IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百十五話~協力関係~

 

 

 「くっ……!」

 

 四方八方。ありとあらゆる方向から、黒い楔が縦横無尽に追いかけてくる。

 白煉からの援護は無い。今回は自分は役に立てないとか抜かして、寧ろ向こう側に回っている。理屈はわかるが薄情だと思う。

 

 「おわっ!」

 

 なんて考えているうちに、一瞬意識が途切れた。

 空にかかる一本の不可視の橋はそれだけで呆気なく瓦解、俺は空に放り出されるように落下していき、猛追してくる無数の黒い楔を半分諦めのい入った目で見つめた。

 

 

 

 

 『織斑君はCBFルールでの試合形式の経験ってある?』

 

 きっかけは、ある日中々自炊する時間もとれなくなり学食の世話になっていたところ、俺が掛けている向かいの席に座ってメモの切れ端を差し出してきた簪のそんな質問からだった。

 

 「いや。もうクラスで配られてるガイドブックは目を通したからルールは把握してるけど、実際にその形式でやったことはないな」

 

 『ガイドブックを見たのならもう知ってるだろうけど、CBFルールだと専用機持ちはとっても不利な条件で出場することになる。生徒会長の条件をクリアしたいなら、準備は早めにしたほうがいい』

 

 「そう、だな……」

 

 元より、第二形態移行を果たして尚まともな飛行能力を持たない白式はレースというルール形式ではかなり不利だ。

 それに加え、一般生徒の出場枠もあり、枠内であれば自由参加が認められているCBFでは、最初から専用機で出場する機体にはレースの公平性の確保という名目で様々な制限を課される。

 そいつがまた相当に厄介な代物なようで、聞いた話ではIS学園開催のCBFで専用機持ちが優勝した記録はIS学園始まって以来一度しかないらしい。

 

 普通であれば優勝筆頭株の専用機持ちの勝率が低いってことは、逆に言えばそれは誰が勝つか終わってみるまでわからないってことで……日本では公式には認められてないが、CBFは海外では所謂公営、非公営共にギャンブルの対象として幅広く認知されているようだ。更識先輩の言っていたデカい金が動く、ってのは恐らくそういった側面のことも含んでいる。事実としてCBFにおける収益の一部は現在のIS開発にも当てられてるらしいし、そりゃあそうそうやっぱ止めた、なんてのは通らないってことだろう。

 IS学園内でも教師たちにバレない範囲で、生徒たちの間でオッズ表なるものが密かに出回り始めている。俺もある筋(怪しい関西弁のイタリア人)から入手できたので見てみたが、やはりハンデによる専用機持ちの不利を鑑みてのものなのか、俺たち専用機持ちの倍率は軒並み高い。

 いっそ自分に一点賭けして自己にプレッシャーをかけてみるのもいいかな、なんて思っていたところだ。

 

 だが、それをするにしても多少なりとも勝算がなければ始まらない。簪の指摘は尤もなものと言えた。だが……

 

 「つっても、頼る当てがなくてな……」

 

 俺と箒以外の専用機持ちは、漏れなく代表候補生だ。今回のCBFについてもいかにIS学園生のものであるとはいえ当然国家の威信なるものが関わってきており、今回は金の問題が絡んでくるのもあってどいつもこいつもいつも以上にガードが固い……っていうか、本人はともかく周りが本人に近づけさせてくれない。既に勝負は始まる前から始まっているとも言えた。

 こうなってしまうと、特に国家からの後ろ盾もない俺の立場は弱い。一年は外縁の海での演習が認められていないのもあり、広域での訓練さえ今の俺ではままならないのだ。いつもだったらこういうときに真っ先に頼る千冬姉も今はいない。

 

 『協力する。これでも代表候補生。一般の生徒よりはできることもある』

 

 「……!」

 

 が、その問題を簪は解決してくれるという。

 

 「……いいのか? お前だって出場するんだろう?」

 

 『元々CBFでの専用機持ちの勝率は低いし、識武がまだ未完成な以上間違いでもないけれど私のISは表向き未完成ってことになってる。現段階では私には国との柵もお金まわりの縛りもない。今私とあなたがこうして接触できてる時点で、私がほぼ周囲からノーマークなのはわかるはず』

 

