IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百十二話~死せる災禍~

 

 

 ~~~~~~side「???」

 

 ――――キィ……キィ……

 

 「――――直接会うのは随分久しぶりになるかしら? 怪我の具合はどう?」

 

 「誰のお陰で負った傷だと思っている……まあ、支障はない。『私』にはな。君こそ、この忙しいだろう時期に抜け出してきて大丈夫なのか?」

 

 「何だかんだであれから一週間経つし、水面下でIS学園のために色々動いてたチフユの後を引き継いだんだもの、外出の口実なんていくらでもあるわ……にしても、そういうこと、ね。ねえ、パスカル。貴女、その力使っていて『怖くならない』? 死の境界すら曖昧になった人間なんて、大抵は自分を見失ってしまいそうなものだけど」

 

 「思うところは無い……自他を問わず、私にとって死は恐れるようなものではなかったからな」

 

 「それは、貴女の古巣の『教義』だったから?」

 

 「いいや。あくまで、私個人の在り方だ……まあ、ある意味では君の言うとおりなのかもしれないな。見失うような『自分』等、私には初めからなかった」

 

 「そうかしら? 私にはそうは思えないけれど……ウェザーの話に乗ったのは、復讐のためじゃないの?」

 

 「違う。そもそも私個人としては、篠ノ之束や織斑千冬に対する怒りや恨みはない」

 

 「……何故? 貴女の経緯を思えば、それは持って当然の感情だと思うのだけれど」

 

 「ああ……ウェザーにも同じようなことを言われた。だが……きっと、『あのこと』が無くても、あの結末は恐らく早いか遅いかの違いだけだった。それを思えば、早く楽にしてくれた彼女たちには寧ろ感謝しているくらいだ。それでも私が『形』として彼女たちを憎むのは、私以外の……あの場にいて理不尽に未来を奪われた者たちの、過去の声を代弁しているに過ぎない……自分でも空しいと思うが、最早それを当事者である彼女たちに届けられるのは、私だけだからな」

 

 「……わかってたけど。窮屈な生き方してるわね。なら、私たちのボスの目的にも思うことはないってこと?」

 

 「どうだろうな。彼女の思想に共感は出来ないが……理解はできる。それに他でもない、あの彼女の最後の願いだ。無得にはできまいよ」

 

 「ふーん。優しいのか冷たいのか、よくわからないわね、貴女。面白いわ……『オータム』。遠慮しなくていいのよ。入ってきなさい」

 

 「……!」

 

 聞かれているのに今気づいたのか、それとも初めから気づいていたのか。

 兎に角スコールに促され、私は『集合地点』であるとある避暑地にあるコテージの中に足を踏み入れた。

 

 最低限のものが置かれた部屋の中でまず最初に目に入ったのはやはりスコールだ。この女の存在感は何処にいようが、良くも悪くも強烈に焼付く。こうして、部屋に一つだけのテーブルについて爪を弄っている姿一つとっても。

 

 一方で部屋の奥で影のように壁に腕を組んで寄りかかったまま微動だにしない黒衣の女は、下手をすれば良く出来た人形かなにかと見紛いそうになるほど生気が薄い。その怖気の走るような、爬虫類の瞳を思わせる視線は確かに私を捉ええるも、すぐに関心を失ったように伏せられる。立ち位置は私が今入ってきた扉の反対側にある、テラスに続くガラス扉のすぐ近くであり、まるでその扉の番人のようにも見えた。

 

 ――――いや、それも案外、間違いじゃねぇのかもな。

 

 ――――キィ……キィ……

 

 ここに来てから……いや。『この場所』の近くに来てからというもの、さっきから耳の奥で妙な耳鳴りが響いてやまない。

 それも次第に大きくなって……今となっては、あの扉の奥にこの耳障りな音の発信源があるのが、何故か感覚的にわかるのだ。

 

 ガラス扉には白いカーテンがかけられており、生憎その向こう側を見ることはできないものの。

 丁度中天に差し掛かった太陽が今テラスを照らしているようで、カーテンに写りこんだ影がその向こうにあるものの姿を捉えていた。

 

 ――――ロッキングチェアに深く腰掛け静かに揺られている、今この場にいる『三人目』を。

 見えているのは影だけだ。そいつが男なのか女なのか、子供なのか老いているのか、強い奴なのか雑魚なのか……一切わからない。強いていうなら、『そのどれににも見える』。いや……そもそもそんなことすら、些細な問題じゃない。

 

