IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百二十七話~蒼穹穿つ魔弾~

 

 

 ~~~~~~side「セシリア」

 

 

 まずはまだ蜂の姿のまま動かないフォルテ先輩にカーテシーを披露し挨拶。いかに礼を失した相手だろうと、同じところに落ちてしまうのは貴族としては失格だ。

 これで最低限の礼儀は果たした。後は……全力を尽くすだけだ。

 

 「さあ、今こそ顕現なさい! わたくしの剣……わたくしの騎士!」

 

 そのわたくしの呼び声で、ブルーティアーズの四つのビットが待ちわびたとばかりに勢いよく、蒼と翡翠色の光のコントラストで周囲を彩りながら、踊るように空へ舞い上がっていく。

 そして一定の間隔を開けて整列するように停止した後、拡張領域内に収納されていたものを全て解き放ち、一つに『合体』する。

 量子展開していることを示す翡翠色のノイズと変形を繰り返し、瞬く間に蒼い鎧を纏い、光子で形成された淡く輝くマントを羽織った『騎士』が完成する。

 

 『ナイトビット』。蒼い光に包まれた、わたくしとブルーティアーズの単一仕様能力(ワンオフアビリティー)が悠然とわたくしの前に降り立った。

 

 「か……カッケェ……」

 

 フォルテ先輩もこの新しいわたくしの力に畏れ慄き動けないようで――――

 ……あら? あの方の反応、わたくしが想像してるのと違くありません? なんといいますか、全身装甲ISで全く表情がわからないのに心なしかマーダーホーネットの複眼センサーの辺りがキラキラしてる、ような……

 

 『随分と早いお呼びじゃないか、我が主。そんなに私が恋しかったのかい?』

 

 「……!」

 

 いきなりフォルテ先輩の反応に調子を狂わされていると、追討ちとばかりに顕現したばかりのナイトビットより、プライベートチャンネルから茶化すような声が響いてくる。

 ……ええい、最初会ったときは礼儀を弁えた大人しそうな方だと思っていましたのに、名前を与えた瞬間から急にはっちゃけだしましたわね、貴方(アーサー)は!

 

 「減らず口を叩いている時間があったら役目を果たしなさいな。貴方の力が欲しいから呼んだのです。あまり、わたくしを失望させないでくださいまし」

 

 『それはそれは。光栄なことだ。では……まず戦いの前に。こちらをどうぞ、レディ』

 

 「きゃ……!?」

 

 ナイトビット……アーサーが機械仕掛けの手で器用に指を鳴らすと、わたくしの手の中で翡翠色のノイズが急に荒れ狂い、量子格納してあった武装が強制展開される。

 それは、かつてインターセプターだったと思わしき近接用ショートブレードだった。思わしき、というのは、形状がかなり変化していたからだ。かつてのインターセプターはスターライトに合わせたデザインのサーベル状のブレードだったが、このブレードは所々に蒼い花と鳥の刻印が描かれた、美しい芸術品のようなレイピアといった体だ。実用的な刀剣というより、持っている者の身分を表すための軍刀、といったところだろうか。

 

 「あ、貴方勝手にわたくしの武装まで……!」

 

 『どうせ殆ど使わないんだからいいだろう? 私を戦わせるときは、その『セクエンス』を使って指揮して欲しい。なくても問題はないが、細かい命令もダイレクトに伝えられるし、状況によっては私の力の一部をその武装に移譲させることもできる』

 

 「そんなことまでできますの!?」

 

 『あまり貴女のためだけの騎士となった、私の力を見くびらないで欲しいものだ……状況はわかっている。早速指揮を頼むよ、セシリア』

 

 「畏まりました……いきますわよ、突撃なさい!」

 

 普段のビット操作の時と変わらないやり方だが、取り敢えずは一度やってみようとセクエンスをフォルテ先輩に向けて突き出すように翳す。

 フォルテ先輩もそれを見て呆けていた状態から立ち直り、身構えようとしたが、その時には既に遅かった。

 

 ナイトビットが蒼い光のマントをはためかせながら、一瞬で翡翠色のノイズと共にブルーティアーズ本体のものと寸分違わぬウィングスラスターを展開、銃弾の如く飛び出したのだ。

 第三世代兵裝とはいえIS搭乗者のいないビットが瞬時加速で迫ってくるという事態に、わたくし自身はおろかフォルテ先輩も驚いたのか対応が遅れた。ナイトビットは一瞬で彼女にゼロ距離まで接近すると、推力を維持したまま動けなかったマーダーホーネットの頭装甲部分を容赦なく殴り飛ばした。

 

 「みぎゃあぁー!」

 

 猫のような悲鳴を上げながら装甲の破片を撒き散らし後方に吹き飛ばされていくフォルテ先輩を確認したところで、漸くわたくしも我に返ってアーサーにプライベートチャンネルで抗議を飛ばす。

 

 『アーサー? わたくし、突撃とは命じましたが、フォルテ先輩を殴れとは命じていませんわよ?』

 

 『ああ、すまない。先走ってしまった。まあ……私も先程まで貴女がこの汚らわしい虫けらに無体な真似をされるのを、もどかしく見ていることしか出来なかったんだ。少しくらいは目を瞑って欲しいな』

 

