IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第十二話~嘲笑う灰色~

「寸勁・・・」

 

数多い中国の拳法の中でもトップクラスの習得難易度と破壊力を持つとされる鈴のそれは、ISの対衝シールドが発動しない絶妙な速さをもって突き込まれ、体格で勝る箒を軽々と吹き飛ばした。

あいつは付け焼刃だの言っていたが、これはもうそんなレベルの腕じゃない。

 

「なんですのあれは・・・凰さんは、いったいなにをしましたの?あれはどういった武装ですの?」

 

セシリアは鈴がなにをやったかわかっていないようだ。無理も無い、鈴はそもそも殴ってすらいない。

傍目から見れば箒の腹に拳を当てた程度にしか見えなかっただろう。

 

「あいつの国の武術みたいなもんだよ。武装じゃない」

 

「・・・ISを装着しているとはいえ、人の腕一つであんなことが出来ますのね・・・奥が深いですわ」

 

「・・・誰にでも出来るわけじゃない、普通はあのレベルに到達するには年単位の時間がかかるって聞いてる」

 

「そう・・・やはり、才能、ですのね」

 

そう言って黙り込んでしまうセシリア。どうにもこいつは自信が十分才媛な癖に、才能のある人間に対して妙なコンプレックスを持っているような節があるのは話すようになってから感じていた。どうにも、天才の心境ってのは

イマイチよく分からない。

 

「しかし、あれを喰らって倒れない箒も流石だよな」

 

絶対防御があるとはいえ、相当な衝撃だったはずだ。

それでも箒はしっかり地面に足をつけたまま、鈴を睨めつけている。

 

「・・・驚いた。アレを喰らって立ってたのはアンタが初めてよ」

 

鈴も驚きを露にしている。それだけ、自分の先程の一撃に自信があったのだろう。

 

「・・・ふん、あれくらいで私を倒せると思ってもらっては困る」

 

そんな憎まれ口を叩き、再び剣を構えながら鈴に向き直る箒。

だが、その様子はどこかいつものものと違っているような・・・

 

『『打鉄』腹部装甲小破。SE11%消耗』

 

先程までと同様箒と鈴の機体の状況を淡々と告げる白煉。いや、今更だがこれって本当はずるいんじゃなかろうか。

こっちだけ一方的に相手のHPがわかるようなものだ。まぁ出来てしまうものはしょうがないか。

しかし、思ったより機体にはダメージ入ってないみたいだな。流石量産機とはいえ防御力に定評のある機体だけはある。

 

『『甲龍』の攻撃、『打鉄』の絶対防御を一部貫通。『打鉄』搭乗者、バイタルダメージを受けています』

 

「なっ」

 

と関心していたが、次の白煉の説明で思わず青ざめる。

改めてみれば、箒の口元には何か赤い筋のようなものが走っている。血が流れているのだ。

 

「大丈夫なのか?」

 

『命に別状はありません。ですが、念のため医療機関による正確な診断を受けるべきだと判断します』

 

命に関わる怪我ではないとわかり取り敢えずは安堵したが、やっぱそうだよな。絶対防御なしでは下手すれば死ぬような一撃を受けたんだ。

だが肝心の箒さんがそんなの関係ないとばかりにやる気満々なのが困ったところだ。

あ、盾を捨てやがった、あいつ本気でやる気だ、ますます不味い。こいつは一回千冬姉に事情を話して無理にでも試合を中止させてもらうしかないか。

 

そう思い立ち上がろうとしたところで、聞き覚えのある音が左耳に響いた。これは・・・

 

「被オートロック時のアラート?白煉お前何のつもり・・・」

 

文句を言いかけたところで、アリーナに重い衝撃が走った。その地震のような縦揺れに、アリーナの至る所で悲鳴があがる。

 

「っ、これは?!」

 

『警告。unknownよりロックされています。至急安全な場所に移動し次第、『白式』を展開してください』

 

「はぁ?!どういうことだよ?!」

 

訳がわからず、周囲を見渡す。

先程まで睨み合っていた箒と鈴も、こちらの異常に気がついたのか周囲を警戒しているようだ。

だがあいつらには今ハイパーセンサーがある、原因を見つけるのはあいつらのほうが早かった。

 

「なによ、あれ・・・」

 

そう呟いた鈴の視線を追って見て、俺は思わず息を呑んだ。

 

「IS・・・なのか?」

 

