IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百十三話~歩みだす~

 

 

 学園祭を突如襲った、『亡国機業』のテロから一週間。

 所長があれこれ手を尽くしているようだが、鷹月さんを始め、意識不明者の意識は未だ戻らない。

 あの日、学園で起きたことには緘口令が敷かれたものの、明確な被害者が出ている以上すべてを隠すことも出来ず数日後にはある程度の情報が世間にも流れたらしい。

 

 テレビなんかでは相変わらずよく知らないコメンテーターがIS学園批判をしていたが、IS学園内では目に見えて大きな変化はなかったように思う。

 けれど一組でこそいなかったが、他の学年やクラスからは何人か自主退学者が出たらしい。廊下ですれ違う女生徒たちの表情も、学園祭の前よりもどこか陰のようなものが見られた。

 

 何か、日々見えない何かに追い詰められているような、そんな感覚があった。

 そして……俺の友人たちの間にも、変化があった。

 

 鈴はあの事件の後からしばらくの間、こいつにしてはとても珍しいことに、目に見えて凹んでいた。

 弾が何故かあの量子空間の展開に巻きこまれて意識を失ったと鈴から聞いたときは俺も血の気が引くような思いをしたが、数日後に会った本人は特に不調そうな様子もなくピンピンしており、当日学園で知り合った眼鏡の先輩がやたら節制しろと口うるさいと俺に愚痴を言ってきた。

 

 あいつがそんな調子なので俺からは気にする必要ないんじゃないかと言っておいたのだが、鈴としてはそうは思えなかったようだ。

 

 『……こういうこともあるかもしれないって、本国で警告されてたの。忘れてたわけじゃないんだけど……緩んでた、のかもね。多分、調子にも乗ってた。一歩間違えば、弾があの箒の友達みたいになってたかもしれなかったのよ? あんただって……それに……』

 

 俺の言葉に力なくそう答えると自分の腕の甲龍の待機形態に視線を落とし、何か言いかけたが、思い留まったかのように首を振ると逃げるように走り去っていった鈴を思い出す。

 それからあいつは普段こそいつもどおりに飄々と行動しているものの、放課後の訓練なんかでは常に一人で行動するようになった。二組の娘たちにも聞いてみたところ、普段の生活に支障が出ない範囲で自己鍛錬を行っているらしい。

 

 少し心配になるが、鈴については俺から何かする気はなかった。

 こういうことで自分を許せなくなるのは俺にだって嫌というほど経験がある。そういうときに必要なことは他人から気を遣われることじゃなくて、どうけじめをつけるのかを他でもない自分自身で見出して実行することだ。

 鈴の目を見る限り、もうあいつは多分その答え自体は見つけている。それが何かはあいつ自身にしかわからないが、途中で壁にぶつかって折れそうになってたりしない限りは変に詮索せずに見守ってやるのが正解だろう。

 俺があいつの立場だったら、多分そうして欲しいって思うだろうからさ。

 

 セシリアもクラスメイトが事件に巻き込まれて倒れ、それに対して何も出来なかったことを悔いていたが、彼女にはそもそも凹んでいるような時間が与えられなかった。

 あの事件以来、すぐにもう一人の三年生の先輩と一緒に、千冬姉の後任に収まることになったミーティア先生の補佐の役割を仰せつかったためである。後任に収まったのはいいものの一年の寮監、警備責任者、実践訓練の担当教師、成績不振者の補講etc……等、千冬姉が請け負っていた仕事は多く、新任のミーティア先生が一人で受け持つには荷が重かろうという判断の元行われた突如の任命だ。

 

 もう一人のサラ・ウェルキンという先輩も現在生徒にして既にISの指導教官の資格を獲得している程の才媛らしく、セシリアは当初彼女と一緒ということならば殆どわたくしには仕事なんて回ってこないかもしれませんわね、なんて冗談めかして笑っていたもののそんなことはなかったようで、就任してからは授業中ですらクラスにいないことも最近では珍しくなくなってきた。

 

