴に、私は徹底的に技術を叩き込んだ。その結果、奴は一年で所属する部隊の隊長を任されるまでになったのだが……なんというか、どういう訳か私を偶像視するようになってしまってな、私が『完璧』な存在だと、信じて疑わないのだ」

 

……成程、何となく見えてきた気がする。

 

「要するに……あいつは、『完璧』じゃなくちゃならない千冬姉が俺のせいでモンド・グロッソ二冠を逃したばかりか、その後日本の代表を降ろされてISの操縦ライセンスさえ凍結されたのが許せない、ってことか」

 

教官を貶めた、とラウラは言った。

あの『事件』は色々事実が捏造されている。あいつが全部を知っているとは思えないが、少なくともモンド・グロッソの試合を千冬姉が蹴ったのが俺のためということは表面上公開されている情報、事実共に間違いない。千冬姉を偶像視してるような奴であれば、俺の存在が許せないというのはまぁ、わからないでもない。

 

「……その言い方には語弊があるな、一夏。それではその全てがお前に責任があるように捉えられるが」

 

「だって、そうだろ」

 

「何度も言わせるなよ、断じて違う。全ては私が自分の意思で行ったことだ。恐らく束も聞いていたら同じ事を言うだろうな……そう、どの道例えあんなことが起きなかったとして、当時の私は自分の立場に疲れていた。同じような問題を起こすのは、時間の問題だった……ラウラは、私が逃げたいなどという感情を抱いたことが認められないがために、お前のせいにしたいだけに過ぎない」

 

「……あんた達は卑怯だ。俺をガキだと思って勝手に俺から責任を取り上げる」

 

「それはお前がそう思っているだけだ。最初からそんなものはないのだからな……さて、他にラウラのことで聞いておくことはないのか?」

 

露骨に話題を逸らす千冬姉。

……仕方がない、このことでこれ以上ゴネても怒らせるだけだ、束さんといいこのことだけは絶対に譲っちゃくれないからな、千冬姉は。

 

「……聞くことはない、けど。でも、千冬姉からなんとか言って聞かせることはできないのか? 千冬姉のいうことだったら聞くんだろ、ラウラは」

 

「勿論締めるところは締めていくつもりでいるが……根本的な解決にはならんな、あいつの認識そのものを正さん限り、私が何を言ったところであいつがお前を嫌い、この学校を見下していることまでは変えられん。手っ取り早いのは、私以外の、出来ればここの生徒が天狗になっているあいつの鼻っ柱を折ってやることなのだが……」

 

「……この話の流れだと、俺にあいつを倒せって言ってるようなもんだぞ千冬姉」

 

「わかってるじゃないか」

 

千冬姉は俺の返事にニヤリと笑うと、机の下の藁半紙の束から一枚引っこ抜いて指で弾き、俺の方に飛ばしてきた。俺はそいつを掴んで確認する。

 

「『学年別タッグトーナメント?』」

 

「クラス代表戦が碌に行われないまま中止になったからな、代理のイベントがすぐに行われることになった……ちなみに生徒に対する告知はまだされていない、もし情報が漏れるようなことがあれば問答無用でお前に制裁が行くと思っておけ」

 

「うわっ、目を通させてからそういう事言うなよ汚ねぇ! ……要するに、こいつでラウラをやっつけて俺をあいつに認めさせろ、ってことか」

 

「そうだ。この際手段は問わん、あいつに一泡吹かせてやれ……尤も奴は強い、お前一人では流石に荷が重いだろう。早い内に優秀なパートナーを見つけておけ」

 

「へいへい。でも情報は有難いんだけどさ、職権乱用だよなこれ」

 

「何を、使えるものを使って何が悪い。権利のない労働など奴隷と同じだろう」

 

うわ、開き直りやがったこの姉。

……まぁいいや、確かにタッグマッチであれば、パートナーが誰になるかは重要なことだ、特に一年は実力者が限られている以上探すのは早ければ早いほどいい。

セシリアと鈴が前回の問題のペナルティで出場できない以上、真っ先に思いつくのは箒だ。専用機はないが実力は折り紙付きだし、何よりお互いに気心が知れている。連携をとるにしてもやりやすいだろう。ただ、お互いに空という明確な弱点があるのが問題だ。しかも俺の場合は言わずもがなだし、箒も前の試合で有名になりすぎた。この弱点は割と学園内で知られてしまっていると考えたほうがいい。それに組めるかどうかも怪しい。あいつのことだ、俺と組むよりは対戦相手として当たりたいと考えるだろう。

他に候補を挙げるならシャルルだ。実力が確かなのはこの一週間で把握できたし、何より専用機持ちなのは大きい。連携にしてもあの換装によってオールレンジに対応出来る技量や、こちらの意図を汲んでくれる性格なら問題ないだろう。

……ただシャルルと組む場合、ちょっと別の問題が発生することになる。

 

「……わかった、ラウラの件は、確かに千冬姉がどうこうじゃなくて、俺があいつに認めてもらうしかないのかもしれないな。気は乗らないけどやってみるよ」

 