ISの造形は、機械というよりもむしろ鎧のそれに近い。現代の兵器では実質破る手段が無いとされるほど強固なシールドを保持しているISは、全体をがっちりと装甲で固めてしまうのはむしろその長所を無駄にしているとして、搭乗者のビジュアルを押し出すのも合わさり最近のモデルでは特になんのためにISを展開しているのかと思ってしまうくらい搭乗者が「見える」。

だが今鈴の視線の先、アリーナの上空に浮かんでいるそれは、まさにそいうった今のISの造形に逆行する、フルプレートの灰色の全身鎧だった。

全体的にずんぐりとして見えるのは、細いボディラインに不釣合いな巨大な両腕のせいだろう。腕だけ何か他の生き物を腕を無理矢理接合したような不気味さがある。顔は頭全体を覆う漆黒のバイザーで完全に隠れており、はっきり言って人が本当に乗っているのかさえ疑いたくなるくらい、今まで見てきたなかで人間味の無いISだった。

 

そいつが、不意に俺に向かってその不恰好な腕を向けた。

手首が無く、その代わりにぽっかりと穴の空いたその先端に赤い光が宿るのを見て、ようやく俺は自分が狙われていることを悟った。

 

「セシリア!皆を避難させてくれ!」

 

「い、一夏さん?!」

 

慌てた声のセシリアを他所に、俺は出来る限り周りに人のいない場所を探して走り出す。

だが場所は観客席。周りは人で溢れかえっていて、そう簡単にはそんな場所は見つからない。

かといって俺のIS展開は少し強引だ、場所を考えないと周りを巻き込む、いくら自分が危ないからといって自分が誰かを傷つけていいことにはならない。

 

しかし、そんなことをしているうちにアリーナが真っ赤に染まる。

あのISが腕の主砲を撃ってきたらしい、光の後に先程とは比べ物にならないくらいの振動がアリーナを襲う。

 

『アリーナの防護シールドに甚大なダメージ。次は80%を超える確立でunknownの主砲はシールドを貫通します』

 

「くっ!」

 

それは不味い。光だけでアリーナを赤く染め上げるほどの大火力、ISの技術で作られたアリーナのシールドを2発でズタボロにするトンデモ兵器だ、人が直接受けようものなら2,3人位簡単に蒸発するだろう。今の観客席自体いきなりの出来事に集団パニックが起き掛けている、こんな状態であれをここに落とされれば一溜りも無い。

 

再び、上空のISの両腕に赤い光が灯る。まだ周りには人がいる。

あれをもう一度撃たれたらどうなる?そう考えたとき、ふっと、『あの日』のことが頭に浮かんだ。

 

「っ! っざけんな! 白煉! アリーナのシールドを破れるか?」

 

『現在の状態なら可能です。私もそれしかないと思っていたところです、急いでください』

 

「くそっ!」

 

観客席の最前列に全力で走る。

可能な限り周りと距離をとるため、最後のスパートで最前列の椅子の背もたれに飛び乗りそこから飛び降りた。

 

「白式!」

 

同時にISを展開、全体の構成が終わるを待たず右腕に展開された雪片をシールドに叩きつける。

少し抵抗があり、ジジッと何かが焼ききれるような音が響いたのも一瞬、雪片は見事シールドを切り裂き、俺は『白式』を纏ってアリーナの試合場に着陸する。

 

直後、再び赤い光が上空のISから放たれた。

 

「いきなりかよ!白煉!」

 

『了解』

 

脚部スラスターを噴かせて全力で回避行動をとる。

赤い光はアリーナのシールドを紙切れかなにかのように突き破り、試合場の地面を抉り取った。

 

「野郎、やりやがった!白煉、観客席に被害は?!」

 

『今のところ負傷者はいません、どうやらあの『ブルーティアーズ』の搭乗者が上手く纏めているようです、彼女に任せておけば問題は無いでしょう。

unknownの標的はどうやらマスター・・・いや、『私』のようです。この場所で私達が引き付けている限りは彼等に手を出すことはないと予測します』

 

『一夏!貴様何をやっている!』

 

白煉の報告が終わるか終わらないかのタイミングでプライベートチャンネルに通信が入る。この声は・・・千冬姉か。

 

「何やってる、じゃねーよ!この状況見ればわかんだろ、千冬姉はさっさと観客避難させろよ!」

 

『お前に言われずとも今やっている!そんなことより、すぐに篠ノ之と凰を連れて退避しろ!あのISはお前では対処できない、すぐに教師陣が制圧に向かう!』

 

