IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第十四話~悪巧みとお見舞いと~

~~~~~~~side「???」

 

 

唐突な話になるが。

変な人って、やっぱどこにでもいるもんだな、って思う。

 

何でこんなことをいきなり言い出すのかと言えば、今隣のベンチに座り鼻歌歌いながら携帯弄ってる女の人がまさにそうだからだ。

 

見た目はうん、凄い美人だ。だからこそ、現状ナンパ目当てで町に繰り出した俺はこうして雑誌片手に隣のベンチに座って様子を伺っているのだけれども。

 

何ですぐに声かけなかったって?だから、さっき言ったとおりだよ。

見れば見るほどちょっと変な人だって分かるんだ。いや、こんな街中のベンチで鼻歌歌うなんて行為はまぁ、ギリギリセーフだとしても、格好が奇抜なんだ。

 

顔はどっちかっていうと可愛い感じの人だ。それに対して手足がスラリとしてるので、十台ににも二十台にも見えて判断が難しい。髪もまた綺麗な栗色だが、あまり気を遣っていないのか腰まで伸びた髪は枝毛だらけでボサボサ。服装は学者が着てるような白衣をボタンを外して引っ掛ける感じで着崩し、その下はGパンと、ネクタイとボタンを緩めたYシャツで固めている。靴に至っては、なんと男が履くようなぶかぶかの紐のスニーカー。はっきり言って、女を捨てているとしか思えないチョイスだ。

着る人が着れば格好よさそうな着こなし方だが、童顔で仕草まで子供っぽいこの人にはあまり似合っていない。

 

そして極めつけは、その人が座っているベンチに無造作に散らばっている、黒い大量の塊だ。

最初は、それが何だか分からなかった。しかし、ここまで近づいてみてみるとようやく分かる。

その人が腰を動かす度にジャラジャラと音を立てるそれは、全部携帯電話だ。それも良く見る奴じゃなくて、あの、画面がタブレットになってる最近出回り始めた奴だ。え~と、なんつーんだったけ、あれ。

 

「ん~、今更携帯電話なんて、って馬鹿にしてたけど、こういう使い方は思いつかなかったな~。やるな~いっくん。うんうん」

 

あ、なんかしきりに一人ごと言いながら頷いてるな。

やっぱ諦めるか、ちょっと不思議系過ぎて手に負えない気がしてきた。

それにやっぱあの携帯電話の山が不気味だ。電源が切れているのか画面は真っ黒なのだが、たまにうっすらと、血のような真っ赤な線で何かのマークみたいなものが浮かび上がっている。それが波のように無数の携帯の画面をいったりきたりするのが、薄気味悪さに拍車をかけている。

 

『満喫してんな、ビッグマム。ちったあ仕事しろ、ガキばっかこき使いやがって』

 

突然どこからか聞こえた、いかにも悪びれた感じの女性の声に、思わず周囲を見渡す。が、すぐにあの携帯の山から発せられたものだと気がつく。

見れば、山の中の一つの画面に先程のマークがくっきりと映し出され、ギラギラ光っている。あの趣味の悪い口のマークは、音声に合わせて動くらしい、今の携帯にはあんな機能があるのか。

 

女の人は声を聞くと、今使っている携帯を手放すこともせずそのまま声に答えた。

 

「仕事してますー、こー見えても束さんは『くーちゃん』にはわかんないような仕事をいっぱいしているのだよ」

 

『そーかいそーかい、オバケから逃げながらエサを喰っていくゲームをすることがそんな大仰な仕事たぁ確かに知らんかったよマム。そんじゃ報告はいらねーかな、忙しそーだしよ』

 

「うんにゃ、聞くよーなんか進展あったの?」

 

『進展っつーのかな?どっちかって言うと後展?』

 

「……やっぱいいかな」

 

『でも聞かないとマムが後悔すると思うし言っとく。ごめんマム、『ゴーレム』潰しちゃった☆』

 

「……ふーん、そっか」

 

『あれま、思ったよりリアクション低温ね。いちおー『傑作』だったんじゃなかったっけか』

 