 ――――まさか、こいつが……? だが……

 

 「ああ……やっぱり気になる? オータム。貴女は会うの初めてですものね」

 

 テラスにいるであろう『三人目』に思わず目を奪われた私に、スコールが悪戯っぽく目を細めて笑いながら声をかけてくる。

 私の反応を見てこの女が楽しんでいるのは明白だ、パスカルじゃないが本当どこまでも食えない奴だ。

 

 「貴女のことだから大体察しはついてるだろうけど……彼女こそ、私たち『亡国機業』の統括、『ウェザー』よ。貴女でも話くらいは聞いたことあるんじゃないかしら」

 

 「……ああ。で? その統括サマとやらは日光浴の真っ最中のようだが、私には顔すら拝ませてくれねぇのか?」

 

 『彼女』……ってことは女、なのか。そう言われればそのようにも見えてくるが……兎に角、さっきから私の感覚が掴んでいるこのウェザーとやらの唯一つの『特徴』が確かなのか確かめたくてカマをかけるが、途端に怖気が走るような視線が再び私に飛んでくる。

 

 「君の預かりはあくまでスコールだった筈だ。統括に関心を持つような理由もあるまい」

 

 「そうでもねぇよ。テメェ等みてぇな普通の感覚じゃ扱えねぇような奴等を、纏めて束ねてる飛び切りのバカがどんな奴か興味はある」

 

 「……その前に今回の成果の報告だ。その内容如何によっては考えてやらないこともない」

 

 「チッ……アラクネ、やってやれ」

 

 パスカルの言いなりになるのも業腹だが、スコールも特に何か言うことも無く爪を弄り続けているのでここは大人しく言うことを聞き、アラクネの待機形態に呼びかけ前回のIS学園内での戦闘ログデータを目の前の二人のISに転送させる。

 

 「つーかよ、テメェ等に送ってなんになるってんだ。そいつを欲しがってたのはあの白衣のガキだろうか」

 

 「彼には後で私から渡しておくさ……何でも、その前に自分の作品の搭乗者として私たちの意見が欲しいと言われてな」

 

 「面倒よねぇ……あら。でもバッチリ撮れてるじゃない。仕事は上々よ、オータム」

 

 送るや否や、スコールは話も半分にすぐさまISを手持ちの空間投影ディスプレイと連動させ当事の映像データを表示、パスカルも少しだけ頭を上に上げてそれを覗き込む……我ながら多少遊んだ自覚はあるが、どうやら仕事自体は上手くいったのでスコールは目を瞑ってくれたようだ。

 

 「……どう思う? パスカル」

 

 「……概ね、ドクトルの予測通りだろう。とはいえ、これは『彼女』のものとは規格が違う。篠ノ之束の言うところの『箱』の代用になるかは五分といったところだが」

 

 「へえ。貴女の見立てでその数字なら案外悪くないわね……なら、また動かなくちゃいけないわ。もう、だからいっそ『攫っちゃえばいい』って言ったのに」

 

 「使える手駒が少なかった、仕方が無い。どの道織斑千冬があの学園にいる限りは厳しかった、本格的に仕掛けるとすれば次だ」

 

 そして、なにやらまた、悪巧みを始めたようだ。

 ……全く、あの唯一のIS男性搭乗者とかいうガキのISに、乖離剤(リムーバー)をブチこんでくる『だけ』なんて仕事に何の意味があったのやら。まあ亡国に来てからこのかた、訳のわからん仕事なんて今に始まったことじゃないが。スコールがああ言ってくれてるなら成功ってことでいいんだろう。

 まあ、IS搭乗者になった今私にも多少はことの当たりはつく。あのガキに打ち込んできた例のリムーバーはこの私でもわかるくらいの型落ち品だった。ISは一度受けた搭乗者に危険を与えそうな危険物は記憶し耐性をつけ、それをコアネットワークを通し全体に波及させる。あんな古いリムーバーは普通ならば効く筈がない。

 にも拘らず、あのガキのISにはこれが『通った』。これは即ち、少なくともあのガキのISが相当古いか、コアネットワークから隔絶されているコアか、或いはその両方であることを意味する……まぁ、私にはそれがなんだって話になるが。んな貴重品だったんならいっそパクってくればよかったじゃねぇかと思うが、お偉いさんが言うにはあのISは『搭乗者』も一緒じゃねぇと意味がねぇとのことだ。

 

 「で? ご満足頂けましたかねぇ、皆様方?」

 

 なんにせよ、このままではこいつらは私を放置したままずっとディスプレイを弄ってそうだったのでわざとらしく声をあげて注意をこちらに向ける。

 