 噂を聞いたところによると、んなこったろうとは思っていたが……セシリアの役割は確かに天才的な才覚を持ち、十分に千冬姉の後任を務めるだけの実力はあるものの、同時に問題行動も目立つミーティア先生の『お目付け役』って部分がかなり大きいらしい。

 ただセシリアもそれだけに貴重な時間を費やすのは流石に納得できなかったようで、対価として週に何度か役目とは別に個人的にミーティア先生の指導を受けられるようにしていた。その影響なのか、数日前の模擬戦では見るからに動きが良かった。今の調子だと、漸く彼女相手に白星がつくようになってきた試合記録を再び真っ黒にされる日もそう遠くない。

 

 で……この二人がこんな感じで、箒も放課後になると迎えに来る更識先輩に連れられてどこかへ消える。

 後、何か今までISでの対決を避けられていたことが最近になって判明したラウラは相変わらず俺の相手はしてくれず、それでいて放課後は何か調べ物をする傍らで、一年にはもう相手になる奴がいないとばかりに練習試合で上級生狩りを始めたらしい……一回箒を連れ出しにきた更識先輩に闇討ち同然に襲い掛かって返り討ちにあい、かの龍玉漫画で有名な爆死のポーズをリアルでとっているのを見たことがある。ああも過激なのは家の姉の教育方針のせいだろうか。少し心配になる。

 

 と、こうなると必然的に、俺が普段一緒に行動するのは残った他の面子であることが多くなる。

 

 「はぁっ!」

 

 「っ……!」

 

 まあ、俺も元々学園祭が始まる前からイメージインターフェイスの訓練のために一人で鍛錬することもそこそこ多かったんだが、今日はシャルに近接戦闘訓練の相手役を頼まれたので請け負うことにしたのだ。

 

 ……こうやって打ち合ってみるとわかる。シャルはどちらかというと多彩な銃器を駆使したミドルレンジからの戦闘が得意なイメージが強いが、近接戦闘のレベルもかなり高い。仮に銃器を封印しても、少なくとも代表候補生クラスの実力がなければ太刀打ちできないだろうくらいには。

 海外の剣技についてはよく知らないが、多分、我流だという確信がある。だが我流でありながら、いや、我流だからこそだろうか。的確に相手のやりたいことを先読みして潰していく計算された太刀筋がシャルの持ち味だ。それでいて、常に『逃げ道』も用意している。優勢でも必要以上には踏み込まず、少しでも劣勢を悟るとPICを駆使したIS独自の機動でスルリと逃げる。実に嫌らしい。

 そしてそんなその実ネチネチした戦い方をしていながら、二刀流で戦うシャルの姿は実に華があるのだ。所謂『人を魅せる』動作というのを、わざとらしさなく自然にやってみせる。それは俺みたいな実戦的な剣術を齧ってる身からみれば無駄の多い動きでもあるが、致命的な隙になる程でもない。戦いの内容的にはこちらが勝っていても、向こうのそういう姿勢が崩れないのでどこか弄ばれているような気分になる。カリスマ、というやつだろうか。実際シャルロットとの模擬戦ではギャラリーの黄色い声がいつもの三割増しくらいになる。悔しくなんてない。

 

 「……なんか、一学期の時他の奴らが出来ればお前とはやりたくないって言ってた理由、わかった気がするな」

 

 「う~ん……それって、褒めてくれてる?」

 

 「さぁ、な……!」

 

 「あっ……!」

 

 とはいえ……純粋な近接戦闘であれば、俺と白式ならまず遅れはとらないくらいのラインだ。箒や鈴相手でも分が悪い。まああいつらの格闘戦のセンスは一年の中では郡を抜いているので相手が悪いってのもある。簪相手なら……『識武』なしなら勝てるってあたりか。

 

 そんな感じで相手の戦力を分析しながら、右手の剣でこちらの雪平を受け止め、左手の返しでこちらの首を狙ってきたシャルを、いつかの偽暮桜の見よう見真似で手の中の雪平から手を緩め、シャルの一撃を受け流しつつ空中で一回転させた後に再度掴み取って一閃。