「確かに搭乗者なしで『単一仕様能力』が使える初めての機体だったけど。結局くーちゃんしか使えないし、何よりお陰でシールドも搭載出来ない不完全な仕様になっちゃた子だから、惜しくはないかな。でも、そんなに『ネズミ』さんはやり手だったの?あれでもくーちゃんなら十分退治は出来る性能だと思ってたのに」

 

『……あーと、こっからがちっと言い難いんだけどな、別件なんだわ。折角だからシロとちょっと遊んでこようと思ってさー、ヨーソローって行ってみたのよ。そしたらあいつなんか変にやる気なくて腹が立ったから、ちっとおちょくってやったら急にムキになりやがって変な厨二ブレード持ち出してきてズンバラリンだぜ、大人げねーよホント……こちとら、ガキ連中に傷の一つでも負わせる訳にゃあいけないから、あの無駄に扱いの難しい木偶の坊の制御に気を尖らせてたってのにさ』

 

「……へ?」

 

今までのほほんと笑いながらスピーカーで話している女の人の顔が急に真っ青になった。

最も会話の内容は全く理解できない、つーかなに盗み聞きなんてしてるんだ俺。

 

「し、シロちゃんに会いにいったの?なんで?」

 

『おいおい、マムが自分で設定した『探し物』の検索条件見てみろよ、それじゃ普通に『白式』が引っかかる、だから行かせて貰ったってだけなんだけど』

 

「ま、マムの意思を汲んでくれても良かったんじゃないかなぁ……」

 

『無理無理、オレって所詮プログラムですもん、人間様のお考えを汲み取ることなんてとてもとても』

 

「こ、この確信犯ー! どどどど、どうしよう、ちーちゃんが、ちーちゃんが!」

 

先程の余裕も何処へやら、身も蓋もなく慌てふためく女性。

電話の向こうにいる相手はその様子が見えているかのように、画面の口のマークをユラユラ揺らしながらケラケラ笑う。

 

『心配することないって、いくら戦女神つったって、あんな学校なんかの教師に収まってる限りオレ等を見つけられっこないんだ。物理的にブチ殺されることはねーさ。大体マム、どの道遅いか早いかの問題だったじゃんか』

 

「……だけど此間『白式』の事で怒られたばっかだもん、ほとぼりが冷めないうちにこんなことしたってバレたら……」

 

『やーれやれ、向こうから一方的に縁切りされてるってのに、健気なこったね。ま、今回の件は流石にオレに責任あるし、任せてくれていーよ。どれか一つてきとーに留守電にしといてくれればいーから』

 

「ほ、ホントに?! あ、あはは、そ、そうだよね! もう、済んじゃったことはどうしようもないし!」

 

『……オレが言えた義理じゃねーけど、マムのそういうところが一番の怒られる原因だと思うぜ』

 

「聞こえないもーん。で、それじゃどうだったのくーちゃん、仕上がりのほうは?」

 

『どーかな。多分大丈夫じゃねーの? 扱い手の方にまだ若干問題ありそうだけど、そっちは単に経験不足って感じで筋自体はいいし。稼働率だけみるならそれなりにいい数字だぜ、詳細は後ほどだけど』

 

「成程成程、いっくんの筋がいいのは知ってたけど、機体のほうがあんまりあれだったからちょっと心配だったんだよね。でも、この段階でくーちゃんがそう言うなら『計画』をもう少し早めても問題なさそうかな」

 

『急ぐねー第一次移行の結果が散々で気にくわないのはわかるけど、そんな詰め込みでやんなくてもいいんじゃないの。マムの仮説通り、ありゃあ急場でマムが仕込んだあの足のせいだよ。シロと遊んでみてわかったけど、展開装甲の制御は思った以上にキャパを食うみてーよ、戦闘特化のシロが情報操作のオレに戦闘予測演算速度で遅れを取らざるを得なくなるくらいにはな』

 

「う~ん、私はあくまで『展開装甲』を仕込んだだけ、それをああいった形にしたのは『白式』自身がいっくん用に自身を最適化させた結果なんだけどね。だからシロちゃんには少しでも早くあの仕様を『学習』してもらうしかないんだけど……いっくんには申し訳ないけど、そのためにはぬるま湯じゃ意味がないの」

 

そう言って、今いじっている携帯の脇のカバーを空けてなにやら黒いチップのようなものを取り出す女性。あれは、SDカードか?

