IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百十八話~最悪の邂逅~

 

 ~~~~~~side「千冬」

 

 

 ――――思えば。

 都内にあるIS委員会事務局(ここ)にやってくる前から、嫌な予感はしていた。

 委員の連中は老獪だが臆病だ。そんな連中が自分から私を呼びつけるような真似をする時点で、何か必ず裏があるだろうとは思ってはいたが……結果から言えば、思っていたのより、というか、考えられる限りで最悪の事態になった。

 

 

 

 

 「よう」

 

 柳韻師と共に事務局の大会議場に招かれた私が最初に目にしたのは、一人の男だった。

 見知った委員の連中はいない。ほぼがらんどうの大会議場の中、その男だけが、行儀悪く中央の大きな円卓に腰掛けながらこちらに手を上げて挨拶した。

 

 それを認めた途端、私は即座に束から預かっていた、腕時計を装った量子収納ウェアから得物を呼び出し男に斬りかかった。

 

 ――――!

 

 「……こんなことになるだろうとは思っておったでの。静まらぬか、千冬」

 

 それをすんでのところで止めたのは柳韻師だった。刀を抜こうとした私の腕を強く握り、首を振りながらそう言う。

 静まれ、だと? この男を前にしておきながら、私が……!

 

 「助かったよ、リュウ。今のはヤバかった、凌げるイメージが全く湧かなかった。よくもまあ、娘をこんなんにしてくれたもんだ」

 

 「ふん。そちらも全く同時に得物を取り出しておいて良く言う。余計なことしたかのう」

 

 「勘弁してくれ。体は反応できても、もう昔みたいには動けない……千冬のことを言っているのなら、それこそまさか、だ。色々あったが、なんだかんだでお前には感謝してるよ。こいつをきちんと一人立ちするまで育ててくれたことも含めてな」

 

 「気安く私の名前を呼ぶな!」

 

 「……やれやれ。わかっちゃいたが、嫌われたもんだ」

 

 思わず歯軋りする私の傍……かつて、私が父と呼んだ男は、先程挨拶したときのように気さくに柳韻師と話し始める。

 

 「IS委員とやらの姿が見えぬが……」

 

 「あんな連中のことはどうだっていいだろ。で、お前箒ちゃんには無事会えたのか? 千冬と一緒にいるってことは少なくともIS学園には行ったんだろうが」

 

 「まあ……それについてはお蔭様でと言うべきかのう」

 

 「そいつは重畳。で、大方轡木爺さんに千冬の護衛でも頼まれたってところか……流石にあの爺でも俺がここに来ることまでは想定できなかったらしいな。俺が千冬に手を出すわけないだろうに」

 

 「あのお人はお前がおると知っておればそもそも千冬をここに寄越さなかったであろうよ……ともあれ、話を逸らすでない。さっさと問いに答えんか」

 

 「ああ、それなんだけどな……あいつら、自分で呼びつけておいて千冬が怖くて話したくないとか抜かしてるから、『代わって』やったんだ。笑えるだろ、よりによって『全員』だぜ?」

 

 喋りながら、奴はさもおかしそうにクツクツと笑う。

 

 ……奴ら、逃げたのか。しかもただ代役を立てるならまだしも、よりによってこの男を引っ張ってくるとは、連中はよほど私の忍耐力を試したいらしい。

 確かに考えてみれば、ここは内部で行われる会議を逐一記録する機能を持つIS委員会の大会議場だ。どこで誰に見られているかわからない以上、いきなりこの男を殺しにかかったのは軽率だった。柳韻師がそこまで考えていたのかはわからないが……また、借りを作ってしまった。

 

 「……それはおかしな話だのう。各国のお偉方が務めているような要職の方々から、何故お前のようなお尋ね者にお呼びがかかるのだ?」

 

 「おいおい、別に俺はお尋ね者ってわけじゃないんだぜ? お前の娘の長女の方に目の敵にされてるから、風評被害で勝手にそうみたいにされてるってだけさ。そうじゃなきゃ、こんなところに大手を振るって出てこれないし……」

 

 奴はそこで一度言葉を切り、小さなカードをようなものを私に向けて鋭く投げた。

 受け止めて確認すると、奴の名刺のようだった……そして、そこに書かれている奴の『役職名』を見て、私は思わず固まることになった。

 

 「――――そんな役職にだって、就けやしないしなぁ?」

 

 「……馬鹿な! 『IS学園理事』だと!? 貴様が……!」

 

 そんなはずがない、と一瞬全てを否定しにかかろうとする、が、途端に何かが頭の中で引っ掛かった。

 

 「やはり、そうでないかとは思っていたが……あの亡国機業の件は、貴様の差し金か!」

 

 「おいおい千冬、いくらなんでもそりゃ先走り過ぎってやつだ。まあ、連中がこのタイミングで動いてくれたのが俺にとって都合が良かったのは認めるがね」

 

 「いけしゃあしゃあと……柳韻師を学園に招いたのは貴様の手引きだろう!」

 

 「ああ。今回のことで俺がやったのはそれだけだ。それがどうして、その亡国何某とやらがやらかしたことと繋がるんだ?」

 

 「都合が良すぎるからだ! このタイミングで、狙い済ましたかのように貴様がここにいることが……!」

 

 「……よさぬか、千冬。お前の言いたいことはわかるが、今それを証明することは儂等にはできぬ」

 

 「ですが……!」

 

 「立場を弁えよ。ここまでやってきた理由を思い出せ……何であれ、奴のあの肩書きが本当のものであるのであれば、お前は沙汰を下される側で奴は下す側だ。現時点で言いがかりにしかならぬことを捲くし立てても、良いことなど一つもありはせん」

 

 「っ……!」

 

 その正体が掴めない苛立ちもあり、今となっては最早憎しみしか持ち合わせていない目の前の男に食って掛かって、再び柳韻師に窘められる。

