IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百十七話~肉を取り戻せ~

 

 

 決め手はあの蘭の誘拐騒動の時に、大した動きもしてないのに骨をやっちまって足手纏いになったことだ。

 あれがあってから流石にどうなんだと思い、体作りのため正直忙しいのを言い訳に少しサボりぎみだった自己鍛錬を増量したものの、どうもしっくりこない感じはあった。

 

 そして、休み明けに行われた健康診断の結果を見て俺はようやくその理由を悟った。

 ……体重が、IS学園入学当初と比較し5kg近く落ちていた。栄養不足だ。そりゃあ、いくら鍛えたところで体の材料になるもんが不足してりゃあ筋肉なんぞつくはずもない。柳韻さんにも注意されたっけな。

 

 ――――思い返せば、色々と心当たりはあった。

 IS学園の学食は、女子しかいないこともあり、基本メニューは女子を想定したものであって、ぶっちゃけ男の俺には量が少ない。

 まあ幸いIS学園寮は設備も充実しているので学食に不満があるなら自炊という手も取れるのだが……学園内だと、特に生鮮品なんかは手に入らないこともないのだが結構割高になる。

 学園外部にある学園都市まで行けばある程度その点も解消される。IS学園証一つあれば公共交通機関も無料で利用できる、が……あまり時間に余裕のない身だとそれはそれで手間だ。最初の頃はある程度買い溜めで何とかしていたが、次第にそれも億劫になった。

 箒と同室だった頃はまだ良かったのだ。二人で作り置きの利くものを作っておいて日替わりでお互いのを食ってたりできたからな。最初は男の俺の量は箒には多いかとも思ったが、あいつは味が濃いだの作りが雑だのブツブツ文句をいいつつもなんだかんだで俺と同じ量をペロリと食べていた。

 だが一人部屋になり、飯を作っても他に食べる相手がいなくなると、段々と自炊するモチベーションも落ちてきて……それでも作りたい気分の時は作ったが、一学期の後半辺りからは特に昼飯とかは結構いい加減になってきていたのだ。

 なんていうか、弾から聞かされてた一人暮らしあるあるってやつをやっちまった感じだ。今まで一人で暮らす時間が短かったわけではないが、なんだかんだで夜には千冬姉は帰ってきてたので三食全部いい加減になるってのはそんななかったからな。

 それが習慣化してきたのがこういう形で響いてきたわけだが……流石に一度箒に腕相撲で負けかけるという事態にまで陥ったのを重く見た俺は、失った筋力を取り戻すべく取り合えずプロテインに相談することにした。

 

 だが数日ともたずに箒にバレた挙句にブン殴られ、こう言われた。

 

 「ちゃんと食え!」

 

 そして翌日からタンパク質多目の弁当を毎日届けてくれるようになった。

 箒も最近は忙しそうにしてるので断ろうとしたんだが……そういう雰囲気をだしただけで、もう一発いいのを貰いかねないようなすごい目で睨まれたので口を噤まざるを得なくなった。

 いやまあ、俺もできることなら結果にコミット系には頼りたくなかったので正直助かっている。見せ筋なんて言葉もあるが、筋肉をつけたくてつけた筋肉なんてもんは剣を振る上じゃ大して役に立たないからだ。

 しかし問題もあって……箒のやつ、よりにもよってことを他の連中にも飛び火させやがったのだ。

 

 

 

 

 ――――油を敷き、そこでものを焼けば、たいていのものは旨くなるという。

 成程、真理ではあると思う。どう足掻いても食えないようなものは兎も角、食い物を炒める時に出る香りに、食欲を刺激されない人間というのはそこまで多くはないだろう。

 焼く、という一つの工程だけとっても決して単純なものでないのはわかる。食材によって最高に旨くなる焼き加減というのはそれぞれ違う。焼き方一つとってもそこには食材をすこしでも美味しくしようという偉大な先人たちの積み重ねの集大成がある。それは決して馬鹿にできるものではない。

 