 

『え……それ使う訳? マムの評価散々だった奴だろ、ガラクタだの不細工だの』

 

「評価は今でも変わってないけどね。でもくーちゃんには今回行って貰ったし、違う角度から攻めるとなるとこういった変化球もありかな、ってところ。それに私がちょっと手を加えてあるからほんの少しはマシになってるはずだよ。じゃ、早速仕込んでもらえるかな?」

 

『え~どこに仕込むかくらい教えてくれよ。そーじゃなくても面倒くせー作業なんだからよ』

 

「うーん、生贄なら丁度いいのが来そうだからそれにすれば、二匹ほど」

 

ピッと携帯の画面を押す女性。それと同時に、携帯の山の中の二つの画面に女の子の写真が映し出される。

外人さんだろうか、日本人離れした外見だがどちらも可愛い。片方は俺と同じくらい、もう片方は結構年下っぽい感じだ。

 

『へ~い了解。ったく、『泥人形』共と違って搭乗形は『我』が強えーから、乗っ取るのは楽じゃねーのに。ま、隙を見て上手くやってみるけどよ』

 

「おねがーい。上手くいったら新しいの買ってあげるから!」

 

『もう電話はいーよ、いくらオレのスペック上がったって仕事が増えるんじゃ元の木阿弥じゃねーか……』

 

ぼやく様な呟きと同時に消えていく声。それに合わせる様に、ギラギラ光っていた先程の携帯の牙のマークもすぅっと薄くなり、最後にはまた真っ黒な画面に戻る。

うん、結論。話の内容は全くわからなかったが、所々拾った単語から間違いなく変な、いや、『ヤバイ』というカテゴライズに分類される人だ。

やはり、お近づきになるのは諦めよう。

そう思い、立ち上がって立ち去ろうととしたところで、ようやく、俺は体が自分の意思では全く動かなくなっていることに気がついた。

 

『ところで』

 

先程の尖った女性の声がすぐ近くで聞こえ、指一本動かない体で周囲を見渡す。

すると自分の位置から最も近い位置にある黒い携帯から、先程の赤い光が爛々と漏れている。

 

『先程の会話の一部始終、このぼーやに聞かれてたみたいなんだけどさ、如何とする、ビッグマム』

 

「わーすごーいくーちゃん。これってなにやったの?」

 

『ドイツの『新型』の武装がなんか面白そーだなって思って組んでみたのを試してみただけだけど。いやーやっぱ面白れーな、さながらESPだねこりゃ』

 

「ああ、『AIC』ね。ダメだよくーちゃん、こんなところで部分展開とはいえ『あの子』を使っちゃ」

 

『だからさー盗み聞きされてたんだって。もしその手の人だったら今から仲間かなんかと連絡とられても面倒だろ?』

 

「ふむふむ」

 

白衣の女性が近づいてくる。

うわっ、顔が近い!それになんか良い匂いがする、なんて、状況も忘れてドキマギしてしまうのは悲しい男のサガだ。

しかし女性はそんなこちらの状況など意に介した様子もなく、クンクンと犬のような可愛らしい仕草でこちらの匂いを嗅ぐ。

 

「……むむっ! この子、いっくんの匂いがする!」

 

『なにその後に修羅場になりそうな特定法と台詞回し。知り合いかなんかかね。ま、調べればすむ話ってね。ほいほいほいっと』

 

「どれどれ……『御手洗 数馬』。成程、小学校からの同級生なんだ。ねぇ君、君の来歴なんだけどこんな感じであってるかな?」

 

そう言って携帯を裏返して俺に見せてくる白衣の女性。その内容を見て俺は思わず呻き声を上げそうになり失敗する。

そこには俺に関する、いや、俺自身ですら知らないような俺の身の周りに関する情報が詳細に明記されていた。家族の名前や住所に電話番号、果ては現在の所持金や1時間前に何をしていたかまで。

 

「う~ん、その様子じゃ大丈夫そうだね」

 

『ぎゃははは! 見ろよマム、チェリーボーイだ! いやーよりにもよってマムとお近づきになろうとするなんてジャパニーズチェリーには命知らずがいるもんだな、オレは評価するぜ』

 