 「ふふ。大丈夫よ、忘れてないったら……どうするのパスカル? 少なくとも私は彼女の仕事に満足してるけど、ご褒美あげちゃう?」

 

 「……ウェザーは休眠中だ、どうしてもというのならば後にしろ。日中は体に負担がかかる」

 

 「……あまり良くないのかしら?」

 

 「…………良くは、ならない。だからこその『聖戦』だった筈だ」

 

 「そう、ね……でも、どんな事情があろうとその仰々しい名前は好きじゃない。『狂ったお茶会(マッドティーパーティー)』でしょう?」

 

 「なんでもいいさ。どんな言葉で飾ったところで中身は変わらない。ただあるのは多くの『血が流れる』という事実のみだ」

 

 「……私から言っておいてなんだけど。それって貴方達の教義と違わない?」

 

 「宗教等所詮は個人の利益のために変質していく思想だ。私たちにとっては最期の救いにはなっても戦うための理由にはならなかった。私たちにとってのそれは、もっと低俗でくだらないものだ……詰まるところ、一人の男の生涯をかけた復讐だった」

 

 「……なかなか面白そうな話じゃない? もしかして、貴女がご執心みたいだったあのシャルロットちゃんとも関わりがあったりするのかしら?」

 

 「……今はそこで不満そうにしている彼女の処遇についての話だった筈だが?」

 

 ――――こいつら、人をおちょくってるのか?

 不満はあるが、パスカルが水を向けてくれたお陰でスコールの注意はなんとか再びこちらを向いたので仕舞い込んでおく。こいつのことだ、何をきっかけにまた興味が他の事に移るかわかったもんじゃない。

 

 「おっといけない、そうね。で、オータム、何が欲しいの?」

 

 「報酬は貰ってるし、大した仕事じゃなかったから別に特別給もいらねぇ。あのおっかねぇメスガキのせいでアラクネのフレームダメージがデカいからとっとと直して欲しいのと、そうだな。死体でいいから牛かなんかを一頭寄越せ。こっちは必要経費と割り切っちゃいるがあのガキ対策に『ヤギのチーズ』を大分使っちまって、アラクネが腹が減ったってうるせぇんだ。後……いい加減、もったいぶらずに教えろや。私たちは、『何を目指してる?』」

 

 「あら。あなたのことだから、ここに来た時点でもなんとなくは察してくれたと思ったのだけど」

 

 スコールの視線が何処か、こちらを試すように喜悦を含んだ色をもってこちらに刺さる。

 ……おいおい。じゃあこの臭いは、私の勘が鈍ったってわけじゃねぇってのか? なんだよこれは、こいつらがおかしいのか、それともこの場じゃ私の方がおかしいのか?

 

 ――――キィ……キィ……

 

 本来ならとっくに止まっている筈の音が、未だ残響のように響いてやまない。そう止まっていなければおかしいのだ。

 なにせ、私たち……いや、ここにいる二人が私たちのボスだと言い続けていたカーテンの後ろにいる人間は、もう既に『死んでいる』のだから。

 

 「……やっぱり、わかっているじゃない。そうよ、私達の当面の目的は、『彼女』を起こすこと」

 

 「……本気で言ってやがんのか。どう見ても生きてねぇ人間をどうやって起こすってんだ?」

 

 「あら? 彼女がただの死体じゃないことはもう見てればわかるでしょ? 私たちの計画の最終段階、『狂ったお茶会』は、彼女の目覚めとともに始まるのよ」

 

 ――――キィ。

 

 その、スコールの言葉が終わるか否やというところだった。先程まで耳鳴りのように響いていた、手入れの足りないロッキングチェアの音が不意に、ピタリと止まったのだ。

 

 ――――ギ……!?

 

 理由はわからないが何かヤバイと身構えようとした。同時にすぐさまアラクネが反応し、展開しようとするも既に遅く。

 私の視界が『裏返った』。

 

 

 

 

 ――――あ? ……ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァァァァァ!

 

 視界が切り替わった瞬間、襲ってきたのは気が狂いそうになるほどの激痛だった。

 思わず悲鳴をあげるも声が出ない。最早、今の私の体にそんな機能はない、肺がほぼ下半身ごとミンチになっている。正直、生きているのが不思議というより異常な状態だ。

 

 ――――や、やめろ。やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉ……!!