 ……状況は理解はしている、冷静になるべきだ。それでも、束の夢を壊し……何より一夏を最後まで見ようともしなかったこの男を見ていると、かつてないほどの怒りが際限なく湧き上がってくる。

 私が限界なのをその殺気から理解しているのか、私を諭す柳韻師の表情も険しい。

 

 「ああ……そういや、元はそういう話だったな。俺としては久しぶりに娘に会いたかったってだけで、別にあの爺さん婆さん方の代わりをやってやろうって気はなかったんだが……」

 

 「私は貴様の娘じゃない!」

 

 「はぁ……ヘコむぜ。今まで大分お前のために骨を折ってきたってのに、当の千冬からはこれだもんな」

 

 「何だと……」

 

 「『シャルロット・デュノア』って子。知ってるか? 知ってるよなぁ? お前の教え子だったはずだが」

 

 「……!」

 

 ここで思いがけない名前を聞いて思わず面食らうも、すぐに思い直した。

 ……あの少女のことは、私の方でもなにかしら手を打とうと動いてはいた。だが思えば、彼女がここを去ってから以降、私が本格的に動き出す前に、あの更識の娘が彼女を見つけ出し、『シャルル・デュノアの妹』となど、冗談のような肩書きであっさりと復学が叶った。

 私も更識の家のことは知っている。だからこれは、あの娘の手腕によるものだと思っていたが……それを込みにしても、デュノア社が第三世代機を発表し勢力を盛り返したタイミングといい、考えてみればあまりに都合が良すぎた。

 まさか……

 

 「ま、人助けっていうには大分迂遠な真似をしたがな……あの子の親父が俺のところの昔の取引先の社長でさ。なんでも後妻と上手くいってなくて大層困ってるって聞いてちょっと調べてみたら、大分面白そうなことになってたんで首を突っ込んだんだ」

 

 「貴様は……!」

 

 「なんで怒る? お前の担当の生徒がドデカいスキャンダルって風で爆発しないようにコトを収めてやったんじゃないか……いやまぁ、そのために若干値の張る『投資』をしたんで、こういう形で元は取らせてもらったがな」

 

 「……やはりか。貴様、シャルロットのことをネタにフランスの委員会を強請ったな?」

 

 「強請るとはまた人聞きが悪い。俺は連中にちょっと吹き込んだだけだよ、『俺はこういうネタを知ってる』ってな。それで逆恨みで差向けられた連中を返り討ちにしてやったら、まさか後ろ暗いところのある奴らが一族総出で雲隠れするとは思わなかったが」

 

 「白々しい……奴らも含めて貴様が消したのだろう」

 

 「さて、ね。どうだっていいだろ、どの道もう表舞台からは退場した連中だ。そんなことより千冬――――」

 

 ――――柳韻師の忠告の意味は理解していた。私自身、冷静でこそいられていないがまだ、自分自身を抑えられているつもりでいた。あの、私では救えなかった少女とこの男がどこまで関わったのか、さらに聞き出すべきだとも思っていた。

 だが――――

 

 「――――いい加減。『おままごと』はやめて、俺のところに戻ってこないか?」

 

 何の気なしに。とても気楽な調子で放たれた、その一言で、私は完全に自制を失った。

 

 

 

 

 再び私を阻もうとする柳韻師を振り切り、今度こそ目の前の邪悪な男を斬るべく太刀を抜き放とうとした、その時。

 

 「!」

 

 咄嗟に身の危険を感じて踏み込みを中断、後ろに飛びのくのと、議場の天井を突き破り奴がいた所に紅蓮の光の柱が急遽立ち上ったがほぼ同時だった。

 光は直撃地点にあった机や椅子、床を一瞬で消滅させ、その周囲も赤く融解し膨大な熱気によって一気に燃え上がり始めた。炎によって、静かな議場は一瞬で赤く燃え盛る地獄に変わった。

 

 「これは……!」

 

 一瞬だったが見覚えのある武装だ。たしかこれは束の……!

 思い起こすうちに今度は天井に開いた穴から黒いものが凄まじいスピードで落ちてきた。それは先程の光の着弾地点にマグマのように融解した瓦礫を周囲に撒き散らしながら轟音をたてつつ降り立ち、黒い影のような巨体を炎の中で起こすと、

 

 「死ねぇ!」

 

 私と反対方向に逃れていた奴にその無機質な視線を向け、左肩に乗せた人間の叫ぶような指示に従い空いた右の豪腕で奴を殴りつける。が、

 

 ――――生身の人間が直撃すれば肉塊どころかただの血飛沫となって四散するようなその一撃は、奴の前に突然発生した、ISのシールドにも似た七色の色彩を放つ光壁によって受け止められた。

 

 「な……!」

 

 まるで奴がISを展開したように見えたが、違った。

 奴の傍らにはいつの間にか、奴を庇う様に両手を広げて黒い影……無人機『ゴーレム』の前に立ち塞がっている、銀髪の白と青を基調にした貴族令嬢のような服装を纏った幼い少女がいた。少女の両目は、周囲の炎がまぶしいのか堅く閉じられたままだ。

 私は、すぐに奴が目の前にいることも忘れてその少女から目が離せなくなった。ISによる脅威度ももちろんあるがそれ以上に……その少女には雰囲気こそかなり異なるものの、私の良く知る銀髪の教え子の面影があったからだ。

 

 「――――もしもの事態に備え、『世界乖離(ワールドパージ)』で姿を隠していたのは正解でした。ご無事ですか? 秋一様」

 

 「ああ……助かった、ありがとう『クロエ』。しかし……相変わらず、無茶苦茶やるなぁ。『束ちゃん』」

 

 立ち上る炎の中、奴は特に焦る様子もなく、この状況を作り出したゴーレムの主……束に気安く声をかける。

 対するゴーレムの肩に乗った束は、それに答えることなく、憤怒の形相を顔に貼り付けまま奴を睨み付けていた。

 が……その視線が奴の傍らにいる銀髪の少女に移った途端、その瞳が驚きで見開かれた。

 

 「ど……どうして。どうして『その子』が、ここにいるの……?」

 

 「『どうして』? おかしなことを言う。この子をこの世に生み出したのは君だろう?」

 

