IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第十五話~みんなでお見舞い~

 

 

「はぁ……」

 

「はぁ……」

 

箒と鈴のクラス代表戦と、謎のISの乱入から一週間後。

あの空中分離型砲撃ロボがバ火力の砲撃をバカスカ撃ちまくったお陰で第アリーナは半壊、急ピッチで修理が行われているものの、このような状況でトーナメントの続行は不可能との判断が学校によって下され、『クラス代表トーナメント』は、敢え無くお流れという運びになった。

 

そんな決定が下され早三日、一組の専用機持ちである二人、セシリアとこの俺織斑一夏は、ユニゾンして一組に暗黒時空を形成していた。

最初の方こそ一組の面々が互い違いにやってきて励ましてくれたのだが、今となってはもう手がつけられないと判断したのか、遠巻きに眺めているだけだ。

 

特に、セシリアの傷は深い。

あの灰色のIS騒動の際、俺達の援護として現れたのは、やはり完全なる命令違反だったのである。

ただ、世界初のレアケースである俺に対して貸しを作ったということで、セシリアの首は皮一枚のところで繋がった。ただし、千冬姉の度重なる説教によって精神に多大な負荷を負わされた挙句、次の大きなイベントでの出場停止を言い渡された。

校内で執り行われるISのイベントは、校内だけでなく多くの業界関係者が駆けつけ、ISやその搭乗者の査定を行う品評会としての側面もある。それに国を代表する企業が威信をかけて作成した専用機を引っさげた代表候補生が出れない、という事態は、そのままその国の面目を潰す事に繋がる。

 

同じく代表候補生である鈴にも同じ処置が言い渡されたものの、あいつにとっては代表候補生の立場は強くなるための手段に過ぎないため、この決定にも飄々としていたが、自分の故国に誇りを持っているセシリアにとってこの決定は非常に重いものだろう。ついでに言えば、鈴はむしろ例の謎のISとの戦闘データを本国に渡したことで、本国からは完全に今回の命令違反によるペナルティも大目に見られ、報酬さえ出るのだという。本当、昔からこういうところは地味にちゃっかりしてる奴だ。一方セシリアはあのISの異様さに完全に飲まれ、碌にデータを取れていなかった。

こういう要領の悪さは俺個人としては好感が持てるが、国はそれでは納得しなかろう。

 

「……わたくし、あの時の決断を早くも後悔しそうですわ」

 

うぐっ、そんな聞こえよがしに言うんじゃない。大体、お前助けに来たときは結構ノリノリだったろうが。

……と、セシリアは大体こんな感じだ。

 

で、俺の方は何かというと、やはり連日による千冬姉の説教による精神的疲労である。

俺の方はむしろ一方的に狙われた被害者に該当し、判断もそこまで間違ったものであるとは思っていないのでそこまで責められる謂れはないはずなのだが、如何せん身内である。人の許可も取らずに勝手に灰色のISと交戦したと、千冬姉の意見は厳しい。許可云々言うならもっと早く救援を寄越してくれりゃあ良かったのにとは思ったが、あの時あの灰色のISは当時学園にあったIS格納庫の電子ロックの扉をロックするという工作をご丁寧にもやらかしていたらしく、そのため教師陣はすぐに駆けつけることが出来なかったらしいということを、俺は山田先生に聞いていた。

 

『ごめんなさい、織斑さん。私達が至らないばかりに……』

 

そんな風に涙目で何度も謝られてしまっては、こっちとしても許すしかない。俺は文句の一つも言わず、千冬姉による一週間放課後耐久説教を甘んじて受けた。

……それにしても初日の説教は特に堪えた、下手をすれば死んでいたと何回も震える声で言われた。

……俺は、またこの人に心配をかけてしまった。

 

「……はぁ」

 

幸せが逃げるぞ、と言われそうだが、溜息をつかずにはいられなかった。

真っ先にそう声をかけてきそうな箒は、現在全治二週間の怪我を負い入院中だ。

それも原因はあのいかにも危険そうな灰色のISとの戦闘ではなく直前の鈴との試合によるものというのが何とも間抜けな話ではある、今頃本人もそうぼやいているかもしれない。

しかし、改めて考えてみると、あの人が何をしたかったのかは未だに分からないままだが、なんだかんだであの人の思い通りになったんじゃないかという気がしてくる。今回の件は物損こそそこそこだが、それだけの事態だったにも拘らずそれによる負傷者は一人たりともいない。それは、昔から一貫しているあの人のスタンスではなかったか。

