「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。日本に来たばかりでまだ不慣れなことも
多いかと思いますが、皆さん宜しくお願いします」
「…………」
……そして、俺が転校生の話を聞いてからおよそ一週間後のこと。
うんにゃ、まさか二人して同じクラスになるなんて思っても見なかった……なんて今更白々しいか。
俺にはソースとなる情報さえあれば、ちょいと声をかけるだけであっという間に色々調べ上げてくれる頼もしい相棒がいる。そいつのお陰で、実はもう既にこうなることはわかってはいたのだが。
…………。
クラスを覆う沈黙。
皆の視線は、当然先に丁寧に挨拶をした金髪の生徒。
俺と同じ「男子用の制服」に身を包んだ、中性的な顔立ちの「少年」だ。
当然、この沈黙が嵐の前の静けさであることを事前に察知していた俺は、何も言わずに両手の人差し指を耳に突っ込み、箒も数秒遅れてそれに続く。セシリアはそんな俺達を不思議そうに見ている。
馬鹿、お前ここはな……
「きゃああああああああああ――っ!」
しかしそんなセシリアに忠告する間もなくクラスに響き渡る悲鳴、いや怒号。
その耳栓をしていても尚聞こえる大音量の直撃を受けたセシリアは、目を回して机に突っ伏してしまう。
「男子!二人目の男子!」
「それも守ってあげたくなるタイプの美少年!」
「い、いいわ!千冬様似でクールな織斑君とは違う路線だけど全然アリだわ!」
俄然盛り上がるクラスメイト一同。全く君らときたら。
つーか騒ぎの中こっそりやってればバレないと思ってるんだろうが聞こえてるぞ、攻めだの受けだの言うのやめろ、俺は断固ノーマルだ!
……しかし、『男』か。これは予想の斜め上だった、事前の情報じゃうちのクラスにくるって事ぐらいしかわからなかったからな。しかしこれで俺の世界唯一の存在なんて身に余る称号も消え、しかも片割れがこれ程の美形なら俺にかかる火の粉も大分弱まるだろう。第一印象もいい感じだ、個人的には大いに歓迎したい。
オホン。
そんな千冬姉の思い出したかのような咳一つでまた静まり返る教室。
流石一組恐怖政治で押さえつけられてるだけあって他のクラスとは練度が違うぜ。何せ黙らなければ物理的に黙らざるを得なくなる状態にされるからな。
「…………」
そして何名かの関心が、腕を組んで沈黙を続ける二人目の転校生に移る。
しかし視線を注がれても、その若干小柄で左目に黒い眼帯をつけ、隣の転校生とは対照的な銀髪を持つ女生徒は目を閉じたまま微動だにしない。
緊張している、といった感じではない。むしろ、今こうしてここに立っていること自体が不本意極まりないとでも言いたげに、不機嫌なオーラを全身から発露している。
「挨拶をしろ、ボーデヴィッヒ」
「はい、教官」
千冬姉に促された途端、綺麗に足を揃えて千冬姉に向き直り敬礼する女生徒。
一連の行動に一切の無駄が無い、普段からやっている動作なのだろう。少なくとも堅気の人間には見えない。
「ここでは『教官』ではない。仮にも軍人なら規律には従え」
「はっ!了解しました、『先生』!」
と、思ったところで、千冬姉が答えを出してくれた。やはり、本職の軍人のようだ。
千冬姉と面識があるということは、去年千冬姉がドイツのIS部隊の指導に当たっていた頃に知り合った生徒なんだろうか。
そういえば、一人俺に似て手のかかる奴がいると電話で話してくれたことがあったっけ。
……その後についカチンときて俺にも手のかかる姉がいるんだ、と余計なことを口にして電話越しに説教されたのがトラウマになって忘れかけていたが。
しかしここの所ずっと『競技としてのIS』に触れ続けていたせいで意識していなかったが、こうしてその筋の人が転校してくると改めてISが『兵器』なんだということを認識させられる。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
…………。
「……えっと。あの、以上ですか?」
「以上だ」
シャルルの時と違い、露骨に盛り下がる教室の空気に慌てる山田先生と、これ見よがしに溜息を吐く千冬姉。また面倒ごとが増えたといった様子だ、気持はわからないでもないが生徒の前ではもう少し位そういう感情は隠そうぜ千冬姉。
「……貴様は」
「っ!」
突如どこからか漏れた声に、ゾクリと体が反応する。
明確な『敵意』を向けられた。そう気がついたときには、銀色の髪をなびかせた白い影が目前に迫っていた。
「一夏!」
『敵意』を同じく察知した箒が席から立ち上がる。
パシッ!
