IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第十三話~零落白夜~

間に合わない。

 

それが、ホーキの機体の背中を押し、スラスターを全開で吹かせて、

あのゴリラみたいなISに向かっていったみたところの、あたしの答えだった。

 

あれだけバカスカ撃ってくれば、もうなんとなくチャージを始めてから発射するまでの時間は把握できてる。

それを踏まえた上で、私の直感は向こうが撃ってくるほうが早いと言っていた。

 

(もう、やってらんないわね)

 

ホーキは盾にしろと言っていたが、流石にそれで死なれたりするといくら嫌いな奴とは言えこっちも目覚めが悪い。

それに、あの火力では盾なんてあったところで無駄だろう。

私はいつでも回避行動をとれるよう、打鉄の背中の装甲を掴もうとした。

 

「凰!『龍咆』で私を撃ち出せ!」

 

ホーキも、間に合わないと悟ったのだろう。だが、こいつはあくまでも攻めることを選んだ。

 

「ちょっと!流石にヤバいわよ、あんた死にたいの?」

 

「後ろには一夏がいる、奴の狙いはあくまであいつだ、ここで私が逃げるわけにはいかん」

 

「!……そうだったわね、でも、いくら威力低いっつってもゼロ距離じゃ相当痛いわよ、覚悟は出来てる?」

 

ホーキは何も言わない。だけど、それが何よりの肯定だった。

 

「……馬鹿な奴。やっぱあたし、あんた嫌い。だから、遠慮なくやるわよ!」

 

ホーキの背中を押している掌に『龍咆』の力場を形成する。

発射は撃つというよりも弾き出すイメージに近い。私は目の前のホーキを突き飛ばすようにそれを実行する。

 

ゴッ、と重い音が爆ぜ、打鉄の黒い装甲板がいくつか弾け飛ぶが、ホーキは構わず加速する。

が、同時に敵のISの砲門が放つ光がギラギラと周囲を染め上げる。おそらく発射まであと3秒もない。

あたしは最悪の場合を考え、後ろの一夏にかわすよう指示すると、あたし自身も退避できるよう集中する。

 

――――!

 

赤い光が周囲を埋め尽くす。

 

だがその光源があたしや一夏を焼くことはなかった。

これだけ距離が開いて尚肌を焼くような熱気を放つ極太の光線は狙いが逸れ、アリーナにすら命中することなく空に消えていく。

 

「よし!」

 

ホーキは間に合っていた。ギリギリのところで、持っているブレードの石突で敵ISの腕をかち上げ、狙いを逸らしたようだ。

 

「はぁ!」

 

そのままブレードの柄をクルリと反転させるとテコのようにはね上げ、今度は敵ISの腕を狙う箒。

……明らかにあたしと戦った時よりも動きがいい、あいつ、手を抜いてやがったのか。

 

――――!

 

「くっ……」

 

「なっ……!」

 

だが、また先程一夏の攻撃を回避した時のように、狙い済ましたかのごとく腕の関節部を切り離し難を逃れる敵IS。

信じられないが本当に無人機のようだ、こいつをとっ捕まえて中国の開発部に持ち込めば、あの連中はショックで卒倒するに違いない。

 

「凰!援護を頼む、空に逃げられたら私には対応出来ない!」

 

「ちっ!」

 

そんなことを考えていると、切羽詰ったホーキの声で現実に引き戻される。

見れば格闘戦は分が悪いと踏んだのか、敵ISは背部スラスターを起動させ空に逃げようとしていた。

分離させた腕もそれに伴い浮上し元に戻ろうとしたが、

 

――――!

 

ホーキの一閃に阻まれる。剣撃のスピードはもはやハイパーセンサーを以ってしても見切れないほどで、敵ISの左腕はそんな攻撃を受け為す術なく空中で金属の部品を撒き散らしバラバラになる。

 

「うわぁ……」

 

明らかに得体の知れないISと戦闘中にも拘らず、その技の切れに思わず冷や汗が流れる。

代表クラスならいざ知らず、同年代の一般生に訓練機であんな動きをされたら、あたし達代表候補生はメシの食い上げもいいところだ。

……いけない、今はそんなことを気にしてる場合じゃないか。

 

「逃がすか!」

 

跳躍とスラスターの制動で一気に上昇すると、敵ISの真上から龍砲を叩きこむ。

流石に進行方向の真逆から空気の砲弾を打ち込まれれば、いくら装甲が強固とは無視することは出来ない。敵ISは、衝撃を受けてたたらを踏む。

 

「ホーキ!」

 

――――!

