IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百二十五話~殺人蜂《マーダーホーネット》~

 

 

 ~~~~~~side「セシリア」

 

 

 「ワォ。意外とやんじゃねッスか、お嬢」

 

 「っ、フォルテ先輩もお上手ですわね」

 

 フォルテ先輩の機体は、最初の見立て通りわたくしと同じ遠距離志向にしてオールレンジタイプのISだった。

 手にした武装は実弾スナイパーライフル。わたくしのスターライトと間合いは同じで、威力も同等。

 こうなってくると必然的に勝敗を分けるのは搭乗者自身の実力にウェイトが傾くことになるのだが……恐らく純粋な射撃技術なら、あちらが射撃時に大きな反動の伴う実弾兵器なのもあり、ほんの少しだけわたくしの方が上だ。

 しかし、実際の勝負はわたくしの有利とは単純にいかなかった。理由は彼女のISが保有する、特殊な自律型兵器にある。

 

 「もう……! 本当に、厄介な……!」

 

 それは遠目に見ると雲霞のような、一つ一つを見ると大きめの蜂のような形をした超小型の自律ユニットだった。

 フォルテ先輩の『マーダーホーネット』の肩部分にある非固定浮遊部位(アンロックユニット)のハニカム状に開いた穴の中から次々と湧き出すように出現、自律飛行を開始すると、集団でこちらを取り囲むように飛びながらお尻の針の部分に当たる場所から極細のレーザーを発射して攻撃してくる。

 この攻撃自体はブルーティアーズ本体はおろか、各ビットのシールドであっさり塞げてしまう程度のものでダメージはないが、手数が多すぎる。害にはならないが、かといって無視もできない程度の威力のレーザーの雨は、ブルーティアーズのシールドの上から少しずつ削ぎ落とすようにSEを削り取っていく。

 ISにダメージがなかろうが、戦闘用SEが切れれば試合においては負けになる。フォルテ先輩の攻撃は、そこを重点的に突いてきていた。ライフルによる狙撃も、わたくしに無理に当てようとはせずシールドの減衰を狙ってきている。IS本体のダメージでは恐らくわたくしがリードしているが、SEのダメージレースにおいては負けている。このままだと結果的に負けるのはわたくしの方になる。

 

 無論、わたくしもそのまま何もしなかったわけではない。

 既にストライクガンナーは一度量子格納、スラスターとして使用していたビットを全て放出し対応に当たらせている。

 マーダーホーネットの蜂型自律兵器は、完全な自律型なようで思考回路自体は単純、反撃すれば簡単に打ち落とせる程度のものでしかない。ビット単体でも、レーザーを撃つまでもなく体当たりするだけで蹴散らせる。

 4機のビットでこちらを狙う自律兵器に対処、わたくし自身でフォルテ先輩を撃ちダメージを与える。その戦法で先程からなんとか持ち堪えている。せめて、狙撃で自律兵器が湧き出しているあの非固定浮遊部位を破壊できれば優位に立てそうなのだけれど……流石にそれはあちらもわかっているのか、こちらに若干余裕が出来たのを悟るとすぐスターライトの有効射程外まで逃げる。

 わたくしは代表候補生の同期達の中では唯一まだ瞬時加速を習得できていない。自律兵器にビットで対応している以上ストライクガンナーが使用できない今、瞬時加速を使えるフォルテ先輩に逃げに徹されると、わたくしでは追い縋れない。

 

 でも、それでも彼女を追っている内にシャルロットさんとは随分と離れてしまった。お互い一対一になってしまったが、あちらは大丈夫だろうか……?

 

 「……千日手ッスね。このまま我慢比べでも勝てはすんでしょうけど、あんまそれポトポト落とされるんのも面白くないッスし」

 

 「あら。お嫌ならもう出すのをおやめなさったら? 別にこのままでもいずれ全部落としてご覧に入れますけれど」

 

 「ハッ、とんだ跳ねっ返りお嬢ッス。ま、このままだとホントやられちまいそうなんで、もちっと、ウチも頑張りレベルを上げるッス。モーレツ過激にいくッスよ~」

 

 「……!」

 

 思ったよりもわたくしが粘ってみせたのに痺れを切らしたのか、フォルテ先輩が動く。

 手にしたライフルをいきなり量子格納したかと思うと、山吹色の装甲を持つ彼女のIS全体をブラウンのノイズが包み込むように展開。フォルテ先輩を呑み込むように、フレームを『作り替えていく』。

 これは、もしかして。話に聞く合衆国の第三世代兵裝……!