 アーサーの返事は今までで一番朗らかな声だった。フォルテ先輩には確かに苦戦していたし、心配を掛けたのは申し訳ないとは思うけれど、それを差し引いても本当にわたくしのISはいい性格をしている。この単一仕様能力を使わなければアーサーの人格は発現しないとはいえ、これからは少し付き合い方を考えなくてはならなくなりそうだ。

 

 「っあー……カッケー変形でユダンさせてからフイうちとかナイってー、サイアク! もうウチ怒っちゃったんだから! 泣いて後悔しなって!」

 

 と、思わず頭を抱えそうになっているとフォルテ先輩の怒りに燃える声が響き、マーダーホーネットの四枚の大型ウィングが再び震え威嚇のような激しい羽音を鳴らすと、自律兵器の複眼部分が再び赤く光り、猛攻をかけんと四方八方からわたくしとナイトビットに迫る。

 それに気を取られた瞬間フォルテ先輩が視界から消えたのに気づいて、わたくしはここにきて自身の失策を悟る。

 ……マーダーホーネットのハイパーセンサージャミングがまだ解けていない! いくら戦闘能力が強化されても、わたくし自身の目が塞がっていては先程までの二の舞になる。どうしたら……!

 

 『何を焦っているのかと思ったら……あの虫の毒がまだ残っているのか。なら、こうしようか』

 

 「……!」

 

 自律兵器が迫る中、冷や汗を流すわたくしの頭に、再びアーサーの声が響いたのとほぼ同時。

 急にジャミングが解けたかのように、視界がクリアになる……けれど、先程までと立ち位置が違う。良く確認してみれば、後方に『わたくし』の姿があって思わず声をあげそうになった。

 

 『セクエンスの機能を使って、ナイトビットのハイパーセンサーを貴女のIS本体とリンクさせた。ただ、これだと視界の問題は解決しても、視点は私のものになってしまう。動けるかい?』

 

 「……誰にものを言っていますの? わたくしは貴方の搭乗者でしてよ?」

 

 『フッ、私の主は頼り甲斐があってなによりだ』

 

 BT適性保持者として、三次元空間認識の訓練は嫌というほど受けてきた。『見えてさえいれば』、わたくし自身の身体だろうとビットの操作と変わりはしない……大丈夫。動ける……!

 

 「アーサー! 露払いを任せます!」

 

 『……やれやれ。騎士としての最初の仕事が害虫駆除とは締まらない。だが、命じられたからにはきっちり遂げなくてはね』

 

 レーザーの発射口をわたくしたちに向け今にもレーザーを発射してくる様子の自律兵器に向けて、ナイトビットは手を広げつつ五本の指を向ける。

 それだけで終わった。蒼い無数のレーザーが緩やかな曲線を描きながら、虫を捕らえる円形の籠のように周囲を駆け巡ったと認識できた頃には、わたくしたちを取り囲んでいた自律兵器が全滅していた。

 ……わたくしが想定していたのと少し違うが、今のは間違いない。光子干渉による、『偏光射撃』……!

 

 「……え?」

 

 「……は?」

 

 呆けた声が重なる。けれど先に立ち直れたわたくしは、ハイパーセンサーで背後に移動しつつあるフォルテ先輩を捉え、わたくし……ブルーティアーズ本体を操作、スターライトで狙撃させる。

 

 「な……なんで? なんでぇ!?」

 

 しかしフォルテ先輩がギリギリで回避行動をとったのと、わたくしが流石に自分を操作するという工程にまだ慣れていなかったため掠めた程度に終わってしまった。けれど、今のでコツを掴んだ。次は外さない。

 

 「まったくもう……酷いですわ。わたくしがあんなに苦労していた偏光射撃を、こんなにもあっさり……」

 

 完全に優位に立ったことに油断したわけではないけれども、次を撃つ前についそんな愚痴が漏れる。

 ……これでは、お姉さまに教えを請うてまで何とか地力で習得しようとしていたわたくしが完全に道化のようではないか。

 

 『ははは、あれは私としてももどかしくてね。大体、ハイパーセンサーで感覚を強化して尚光の速度を知覚できない人間が、ピンポイント偏光射撃なんてできるわけないだろう?』

 

 「で、でも! 貴方だってわかっているのでしょう!? わたくしは、あの時、確かに……!」

 

 『……まあ、そうだね。でも、貴女もわかっているようにあれは人間の所業ではない。ISである私の認識でだってそうなんだから、結論は一つ……あれをやったIS搭乗者は、『人間』ではないってことだ』

 

 「人間、では……ない?」

 

 『その辺りについては詳しい説明は期待しないでくれよ? サイレントゼフィルスの搭乗者のことなんて私にだってわからない。ただ、言いたいのは……あれに触発されて真似しようなんて前提がそもそも間違ってたってことさ。いやあ、やっと言えた。ずっと悩んで見当違いの努力続けている貴女を見続けるのは、本当に忍びなかったんだ』

 

 「き、きいいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 ああ! もう! 悪気がないのはわかっているけど! 腹が立つ!