 

言われるまでもないといった様子で振りぬかれるブレード。狙うは首。

だが、今度は刃が当たるギリギリのところで頭を切り離し回避する敵IS。

先程の件で学習したのか、一瞬だけ生首となって浮遊していた敵ISの頭部は刃が通り過ぎるのと同時に元の場所に収まり、

 

――――!

 

同時に残った右腕をホーキに叩きつける。

ホーキはすんでのところで回避するが、そのまま右腕が激突した地面が大きく抉れる。

あのゴリラのような太い腕は主砲であると同時に格闘戦の際には鈍器になるのか。

 

『箒!そいつは間接部分が自由に外せる、曲がらない場所を狙って斬り込め!』

 

オープンチャンネルから一夏のアドバイスが聞こえてくる。

うわ、ホント気持ち悪い奴ね。作った奴の気が知れないわ。

 

「そういうことならくっつけないくらい細切れになってもらいましょ。

ホーキ! 空から援護するからやっちゃいなさい!」

 

再び空に逃げようとする敵ISに『双天牙月』を投げつけ牽制、撃てる限りの龍咆をぶっぱなす。

その甲斐あって敵ISはかわすのに精一杯で、未だに逃げ出せない。

 

「ふっ!」

 

その隙にホーキは無数の斬撃を敵ISに叩き込む。

敵ISはしきりに各ジョイントの分離を行い攻撃をかわしていくが、それでも全部はそれでも賄いきれず装甲が吹き飛んでいく。

このままならいける!

 

「っ!」

 

「え?」

 

勝利を確信したのも束の間、突然ホーキの表情が歪んだ。同時に一瞬だけ動きに精細がなくなる。

 

「まさかあのときの……!」

 

私がこいつとの試合で勝利を確信した、最後の一撃。そのダメージが、まだ抜けていないのか。

 

――――!

 

そんな隙を敵ISは見逃さない。バイザーの牙のマークを赤く爛々と輝かせると、右腕を振り上げホーキを押し潰しにかかる。

 

「箒!」

 

まずい。そう思った瞬間、一夏の『白式』がスラスラーを爆発させながら

割り込み、ホーキを掴んで間一髪で逃げきった。

 

「なにやってんのよ!」

 

取り敢えずホーキが何ともなかったことに安堵し、近づこうとするが、

 

――――!

 

灰色の機体がすぐそこに迫っていた。攻撃こそ外したものの、地面を叩いた反動で機体を浮き上がらせ、『双天牙月』の挟撃を四肢をバラバラにして回避し、そのままの状態であたしを取り囲もうとしている。

 

「っ!このっ、気持ち悪いのよ!」

 

真っ直ぐに突っ込んできた両足を蹴りと拳で叩き落す。

そしてそのまま戻ってきた双天牙月をキャッチ、落ちていく灰色の右足目掛けて投げつける。

狙いはドンピシャ、敵ISの右足は縦に一文字に切り裂かれると、そのまま浮力を失い地面に落ちていく。

 

「どんなもん……!」

 

「鈴! そいつらは囮だ! 後ろを見ろ!」

 

敵の一部を壊して得意になっているところに、一夏の声が届いてはっとする。

ハイパーセンサーに注意を払うと、あたしの背後に胴体と右腕だけ連結させた敵ISが右腕をこちらに向けているのが見える。

 

「なっ! 充電が早い!」

 

どうやら右腕の主砲は威力が低めの代わりにチャージ時間が短いらしい、砲身にあっという間に発射の前兆である赤い光が満ちる。

 

「鈴!」

 

「ぐっ!」

 

直後に物凄い熱が襲ってくる。SEはみるみる間に目減りしていき、

シールドがあって尚左肩の装甲が熱でボロボロになって崩れていく。

熱が肌を焼く痛みに耐えていると、ようやく光が消える。直撃こそ免れたがダメージは深刻だ、まったく、あたしとしたことがあんなわかりやすい罠に引っかかるなんて……!