 

 息絶えるのも最早時間の問題。そしてそうなれば絶対に今より楽になるにも拘らず、この体は……いや、この体の本来の持ち主は、何とか無事だった両手を使い、ミンチになった体半分から剥き出しになった内臓を引き摺りながら、這って何処かに行こうとしている。

 どこに行く気かなんてわからないしどうでもいい。ただこいつがそうする度に全身を襲う激痛に耐えられず、ただただ早くこいつが諦めることだけをひたすら願った。

 

 ――――やめろやめろやめイヤダやシニタクナイやめワタシハやろめワタシマダやナニモ、デキテナイやめワタシマダ、ナニモシテナイノニ!!

 

 そうしていると、次第にこの体の持ち主の最期の思念が私に成り代わり始めた。ヤバイ、と思うもあまりの痛みから気をしっかり持つことすらできず、何も考えられないまま私の意志は溶けるように消え、て……

 

 『――――信じられないな。この状態でまだ息があるのか』

 

 『なあ、君。今、とても痛くて苦しいだろうが……まだ、生きていたいかい?』

 

 最早ここまでか、と思った瞬間。聞いたことのない男の声が上から降ってきて、同時に真っ赤に染まった視界に、確かに白い光が差した。これもこの体の持ち主の意思によるものだろうが、それがどこか、懐かしいような、暖かいような不思議な感じがして、私はいつしか自らの痛みも忘れ必死に光に向けて手を伸ばしたところで、再び意識が途切れた。

 

 

 

 

 「……!」

 

 気がつくと私は先程までいたコテージの中に戻ってきていた。

 時間にして数秒にすら満たない出来事だったがあまりに消耗が酷く、滝のように噴き出る脂汗にまみれながら立っていることが出来ずに崩れ落ちそうになったところでスコールに抱きかかえられた。

 

 「……『見えた』?」

 

 私の背に腕を回しながら、スコールはどこか確認するように私にそう声をかけてくる。消耗もあるがその困惑と喜びの両方に満ちたスコールの表情に、私は何か嫌なものを感じてすぐに答えを発することが出来ない。

 代わりに思わず自分の体を見渡す。ちゃんと下半身はあり、どこも痛くはなかった……さっきのあれはなんだ? なんにせよ、二度と経験はしたくないような出来事だったが……

 

 だがそんな私の反応がなによりの答えになったのか、スコールが異性なら誰もが蕩けるような満面の笑みを浮かべる。あのパスカルですら、少し驚いたかのように目を見開いて私の方を見ていた。

 

 「言い直すわ。『彼女の始まり』に触れたわね、オータム?」

 

 「な、に……?」

 

 「……答えを急ぎすぎるな、スコール。仮に『そう』だとしたら彼女が経験した精神的負荷は相当なものだった筈だ。今は休ませてやれ」

 

 「ええ。わかっているけど……これって彼女……オータムも私たちの最終目的に一枚噛む資格が出来たってことよね?」

 

 「…………推奨はしない。本来、これはウェザーが一人で果たさなければならないことだ」

 

 「なら、貴女も降りるべきよね?」

 

 「……誤算だったな。彼女のISは『幻想型(ミストラル)』でもない、ただ鹵獲したフレームを作り変えただけのものだったと聞いていたが」

 

 「そうなんだけどね。でも『アラクネ』は一度、あの篠ノ之束の無人機の横槍で失敗した作戦中にフレームが大破したのをドクトルが一から直してるからね。『コア』こそ彼女のものだけど、実質ミストラルの試作機みたいなものなのよ。そんな本来なら自我が強すぎて搭乗者なんて受け入れない機体をちゃんと乗りこなせてたオータムだもの、この結果はある意味妥当なものだったんでしょうね」

 

 ……おい、なんなんだ。テメエ等だけで納得してないで私にわかるように説明しやがっ……

 

 ――――!

