~~~~~~side「ナターシャ」
――――空を飛びたい。
私の一歩は、そんな人であれば誰もが一度は抱くようなありきたりな願いから始まった。
とはいえ、そんな大したことをしてきたわけじゃない。私の国でパイロットの資格を得るには軍人になるのが手っ取り早いというわかりやすい理由で兵士になった。
で、そこからまた色々あって……やっとパイロットの資格を取れた頃になって、『IS』というものが世に出始めた。
はっきり言って、私は最初それが大嫌いだった。
女の兵士は自分でも乗ったことも無いくせに、女のパイロットである私やイーリに向かって
『まだそんな時代遅れの乗り物にこだわってるの?』
なんて嘲笑してきたし、誰も彼もIS、IS、ISで、私の大好きな飛行機を図体の大きいだけの金食い虫呼ばわりされればいい気分にはならない。
小さい頃はあんなに遠かった空も大分近くなって、夢叶って有頂天だった時にこんな冷や水を浴びせられれば尚更だ。
まぁでも、そんな周囲の風潮からさえ耳を塞いでさえいれば、間違いなく私の人生でも一番楽しい時期だったと思う。
同じ夢を持った
今では別の道へ向かっていってしまったけれど、頭の悪い私たちを夢が叶うまで支えてくれた、大事な人を守りたいから、と語って一人で遠い異国からやってきた
一緒にISが何だ、って笑い飛ばしてくれる空挺団の皆もいて、こんないい加減な私を慕ってくれる可愛い後輩も出来た。
そんな仲間たちと気の向くまま空を飛んで、仕事が終わったら思い思いに飲んだり食べたり歌ったり踊ったりしながら、ぐっすり眠って明日もまた雲の上まで行って地平線の彼方を目指す。
ずっと、そんな日々を続けていたい……そんなささやかな願いも、結果としてISに取り上げられてしまう。
IS適性。殆ど騙まし討ちに近い形で無理矢理受けさせられたその適性検査で『A』という評価を受けた私は、適性の高い人材を欲していた軍上層部に取り立てられ、私とほぼ同じ適性値を出したイーリと一緒にIS専門の特務部隊への異動が決定した。
学歴やお金で私たちの何倍ものお給料を貰っていたエリートたちを差し置いての、まさかの大抜擢だった。異動の話を聞いて今まで私たちを馬鹿にしてきた人たちのポカンとした顔をみてその時はイーリと一緒に溜飲を下げたものだが、すぐにそんなことなんて言ってられなくなった。
ISを使って飛んだことはあった。でも複雑な操縦手順やGによる抑圧も無く、ただ思っただけで好きなところにいける感覚は私にとっては現実感がなくて、飛んでいるというよりは浮かんでいるというか、漂っているかのようで。あんな不恰好な鎧を着てトンボやチョウチョみたいにふよふよ飛ぶことなんかより、私には飛行機のほうが何倍も良かった。
それに何より、夢を叶えた後も一緒にいた皆と別れるのが嫌で……私は異動の日、愛機のコクピットの中に引き篭もった。
でもそんな子供みたいな抗議が罷り通るはずもなく、飲まず食わずのまま何日も引き篭もり衰弱した私は何も出来ないまま操縦桿から引き離され、何も私の愛機はISの手によって私の目の前でスクラップにされた。
そこから先は、半分死人のようにただ言われるままに仕事をするだけの日々だった。
イーリ以外の仲間とも会えなくなり、ISの飛行感にはいつまでも慣れなくて、飛ぶことに喜びを見出せず趣味の歌を披露する場もなくなった私はストレスばかりを溜め込んでいった。イーリがいてくれなかったら、とうの昔に潰れていたかもしれない。
やがてかつての夢だった『空を飛ぶこと』も、まったく楽しくなくなって。
もう限界だと、いっそ今の仕事を辞めて個人でパイロットでもやろうかなんて考えていた時、新型の第三世代機のテストパイロットの仕事の話が舞い込んできて――――
――――私は、『この子』に出会った。
「~~~~~~♪」
「……またか」
……明朝から自分の声に起こされる、なんて経験をする人は、録音技術が当然のように存在する現代でもそう多くは無いんじゃないかって思う。ここ最近の私はずっとそうなのだけれども。
アメリカとイスラエルの共同開発機にして最先端の第三世代機、そして現在の私の愛機である『銀の福音』は、とある事件を経て第二形態移行を果たし、今までとは比べ物にならないほどの強大な力を手にした。