 右手で押さえていた力が緩んで少しだけバランスを崩したシャルはその一撃を避けきれないことを悟り、こちらを狙っていた左手でとっさに防御しようとするも、間に合わずに吹き飛んだ。

 しかし元々受ける準備が出来ていたのか、体勢は崩れず地面の上を滑りながら数メートル後退するだけに留まる。そんな姿でさえサマになってるのはなんなんだ。

 

 「あはは……結構ここを離れた後も頑張ってたつもりだったんだけどなぁ。やっぱり、そう簡単に一夏から一本は取らせてもらえないね」

 

 「勘弁してくれよ。『これ』でもお前に勝てなくなっちまったら、もう俺がお前より上回ってるとこなんてなくなっちまうじゃんか。これでも結構危機感感じてるんだぞ」

 

 「僕は一夏よりも強くなりたいけどね。弱い一夏でも、僕は守ってあげるよ?」

 

 「向上心があるのは大いに結構だが、生憎俺はヒモになるつもりはない」

 

 世の中女が強いというが、それでも日本男児として譲ってはいけないところはあるだろう。大体、俺にとっては今回のことみたいに、俺の手の届かない何処かで誰かが傷つくことのほうがよっぽど堪える。

 それに――――

 

 「…………」

 

 アリーナの観客席で、俺たちの練習を真っ直ぐ見つめている簪に少しだけ視線を向ける。

 

 ――――言っちまった、からな……

 

 ……本人を前に本気で口にした約束を守れなかったあの日以来、決して口に出来なかった言葉。

 それを簪の前で口にしたことを、後悔はしていないが……そうして禁を破った矢先に、俺はあのオータムとかいう女に言い訳のしようもなく負けた。

 簪こそ無事だったが、それもあの局面で更識先輩が駆けつけてきてくれなかったらどうなっていたかわからない。

 

 「っ……」

 

 その『もしも』のことを一瞬想像してしまって、思わず唇を噛んだ。

 幸運の末に掴んだあの福音戦での勝利で先に進めた気になっていたが、俺は何にも変わっちゃいない。

 ――――次はない。それくらいの覚悟をした上で、もっと強くならないといけない。

 

 「……ごめん。一夏の気も知らないで、調子のいいこと言っちゃったかな」

 

 よほど酷い顔をしていたのかもしれない。急にシャルが申し訳なさそうに眉尻を下げながら小さな声で謝ってくる。

 

 「でも、僕は本気で言ってるよ。一夏は少しくらい、守られる側にいたっていいと思うんだ。今度のこと、一夏が箒や鷹月さんたちのこと気にしてるのはわかるけど……一夏も襲われたって聞いて、僕たちだって君のことが心配だったんだよ?」

 

 でも、それでいて自分の意見は撤回しない。ラファールを展開したまま、シャルは俺に歩み寄ってきて、上目遣いで俺の顔を覗き込む。

 

 「……今だって、心配。学園祭が終わってから、一夏、ずっと怖い顔してるもん。一組の皆も言ってるよ? 最近の一夏、織斑先生みたいって」

 

 「……あんなしかめっ面してるつもりはなかったんだけどな」

 

 「あはは、半分冗談だとは思うけどね。けど、一夏がそんなだと皆だって調子出ないんだよ。箒たちが心配なのはわかるけど、もっと笑おう?」

 

 「俺は……」

 

 「……僕は、一度ここを離れていたからわかるんだけどさ。きっと一夏が思っている以上に、一組の皆は君のことを頼りにしてるんだよ?」

 

 「皆が? 俺を?」

 

 「うん……クラス代表こそセシリアってことになってるけど、そのセシリアだって君のことを頼ってるじゃないか。皆気楽そうに見えるかもしれないけど、あれで彼女たちってみんな頭いいからね、多分一夏が考えてるより結構色々考えてるよ。それでもそういうところを見せないのは……皆、一夏が頑張ってるところを見てるからじゃないかなぁ?」