 だが。

 だが、それでも。

 ただ肉野菜を焼いて食う、ってだけの工程にはなんかこう、どうしてもムズムズするものがある。

 せっかく鉄板があるならこう、もっともんじゃとか焼きそばとかジュワーってしたくなる。なんていうか、調理中に手が暇な時間ができるのがいやなのだ。普通に台所なら煮る焼くの行程中にソースや付け合せを作ったり出来るんだが。

 

 いや、別に焼肉が嫌いなわけじゃないんだが、なんていうかこう……

 

 「お……これ焼けてんな。数馬、食えよ」

 

 「おう」

 

 「弾お前ちゃんと野菜も食え。肉ばっか取んな、それにそれはまだ焼けてない」

 

 「わかったわかった……うげ! おい! 人の皿キャベツ特盛にすんのやめろ!」

 

 「ほら鈴、手がお留守だぞ。どんどん食えよ」

 

 「あ、ありがと……って違ーう!」

 

 そんなことを考えながらいつものように焼けたのを各自の皿に取り分けていたら鈴がいきなり爆発した。

 なんだこいつ。情緒不安定か。

 

 「なんのためにあたしがわざわざ焼肉おごってると思ってんのよ! あんたも食えー!」

 

 「いや、わかってんだけどさ……おい馬鹿! やめろまだちゃんと焼けてないやつ人の皿に取んな! これだから素人は嫌なんだ!」

 

 そりゃこういう場を設けてくれたのはありがたいが、こればっかりは昔からの癖っつーか……大体、これは昔から焼肉といい鍋といいこういう場では俺の仕切りに甘えて食うことばっか考えてたお前らにも責任があるんだぞ。俺だって最初からこうだったわけじゃない。

 

 「う……そ、それはまぁ、悪かったけど……って、だからそうじゃなくて! 今こうしてんのは誰のためだと思ってんのよ!」

 

 「肉うめー!」

 

 「タダの焼肉はサイコーだぜ!」

 

 「そこのバカ二人ー! だからおごりだからってドカドカ食ってんじゃないわよいい加減にしないとあんたたちには払わせるかんね!」

 

 カオスだなぁ。

 この調子だと今の皿もなくなりそうだしハラミ一皿追加するかな。

 

 ……しかし。本当におせっかいな連中だ。

 箒から俺の話が広まった途端に、同じクラスの代表候補生達+1が動いた。具体的には鈴が中心になって俺の食事代のための集金をし、最終的に一ヶ月間満漢全席を食い続けても大丈夫なくらいの金額が集まったらしい。

 流石に無理しすぎじゃないかと言ったのだが、代表候補生ってのは俺が思った以上の給料を貰ってるようでこのくらいの出費は屁でもないとのことだった。

 だができるからと言って実際にそれをやれば、俺は体重を取り戻すどころか豚にクラスチェンジする羽目になるため、丁重にこの申し出を辞退したところ、週一回の休日に焼肉ってあたりが落としどころになった。といっても、鈴以外の面子は用事があってこれず二人で焼肉ってのも味気ないため、この男共二人に声をかけてみたところノリノリでやってきたわけだ。

 

 「ったく……大げさなんだよお前ら。それが原因で倒れたとかならまだしも、ちょっとやつれた程度のことで大騒ぎしやがって」

 

 「じゃあ聞くけど……あんた、仮にあたしが半年くらいで体重5kg落ちたなんて聞いたらどうするの?」

 

 5kg……? 馬鹿な。こんなひょろくてこれ以上痩せる余地のないような体のどこにそんなウェイトをそぎ落とす余地があるというんだ。ジョーとでも闘いたいのか?

