IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百二十八話~戦いは次の空へ~

 

 

 ~~~~~~side「フォルテ」

 

 

 ――――こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃなかった!

 

 PICすら満足に機能せず、機体が制御を失って海に落ちていきながら、何度もそんな言葉が頭を過ぎる。

 CBFが始まる前はかるーく流すだけで終わる緩い仕事だと思っていたし、実際最初に戦うことになった、ナマイキにも海上でウチらを倒そうと待ち構えていた内の一年坊の片割れは、まんまとウチの手管にハマッてそのままやっつけられるはずだった。

 

 けれど、突如発現した一年坊の第二次形態移行で、全てをひっくり返されてしまった。今のアニムス形態ではロクに受け身すら取れず、ブザマに腹から海に着水する。

 

 「う、ううぅぅぅ……」

 

 手持ちの自律兵器『チェイサーホーネット』は残り僅か、指令用のフライトウィングは半数を撃ち抜かれ、スラスターも中破。なのに特別ルールのせいでSEだけは無駄にある。有り体に言って、今のマーダーホーネットはもうなぶり殺しを待つ状態に等しい。

 けれど残りのチェイサーを全放出して囮にすればなんとかまだ逃げることくらいは、と算段をつけていると、蒼い光が周囲を突如照らし出した。

 

 「いっ……!」

 

 見ると、あのウチのチェイサーの殆どをゴミのように撃ち落としてくれた、かっこいい合体ロボットみたいな一年坊お嬢のISの新機能が、手の中にこっから見てわかる程の高エネルギー体を作り出しているところだった。

 高エネルギー体はすぐに蒼い大剣のようなカタチになり、チャージが終わるなり、ロボがそれをウチに向かって振り翳した。

 

 ――――ま、マズいって!!

 一発でわかる。またSE削られて負けるだけならいいけど、あんなの喰らえば痛いじゃすまない……!

 

 すぐさま逃走案を放り出し、残りのチェイサーを腹部の電磁誘導砲(リニアカノン)の威力底上げのために使用することを選択。

 三輪程で固めた最高火力でぶっ放せば、なんとか相殺できるかもしれないと残った羽でチェイサーに指示をだそうとし――――

 

 「……アレ?」

 

 失敗。いくら片羽になったとはいえ、この距離からなら指令が届くはずなのに、チェイサーが殆ど集まらない。これは……指令用の電波が届いて、ない? どうして――――

 

 「ハッ……!」

 

 理由はすぐに判明する。この近海の空域に、ECMがバラ撒かれている。ハイパーセンサーが、ECMを放出しながら浮いてる大量のデコイを捉えていた。

 場所はダリル先輩が戦っていた辺り……あの脳筋はこんなデコイなんて小賢しいとかいって絶対に使わない。そもそも機体に積んですらいないだろう。となれば、犯人は一人……!

 

 「あのフランスのおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 やりやがったっ……! エンカウントした時から狡っ辛いヤツだと思っていたけど、こんなサイアクなタイミングでサイアクな横槍を……!

 あ、ああぁぁぁ! 待って! ちょっぴりチョーシ乗ってたの謝るから! あのセンパイにも、謝るからぁ!!

 

 「まっ……へっ?」

 

 状況は完全に詰み、あとは止めを刺されるのを待つばかりとなったウチは、もう恥も外聞もなくサレンダーを宣言しようとして――――

 突然あのロボが攻撃態勢に入ったままエメラルドグリーンのノイズに包まれて消え、一年坊のお嬢が力を失ったように前のめりに落ちてくるところを見た。

 

 「やっべ!」

 

 反射的にすぐさまアニムスを解除、スラスターをやられてガタ落ちした機動力でなんとか海上を滑るように飛び、海に落っこちる前ギリギリのところでお嬢をキャッチ。

 顔を覗き込むと、お嬢は眠るように意識を失っていた。それを確認したところで、搭乗者戦闘続行不能による、お嬢のレース脱落の通知がハイパーセンサー越しに表示される。

 

 ……第三世代兵裝の使いすぎで、脳のキャパオーバーを感知したISによる意識の強制閉鎖か。第三世代機を使い出したばかりの候補生には別段珍しい現象じゃない。あんなハチャメチャな能力だ、フィードバックもさぞデカかったはず。第二次形態移行がいかにISを強化しようが、その力が身の丈に合っているとは限らない。お嬢にはいい勉強になっただろう。

 とはいえ……結果的には勝ったとはいえ、流石にあんなボコボコにされておいて勝ち誇れる程、ウチもお調子者じゃない。今回は……しゃーないから、負けってことにしといてやっか。

 

 「ハー……ま、確かにあんときはちょっとやり過ぎちゃったッスし。後で菓子折でも持ってくッスかね」

 

 ニンゲン、いいヤツもいれば悪いヤツもいる。

 IS搭乗者だって同じだ。ウチらみたいに軍属じゃない、競技ISの世界だって絶対にキレイごとだけじゃすまない。むしろ、こんなお嬢みたいなキレイどころだからこそ、台頭される前にツブしちまおうって考えるヤツは絶対に出る。

 とはいえ、んなことは学園じゃ絶対に教えない。どいつもこいつも、頑張りゃ結果は裏切らないとか、キラキラした現実が見えてねーことばっか言う。なら……ちっとくれーは、本当のゲンジツってヤツを教えてやるのも、センパイってヤツの仕事の一つだ。ウチらみてーな軍出のいかにも荒くれっぽいヤツらなら、そーいう振る舞いにも説得力が出る。