 

 「……流石に買いかぶりすぎじゃないか?」

 

 「どうかな? ……ふふ、まあこの際僕の勝手な思い込みだって思ってくれてもいいよ。でも、何にしてももうちょっと肩の力を抜いてもいいんじゃないかな。今からそんなじゃ、いざってときに疲れちゃって動けなくなるんじゃ困るでしょ?」

 

 「そう、だな……」

 

 「もっと、頼ってくれていいんだ。一夏から見たら少し頼りないかもしれないけど、皆、やり方は違っても君と同じ気持ちで戦おうって思ってるはずだから」

 

 ……はは。やっぱりダメだな、俺は。

 そうだ。所謂『守られる側』だって、ただ黙ってそうされてるだけの人形じゃない。俺がやられて嫌なことは、そのまま相手にとっても同じなはずだ。

 それが正しいことだとしても、自分の気持ちを押し付けるだけじゃダメなんだ。

 

 大体、俺がいくら覚悟を決めたところで、一人で出来ることはそう多くない。

 今回みたいに敵が複数いて別々に襲い掛かってこられたら、多分、俺はまた何も出来ずに取りこぼす。

 

 ……皆で戦う、か。そういうことを、あまり考えたことはないが……千冬姉もいない今、本気で皆を守ることを考えるなら、きっとやらなくちゃいけないこと、なのかな。

 

 「シャル」

 

 「なぁに?」

 

 「……ありがとな。俺、頑張るけど……それでも、一人じゃダメそうだったら、力を貸してくれるか?」

 

 「どういたしまして……勿論だよ。頑張るのはいいけど、あんまり一人で抱え込んじゃダメだらね」

 

 「ああ」

 

 我ながら単純だが……シャルに頷いて貰った事で、ほんの少しだけ心が軽くなったような気がした。

 敵は強く、そもそも更識先輩に認められなければいざという時矢面に立つことすらまだ許されていない。前途は多難だ。

 でも、必ずしも全部に一人で立ち向かわなくちゃいけないわけじゃない。そう、思えるようになったから。

 

 

 

 

 「そういえば……シャルのIS、ちょっと何か変わったか?」

 

 それからシャルと再び近接戦闘の訓練を再開し、一区切りついた頃。

 俺はシャルの専用機を今日見てからずっと感じていたことを初めて口にした。

 このときになってから言い出したのは、確信がなかったからだ。近接戦闘の技能こそ本人の言うとおりかなりの上達を感じたが、武装自体に大きな変化は感じられなかったし、ラファール・リヴァイブの見た目も何処か変わったような気もするが同時に昔からこうだったんじゃないか? と自信がなくなるくらいには大きな変化を感じられない。

 それでも訊いたのは、手合わせの際に……どこがどうとは何とも言いづらいのだが、それでも以前と何か違うような気がしたからだ。

 

 俺の問いにシャルの方も何か心当たりがあるのか、視線を逸らしながら、あー、って感じで頬を掻くような仕草をする。

 

 「えーと……そうだね、今回は使わなかったけど、実は量子格納中の武装とかは全部一新してるんだ。フレーム自体はいじってないけど、『中身』が大きく変わったからね」

 

 「中身?」

 

 「うん……僕のお父さんの会社が新しく出した第三世代機の話、聞いてない?」

 

 シャルのその話は、校内の噂話程度のことなら知っている。

 なんでも、現行最強と謳われているイタリアの第三世代機に勝利して発表と同時に華々しいデビューを飾ったとか。

 シャルがこの学園に戻ってきて、もしかしたらその新型機が見れるかもしれないと思っていたが、いざ見てみると以前のラファールのままで正直肩透かしを食らったような気分になったっていうのも本人には言ってないが少しあったりした。

 

 「一応、僕の専用機もその新型機にしないか、っていう打診があったんだけど……なんだかんだで、僕にはラファールが馴染んでるから急にフレーム変更になるっていってもしっくりこなくてさ。そうしたら、少し性能を落とせばフレームはラファールのまま新型機の……第三世代機のシステムを入れられるって言われたから、それでやってもらったんだよ」