 「うるさい! お前は関係ない! 私が言っているのは……!」

 

 「コホ……お二方。お話をするより、まずこの状況をどうにかするのが先ではありませんか?」

 

 「ああ、確かに君には厳しいだろうね。任せるよ、クロエ」

 

 「はい。では……来てください。『ガリバー』」

 

 束が戸惑う様子を見せているうちに、銀髪の少女の手元に、ちょっとした辞典くらいの大きさの、金属の表紙に輝く緑色の宝石のような装丁が施された美しい本が銀色のノイズと共に現れた。

 そのあまりに奇怪な見た目に、それがISと気がつくのに少し時間がかかった。その私が呆けているうちに、少女はどこからともなく銀色の万年筆のようなものを取り出し、現れた本を開くと、金色に輝くその両眼を見開き、凄まじい早さで本に書き込みを始めた。

 

 「待て! 貴様、何をする気――――」

 

 奴はともかくとして、奴の味方だとしても突如現れたこの歳いくばくもない少女に斬りかかるのは躊躇われた。しかし言葉の制止ではすでに遅く、書き込みを終えた少女再び両眼を閉じるつつ本をパタンと閉じた。

 

 「『空の国(ラピュター)』」

 

 直後、少女のその一言で、周囲の空間が『割れた』。

 比喩でも何でもなく、燃え盛る議場が音もなく破片となって砕けていく。全ての空間が砕けた頃には落ちてくる前と寸分違わない元の議場がまるで卵の殻を雑に剥がしていくように現れ、燃え盛る炎や瓦礫の山、天井に派手に空けられた穴がまるで『初めから何もなかった』かのようにその場から拭い去られる。

 

 「これは……! 量子空間を……!」

 

 「……はい。現刻より『10分前』の量子再現空間を現実に『上書き』致しました。これで危険はないでしょう。どうぞ御緩りと歓談をお楽しみくださいませ」

 

 束はこの不可解な現象の正体をもう見抜いたのか、厳しい表情で少女の方を見る。

 少女はそれに堪えた様子もなく、目を閉じ本型のISを両手で抱えたまま小さくペコリと私達に一礼すると、奴の傍に控えた。

 

 「……そう。そういうこと。全部、お前だったんだ……」

 

 「……やれやれ。わかっちゃいたが頭のいい子だな。彼女のISを見ただけで、これがどういうものがわかったのか」

 

 「火渡博士の研究は、お前が……!」

 

 「彼が亡くなったのは残念だったよ。彼ならきっと、ISを今みたいな中途半端な形のまま放置なんてしなかった筈だ。怖気づいた君と違って、きっと本当に『文字通り』新しい世界を創ってくれただろうさ」

 

 「お前に何がわかる……!」

 

 「ま、待て束! 一体お前は何を……!」

 

 束は奴と話していくうちに、見るからに冷静さを失っていくのがわかった。

 話は全く見えないが、このままでは間違いなく奴の術中だった。いきなりの束の乱入にまだ頭が追いついていないところもあるが、とにかくこいつを落ち着かせる意味でもまず声をかけようとするも、その時には既にゴーレムの拳が再び振りぬかれていた。

 

 「『巨人の国(ブロブディンナグ)』」

 

 放たれた拳は、今度は奴の傍らの銀髪の少女の一言で白銀のノイズと共に急展開した、巨大な機械の右腕によって受け止められる。大柄なゴーレムが小さく見えるほどのその巨大な手は、掌の部分でゴーレムの拳を受け止めた後、指で束ごとゴーレムを包み込むように動くも、その前にゴーレムはスラスターを起動し私達のすぐ横まで飛びのいた。

 

 「邪魔するな!」

 

 「申し訳ございません。ですが、わたしはこの場はお話し合いの場だと秋一様より伺っております。篠ノ之束様のご来訪は伺っておりませんでしたが、お客様には違いありません。でしたらお話し合いをして頂けなければ、わたしの役割を果たせません」

 

 「っ……ねえ、きみ。こいつは、きみにとってなんなの?」

 

 「これは申し遅れました。わたしはクロエ・クロニクル……プラン『鉄の母(アイゼン・ムッター)』によって生み出された最後の個体です。本来越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)の適応に失敗し、廃棄される予定であったわたしに、名前と役割をお与えくださったのがこちらの神城秋一様です」

 

 「廃、棄……?」

 

 少女の言葉に、怒りで紅潮していた束の表情から一瞬で血の気が引いた。

 それを見た奴が待っていた、とばかりに口の端を吊り上げたの見て、あの少女が出てきてからというもの私が感じていた嫌な予感が一気に膨れ上がるの感じた。

 

 「『貌のない人形(フェイスレス)』から派生した、『アドヴァンスド』。体構成物質の半分以上を無機質で占めた人造人間の作製計画は、当初の予定以上に上手くいったんだが……限りなく人間に近いのに、その実人間じゃない彼女たちは、無責任に生み出された後になって作り出した連中に恐れられることになってな。結果……特に理由もなく、『失敗作』扱いで『処理』された。クロエの姉に当たる彼女たちが『処理』の名目の元人知れずどんな末路を辿ったか、説明がいるか?」

 

 「わ、私は……私は知らない!」

 

 「だろうね。君は貌のない人形の理論と、それを実行するために必要なものだけ作って必要な人に与えた後はもう、次の研究に移って過去の研究には今まで通り見向きもしなかった。ちょっとでも、考えてみるべきだったんだよ。実質、精々三十万円程度の単価で、『限りなく人に近い何か』を作成できる技術が目の前にあって、それを与えられた連中がたかが義手義足や人造臓器を作る程度の利用にとどめ続けられるなんて……本気で、思っていたのかい?」

 

 「私は、ただ……!!」

 

 「……まぁ、このことでこれ以上俺から君に何か言うのも筋違いってやつかな。その資格があるとすればクロエ、君ってことになるが……」

 

