IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百十話~亡国機業~

 

 

 「『亡国機業』……?」

 

 「そ……それが前回の臨海学校の時から遠方はるばる君たちにちょっかいをかけに来てるお敵さんの名前よ。まあ、今更名前を知られたところで向こうは揺らいだりはしないでしょうけど、一応、その名前は覚えておいて」

 

 翌朝。

 今回のことに巻き込まれた人間全員を集めた更識先輩は、いつものように生徒会室の自分の事務机に悠々と座りながら俺たちの前で開口一番『敵』の名前を明かした……いや、つーかその前に一組率多すぎじゃないかこの面子。まあ一年で意識不明者は鷹月さんだけだし、ラウラやシャルロットも巻き込まれたのは知ってたけど。

 それに今日も簪が俺の前に陣取って更識先輩を今にも噛み付きそうな表情で睨み付けてるのどうにかならないか。更識先輩も完全にスルーだし。大事な話をしてるのはわかるが空気が重過ぎるんだが。

 よし……空気を変える意味でもどんどん質問していこう。

 

 「えっと……その亡国某とやらは実のところどんな連中なんです? 毎度こんなふざけた真似をしてくる理由は?」

 

 「ん、そうね……順を追って答えてこうか。まずは『亡国機業』についてだけど、まあ一昔前の謎の悪の秘密結社みたいのを想定して貰えれば大体間違いじゃない、かな。いや実際古い組織ではあるんだよね。なんでもルーツはかの二次大戦直後まで遡るって話だし」

 

 「……生徒会長」

 

 返事になっているようでその実いい加減すぎる更識先輩の言葉に、ラウラが若干苛立ちを見せながら反応すると先輩はあっさり降参するように両手をあげながらも不満げに唇を尖らせた。

 

 「えっー、ここ必要かなぁ。結構長い上に少し難しいお話よ?」

 

 「情報の伝達は正確かつ精細に、だ。危険に晒されているのは弟だ、少なくとも一夏には全部知る権利がある。お前がそんないい加減な態度ならことの説明はお前には任せない」

 

 「オッケーオッケーわかってる……っていうのはあくまで表向き、一般人の間で実しやかに囁かれてる『亡国機業』の話。その実態はね、二次大戦に関わった先進国が密約の元秘密裏に結成した、所謂『有事』の火付け役なの」

 

 「……火付け役?」

 

 「うん。皆もちょっとは歴史を勉強してるだろうけど、第二次世界大戦はかつてないぐらい、勝ったほうも負けたほうにも大きな被害が出た。各国は疲弊して、人々の間でも平和を謳うムードが高まりだした。先進国の偉い人たちはそこで思ったのよ、『もう当分は戦争は起きないだろう』ってね。でも、同時に先を見据えてもいた」

 

 更識先輩はそこでいったん言葉を切ったものの、すぐに自分の爪を弄りながらほんの世間話をするような気軽さで続きを語りだす。

 

 「ボタン一つで何千何万を殺すことができる武器をいくつも生み出してしまったわたしたちは、人と人、国と国同士で作った掟で自分たちを縛ることにした……でも、結局は皆人が決めたことだもの。完璧じゃないし、争いはいつか絶対に起こる。だけど今の怖ーい武器で、自分の居場所を荒らされるのはイヤ。そういうときのために便利なのがあの人たちってワケ……そうね、例えば二つの国が争っている中、片方の国で少なくとも自国民じゃない、『国籍不明の武器を持った人間』が人や物を損なって回ったとしたら、その国の人たちは何処の誰が誰がやったと思うかしら?」

 

 「……もう片方の国の人間、ですよね」

 

 「そ。ま、その国の国民全員ってわけにはいかないだろうけど、大体はそうなるわよね。要するに、それが『亡国機業』の役割……火種のある、自分たちの国には火の粉が届かない遠い場所に火をつけて火事にする。で、同じように火種を抱えてる国の、彼等のボスの偉い人たちは、その火事の中焼きだされる人や物を指差して、戦いを求めてる自国民の前でこう言うの。『戦争は悲劇だ』ってね』

 

 「…………」

 

 ……なんか、凄い軽い調子で物凄いヘヴィな、反吐が出るような話をされた。正直そんな連中が俺たちに絡んできてるって言われても現実感が湧かないくらいには。

 でも待てよ。じゃあ、遠まわしとはいえ、俺たちの敵の親玉ってのは……

 

 「そんな……じゃあ、今回のことも『国そのもの』……いや、もしかしたら僕たちの母国が黒幕ってこともありえるってこと、なの?」

 

 俺がそこに思い立ったところで、シャルがそれを口にしてしまった。同時に俺たちの間に重苦しい雰囲気が漂う。当たり前だ、正体不明の敵ってだけでも十分タチが悪いのに、その後ろによりにもよって国がいましたなんてもう冗談で済むことじゃない。でも……本当に『そうか』?