でもそんなことは当の本人、いや本機にはどうでもいいことみたいで……目下、私の愛機は第一形態の時は空を飛んでいなければ奏でられなかった自分の『声』に夢中だ。それも困ったことにこの声、何度聞いても私の声なのである。
「~~~~~~♪」
歌うのは別にいい。
この子に思うままリズムに乗せて言葉を紡ぐ事の楽しさを仕込んでしまったのは他でもない私だ。仕方が無い。
でも、隙あらば私の意識が無いときでさえ翼を部分展開させて歌いだすのは本当になんとかならないだろうか。被害が私だけで済めばまだいいが、これが外に漏れて誰かに迷惑をかけようものならば、私の声である以上どうあがいても私の責任になるからだ。
それに目覚めた瞬間、この光り輝く羽根に包まれている状態というのも、完全にこの子が制御しているから大丈夫とはわかっていてもこの羽根の正体のことを思えばなかなか心臓に悪い。このうちの一枚でも誤って炸裂しようものなら、その瞬間私なんて跡形も残らずこの世から消えることになるだろう。
「ナターシャ、おきた」
そんな私の内心など露知らずといった様子で、福音は私の覚醒を悟ると私を包んでいた四枚の翼をピンと伸ばして嬉しそうにパタパタとはためかせる。
……結局、こんな姿を見せられただけでそんな何もかもを許したくなってしまう私も大分甘いんだろう。
歌えるってことは当然喋ることもできるってことで……最初はたどたどしい英語を単語でポツポツと話すだけだったこの子も、急激に成長していき最近では喋り方こそまだ子供っぽいものの英語はほぼマスターしつつある。ただそれだけに飽き足らず、近頃はどうも日本語を学び始めたらしい。
この子の境遇を考えれば仕方ないとはいえ、未だ喋れるようになっても私とイーリ以外とは一言たりとも口を利こうとしないほど人見知りの激しいこの子がここまで執着する原因なんて、思い当たる理由はそう多くは無い。
……この子はきっと、あの転機になった事件でお世話になった子達に自分でお礼を言えなかった事を、まだ気にしているんだ。相方としては少し妬けてしまうけど、受けた恩の大きさを思えば受け入れるしかないかな、とも思う。私としても最後に私の歌をこの子に届けてくれた男の子にこそ挨拶はできたけど、IS学園の子たちにはいつかちゃんとしたお礼をしたいと思ってる。
でもまあ、今はそのことは置いておいて。
私を守るために必死だったこの子を見て、負けたくないって言ってくれた、まだ子供だったけれど胸に大きな望みを抱いていた勇者さん。
今も地球の裏側で頑張ってるあの子に負けないように、私も今自分に出来ることをやらなきゃね。
「ちょうせい、もういや。とびたい。いこう、ナターシャ」
――――困った。
この手の福音の自己主張は、意思表示が出来るようになったときからあったのだが最近は輪をかけて酷い。
「駄目よ、我慢して。これからも私たちが一緒にいるためには必要なことなんだから」
「うー」
この子の気持ちはわかる。私だって、こんな小さな基地に何日もいつまでも押し込められたままでいると気が滅入りそうになるのだ、私以上に飛ぶことが好きなこの子は尚更だろう。
だが、一歩間違えばこの子はフレームからコアを抜きとられ封印という処置が下されるところだったことを思えば、今の状況程度で済んだことを感謝しなくちゃならない。
というか、本来であればそうなる筈だった。
しかし軍上層部より『封印』の沙汰が下り、私から福音の待機形態が取り上げられそうになったとき、この子は『裁きの鐘』を自動展開させて暴れに暴れた……それこそ、最初はあまりに突然の上に説明もなしに行われたこの処置が不服で福音に協力した私が青褪めることになるほどに。
福音はその場から一歩も動かないまま鎮圧に出てきた対IS仕様の自動戦車5台を難なく吹き飛ばし、追って出てきた第四空挺団のIS2機を光の壁を思わせるような滅茶苦茶な砲撃で撃ち落しつつ周囲を焼き払い、いよいよ第一空挺団のエースが出てくるかという段になっていよいよ後戻り出来なくなりつつあった私たちを救ったのは、福音の翼の武装を作ったというIS部門の開発主任だった。
『第二形態移行を果たした第三世代機を封印する? 欧州においていかれたくないから武装を作れってせっついてきたのはどこの誰です? 言ってることとやってることが違うじゃないですか。ええ、反対ですよそりゃあ。折角作ったもののデータも碌に取らせて貰えないままお蔵入りにされるなんて納得できるわけないじゃないですか。各国に対する責任? 福音を悪い人たちに利用されたのは『あなたたち』の落ち度ですよね? 大体あの精神的に幼い個体である福音を軍事利用するリスクについて、僕は今まで散々あなたたちに警告していた筈ですよ……別にいいんですよ、僕は余所へ行ってもね。いくら予算が多くたってやりたいことをやらせて貰えないんじゃ意味ないですからね』