 貴方からすればそれはもう見当違いだったのでしょうけど、わたくしは常に本気で取り組んできたことだというのに!

 

 「なら、正規BT試験運用機である貴方が、完璧に偏光射撃の習得法を教えてくれるというのですね!?」

 

 『勿論。実に簡単だ。全て私に任せればいい』

 

 「……はい?」

 

 『だから、そもそも人間では光の速度を捉えられないのだから、いくらイメージしたって発射してから曲げようなんて無理だって言っただろう。これは最初から、全部ISに『やらせる』工程だ。あの白式の搭乗者の少年にも言われていたが、貴女はなんでも一人でやろうとしすぎる。唯一無二の自分の専用機くらいは頼って欲しい』

 

 「っ……」

 

 言われて、思わずハッとする。

 ブルーティアーズのビットにしても、今まで全部自力で操作するもので、それを続けるうちにISの力は全部自分自身で扱うものだという先入観と思い込みがあった。

 最早全てを手足のように扱える自信からくるものでもあったのだろうが、同時に傲慢だったのかもしれない。能力的に無理だと理性でわかっているにも拘わらず、偏光射撃は自力で出来て当然と、根拠もなく信じ続けていた。

 ……恐らく、それが今日まで、この力をわたくしが手にするのを、阻み続けてきたのだと、知った。でも――――

 

 「頼って……いいの?」

 

 両親が亡くなって。これから一人でオルコットを守っていくのだと、ずっと思って生きてきた。

 IS搭乗者となり、代表候補生となったわたくしも、自然とそういう形になった。今更自分の専用機だからといって……いや、専用機だからこそ。寄りかかって、甘えてしまっては、もう二度と一人で立てなくなってしまうのではと、そんな弱気が顔を出す。

 

 『……貴女がそうなってしまったのは、私が貴女の専用機として不甲斐なかったのもあるのだろうね。その分の遅れを、どうか今から取り戻させて欲しい。貴女は、私を『使え』』

 

 「貴方を、使う……?」

 

 『私は貴女の騎士であり、剣であり、銃である……そう思え。頼りにするのは、貴女がそうしてもまだ歩いて行けると、はっきり確信できるようになってからでいい。だから――――』

 

 言いながら、ナイトビットがブルーティアーズ本体の射線に入る位置に腕を翳す。

 今はナイトビットを視点としているわたくしの位置から、不利を悟ってまた一時的に逃げだそうとスラスターを起動しだしたフォルテ先輩の背中が見えるよう、空中で立ち位置を変えながら。

 

 『――――撃て、セシリア。貴女が何処へ撃とうと当ててみせる』

 

 「……ええ!」

 

 頼るのは、今は保留。

 わたくしの内心を汲んでくれたアーサーに内心で感謝しつつ、彼の意思に応えるために。わたくしの身体にスターライトを構えさせ、発射準備に入る。

 ……見える。まだトリガーを引いていないのに、これから放つ光の弾丸が辿る道が、敵を穿つ軌跡が見える。

 あの、サイレントゼフィルスの遠距離狙撃のような、全角度にフレキシブルに曲がる劇的な偏光はできない。けれど光の速さなら、多少遠回りしようが相手に届く時間は全くといっていいくらい変わらない。

 まして、狙いは逃げる相手の背中。アーサーには格好つけたところお生憎様だけれども、これならわたくし一人でも外しようが……ない!

 

 「ひっ……! あ、ああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 スターライトから放たれた蒼い光が、緩い曲線を描きながら起動しようとしていたマーダーホーネットのスラスターと左側の大型ウィングを貫く。

 そのダメージでPICすら完全に維持出来なくなったのか、フォルテ先輩のISはフラフラと海面に落ちていった。

 

 






 かなり初期から決まってたブルーティアーズの単一仕様能力をやっとお披露目できました。ナイトビットの偏光射撃のイメージはジェフティのホーミングランスだったりします。サイレントゼフィルスのはアヌビスのそれ。

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