 しかしそんな中、更識先輩だけは相変わらずで、本当に気だるそうに伸びをしながら欠伸をしたことで全員の気が抜ける。

 

 「生徒会長……! だから、真面目にやれ……!」

 

 「ん~? だって敵が何にしたって、わたしたちのすることって変わらないし? だったら裏に誰がいるかなんて気にするだけ無駄だよ、無駄。だからこの話する必要あったかな~って言ったじゃん、わたし空気重くしただけじゃない」

 

 「そ、そんないい加減な……それに、彼等があなたの言うとおりの存在だとして、そんな人たちがIS学園を……一夏たちを狙う理由は何なんです?」

 

 「一夏君やあなたたち専用機持ちを狙うのは、それが都合のいい目くらましだから。だって表向きはあの人たちは『不特定工作員』じゃなくて、『IS狙う悪の秘密結社』だもん。その証拠にわたしが対峙した『敵』は、表面上は一夏君の『白式』を狙ってたけど拘らず、回収の機会はあったのにあっさり諦めた……多分、本当の目的は『IS学園内で騒ぎを起こすこと』それ自体」

 

 「騒ぎを、起こす? それだけの、ために、あんなことを……?」

 

 「『あらゆる国や組織からの干渉を受けない』ってここのルールが気に食わない国はいっぱいあるからね。何とか無理矢理にでも中から問題を起こして隙を見せたうちに少しでも突き崩して自分たちの権益を得たい、っていうのは多分どの国も思ってること……まぁ、そういう意味じゃ今回はまんまとやられたね。物が壊れたくらいならいくらでも補填できるけど、『人』はどうにもならない。織斑先生が連れてかれちゃったのは、わたしとしても痛手かな……」

 

 「ッ……!」

 

 その更識先輩の最後の言葉で、俺は思わず唇を噛んだ。

 

 『――――しばらく留守にする。私がいないからといってサボるなよ。帰ったら久しぶりに相手をしてやる、精々今までより少しはマシになっていろ……いいか、無理だけはするな』

 

 朝一番、俺の部屋にやってきて、それだけ言い残して柳韻さんと一緒にさっさといなくなった勝手な姉貴のことを思い出したからだ。後になって今回の事件の始末をIS委員会に求められて出立したときいたが、未だに納得できていない。

 ラウラも今日この生徒会室前で会ったときには初めて出会ったときの冷水モードが可愛く見えるレベルで殺気立っていて、一緒にいたシャルが怯えていた……俺を見るなり急に涙目になって抱きついてくるあたりやっぱりラウラだったが。ちなみにそうなって今度は俺がシャルから放たれる殺気に怯えることになったりもした。なんでだ。

 

 「一夏……」

 

 そんなシャルだが、今は多分急に剣呑な雰囲気になったであろう俺を心配そうに見つめてくる……駄目だな俺、詳細は知らないがこいつだってこんなことに巻き込まれて一杯一杯だろうに、他人の心配をさせるなんて。

 

 「俺は平気だよ、シャル。千冬姉はすぐに帰ってくるし、鷹月さんたちもきっと戻ってくる……先輩の言うとおりだ。連中が何者かなんて大したことじゃない。もう、何も奪わせない。それだけだ」

 

 「でっ、でも相手は――――」

 

 「先輩がさっきから言ってるじゃんか。連中、表向きは『悪の秘密結社』なんだろ? そんな連中を国がかばったりするか? ……どうせ、しくじったら関係ないの一点張りでトカゲの尻尾を切るだけだ。『裏』にいる奴等については、俺らが気にすることじゃない。そういうことですよね、先輩?」

 

 先輩は答えず、ただ爪弄りをやめていつしか手に取った扇子を広げる。そこには『正解』と書かれていた。

 