 「え? ……わ、わたしですか? いえ、仰ることはわかりますが、篠ノ之束様はクロエに何も役割をお与えくださいませんでしたし……なので、わたしからも特に、何も」

 

 「だ、そうだ……きっついなぁ、束ちゃん。どうやらこの子は君を、責めてすらくれないそうだ」

 

 「あ……」

 

 束の表情が、絶望の色に染まる。

 ……ことここに至って、流石に何もわからない私ではない。あの男が最初からこうなることを見越していたのかまではわからないが、間違いなく言えるのはあのクロエと呼ばれた少女は束の急所だということだ。

 ならば、このまま手を拱いているのは状況を悪くしかしない。柳韻師もそう思ったのか、共に動こうとしたところで、またしても、機先を制される。

 

 動いたのは束が駆っていたゴーレムと呼ばれていた無人ISだ。束が放心状態なのを他所に、関係ないとばかりに拳による追撃を行い、またクロエが呼び出した巨大な手によって受け止められる。

 

 『うだうだうっせーんだよおっさん。マムもつまんねーことであっさり話題逸らされてんじゃねーよ。あの盲目キティがナニモンだろうが、オレたちが態々ここまで出向いた用件とはなんのカンケーもねーだろうが』

 

 「で、でもくーちゃん……」

 

 『……しゃーねーな。じゃーマムはそこでおやつでも食いながら見てろよ。このゴミ屑共はオレが責任もって焼却処理してやっからよ』

 

 言い終わらない内に無人ISの左腕の先端に光が灯り、背部の環状のユニットから八つの羽根のような部品が花が開くように次々と起立していく。

 危険なものだと一瞬で判断した。あの力がそのまま解き放たれれば、この場で最も危険に晒されるのは身を守る手段のない柳韻師だ。

 柳韻師を抱えて一度退避するか、危険を承知で束とあの無人機を制止するか。それを決めかねた故に、ここで私は再び相手に先に動く機会を与えてしまう。

 

 「荷電粒子の収束を確認……ガリバーの管制AIは現存の機構での防御は不可能のとの判断を下しました。差し出がましいですが、会談は中止、撤退を提案します。秋一様」

 

 「……そのようだ。少し時間が稼げればそれで十分だったんだが……例の『色つき』管制AIの一つ、か。まったく、あの高かった『特製品(リムーバー)』を台無しにしてくれた白い方といい、次から次へと一々面倒なものを作ってくれるよ、この子は」

 

 「秋一様」

 

 「わかってるよ。頼んだ、クロエ」

 

 「畏まりました」

 

 『無駄だぜーキティちゃん。また仮想現実に空間を書き換えて攻撃を『なかったことにする』か、別の量子空間に逃げる気かどうかは知らんけど、一回見せた以上オレが対応できないと思うか?』

 

 「ええ。『空の国(ラピュター)』一つでは確かに足りないでしょうね。ですが――――」

 

 クロエと呼ばれた少女の目が再び見開かれる。彼女は相変わらず焦点の合わない瞳で確かに目の前のゴーレムを見据えると、

 

 「――――未踏の地。摂理にまつろわぬ民。幻想の彼方、四つの国巡る旅記す冒険録……単一仕様能力(ワンオフアビリティ)。『4thクロニクル』、紐解きます」

 

 口上と共に、少女が抱えている本から突然虹色の光が奔流のように溢れ出し会議室を染める。虹色の光はゴーレムを照らし、それによって生まれた影を基点に無秩序な状態から次第に形を持っていき、鮮明な映像なようなものを会議場の床に写し出そうとしていたが、直後に光全体に漆黒のノイズが走って光を打ち消していく。

 

 『こいつはっ……!』

 

 そして、どこからともなく空間を割って現れた一見紐のように見える……眩い光を放つ極小の金属の輪で編まれた鎖によって、強烈な光を湛えていたゴーレムの右腕が上向きに吊り上げられる。

 

 『チィッ!』

 

 この突然の自体にも、ゴーレムは直ぐに対応した。いきなり腕が吊上がったために肩から落下しかけた束を抱え直すと、すかさず縛られていない左腕をクロエに向けて、その巨体に似合わぬ恐るべきスピードで叩きつけた。

 

 「っ……やめて! くーちゃん!」

 

 束が咄嗟に叫ぶが間に合わない。クロエは動かない。私は彼女が金色に輝く瞳をぼんやりと上から叩きつけられるゴーレムの太い腕に向けたまま、なす術もなく潰される姿を一瞬幻視し、

 

 「……!」

 

 その想像に反し、腕が何事もなかったかのようにクロエを『すり抜けて』いくのを、その場から動けないままただ見ていた。

 

 「それ以上の戦闘行為は無益、と忠告します。最早、ここにいるわたしと秋一様は量子変換後に世界に焼きついた残像にしか過ぎませんので」

 

 『……ヒュー、『あれ』が時間稼ぎかよ。カワイイ顔して最後っペに随分とエグいマネしやがるじゃねーか、ブラインドキティちゃんよ』

 

 「いいえ……危ないところでした。わたしの単一仕様能力発現のために必要になる対象の『器官』は、視覚、聴覚、触覚、そして……精神。貴女はこのうち三つを完全にプロテクトしていました。最後の一つも……貴女が束様を守るために多くのリソースを割いていなければ、防がれていたことでしょう。そうでなければ本当に、わたしにはどうすることもできませんでした」

 

 「くーちゃん? わ、私……」

 

 『……うっせーマムはしばらく黙ってろ。テメー等もだ変態クソオヤジ。マムへの嫌がらせだろーが、よりにもよってこんなガキ連れてきやがって。逃げるんだったら跡を汚さず綺麗さっぱり速やかに失せやがれ』

 

 「言われなくても、もうそうするしかないんだがな……ったく。最低限伝えておきたい事があったんが、こうなっちまったらしょうがない。千冬――――」

 

 つい先程までははっきりその場にいた筈のあの男の気配が霞のように薄れ、その姿もジリジリとしたノイズに掻き消されるように消えていく。

 だが奴はその姿の視認が最早困難な程薄れていながら、尚こちらにわかるような邪悪な笑みを浮かべながら、私を見た。

 