「……それはどういう意味かな、くーちゃん。それに日本人のこの位の年代の子でそれはそれ程珍しいことでもないよ、束さんだってアレだし」

 

『マムの場合はそういうのに興味ねーだけだろ、どの道お気の毒様としか言えんけど』

 

「……ねぇくーちゃんちょっと自爆してよー、一回だけでいいからさー」

 

『やだなーそんなふうに言われると一回くらいいいかなーって気になっちゃうじゃんか、ってマム! それはマジで洒落にならない! やめろそこを押すな触るな動かすな! いくら勘に障ったからってチェリーボーイと無理心中させるなんて酷いわ!』

 

「あまり脅かさないの。いっくんの友達なんだから私がそんなひどいことするわけないでしょ」

 

じゃあ俺がその『いっくん』とやらの知り合いじゃなければ消されてたのか。

誰だか知らんが、俺はそのいっくんとやらに心の中で涙を流しながら感謝する。

……いやもういっそ殺せと思うくらいメンタル面はボロボロだが。どうせチェリーさ。

 

「でも……私がここにいることを他の人に知られると、ちょっと面倒なの。君、ここで見聞きしたことは誰にも言わないよね?『お互い』のためにも」

 

こくこくと首を振って肯定する。

そこで俺は、とっくに金縛りから開放されていることにようやく気がついた。

 

「良かった良かった。じゃ、行こうかくーちゃん。折角ここまで来たんだし、IS学園でも見学しにいこっか」

 

『行くのはいいけど敷地内に入るなよ絶対だぞ』

 

「わかってるよー私だって命は惜しいもん。それにお楽しみはまだ先にとって置きたいしね♪」

 

『わかってくれてるようで何より。そんじゃ、移動しますかね』

 

「!」

 

突如白衣の女性を、黒い影のようなノイズが覆った。

その超常現象に思わず叫び声を上げかけるが、何とか飲み込む。周囲を見れば、誰一人のその様子に気がついていない。ここで叫べば、俺のほうが変な人を見る目で見られること受け合いだ。

 

「……え?」

 

そんな周囲を見渡した一瞬の間。その間に、黒いノイズは女性と共に跡形もなく消失していた。まるで、最初からそこには何もなかったかのようにその場所を通り過ぎる人たちを見ながら、俺は最初からあの女性などいなくて、良くない白昼夢に囚われただけなのではないかと思い始める。

 

「なんなんだよ、いったい……」

 

そんな言葉が、思わず漏れる。

その日は結局これ以上町を歩く気にならず、すぐに家に帰ることにした。

……昔からの悪友にも良く言われたが、俺はやっぱ女運がないっぽい。あ~あ、もうナンパで彼女を引っ掛けるのは諦めるべきなのかなぁ……。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

一週間は絶対安静。

それが、保険医から言い渡された、私の診断結果だった。

 

「納得がいかん……」

 

そう、この間の、私と凰のクラス代表戦からの、謎のISの乱入騒ぎ。

あれだけの騒動になったにも関わらず、実質一番大きな負傷を負ったのは私という結果になった。

それも原因はあの謎のISではなく、凰ときたものだ。

 

一夏も謎のISの主砲を回避する際に行った無茶な機動で各関節にダメージを負ったと聞いたが、全て片付き『白式』を降りた際にはすっかり良くなっていたらしい。白煉によれば『白式』には絶対防御に加え搭乗者が傷を負った場合修復する機能があるらしい、私の機体にもそれがあれば今こうして寝ている必要もなかったというのに、世の中というのは本当に不公平に出来ている。

 

「何よ。一応悪いと思ったからこうしてお見舞いにきてやってるんでしょ。気にくわないんだったら今すぐにでも出て行ってやるわよ」

 

仏頂面で林檎の皮を包丁で剥きながら、そんなことを言う凰。