「言われなくても二人は避難させるさ、だけど俺は逃げられない」

 

『何・・・?』

 

先程まで上空から主砲で俺を狙い撃ちしていた正体不明のISは、俺が試合場に降りたのを見計らったのように砲身を俺に向けるのをやめると、ゆっくりとこちらに向かって降りてくる。もはやシールドは機能していない、あのISの行く手を阻むものはない。

 

「理由は知らないけど、あいつの狙いはどうやら俺らしい。俺がここから逃げれば、あいつは追ってくる。そうすれば、他の連中も巻き込まれちまう」

 

『馬鹿な・・・』

 

「大丈夫だよ、逃げるだけだったら結構上等な機体だ、精々無様に時間稼いでみる。だから救援出来る限り早めに頼んます」

 

『・・・その言い方は少し引っかかるのですが』

 

うるさい白煉横槍をいれるな。

 

『・・・仕方の無い奴だ。いいか、絶対に無理はするな。わかったな!』

 

「・・・了解!」

 

プライベートチャンネルが切れる。取り敢えず千冬姉の太鼓判は貰った、後は、

 

「箒、鈴!見てたろ、緊急事態だ!すぐに先生達が来てくれる、だからお前らは逃げろ!」

 

「・・・お前はどうするのだ、一夏。私の目に狂いが無ければ奴はお前を狙っているように見えるが」

 

「そうよ。あたしってあんなヤバそうな奴アンタ一人に任せてとんずらするような薄情な奴に思われてたわけ?」

 

くそ、こいつら、こんな決闘騒ぎ起こすくらい仲悪いくせにこんなときだけ連携しやがって。

 

「ん~なんとなく事情は察した。ホーキ、こいつをお願い」

 

「何?貴様、一体何をするつもりだ?」

 

「別に。ここ来てから色々溜まってた憂さ晴らしと、折角勝てそうだった試合に水を差してくれたお礼を兼ねて、あのゴリラをぶっ飛ばしてこようかなって」

 

「おい、勝手に話を進めんな!だから逃げろって言ってんだろ!」

 

「む、確かに一本とられたが私はまだ負けていないぞ凰。勝手に皮算用をするな」

 

「残念、このまま判定になればあたしの勝ちよ、この様子じゃもう試合続行は無理だしねー。でもまぁ、再試合がやりたいってんなら受けて立つわ、アンタには心から参ったって言わせてやりたいし」

 

駄目だ聞いてねぇ。こいつら変なところで茶々を入れられたせいで逆にすごいやる気になってるぞ。畜生どうすればいい。

 

「いい加減にしろよ!下手すりゃ死ぬんだぞ!これは試合とは違うんだぞ!」

 

「だったら尚更。下手すれば死ぬような奴相手と一人でなんか戦らせない。あたしはこういうときのために強くなったんだから」

 

「凰・・・お前・・・」

 

「ちぇ、それなのにこんな奴に隣で守るポジ譲るの業腹だけど、まぁしょうがないか、そのドン亀じゃあ空中戦駄目っぽいし。じゃ、任せたわよ!」

 

背部スラスターを吹かし、空中に浮き上がる鈴。止めようとするが、白式には空中で体勢を安定させるPICが搭載されていない。

下手にジャンプで連れ戻そうとして、落下中を狙われるのは最悪のパターンだ。

 

「鈴、くそっ!」

 

『やめろ一夏。凰は危険を承知で行った、それほどまでにお前を守りたいんだ。ならばお前はあいつを信じてやるべきだ』

 

「だけど・・・」

 

「大事な人を守るために強くなりたい、という感情は私にも覚えがある。そういう人間にとっていざというとき培った力を振るえないのはとても悔しいことだ。お前はあいつをかつての私のような目にあわせたいのか?」

 

「くっ・・・」

 

箒の言いたいことはわかる。だが、だからといって鈴が危ない目にあうのを承服できるわけがない。

今のところ、例のISは鈴の接近を気にすることなく、真っ直ぐ俺に向けて突っ込んで来ている。かといって鈴がこれから手を出せば当然黙ってはいまい。

 

「・・・仕方ない。箒、お前だけでも行け。お前が怪我してるのは知ってるぞ、今のお前じゃ足手纏いだ」

 

最悪、鈴が接触する前にスラスターを最大稼動させて跳躍、奴に斬り込む。

そのつもりで白煉に準備しておくよう指示し、箒にもう一度逃げるように言う。

 