 

 「へぇ……じゃあ、今のお前のISって」

 

 「んー、まあ実質的には第三世代機って扱いにはなるのかな。一応イメージインターフェイス兵装の使用感覚の練習みたいのもしてるよ、まだ実践で試したことはないんだけどね」

 

 「……それで大丈夫なのか? イメージインターフェイスの制御は俺も今練習してるとこだけど、一筋縄じゃいかない分野だぞ。この際ちょっとそっちもやってったらどうだ? 一応俺からも何かアドバイスできるかもしれないし」

 

 「え~と……ごめん、今日は遠慮させて。まだ自信なくて、人前で見せるのはちょっと恥ずかしいんだ」

 

 「あー……やっぱ器用なシャルでも苦戦してるのか。わかるぜ」

 

 「イメージは出来てると思うんだけどね。ただその自分の理想に体が追いついていかないって感じかな。もうちょっとで何か掴めそうなんだ。CBFが始まるまでには、一回一夏にも見せてあげられると思うよ」

 

 「そっか。楽しみにしてるよ」

 

 シャルは器用だ。多分、本人の言うところの『何か』さえ掴めればあっという間に上達するだろう……俺も、うかうかしてられないな。

 

 「おっ……今日はこの組み合わせなんだ。相変わらず精が出るね、一夏君」

 

 「うおおっ!?」

 

 「わっ……た、確かにこれはわかっててもちょっと怖いね」

 

 なんて考えていると、不意に後ろからポンと背中を叩かれ、振り返っていつの間にいたのか相変わらず生身にしか見えないISを展開した更識先輩の姿を見つけて思わず固まる。シャルの表情の引き攣りようからも、やはり思うことは一緒なようだ。

 それに……今回は先輩だけじゃない。現状を考えれば明らかにISを展開せずにこの場に来てる奴が一人、所在なさげに更識先輩の後ろに立っている。

 

 「先輩、箒をここに連れてきたってことは、最初の問題はもうクリアしたんですか?」

 

 「糸口は見えたってところね。だからこれから訓練するとこ。君たち、もう上がりでしょ? 入れ替わりでちょっとここ、使わせて貰うから」

 

 「大丈夫なんですか? その様子じゃ、まだ展開自体はできてないみたいですけど」

 

 「だいじょぶだいじょぶ、心配しなくてもそんなに無理はさせないよ。ただデータ上紅椿のスペック的にはどうしたって万一があるから何が起こっても大丈夫なところでやりたいってだけ」

 

 「……それを聞くとかえって不安になるんですが」

 

 「平気だって、今のところここ使ってるのはわたしたちだけみたいだし……織斑先生がいない今、この学校じゃ先生も含めてわたしをどうにかできる人ってそんないないからね。もし何かあっても箒ちゃんには傷一つつけないから安心してって」

 

 「……一夏」

 

 こっちの心情なんていざ知らず、引き気味の俺とシャルを前に殆ど生身に近い姿でぐいぐいくる更識先輩と話をしていると、やがて箒が前に進み出てきた。

 更識先輩を信用していないわけではないが、この人は未だに根っこで何を考えているのかよくわからないところがある。箒にも釘を刺しておくべきか。

 

 「箒、お前も無理させられてるならはっきり……」

 

 「……私は大丈夫だ。それよりも」

 

 「おう?」

 

 「戦う覚悟を決めたお前には悪いが……今度の勝負は譲ってやれない。鷹月を助けるのは私だ」

 

 「っ……!」

 

 背後でシャルが息を呑む音が聞こえた。俺も最近はISのことで少し落ち込んでいることが多かった箒の目の奥から久々にあの静かでありながら燃え上がるような激しい闘志を感じ取って、思わず居住まいを正す。

 箒は本気だ。その箒にあの更識先輩が力を貸すのだ。

 それに福音戦で見せた紅椿の圧倒的な強さは未だに頭に焼き付いている。今から一ヶ月であのコンディションにまで持っていけるかどうかはわからないが、更識先輩の『試練』は、正直俺が自分で思っているよりもずっと厳しいものになるかもしれない。