「なんだ、セシリアの時みたいにあいつの情報をせびらないのか?」

 

「やっても無駄なのわかってるからな。全く、薄情な姉貴だよ……でさ、千冬姉。それはそうと、もう一つ、相談があるんだが」

 

「なんだ?」

 

その問題とは、

 

「ええとだな、シャルルのことなんだが……」

 

俺は、本当のあいつを知らない、ということだ。

 

 

――――――――・・・・

 

 

「今なんて言った?」

 

二日ほど前のこと。

例によって、朝早く寮を抜け出し、林での鍛錬を終えてからの帰り道、不意に白煉が声をかけてきた。

周りに人が居なければ、暇なのかこいつは割りとよく喋る。なので特に特別なことではなく驚くようなことでもなかったのだが、今回はその内容があまりにも思いがけないものだったので反応が遅れた。

 

『マスターと現在共同生活している、個人名『シャルル・デュノア』を信用しないでください、と言いました』

 

白煉の返事は相変わらず淡々としている。

自分がおかしな事を言った自覚がないようだ。

 

「……どういうことだ?」

 

ここ数日間、あいつとは一緒に過ごしてきたが、特におかしなことをするわけでもなく、何を話しても分かる範囲で合わせてくれる非常に出来た奴だと言う認識しかない。少なくとも、マイナスの心象を持つことは今の段階ではなかった。

そんな奴を信用するなと言われても、普通はすぐにはいそうですかとは納得できない。

だが、直後に白煉が続けた言葉で、俺は心底背筋が冷えた。

 

『あの転校生達の件ですが、マスターに依頼された後も気になる点がありましたので独自に調査していたのです。その一つが、フランスの電子上の戸籍を調査したところ、意図的に改竄された後があったことなのですが……改竄前のデータを入手したところ、判明したことがあります。仏代表候補生の『シャルル・デュノア』という個人名は、少なくともフランスの戸籍上には存在しません』

 

「……はぁ? なんだよそれ……じゃあ今俺と一緒に寮暮らししてるあいつは一体何者なんだよ!」

 

『それは現在追って調査中です。既に当たりはつけてあるのですが、確証が掴めません。もうしばらくお待ちください』

 

「……く!」

 

思わず唇を噛む。

にわかには信じようがない。

出会ってからそれほど経ってはいないが、それでも色々なことを話した。

男にとっては肩身の狭いこの学校の愚痴を言い合ったりもしたし、鈴から借りた漫画を読んで、明らかにお涙頂戴的な展開に男の癖にボロボロ涙を流して泣き、物凄くお互いに気まずくなった時もあった。

 

……そんな奴が俺を、ひいてはこの学園を騙してるっていうのか?

 

『彼については他にも気になる点があります。少なくともマスターと同室になって以降、マスターに気づかれないよう毎日外部と通信を行っています。内容は今のところマスターの人柄や白式の公開されているスペック程度の情報なので放置していましたが、今後マスターが彼と親交を深めれば今以上の情報が外部に漏れる可能性があります……尤もその場合、私の方で然るべき対応を行いますのでマスターは安心してくださって結構ですが』

 

「な、待て、お前何をするつもりだ」

 

『それをマスターが知る必要はないかと。彼がこれ以上動かなければこちらも何もする気はありませんし、残念ながら行動を起こしたところで困るのはマスターではありませんから』

 

白煉の声はあくまで冷淡だ。AIとは思えないくらい癖のある性格をしているこいつだが、人間関係に関しては相変わらずだ。

というより、最近話している感じでは俺や箒と言った一部の人間以外、そもそも人を『人』として見ていないのではないかと思うこともある……俺の考えすぎであって欲しいが。

 

「そうか、わかった。なら、改めて言っておく。シャルルの件に関して、俺の許可なく勝手な真似をするな」

 

だから一応、釘を刺しておく。

白煉の言っていることはわかる。こいつは意味のない嘘をつく奴ではないし、間違った情報を掴まされる様な間抜けでもない。

だが……やはり、俺の中ではシャルルを信じたい気持がある。

 

『……何かあってからでは遅いのです、マスター。マスターをお守りすることが私の目的であり、義務であり、存在理由でもあります。『シャルル・デュノア』の人柄がどうであれ、彼はマスターに身分を偽って近づき、その事で得た情報を、取るに足らないものとはいえ外部に流しました。既に私は彼を明確な『敵』として認識しています』

 

「……白煉!」

 

『僭越ながらマスター、一つ忠告しておきます。『また』、繰り返す気ですか?』

 

「……っ!!」

 

なんで知ってる、という言葉は出てこなかった。それ程に、俺はその言葉で動揺した。

 

『……――――。』

 

いつもの、あのとても穏やかな顔で告げられた、その言葉。

なんでもないことのように告げられて、俺をどうしようもないくらい打ちのめした、あの言葉を思い出したから。

 

「お、俺は……」

 

『……失礼しました、マスター。ですがその反応は、私にとって大変価値のあるものだと判断します。お陰で自らのすべき事に確信が持てました。……個人名『シャルル・デュノア』は、私が排除すべき『敵』です』