 鈴を見ながらそんなことを考えているとみるみるうちに不機嫌になっていき、最後にはどの面下げてそんな反応できんの? って顔をした……ごめんなさい。

 

 「あと、ちゃんと学園側にも事情話して学食じゃあんた専用のメニューを新しく作って貰ったから、学食で済ますときは絶対にそっちで頼むこと。いいわね?」

 

 「わかったって。本当悪いな、CBF前でそっちも忙しいってのに色々こっちのことで手を回して貰ってさ」

 

 「別に。余所はどうだかわかんないけど、少なくともあたしんとこはあんま今回のイベント関心持ってないから、寧ろ暇なくらいよ。CBF対策なんてレース用の高速パッケージだけ送ってきてそれっきり」

 

 「マジか。今までん中じゃ一番デカいイベントだろ?」

 

 「CBFはIS競技んなかじゃとりわけ娯楽の要素が強いのよ。元々あたし等専用機持ちは勝率低めだし、賭けの対象にもなってるから、変に肩入れしすぎて下手に大穴でも空けられたら困るってところなんでしょうね」

 

 「はー……なんかな。国の威信とか、そういうのいいんか」

 

 「そういうのは別の子の担当ね。自分でも言うのもなんだけどあたし、地元(中国)にあんま帰属意識とかないし。自分の利益になるなら別だけど、単純にお国のために云々、ってのは柄じゃない。お上もその辺りはわかってるみたい」

 

 「……ま、お前はそういう奴だよな」

 

 要は国にやる気がないって態度で示して、それ相応の対応ってヤツをされてるわけか。

 そんなんで代表候補生なんて続けてられんのかと少し心配になるが……まあこいつは別にその辺りの立場とかにもあまり拘ってないんだろう。じゃあ今から甲龍没収な、とか言われてもあっそうどうぞ、とばかりに流しそうだ。

 

 「それじゃ案外、他の代表候補生連中も暇してたりするのか?」

 

 「ホントにそうだったらあいつらだってここに来てるわよ……EU勢はあたしとはちょっと事情が別。身内で防衛統合なんて大げさな題目で足の引っ張り合いしてるんだもの。例えあんなお遊戯の場での結果でも、それを材料に少しでも相手より優位に立てるってんならあいつらのお上は手を抜いたりしないわ。あいつら自身も、程度に差はあれ皆真面目ちゃんだしね」

 

 「うへぇ……大変なんだなぁ」

 

 「そんな中こんなバカみたいなことで話持ちかけたってのに、二つ返事でカンパしてくれたんだから。ちゃんと皆にお礼言っときなさいよね」

 

 「わかってるって」

 

 確かに大げさに騒ぎやがってとは思ったが、裏を返せばそれだけ心配させてしまったってことだ。

 申し訳ないと思うし、知らないところで色々手を尽くしてくれたのは素直に有難いと思っている。何か、埋め合わせができればいいんだが。

 

 「……そういうのは後でいいっての。まずは頑張って健康体に戻りなさい。それがあたしたちにも一番の見返りになるわ」

 

 「何も言ってないんだが……つーか、人を不健康体みたいに言うなよ。単純に食う量が減ってただけで不養生してたわけじゃない」

 

 「ホントにぃ~? あんた、昔から問題が自分だけのことになると結構適当になるじゃない。誤魔化したってわかるんだかんね」

 

 「あ~……いや。ホントだって、うん」

 

 実際忙しいときは三食固形栄養食だったりしたし、その辺りのことを言われるとぐぅの根もでない。元を正せば自分のものぐさが招いた事態でもある。

 これ以上追求されると拙いので、俺は鈴から目を逸らして鈴が勝手に俺の皿に突っ込んだ生焼け肉を焼き直す作業に没頭する。

 

 「ちょっと一夏! 話はまだ――――」

 

 「その辺にしとけよ、鈴。飯のときにグダグダ説教聞かされても飯が不味くなるだけだろ」

 

 流石に誤魔化しきれなかったのか鈴の追撃がきそうになったが、ご飯のおかわりから戻ってきた弾がいいタイミングでフォローをくれた。

 

 「むー……そりゃ、そうだけどさ」

 

 「それに暇なら昼か夜だけでも弁当なりなんなり用意してやりゃいいじゃねえか。一夏は余所から貰った飯を食わずに突っ返すような奴じゃねえし」

 

 「む」

 