 

「鈴! もうやめろ、逃げてくれ!」

 

プライベートチャンネルから一夏の叫び声が聞こえてくる。

もう、そんな泣きそうな声で止めないでよ、ますますやる気になっちゃうでしょ。

 

「……もう一回、噛り付いてでもあいつを地面に叩き落すわ、ホーキ、

今度はとちるんじゃないわよ」

 

「……駄目だ凰、退け」

 

「イヤ。このままやられっぱなしは性に合わない」

 

『双天牙月』を呼び戻し、各種ユニットを再びまとめ合体しつつある敵ISに空中で向き直る。

残存SEは雀の涙、我ながら、馬鹿なことしてるなーとは思う。でも、

間違ってはいないはず。だって、

 

「一夏を守る。それが、あたしの強くなりたい理由、強くなれる理由

だから……!」

 

スラスターに火を入れ、全速力で突貫する。

ゆらり、と敵ISはあたしに向けて右腕を向ける。どうやら、唯一まともに空を飛べるあたしを先に始末したほうが今後やりやすいと判断したのだろう、構わない、それなら少しでも時間が稼げる。

 

「らぁ!」

 

それに、狙いをつけるのが遅すぎる。

出会い頭に、頭に一発蹴りを見舞う。

命中こそするものの衝撃が敵の全身に伝わる手ごたえはない。頭を再び切り離し、ボールのように敵ISの頭部が飛んでいく。

 

「っ! なら、これでどう?!」

 

そのまま体を捻り、首のジョイント部に肘を叩き込む。

今度はミシ、という確かな手ごたえがあり、敵ISの体勢が崩れる。

 

「もう一発……!」

 

空中で一回転し、左手がなくなり無防備な本体の左側を狙う。が、

 

「!」

 

完全に左はとっていた、それにも拘らず受けるはずのない殴られたとしか思えない衝撃を受け、その隙に密着状態から距離をとられてしまう。

 

「いったい何が……」

 

何とか受身をとり、敵ISの姿を確認して愕然とする。

先程まで合体せずに滞空していた敵ISの左足のユニットが、左手に接続されていた。首と足がなく、左手から足の生えたその異形に、思わず寒気が走る。

 

だが、その一瞬の隙が致命的だった。既に敵ISの右腕には、赤い光が灯っていた。この距離で、今から回避行動をとっても間に合わない。

 

「ここまで、か」

 

プライベートチャンネルからは、ずっと一夏の声が聞こえている。

ああもう、こいつにこんな声をさせるために、頑張った訳じゃないのに。

 

「ごめん、一夏、守れなくて」

 

視界が真っ赤になる。

あたしは一夏に謝ると、そのまま赤い光に飲み込まれ、意識が消えた。

 