 

「くそ、束さんめ。大体アンタのせいだろう、最後のほうなんて殆ど八つ当たりだったぞ」

 

無論、千冬姉もその辺に気がつかなかった筈がない。

千冬姉は、灰色のIS襲撃の時点で束さんの仕業と勘ぐり、収束のしばらく後で連絡を入れたらしい。

しかし電話は何故か千冬姉曰く「なにやらいかがわしいところ」に自動で転送され、繋がった先の相手に「いかがわしい」言葉を連呼され理性を失った千冬姉は、寮長室の電話を木っ端微塵にしただけでは飽き足らず、目に映るものをデストロイヤー顔負けの暴れっぷりで片っ端から破壊しまくったらしい。あの事件後に寮長室に呼び出されたときの部屋の惨状は、今も網膜に焼き付いて離れない。

そんな経緯があり束さんとは未だに連絡がとれていないらしい。お陰で最近の俺への千冬姉の説教は半ば束さんへの鬱憤をぶちまけるただの愚痴と化している。俺は千冬姉のカウンセラーじゃないんだが。しかし束さん、見事に火に油を注いだぞ。この調子では次に千冬姉と束さんの電話が繋がった日が束さんの命日になりそうな感じだ。いい気味である。

 

「白煉も、最近めっきり話さなくなったしな……」

 

呟いて白いスマフォを見る。

束さんに今回のことを確認すると約束してから、スマフォの画面はいつ見ても『待機中』になっており、話しかけても返事が返ってこなかった。

普通に考えれば確認をとりにいっていると考えるのが自然だが、そもそも人でないこいつとのコミュニケーションはハイパーセンサーを通せば一瞬で終わる。

こんなに時間がかかることは本来であれば逆に考えられない、何かトラブルがあったのかもしれない。

 

「はぁ」

 

そんなわけで、色々心配ごとも尽きず、最近の俺はずっとこんな感じなのである。今日もいつも通り、机に蹲って意気消沈していると、

 

「うだー! 臭い! 辛気臭い! 癒子、窓開けて窓、このままじゃ湿度が高すぎて窒息しちゃう!」

 

「リンリン!」

 

「おお、救世主が!」

 

「待ってたリンリン!」

 

「リンリン言うなー! あたしはパンダか!」

 

喧しいのがやってきた。今となっては一組の常連でクラスの連中とも全員顔見知りの鈴だ。これで二組のほうもしっかり纏めてるっていうんだから信じられない、うちのクラス代表とはどこでこんなに差がついてしまったのか、って痛て、やめろセシリア、消しゴムを投げるな。

わかってるよ、お前もしっかりやってるって、今俺と一緒に生ける屍になってることを度外視すれば。

 

「あんたらねぇ、いつまでそうやってネガティブキャンペーンしてれば気が済むのよ!終わったことでいつまでクヨクヨしてたって何も始まらないわ。いい加減しっかりしなさいよ!」

 

「お前、どうしてあの千冬姉の説教喰らってそんな元気なんだよ……」

 

「当然でしょ、あの女の言うことなんてあたしには痛くも痒くもないもの。結果がよければいいじゃない、あの女の言うとおりにしてたら絶対に助かったなんて保障はないし、あたしに言わせればあんた達が怒られる理由なんてなんもないのにあいつが好き勝手に難癖つけてるだけよ」

 

……そうだった、こいつと千冬姉の関係についてもまだなんの解決策の見つかってないままだ、こんなことがあってすっかり忘れていたが、今度こそなんとか機会を見つけて千冬姉から話を聞かねばなるまい。

だが、今は目の前のこいつをなんとかすることが先決だ。

 

「で、何しにきたんだ、お前」

 

「なにもかかしもないわ。箒のお見舞いに行こうかなって思ってあんた達を誘いに来たのよ」

 

「言われなくても俺は毎日行ってるぞ。今日もこの後いくつもりだったし」

 

「あんたはいつも一人でいってるじゃない。そういうんじゃなくて、クラスでお見舞いに行ってみたらどうって話……ったく、こんなの他のクラスのあたしが言うようなことじゃないでしょ」

 

言われてクラス代表のセシリアの頬が赤くなる。そうだよな、お前自分のことで精一杯でそれどころじゃなかったもんな、別に箒はお前のこと責めてないぜ。

 