「心外だな一夏。お前ならまだ私が本気を出していないことくらいわかると思っていたのだが」

 

ああわかってたさ、持ったこともない盾なんて装備して戦いに臨んだ時点でお前が本気じゃないのは。

それで代表候補生と訓練機であれだけ戦えたこいつは本当に化け物としか言いようがない。流石は、IS学園始まって以来初めてIS適性検査で世界でも数人しかいないという破格の適性値『S』を叩き出した天才だ。最も、これはそうじゃなくてもIS開発者の妹なんて大きな爆弾を抱えてる箒にとっては状況をさらにややこしくするスキャンダルになり兼ねないため、事実は隠蔽され千冬姉のような一部の人間しか知らないことなのだが。

 

「お前が強いのは知ってるし、認めるさ。だが、あのISの砲撃を見ただろ?俺や鈴の機体の機動性ならともかく、お前の機体じゃかわしきれない」

 

だが、箒自身のスペックがいくら高かろうが扱っているISはあくまで量産機、箒用にチューニングされた専用機じゃない。先程の鈴との戦いでも、機体性能の差は見ている側からも歴然だった、実際戦った箒が感じたそれはこちらとは比べ物にならないだろう。

 

「・・・かわす必要は無い、あれはオルコットの機体と同じ光学兵器なのだろう?ならば、お前があの時用いたのと同じ手を使えば・・・」

 

『・・・箒様、お言葉ですが、あれが誰にでも出来ることだと思われるのは困ります。ハイパーセンサーがあるとはいえ人の感覚で光を知覚しかつ的確に迎撃するのは不可能です。それに敵の主砲は光学兵器ではありません。あれは背部環状粒子加速器で加速させた電子を放出し、その運動エネルギーによって発生する摩擦熱で対象を分解する『荷電粒子砲』です。その性質上雪片を用いても反射することは出来ません』

 

箒のトンでも理論に思わず白煉から突込みが入る。うん、その通りだ。あれは実際理屈がわかっても自分で出来る気がしないからな。

っていうか、あの砲撃ってそんなヤバい兵器なのか。こいつはますます鈴が心配になってきた。

こうなったら、もう一度プライベートチャンネルで鈴に呼びかけようとしたところで、

 

ドンッ、と鈍い音が響くと、こちらに真っ直ぐ向かってきていた敵ISの軌道が横にブレた。

 

「なんだ?」

 

まだ鈴はあのISとは接触できるほど近づいていなかったはずだ。かといって鈴も、前の箒戦でやったように手を前にかざしているだけで、何か武器を使ったようには見えない。

 

『『龍咆』です。空間ごと圧縮した大気の砲弾を撃ち出す衝撃砲で、砲身、砲弾共に視認できません。中国のIS開発部が開発したIS武装の中でも最新鋭のものです』

 

あいつまだ隠し玉があったのか。言われてみれば先程の対戦でも少し違和感があった、箒の苦い顔から察するに、あの鈴の寸勁を喰らう直前でこいつらしくない明らかな隙が出来たのはアレを喰らったからだろう。

 

直後に再び2,3回打撃音が響き、その度に灰色のISの体が何かに突き飛ばされるようにブレるものの、意に介した様子も無く構わず俺に向かってくる。

 

「かてーなアイツ」

 

『敵機の装甲が強固なのもありますが、それ以前に『龍咆』の威力が低いのです。大気の砲弾は距離による威力減退が非常に激しいのが問題でした、あの武装は最新型とはいえその課題を十分にクリア出来ていません』

 

「くそ、やっぱ俺がやらねーと。白煉、いけるか?」

 

『『零落白夜』は使えて二回です。使用するなら確実に命中させてください』

 

言葉と同時に『零落白夜』使用によるSE消費量をセンサーに表示させてくる白煉。

うお、こんなにかよ。改めて己が切り札の燃費の悪さを思い知り思わずたたらを踏むが、仕方が無い。

こいつらが逃げない以上、こいつらをこれ以上巻き込まないためには、増援を待ってる時間は無い。

 

「鈴、退いてろ!俺がやる!」

 

『・・・わかった、どうするつもりかしらないけど、ちゃんと決めなさいよ!』

 

鈴も折角の隠し玉が効果が無いのを自覚していたのか、渋々といった感じで灰色のISから距離をとる。

奴は馬鹿正直に今もゆっくりとこちらに近づいてきている、あの鈍臭さなら白式の跳躍で十分捕らえられる。

 