 

~~~~~~~side「一夏」

 

 

「鈴!」

 

必死に叫んだ。

善戦空しく、灰色のISの足に突き飛ばされ、完全に主砲の射線に捉えられた鈴。

もう『甲龍』に残されたSEは僅かだ、いくら絶対防御があるとはいえ、

今の状態であれを食らえばただではすまない。

 

「もう一回跳ぶぞ、白煉!」

 

『いけません。この位置から跳べば確実に敵主砲の射線上に入ります』

 

「知るか、このままじゃ鈴が……!」

 

『落ち着いてくださいマスター、彼女達が時間を稼いでくれたお陰で、

どうやら間に合いそうです』

 

「何を言……」

 

スラスターを起動させながら跳躍の準備動作に入ろうとしたその瞬間、灰色のISが突如爆発した。

どこかから飛んできたミサイルが直撃したようだ。その弾みで狙いがそれ、主砲は空を赤く染めたが鈴を掠めることもなくアリーナの地面に着弾する。

 

「鈴!」

 

走り、落ちてくる鈴を受け止める。ISを装備していても、こいつは驚くくらい軽い。

 

「白煉」

 

『……意識を失っているだけです、絶対防御によって外傷もありません』

 

「そうか、良かった……!」

 

今の状況も忘れ、思わず鈴を抱き締める。

 

「……一夏、嬉しいのはわかるが、今は」

 

だが、すぐに箒に諌められ、我に還る。そうだ、まだ脅威が去ったわけじゃない。

 

「……わかってる、箒、鈴を頼む」

 

「……私は」

 

「援護がきた、俺もすぐに逃げる。ISを展開してるとはいえ意識を失った奴を危険なところに置いておくわけにはいかない、お前にだってそれくらいわかるよな?」

 

「……わかった、無事でいろ、一夏」

 

箒は俺から鈴を受け取って抱えると、アリーナの出口に向かう。それに灰色のISは目もくれない。そうだ、最初からこいつの狙いは俺だった、箒達が妨害しなければ手を出す理由はないのだろう。

 

「一夏を頼むぞ、オルコット!」

 

箒は最後に振り返ると、駆けつけてきた奴に向かって声を掛け、試合場から見えなくなった。

直後に、上空にいる青いISから通信が入る。

 

『一夏さん、アリーナの端に避難してください!』

 

「セシリア、先生達は?生徒の避難はどうなった?」

 

『全員無事ですわ。今は織斑先生が纏めて下さっているので大丈夫です、先生方も後5分もすれば駆けつけてきてくださいますわ!』

 

「そうか、ありがとう。でも、どうしてお前がここに来たんだ?」

 

『愚問ですわ、一夏さん、わたくし、友人の危機を黙って眺めていられるほど大人しい性格じゃありませんの!』

 

それこそ英国淑女が聞いたら真っ青になるような台詞を言うと、一気に四つのビットを展開するセシリア。

それがセシリアを取り囲むように円のように固まって回転しだし、直後に白い光る筋のようなものを遠目で確認、先程のセシリアの言葉の意味を知る。

 

「白煉避難だ!」

 

『了解……間に合わないかもしれませんが』

 

一瞬でアリーナが青い光で埋め尽くされる。

雫のように降り注ぐ青い光はさながら光の土砂降りだ、ただし雫のそれと違い雨音は殆どない。

地面には水が染み込むように点々と焼き跡が広がっていき、試合場はあっという間に濛々とした霧のような煙に包まれる。

 

四機のビットをフル稼働した、『ブルーティアーズ』の最大火力。

ほうほうの体で何とか絨毯爆撃の範囲内から逃げ出した俺は、前回のセシリアとの戦闘において、いかに俺がこいつ自身の慢心に助けられたか改めて思い知り青くなっていた。

 

「つーか明らかにオーバーキルだろこれ、あいつもう跡形も残ってないんじゃないか?」

 

『いいえ、コアの反応は依然あります、警戒を維持してください』

 

光の雨が止み、ハイパーセンサーを以ってしても見渡せないほどの煙が充満する中、慎重に周囲を見渡す。

といっても密閉空間ってわけじゃなし、すぐに視界は……

 

『警告。敵機、接近』

 

「!」

 

突如煙を破るように飛んできた黒い塊を横っ飛びに回避する。あいつの腕だ、先程の絨毯爆撃は確かにダメージを与えていたようで、装甲のところどころが焼き付き抉れているが、灰色のISは以前健在だった。

 

「セシリア、上から狙撃で援護してくれ!まだ生きてる!」

 

『そんな、有り得ませんわ、この『ブルーティアーズ』の最大火力を受けてまだ動けるなど……』

 

そこまで言ったところで急にセシリアの声が硬くなる。

煙が晴れ始め、改めて敵影をよくハイパーセンサーで確認したようだ。

それで、ようやく灰色のISの異様な姿を直視したのだろう。

 