 

 でも、それでも。

 

 「こっちの台詞だ、箒。もう、足踏みしてるのも辞めたんだ。もう自分に嘘を吐きたくないから、俺は戦う」

 

 「……そうか」

 

 箒の視線に真っ向から向かい合って応える。俺たちはしばらく睨み合ったが、やがて箒がフッと僅かに微笑みながら視線を逸らして何も言わずに更識先輩を追いかけていった。

 鷹月さんがあんなことになってしまった直後は今にも潰れてしまいそうな程弱々しかったあいつの影は最早見るべくもない。どんなやりとりがあったのかは知らないが、柳韻さんは最後の最後できっちり親父としての仕事をしていったのだろう。

 

 「……柳韻さんに会わせたの、ちょっと失敗だったかもな」

 

 つい冗談半分に、思わずそんなことを漏らしてしまった。

 まあ……試練が厳しくなること以上に、久々に見るあの闘志全開の箒と戦えることに少し期待している気持ちがあるのも、我ながらちょっと呆れてしまうが。

 

 「む……一夏、なんでちょっと嬉しそうなのさ。君、箒のことよく戦馬鹿って馬鹿にしてるけど、あんまり人のこと言えないんじゃないかな」

 

 なんて思っていると、シャルに見透かされた。

 ……そんなわかりやすいかな、俺って。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 「さぁさぁ。どっからでもかかってきて」

 

 訓練が始まって数日は、ひたすら同じことをしていた。

 私の手には木刀。対する相手の手には竹で出来た扇子が一つだけ。そんなふざけているのかとも思えるような装備の相手に打ちかかっては、逆に叩きのめされる。

 要は、そんなことを、ずっとだ。

 

 「くっ……!」

 

 どう見ても相手が持っているのはちゃちな竹製の扇子だ。普通であれば木刀で打たれれば数合いと持たずにバラバラになってしまうようなそれを相手にしている筈なのに、まるで剣が通らない。

 そもそも、『打って』いる感覚すらない。相手の得物と打ち合った瞬間何かヌルリとした感覚と同時にこちらの得物を逸らされ、

 

 スパァン!

 

 「ぐぅっ……」

 

 油断大敵とばかりに頬を打たれる。

 お返しとばかりに木刀で薙ぎ払っても、視界がブレたまま放たれた一撃は相手に掠ることすらなく、逆に今度は手の甲を打たれて木刀を叩き落とされそのまま扇子の先端を喉元に突きつけられる。

 

 「はい。仕切り直し」

 

 「……!」

 

 ……今まで手合わせしてきたどんな相手とも違う。まるで水の塊を殴っているかのように手ごたえがなく、それでこちらが隙を晒せばすかさず氷の刃のように鋭い返しの一手を打たれる。

 一夏は少なくとも合気道の心得があるように見えると言っていたが、私が今まで見てきたそれよりも格段に研ぎ澄まされているように感じる。相手の呼吸を読むのがとても上手い。それどころか、まるで心を読まれているような手を打たれることすらある。

 

 「うふふ。箒ちゃん、今わたしが実は超能力者なのだぁ! って言ったら信じちゃいそうな顔してるよ?」

 

 「……まあ、そうだとするなら以前からたまにする面妖な行動のいくつかは説明できそうですが」

 

 「め、面妖って……わたし、そんな変なことしたっけ……」

 

 「ご自分の胸に聞いてみてください。で、出来るのですか?」

 

 「んー、まあ出来ないけどさぁ……でも、箒ちゃんは割りと『わかりやすい』ほうではあるかな」

 

 「わかりやすい?」

 

 「そんなに難しいことはしてないんだよ。わたし、戦ってる間も結構色々考え事するの」

 

 立会いの後。

 叩きのめされ立ち上がれない私に対して、生徒会長は息さえ上がった様子すら見せずにポンポンと自分の頭を扇子で叩きながらいつもの胡散臭い笑顔を私に向ける。

 