「いくぞ白煉、斬り込む」

 

『了解。『零落白夜』、スタンバイ』

 

腰を落とし、スラスターにいつでも点火できるよう準備しながら白煉の言葉を待つ。

 

『『零落白夜』、構成完了』

 

「おお!」

 

スラスターに点火、一気に空に浮き上がる。

奴もこちらの動きに気がついたのか主砲を積んだ両腕を向けてくるが遅い。

あの主砲は確かに大した火力だが、撃つまでにかなり長い時間の溜めが必要らしい。実際、俺は発射の前兆である砲身の先端に赤い光が宿るところすら見えないうちに灰色のISの懐に飛び込めた。

 

「――――!」

 

迷いは無い。

今回は先に向こうがこっちを狙ってきた、こっちがやられるまえにやり返す分にはこちらが責められる謂れは無い。

だから俺は必中の距離で、『零落白夜』を振り抜いた。

 

 

 

 

違和感は直ぐに来た。

手ごたえが無い。『零落白夜』は実体を持たないエネルギーの刃だが、そういう感覚とは別に、剣を握る者として『当てた』感覚がないのだ。

だがそんなことは有り得ない。いくらISとはいえ、居合いにおける必殺の間合いからの一撃だ、斬る直前にも『当たらない』未来なんて一部も見えなかった、

そもそもこいつはかわそうともしなかった。

 

そして、そうやって混乱しているうちに直ぐに違和感の正体を知り青ざめる。

 

「なっ・・・」

 

灰色のISは、上半身と下半身が真っ二つに切り離されていた。

一瞬やっちまったとパニックに陥りかけるが、何とか持ち直す。この事態は、前に白煉に貰ったこの武器の特性の情報を考えれば有り得ない。

だが、その持ち直すまでの一瞬が致命的だった。灰色のISの下半身はそのまま、上半身は反転して地面に落ちていく。

そして、上半身のバイザーで隠れた顔が、跳躍を終えやはり落下を始める俺と向き合う。

その瞬間灰色のISのバイザーの目の部分を覆う箇所に、赤い光が灯った。赤い線で表示されているのは文字じゃない、これは・・・

 

「口・・・か?」

 

子供の落書きのような滅茶苦茶な筆跡で描かれた、こちらを嘲笑う様にギザギザの歯を剥き出して嗤う口。それが目元に表示された敵ISは、全体の造形の異様さも相成りかなり不気味だった。

 

『やはり・・・貴女ですか『黒煌』! これはいったいなんのつもりです!』

 

そんな声が聞こえてきて一瞬誰かと思い、直ぐに白煉だと気付く。

こいつがこんな感情的に声をあげるのは初めてだ、なにかこの『白式』と因縁のある奴なのだろうか。

 

『――――』

 

そして、白煉の声に答えたのは笑い声。

良く聞いていないと聞き取れないくらいの音量の癖に、何人もの子供がおかしくてたまらないといった様子で笑う笑い声の輪唱に思わず背筋が凍る。

 

『落ち着いてください、マスター。あれは無人機です。その後のふざけた演出はあれを操っている存在が面白がってやっているに過ぎません』

 

「無人機?だけど、ISに無人機は今のところ・・・」

 

存在しないんだろ、と言いかける。流石に今まで授業で何も聞いてこなかった訳じゃない、そもそも人が乗らなくてすむような物なら今の女尊男卑なんて時勢が生まれるようなことだってなかった。白煉の言うとおりならこいつは『ISは女しか扱えない』という不文律を前提から覆す存在だ。

だが、すぐに白煉の言葉を証明する出来事が起こり言葉は最後まで出ずに引っ込んだ。

二つに分かれた灰色のISの上半身と下半身が、空中で再びお互い引き合うようにくっつくと元通りに合体したのだ。

そして空中で向き直り、左手をこちらに向けてくる。そこには既に赤い光が満ちていた。

 

「野郎・・・あの状態でしっかり充電してやがった!」

 

『可変展開スラスターによる制動で回避します、衝撃に備えてください』

 

セシリアのミサイルを回避したときのあれか、なんにせよ助かる・・・

 

『――――』

 

再び先程の笑い声。

その直後灰色のISの腕がじりじりとこちらの動きを見定めるように動く。

 

「なあ、白煉、あれって」

 