 「またな」

 

 そして一方的にそれだけ言い残すと、最後に隣でこちらに向かって小さくお辞儀をしているあのクロエという少女と共に束のゴーレムが暴れて荒廃した会議場から完全に姿を消した。

 ……こうして私の前に姿を現しておきながら、みすみす取り逃がすことになったのは実に業腹だが、あの男が未だ生きているとこの目で確認できただけでも収穫か。あの言い草では再び私に会いにくるつもりなのだろうし、斬るのはその時でいい。

 問題なのは……いきなり前触れもなく現れて、今はゴーレムの肩に乗ったまま力無く俯いている束だ。

 

 こいつのことだから間違いなくあの男に今度こそ引導を渡すために来たのだろうが、私が責められたことではないがこいつにしては始終詰めが甘かった。

 原因は間違いなく、あの男と一緒にいたあのクロエという少女だろう。彼女を見た途端、束は普段のこいつからはとても想像出来ないほど動揺していた。

 

 ……あの男の話を聞いていて、その理由に至らないほど、私も思慮が浅いわけではない。加えて、あの福音事件の後、こいつの話を聞いて以降、私なりに過去のことを調べていた。

 それと思わしき情報はすぐに見つかった。どれも束の名前は見当たらないものばかりだったが、それでも束のやることは良くも悪くも目立つ。すぐに当たりはついて……凡そ、あの時束が語った通りの道を、私と出会う以前から辿ってきていたことを知った。

 あの少女は、ほぼ間違いなく束の過去の研究の成果が使われる際において何かしらの影響……被害を被った人間の一人なのだろう。

 束が悪かった訳ではない。ただ、束の知識と技術を託された人間たちがその使い方を誤った。問題があったとすれば、あの男の言ったとおり束がすでに形にした研究結果には関心を持たなかったことだろう。この女は昔からそういうところがあった。なまじ視野が広すぎるのと、異常なまでに要領がいいのが噛み合って何かに関わればあっという間に最上の結果を出してしまい、興味や集中力が長続きしないのだ。

 

 だが結果としてその悪癖のツケを、罪もない誰かに、しかも一人や二人では利かない人数に背負わせることになった。

 そんな事態が過去に何回も続いて、今こうして目の前で罪を私や自分の父の前で突きつけられるようなことになれば、平常心ではいられる筈もない……本当に、どこまでも下種な男だ。あれと同じ血が自分に流れていると思うだけで身の毛もよだつほどに忌々しい。

 

 そして……そこまでわかってしまっているからこそ、私は束に声をかけることができなかった。

 今は、私から何を言っても束の心を傷つける気がした。

 お互い譲れないものがあった。だからそのこと自体を悔やんでいる訳ではないが……あのモンド・グロッソでの敗北以来、私たちの心は離れた。今になって、束の心を汲んでやれるような器量が、自分にあるとも思えなかった。

 そんな、前に踏み出せない私の心情を慮ってかはわからないが……束が来てからというもの、一度もその場から動かず口を閉ざしていた柳韻師が、ここで束に向かって歩みだした。

 

 「お、お父、さん……」

 

 背後から迫る足音で、束は父親のことに漸く気がついたのか、柳韻師の姿を認めた途端目を見開くと、まるで怯えた子供のように身を竦ませた。

 最早柳韻師の背中しか見えない立ち位置の私には、柳韻師の表情はわからない。しかし子供の頃幾度も見上げてその都度頼もしいと感じていた彼の背中は、いつしか小さくなりどことなく寂しそうに見えた。

 

 「……久しいのう。束」

 

 「お父さん……私、わたしは……」

 

 「よい……お前が儂に受け止めて欲しいと望むのであればいくらでも受け止めてやれるが、そうでないのなら無理に全てを語らずともよい」

 

 柳韻師はそこで一度言葉を切り、言葉を探すようにしばし考え込んだが、すぐに首を横に振ると顔を上げた。

 

 「……立派になったのう。儂は嬉しいぞ。束よ」

 

 「お父さん……!」

 

 今まで聞いたことのないくらい、優しい声だった。それを聞いた束の顔が感極まったように歪む。

 

 「すまぬな……ここで叱ってやれればお前としても楽になったのだろうが。お前が重似だったのをいいことに、お前のことは殆どあやつに任せてしもうたからのぅ……まこと、無責任な親であった。儂では、お前のことはようわかってやれんかった」

 

 「ううん……お父さんは、一回も私にダメって言わなかった。私が、やりたいことをやらせてくれた。だから、私は――――」

 

 「だから、よい。皆まで言うな。泣くのもまだ早かろう。お前が何を考えておるのかは知らぬが、頭の出来のよいお前のやることであれば間違いはあるまい……やり遂げよ。向後の憂いについては儂に任せるがよい」

 

 「え……?」

 

 その言葉に戸惑った様子を見せる束を余所に、柳韻師が私のほうへ振り返った。彼は……私がまだ幼かった頃良く見た、穏やかな表情をしていた。

 

 「千冬。勝手ですまぬが、お前の護衛の役目はここまでにさせて欲しい。それと……報酬代わりと言ってはなんだが、一つ頼みを聞いてくれぬか」

 

 「……なんでしょう?」

 

 「神城との決着を、儂に譲って欲しいのだ」

 

 「それは……」

 

 あの男はこの手で斬るつもりだった。その意思は今でも変わっていない。

 私たち家族のことだけならまだしも、奴は束の夢まで台無しにした。到底許せるものではないし、一度束に到底日本にすらいれなくなるほど追い詰められたというのにまだ生きていて、こちらに再び手を出そうという意思まで感じる。この手で葬り去ってやらなければいつまでも安心できない。

 不満に思ったのが顔に出たのか、柳韻師は困ったように眉尻を下げながら薄く笑う。

 