「あ、そういうことなら行きたいかも」

 

「あたしもあたしも」

 

「篠ノ之さんって何持ってけば喜ぶかな、やっぱ果物が定番?」

 

クラスメイトの大部分から肯定的な意見があがる。

これは驚いたことなのだが、あの鈴との試合の後一年の間で箒はちょっとしたヒーローになっていた。

何せ、途中で水を差されたとはいえ代表候補相手にあそこまで肉薄したのだ。このIS学園は、結局のところ大手とコネのある人間がどうしても専用機等の面で優遇される。代表候補生なんかはその良い例で、今回のクラス代表戦なんかも、どうしてもそういった連中の間での出来レースになりがちで一般枠の生徒達はいつも蚊帳の外に置かれてしまうという。そんな中で訓練機で専用機相手に健闘して見せた箒の戦いは、IS学園に入学して早くも自分は芽が出ないかも、と諦め始めていた娘達に希望を与えたらしい。

 

降って湧いたような、千載一遇のチャンス。

だが俺は、それを活かす話を持ってきた鈴に大いに驚いていた。

 

「何のつもりだ、鈴」

 

「別に。ただ、あんたの話に乗ることにした。それだけだけど?」

 

なにか都合でも悪いの?とでも言いたげな鈴。いや、そんなことはないのだが……むしろあまりに思惑通り過ぎて空恐ろしいというか。

そういえば、この間どういう風の吹き回しか箒の見舞いに行ってたらしな。一体どうなったかと心配して駆けつけたが、その日俺が訪れた際の箒は、何故か俺の顔を見ようとしなかったがそれ以外特に変わった様子もなく、学園に戻ってから会った鈴は妙に上機嫌だったのを覚えている。

……どういう訳か箒の入院期間が延びていたことは多少気にはなったが、この二人の不仲は、どこか俺の与り知らないところで改善されたようだ。

 

「女の子ってのは、わからんもんだなぁ……」

 

俺の元から離れていって、流石に行きたい人が多すぎるからということで代表者を募る鈴を見ながら、俺はそんなことを呟いた。

同時に、クラス代表はわたくしですのに、とハンカチを噛み締めながら鈴が一組を纏めているのを眺めているセシリアを、俺は必死で見えない振りをした。

 

 

 

 

「全く、毎日来なくてもいいと言っているだろう。今のお前に、他人を心配している余裕などあるのか。白煉もまだ帰ってきていないのだろう?」

 

……開口一番がこれだ、ホント、心配しがいがないというか、可愛げのない幼馴染である。

 

「そういこと言わないの。心配して貰える奴がいるだけ在り難いと思いなさい……ところで白煉って誰?」

 

「お前が中国帰ってから少し遊んでたネトゲ友達のハンドルネームだ。リアルで何やってるのか知らんが、やたらIS関連の知識に強くてな、今もメールでたまに勉強の相談に乗って貰ったりしてる」

 

「ふ~ん、あんたそういうのやってたんだ、ちょっと意外」

 

「肌に合わなくてすぐやめたけどな、もうアカウントも残ってない」

 

鈴の質問に、やはり適当な嘘をでっちあげ誤魔化す俺。そしてそんな俺を半眼で見てくる箒。

う、いや、確かにこんなノータイムで嘘を吐けるようになった今の俺は確かに自分でもどうかな、と思うときはあるが、今回はうっかり口を滑らせたお前に責任があるんだからな。

 

「しかもこんな大勢で押しかけて来て……担当の看護師の方が目を剥いていたぞ」

 

「まぁ、そうだろうなぁ……」

 

あの後、鈴が苦労して一組から何名か代表を選出したが、その甲斐なくどこから聞きつけたのか他のクラスの連中が箒の見舞いに同伴すると駆けつけ、結局大所帯になってしまったのだ。

 

「っていうかさ、なんで2組の連中まで来てんのよ……どっちの味方よ、あんたら」

 

心底呆れ果てたといった感じの鈴に、てへへと笑い返す2組の面々。2組も1組に負けず劣らず濃い面々が揃っているな、お前も苦労してるんだな、鈴。

尤も言いだしっぺのお前が言えた事じゃない気もするがな。

 

「し、篠ノ之さん! 代表戦、格好良かったです! 専用機なんてなくたって、私も篠ノ之さんみたいに強くなれますか?」

 

「あ、こら、抜け駆けすんな!」

 

「これ、暇してるかなーって思って持ってきたんだ。良かったら読んでみて」

 

「やっほー、元気にしてたかなー、しののん」

 

「む、むぅ?」

 

しまった、2組メンバーに気を取られて他の連中がノーマークだった!