 

 甘い臭いのするスコールの腕から何とか体を起こそうとするも叶わない状況のまま、なんとか口を開こうとしたところで、黄色の毒々しいノイズを撒き散らすように放ちながらアラクネがいきなり顕現する。

 この急展開に驚いた様子もなく身を翻して私から離れ、押しつぶされそうになるのをギリギリのところで逃れたスコールにアラクネは目もくれず、必然的に放り出される形になった私の体を二本の前肢を使って器用に受け止めると、牙を鳴らしてカーテン越しに見える影に向かって威嚇を始めた。

 

 「やめなさい、アラクネ。搭乗者を害されてお冠なのはわかるけど、貴方ならわかるはずよ……自分の力が、『彼女』に通用するかどうかくらいは」

 

 スコールの言葉は言うまでもないことだった。何せ、この怖いもの知らずの相棒が見ていてわかるくらい怯えてガタガタと震えている。

 それでもこいつは、手も足もでないままこっぴどくやられた私のために、あの今となっては嫌な感覚しか感じられないあの『死体』相手に立ち向かおうとしているのだ。

 そんなこいつを見て……私はいよいよ黙っているわけにはいかなくなった。

 

 「よせよ、アラクネ。やんなら『私達』で、だ。いつも勝手にお前一人でヤろうとすんじゃねぇ」

 

 言葉を口にした途端、先程の口から内臓が今にも飛び出しそうになるような感覚が蘇ってきて胃の中身をブチ撒けそうになる。だが本来力任せな戦い方を好むアラクネが不器用に、それでいて気遣わしげに私を受け止めた前肢で私の背中を撫でてきて、それによって徐々にあの悪い夢が遠ざかっていくのを感じて体に力が戻っていく。

 

 だが立ち上がろうと身を起こしたところで、再び前に進み出たスコールに肩を掴まれた。

 

 「……止めんなスコール。いくらお前でも聞けねぇぞ、ここまでコケにされて黙ってろなんてな」

 

 「そういうわけにはいかないわ。その心意気は買うけど私としてもこんなところで貴方を失うわけにはいかないの……約束するわ、全部話すって。貴方はもうその資格を得たのだから」

 

 「チッ……アラクネ、もういい。今回『だけ』は私たちの雇用者の顔を立ててやる」

 

 ――――ギ……

 

 アラクネは私の言葉に少し面白くなさそうにしながらも、やがて再び自分からノイズに包まれながら待機形態に変じる。

 それを確認して、いつの間にか身を預けていた壁から離れ音もなく影のように前に進み出ていていたパスカルが元の場所に戻っていくのが見え、なんとか復帰した私は背中に冷や汗が伝っていくのを感じた。

 

 ……あの物騒な女のことを完全に忘れていた。スコールには後で感謝したほうがいいだろう。あそこで止めて貰えなかったらこいつの言うとおり命がなかった。

 だがそれを素直に認めるのも癪で、私は落ちてきたアラクネの待機形態を空中で掴み取りながら、手近にあった椅子に乱暴に座り込んで不貞腐れた。

 

 「もう、拗ねないでよオータム。いちいち可愛いわね」

 

 「うるせぇ……ああ、そうだパスカル」

 

 「……?」

 

 途端にすかさず茶々を入れてくるスコールをかわす意味も含め、ふとあの前の仕事でもことを思い出した私は、そんなことをしてやる義理はないと思いつつも再びドアの近くに寄りかかるパスカルに声をかけた。

 

 「『あれ』を見たならお前にもわかってんだろうが……あの元ロシアの掃除屋のメスガキ、アンタ等をご所望だったぜ『半血姫(ダンピーナ)』」

 

 「その呼称で私を呼ぶなと君には前に注意したはずだが…………確認するが。彼女は『更識』と名乗ったか?」

 

 「はぁ? 作戦には無関係で途中で介入してきただけのガキの名前なんて私が知るわけ――――」

 

 「間違いないわ、『更識楯無』。『表向き』は歴代最年少のロシアの現役の国家代表かつ、IS学園の生徒会長を務めてるスーパーエリート……で、あの私たちでも奪取できなかったロシアの非合法ISフレームに適合した唯一にして最初の被検体。まぁつまり、『私と同じ』ってこと。彼女の並外れた強さの根底は間違いなくそこにあるでしょうね」

 

 「擬似的かつ限定的な第三形態機……量子空間に即座に対応してきたのもそのためか。成程な」

 

 こちらは精々忠告程度のつもりで声をかけてやったのにやけに殺気立った様子で聞き返され、少し戸惑いながらもこっちも余裕がないので言い返してやろうとしたところで、スコールが場を収めるように後を引き取る。