よりにもよって丸腰で出てきた、小さな第一空挺団のエースに呼び出され、罠ではないかと警戒しながら向かった先で、国防長官に説教をしていた少年の姿を思い出す。
一見場違いでしかない、十歳くらいの歳の頃のダボダボの白衣を着た彼は部屋に入ってきた私に気がつくと、安心させるような満面の笑みを浮かべながら振り返って福音の封印という決定が取り下げられたことを告げた。
『ただ……大いなる危機を招いた責任は取らなくてはいけません。実質的な謹慎処分という形になるのは我慢して頂かなければなりません。まあ……その間、僕の研究に付き合って貰えれば決して悪いようにはしませんよ。どうですか? ナターシャ・ファイルスさん』
後にそう続けながら、白衣の少年は右手を私に差し出した。少し迷った挙句、この機会を逃せばもう福音と別れる以外の道はなくなると悟った私は、その小さな手を握り返した。
『話は決まりましたね。あ、申し遅れました。僕、今この国の第三世代機の開発主任をさせて貰ってる、火渡
握手が成立したのを見て、少年は本当に嬉しそうに笑いながらそう名乗った。
思えばあれが彼との馴れ初めで……こんな小さな子がこの国のIS開発のトップなんて言われて勿論最初はタチの悪いジョークか何かって疑ったりしたし、これからどうなるのかと不安に思ったりしたけど……それ以降、彼は何かと扱いの難しい私の愛機の調整を文句一つ言わず引き受けてくれている。
流石にここまで借りが積み重なると、いくらこの子の要望とはいえ中々ワガママも言いづらくなるわけで。と、いうか、こんな小さな子相手にワガママ言って困らせるのっていい大人としてどうなの、って思うわけで……
「いいんじゃないですか?」
「いっ!?」
そんなことを考えながら悶々としているうちに湯気が立ち上るマグカップを持って現れたアオイに声をかけられ、ついびっくりして飛び上がった。
アオイはそんな私を見て申し訳なさそうに頭を掻きながら、手にしたマグカップを私の机の上に置く。
「取り込み中でしたか? 大方、今日も福音と調整のことで揉めてるのかなって思って来てみたんですけど……あ、それすぐ飲んじゃってください。ここは暖房効いてますけど、場所が場所ですから外はやっぱり寒いですから」
「いえ、いいの。コーヒーありがとうね……で、『いい』って?」
「はい。ナターシャさんが協力してくれてるお陰で最近は福音のデータ取りも順調ですし、今日一日くらいは外で文字通り羽を伸ばしてきたら如何でしょうか、ってことです」
「……いいの?」
「欲を言えばもう二日くらいはここにいて欲しかったんですけどね。あなたたちの場合、定期的に飛んで貰ってきたほうがいい数字が出るのがわかってきたので、まあこれも効率を考えればいいかなって思いまして」
「…………」
「あ、あれ? 僕、何かおかしなことを言いましたか?」
思わず絶句してしまったのは、あまりに『話のわかる』この少年の対応に驚いたからだ。
私と福音の『趣味』について理解を示してくれる人は、今までほぼいなかった。私のことを昔から知っているイーリさえ苦言混じりで注意してきたくらいだし、私自身も仕事である以上公私はしっかりわけて当たるべきだと心の中ではずっと思っていた……まあ、直せないままズルズルとここまできてしまったのだけど。
だから……人一倍『遊んでないで結果を出せ』と口うるさく私たちに言ってきた研究職側の人間にこうもあっさりと認められるのは、私にとっては十分驚きに値する事実だった。
「あなたは……私たちが仕事を放り出して遊んでいるとは思わないの?」
「……ああ。他の方に何を言われたのかは大体察しがつきますけどね、気にしなくていいですよ。物事はどれだけ最終的に結果をだせるかです。今の人たちはISがどういったものかも理解できていないまま、ただ目先のわかり易い成果だけに捉われてる人が多すぎる」
アオイはつい口をついて出てしまった私の問いに詰まらなそうにそう答えると、サッと踵を返して私に背を向け、