 「だからって、なぁ……」

 

 『私は、亡国機業の対策が先生たちすら差し置いて生徒会長主導で行われている今の状況が気に入らない』

 

 「……!」

 

 だが、そうでなくとも現在進行形で倉持技研の設備を使わせて貰う等でお世話になっている簪に、代表候補生でも何でもない俺の判断でこれ以上借りを作るのは、お互いの将来のことを考えても不味いんじゃなかろうか。

 と俺が難色を示していると、簪が間髪入れずに爆弾発言を放り込んできて、俺は前につんのめりかけながら顔を上げて簪を見る。

 

 簪の瞳には、今までの彼女には見られなかった、明瞭とした強い意思のようなものを感じた。少なくとも、冗談や気まぐれでこんなことを言ったのではないことは受け取れた。

 

 『でも、あの人に負けた私が今それを堂々と口にしたところで、ただの我儘にしかならないのはわかってる。でもあなたなら。あの人に、自分は違うって、示せるかもしれない』

 

 ――――そうだ。元より、俺はあの食えない生徒会長に自分の力を認めさせるためにこの大会にエントリーしている。

 なんとなくだが、あの人は多分自分で言った最低限のことは当日までに仕上げてくる予感がしている。それに対して俺はどうだ?

 ……頼る当てが無いのを言い訳に胡坐をかいていたのは否定できない。鍛錬を怠っていたつもりは無いが、いつもの試合と形式が異なる以上、独りよがりの強さでは通用しないところも出てくるだろう。

 

 『私のことをあなたが気にする必要はない。私は自分の詰まらない意地のためにあなたという人を利用するだけだから。だから、あなたも私のことを利用してあの人の『策』を破ることだけ考えて』

 

 「――――わかった。宜しく頼む、布仏」

 

 考えて、差し出された簪の手を握る。

 簪の言葉を額面どおり受け取る気は無い。だが、利用とまではいかなくとも手は貸して貰おう。

 シャルにも一人で抱え込みすぎるなと言われたばかりだ。

 それに亡国機業にせよ、更識先輩にせよ……悔しいけど、『俺一人』ではまだ、手に負える相手じゃなさそうだからな。

 

 

 

 

 で。

 こんな経緯があって、それ以降倉持技研所有のIS学園近海でこうして簪の『打鉄弐式』のミサイル攻撃から逃げ切る訓練を連日行うことになった。

 

 最初は、まずはちゃんとまともに飛ぶところから、って話だったんだが……どこでこんな風に話がこじれたのか。

 確かどの道白式は所謂他のISにおけるまともな形での飛行は基本的に出来ないので、『飛び方』については元々俺が自分で考え出していた方法をそのまま使うことにしたんだ。

 これは概ね上手くいった。いや、厳密には『飛んで』すらいないが、移動手段としては中々に悪くはなかった。だがまだイメージが弱いのか、移動している状態の維持が課題として残った。普通に移動しているぶんはいいが、ここに攻撃を受けての回避などの事態を想定すると途端にイメージが怪しくなるのだ。

 

 CBFは妨害どころか戦闘行為自体も認められるどころか寧ろ推奨されてるくらいで、レース参加機体の撃墜によってタイムスコアにボーナスがつく仕様のトンデモレースだ。攻撃を受けない事態なんて想定しないわけにはいかない。そうでなくとも専用機は撃墜ボーナスが高く狙われやすいからだ。これも専用機持ちがCBFで好成績を残しにくい大きな要因の一つだと言われるくらいなのだから。

 

 だから、妨害を受けることを想定した飛行訓練にケースが移行して……あーあ、辻褄合っちまったよ。ああわかってるさ、ただの現実逃避さ。

 

 『先程よりも移動距離が短くなっていますマスター。第一チェックポイントまでの距離に満たない場所で撃墜されていては先が思いやられますよ』

 

 「わかってるっつの……思ったんだけどさ、いっそのことゴール狙いより撃破点稼いでチェックポイントで途中リタイアのほうが案外いい線いけんじゃないか、このルールだとさ」

 

 『専用機持ちはゴールが成立しなければ撃破タイムボーナスの加算は発生しません。忘れたのですか?』

 

 「そうだった……とことん専用機持ちメタってきてるよな。いじめかよ」

 