 「そゆこと……まあそっちもおいおいは見てく必要はあるカモだけど、それは少なくともわたしたちの領域に火をつけられるのを防ぎつつ、正体がなんであれまず放火魔を捕まえてからの話。問題があるとすれば、敵は表面上は各国から『強奪』したって名目の元機体や技術の提供を受けてる可能性があるってことくらいね……あの福音のときのイギリスの最新鋭機の件とかまさにそれ。今回あの子は巻き込まれてないからここには呼ばなかったけど、セシリアちゃんも不憫な子よね。優しくしてあげなさい、一夏君」

 

 「……はい」

 

 ……本人は大したことのように言ってなかったけど、あいつあの時のことを本国に報告するための書類のことで実質国から吊るし上げられたらしいもんな。実態はそういう裏があったってわけだ……ふざけやがって。

 

 「……生徒会長の指針はわかった。だが、その理屈でいくともう手遅れではないのか? 今回はまんまと火をつけられたうえで敵の逃走を許したのだろう?」

 

 最初の疑問が片付いたところで、再びラウラが手をあげながら発言する。まあさっきからだけど、こういう場ではこいつはとことん本職らしさがでる。平時のポンコツっぷりが嘘のようだ。

 

 「う~ん……鎮火できるかは織斑先生の頑張り次第ってところね。けど、そこは問題ないと思うわ。確かに生徒に被害者がでちゃったのはかなり苦しいけど死者がでたわけでもなし、それにことの性質上恢復の手段を探るのはこの『IS学園』じゃなきゃいけない以上は、まだ逃げ道があるもの」

 

 「では教官がことを上手く運んだ場合……奴等はまた、『火をつけに』来ると?」

 

 「――――来るわ、『必ず』。だから、話はこれからが主題」

 

 更識先輩の声色がおちゃらけたものから静かなそれに変わる。それによって、この場にいるほぼ全員が居住まいを正した……簪だけは変わらず、先輩を睨み付けているが。

 

 「――――織斑先生の留守を守らなくちゃいけないわ。もし彼女の留守の間に何かあればそれこそ最悪、IS学園が戦場になる可能性もある……ううん、実際もう『なっているの』。わたしたちの相手は『そういう』敵だってことをまず知っておいて」

 

 「っ……!」

 

 誰かが息を飲むのが聞こえた。無理もない。寧ろいくら前の話を聞いていて、この学校がかなり特殊なところとはいえ自分たちの母校が戦場になると言われて心穏やかでいれるような奴はどこかがイカれてる。

 

 「つまり……僕たちも戦わなくちゃいけなくなるってこと、でしょうか?」

 

 シャルの当然の懸念に、更識先輩は軽く首を横に振りながら答えた。

 

 「……当然、いざとなったら矢面にはわたしが立つわ。織斑先生はいないけど、幸い今この学校にはもう一人の戦女神もいる。競技ISを学んできて実戦経験なんて殆どないだろうあなたたちに、誰かを守ることを強要なんてする気はない。だけど……敵にとってはあくまで『体裁的な』ものとはいえ、一番最初に狙われるのはあなたたちよ。今回もそうだったけど、流石にわたしも分身の術が使えるわけじゃないから、あなたたち全員に張り付いてるなんてことは出来ない。だから最低限、あなたたちには敵から自分の身を守れるくらいの力をつけて貰わないと困るの」

 

 「…………」

 

 更識先輩の返答に、どういうわけか沈んだように顔を伏せてしまうシャルとラウラ。

 この様子じゃ、二人はきっと今回の襲撃者に勝てなかったんだろう。二人のところには千冬姉が救援に向かったって聞いた……俺も、他人事じゃない。

 

 「…………」

 

 ……そして、もう一人。納得できなそうな表情ながらも、唇を噛み締めてる奴がいた。

 簪がどうしてあれから更識先輩に敵意を剥き出しにしているのか、俺を先輩から守るように立ちはだかっているのかはわからない。あれから簪は俺に何も教えてくれない。けれど、簪の表情はどこまでも必死だった……多分こいつは、俺のために無理をしてくれてる。こいつを守ることが出来なかった、不甲斐ない俺のために。

 

 ――――ったく……こっちがどんだけ覚悟決めてあそこまで言ったと思ってんだよ。生憎こっちはもう、情けないだけの奴でいる気はさらさらないんだ……それこそ。何かに立ち向かわなくちゃいけないときに、こんな小さくて震えてる女の子の後ろにいるような奴のまま、なんかじゃ。

 

 「……!」

 