『な……なんですの、体が……そんな……』

 

灰色のISは、再び首と四肢を分解させていた。首に至ってはごろりと地面に転がり、遥か上空のセシリアを見ていた。

セシリアがそれに気がつき、ひっ、と引きつった声を上げる。

 

「あいつまさか……こいうの駄目なのか?」

 

『……計算外ですね』

 

しきりに飛んでくる左足と右腕を回避しながら、かちこちに固まって

 

しまったセシリアに目を向ける。

 

「落ち着け!あいつは無人機だ、現に腕だけでこうやって動いてるだろ!」

 

『う、腕……だけ……』

 

「しまった逆効果?!」

 

今度は完全に真っ白になってしまったセシリアに思わず頭を抱える。くそ、こんな展開は予想してなかったぞ。

幸い、灰色のISの狙いは依然として俺のままだ、上空で完全に隙を晒しているセシリアには今のところ注意がいっていない。

だが、各ユニットの変則的な動きに惑わされているうちに灰色のISは再び上空に逃げてしまった、俺一人では手を出せない。

 

「やっぱ飛べないと厳しいな」

 

『当初の予定通り時間稼ぎに徹するべきでしょう、私としては不本意ですが』

 

あ、まだ根に持ってたのね。だってしょうがないじゃん、今の状況がまさにブレード一本しか装備がないことの弊害じゃねーか。

まぁいいや、白煉の言うとおり、あと数分辛抱すればいい話だ。セシリアも手を出してこない分には問題なさそうだし、気持ち的にはだいぶ楽になった。

 

「……ん?」

 

だが、さて逃げ切るかと気合を入れたところで、灰色のISの様子がおかしい事に気がつく。逃げるように空に上がってから、一度も攻撃を仕掛けてこないのだ。右腕の主砲は未だ健在なのに、それを使う様子もなく、空中で静止しながらこちらをじっと眺めている。

 

「あいつ、いったいなんのつもり……」

 

SEがなくなったのか、と楽観的な事を考えたのも束の間、直後に最悪なことが起こった。

ヴン、という音の後、灰色のISの周囲に黒いノイズが発生した。

 

「まさか……あいつ武装を持ってやがったのか?!」

 

こちらが愕然とする中、ノイズが消え、灰色のISの拡張領域から姿を現したのは、

 

「マジかよ……」

 

箒と鈴が破壊したはずの、左腕と右足のユニット。それが再び空中に漂い、灰色のISの欠損部分にかっちりとはまる。

 

「なんで……だって、あの部分は」

 

呟きながら、箒が壊した左腕の破片が散らばっていた辺りを見る。

しかし、ある筈のISの部品は既にそこにはなく、ブルーティアーズが焼き尽くした地面があるだけだった。

 

『……欠損部位を拡張領域に取り込んで自動修復する単一仕様能力『深淵真理』……もう、完成させていたんですか』

 

白煉の声も、驚きを隠せないといった様子だ、だが、すぐにこのインチキ能力のことなんてどうでも良くなるようなことを灰色のISはやらかした。

敵の武装でも最大火力を誇る、左腕の主砲。それを、こともあろうか、こいつは俺の方を見たままで真横に向けて標準を合わせた。

その先にあるものを見て、俺は背筋が凍った。

 

「IS学園……校舎」

 

まだ多くの学園生が避難しているであろう、その場所だ。

 

「ざけんな!なんのつもりだ!」

 

相手は人が乗っていない機械に過ぎないとわかっていつつも、叫ばずにはいられなかった。

聞こえたかなんてわからない、だが、反応は返ってきた。

 

「――――!」

 

笑っていた。今度は聞き逃してしまいそうな小さな声ではなく、はっきりと聞こえる耳障りな機械音だった。

このままその力を解き放てば多くを人を傷つけるのを知っていて尚、こいつは笑っていた。

 

そんな様子を見て、頭の中で何かが切れる音を聞いた。

 

「ヤロォ!」

 

雪片を構える。当たるかどうかなんてどうでもいい、一刻もはやく目の前のこいつをぶった斬ってやりたい。

そんなこちらの感情を感じ取ったのか、灰色のISはますます大きな声で笑うと、それに呼応するようにジャキッ、という金属音を響かせた後、カタカタと音を立てながら、背部の環状の粒子加速器から金属の羽のようなパーツが幾つも並び始める。

 

『……大気中から電子を吸収しています、今までの中で最大威力の粒子砲を撃つ気です』

 

「っ!!」

 

『冷静になってください、マスター。今、マスターが間違った行動をとれば、その為に多くの人間が死にます。それを頭に入れておいてください』

 

「……!」

 

白煉の言葉で一気に頭が冷える。

そうだ、俺は今度こそ間違うわけにはいかないんだ。

 