 『元よりそのような趣旨の大会です。仕方ありません……逆に言えば、このルールは箒様方にも適用されます。何らかの形で紅椿を途中撃墜できれば今回の勝利条件はほぼ達成できるということを覚えておくといいでしょう』

 

 この条件での優勝が難しいことを重々承知しているからか、白煉の態度もどこか投げやりだ。

 まあ俺としても別に優勝までは出来なくてもいいとは思ってるが、出る以上は行けるところまではいきたいもんだ。

 

 「…………」

 

 『続けるのか? とのことです』

 

 「おう。今のは俺にもわかった」

 

 海に墜落したまま先のことを考えて頭を抱えていると、打鉄弐式に身を包んだ簪が追いついてきてジッと見つめてくる。

 流石にIS展開中に筆談というわけにもいかず、最初はどうしたものかと思ったものだが、白煉が簪限定で橋渡しをしてくれることになり俺と簪のコミュニケーション事情は大幅に改善されつつある。最初は白煉のためにと思って始めさせた二人の親交だが、思わぬところでリターンがあったものだ。

 

 「いや……悪いけど集中力が切れてきたみたいだ。無理しても結果はよくならないだろうし、つき合わせておいて悪いけど今日はここで引き上げさせてくれ、布仏」

 

 「…………」

 

 『――――見ていればわかる。あなたが言い出さなければ私から言おうと思ってた、だそうです』

 

 「ま、そうだよな……」

 

 焦っても仕方がないのはわかってる。

 だが、正直想定していた以上にCBFは大きな試練として立ちはだかることになりそうなのを日に日に実感として得てきている。

 今はただ、牙を研ぐ。この付け焼刃がどれだけ本番で通じるのかは、CBF当日無慈悲な結果だけが示してくれることだろう。

 

 

 

 

 「じゃ、今日はISの持つ学習能力について、ちょっとお話しましょうか」

 

 次の日の実技の授業。

 普段であれば指導に立つ千冬姉の代理としてミーティア先生が展開された打鉄を背に講釈を始める。横には気難しそうな表情で指導用の教科書を捲っているセシリアの姿がある。

 ……セシリアのあの様子から察するに、また予定にないことをいつものノリでペラペラ喋ってるなあのアーパー教師。ただ大体あの人のその類の話はテストにこそ役に立たないが、普通にわかりやすくISを扱う上での参考になることが多いのが厄介なところだ。注意する側も思うように注意し辛く、結果として今のセシリアみたいな状態になる。

 

 「ISが自己学習によって成長していることは習ってますけど、普段私たちが使っている訓練機は個人に適応した最適化を防止するために搭乗者を変えるごとに搭乗者の情報を初期化してるんですよね?」

 

 ミーティア先生の話を聞いて、相川さんが不思議そうに手をあげて質問をする。

 半ば確認のような内容だが、多少抗議の意味も含んでいるかもしれない。まあ、確かに普段毎回初期化されたISを使わされてる身であれば、専用機持ちにしか恩恵が無いであろうISの成長の話をされても意味はないと感じるのも無理は無いだろう。

 実際、相川さん以外の生徒達も彼女と同じような怪訝な表情を浮かべている。

 

 しかしそんなことは最初から想定内だったのか、この皆の反応にミーティア先生は動じず寧ろニッコリと笑う。

 

 「まあ、貴女たちからすればこんな話を今更聞かされたところでって思うわよね。うん、でも丁度いいわ。貴女、アイカワさん、だったかしら?」

 

 「は、はい!」

 

 「口頭で答えを教えるだけっていうのもあんまり先生らしくないし、まずはわかりやすい証明を立てましょうか。貴女、ちょっと今私の後ろに用意してある打鉄で今から織斑くんと模擬戦してみてくれる?」

 

 「はい?」

 

 急に指名が入って思わずポカンとしたままミーティア先生の方を見る。

 相川さんの方も少し戸惑っているようだったが、程なくして意を決したように打鉄に向かって歩いていく。

 

 まあ、別にやるのはいいが……ミーティア先生、いったいこれで何を証明するつもりなんだ?