 俯いている簪の頭を軽くポン、と叩いて前に進み出る。簪は驚いた顔をしながらも首を振りながら俺の裾を掴んで止めようとしてくるが、俺が悪戯小僧の顔で笑いながら頭の上に置いた手でその綺麗な髪をグシャグシャにしてやると、やめさせようと慌てて両手をあげたのでその隙に簪の前に回り込んで更識先輩に向き合う。

 

 「俺はそれじゃ納得できませんね、先輩……こんだけ好き勝手にやられた挙句、ウチの大事なクラスメイトにまで手をだしたんだ。連中がまたくるってなら、自分の手で落とし前をつけさせなきゃ腹の虫が収まりません」

 

 「おぉ、一夏君カックイィー! ……でもそういう一丁前の台詞は、きちんと結果を出したうえでの実績がないと薄っぺらいだけよ?」

 

 「わかってますよ……すぐに先輩や千冬姉くらいまで、とは流石に言えないけど。それでもこれから死ぬ気で強くなります。だから……俺も戦わせてください」

 

 あの四対一の変則試合を見てるし、さらに言えばこの人は俺には勝てなかったあのクモ女を何もさせずに完封していた。

 でも、生徒会長という立場とその圧倒的な実力からつい忘れがちになるが、この人はここにいる俺たちと精々一個くらいしか違わない、女の子には違いないんだ。そんな人を矢面に立たせて守られっぱなしになるっていうのは、今の俺には認められなかった。

 

 「ん~……まぁ、敵の一番の標的足りえるのは君ってのは確かだから、実力をつけて貰えるのに越したことはないんだけど……そうね。じゃ、君のその台詞が本当に薄っぺらいものかどうか、まずは試させて貰おうかな。トゥルトゥルトゥル! たっちゃんは本音ちゃん召喚を唱えた! カモン!」

 

 よってここに来る前から考えていたことをここにきて更識先輩に切り出した。先輩はそれに対して何やら考え込むような仕草をしたが、すぐに何やら悪戯を思いついた時の鈴のような、こちらの嫌な予感を無性に掻き立てるニヤケ顔をするといきなり謎の奇声をあげた……おのれ、やはり妖怪だったか。

 

 「本音ちゃんAが現れた~。ど~ん」

 

 「ぬああぁぁぁぁぁ!?」

 

 そしてその奇声に応えるように生徒会室のドアの横……何もないように見えた壁が翻って、その裏から二つの影が奇声をあげながら室内に放り出される。

 

 両者共に一組のクラスメイトだった。片割れは生徒会所属にして一組の癒し枠、それでいて一年でありながら全校でも屈指の整備技術を持つ敏腕整備士という見た目にそぐわなさ過ぎる肩書きもあることが判明した布仏本音ことのほほんさん。

 そしてもう一人は……あいつ、何やってんだ。いや、何かここにくるときからこっそり後ろをつけてきて、入ってからも所在無さげに外をうろついていたのは気配からわかってたけど。あいつだって今回のこと無関係じゃないんだからくればいいのにとも思ったが、本人からあまり構って欲しくないオーラが出てたので敢えて見ないふりをしたが……

 

 兎に角俺が初めてこの部屋を訪れた際に受けた洗礼とまったく同じことをされたそいつ……箒がいきなりのことに混乱しながら周囲を見回しているうちに、いつの間にか自分の定位置から消えていた更識先輩が猫のように忍び寄り、

 

 「まそっぷ!」

 

 「きゃうっ……!」

 

 いつか鈴にしたように後ろから飛びついて箒の首に両腕を回して抱きついた。ただ鈴のときとは違い、箒が更識先輩よりも背が高いのが災いして更識先輩が首から足が付かない状態でぶら下がる形になった。いきなりのことに箒は普段あげないような妙な声をあげてびくっと体を震わせた後、顔を真っ赤にしながら更識先輩を引き剥がそうとしているがやはり外れない。というか千冬姉顔負けのアイアンクローを受けながら笑顔のまま全く動じない更識先輩の防御力が凄まじ過ぎる。

 

 「にゅへらふむはも……ちょっと箒ちゃん顔はやめて話せないから。うむ、良し。え~っとね、いきなりなんだけど、わたしのほうでこの子をちょっと預からせてもらうことにしたの。で、預かる以上はちゃんと目標設定がなくちゃいけないと思ってね……取り敢えず一ヵ月後の『CBF』。それで、わたしはこの子とこの子の専用機を、優勝が十分狙えるレベルにまで引き上げる」