『・・・私の行動パターン予測を先読みして・・・マスター、演算領域拡張のためPICの制御を一部緩和します、少し辛いかもしれませんが堪えてください』

 

「ああ、わかった、任せる」

 

何が起きているのかは知らないが、このままだとかわせないのでそうならないため相手の行動予測に全力を傾けたいということらしい。

こちらとしては任せるしかない、最悪PICが上手く働かず腕か足を持っていかれる事になっても、あれを直接当てられる事に比べれば安い。

 

脚部スラスターに火が入り、前に経験した時同様急激に視界が反転する。

 

「ぐっ・・・!」

 

同時に目の前が真っ赤になる。ISのシールド、装甲越しでも分かるほどの熱量に息が詰まるが、これで急場は凌いだ・・・

 

『次弾、来ます。集中力を維持してください!』

 

「っ!右腕も?!」

 

灰色のISの今までだらりと下げていた右腕にも赤い光が満ちているのをハイパーセンサーで確認して愕然とする。

ったく、こっちはさっき不十分なPIC制御下で相当無理な体勢での回避を強いられた直後で体がガタガタだってのに!

 

だが相手はこっちの事情なんて待たない。容赦なく2発目の主砲を発射し・・・

避け切れない、そう観念したところで何かに突き飛ばされ、その予想外の衝撃で砲撃の範囲から弾き出される。

 

「ったく、手間かけさすな!」

 

「鈴、助かった!」

 

どうやら鈴が龍咆でこっちを狙い撃ちして敵の狙いを逸らしてくれたらしい。

俺がふらつきながらなんとか着地すると、箒と鈴が庇うように俺の前に移動する。

 

見れば灰色のISは既に地上に着地し、こちらの様子を伺うように静止している。

目の前の二人は、そんな敵機を、薄気味悪そうに見つめている。そりゃあ、あんな趣味の悪いバイザーを見ればこの反応は当然だ、先程の空中分解の件もある。

 

「箒、鈴!最後だ! 今なら上にシールドもない、逃げろ!見てただろ、冗談じゃ済まないやつだぞ!」

 

「そうだな、最後にしてくれ一夏。そう何度も無理なことを頼まれても呑むことは出来ん」

 

「大体、満足に立てもしない癖に大見得切るんじゃないの。ホーキ、こうなったら仕方ない、共同戦線よ。あんな得体の知れない奴相手にどこまでやれるかわかんないけど、まぁ時間稼ぎでいいならいけるわよね」

 

「お前らっ・・・!」

 

くそ、どこまでも強情な連中だ、あんな不気味なISを相手取って尚立ち向かおうとしてやがる。

 

「いいだろう。それで凰、いきなりだが、それに差し当たってひとつ頼みたいことがある」

 

「何よ・・・っていけない、あいつまたアレを撃つ気だわ、悪いけど、まずあれを止めてからでいいかしら?」

 

「いや、すぐ済む、簡単なことだ、私の機体の機動力では、奴が主砲を撃つまでに私の間合いまで踏み込むことが出来ない、だからお前の『甲龍』の最大出力で私の背中を押して突っ込んでくれ」

 

「・・・はっきり言って分が悪いわよそれ。あたしが一人で突っ込んだほうがずっと確実じゃない」

 

「それを承知で頼んでいる、最悪この頼みが原因で間に合わないようならそのまま私を盾にしろ」

 

「箒、お前何を言って・・・」

 

「ふ~ん、ま、そこまで言うならいいわ、アンタが言い出したんだし消し炭になっても恨むんじゃないわよ」

 

「鈴!やめろ!」

 

箒の『打鉄』の背中に手を当てて甲龍のスラスターを起動させる鈴を止めようと手を伸ばす。

が、突如左膝を鈍痛が襲いそれも叶わない。畜生、やっぱまだ不十分なPICで無理な機動をしたツケから回復できてない・・・!

 

――――!

 

『甲龍』の背部スラスターに加え、今まで使われていなかった尻尾状のウィングスラスターにも火が入る。

爆音を轟かせ、箒と鈴は既に腕の先端に赤い光を灯らせている灰色のISに突っ込んでいった。

 

 




「絶対防御は絶対じゃない」を、敢えて語らず行動で証明する鈴ちゃんをやりたかったのです。中国四千年の功夫はミサイルすら上回ります・・・後先はあまり考えていません。
ゴーレムは無人機だからこそ出来る事を意識した改変を施した結果魔改造になってしまいました。またまた次回に続きます。

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