 いや、フォローと見せかけて地雷踏みやがった。なんで弾は鈴相手だといつもこうやらかすのか。

 ……先程も思い返したが、今は最低一日一食は箒の弁当頼りだ。これが鈴にはどうもいたく気に入らないらしく、かといって料理の腕では間違いなく上をいかれている箒相手に文句も言い出せず、結果としてここ数日はこんな事態に陥る発端となる隙を見せてしまった俺に対してばかりスネたように当たってきていたのだ。

 

 「……ふーんだ。一夏くんはグチャグチャ酢豚しか作れないあたしなんかより、美人で料理上手な幼馴染がいるから余計なお世話だもんね」

 

 始まったよ。くそっ、弾の奴。最近はやっと鳴りを潜め始めてたってのに、話を混ぜっ返しやがって。

 

 「あっ……」

 

 今気づいたって顔でこっちをチラ見してくるのがいっそう腹立たしい。対する俺はなんとかしやがれの視線で返す。

 だが弾が慌てた様子で再びフォローに入る前に、口を開いたのは数馬だった。

 

 「くそぅなんで一夏ばかり……じゃなくて。一夏肥えさせんのが目的なら別にグロ酢豚でもなんでも構わず作りゃいーじゃねーか。前に言ってたじゃんか、『これから毎日、あんたに酢豚を作ってあげる』ってコク――――」

 

 「ばっ……わあぁぁぁぁぁ!!」

 

 「ぬわあぁぁぁぁぁ!!」

 

 が、最後まで言い切る前に何故か耳まで真っ赤になった鈴が、俺が止めるまもなく焼けたばかりでジュージューいってる肉を数馬の口に突っ込み、熱々の肉をいきなり口の中に放り込まれた数馬は絶叫しながらゴロゴロ転がりだした。

 

 「はふ、はふはふ……!り、りぃんおめぇいきなりはにひやがふ!」

 

 「あ、あ、あ、あんたこそこんなとこでいきなり何口走ってんのよ!」

 

 「へ? いや、だってもう言ったんだろ? 結果はどうなったのか知らん、けど……」

 

 当然、何とか復帰後抗議の声を上げる数馬。

 鈴もそれに対して明らかに切れた様子で声を荒げるものの、数馬の反論を受けて、まるでそれが何かの引き金になったかのように。

 

 悔しそうに歯を食いしばって、急にポロポロと涙を流し始めた。

 そのマジで情緒不安定かと不安になるような鈴の急激な感情の起伏の変化に、俺を含む男三人は何も言えずに戸惑う。

 

 「――――お客さん。ちょっとこっちで話しましょうや」

 

 いや、俺と数馬だけだった。弾はその鈴の反応に素早く動いて数馬の肩をガッシリと掴み、ニッコリと笑いながら店の入り口の方にクイクイと親指を向ける。

 ……相変わらず鈴のことになると異常に沸点が低い。それに妙に手馴れてる。また変なバイトやったなこいつ。元々不良気質とはいえいい加減堅気じゃすまないレベルに足を突っ込みつつあるぞ。

 

 「え、あ……いや、だ、弾。その、これはだな」

 

 「ん~?」

 

 「ご、誤解だ」

 

 「誤解? 誤解かー、そうだな。俺もお前のこと誤解してたかもなー。俺もお前のこと、まさか一年前の約束のことも忘れてダチに恥かかせた挙句泣かせるようなクソゴミクズ野郎だと思ってなかったからなー」

 

 「や、忘れてたわけじゃ……でも一夏も鈴も一時はともかく今はもう昔通りだし、もう終わったことだと思って……」

 

 「……終わってるもんか。むしろこじれてんのは鈴の千冬さんへの態度見てりゃわかんだろうが。とにかく出ろや。テメエにも一度きっちり話通しとかねぇとなあ?」

 

 「ま、待て弾……お、おーい一夏! 助けて……!!」

 