「それに大分福音もストレスを溜め込んでるみたいですしね。前みたいにその子に暴れられたらこんな小さな基地は一溜まりもないですし、存分に息抜きさせてきてあげてください」
そんな、私にとっては聞き逃せない言葉を口にして、この場を去ろうとした。
「待って。福音はあなたの前でもわかる形で意思表示をしたことはない筈よ。あなた……福音の意思がわかるの?」
「わかりませんよ。見ての通り、僕は男性ですから。調整の際コアに触れることはあっても、ナターシャさんたちみたいにISと『繋がれない』僕では彼女たちの意思なんて推し量れるはずもありません。ですが……」
呼び止めると、アオイはいつもの、裏なんて全く感じられないようなさっぱりとした笑顔で振り返りながら、
「……ISが『どういったものか』は、少なくとも他の人よりはちょっとだけ理解している自負があります。だからなんとなくわかるんです……繋がることなんて出来なくても、彼女たちが『次の姿』になるために何を求めているかくらいは、ね」
何でもないことのように、そう答えるとお辞儀をして去っていった。
この時私は……あんな小さな男の子が一つの国の最先端技術の総括なんて立場に収まっている理由の一つを、垣間見たような気がした。
外を飛んできていいとわかってからの福音の行動はまさに疾風の如しだった。
私は為す術もなくふわふわの光の翼に飲み込まれたと思ったら、次の瞬間にはもう雲の上にいた。その過程で起こったことを想像したら少し怖くなったけれど、とりあえず今は気分がいいので考えないことにした。
「~~~~~~~~♪」
相変わらずこの子の一番のお気に入りは最初に私が教えてあげた歌だが、最近は娯楽の少ないこの場所でせめてもの暇潰しになればと後輩たちが届けてくれた映画の中の一本の劇中歌がお気に入りでこればかり歌っている。
紆余曲折を経て黒人のクラブ歌手が修道女として匿われ、騒動を起こしていくコメディー映画だったっけ。子供の頃飽きるほど見た映画で後輩たちのチョイスには文句を言いたくなったが、この子にとっては中々楽しい内容だったみたいだ。タイトルは……まあ、ある意味じゃこの子にぴったりだったかな。尤もこの子は自分のために歌われるより前に自分で歌い出しちゃうような天使なんだけど。
しかし……この子が楽しそうなのは大いに結構なのだが、問題なのは私にも輪唱を求めてくることだ。
ISのバイタルコントロールはこんなことにも無駄に発揮され、一日中歌い続けても喉が枯れたりすることはそうそうないのだが、それはそれとして疲れと切り離せるものではない。
ここ数日缶詰でストレスを溜め込んだ福音は一秒だって無駄にするものかとばかりに歌い続け、私が疲れて歌うのをやめると拗ねたようにブンブンと機体を揺すって抗議してくる。
第二形態移行を果たしてからの福音の銀の翼は今まで以上に福音自身の意志によって動くことが多くなっていて、一度こうなってしまうと私は為す術もなく振り回される。
こういう時には、私は自身のIS搭乗者としての経験不足とセンスの無さを改めて痛感する。
思えば私は元々パイロットなのだし、と周囲にも自分にも言い訳をして、ISというものに対する理解を怠ってきた認識もある。
『第二形態を獲得する以前から自我を確認できるIS個体は滅多にありません。いや、実際は僕たちが思っているよりもいるのかもしれませんが、彼女たちは最初の段階ではそうそうあなたたちに自身の『心』を許さない。そういう意味では、あなたと福音は特別です。他の方がどうだから、と気に病む必要はないんです。前提条件が違うんですから』
アオイは、私にそう言ってくれた。
けれど、あの事件から二ヶ月程経って、そろそろ目に見える成果を一つでも出さないと、私はまだしも、福音はずっとこの寒くて寂しい僻地にずっと閉じ込められたままになってしまうのではないか、という焦りがジワジワと湧いてくる。
この子自身の未来のためにもここは一度心を鬼にして、福音には厳しく接するべきなんだろうか?
……でも、私に出来るだろうか。紆余曲折あってISが大嫌いで、それでもISに関わるしかなくて荒んでいた私に空を自由に飛ぶことの楽しさを、歌を歌って皆で笑いあうことの嬉しさを思い出させてくれたのは、他でもないこの子だ。そんな子に、私の歌をくだらないお遊びと吐き捨てたかつての上官たちみたいに、歌をやめろ、なんて私の口から告げなくてはいけないんだろうか?