「どうすればいい?」

 

『『零落白夜』を使用します。敵ISはそれぞれのユニットがいわば独立したISです、一部分をただ破壊したところで問題なく行動できる上、単一仕様能力によって修復されてしまいます。一撃であの機体を戦闘不能に追い込むにはこの武装でなければ不可能です』

 

「だけどあいつは自分の意思で自身を解体できる、こっちは空中じゃ踏ん張りが利かない。俺もタネがわかった以上間接は狙わずにやってみるけど、あいつにはお前と同等かそれ以上の行動パターン予測能力がある。箒の時みたいに向こうから降りてきて貰わん限りは厳しい気がするぞ」

 

『冷静になって頂けたようで何よりです、マスター。確かに、白式単体ではあの機体に対抗するのは困難です。だからこそ、私は白式の基本性能を補うことの出来る支援をずっと待っていました』

 

「何……?」

 

『しかし今のままでは話になりません。マスター、『ブルーティアーズ』の

搭乗者を正気に戻せますか?』

 

言われてハイパーセンサーを使い上空のセシリアを見る。

未だに魂が抜けたかのように呆然と滞空している。あいつ、今の状況わかってんのか。

 

「セシリア!何やってんだ、早くあいつを撃て!野郎、学校を吹き飛ばす気だぞ!」

 

セシリアの顔面が蒼白になる。ようやく状況に気がついたらしい、ビットが下降してきて灰色のISにレーザーを浴びせる。

 

「――――」

 

だが灰色のISは再びあの耳障りな笑い声を発すると、砲撃準備状態のままPICを駆使し空中を滑る様に青い光を回避していく。

 

「なんだよあいつ、まるで当たる様子がないぞ!」

 

『相手は私と同クラスの性能を持つAIです、目視による射撃ならまだしもISの火器管制システムに頼ったオートロックなど撃つ場所を事前に教えているようなものです。あの『ブルーティアーズ』の搭乗者が万全ならまだしも、今の状態ではいくら続けたところで掠りもしないでしょう』

 

ってことはまだ動揺が抜けてないのかよ、いったいどんだけ怖がってんだ。

再びプライベートチャンネルで注意しようとするが、白煉に止められる。

 

『ですが十分です。あの状況なら敵機の行動パターンは大分限定されます、この状況で予測を見誤る程度なら私は『白式』のサポートAIを任されていません』

 

「あの中に突っ込むのか?!空中のPIC制動が安定してない白式じゃ間違いなく『当て』られるぞ、SEだってそんな残ってない、味方の誤射で撃沈とか目も当てらない」

 

『念のための『保険』もあります、失敗が許されないことは理解しているつもりです。マスター、私は奴の基本性能を理解していなかったため一度敗れました、しかし二度目はありません。私に、名誉を挽回するチャンスをくださいませ』

 

「……」

 

ったく、箒といい鈴といい、俺の周りにはどうしてこういう負けず嫌いばかり集まるのかね。

だが悪くない、尤も負けず嫌いは俺も同じだ、その事をこの前認識したばかりだ。

 

「……勝ち以外はなしだぜ白煉、今度こそあいつを落とす」

 

『了解。単一仕様能力を発現します。SEの充填を開始、展開装甲、問題ありません』

 

「跳ぶぞ、『白式』!」

 

俺の声に応えるように、脚部のスラスターが爆発し、空に飛び上がる。

 

「――――!」

 

迷うことなく青い光の中を突っ切る。

青い弾幕の中でも尚、ギラギラと赤く光るバイザー目掛けて、スラスターをフル稼働させる。

 

「……」

 

目を見開いて敵を見る。白煉の言うとおり、灰色のISは余裕で青い光を回避しているように見えてかなり動きを制限されている、あの『分離』がない限り、斬れない気はしなかった。

 

「っ!」

 

スラスターの位置を変換し、思い切り体の軸をずらし、『零落白夜』を振り抜く。正面から見れば頭上から縦に一刀両断にする太刀筋だ、いくら機体の間接を外したところで回避はできない。

 

「――――!」

 

手ごたえはあった、とっさに盾にした敵機の右腕が青い電光を帯電させながら、ただのガラクタになって地上に落ちていく。

だが本体は未だ健在だ、くそ、一発当てりゃ終わりの筈だったのに……!

 

「直前で切り離しやがったか!」

 

相手の方が一瞬だけ早かった、敵のあまりに迅速で的確な判断に、思わず歯軋りする。

 

「まだだ!」

 

いよいよ機体が重力に引かれ落下を始める、だかここで諦めるわけにはいかない。スラスターを回転させながら噴射させ、灰色のISの後ろをとると、突きを浴びせる。

 