 そう思って、ずっと憎まれ役を続けてきたけど……ま、このお嬢ならダイジョブそーかな。見た目の割にガッツがあった。将来、ウチの何倍もタチのワリー連中に絡まれても、そう簡単に根をあげちまったりはしないだろう。

 

 所詮お遊びの戦いとバカにされることもあるけど、なんだかんだでISバトルはIS競技の花形だ。

 毎度毎度、新しいものを見せてくれる。キラキラしてるのだ。ウチはそっちの道には進めないし、このお嬢もどういう道を選ぶのかわからないけど。もしそっちへいくのなら、いつか、ウチらを楽しませてくれるようになるんかな。

 

 「ま……頑張ったんじゃないッスか? コーハイ」

 

 意識のないお嬢に、そう声を掛ける。

 このザマじゃウチももう脱落みたいなもんだし、特別サービスだ。回収役もやってやるから、きっと将来大物になるんだぞ。

 

 

 

 

 「あー……セシリアは負けちゃったか。もっと上手くやれればなぁ……」

 

 「ゲッ……」

 

 ……と、スタート地点に戻ろうとしたところで。

 専用機仕様の、オレンジ色のラファールが目の前に降りてきて、思わず呻き声が漏れる。

 こいつがここにきたってことは……え、ダリル先輩負けたの!? あの人、頭ゴリラだけど三年じゃ実質トップの実力なのに!?

 

 「えっと……SE残ってるみたいだから一応、聞きますけど。先輩、まだ僕と戦えます?」

 

 「アホ言ってんじゃねッス。ウチはもうこのザマ、リタイアッス。ドロップアウトッス……それとテメー、よくもECMなんざバラ撒きやがって。お陰でもうちょっとで、なんも出来ずに消し炭にされるトコだったッス」

 

 「もうちょっとだったかー、ちぇ。セシリアなら通常モード相手に千日手に持ち込んで、アニムスを使わせるところまで持ってってくれると踏んでたんですけど、僕がダリル先輩相手に苦戦しすぎちゃって、デコイ放出が遅れちゃったんですよねぇ」

 

 やっぱわざとかコイツ! ……そう、チェイサーはアニムス形態時でないときは完全自律型なため、ECMの効果が出るのはフライトウィングから放出される電波で、チェイサーに指示が出来るようになるアニムス形態時だけなのだ。確かにもっと早くあれをやられていたら、ISの戦術がチェイサーに依存するところの大きいウチは、お嬢が第二次形態移行するまでもなくやられていたかもしれない。

 しかしダリル先輩の相手をしながら、こっちまで気にする余地があったとは……フランスの、恐ろしいヤツ……!

 

 「確信犯ッスかこのヤロー……ん、フランスの。さっきまでの王子ムーブはどうしたんスか? ウチら相手でもタメ口だったじゃねッスか」

 

 「え、あ、あはは……失礼だったならすみません。先輩達と戦う前、戦闘の気配を察知されてバトルカメラで追われてまして。バトルカメラだとオープンチャンネル音声拾われちゃうんで、ちょっとロールを。今はもう戦闘終わってレースカメラに戻ったんで、いいかなって」

 

 「あん時からもう演技(ロール)してたんスか?」

 

 「イギリスで研修してた時に、何度かISバトルの試合に出させて貰ったんですけど、ああするとどうもウケが良くて。宣伝になるからって頼まれて、続けてるうちに癖になっちゃって……」

 

 はー……もう本場で揉まれてきた猛者だったんか。そらツエーわ。お嬢はまだ搭乗者としてはともかく、ISバトラーとしちゃ蕾みだったが、こいつは元々の才能もあるだろうがもう花開ききっている。戦闘中にカメラを意識して動けるヤツは、代表レベルになってもそんなに多くはない。

 

 「へっ、流石はもう過去の栄冠とはいえ、第二世代機黄金期は三大シェアの一つなんていわれてた、ラファール擁するデュノア社長令嬢の面目躍如ってトコッスね」

 

 「それ、最近よく言われるんですけど、僕そんなにキャリアが長いわけじゃないんですよね……後、デュノアは返り咲きますよ。もう、結果は出してますし」

 

 「そりゃ悪かったッスね……で。アンタも流石に無事ってわけじゃなさそうッスけど、ウチと一緒にリタイア組ッスか?」

 

 「体あちこち痛いですし、本音言っちゃうとそうしたいんですけど。生憎まだちょっと、やることがありまして。流石に優勝は無理でしょうけど、もう少しだけ頑張ってきます」

 

 フランスのが再びスラスターとPICを作動させ浮き上がる。機体はズタズタのボロボロで、SEももう残り二割を切っている。その状態で何ができんだとは思うけど、本人がやる気なら水を差すこともないか。

 そんなことを考えながら、そのままウチに背を向け飛び去ろうとするフランスのを見送ろうとすると……フランスのが、何か思い出したようにあっと声をあげながら、こちらを振り返った。

 

 「そうだ、フォルテ先輩。ダリル先輩、あっちのほうで満足そうな顔で気絶してるんで、申し訳ないんですけど、リタイアするならセシリアと一緒に回収して貰ってもいいですか?」

 

 ……あのゴリラ! 海上CBFで力尽きるまで戦うんじゃねえよ! 何処までコーハイに面倒掛ける気だ!

 一瞬無視して置き去りたい衝動に駆られるが、今はよくても後が怖い。仕方なくウチが渋々頷いたのを見届けると、ありがとうございます、とペコリと一回頭を下げ、今度こそフランスのが飛び去っていく。

 

 「一夏が降りてくるまで後少し……もう出来ることもあまりないし、箒には悪いけど。僕は君の力になるって、決めたからね」

 

 去り際にふと、そんな呟きが聞こえた気がした。

 

 