 

 

 

 

 相川さんは一組の一般生徒の中ではトップクラスの近接適性を持つ。元々運動神経がいいのか動きにキレがある上に、この娘もその一見快活で奔放そうな容姿の割りに由緒正しい武家の生まれらしく、剣術の心得があるのか立ち回りが少なくとも素人のそれではない。代表候補生クラスでも、油断すれば危ない相手だ。ミーティア先生の目論見は見えないが、それがなんであれ侮れない。

 

 「たあぁぁ!!」

 

 「っと……!」

 

 が……そうして気を引き締めたはいいが、それだと負ける要素が無かった。

 先に断ったが、相川さんが弱いわけではない。だがいつかの箒と鈴の対戦時と同じか、或いはそれ以上に機体のスペックに開きがあるのだ。

 第二形態移行を果たした白式の機動力は、地上戦に限れば当時の鈴の甲龍のそれを凌ぐ。対する打鉄のスペックは据え置きなのだ。今の俺には目の前の打鉄の動きは鈍重でスローなものにしか映らない。

 

 「……そこだ」

 

 だが相手も真剣な以上加減はしない。剣を振りこんで腕が伸びきった隙にガラ空きの胴に蹴りを放つ。

 相川さんもとっさに盾で防御するも、スラスターの噴射つきで叩き込まれた白式の蹴りは対IS防弾仕様の盾を一撃でひしゃげさせ、

 

 「あうっ……!」

 

 防御諸共相手の打鉄を吹き飛ばす。

 第二形態移行を経て強化された白式のスラスターキックの威力はあのラファール・リヴァイブ・カスタムの『灰色の鱗殻』並らしい。つまりハンパな防御や装甲なら容易くブチ抜く。いつもならこれで終わるくらいの一撃が入ったが……

 

 「ま、まだまだぁ……!」

 

 「……!」

 

 胴部分の装甲を大破させ、絶対防御の発動で大幅にSEを減らしながらも未だ健在の打鉄がこちらに迫る。

 ……妙に打たれ強い。相手は普通の訓練機だったはずだ。打鉄は確かに防御特化の機体だが、まさか今のを耐えてくるとは……!

 

 「なら……!」

 

 振るわれる相手のブレードを腰を落として回避した後、肘部分にある腕部スラスターにSEを叩き込み渾身のアッパーカットを顔面に……は流石に可哀想なのでブレードを持った腕の肩に叩きこんだ。

 

 「あっ……」

 

 衝撃で相川さんは手にしたブレードを落としてしまい、完璧に入った一撃に俺は今度こそ終わりを確信した。

 だが相手ISのSEの枯渇を知らせるブザーは鳴らず、

 

 「え、えっ!?」

 

 「なっ……」

 

 相川さんの打鉄の鉄拳が俺の胸の中心を打つ。

 打鉄は甲龍と違い、徒手空拳での戦闘というのは基本的に想定されていないのもあってか、シールドで守られている白式にダメージこそ殆どなかったものの、俺は本来完封するのが当然の相手に一矢を報いられる結果となり。

 

 ――――!

 

 そこで、打鉄側のSEが尽きたことを知らせるブザーが鳴った。

 あの最後の一撃については、俺以上に相川さんのほうが戸惑っているように見えた。それも当然かもしれない、あの拳が放たれた瞬間。俺は相川さんからは戦意を全く感じ取ることが出来なかった。だからこそ目の前のことなのに無防備に食らってしまったのだ。

 

 相川さんの打鉄は、戦闘用のSEを使い切り沈黙している。

 が、先程……あの最後の一撃を放ったとき。俺は相川さんからでなく、あのISから……かつて、どこかで覚えた気迫のようなものを感じていた。

 

 そんな不測の事態に戸惑う俺たちを、ミーティア先生は悪戯が成功した子供のようにニヤニヤと眺めていた。

 

 

 

 

 「アイカワさん、どうだった?」

 

 「なんか、あの織斑君のすごいキックを受けても思った以上にダメージがなかったのと……最後、ISが勝手に動いた、ような……」

 

 「そう……思った以上の結果だわ。検証に付き合ってくれてありがとうね」

 

 それぞれ俺たちがISを解除し終わった後、ミーティア先生は相川さんに感想を聞いて、その答えに満足そうに頷いて一組の面々の前に向き直った。

 

 「先生。あの打鉄は、何か特別な調整がされているんですか?」

 