 「強情な奴よ。だが、儂も譲れぬぞ……お前も束も、奴に儂では到底推し量れぬような恨み辛みがあるのはわかっておる。おるが、それは儂も同じことよ。因縁ならば、儂のほうが一代分ほど古く深い。なにせ、お前たちが生まれる前の話だからの」

 

 柳韻師の言葉を受けて、束の瞳が虚を突かれたかのように丸く見開かれる。

 私も恐らく、同じような顔をしているのだろう。何せ、そんな因縁に心当たりがない。母が亡くなる前はあの男と柳韻師は仲が良かったように見えた。私と束が反目しているところを二人がかりで諌められたのも一度や二度ではない。

 

 「まあお前たちのそれと比すれば恨み、というには取るに足りぬものだがの。あやつが約束を守るのであれば水に流すつもりでいたが……こうなってしもうては捨ておけぬ。今はもう、お前たちの時代なのだ。過去の下らぬ柵がお前たちの足を縛るというのなら、それは儂等過去の者が断ち斬らねばなるまい」

 

 言い終わるか否かというところで、唐突に。

 いや、まるで最初からそこには誰もいなかったかのように、いつしか柳韻師は姿を消した。

 

 「遁歩……しまった……!」

 

 「お父さん!」

 

 とっさに追おうとしたのか、束が乗っているゴーレム全身に力が篭る。

 私も虚を突かれて反応が遅れたが、それでも束よりは早く立ち直れた。その場から飛び立とうとする束を手を上げて制する。

 

 「よせ、束」

 

 「だけど!」

 

 「ここまで柳韻師がずっと磨き、高めてきた……自らの体気を自然そのものと同化させる『遁歩』の極致だ。私でも完全には気配は追えない。長らく篠ノ之から離れていたお前ではどの道追ったところで見つけることすらできん……後手に回った時点で私たちの負けだ。少なくとも、この場ではな」

 

 『……ブリュンヒルデの言うとおりだぜ、マム。あのダディ、ハンパないわ。ハイパーセンサーの生体感知すら効きがよくねーし。あの紅椿に一回乗っただけで限界以上に使いこなしてメルトダウンさせかけたリトルシスターといい、マムの血族は超人の系譜なんかよ?』

 

 「く、くーちゃんでも追えないの?」

 

 『んー……まーやってできなくはないってトコかなー。このドンガメボディじゃなきゃ、もうちょい精度を上げられそーだけど』

 

 「っ……失敗。やっぱり、ちょっと早くても『ワルキューレ』を引っ張ってくるんだったな……」

 

 『あー、確かにアレならこんなに色々砕いたり潰したり焼いたりはしなくてすんだろーね。で、この後どーすんの?』

 

 「あの銀髪の子が使ってたISの解析……いや。今わかってることがあったらすぐ言って」

 

 『ネズミどもが『幻想型(タイプ:ミストラル)』とか呼んでたヤツの一つ。それも最新機種っぽい。モノとしちゃ情報統制特化。戦力的には搭乗者が殆どトーシロなのもあって、オレならその気になればゴーレムで簡単にブッ潰せる程度にはショボい。まー、その場合はもちろん『搭乗者ごと』になるけど』

 

 「……それは、ダメ」

 

 『……そんだとムズかしーよ。オレがどっちかつーと同型だからわかるけど、あのタイプは物理的に弱い分搦め手には滅法強いからねー。多分、オレでもクラックはムリ。後あの単一仕様能力精神攻撃の類っぽいからマムは絶対喰らっちゃダメ』

 

 「また、新しいの作んないとダメか……」

 

 束が自分のIS……AIと話しながら苛立たしげに頭を掻いた。

 そしてそこで漸く、私と視線が合う。束は少し迷うような仕草を見せ、やがて躊躇いげに口を開く。

 

 「――――何も、聞かないの? ちーちゃん」

 

 「…………」

 

 ……正直なところ、聞きたいことはいくらでもあった。

 束の乱入してきたタイミングといい、あのゴーレムを制御しているAIの態度といい、明らかにあの男これ以上喋らせない意図が透けて見えていた。

 

 ――――飯事はやめろ、とあの男は言った。恐らく、それと関連することなのだろう。

 束は、私に何かを隠している。それは、あの一年前のモンド・グロッソの時からわかっていたことだ。

 

 「――――お前こそ。何か、私に言うことはないのか。束」

 

 「…………」

 

 私の問いに、束は俯いたまましばらく沈黙した後、呟くような声で話し始める。

 

 「ちーちゃん……ちーちゃんはさ。もし……もし、今の世界が。今までずっと大切に想って、守り続けてきたものが、全部『嘘』だったとしたら、どうする?」

 

 「何……どういうことだ?」

 

 返ってくるのは以前と同じ、束らしくない迂遠な言い回しだ。

 煮え切らない束のた態度に少し苛立つが、その目には私を慮る感情が見え隠れして言葉に詰まる。

 ……恐らくは、私にとって余程、都合の悪いことなのだろう。なんだ? 今まで守り続けてきたものが、嘘……?

 

 「一夏、か? 一夏に何かしたのか? 束!」

 

 無性に嫌な予感がして束を追求するも、答えない。束は既に、ゴーレムから飛び降り私に背を向けて歩き始めていた。

 

 「……束!」

 

 「……大丈夫だよ、ちーちゃん。仮に全部嘘でも、嘘を『本当』にしてしまえばいい。もう少し……もう少しで、できるはず、なんだ……

 

 そして私の言葉には耳を貸さず、最後に何処か自分に言い聞かせるようにそう呟くと、自らのISと共に姿を掻き消した。

 

 「……くそっ!」

 

 荒廃した会議場に最後にただ一人残された私は、思わず手近にある机を殴りつける。

 今の状況は、どうにも今私が置かれている状況の暗喩にしか思えなかった。

 

 何かが動き出している。いや、とっくに動き出していた。

 その最中、私は何も知らないまま、ただ一人取り残されているのだ、と。

 

 ――――そして、それは、皮肉にも。

 これから先、その結果が最悪の未来を手繰りよせることになることを、この時の私は、まだ知らなかった。

 

 