 

 「……!」

 

 その場にいる全員がいろんな意味での驚きで息を飲んだのがわかる。箒も思わず必死の抵抗をやめ、視線だけを更識先輩に向けて固まる。

 俺は……まぁ、頼んだのは俺のほうなのでとうとうやってくれるのか、と不安はありながらも少し嬉しくなったが、先輩が掲げた目標設定にはやはり驚く。

 

 「……この状況で、あの大会を予定通りに敢行するのか?」

 

 「中止にはできないわ。関係者だけを呼んで行う内向きの行事じゃないもの、動く人もお金も桁が違うし、何よりもう実施の方向で動き出しちゃってるしね。今から全部無しにするのは開催間近のオリンピックをポシャらせるようなものよ。言いたいことはわかるけどそんな真似したらそれこそ各所から非難轟々で敵の思う壷だろうね」

 

 「しかし学園の生徒の安全には代えられないのではないか?」

 

 「――――それに予定通りにやるって姿勢をIS委員会に示しておけば、少なくともそれまでには警備責任者である織斑先生をこっちに返して貰える口実にもなる、カモ」

 

 「――――ああ。確かに元々定められていた予定を今になって変えるべきではないな」

 

 突っ込みどころ満載の直後に為されたラウラと更識先輩の会話を聞きながら、今月になって知らされた行事予定について記憶を辿る……『キャノンボール・ファスト』、略して『CBF』。IS学園が主催するIS競技としては多分最も大きな大会だ。これは先輩が言ったように今までの学年別トーナメントみたいなどちらかというと内向きな試合とは違い、試合の状況が逐一外に『発信』される。事実、テレビとかでもたまに特集が組まれる。

 そのため試合内容もかなり変則的で、ただドンパチ撃ち合ったりするだけの通常のISバトルと比べるとかなりエンターテイメント色が強い。俺もそこまで興味があったわけではないので詳しいルール的なのはわからないが、所謂『協力、妨害、なんでもありのISレース』みたいなもんだった筈だ。

 

 それに、箒を勝たせる……実際、それはあの福音との戦いで見せた紅椿のバケモノみたいなスペックを発揮させることが出来れば十分狙えるとは、思う。だが今の箒……いや、紅椿は試合に出ることが出来る水準にすら達していない。何せ、『動かない』のだから。

 

 「……できるん、ですか?」

 

 「『やる』のよ、絶対に。もう、わたしのなかでビジョンはできてる。それに一夏君、そんな他人事みたいでいいの? さっき言ったでしょ、試すって。これは君への、わたしからの挑戦状でもあるのよ?」

 

 「……?」

 

 「言ったでしょ、わたしは君に『実績』を期待してる……まずはこれからわたしが磨き上げる箒ちゃんに勝って見せること。それができたらまぁ、ちょっとは君のことを一緒に戦う『仲間』として認めてあげる」

 

 「……そう、きましたか」

 

 更識先輩が何処まで紅椿の力を取り戻せるのかはまだ未知数だが、仮にあの箒の駆る十全の紅椿を相手にしなければならないと考えると確かにあまりにもデカい壁だ……まあ、それでも困ったことに、引く気は全くないのだが。

 言葉にするでもなく俺の意思が伝わったのか、更識先輩はニヤリと笑って改めて俺に指を突きつけて何かを宣言しようとしたが、

 

 「……今! じぇい!」

 

 「うぼぁー」

 

 その際に一瞬だけ隙を見せてしまい、絡んでいた箒に見事な一本背負いを決められ床を転がった……締まらないなぁ、相変わらず。

 

 

 

 

 「……あの」

 

 いきなり生徒会室に飛び込んできた箒たちの件に関する話が一頻りした、その時。

 この集会が始まってから始終浮かない顔をしていたシャルが、何処か意を決したような表情で声をあげた。

 

 「シャルロット……!」

 

 ラウラはそんなシャルの様子を見て非難半分、心配半分といったなんとも微妙な表情で声をかけたが、こいつにも何か思うところがあるのか少し考え込むような仕草をした後押し黙る。

 シャルはそれを見届けると、更識先輩に向き合って改めて口を開いた。

 

 「その……昨日、僕とラウラが対峙した相手は、この学校のことを『実験場』だと言いました。今の世の中の風潮は、こういった場所での被検者を募るための口実だとも」

 