 「もしかして訓練機に見せかけた誰かの専用機、とか?」

 

 「こ、今度は私にやらせてもらってもいいですか!?」

 

 先程の模擬戦を見ていた一組の生徒たちから一斉に質問が飛び始める。

 その反応をミーティア先生は嬉しそうに見ながらも、一度皆を落ち着かせるようにどうどう、といった感じのジェスチャーをして皆が静まるのを待ち、皆が落ち着いてきたところでゆっくりと話し出した。

 

 「さて、さっきの皆の疑問に答えるけど……この打鉄はあなたたちが今まで普通に申請して使えてた訓練機の一つよ。それは間違いないわ」

 

 「そ、そうなんですか。でも、さっき……」

 

 「ただし……特別な調整がされてる、っていうのもまあ、ある意味じゃ間違いないの。この打鉄は一時期、並外れたIS適性を持った子が公式の試合を行うとき、特別に宛がわれてた経歴がある子でね」

 

 「IS適性の高い人……でも、その人も訓練機を使って出た以上、その後ちゃんと初期化はされてるんですよね?」

 

 「それは当然……でも『搭乗者』の記録は消えても、ISが行った戦闘の経験値って消えないのよ。そう、例えばこの子でいえば……この子は今まで二回格上と言える機体と戦闘を行い、いずれの二回とも搭乗者本人にダメージを通してしまうレベルの大破をしてる」

 

 ミーティア先生のその言葉で、俺はあのISのかつての搭乗者だったという『並外れたIS適性者の持ち主』とやらが大体誰か察した。そして同時に、あの最後の瞬間に感じたあの気迫の主が誰のものかも。

 ここにいる本人もほぼ同時に気がついたようで、あっ、と声を思わずあげそうになるのをなんとか噛み殺しているのが見えた。

 

 「『絶対防御』なんてものまであるんだもの、己の身を削って搭乗者を守るのはこの子たちの義務なのよ。けれどこの子は既に過去に二度もそれを果たせなかった。『そういう』経験をしてきた機体……私たち人は大きな怪我をしたらその原因となったものを恐れたりするでしょう? ISも同じ。私たちでいう恐怖とは別のものかもしれないけど、それでも自分たちの存在の沽券に関わるような事態をこの子達は野放しにしない」

 

 「じゃ、じゃあさっきの試合の結果は……」

 

 「ええ。あのガードして尚絶対防御を発動させるような白式のキックに耐えてみせたでしょ? ちゃんと裏もとってるけど、この打鉄の装甲は同型機のそれに比べて25%程硬度が上がってるのに加えて、中国で独自開発されてる『龍殻』に似た原子構造に組み替えることで内側に浸透する類の衝撃を少しでも外側に逃がす構造を取ってる。誰に教えられるでもなく、ね。『ISは生き物』だって、ここに来る前に習った子もいるでしょう? 例え毎回搭乗者の情報を消されようと、この子達はちゃんと自分で考えて、その思考の答えを単独で結実させられる力がある。この力については、訓練機も専用機も関係ない」

 

 停止した打鉄の装甲を優しく撫でながら、ミーティア先生は微笑んで一組の皆の方を見ていよいよ主題に入る。

 

 「今日こんな話をしたのは、あなたたちに『訓練機ならではの強み』っていうのを示したかったからなのよ。搭乗者記録が消されても、この学校の訓練機には千差万別の戦闘情報がそのまま残されてる。そしてそれはこの打鉄みたいに訓練機ごとの『味』として機体そのものに染みこんでいるような場合もあるの。そういった特性を理解した上でちゃんとこの子達を使ってあげられれば……あなたたちにだって、或いは十分代表候補生の駆る専用機とだって渡り合えちゃうかもしれないわ」

 

 「……!」

 

 一組の生徒たちが息を飲む音が聞こえた。

 専用機持ちの俺の立場としても先程の試合で訓練機の持つ力の一片を見た以上偏に馬鹿なと笑い飛ばせない話だ。

先程の試合では最後の一撃を含めてもこちらに危なげな場面は無かったが、それは相川さんがあの打鉄の持つポテンシャルを把握していなかったからだ。もう一度、一度はこちらの全力の攻撃を受けれることを前提に戦わされれば、一気にやり難くなるのは想像に難くない。