だが、今度は足を分解し、盾にする灰色のIS。そのままスラスターを用いて上昇、こちらの攻撃が届かない範囲まで逃れていく。

『零落白夜』は、あくまで『雪片二型』をベースにSEで再構成された刀身だ、もう落ちていくだけのこちらに、勝利を確信したかのように上昇してく灰色のISを斬ることは……

 

ドン!

 

金属同士の衝突音にしては重い音が響き、俺は何とか踏み留まる。

 

「『保険』が間に合った!」

 

『計算通りです』

 

足元にあるのは、セシリアの『ビット』。その羽のような金属板をサーフボードのようにして、白式は空中を波のように漂う。

 

「セシリア! 俺が乗ってるビットのPICを維持したままそっちの制御を切ってくれ!」

 

『わ、わかりましたわ!』

 

これが、初撃をかわされた場合の次の策。

白式の場合、これだけ長距離の大跳躍を実現できることからわかるように、スラスターそのものは十分飛行に必要なだけの推進力を兼ね備えている。

しかし白式はこのスラスターを瞬時に脚部装甲の別の場所に付け替える『展開装甲』の機能を十分に活かす為独自のPICが採用されているため、飛行用のPICが積まれていない。そのため一定以上地上から離れるとモロに重力に引っ張られ、いくらスラスターが優秀とはいえそれだけでは重心を支えられず落ちていってしまう。

しかしこの飛行用のPICを、わずかでもどこかから持ってくることが出来たら。制動さえ安定させてしまえば、後は一度噴射させれば吹き飛ばされるように自由な方向に移動することが出来る展開スラスターを駆使し、白式は擬似的とはいえ『飛行』することが可能になる。

 

「ようするにどうしても体が水に沈んで泳げない子供がビート板持ったら泳げるようになるようなもんか。本当に上手くいくかどうか半信半疑だったけど、なんでもやってみるもんだな」

 

『……的確な言い方ですが何か納得できないものがあります……いえ、今はいいでしょう、マスター、零落白夜の展開限界時間が迫っています、急いでください』

 

「ったく、初飛行を楽しむ時間すらないのかよ!」

 

ぼやきながらも、波に乗り斜めに滑るような軌道で上昇、灰色のISに追い縋る。

 

「!」

 

心なしか、目元の邪悪な笑みが引き攣った様に動く灰色のIS。無理もない、砲撃準備のため姿勢を固定している今、この位置からではもはや腕も胴体も盾にはならない。頭部はこのISのコアの在る謂わば心臓部で、盾にはできないことは既に白煉からデータを取得済みだ。

 

「年貢の納め時だ、人の学校で好き勝手暴れまわるのは楽しかったか、この頓馬野郎」

 

『斬捨御免』

 

灰色のISは焦った様に残った左手の主砲をこちらに向けなおすが、それより前に俺はビットから飛び降り、零落白夜を真上から敵の眉間に突き立てていた。

 

『零落白夜』。

ISの動力であるSEを圧縮、エネルギーそのものの濃縮体で実体を持たない光の刃。

ISのシールドと全く同じもので構成されているそれは、それが現世界で最強の守りであるという事実など意に介さず容易くシールドを引き裂く。

しかも、力はそれだけに留まらない。

 

「――――!」

 

灰色のISが断末魔の笑い声をあげる。

そして青い電光に纏わり憑かれとうに動けない機体を執念で動かし俺を撃とうとするも、砲身に宿っていた光は急速に失われていった。

 

SEで出来た刀身は、ISの機体を切り裂くことはない。何の手応えもなく、ただ対象をすり抜けていくだけだ。

しかし、濃縮された高圧エネルギーは、ISに触れた瞬間にそのISの全身に電流のように駆け巡り、そのISが本来持つSEとお互いに激しい内部干渉を引き起こす。その結果最終的に双方のSEは対消滅し、ISは動力を維持できなくなり機能を停止してしまう。

コストこそ最悪で、リーチもブレードの範囲しか対応出来ないが、当たればまさに一撃必殺の『白式』の切り札だ。

 

灰色のISの、バイザーに宿っていた光が消える。

それと同時に、糸の切れた人形のように地面に落ちていく。

その様子を、結局最初の場所から動かなかったセシリアが呆然としながら眺めている。

いや、本当に助かった。お前がいなかったどうにもならなったよ。

 

「白星達成、っと。でも記録には残らないだろうし、千冬姉には後で説教だろうなぁ……」

 

『それでも勝ちは勝ちです、マスター。前回のまま負け癖がつかなかったのですから、歓迎すべきことではないでしょうか』

 

白煉は相も変わらず辛辣だが、不思議と今回は何故か機嫌のよさそうな雰囲気があった。そんなに勝てたことが嬉しいんだろうか?

まぁ、実力が逼迫してた相手っぽいし尚更なんだろうな。

 