こちらの頬を張ろうとした銀髪の転校生の腕を、直前でキャッチする。
小柄なのもあり驚くくらい俊敏だ、もう少し気がつくのが遅かったら普通に喰らっていただろう。
「おい、これから宜しくくらい言ったらどうだ。それとも、お前の国じゃ初対面の人間の顔を張り倒すのが挨拶になるのか?」
「……黙れ」
こちらが掴んだ手を乱暴に振りほどく転校生。その目には相変わらずこちらに対する明確な敵意がある。
「『織斑一夏』。私は貴様を認めない。貴様の存在が、教官を貶めた」
「…………」
そして直後に発せられた言葉から、俺は敵意を向けられる理由を理解する。
同時に、過去に向けられた似たような言葉が頭の中によぎった。
『あんな奴いなければ良かったのに』
『おい見ろよ、世界最強のアキレス腱がのうのうと歩いてるぜ』
『あんな立派なお姉さんが居るくせに。恥ずかしくないのかしら』
昔だったらムキになって反論しただろう。
今はそうかもしれない、でもいつか絶対見返してやると。
「そーかい。別にそれでいいぜ。お前に認められるかどうかなんて、俺にとっちゃ些細なことでしかない」
でも、今は違う。
千冬姉が、俺の誇りなのは変わらない。けれど、同じ道を歩くことはもう出来ない。
追いかけるのを諦めた以上、もうお荷物や邪魔者扱いに憤る資格さえ今の俺にはありはしない。
「……貴様!」
俺の返しが勘に障ったのか、再び腕を振り上げるラウラ。
だがそれは、再び振り下ろされる前に阻まれる。
「箒……」
「貴様……邪魔をするな」
箒が俺の前に立ち塞がっていた。
ラウラの強い視線に怯むことなく負けじと睨み返している。
「それは出来ん相談だ。こいつは私の友人だ、これ以上いわれの無い暴力を振るうつもりなら私を通して貰う」
「ボーデヴィッヒ、誰が行動していいと許可を出した? すぐに戻れ」
「くっ……」
流石に千冬姉の言葉には逆らえないのか、忌々しげに俺と箒を睨んで去っていくラウラ。
一組の面々ともう一人の転校生は面食らったように呆然と一連の出来事を眺めていた。
……こいつはまた、変なのがやってきたもんだね、ホント。
「転校生の紹介は以上だ。仲良くするように……すぐに授業が始まる、二人は空いている席に着席しろ。ボーデヴィッヒは放課後寮長室に来るように。編入して早々集団行動の和を乱した件に関して罰則を与える」
「はい」
「了解しました」
千冬姉に促され、俺が昨日用意した椅子に着席する転校生二人。
……千冬姉め、身内だからっていいように雑用を押し付けやがって。
すぐ右隣に席があるシャルルと目が合う。
俺の視線に気がついたシャルルは、何も言わずに穏やかな微笑を返してくる。くっ、なんだ、イケメン力がすごい。
俺の左隣に座ってる谷本さんなんて、目が合ったわけでもないのに顔を赤くしている。フランスってのは、男でもこんな美形を輩出する国なのか、実に末恐ろしい。
そしてあんなことがあった直後でついスルーしたが、ラウラも代表候補生だけあって相当レベルが高い。
ただ、そうでなくても初期セシリア並の周囲を気まずくさせる雰囲気を纏っていることが、本物の銀を溶かし込んだような綺麗な銀髪と人形のように整った顔に冷たい印象を与えてしまっている。近くの席になった生徒達も同じ印象を持ったのか顔が引き攣っている。
「では、山田先生。宜しくお願いします」
「は、はい」
後のことを山田先生に任せ、扉から出て行く千冬姉。
それを見届けた一組の特に自由な連中の瞳がキラーンと光る。
馬鹿だなぁ、あのわかりやすい剣の様な千冬姉の気配も手繰れない癖に迂闊な行動に出るとは……
「シャ……」
ガラッ
突然後ろの扉が開き、立ち上げってシャルルに近づこうとした生徒達がカチーンと硬直した。
「……集団行動の和を乱すものには罰を。どうやら貴様らは先程のボーデヴィッヒの件から何ら学ぶことの出来ない愚か者だったようだ。今着席していない連中もボーデヴィッヒ同様放課後私のところにくるように」
私刑宣告だけを言い残し今度こそ教室から立ち去る千冬姉。