こいつはあれだけの猛攻を受けていながら、絶対防御のお陰でかすり傷一つなくピンピンしている。余計に納得がいかない。

それに、

 

「おい。それで皮を剥いているつもりか。まだ全然残っているだろう、少し貸してみろ」

 

「うるさーい! 怪我人は怪我人らしくしてなさいってのよ。あたしにだってね、こんくらいなんでも」

 

刃物を扱う際のあまりの不器用っぷりに、ついヤキモキして取り上げようとするものの頑なにそれを拒む凰。

そんなやりとりを、先程からずっと続けている。こいつは何をそんなに意地になっているのだ。

 

「……確かに、お前に『剣』のセンスはないな。素手であればあれほど器用な真似をしてみせるのに、どうしてこうも包丁一つ持っただけで格が落ちる」

 

「……喧嘩売ってんのアンタ。完治したら今度こそ完膚なきまで叩きのめしてあげるから覚えてなさいよ」

 

「望むところだ。私もこの結果のまま納得する気はない」

 

凰の宣戦布告を受けてたつ。すぐにでもと言い出さない辺り、捻くれている様で律儀な奴だ。

そういうところがあるからどうも私はこいつが嫌いになれない。

そもそもあの一夏と長い間付き合いのある友人だ、今まで見てきた、顔は笑っていても裏では何を考えているのか分からない連中とは違うと、何故かそう根拠もなく確信できる。

 

「なぁ、凰」

 

だからだろうか、なんとなく、こいつの話が聞きたい。

一夏達以外で、そんなことを思うことが出来たのは。

 

「なによ」

 

「一夏とはどういう形で知り合ったんだ?昔のあいつを知っている身としては、あいつがどうやってお前のような友達をもったのか興味がある」

 

「……そんな、特別なもんじゃないわよ。あいつも言ってたんじゃない?家が近くて、通ってる学校、クラスも一緒だっただけ、って」

 

「だがお前にとってはそうじゃないとでも言いたげなようだが?」

 

「……っ!」

 

急に顔が真っ赤になる凰。

……何とも可愛らしい。昔の一夏も今思えばこんな感じだった、やたら口では強がるが感情がすぐに顔に出る。

そう考えると、すぐ突っかかってくる好戦的なところも含めて、私はこいつを一夏と重ねていたのかもしれない。

 

「そ、そんなことはないけど……ま、聞きたいってんなら話してやってもいいわ」

 

不意を突かれて赤くなったのが恥ずかしいのか、すぐに先程の仏頂面に戻って目を逸らしながら話し出す凰。

凰と一夏が出会ったのは6年前。確かに、時期的にも丁度私が証人保護プログラムを受け引っ越した時期に合致する。

 

「最初はねー頼りない奴だと思ったわ。あたしなんかよりもずっと早くクラスにいたのにいつも一人でいたし、その癖一人は嫌みたいで遠くから男子達が話してるのを羨ましそうに見てるの。でも中に入っていけなくてオロオロしてるばっかり。体育の時間なんかも、なまじ運動神経良すぎるせいでいつもスタンドプレーになっちゃって男子達からはハブられてたわね……逆に女子からは、そのせいでいくらか隠れファンみたいのがいたみたいだけど」

 

「そうなのか。ところでどうして最後のところだけ吐き捨てるような口調で話す?」

 

「アンタの気のせいよ……。で、いつもそんな感じなわけでしょ、当然男子とかそういう年頃だから、苛められたのよ、アイツ。でもアイツ、最初は嫌がってたけど、面白がってるだけってわかってたんでしょうね、すぐに何にも反応しなくなった。そうしたら、男子達もつまんなくなったらしくて、ターゲットを変えたの。それが、あたし」

 

「おまえが?」

 

意外だった。今のこいつなら、むしろ逆に男子に怖がられそうなイメージすらある。

一夏がそういうふうになったのは……分かる気がする。私も引っ越してからしばらくはそんな感じだった、尤も私も場合はそこからさらに人を信じられなくなっていってしまったのだが。私達はお互いに依存し過ぎた、それを改めて痛感する。

 