――――わからない。未来のこの子の幸せのために、私がこれからどう行動するべきなのか。
「あはは……まさか私が、この子のためとはいえ『先』のことを考えて悩んでるなんてね」
イーリに今の心境を知られたらすごい顔で仰天されそうだな、なんて一人ごちながら思う。
そうだ。生来、私はあまり未来というものを意識して生きてこなかった。今の仕事を請けた時でさえ、その結果がどうなるかなんとなくは察していながらも、まあどうにかなるわ、なんてよく考えずに決めた。
でもそんないい加減な私でも、私の行動の如何で福音の未来が左右されると思うと何か肩に重いものが乗っかるような感じがする。決めてきたこと自体に後悔は全く無いけれど……この感じは、例えるならなんていうのだろう。
「~~~~~!」
福音の歌が途切れ急に大きく機体が揺れる。一瞬いつもの福音の抗議かと思ったが、ハイパーセンサーのレーダーに写りこんだ二つの光点がすぐにそれが間違いであることを知らせてくる。
……光点の色は青。身元がはっきりしていてかつ作戦中は友軍であることを示す識別色。少なくとも私がハイパーセンサー越しにISの管制AIに指示を飛ばせば、恐らくすぐさま所属と搭乗者の情報を送ってきてくれる相手。
そうわかっていても、あの福音の暴走の発端になったハワイ沖での狙撃の件が半ばトラウマになっている私は他のISの接近には反射的に少し構えてしまう。福音もそれは同じらしく、一瞬で光の翼の羽毛が逆立つように膨れ上がって戦闘態勢になる。
が。そんな私たちの警戒なんてお構いなしといった様子で、二機のISは真っ直ぐ私たちに向かって突っ込んでくる。
そして……その姿が視認できるところまで接近したところで、急に私たちの上をとるかのような軌道で飛び始めた。
「~~~~~!」
友軍ということはわかっていても、制空戦で上を取られることのリスクを身に染みてわかっている私はつい緊張してしまい、それに伴い福音の警戒がより強くなる。光の翼が強く輝き、今にも裁きの鐘から光の羽根の砲撃を行いそうになっているのを翼の一枚を撫でてなんとか宥めすかしながら、私は福音を通して申請していた接近しているISの情報を確認して思わず目を丸くする。
「ま、待って福音! あのISは……『あの子たち』は……!?」
言い終わるよりも先に。
私たちよりも数十メートル程上空でこともあろうかISを解除し、ISスーツ姿で真っ直ぐ私たち目掛けて落ちてくる二人のIS搭乗者が、私の視界に飛び込んできた。
「うあ~……話には聞いてましたけど聞いてた以上のフカフカっぷりッス。サイコーッス。人を駄目にする温もりッス」
「うむ。流石は先輩。まさか歌っているお姿や人柄だけでなく、専用機まで天使の如くとは。先輩マジ天使、ということだな!」
「はぁ……」
急に上空から飛び掛ってきた二人のIS搭乗者を、流石に福音も生身の人間に砲撃をするのは不味いと思ったのか撃ち落すようなことはせず、それでもすぐさま対応してくれた。その四枚あるうちの翼の二枚を使って器用に二人を包み込んでそのままお縄にしたのだ。
そうして一度地上に降りてきた私たちだが、いざ尋問を行おうという段になって未だ光の翼に芋虫のように全身を覆われ身動きが取れないおバカ二人が未だにこんな暢気な調子では、溜息の一つも吐きたくなるというものだ。
「……で? 事前に連絡もなくいきなり何しにきたの? ダリル、フォルテ」
ダリルとフォルテ。
二人とも、今ではアメリカの代表候補生まで上り詰めた私たちの可愛い後輩である。
後輩は別にこの子たちだけではないのだが、この二人は訓練生になる以前から親交があり、とりわけ付き合いが長いこともあって今でもよく連絡を取り合う仲だ。
あの頃は……夢が叶って有頂天だったのもあり、今思い出すとイーリと揃って頭を抱えたくなるようなことばっかりしていた気がする。この子達と出会ったのもそんなことの中の一つが発端で……仕事が終わっていつものようにイーリの実家のガレージで仕事仲間たちと打ち上げをしていた時、車の陰に隠れて私たちの様子を伺っていた二人をイーリが捕まえたのだ。
話を聞いてみると二人ともパイロット志望ということで、キラキラした目で私たちの話を聞いてくれて。それにすっかり気をよくした私たちは、二人がまだ空を飛んだことがないという話を聞いてつい、お酒の勢いもあって軍の飛行場に忍び込んで――――
……うん。これ以上は心が痛くなってきたのでやめよう。オチとしては寮の前で鬼のような形相で待ち構えていたヤクモにセイザという姿勢を無理矢理とらされ何時間もお説教されたんだっけ。