 「ここでこう言ったらどんな風に反応するか、こう手を出したらどう対応されるか、逆に何もしなかったら何をしてくるのか、とか……箒ちゃんのおっぱい柔らかそうだなぁ、とか、耳をペロペロしたらどんな声をあげてくれるかなぁとか」

 

 「…………」

 

 「ま、まぁ最後のあたりは冗談として……とにかく、わたしは相手のことを『知る』ってことに重点を置いて戦うことにしてるの。だけど、多分君は違うよね?」

 

 「それ、は……」

 

 言われて、自身を省みる。

 確かに……流石に千冬さんのような実力差がありすぎるような相手では対策を考えたりもするが、基本的に私はあまり相手のことを知った上で戦うということを意識してこなかったと思う。

 そういうのは小細工を弄しているようで少し嫌だったし……なにより、最近は変わってきた自覚はあるが過去の灰色の六年間を経て私は無関係の人間というものにあまり関心というものを持てなかったのだ。

 

 「……それが、私がISを使えるようになるのと何か関係が?」

 

 生徒会長の問いはそんな自分のことを見透かされているようで、私はつい少し苛立ちが混じった声で返事をしてしまう。

 だが、それを意に介した様子なく生徒会長は言葉を続ける。

 

 「関係なくはないんだけど……まあまずは心構えからってトコかな。実際君は才能あるし、そのやり方で今までは何とかなってきたんだろうけど……独りよがりの術理って基本的に格上には通用しないものっていうのは、今まで手合わせしてきてもうわかってきてるんじゃない?」

 

 「…………」

 

 「一朝一夕でわたしみたいになれなんて言わないけどさ。でも、君の『目的』は力尽くだけじゃきっと果たせない。だから……『考えなさい』。どんな手を使ってもいい。どうすれば、このわたしから勝ちを引き出せるのかを」

 

 ――――そうして。

 言われたとおり考えてはいるものの何一つ通用せず、最早数えるのも億劫になるほど負けが積み重なってきたところで、ある日あと一歩踏み込みが速ければ一本取れるという局面で、自分の体の動きだけではそれを実現できないのにそうしたいと強く望んだところ、

 

 「……!」

 

 一瞬、金色の光が揺らめいたと感じると同時に、私ではない何かの力が私の体を前に押し出した。

 無理矢理間に合わされた一撃は会心には程遠かったが、それでも生徒会長の扇子を手から撥ね飛ばすことに成功する。

 

 「い、今のは……」

 

 「……五日でこれかー。『瞬時加速』を碌に訓練もせずに感覚だけで出した子だっていうのは聞いてたけど、ホントとんでもないわね」

 

 自分自身のしたことに戸惑う私に、生徒会長は呆れ半分、嬉しさ半分といった複雑そうな表情を向けながら落ちた扇子を拾う。

 

 「ISの力の一部は展開しなくても引き出せる、っていうのは知ってる?」

 

 「……はい。一夏がやってるのを一度見ているので」

 

 「うわ、あの子もうそんなことまで出来てるんだ……本当ならIS学園で教えることじゃないんだけどね。でも打開策としてはこのやり方が一番君には向いてるかな、って思ったんだけど、正解だったみたい」

 

 「……! では、今のが?」

 

 「そ……今まで君は気づいてなかったみたいだけど、わたしは今まで訓練中はずっと専用機を部分展開して君に……正確には君のISに、プレッシャーを与え続けていたの。多分、今の状態でも今君、絶対防御で守られてるよ?」

 

 「な……」

 

 言われて思わず自分の手首の紅椿の待機形態に視線を落とす。

 よく見ないとわからない程度だが、二つの鈴は僅かに光を帯びているように見えた。

 それでは……なんだろうか。私は今まで、ISを展開した相手にほぼ生身で挑み続けていた、ということなのか?