「昔はさ、あたし今みたいに武術出来た訳じゃないし、何より日本にきたばっかであんま日本語上手くなかったの。母さんから教わってはいたんだけどね」

 

そうか。そういえばそうだったな。

今は日本人といっても違和感がないくらい流暢に話すので忘れがちになるが、凰は紛れもなく中国国籍の中国人なのだ。

 

「それで片言の日本語をからかわれてね、あたしも一夏みたいに受け流せる性格じゃなかったから、男子達も面白がってどんどんエスカレートしてって。で、とうとう最後は父さんのことまで引き合いにだされたの」

 

「……父親の?」

 

「うん。それがタイミングの悪い話なんだけどさ、丁度中国人の強盗団が一斉検挙されたのがニュースになった時期でね、それで多分子供の頭だから中国人イコール悪者みたいな感じの雰囲気になったの。私は父さんが中国人だからさ、それで色々言われたわ、『お前の親父も逮捕されたんだろ?』から始まって『間違いねーよ、こいつの親父何時も家にいねーらしいもん』『うわー親父犯罪者かよ。今日こいつ警察に突き出してこようぜ』みたいな感じでね」

 

「…………」

 

凰はちゃかすように演技しながら話すが、それでも聞いていて気分の良い話ではない。

私はなんだかんだでそういった同年代からの悪意というか、そういったことからは無縁だった。当然私から姉さんの情報を引き出すためであったんだろうが、守られてはいたんだろう。

 

「それで、その数日後に男子達があたしを取り囲んで、あたしを近くの交番に連れて行こうとしたの。あたしは何度も父さんは違うって言ったのに、聞いてくれなくて。最後には悔しくて泣き出しちゃったの。そんな時に助けてくれたのが、一夏」

 

「一夏が?」

 

「そ。あいつ、いきなりその時の男子のリーダー格の悪ガキに掴みかかっていってそのまま取っ組み合いの大喧嘩。どっちも喧嘩強かったから、悪ガキのほう助けようと割って入っていった男子達が巻き添え食って大怪我してさ、すぐに本物の警察官が飛んできて大目玉。

その後一夏と弾……そん時の悪ガキなんだけど、二人してしばらく自宅謹慎になったわ。でも、戻ってきたころには仲良くなっててびっくりした、男の子ってわかんないわよね」

 

「それで、お前もその二人と仲良くなったのか」

 

「うん、復学してすぐ弾があたしに謝ってきてさ、あたしをいじめてた男子達は軒並みこいつらの喧嘩で痛い目みてたから、二人が男子達を一睨みしただけであたしのいじめもすっかり解決。その後はあたしもどっちかっていうとその頃は男の子趣味で女子とは仲良かったけどあんま話が合わなくて、その二人とよくつるむようになったんだ」

 

「成程な。そのような経緯があって、お前は一夏を好きになったのだな」

 

「うん、そ……え、う、な、はぁ?!」

 

先程とは比べ物にならないくらい真っ赤になってわたわたする凰。

……今まで気づかれていないとでも思ったのだろうか。そんな嬉しそうな顔で昔話をされればそう勘ぐられても仕方ないと思うのだが。

 

「な、なんでそうなるのよ! 今の話をどうとったら、そうなるのよ!」

 

「そう照れるな。一夏の前でならまだしも、私にくらい素直になってみたらどうだ。一度剣を交えた仲だろう」

 

「あんたのその『仲』の定義がイマイチよく分からないわ……と、とにかく、そんなことは有り得ないから、あたしが一夏のことを、す、すす、好き、だなんて……」

 

「むぅ、そうなのか。仮にそうなら、応援してやろうと思ったのだがな。私は、お前が一夏が大変な時期に一緒にいてくれたことに感謝している、そのお陰であいつは私のようにはならずに済んだのだからな」

 

「……え?」

 

私の言葉にポカンとした様子でこちらを見る凰。む、何かおかしな事を言っただろうか?