一気に大勢に詰め掛けられぐるぐる目を回す箒。まずい完全にテンパってる、このままでは逃げ出す為に窓から飛び降りかねない。

急いでフォローに回ろうとするが、俺より先に鈴が暴徒達の前に滑り込むように回りこんでいた。

 

「ちょっとー! 一応怪我人なんだから無理させない! あんま酷いと看護師さん来る前にあたしが部屋から叩き出すわよ!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

ISなしでも鈴のステゴロの実力を知っている面々は、慌てたように箒の元から退避し、知らない子達もなにやら危険な雰囲気を感じたのかそれに習う。

 

「よし。いい?話したい奴は一人ずつ。面会時間も限られてるし、そうね、一人当たり30秒ね。それ以上は受け付けないから。ほら、箒もしっかりしなさい! いい機会だし、あたしが手を貸す以上は友達百人くらいは達成して貰うわよ」

 

「そ、そんなには別にいらんのだが……」

 

「はーい、最初の人ー」

 

「聞け! おい! そもそも何故お前が仕切っているのだ!」

 

部屋の中にぞろぞろと行列が出来、その先頭で醜くギャーギャー言い争う箒と鈴。

ただそこに、当初鈴の方にあった険の色は見当たらない、折角面会に来てくれた女の子達もこいつらが言い争いをしているせいで碌に箒と喋れないまま30秒を使い切ってしまうが、皆楽しそうだ。そりゃあ傍から見れば愉快だよな、この歳になって頬の引っ張り合いとかガキかあいつら。

 

「……篠ノ之さんの件、なんとかなりそうですわね。もう、篠ノ之さんに貸しを作って、それを利用してこの後のクラスの企画に参加して頂いて打ち解けて頂けないかと画策していたのに、全部鈴さんに持っていかれてしまいましたわ」

 

そんな二人の様子を見ながら、拗ねた様にぶぅたれるセシリア。

ああ成程、そういう打算があったのか。こいつはこいつなりにやはり箒のことを考えてくれていたのだ、そう考えると嬉しくなる。

 

「結果オーライだろ。そもそもお前が箒に代表譲ってくれなかったらここまで上手くいかなかったろうし、俺はお前に感謝してる。その企画だって諦めないでやってみればいい、別に箒のためじゃなくてもさ」

 

「自分のために、ですわね……全く、ずるい人。言うだけ言ってちっとも責任をお取りにならないんですもの」

 

「だって取り分分けてくんないだもんお前。結局今回の事だって勝手に飛び出した俺とかさっさと駆けつけらんなかった先公達のせいにすりゃあいいのに、全部自分で責任被ったろ」

 

「……じゃあ、頼めば引き受けてくれましたの?」

 

「当然。お前にとっちゃおこがましいかもしれないけど、一応俺はもうお前と一緒に『通知表』を受け取ってやれるくらいの立場にはなってるんじゃないかと勝手に思ってるんだけどな」

 

「別に、おこがましいなんて思ってはいませんけれど……ああもう本当に、ずるい人」

 

反論こそしてこないものの、頬を膨らませてそっぽを向いてしまわれるセシリア。

……ううむ、やはりこやつは一筋縄ではいきそうにない、というかホント女というのは訳の分からん生き物だよ。

 

「篠ノ之さん! クッキー焼いてきたんです! どうぞ!」

 

「む、むぅ、気持ちは嬉しいが、こう食べ物ばかり貰っても食べ切れんというか……」

 

「あ、じゃああたしもーらい」

 

「おい! 食べないとは言っていない、勝手に開けるな! ちょ、粕をベッドにこぼすな行儀が悪い!」

 

……っと、いかんそろそろ収集がつかなくなりつつあるな、適当なところで切り上げさせよう。つーかお前らここがどこだか完全に忘れてるだろ。

しかし既に時遅く、俺が立ち上がろうとしたその瞬間にバカ騒ぎを聞きつけてやってきた看護師さんに、IS学園の生徒の面々は一人残らず叩き出された。

……だからさ、見舞いなんてもんはそもそも大所帯で行くもんじゃないんだよ、鈴の阿呆め。


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