 そしてこちらが止める間もなく弾に引き摺られて店の外に出て行く数馬。

 うーん。なんかわからんが、数馬が鈴の地雷を踏んでしまったっぽい。見た感じ弾も本気でキレてるわけではなさそうだし、、そこまで酷いことにはならんだろうとそれを見送り、俺は鈴の隣に座り直して頭をポンポンと撫でてやった。

 

 「まぁ、数馬も悪気があったわけじゃなさそうだしさ……何があったか知らんけど、そんな気にすんなよ」

 

 「……あー、もう。別にあいつやあんたが悪いわけじゃ無いけど……あんたに言われると、なんか腹立つわ」

 

 「なんでだよ」

 

 

 

 

 その後、別に数馬が弾にボコられたとかはなく、二人は程なくしてすぐに席に戻ってきた。

 ただ、戻ってきてすぐ数馬がらしくもなく神妙な顔をして、

 

 「悪い」

 

 と、一言だけ鈴に謝った。

 すでに泣き止んでいた鈴は謝罪を受けると、まだ少しだけ赤くなっている目をポカンとした様子でパチクリさせた後、すぐに何もなかったかのように悪戯っぽく笑う。

 

 「あによ。その顔で真面目ぶったって胡散臭いだけよ、数馬。弾まで一緒になってさ、そんな人がちょっと煙で目が染みたくらいのことで大げさに騒がないでくんない?」

 

 「な、なんだと~このイケメンフェイスを捕まえて胡散臭いとはどういうことだよオイコラ鈴」

 

 「え、何あんた自分がイケメンだと思ってたの? いや、別に文句があるわけじゃないけどあんたがイケメンなら弾とか一夏はなんなの?」

 

 「あー! 言ったな!? 鈴テメエ、言ってはならないことを言ったな!? 俺がこのグループの顔面偏差値を下げてるとか実しやかに囁かれてるのを知ってて言ったんだな!?」

 

 「アハハハ! なに、ホントにそんなこと言われてんの? 弾、どうなのよ?」

 

 「いや、知らねえよ……」

 

 で、鈴がそんな感じなので数馬もあっという間にいつものおちゃらけた感じに戻り、ちょっと気まずくなっていた場の空気が元に戻る。

 俺と弾ではすぐにはこうはならないあたり、この二人はコミュ力が高い。当初は言葉の壁があった鈴はともかく、数馬は元々ムードメイカーでクラスの人気者だったし、話を聞く限りそれは今でも変わりないようだ。逆に鈴を巡る騒動を経て学校内でも屈指のヤバい奴扱いだった俺や弾とどうして未だにこうしてつるんでんのかよくわからないくらいなんだよな。

 しかしさっき連れ出されたときに弾になにを言われたのかしらないが、どうも意図的に話から締め出された感はある。

 

 こういう空気になるのは、実は初めてのことってわけでもない。あのモンドグロッソが終わって鈴が中国に戻った後、弾や数馬が何か言いかけては何か腫れ物に触るような顔をして黙り込むような態度をたまに取るようになった。

 あの時は急にいなくなった鈴を気遣う余裕すら無くて、こいつらにも大分迷惑をかけた。今回のことも、多分あの時絡みのことなんだろう。未だに気を遣われていると思うと、本当に申し訳ない気持ちになる。

 だから俺は、なにも気づいていない振りをして話に乗っかる。

 

 「んなもん勝手に言わせとけって。外野から見てるだけであれこれ勝手に言ってる連中の評価なんていちいち気にしてられっかよ……それより食え食え。ゴタゴタやってるうちに焼けてきてんぞ」

 

 「いや、だからあんたが食べなさいよ……」

 

 「ケーッ、流石女の園でモテモテの男は余裕が違うぜ。弾も知らねえうちに一人で抜け駆けしてIS学園で知的眼鏡美人引っかけてきやがるし、世の中不公平だ! 食わなきゃやってらんないね!」

 

 「ぶっ……!」

 

 「……ふぅん?」

 

 「ほう……」

 