 ~~~~~~side「???」

 

 

 「し、篠ノ之束が来ただと!? か、彼女はなんと言っていたのかね!?」

 

 「今それは別の問題でしょう! 織斑千冬から何か引き出せたのですか? それができると言うから任せたのですよ!」

 

 「あの学園長の老害からもだ! 奴さえ引き摺り降ろせれば後はどうとでも――――」

 

 ――――四方八方から、叱責する声が降ってくる。

 自分に向けられているものじゃないと頭ではわかっていても、つい体が竦む。

 わたしは目が見えない。暗闇の中、責める声だけが延々と聞こえるのは、この目の手術が失敗して光を失った日のことをどうしても思い出してしまう。

 

 本当は、この場にだって来たくなかった。

 秋一様は、わたしに来なくてもいいと言ってくれた。

 

 でも、わたしの見ていないところで。わたしを色々な『こわいもの』から守ってくれる、この人がいなくなってしまうのは責められることより、詰られることよりもっとこわくて、やっぱり離れることができなくて。

 

 結局、秋一様の背中に縋りついて、震えていることしか、わたしにはできなかった。

 

 一方で、秋一様はまるで答えた様子もなく――――あれ? 寝てないでしょうか、この方?

 と、いぶかしんだところで顔を上げると、背中にいるわたしに振り返ると手の平で優しく二回わたしの頭を叩いたのがわかった。

 

 「――――皆さんの言い分もまあ、わからないでもないですがね。娘たちにこれ以上なにか仰りたいなら、ご自分の口から言われたらどうです?」

 

 秋一様のその一言で、急に周囲が静まり返る。

 それを見届けた秋一様は、これ幸いとばかりに言葉を続けた。

 

 「……それが出来ないというのであれば、あまり欲をかかないことお勧めしますよ。『彼等』は今回、しくじりましたし。私はそうなるだろうと思ってはいましたが」

 

 「だ、だが! 事実学園内で被害者が出たのだ。これ以上の不祥事は――――」

 

 「あの学園の在り方は特殊ですからね。そこだけでは厳しいです。被害者の親族の方たちに関しても轡木さんに先回りされたみたいですし、そのネタでこれ以上つっついてもボロは出さないと思いますよ……『スクール』についても、貴方方が『温い』と評したあの人の運用方で出た成果を評価している人間はまだ多いですからね」

 

 「っ……なんのために君を理事の一人に任命したと思っている! これだけ手を尽くして成果がないでは済まされない!」

 