あの時こそビリビリする足をさすりながらヤクモのことを恨んだものだが、後になって私たちのやった無茶の尻拭いを必死に駆けずり回りながらやってくれていたことを知って、感謝を告げようとした時にはもう彼はいつもの召集場所に現れなくなっていたことは、正直今でも悔やんでいる。
けれどそんなこともあってか、この子たちは何の後ろ盾もなくISの世界に飛び込んできた私たちを嫌な顔一つせず迎えてくれた上に、今でもこうして懐いてくれている。イーリには表向きは鬱陶しい奴等と邪険にされているけれど、彼女も内心までそうは思っていないはずで、私にとってもいつまでも可愛い後輩だ。
だが、そんな可愛い後輩が相手だとしても、いきなり予告も無しにISでこの
「事前に通告がなかったのは申し訳ありません。ですが我々も特に込み入った用があるわけでもなくて……ただ、CBFの機動訓練中に先輩が滞在しているこの基地の近辺を通りかかることがわかったので、だったら寄っていこうと思った次第でして」
「まあぶっちゃけ、世界中でもレアな第二形態移行を果たしたセンパイの専用機を一目見たかったんッス」
「……フォルテッ!!」
「ひぃ……! すんませんッ!!」
……だというのに、この二人はいつもの調子で。こっちもこれでは最早軍人としての仮面もそうそう保てない。
「そう……でも、私じゃなきゃ問題になってたわよ?」
「ハハ、ご心配なく。先輩だとわかっていなければ我ら、むざむざISのレーダーに補足されるところまで近づいたりしませんとも」
「……福音は今軍用Noとしての登録を外されていて、友軍のISからも所属不明機として扱われる筈なのに、私だってわかったの?」
「当然ッス! いくらISが正体不明でも、あのキレイな歌声は紛れも無くセンパイのモノッス! ウチ等にはわかるッス!」
「あー……あんな距離から聞こえるんだ?」
「この一帯に響いていましたぞ。最初に音を補足したときにはあの伝説のセイレーンが実在したのかとさえ疑いましたな、いや、事実そのようなものがいたとしても先輩の歌声の前では尻尾を巻いて逃げ出そうものでしょうな!」
あちゃー。いや、もう面目なんて最初から立ってなかった。
というかいつものことだけど、この子達は私たちのことを持ち上げすぎる。恥ずかしいからやめて欲しい。
「……じゃあ、ISを解除して飛び掛ってくるなんて無茶をやった理由は?」
もう半ば投げやりになりつつ質問を続ける。と、二人は顔を見合わせて少し困った表情をした。
「その……先輩はともかく、先輩の専用機がかなり我らのことを警戒しているご様子でしたので……」
「う、ウチは反対したんスよ! でもこの脳みそゴリラがむりや――――」
「フォルテッッ!!」
「ごめんなさいッス!!」
「……コホン。ですから、せめて敵意がないことを示そうと武装解除を行ったまでのことです」
「そう。でも、次からはやめて。一歩間違えば、あなたたち二人とも死んでいたのよ?」
「先輩がそう仰るのならば二度とは。しかし、その間違いとやらは万に一つも起らなかっただろうと確信していますがね」
「どうして?」
「先輩のことを信じているからです」
答えになっていない、と怒ろうとするものの、ダリルの目はどこまでも真っ直ぐで、私はもうそれ以上言い出せなくなってしまう。
……フォルテも口を噤みながらもウンウンって頷いてるし。この子たちはこんないい加減な私のいったいどこがいいんだろうか。二人ともタイプこそ全然違うけどロスで女優をやってるって言われても違和感が無いくらいの金髪碧眼の美少女で、ISの操縦技術だって、適性や経験共にこの子たちのほうがずっと上で、精々私が勝ってる部分といえば今じゃ時代遅れ扱いの飛行機の操縦技術くらいだっていうのに。
「はぁ……わかった。もういいわ。それで、これからどうするの? 訓練中みたいだけど、少しでもこっちに滞在できるんだったら言って。基地に連絡して準備して貰うから」
「良いんですか!?」
「遠くから遥々私を訪ねてくれた後輩を邪険には出来ないでしょう? それに、ちょっと聞きたいこともあるしね。あなた達、IS学園生だったわよね?」
「ええ。フォルテはとにかく、私はもう今期で卒業で第二空挺団への配属が内定していますが」
「ウチは卒業は来年ッスけど時間の問題ッスね。もう第三と第五辺りからは声掛けられてるんで」
「あら、それはお目出度いわね。なら、そのお祝いもあわせてしなくちゃ。あまり大した歓迎はできないけど寄っていきなさい」
私の提案に二人は一瞬パアッと顔を輝かせるも、すぐに少し困った表情になってまたお互いに顔を見合わせる。
一見息が合っていないようで、こういうときは仲がいい。それを知っているから、返ってくる答えも自ずとわかる。
「……先輩の申し出はとても有難いのですが、私たちも本当に立ち寄っただけでして……CBFの開催予定日を考えると、一刻も早くIS学園に戻らなければなりません」