 パスカルはそのスコールの言葉を受け納得したような、それでいてどこか物憂げな表情を浮かべてしばらく考え込んだが、やがていつもの無表情に戻って私をその黒く暗い瞳で見つめながら、

 

 「……ああ。確かに、『私達』の古い因縁にまつわる相手だったようだ。どうやって今私達がここにいるのかを知ったのかは知らないが……済まなかったなオータム。私の意図しなかったこととはいえ、過去の私達の怠慢によって君の仕事に実にくだらない横槍を入れてしまった」

 

 壁から背を離し、そう言いながらスッと私に一度頭を下げた。

 ここでいきなり下手に出られると思っていなかった私は、自分でもよくわからない生返事が二、三口をついて出ただけで他に何も出てこない。

 それをどう受け取ったのかは知らないが、パスカルは再び顔を上げるとなんでもないことのように続けた。

 

 「この落とし前はつける……スコール。不本意だが、次があるなら私をまた加えてくれ」

 

 「こちらとしては願ってもないけど……今度はどうするの?」

 

 「更識楯無を始末する」

 

 「も~……貴女は遊び甲斐がありそうな子をすぐにそうやって排除しようとするんだから。よくないわよ、そういうの」

 

 「今更恨む気はないが……君のその遊び半分に付き合わされて『首の皮一枚』を実体験することになった女の話をしてやろうか?」

 

 「あ……やっぱ怒ってた? で、でもほら。貴女、死は自分にとっては恐怖するようなものじゃない、って……」

 

 「死の恐怖と今際の苦しみは別のものだ。そして後者は私でも苦しい。死ぬほどな。味わってみたいか?」

 

 次第に冷えていくパスカルの声に、ダラダラと冷や汗をかきながら助けを求めるようにスコールがこちらに視線を飛ばしてくる。

 ……だがこれについては庇えないのでこっちもわざと視線を逸らす。本来もっと楽な仕事になるはずだった今回のことでこれだけ被害が出たのはこいつの相手の戦力の見通しが甘かったことが一因としてある。それもこの女のことだから、『敢えて』、それすらも承知の上で作戦を決行した可能性がそれなりにあるのがタチが悪い。少しくらいは痛い目を見ておくべきだろう。

 と、そんなことが少しでも頭を過ぎったのが悪かった。スコールは私からの助けが望めないことを悟ると、急に口角を吊り上げてニヤニヤと嫌な笑いを浮かべ始めたのだ。無性に嫌な予感がして割って入ろうとしたが既に時遅く。

 

 「――――あ~あ、こっちとしても一々言いたくなかったんだけどね。貴女達だって、今回の仕事で『随分と』私情を挟んでたみたいに見えたけど?」

 

 「っ……!」

 

 「…………」

 

 スコールのその一言で今度は私が冷や汗をかく番になった。

 だが同時に腑に落ちないこともある。私はともかく、パスカルもだと? この、遊びのあの字もないような堅物が作戦中にやらかしたってのか?

 

 思わずパスカルの方を見る。パスカルは特に堪えた様子はなさそうではあったが、同時に先程までの冷ややかな雰囲気も消えていた。

 

 「……作戦は成功した。今回はそれでいいだろう」

 

 そしてこいつにしては珍しい煮え切らない返事を返す。一方のスコールは、そんな答えが返ってくるのがわかっていたかのようにニッコリと微笑んだ。

 

 「ええ。でもいいのかしら? 私なりにあの後それとなく聞いてみたけど……『彼女』、貴女の忠告を聞く気はなさそうよ?」

 

 「それならそれでいいさ。どう転ぶにせよ、いつかは清算すべき未練だ。大体、結局は『同じ』になる。私たちがしようとしているのは、そういうことだった筈だ」

 

 「まぁ、ね……ちょっと、寂しい気もするけれど」

 

 「……君は、その時まで『残る』つもりはないのだろう?」

 

 「どうかしらね。少し前まで私の望む場で全てを終えることができるなら、それが最高だって思ってたけど……どうせだったらウェザーとの『賭け』の結末を最後まで見届けたい気持ちもあるの。こればっかりは、とりあえずまず『私の』目的に辿り着いてみてからじゃないとわからないわ」

 

 「『賭け』か……あんなものを気にしているのか。仮にウェザーが負ければ、私たちには何も残るまいに」

 

 「それがいいんでしょう? 彼女に『負け筋』があるとしたら、それは何か気になるじゃない。もしかしたら、全てを終えた後の私をまた燃え上がらせてくれるようなものかもしれないじゃない?」

 