 

 「――――マーダーホーネットアニムス、『換装(コンバート)』。こうなっちまうと、もうちょっと抑えが効かないんよ。怪我しちゃったらカンベンなー、コーハイ」

 

 ――――数秒も経たずノイズが収まり組み上がったのは、彼女のISの自律兵器をそのまま巨大化させたような形の機械仕掛けの『雀蜂』。

 最早人の形の面影すらないフレームに変形したマーダーホーネットは、コンパクトになった背部スラスターの脇に装着された、4枚の大型ウィングを本物の蜂のように高速で羽ばたかせ、周囲に唸るような虫の羽音を響かせる。

 

 その瞬間。ザワッと羽音を変化させ、わたくしを取り囲んでいた自律兵器の動きが変化した。

 猛攻。今まで自動的で散発的だったレーザー攻撃は一瞬で動きが統率され、自律兵器が一点に密集し糸を紡ぐように同時に放たれたレーザーはビットのシールドを貫通しダメージを与え始めた。

 さらに、そのことに危機感を感じビットの制御をやり直そうとすると、複眼部分を赤く光らせた自律兵器のいくつかがレーザーを発射している群れから外れ、わたくしの顔面めがけて特攻を仕掛けてくる。即座にスターライトで撃ち抜くも、数が多く射線から逃れた僅かな数の自律兵器がシールドを掻い潜り、ブルーティアーズのバイザー部分に取り付いてしまった。

 

 「っ、あっ……!」

 

 ISの上からとはいえ本当の雀蜂に付かれたような不快感を感じ、すぐに手で払ってレーザーで撃墜するも、わたくしに取り付いた自律兵器は既に役割を終えていた。

 それ等はレーザーの発射口から針のような小型の実弾を発射し、バイザーに打ち込んでいたのだ。

 効果はすぐに現れる。ハイパーセンサーに『Hornets jammer』という表示が出ると同時に異常のアラートが点滅し、センサーで捕捉できる範囲が『狭まり』始めた。

 

 「目、を……!?」

 

 拙い……! 幸い最早手足のように動かせるビットの制御に支障は出ないが、オールレンジタイプのIS同士の戦いにおいてハイパーセンサーの利点が失われるのは目を塞がれたに等しいハンデを背負うことになる。

 フォルテ先輩はわたくしのその隙を見逃さない。彼女自身あの針を受けるとどうなるのか正確に把握しているようで、気づいたときにはもう今のわたくしの見える範囲に彼女の姿はない。しまっ――――

 

 「ああっ……!」

 

 視界の端に、辛うじて何かキラリと光るものを捉えられた瞬間、シュヴァルツェア・レーゲンのレールカノンのような強烈な砲撃を横から叩き込まれ、フィンアーマーの一部を砕かれながら空中を錐揉みさせられた。

 反撃しようとするもフォルテ先輩はやはり視界に捉えられず、今度は先程の砲撃で私の意識が一瞬途切れ制御が曖昧になった隙にビットの一つが自律兵器に取り付かれ、顎で囓りつかれて推進装置が壊されようとしていた。高速飛行させて振り払う。

 

 ――――自律兵器の一つ一つが、まるで一つの生き物みたいに……これが、『アニムス』か……!

 流石にこの数の自律兵器全てをわたくしのビットのように制御下に置いているわけではないだろうが、アニムスによる並列処理演算は人間の発想や能力では実現しえない戦術や行動を可能にするという。

 恐らくこの自律兵器『全て』にアニムスのプログラムが打ち込まれており、女王蜂と働き蜂の関係のようにフォルテ先輩が命令を出すことで、彼らはそれに忠実に行動するようになっているのだ。その力が、あの姿になることで解放される。

 

 けれど、今になってそれがわかったところで何ができる……? 完全に先手を打たれ、制御できる武器の数で負け、目を潰されたこの状況から、何が……

 必死になって考えるも、答えは出てこず。わたくしは、マーダーホーネットの怒濤の波状攻撃に、次第に追い詰められていった。

 

 

 

 

 「んー……やっぱ、ショセンお嬢ってこったね。一回崩れたら脆いのなんの」

 

 ……あれからなんとかビット共々撃墜こそ免れたもの、武装も装甲もボロボロのわたくしの前に、最早姿を隠す必要もないと判断したのかフォルテ先輩が現れる。

 機体も悲鳴をあげているが、わたくし自身も装甲が剥がれた脇腹部分をあの高威力の砲撃で執拗に狙われ、絶対防御がわたくしを守ってくれていて尚撃たれた場所がジクジクと痛んだ。CBFの、普通の試合よりもSE上限値が高い仕様のお陰で早々にSE枯渇で敗北することはなかったが、その分痛めつけられるような形になってしまったのだ。ビットの制御に意識を集中していなければ、気を失っていたかもしれない。

 

 「でもま、そんだけ痛めつけられてまだ立ってられたコはおひさかなー。最近はどーもこんじょーナシがおおくってさー、困っちゃうよねー。うん、アンタは頑張ったよ、頑張った。だから……もう、ギブしちゃいなって」

 

 止めとばかりにマーダーホーネットの尻尾の砲身が向けられ、その周囲を無数の自律兵器が環を描いて飛び始める。

 ……あれが、先程からわたくしを狙ってきた高威力砲撃の正体。自律兵器をああして飛行させることで強力な電磁石として機能させ、あの砲身から撃ち出された砲弾は反発力で再加速して実質レールカノン並の威力を速度を叩き出すことが出来るのだ。

 あんなことが出来るということは、それだけマーダーホーネットが自律兵器に詳細な指示を出すことが出来る証明でもあった……もう実質殆どわたくしのビットと変わらない。

 

 「――――サラ先輩も、こうやって怪我をさせましたの?」

 

 殆ど詰みに近いこの状況で思わず出たのは、諦めでも悪あがきの悪態でもない、そんな言葉だった。

 フォルテ先輩はそれを聞いて、蜂の体で不思議そうに首を傾げる。

 

 「へ? ……あー、そういやいたねー、よわっちークセにウチらにやりすぎー、とか言ってきたお嬢みたいなセンパイ。え、なに? あの人、自分がやられたからってコーハイに泣きついたの? ダッサ」

 

 「っ……!」

 

 あの方がどんな想いでわたくしに忠告してくれたのかも知らないで……!