 が……すぐに肉を食いながら飯をかっ込み始めた数馬の問題発言で、そんなセンチメンタルな気分はあっという間に吹き飛び俺と鈴の視線が弾に刺さる。

 弾は口に含んだお冷やを吹き出すと、とても慌てた様子で喋り出した。

 

 「か、数馬この野郎! あん人はそんなんじゃないって言っただろうが!」

 

 「は? あんな仲よさそうに一緒に歩いて一夏の家にまで連れ込んどいてなに言ってやがんの?」

 

 「……弾? お前、俺ん家で何してんの? 殺すよ?」

 

 「……サイテー」

 

 「いや、だから! 違うんだって――――!」

 

 三人分の冷え切った視線の集中砲火を受け、今度は切羽詰まった弾の叫びが焼肉屋の一角に響き渡った。

 

 

 

 

 「ふーん……ISに興味もってIS学園の二年の先輩に色々教えてもらってる、ね」

 

 なんやかんやあって存分に騒いで飲み食いした後の帰り道。

 鈴は二組関係で別の約束があり、数馬も帰って下の家族の面倒を見ないといけないとかで店の前で解散となり、暗くなり始めている道を弾と歩く傍ら、あの後三人掛かりで追求した弾の火遊びの真相を思い出して、ふと口にする。

 まあ、弾はもう本命がいるしヘタレなのはもう重々承知しているので、本気でそんな真似をしたと信じていたわけじゃないが、それにしてもちょっと予想外の結果だった。

 

 「だから最初からそうだっつったろうが……」

 

 結局それがわかった後も色々と冗談交じりに三人でイジり倒した結果、弾はすっかりイジケてしまっていた……うん、正直ちょっとすまんかった。でもまあ、ご近所さんに色々勘違いされかねないので今後は俺ん家に連れ込むのは出来るだけ控えて頂きたい。

 ちなみに弾にとっての一番の致命傷は明らかに下心があると勘違いしたままの鈴の満面の笑顔からの『ま、頑張んなさいよ!』だった。あれを言われた時の弾のこの世の終わりみたいな顔には、俺と数馬も流石に同情を禁じ得なかった。鈴、違うんだ……!

 

 「そうは言うけどな。あの場じゃボカしてたけど、なんでいきなり? お前、今までISに興味なんて欠片も見せなかっただろうが」

 

 「……別に。お前んとこの学校見てあのメカっぽい見た目がちょっといいなって思ったんだよ。悪いか」

 

 ……嘘だな。こいつは昔から嘘を吐くのが下手だ。そんな露骨に目を逸らしながら言われても全く説得力がないぞ。そんなだからあのコミュ力お化けどもにイジられるのだ。

 だがまぁ、そこまで追求されたくないってんなら深く突っ込むこともないか。もうそこそこ長い付き合い故にこいつが本気で何かに取り組もうとしてるときは大体動機が絞り込める。ここまで意固地になる場合はほぼ間違いなく鈴絡みだ。

 

 「鈴の専属技師にでもなりたいのか?」

 

 「……バーカ。いくら俺でもそこまで甘い世界じゃねえことくらいもうわかってるっつの。今更俺みたいな奴が必死こいたところでISの技師になんざなれるもんか」

 

 「滅茶苦茶厳しいだろうが無理ではねーと思うぞ、お前なら……俺の知り合いにも一人、座学は赤スレスレだけど技師のスキルなら一線級ってのがいるしな」

 

 バイクとISを一緒くたにするのは流石に無茶が過ぎるが、弾は割と機械関連には強い。ちゃんと勉強すればチャンスがないわけじゃないと思う。

 

 「そうかよ……いや、そこまで考えてるわけじゃねえんだ。ただ、俺だけ何も知らないのがちょっとキツくてな」

 

 弾は俺の言葉に少し考え込むような素振りを見せるも、すぐに首を振りながら苦笑し、俺に向き直った。

 

 「一夏。あの学校で普段ISってモンに触ってるお前に改めて聞きたいんだが……ISってのは、本当に使ってて『安全』なものなのか?」

 

 「……どういうことだ?」

 