 

「な、なんで?どうしてあんたがそんなこというのよ?」

 

「? 私がお前を応援するのに何か問題でもあるのか?」

 

「だ、だって一夏はあんたが……! じゃ、なくて!あんたは、それでいいわけ?」

 

「それでいい、とは?」

 

「だから! あたしと一夏が、その……」

 

「交際すること、か?流石にそこまで堅くはないつもりだぞ、私は。無論、清く正しくが前提で学業に支障が出ない範疇であれば、だが」

 

「……いいの?」

 

「?」

 

「あいつの隣を歩くのが、あたしでいいの? あんたは、自分がそうでありたいと思わないわけ?」

 

真剣な顔で詰め寄ってくる凰。

凰の意図はよくわからないが、向こうが真剣である以上こちらもいい加減な返答はできまい。

 

「……その在り方もいいだろう。だが、私達が共に在りたいと願う在り方はそれではない。あいつを隣で支えてやれる人間がいたとしても、それは私ではないと私は考えている。一夏も恐らく、同じ考えだろう」

 

「なら何なのよ。それ以外で、あんた達がお互いに望んでる在り方っていうのは」

 

そんなこと、問われるまでもないことだ。私達はついこの間、それを確認し合ったばかりなのだから。

 

「好敵手だ。お互いに研鑽し続け、認め合いながらも、それでも最後に勝つのは自分だと信じている。だからお互い、恐らく最期のその瞬間まで己の負けを認めない……私達の関係は、そういうものだ」

 

「…………」

 

私の答えを聞いて、黙って俯いてしまう凰。

そして、何か独り言のように小さな声で呟く。

 

「なによそれ。勝手にライバル視して突っかかってたあたしが馬鹿みたいじゃない……」

 

「何?」

 

「なんでもない!じゃあホーキ、これからあんたはあたしのことを手伝ってくれるのね!」

 

「む、むぅ?だからそう言っているのだが。だがお前、先程一夏の事など好きではないと言ったばかりではないか。結局のところどうなのだ?」

 

「そ、それは……」

 

うむぅ、まどろっこしい奴だ、こうなったら……

 

「凰、決して喋るな。これからの私の質問に『はい』なら首を縦に、『いいえ』なら首を横に振ること。いいな?」

 

「な、なんであたしがあんたの言うことなんか……」

 

「いいな?」

 

「わ、わかったわよ!」

 

よし。これで後は聞くだけだ。

 

「一つ問う。凰鈴音は、織斑一夏のことを好いているか否か?」

 

「っ――――!」

 

本当に口を閉じたまま呼吸困難なのではないかと心配になるくらい顔を真っ赤にする凰。

やはり律儀な奴だ、駄目だ、私はどうもこういう可愛い生き物には耐性がないのだ、背中がムズムズする、そろそろ限界かもわからん。

そんな私の心情を知ってか知らずか、凰はそんな感じでしばらく黙り込んだ後、

 

「…………」

 

「……!」

 

コクン、と。

トマトのように全身が真っ赤になり、目には少し涙を湛えながら、ほんのわずかに、首を前に傾けた。

その姿を見た途端、私の中で何かが切れた。

 

「おのれ! こいつめ! おのれ!」

 

「ひっ!」

 

思わず凰に抱きつく私。

凰は明らかに怯えた表情で豹変した私を見ている。

 

「よかろう鈴! この篠ノ之箒、お前の力になろう! 共に邁進していこうではないか!」

 

「あにすんのよホーキ! とっとと離しなさい!」

 

「ホーキではない、箒だ。ちゃんと言えるようになるまでは離すわけにはいかん」

 

「な、なんだってのよー! こら、何処触って……! 離せ、は・な・せー!」

 

そんなこんなで、最後こそ締まらなかったものの、私にはこのIS学園において、ようやく一夏を除けば初めての友人が出来た。

思わず暴走してしまった私が、鈴の全力の寸勁を再び喰らい、安静期間が延びたのは余談だ。

……くっ、私がまさか姉さんのような醜態を晒すとは。すまない一夏、しばらく私はお前に顔向けできそうもない。

 

 




一夏不在回。
束さんは思い切ってイメチェンさせてしまいました。あまり大した物ではないのですが設定の変更に伴う理由です、作中で説明するのは大分先になりそうですが。あと汚いくーちゃんですみません、しかも名前「黒煌(こくこう)」で黒繋がりで読みが「くーちゃん」とか我ながら無理あるなーと思います。
箒さんは気がついたら暴走していました。色々と申し訳ない気持ちで一杯ですが、本作の箒はこんなキャラですごめんなさい。

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