「……そッスね」
「そっか……二人とも出場するの? あなたたちならいいところまでいけるんじゃないかしら。今年もテレビからになっちゃうけど応援してるわ」
「いや……今回の大会は一年坊だけでやるっぽいんで、今回ウチらは外野ッス」
「……とても不本意ですが。今年こそあのいけすかない生徒会長に一矢報いてやるつもりでいたんですが……」
「ジョーダンじゃねッス。ウチはあんなの二度とゴメンッスよ……CBFとはいえISの公式試合で本気で死んじゃうと思ったのはあれが最初で最後ッス」
「たるんでいるぞフォルテッ! あのようなこともあるから普段から泳ぎくらい達者になれと言っていたんだッ! 帰ったらまたみっちりシゴいてやるからなッ!」
「えう~ッス……」
あらら。何気なくCBFのことについて触れたらやぶ蛇だったみたい。
……一年前のCBFはこの二人が出るっていうから見てたけど、確かレース開始と同時にテレビが砂嵐になってしまって結局良くわからないまま終わってたんだっけ。
試合はちゃんと行われたようで優勝者も決まって、後になって試合のことを二人に尋ねても口を噤むばかりで何も話してくれなかった。聞いた感じじゃその生徒会長って人に何かされたみたいだけど。
それにしても……今年は一年生だけ? 今までの経歴を考えればたぶん前例のないことのはずだ。ちょっと気になる。
「一年生だけっていうのはどうしてなの?」
「おや? 先輩のところにはまだ情報が来ていませんか……我々も長期演習中故にIS学園からの報告を受けた以上のことは把握していないのですが、どうやら数日前に学園祭中を狙っての『亡国機業』のテロがIS学園内にて発生したとのことです」
「!?」
「学園の守りの要の戦女神も今回のことの責任を取らされてIS委員会に招集を受けてるみたいで……そんな中で今回のCBFをやるんで、戦力になりそうな人材は生徒も含めて警備の方に回るんス……って、な、なんっスか!?」
亡国機業のテロ。
恐らく前回の福音の暴走事件も彼らの手によって行われたと聞かされていた私には、今度はIS学園が彼らの標的にされたなんて聞いて冷静ではいられなくなった。思わず地面に芋虫みたいに転がっている二人に詰め寄る。
「そ、それで!? ど、どれくらいの被害がでたの?」
「……我々も聞いただけなので詳しくは。ですが十数名の生徒が原因不明の意識不明状態に陥っているとの情報があります」
「……っ!」
ダリルから状況を聞かされて一瞬、今私が負っている責任すべてかなぐり捨ててでも今すぐにIS学園まで飛んでいきたい衝動に駆られる。
……IS学園の子たちにはまだお世話になったお礼を何も返せていない。それが叶うまで、あの子達にはいなくなってもらっては困る。あの子達に危険が迫っているのなら今度は私たちが守ってあげなくちゃいけないんだ。
「おおっ!?」
「しょえぇ!?」
そんな私の想いに反応してか、福音は二人の拘束を解いて放り出すと、今にもその場から飛立とうと四枚の翼を広げる。
しかしそんな福音の様子を見て、私は何とかここで冷静さを取り戻せた。
「……亡くなった子はいないのね? 意識不明の子達もちゃんと治る見込みはあるんでしょう?」
それでも二人の前で取り繕うところまではいかなかったらしい。
自分で思ったよりも低い声が出て、それを聞いた二人は何かを思い出したかのようにハッとした様子でまた顔を見合わせ、真剣な表情でこちらに向き直る。
「……学園に戻り次第続報は必ず。ですから先輩はどうか御自分の御勤めを全うしてくださいますよう」
「前に専用機の件でセンパイがお世話になった一年坊等のことはお任せくださいッス。ボーコクキギョーだかなんだか知らないッスけどきっちりウチ等が守ってみせるッスよ。それが今回のウチ等のお役目ッスから」
そして、私を安心させるように笑いながらそう言ってくれる。
……そうだ。この子達だっていてくれるし、あの子達だってこんな私に守られなきゃならないほど弱くは無いはずだ。私も、ここで為すべきことをまだ終わらせていない。
今は、皆を信じてみよう。きっと、まだその時ではないだけで、機会は必ず巡ってくる。そんな気がするから。
「……うん。じゃあ、お願いね。でも、あなたたちも無茶しちゃダメよ? 皆無事に乗り切って、ちゃんとまた私に会いにきてね?」
「ええ、必ず」
「トーゼンッス! ……あ、そういえば。イーリスセンパイから預かってるものがあるッス。忘れてたッス」
「え? イーリから、私に?」
「はいッス。忘れ物だって言ってましたッス」
徐にフォルテが懐から取り出した、一枚の紙のようなものを受け取る。
それは一枚の写真だった。いつものイーリの家のガレージの前で、楽しそうに笑っている皆が写っている。