 「そうは言われましても……良くも悪くも、まだ私はたまたま空いた理事の席に座れた者でしかないわけでして。他の国ならまだ良かったんですが、この日本国内で一時は防衛大臣まで上り詰めたあの人を相手にするには、まだまだカードが足りません。束ちゃんのせいで、元々あったコネも殆ど失いましたしね」

 

 そんな風に次から次へとやってくる追求を、秋一様はのらりくらりとかわした後。

 急に何かを思い出したように、指を鳴らした。

 

 「あ、そうだ……千冬の処分についてなんですがね。他の理事たちに伺いたててからになりますが、こういう感じでいこうと思うんですが、どうです?」

 

 「おい、まだ話は……む」

 

 そして、何か紙のような薄いものを指で弾く音が聞こえた。

 直後にそれを受け取ったのか、こすれるような音が響いてしばらくした後、先程まで以上に不機嫌な声が響いた。

 

 「『IS委員会の管理局でで一ヶ月間の拘留』、か。これだけか? 自分の娘だからと手心を加えていないか?」

 

 「それがないと言えば嘘になりますが……実際それくらいが限度でしょう。それ以上は本人からも反発がでます。今回のことで千冬の手元に暮桜がないからといって、安心できるわけじゃないことはわかったでしょう? それに恐らく、そうなれば束ちゃんも黙ってないでしょうしね。未だ世界が変容せずに貴方方のような方が今の立場でいられるのは、偏に彼女達の『善意』によるものであることを、忘れるべきじゃないと思いますよ?」

 

 「くっ……しかし、この機会を……」

 

 「なぁに、次がありますよ。それにこう言ってはあれですが……今回『彼等』が失敗したのは、ほぼ間違いなく千冬が学園にいたからです。いくら『ISスクール』を掌握したところで、そこがあいつの第三形態ISの支配圏である以上意味はない。あいつさえ学園から遠ざけておけば、今度こそ彼等は上手くやってくれるでしょう」

 

 「な……き、君は……CBFを前にことを起こすというのか!?」

 

 代表のその言葉に、周囲の方たちも不安げにざわめき始める。

 秋一様は……ここで、その反応を待っていったかのように、明るい声をあげた。

 

 「ええ、ええ、わかっていますよ。IS学園開催の比較的小規模なものとはいえ、CBFに掛かっている金額は馬鹿になりませんからね……そのあたりは上手くやりますとも。折角理事になったんです、私も最初の役員報酬を自分で減らすような真似はしたくない」

 

 「……それをわかっているならいい。彼等……『亡国機業』とも、良く話をつけておくように」

 

 「それはもちろん」

 

 満面の笑みで答えると、秋一様は立ち上がってわたしにも退席を促して会議場を後にする。

 わたしは彼の言葉に従い、様々な感情が入り乱れる声の響くその場所から、彼と共に立ち去った。

 

 

 

 

 「……ごめんなさい、秋一様」

 

 「なんのことだい、クロエ?」

 

 「状況が許さなかったとはいえ……千冬様を、ご説得できませんでした。クロエの力が足りなかったからです」

 

 「そんなことはない。あの束ちゃんとそのISをきっちり出し抜いて逃げ切ってみせたんだ。君は俺の役に立っているよ」

 

 「しかし……」

 

 「いいんだよ……時を待たなくちゃいけないのは、どうにもさっきの連中に限ったことじゃないみたいだし」

 

 「? それは、どういうことですか?」

 

 「……どうも、ベスも『あの子』も俺や連中の思惑通りに動く気はないらしい。君のISを作った火渡の後継もいつの間にか姿が見えない。今回のIS学園の一件は、それがわかっただけでも収穫だった……全く、呑気な連中だよ。ベスはともかく第三形態IS搭乗者の『あの子』が動きが読めないのがどれだけ不味いかわかってない。きっと、CBFがポシャるなんてどうでもよくなるくらいのことになる」

 

 「……亡国機業が、秋一様を裏切ったのですか?」

 

 「今のところはまだそこまでじゃない。でも、多分そうなるだろうな……こうなるのは、わかってた筈なんだがな。俺もまだまだ、甘かったってことだ」

 

 秋一様が、わたしの頭を撫でる。

 ……光を失ってから、この手の暖かさだけが、わたしの拠り所だった。

 いい人では、ないのかもしれない。さっきの人たちみたいな……わたしが前にいたところにいた人たちのような、聞こえてくる声だけで自らの欲望が滲み出ているのがわかる人たちとばかり、最近は話している。

 

 でも……彼がくれた、今わたしの目の代わりをしてくれているこのISから聞こえてくる彼の『声』は、そんな人たちのものとは全然違っていて。

 それがこの方の本当の声なら……わたしでは彼の望みを叶えることはできないかもしれないけれど、それでもかつて右も左もわからない闇の中でただ震えていることしかできなかったわたしの手を引いて、光の中に連れ出してくれたこの方の力になってあげたいと、いつしか願っていた。

 

 「……あの方たちが、秋一様の敵に回ったとしても。クロエは最後まで、秋一様にお供いたします」

 

 「そうかい……ま、無理しない程度に頼む。じゃあ、いこうか」

 

 「はい」

 

 秋一様が、わたしの手を引いて歩き出す。

 繋いだ手は相変わらず暖かい。けれど……その暖かさとは裏腹に、またガリバーからはわたしにだけ聞こえる冷たい声が響いていた。

 

 ――――寂しい、寂しい、と。

 

 





 次回からちょっと元の予定を前倒してCBF編に入ります。今作のCBFは完全に原作とは別のオリジナルルールになります。ぶっちゃけレースとは名ばかりのバトル回です。

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