 

「……っ! 待て、白煉!」

 

最後の言葉に酷く冷たい響きを残して、スマフォの電源が落ちる。

無駄だと分かりつつも呼びかけるが、反応はない。俺の手の中にある白いスマフォは、ただの電話に戻ってしまった。

 

「なんだよ……こう、次から次へと」

 

思わず呟く。

色々あったが、ようやく軌道に乗り始めたと思った学園生活。

だが周囲の環境は、まだ俺に平穏にそれを過ごすことを許してくれないらしい。

ったく、ラウラのことだけでも頭が痛いってのに……まさかシャルルまで何かキナ臭い火種を持ってくるとは、流石に予想外だ。

白煉だってどう動くか分からない。経験上釘を刺した以上向こうの判断で勝手に動くような奴ではないのは分かっているが、今回あいつは何時になく剣呑な雰囲気を醸し出していた。あくまでISのAIで実体を持たないあいつがシャルルに対してどのような手段に打って出るかはわからないが、少なくともシャルルにとって碌な結果にならないことをやらかすのは間違いない。

 

箒や鈴の時とは違う。シャルルもラウラも、結局は他人だ。

俺はあいつらのことを殆ど知らないし、なにか問題を抱えているにしても態々関わってやる義理もない。

……ないのだが、それで済ますことが出来ないのが、我ながら苦労性だよなぁと思う所以である。

特にシャルルに関しては、もう無関係とシラをきる訳にもいかない状況になりつつあるわけで。

 

「……とはいえ、俺一人でどうこうできる問題じゃないよな、これ」

 

とはいえ、何もかも知らないまま事態の収拾を図れるほど、残念ながら俺は有能ではない。

俺よりも情報が入ってきて、尚且つ力のある立場の味方が要る。そう考えると、候補は自ずと一人しか思いつかなかった。

 

「千冬姉、か」

 

 

――――――――・・・・

 

 

……まぁ、こんな感じで、この二人のことは千冬姉に相談する方針でいくのは前から決まっていたことだった。

尤も嫌な顔されるのはわかっていたので、あまり乗り気ではなかった。今回のラウラの件は、ある意味ではいい区切りというかきっかけになった……いやまぁ、良くはないけどな。

 

そして千冬姉は案の定、シャルルの話を聞くと、いかにも面倒ごとを私に押し付けやがって、と言外に言いたそうに盛大に溜息を吐いた。わかっていた反応だが、おい教師と言いたい。

 

「……悪いが、デュノアの件は私にもわからん。あの二人の転校の状況は少し特殊でな、本国から殆ど学園側に詳細な情報が流れてきていないので、私の方でも何かあると疑ってはいたのだが……確かに、この件はお前一人では手に余る。私の方でも調べてみよう」

 

ただ、反応と裏腹に言葉の方は実に頼もしかった。

しかし、それはそれで一つ気になることが。

 

「……シャルルはどうなる?」

 

「叩いてどれだけ埃がでるかにもよるが……一応、お前が私に相談した意図は汲んでいるつもりだ。悪いようにはせんさ」

 

フフンと鼻を鳴らしながら、見透かしたようにそんなことを言う千冬姉。

へいへい、やっぱお見通しか。だけど、それでこそ我が姉ですとも。

 

「……頼んだ。俺にも、出来ることがあるならやる」

 

「お前は下手に動くな。シャルルの件に関しては、私に一任しろ……強いて言うなら、白煉の動向に気をつけろ。奴の言葉ではないが、私は奴の方こそ信用できない。今回の件に関するあいつの出方によっては、お前を『白式』から降ろすことも検討している」

 

「なっ、確かにちょっと極端なところはあるけど、そこまですることじゃないだろ。今回の件だってあいつは俺のために……」

 

「……『お前』のため、だろうな、確かに。束の造ったものだ、お前を害するような真似はしない点に関しては信用している。だが……」

 

千冬姉はそこまで言いかけると、急に苦虫を噛み潰したような顔で言い淀んだ。

 

「……?」

 

「……いや、なんでもない。兎に角、お前は今はラウラと戦うことだけに集中していればそれでいい。……さぁ、もうすぐ寮の門限だ。早く行け」

 

千冬姉の様子は気にはなったが、確かにもう結構な時間だ。いくら弟とはいえ、寮監が生徒と話していて結果的に規則を破らせるなど、この人からすれば言語道断だろう。俺は大人しく従うことにする。

 

「了解。じゃ、頼みましたよ、『織斑先生』」

 

「言われなくとも任されてやる。余計な心配をして学業を疎かにするなよ、『織斑』」

 

部屋を出れば生徒と先生だ、俺はきちっと公私を使い分けた自分に満足すると、寮を目指して歩き出した。

……そんなことをしている間に、既に状況は動いていることも知らずに。

 

 





色々と燻りだす回。
我ながら不完全燃焼な感はあります、纏めるの下手で申し訳ないです。次回から二回位に分けてシャルロットの話になる予定です。

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