この二人に出会った日、皆で撮った写真だ。あの日撮って全員に配られたその写真に、マジックで汚い字で文字がところ狭しと書き殴られている。
――――私がいなくって寂しいからって、仕事放り出して帰ってくんじゃねえぞ? イーリス
――――とりあえず栄転おめでとう、ってところかな。また一緒に飛べるといいね。 ジャック
――――お前のためにオンボロのジュークボックスを何とかまだもたせてんだ。そろそろまた歌いにこいや。 マーク
「皆……」
その文字が何かわかった途端、目の前が涙で霞んだ。
ISに関わるようになってからイーリ以外とは皆バラバラになってしまったような気がしていたけど、そんなことはなかった。皆、私を憶えてくれている。
「……まったく。そんな顔をされてしまったら、私からは何もなし、というわけにはいかないではないですか」
間髪入れずに、今度はダリルが私に何かを差し出してくる。
一見紙でできた、安っぽい作りの掌にすっぽり収まるくらいのサイズの筒……見覚えがある。
そう、だ。ヤクモが持っていた、星空を象ったような群青と白をベースにしたカレイドスコープだ。昔一度こっそり見せて貰ったけれどその一見安っぽい作りの割にびっくりするくらい綺麗で、つい欲しがってしまったけど大事なものなのかヤクモは結局一度も首を縦に振ってくれなかった。
それを、どうして……
「それを預けてきたあの黒髪の元整備兵からの伝言です。『こんなもの持ち歩いてるなんて知られて女々しい奴だと思われるのも癪だし、どうせなら価値がわかる奴が持っていた方がいいだろう』とのことです」
「……バカ」
……もう大体わかってるのに。これは手先が器用だった彼が自分で作って、彼のとって大事な人に贈ろうとしたけれど、結局贈れなかったものだってことくらい。
それをいくら私から言い出したからって、今になって私に押し付けてくるなんて……本当に、酷い人だ。もう、返せって後から言われたって絶対に返してあげないんだから。
そんなことを考えながら鼻を啜って二つの品を抱き締めると、目の前の二人は複雑そうな顔をする。
「……センパイ。前から思ってましたけど、もしかして……」
「まさか。あんな、初めて出会ったときから名前も知らない誰かに夢中で、私たちのことなんて女とも思ってないような人、なんとも思ってないわ。でも……うん。ちょっとだけ、いい男だったかもね」
「……そッスか」
――――それから、ほんの少しの間、私の涙が止まるまで、昔の話をして。
最後には三人で昔みたいに笑いあった後、二人は再び自分の専用機を展開し直すと、IS学園への帰路を辿るべく飛立っていく。
私はその後姿が地平線の向こうに消えるまで、ずっと見送っていた。
~~~~~~side「???」
「で。センパイにはああ言ったんはいいッスけど……『あのこと』、話さなくて良かったんスか? ダリル先輩」
「些事だ、構うまい。我等の役目は変わらん。それに先輩は今は専用機のことで手一杯のようだ、後輩としてこれ以上心配ごとを増やすような真似はできまいよ」
「ま、そッスね。はぁ~……にしても貧乏籤ッスねぇ。態々長期演習中のウチ等呼び付けてまでやらせることが『
「そうか? 私は少し楽しみだぞ……あの先輩の専用機、一目見ただけで圧倒的なものだと知れた。暴走中かつ複数人掛かりだったとはいえ、仮にも『アレ』とやり合い全員生き残って事を収めた連中だ。少しは楽しませてくれそうじゃないか」
「あー、ヤダヤダ。これだから戦闘狂は……」
「……何か言ったか?」
「言ってませんッス」
「……まあ、いい。兎に角、今は今年の『奇跡の世代』のことだ。これから始まる正義の戦いに値する連中か否か、精々量らせてもらうとしよう」
ダリルとフォルテはスコールの設定を大きくいじってしまったのもあり、原作通りの設定だと軌道修正が難しそうなので、元々自分で設定してた方を本作ではとります。
あとちょっと前にFGO二部のPV見たときにそういやこれから出す敵役の数同じくらいだな、って思ってから思いついたネタを投下。
1st Boss
光纏の胡蝶
完全変態■■フレーム サイレントゼフィルス
2nd Boss
凶ツ星の剣
第三零落魔剣 ■■
3rd Boss
虐殺機工
■■■■・■■■■■・■■■■・モデル:デストロイワークス
4th Boss
四つの国
空想■■旅録 ■■■■
5th Boss
■■の魔獣
概念■■■■ バスカヴィル
6th Boss
暗黒の■■
■■■■悪竜 ファフニール
7th Boss
■■■■■
影劫■■聖典 ■■■■
もうある程度は出てきてますが、近い内に搭乗者は全員顔出しは終わります。
2章中は前三人くらいがメインになりそうです。伏字は登場回のサブタイか何かで回収してく予定です。