 弾の問いの意図を計りかね、俺は一瞬口を噤むも、すぐに思い当たることがあった。

 

 「弾……やっぱりあの学祭の時、何かあったのか?」

 

 「…………」

 

 弾は黙り込んでしまうも、その表情が何より雄弁に俺の問いに対する肯定を物語っていた。

 あの時は弾がしばらく意識を失っただけだったが……この様子では恐らく、下手したら鈴も巻き込みかねないような何かがあったのだ。

 まだ記憶に新しいあの亡国機業の襲撃事件では、正直色んなことが一度に起こりすぎた。襲ってきた連中が一番悪いってのは間違いないのだが、シャルや更識先輩の話を聞く限りIS学園『そのもの』も何か厄ネタを抱えてる気配がある。

 恐らく千冬姉も関わっていることである以上そこまで不味いものではないと信じたいが……完全に外からの立場であの事件に巻き込まれた弾の立場からすれば、確かにISそのものに不信感を抱くことになっても仕方がない。

 

 「…………俺は、鈴のことが好きだ」

 

 「……!」

 

 しばらく沈黙を守っていた弾が、絞り出すようにそう口にした。

 知ってはいたことだが、根本的に素直じゃないこいつがここまでストレートに自分の気持ちを口にしたことがあまりに意外すぎて驚いていると、その間に弾は続ける。

 

 「だからつって、どうこうしたいってのは、実はないんだ……あいつに気持ちを伝えて、なんつーか……こう、何かを期待するには、俺は前にあいつを傷つけすぎたから。あいつにとっても、多分そんなのは迷惑なだけだろう」

 

 「そんな、ことは……」

 

 「いいんだ。実際のところはどうにせよ、俺がそう思ってんだから。けど……それでも一つ、譲れないことがあるとすれば」

 

 「弾。お前……」

 

 「……鈴には、絶対に幸せになって欲しい。あいつが望んでる道を走ってんなら応援してやりたいけど、その道の先が『ない』なら……例えあいつに恨まれることになったとしても止める。だから俺は最低限、そいつを見極めるための『目』がどうしても要るんだ」

 

 「……そうか」

 

 それで、今になってらしくもなく必死こいて勉強してるってわけか。

 普段ISを使っている俺からすればそこまで心配するようなことはない、と言ってやりたいところではあるが……実際、福音のようなこともあったし今現在危ない連中がIS学園を狙ってるのも事実だ。

 俺としても何かあれば絶対に守り抜こうと思ってはいるが、絶対に大丈夫だと保証してやれるほどの自信は無い。それに鈴自身、必要なら危険なことにも率先して飛び込んでいくタイプだ。

 ISそのものについても、俺自身の勉強不足もありわかっていることはそこまで多くない。だから、いざって時に身を守る手段のない弾を関わらせるのは良くないと思いつつも……止めることは、出来ないだろうなと思った。

 

 「ったく……そんだけお前が本気だってのに、当の本人は何も知らずに『頑張んなさいよ!』ときたもんだ。お前、この際本当にその先輩にしてみたら? どこがいいんだよ、あの鈍感の」

 

 「それをお前が言うのかよ……いいんだよ。だから、いいんだ」

 

 「はあ……お前も大概、面倒くさい奴だよな」

 

 「色々とこじらせてる奴に言われたらお終いだな」

 

 「……あ?」

 

 「……お?」

 

 だから弾の問い自体には答えられなかったが、いつものように軽口で返そうとして……バッドコミュニケーション。これがコミュ力お化けと辛うじてコミュ障卒業したレベルの人間の差よ。

 

 と、まぁ……この場は本当にいつもの世話話だのどつき合い延長で話は流れていったものの。

 この弾にISについて教えている先輩ってのが実はもうすでに俺にとっても知り合いの人だったり、すでに弾の整備士としての才覚が見いだされて倉持技研で真剣にスカウトが検討されてたりしてたそうなのだが、この時はまだ、俺も弾もそのことを知らなかったのである。

 

 


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