「そうだな、今は後の事なんて考えるのよそう。疲れたし、取り敢えず……!」

 

ハイパーセンサーが地面に落ちて動かなくなった灰色のISが僅かに動いたのを捉え、思わず身構える。

 

「な、零落白夜を喰らってまだ動けるのか?!」

 

『そこまで生優しい武装ではありません、活動に必要なSEを根こそぎ奪う能力ですから……』

 

そんな話をしているうちに、灰色のISの胴体部分を黒いノイズが包み込んだ。

 

「あれは……武装を出してるのか?」

 

『いえ……『単一仕様能力』を応用して機体を量子化しながら再構成しているようです。どのみち見過ごすことは出来ません、追撃しましょう』

 

ああ、と返事を返し、雪片を引き抜く。が、既に時遅く、黒いノイズは収まり、胴体にぽっかり穴が開いた灰色のISの中から烏のような黒い機体を持つ機械の鳥が飛び出した。そいつは『白式』の落下地点から逃れるように飛んで、全力でアリーナから飛び去っていく。

 

「セシリア! あの鳥を落とせ!」

 

『くっ!』

 

とっさにビットと手にしたライフルで追撃するセシリアだが、如何せん対応が遅れた、鳥は巧みに光を掻い潜りながら、セシリアの攻撃が届く範囲から飛び去ってしまった。

 

『……申し訳ありません、一夏さん』

 

それを確認して、悔しそうな顔で謝ってくるセシリア。

流石にアリーナの外まで追撃は出来ない。ISは兵器だ、『ブルーティアーズ』のような射撃タイプとなれば尚更、意図しなくても周囲を破壊してしまう火力を有している。

 

『……ISコアを持ち去られました。どうやら鹵獲防止用の安全装置が作動したようです』

 

「周到だな。ったくどこのどいつだ、こんなふざけた真似しやがって」

 

と、口にはしたものの、心当たりが全くないわけではなかった。

そもそも、今まで不可能とされていた無人ISに、白煉と並ぶほどの高性能なAIの作成。そして、世界でもトップクラスのセキュリティで守られている筈のIS学園に易々とそんなモンを侵入させてくる出鱈目さ。

これらを全部可能とする人間は、世界広しとはいえそうはいないだろう。

 

……でも、あの人の仕業ならどうしてこんなことをする?

 

『マスター、今回の件はマイスターに私が確認を取ります。直接マスターからマイスターに問いただすのは、申し訳ありませんがご遠慮ください』

 

そんな俺の疑問をハイパーセンサーの共有思考で感じ取ったのか、いきなりそんなことを言い出す白煉。やはり、こいつはあの灰色のISを差し向けた黒幕に、とっくに心当たりがついていたのだろう。

 

「……なぁ、白煉。こんな事が起きた以上、一度聞いておかなくちゃいけないことなんだけどさ、お前、俺と束さん、どっちの味方だ?」

 

『……私はマスターの為に作成されたプログラムです。この件もマイスターの意思を汲んだわけではなく、それがマスターにとって最善だと私が判断したからです。どうかご理解ください』

 

「……わかった、取り敢えず今はお前の言葉を信じる。ここまで助けて貰ったしな」

 

『感謝します』

 

「ただし、確認してくれるんなら、あんな真似をしたことについては徹底的に追求してくれ。ちゃんとした理由がない限り、俺は納得しないと伝えておいて欲しい。今回の件は、流石に出来心の悪戯ですむことじゃない」

 

『確かに、承りました』

 

よし。取り敢えず、俺からはそれでいい。お灸なら俺よりも何千倍も怖いあの方が据えてくれる筈だ。

そもそも今あの人と直接話したら冷静でいられる自信がなかった。白煉は、その辺を考慮してくれたのかもしれない。

 

「ったく。昔から人騒がせな人ではあったけどさ。今度は一体、何をやろうとしてるんだ?」

 

コアが抜け落ち、完全に動きが止まった灰色のISを見ながら、俺はずっと前に俺の前からいなくなってしまった、もの心ついたときから知り合いだったもう一人の姉のことを思いつつ、先生方の救援を待つことにした。

 

……やれやれ、千冬姉には、なんと説明したものやら。

 

 




ゴーレム戦終了。
零落白夜は効果変えちゃいました。ISには効果覿面だけど人は傷つけない力ていう方が守るって言葉を良く使う一夏のコンセプトに合ってると思いましたので。まぁ家の一夏さんは諸事情によりまだ人前では守る守る言えないんですけどね。
そして気がつけばなぜかワンオフまで習得していたゴーレムさん……おかしいなぁ当初の予定ではここまでやるつもりではなかったんですけど。

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