同時に立ち上がったクラスメイト達がこの世の終わりのような表情でその場に崩れ落ちた。
そんな様子を目を丸くして見ているシャルルと、いかにもくだらないといった様子で見向きもしないラウラ。
「ごめんな、変なクラスで」
取り敢えず近くにいるシャルルにそっとそんな声をかける。
転校生にかける第一声としてはあまりに情けなかった。
「織斑」
その日の午後のSHR後。授業は野外での実技演習を残すのみとなり、さて移動するかと立ち上がりかけたところで何処からとも無く現れた千冬姉に声をかけられた。
「デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」
そう言ってシャルルを親指で指す千冬姉。
見れば先程までクラスの大半の面子に囲まれ目を白黒させていたシャルルが、流石に移動を始めないと不味いということでいかにももの惜しそうに離れていくクラスメイト達を所在無げに見送っている。
「了解です。見返りは?」
「お前は身内の頼みに見返りを要求するのか」
「うっわ、ずりー。こういう時だけ身内持ち出すの卑怯でしょう」
「ふ、知らなかったなら覚えておけ。姉弟とは大体そんなものだ」
と、不敵に笑いながら授業に向かう千冬姉。やっぱお姉さまには敵いませぬ。
ま、どの道放っておくつもりはなかったけどさ。
「ほら、俺達も移動するぞ。次の授業の担任は織斑先生だ、遅刻したらおっかない罰則が待ってるぞ」
「う、うん」
シャルルを促し席を立つ。つっても男の着替えなんて女に比べれば大して時間がかかるものでもないので、そんなに急ぐ必要もないのだが……
「ん、着替え?」
自分で言っておいて更衣室の場所がわからないことを思い出す。
基本ISは展開に専用のスーツを纏う必要があり、実技の際には着替える必要があるが、俺の場合スーツを着用しないほうが高い適性が出ることがわかっているため、更衣室にお世話になったことが無い。流石に制服のままでは動き辛いのでジャージに位は着替えるが、今まで女子達が移動するのを待ってパッと済ませてしまっていた。
「なぁ、デュノアってやっぱりISスーツって着てるのか」
「? それはそうだよ。確かにスーツなしでも展開自体はできるけど、SEの効率が良くないからね」
やっぱそうか。
俺のこのISに関する特異体質は、『男』だからではなく、あくまでも『俺』だからであるらしい。
……と、シャルルが怪訝そうに見てきている。そうだな、いい加減移動しないとな。
ポケットからスマフォを取り出し、『IS学園 男子更衣室』とタブレットを操作しメモに書き込む。
『…………』
直後、俺にしか聞こえないくらいの音量の溜息がスマフォから響いた後、学園の全体図と目的地の場所とルートが表示される。
「よし! じゃあ行こう。案内する」
「ありがとう、織斑君……あと、お願いなんだけど僕のことは名前で呼んでくれるかな」
「別にいいけど……どうしたんだ、いきなり」
「その……あんまり好きじゃないんだ」
そっか、まぁ嫌なら無理に呼ぶようなことでも……って、そういえばデュノアって何処かで聞いたことのある名前だと思ったけど。
「なあ、デュノアって、もしかしてあの『デュノア』か?」
「……! うん、そうだよ。多分フランスじゃ一番大きいISの関連企業。社長が僕のお父さんなんだ」
「ふ~ん、じゃあいいところの出なんだな」
道理でちょっとした仕草とか立ち振る舞いに気品を感じるわけだ。こういうのってやっぱ生まれなんだな。大体、国家の代表候補生ならそれ位の後ろ盾はあっても不思議じゃない。
「いいところ、ね」
む、特にやっかんだつもりはなかったのだが、そう受け取られたのだろうか、少し暗い表情をするシャルル。
まぁ、身内が有名だと苦労するというのは俺も嫌というくらいよくわかる、こいつも今までかなり苦労してきたのだろう。
「わかった『シャルル』、これから宜しくな。俺の方も『一夏』でいいぜ、なんせうちの担任も『織斑』だ、織斑じゃややこしい」