 「……無駄な期待だ。そんなものはありはしない。私は君の言うところのその『負け筋』を潰すために彼女についてきたが……彼女はそんなことをするまでもなく、一人でもきっと成し遂げるだろう」

 

 「そうね……でもそれって、彼女にとっての『勝ち』なのかしらね?」

 

 「……何が言いたい?」

 

 「特に意味はないわ。ただ何となく、そう思っただけ」

 

 「…………」

 

 スコールの確信を得ているようで曖昧な言葉にパスカルは眉を顰めながらスコールを睨むも、スコールは既にこの話題に興味がないとでも言いたげに爪弄りに戻った。

 ……直感的なものなのだろうが、この女はこんな感じで適当に何かを喋った時に限って、どこか妙に的を射たことを言ったりする。パスカルもそれを知ってるからこそ無視できなかったんだろうが、こうなってしまってはもうどうしようもないことも同時に悟っているんだろう。やがて諦めたように視線を落とす。

 私にしてみれば、最初から訳のわからないことのうえに興味もないので、後はさっさとお暇させて貰いたいもんだが……

 

 「ダメよオータム。こうなっちゃった以上、ちゃんとウェザーに会ってきなさい」

 

 そんな考えが顔に出たのか、スコールが手を弄りながらも咎めるように踵を返しかけた私に声を飛ばしてくる。

 

 「けどよ。いくらお前の指示とはいえ、そこの番犬に認められないことにゃあ私でもな……」

 

 「いいでしょう? パスカル。多分だけど、この様子じゃウェザーはもうその気でいるわよ?」

 

 「……不本意だが、そのようだ。いいだろう、オータム。特例として、統括への面会を許可する……下手なことは考えるなよ?」

 

 「おい! なんでそうなる、別に私は……!」

 

 先程とは打って変わってあっさりとテラスへの道を譲ったパスカルを見て、本格的に心の中で焦りが生まれる。

 先程言ったように会ったことのない亡国機業のボスに興味がないといえば嘘になるが、『あんなこと』があった後でその元凶に会えと言われて平然としていられるような奴はどこかがおかしい。

 

 だが、この場にいる二人の視線は今や私だけに注がれている……こいつら相手に、私だけでは逃げられはすまい。

 くそ……あまりに軽い気持ちで藪を突いてしまった。

 

 ――――キィ……

 

 扉の向こうで待っている存在の意思表示かのように、先程まで止まっていた『動き出す筈のない』ロッキングチェアの軋む音が再び鳴り出す。

 このコテージに近づいた時から耳の奥で響いていたこの音は最初から不気味に感じていたが、今となっては強烈な危機感を呼び起こした。

 

 「……さっきみてぇなことにはならねぇだろうな? 流石に出会いがしらに同じことをやられたらなにもしねぇ保障はできねぇぞ?」

 

 「あれは君が無意識のうちにアラクネを通してウェザーの情報を引き出そうとしたのを、ウェザーが全く拒まなかっただけのことだ……心配ならアラクネを私かスコールに預けていけ。今の彼女は『眠っている』、ISを通さなければ他者には強く干渉できない」

 

 「あんな舐めた真似をしてくれた相手に丸腰で会えと?」

 

 「一応、君の事を思って言っているのだがな。信用できないというのであれば好きにするといい」

 

 「チッ……」

 

 少し迷った後、私は首からアラクネの待機形態を外すとスコールに向けて投げ渡した。

 パスカルを信用するわけではないが、少なくともスコールがまだここにいる意思を見せている中組織のトップに叛意を疑われるような事態になるのは、多少危険だとしてもなるべく避けるべきだ。

 よって念のために所持しているIS以外の武装も取り出してパスカルに預け、意を決してテラスへと通じる扉を開ける。

 

 「っ……!」

 

 薄暗いコテージの中に今までいたせいか、扉を開けた途端に降り注いでくる日光に思わず目を細める。

 しかし、それもじきに慣れる。そうなれば、漸くこの亡国機業の親玉とご対面ってわけだが――――

 

 ――――キィ

 

 そうなる前に、すぐ近くであの音が、聞こえて……

 

 ――――嗚呼。スコールから話は聞いています。ずっと……お会いしたいと思っていました。

 

 ……椅子に腰掛けた死体が、『口を利いた』。

 多少、危険? 最早、そんな次元の話じゃない。私は……自分がもう、引き返せないところにまで来てしまったことを、その時にやっと、悟ったのだ。

 

 


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