 ~~~~~~side「箒」

 

 

 『え……? ゴールへ行かないんです?』

 

 一つ目のチェックポイントを通過し、『二つ目』目指して私が舵を切ったところで、紅焔の不思議そうな声が響いた。

 今の紅椿は自力で飛行できないので、移動は海上を走って行くしかない。当然飛んでいる他の出走者よりは遅いが、それでも時速80kmくらいは出ているようだ。改めて、ISのパワーアシストというものは凄まじい。

 現在位置をレーダーで確認するついでに、ハイパーセンサーでレースの状況を確認すると、高得点獲得予想者の欄に見知った名前があった。谷本、相川、鏡……CBFに参加を表明して以来、積極的に搭乗訓練に参加し、集まったデータについて日々研究、研鑽を続けているのを見てきた友人達だ。私も人の心配をしていられる立場ではないが、それでも報われて欲しいと願う。

 

 『ご、ご主人様。チェックポイントを多く通れば、その分ポイントが増えるのはその通りなんですけど。今のほむたちの速度ですと、距離対比補正タイムスコアが最終ポイント精算時に足を引っ張っちゃいます。撃破ボーナスを考慮しても、コースが長距離になるほど不利になっちゃいますよ?』

 

 「……わかっている。『勝つ』のであれば、先程のチェックポイントでとって返し、ゴールするのが正しい。生徒会長にも、そのように言われた」

 

 紅椿全体の再展開は結局、今日に間に合わせることは叶わなかった。種目がレースである以上、飛べない紅椿は元よりまともな手段では、勝利を手に入れられない。どうしても、私の元来嫌いな搦手を弄さざるを得なかった。

 そしてここまでは、それで上手くいった……いや、いってしまった。これならば確かに、会長の策通りに動けば、私は勝てるのかもしれない。が――――

 

 「私は勝つための方策こそ授けられたが……『勝て』とは言われていない。生徒会長は、『最善を尽くせ』と言ったのだ」

 

 『……? それは、何か違うんですか?』

 

 「お前は馬鹿らしいと思うだろうが……心情的な話だよ。このまま仮に勝てたとしても、私自身が『最善を尽くした』とは思えない」

 

 『いえ! ばからしいなんて、思いません! ご主人様がそういうことが嫌いなのは、ほむも知ってます!』

 

 「はは……お前には、出会ったその日から情けない話を聞かせてしまったからな。ああいうのは、あの剣道の試合の日のことでもう懲り懲りだ……何、足が遅いのが響くなら、その分また戦えばいい。立ち塞がるものは、全て薙ぎ倒して進む。最終というには期が早いが……会長の言うところの、『最後の手』で行く。共に征くぞ、紅焔」

 

 『は……はい!』

 

 絢爛祈刀によるSE循環を行い、金色の光が満ちるなか、足に力を籠める。

 既に全力疾走している手前、これ以上速くとは中々いかないだろうが。雨月から湧き上がるSEの奔流を浴びると、不思議と体が軽くなるような感覚を覚え、足も軽くなる。これならスタミナの心配は要らなそうだ。

 とはいえ……枯れてから再充填を繰り返す紅椿の今の方式上、SEの現在値が非常にわかり辛いのだが、ハイパーセンサーに表示されてる再充填可能回数は、出走前と比べれば最早三割ほどまで減ってきている。充填数が残っていても、充填できないまま現存SEが完全に切れれば、その時点で紅椿は脱落と判定される。慢心すれば、言葉通り道半ばで果てることになりかねない。用心しなくては……

 

 『!……レーダーに反応! こっちに近づいてきます! 処刑人(エクセキューター)です!』

 

 「む……!」

 

 フ、気を引き締め直したところにお出ましとは。

 無論、油断はしないが……立ちはだかる者は全て、と決めたところでもある。

 私は、私を証明するためにここにいる。それを邪魔するというのであれば……何者であろうと、須く。踏み越えていかねば、なるまいな。

 

 


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