呼び方を改め、手を差し出す。シャルルはにっこりと笑って俺の手を握り返してきた。その男とは思えない程細く綺麗な指に思わず戸惑う。
「うん、こちらこそ宜しく『一夏』。そういえば、織斑先生って一夏のお姉さんなんだっけ」
「ま、有名だもんな千冬姉は。あのブリュンヒルデの弟がこんなイモ男で驚いたかい?」
「そ、そんなこと言ってないじゃないか!」
「ははは、冗談だって」
「もう……」
……と、そんな感じで軽い話をしながら移動を始めたまでは良かったのだが。
「待って~シャルル君!ちょっとだけお姉さんと話を~」
「び、美少年! 美少年が出たわ!」
「織斑君も一緒よ! なんとしても確保しなさい!」
もうやだこの学校。
どうして更衣室に移動するだけで大捕物宜しく校内を逃げ回らなければならないのか。
「ね、ねぇ一夏? あの人達はどうして僕等を追ってくるのかな?」
「お前は知らないほうがいい。ただ一つ言えるのは、捕まったら命は無いということだ。主に遅刻の制裁的な意味で」
走りながらスマフォをチェックする。駄目だ、男子更衣室の前は『enemy』の表示で真っ赤になっている、どこから情報が漏れたのか知らんが目的地を押さえられちまった。
「あはは、飛んで火に入る夏の虫!」
「うふふ、観念しなさい。優しくしてあげるから!」
しかも今走っている廊下の前方にも敵影が。挟撃か、実に面倒だ。
くそ、かくなるうえは
「シャルル! 目的地を変える。俺もお前も男だ、別に人目がなければ着替える場所はどこだっていいだろ?」
「え、ええ?!」
と、シャルルの返事を待たずすぐ近くの窓を右手で開け放ち、左手で荷物のようにシャルルの脇を抱える。
「ちょ、ちょっと一夏?!」
突然のことに戸惑いながら抵抗してくるシャルル。
……む、しかし軽いなこいつ。ちゃんと食うもの食ってるんだろうか、だがこの際今は丁度いい。
「しまった! 窓ですって!」
「逃がすかー!」
悪鬼の如く迫ってくる同学年や先輩方の魔手をすり抜け、俺は空けた窓からシャルルを抱えてダイブした。
「ひゃ、ひゃああぁぁぁ!」
いきなり全身を襲う浮遊感に情けない悲鳴をあげるシャルル。
しかしそれも一瞬、ドン、と鈍い音と相応の衝撃を伴い、俺は校舎近くの芝生の上に着地する。
上を見渡せば、先程俺が跳んだ窓から白い手が何本も空中を弄る様に蠢いている。うわ、怖。
本当に危ないところだった。
「悪いシャルル。だけど緊急事態だった、体のほうは問題ないか?」
「う、うん……なん、とか」
シャルルは言葉とは裏腹に腰が引けている。
まぁ社長子息なら育ち良かったんだろうし、2階の窓からダイブなんて経験は恐らく無かったんだろう、そう考えると中学時代の俺が悪ガキだったように思えてくるから不思議なものだ。尤もあの頃の友達に比べれば間違いなく大人しかった部類である自信はあるのだが。
「一夏こそ大丈夫? 2階から人一人抱えて飛び降りるなんて」
「一応それなりに鍛えてるからな。っと、早く移動するぞ。あいつら、どうせ直ぐに追ってくるぞ」
「え、うん、そうだね」
引き続きスマフォの画面に注意を払いつつ、再びシャルルの腕を引いて走り出す。
実に無駄な時間を使った、とっとと着替えられる場所を見つけないと本当に洒落にならない。
あのいきなり殴りかかってきたラウラはともかく、何もしていないシャルルが俺のせいで初日から千冬姉の制裁をうけるのは流石に目覚めが悪い。
「ったく。これからしばらくずっとこんな調子なのかよ……」
シャルルには聞こえない位の声で一人嘯く。
中学時代に夢見た、安定した高校生活を送れるようになるのは、まだまだ先になりそうだ。
家のワンサマはホントラッキースケベと縁がないよなぁとシャルル編の構想を練りながら思う今日この頃です。まぁきっとLuck値が低いんです、これからもっと不幸な目にあって貰う予定ですから(ゲス顔)。シャルルはちょっと扱いの難しいキャラですね、一応オチは既に考えてあるんですがそこまでなんとか走っていけたらなと思います。