 圧倒的な瞬発力で翻弄できるからこそ一方的な展開に出来るが、第二世代機でも後発の最新鋭機だけあり実は白式と比べても馬力だけで見れば打鉄の方が上なのだ。一度うっかり捕まろうものならこちらが危うくなる場面も普通にあり得るだろう。

 

 「仮にダメだったとしてもこの子達はその結果を学習していきもっと強くなる……つまりあなたたちの努力が無駄になることはないの。ISと一緒に己を高めていけるのは決して専用機持ちだけの特権じゃないわ。覚えておいて……それに、ほら。『あなたたち全員がこの子達の搭乗者』って響き、たった一人で一つのISを使ってる人たちよりもどこか強い感じしないかしら?」

 

 「え~、でもやっぱ専用機は欲しいですよ~!」

 

 「……やっぱり? まあ、そうよね~」

 

 「ちょ、ちょっと先生! そこで認めちゃったらさっき話したことって何なんですか!? 私、ちょっと感動しちゃったんですけど!?」

 

 「アハハ、ま、その辺りはケースバイケースってことで」

 

 「も~!!」

 

 ……最初はこれからどうなることかと思ったが。

 鷹月さんのことに千冬姉の突然の出張も重なり、何処か以前の明るさに陰りが見えていた一組の面々も、次第に調子を取り戻し始めているようだ。一見いい加減なようであの先生も千冬姉とは違う方向性のカリスマがあるんだよな。戦女神の名前は伊達じゃない。

 今回の授業の内容だって俺たちにこそ関係しないかもしれないが、訓練機で鍛錬をしている大多数の生徒には有益な情報だろう。今すぐどうこうとはいかないかもしれないが、お調子者が多いようで何だかんだで勤勉な娘の多い一組なら後一月もすれば何かしらの成果、は……

 

 「……!」

 

 思い至ったのと同時にミーティア先生がニッコリと笑いながらこちらを見ているのに気がついて思わず渋面を作る。

 ……CBFを前に全体の底上げを狙ってきてるのか。代表候補生のような特別枠の勝率が低いということは、一般枠の生徒が脚光を浴びるには絶好の機会になる。先生方としてはその機会に生徒達にチャンスを掴ませてあげようと動くのは正しいことなんだろうが……その『機会』に試される身としては、元々高いハードルがさらに上がることになるってことで。

 

 「……俺らの状況全部知った上で楽しんでそうだな、あの人」

 

 どうも最近こう食えない女に悩まされてばかりいるような気がする。

 まあ……こればかりはミーティア先生を恨んでも仕方が無い。あの人だって仕事でやってることな筈だし。

 

 「…………」

 

 他の代表候補勢もミーティア先生の意図に気がついたのか各々微妙な表情をする中、箒は一人目を瞑って黙り込んでいる。

 ……私には関係のないこと、って感じだなあれは。こいつのこういうところはいっそ羨ましくもあるが少しはわかりやすい反応をしてもいいんじゃなかろうか。間違いなくさっきのお前が使ってた打鉄だぞあれ。

 

 「待って……訓練機って実習のとき先生たちも使ってるよね。つまりあの先生たちの戦闘データも残ってるってこと?」

 

 「……なんかイケる気がしてきた。癒子、戻ったら今度予約してる訓練機の戦闘ログもっかい見直してみよ」

 

 「CBFかぁ……私も参加申請してみようかなぁ……」

 

 一方で各々盛り上がる一組の面々。この調子だと、どうやらミーティア先生の目論見は大方実を結びそうである。

 先程戦った感じでは後数週間くらいの時間ではまだあの訓練機くらいの性能では白式の脅威になり得るとは思えないが、それはあくまで正面から一対一で戦った場合の話だ。

 そうでなくともCBFは俺たち専用機持ちに不利な条件になるわけだし、それに加えて多数入り乱れての混戦だ。あのような今までの経験則に則らない特異な行動をする訓練機にその特性を理解した搭乗者の組み合わせは、十分本番でこちらの計算を狂わせる要素になり得る。

 

 まったく……厄介な相手ばっかりだってのに、こいつはまた思いがけないところで梃子摺ることになりそうだ。簪と手を組んだのは正解だったかもな。


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