 

 「先に言わなかったのは謝るけど……『搭乗者の危機』っていうのは、ISの自己進化を促すには結構いいシチュエーションなの。実際、今君の紅椿は展開できないなりに君を守る方法を模索して、『そういう』やり方を編み出してみせた」

 

 「そうですか……」

 

 「……怒った?」

 

 「……言いたいことは沢山ありますが、結果的に上手くいっているのなら良しとします。それに、これでも彼我の実力差くらいは把握している。仮に貴女がISを展開していなかったとしても、今の私に勝てたとは思えません」

 

 「あは、謙虚ね~。流石に生身同士だったら一本くらいはもう取られてたと思うよ。ま……バレちゃった以上はこれからはもう遠慮しないよ。君もISの新しい使い方を覚えてきたみたいだしね」

 

 「……宜しくお願いします」

 

 そうして、その日から今度はISのパワーアシストをお互いに引き出しながらの鍛錬に移行したが……その日のうちに熱が入って勢い余った私が修練場の床を思い切り踏み抜いてしまい、次の日からはほぼ生身の鍛錬にも拘らずアリーナの一区画を借りての鍛錬となった。

 

 「ふっ!」

 

 「っ……!」

 

 生徒会長の武器は相変わらず扇子だ。だが流石に次第に力が出せるようになってきた私と紅椿相手にただの扇子では荷が重くなったのか、扇子で私の攻撃を受ける際には扇子にあの水色の色彩を放つ水を瞬時に纏わせる。

 

 スパァン!

 

 「あぅっ……!」

 

 しかし攻撃の際にはそのようなことはしていない筈なのだが……ISの防御があるにも拘らず、打たれるとかなり痛い。

 だが後に引くような痛みではないし、傷や跡が残るようなこともない。全力の私と違い、向こうは攻撃に手心を加える余裕があるということだ。事実、始まって数分で立てなくなるところまで追いやられるまでにあちらは息一つ乱さない。

 

 いつもの立会いであれば、こんなに早くは力尽きない。事実、体力はまだ残っている。だが、何一つこちらの手が通じずやりたいことすら出来ない事実を前に心が先に折れてしまう。

 

 「辛い? やめたい?」

 

 そんな時、生徒会長がかけてくるのはいつも同じ台詞だ。

 対する答えも、もう決まっている。

 

 「続けて、ください!」

 

 「……オッケー。前も言ったけど、ちゃんと考えて剣を握るのよ」

 

 諦めない。諦められない。

 私は弱い。だが、弱い私のままでも心配して認めてくれる人がいたのだ。それに気がついて、でも気づいたときには遅すぎて。

 ここで折れてしまえば、家族や一夏と離れ離れになってしまった頃の自分に戻ってしまう気がした。そうなれば、一夏はきっと私を置いていってしまう。そんなことは考えたくもなかった。

 

 「紅椿……不甲斐ないこの主に、どうか力を貸してくれ」

 

 今まで、何度も心の中で思ったことを口にする。

 ……見えているかどうかはわからないが、こうも一方的にやられる不甲斐ないところを見られたくなくて鍛錬の際には紅焔には外して貰っている。よって、意思があるかどうかすらまだわからない私のISが返事を返すことはない。

 だが……この時は、まるで応えてくれたかのように。

 紅椿の待機形態を象徴する金と銀の二つの鈴が微かに光ながら、私を励ますかのようにチリンと鳴った。

 

 ――――それからもCBFの開幕まで、私は生徒会長相手に剣を振り続けたが……私の剣が彼女を捉えることは、結局最後までなかった。

 けれど。まだ初めて紅椿と空を飛んだときの全能感からは程遠くとも、私のISが力を取り戻していくのを、次第に日々感じ取れるようになっていった。

 

 これで鷹月に近づけているのかはわからない。若しくはこんなことをしても全くの無駄で、今皆の快復のために尽力してくれている人たちの手によって明日にでも鷹月は目を醒ますのかもしれない。

 でも仮にそうなっても、始終色々と心配をかけた彼女でせめて、私はもう大丈夫だって、胸を張っていたいから。

 

 強く、なるんだ。

 

 


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