 サラ先輩を貶され歯ぎしりしながら、それでもそんな相手に手も足も出ないことが悔しくて涙が零れそうになる。

 

 「あ、やー、泣いちゃヤダって。やりすぎたとは思ってるって……このアニムスってのもベンリなことばっかじゃなくてさー。戦いのための機能なんでしゃーないっちゃしゃーないんだけど、プログラミングされてる生物の思考って攻撃的なヤツばっかなんよ。だからさー、今のウチそうだけど、どーしてもこの形態んときは『そっち』に引っ張られちゃうんさ」

 

 「……でも! IS搭乗者ならば、自身の力はISのものまで含めて卸してこそではないですの!?」

 

 「うへー、耳が痛いねー……でもさ、それ言っちゃったらさ。アンタもアンタのあのセンパイも、ウチに言わせりゃIS搭乗者シッカクだよ」

 

 「なんですって……!」

 

 「ウチもさー、いちおー軍属だっつってもさー、カクゴだのどーだのクッサいこと言いたくねーけどさー……その辺抜きにしたって、ISって競技じゃん? 上か下じゃん? キョーソー社会じゃん? つえーのがジャスティスじゃん? よは、そーいうことだよ。アンタもセンパイも、ウチよか強きゃケガなんてしなかったっしょ? ウチらがやりすぎだとか間違ってるとかそーいうんは、ウチらブッ倒して上から言ってくれりゃー文句ないけどさ。よえーヤツに下からウダウダ言われても、ウッザいだけなんよね」

 

 「っ!」

 

 あまりに傲慢な意見だ。第一印象には確かに調子を狂わされたが、一学期初頭のラウラさんのような者達だろうという推測自体はやはり外れていなかった。

 確かに、強い力を持つものが人より優位に立つのは摂理として仕方のないところがあるのはわかる。けれど、その筆頭であるわたくしたちのような者が、今まで鎬を削った末に下してきた者、その立場にすら立てなかった者たちの声に耳を傾けないのであれば、今このような場所で学んでいること自体が無意味になってしまう。

 彼女はそれすら然りと言うかもしれないが、この場所で成長できたことを実感しているわたくしは絶対にそれを認めたくない。認めたくないのに……!

 今、この場で倒されてしまえば、いくらわたくし自身が否定しても彼女の言葉が正しいことの証明になってしまう気がした。だから負けたくない。絶対に、負けたくないんだ……!

 

 ――――お願い、ブルーティアーズ! いままで貴方の力を引き出せなかったわたくしが、こんな姿にしてしまってから今更都合のいいことを願っているのはわかってる! けど……どうか、もう少し頑張って。わたくしに、力を貸して!

 

 「ま、早いハナシ。ウチが自分のIS使いこなせてねーっつーなら、テメーがウチ以上に使いこなしてウチに勝ってみろっつーこと……ムリだろーけどね、今のアンタじゃさ!」

 

 超高速の弾が撃ち出される。最早回避は間に合わない。せめて一矢報いてやると、わたくしは直撃した後すぐに動けるよう身構えようとして――――

 

 

 

 

 「――――え?」

 

 せめて比較的装甲の厚い腕部で受けようと構えていたが、いつまで経っても来るべき衝撃と破砕音が来ず思わず腕を降ろす。

 するといつの間にか、わたくしを襲うはずの砲弾はおろか、フォルテ先輩も、さっきまで纏っていたはずのブルーティアーズまで消えていて。

 気づけば、わたくしは全く記憶にない白い部屋に、ISの代わりに青いドレスを纏って一人で立っていた。

 

 ……いや。一人ではない。白い部屋は広いものの家具が殆ど置かれておらず殺風景だが、部屋の中央に大きな木製の円卓が置かれており、椅子が十三席置かれている。

 そして、円卓から見て今わたくしが立っている位置の向かい側に……中世の騎士が纏うような、蒼みを帯びた銀色のプレートアーマーを着込んだ何者かが、一番奥の席に座ってわたくしを真っ直ぐ見ていた。

 

 


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