 そうして発せられたシャルの言葉の意味を……俺はしばらく、理解できなかった。

 しかし更識先輩は違ったのか、床に転がされたままシャルを見上げて、少しだけ目を細めて聞き返した。

 

 「それを、君は信じたの?」

 

 「さっきの話は聞いてました。こちらを内側から崩すための、偽の情報だっていう可能性を否定するつもりはありません……でも思い出せば僕たちはあの人に遭遇する前から、奇妙な事態に見舞われてます。今回亡国機業が僕たちを分断するのに使ったあの現実と同じようで違う場所を作る力……あれは多分、彼等が持ち込んだんじゃなくて元々この学校にあったもので、今回意識不明になった人たちとも無関係じゃない。違いますか?」

 

 「……どうして、そう思うの?」

 

 「……えっと、ちょっと、上手く言えないんですけど。僕はあの空間の中で、今までISに対して持っていた常識を覆されるようなものを見ました。それが多分、この学校に所属してる人たち全員に関わるものだと思ったのと……今回意識不明になった生徒の人たちを病院に移送しないで『ここ』で診察してます、よね? 先輩もさっき言いました。『あの人たちの恢復手段は、ここでしか探れない』って」

 

 「…………」

 

 話を聞いて箒が驚いた表情でシャルを見て口を開こうとしたが、シャルの真剣な表情を見て口を挟むのを躊躇ったようにすぐに口を噤み、今度は更識先輩の方を見る……まああの事件が敵の手で起こされたのではなく、実はこの学校そのものに原因があったなんて急に言われれば、こいつのこんな反応も無理はない。

 シャルの返事に更識先輩は、珍しく少し視線を彷徨わせる。知らないゆえではなく、何か知っている上で迷っているような反応だ。けれどすぐに気合を入れなおすように頬を叩くと立ち上がりながら、真っ直ぐにシャルを見つめ返す。対するシャルは少し気圧されたようだったが、それでもさらに先を続けた。

 

 「僕はこの学校が好きです。でも……ここで知り合った人たちが、僕にはそれ以上に大事なんです。本当にこの場所を守ることで皆を守れるって、そう信じてもいいですか?」

 

 「…………」

 

 「……ごめんなさい。先輩にこんなこと聞いても迷惑ですよね。本当は織斑先生に同じことを聞きたかったんです。けれどもう、今日気がついたらいなくなってしまっていて……」

 

 「ううん……謝らなくちゃいけないのは、わたし。シャルロットちゃんの心配事は尤もだと思う。確かにこの学園には秘密がある。でもわたしの立場上、わたしは君に対する答えを持ってるけどそれを教えてしまうのは許されないんだ……だからわたしからは、今は君のその問いに対してこう返すことしかできない」

 

 更識先輩はそんなシャルの話を聞いて微笑みながら前に進み出ると、シャルのその緊張を表しているかのように前で組まれた両手を包み込むように握った。

 

 「あ……」

 

 「――――『IS学園』を信じろなんて言わない。君自身がここにいて、見て、聞いて、触れたものを信じて。その結果君が学園そのものに不信感を持ったとしても、出て行けなんて言わないよ。君にそう思われちゃったとしたら、それはきっと学園の……ひいては、学園を運営する立場のわたしたちの責任だからね」

 

 「先輩……」

 

 「わたしの口からは詳しいことは言えないし、わたし自身まだわかってないこともある。けど……一つ言えるのは、ここでしていることは一歩間違えればとても危ういことなのは確か。でも、わたしは少なくとも、今はまだ『間違えては』いないって思う。だからこそ織斑先生みたいな人たちだって協力してくれてたんだし、わたしたちの目が黒いうちはそういう方向に行かせる気もないよ……取り敢えず、今はそれじゃダメ?」

 

 「…………」

 

 シャルはそうして更識先輩に手を握られ諭されてもまだ何処か不安そうに瞳を伏せるが、しばらくして俺やラウラ、他にもその場にいる全員を見渡した後、ほんの少しだけ、眉尻を下げながら微笑んだ。

 

 「いいえ……更識先輩は、こんな僕をわざわざ連れ戻しに来てくれました。僕のためにそこまでしてくれた先輩の言葉を、信じてみようと思います」

 

 「……ありがと。他のみんなもごめん。さっきシャルロットちゃんが言ったことについて、今わたしから話せることはないんだ。けど……きっと、何れは皆にも知る機会が巡ってくると思う。納得いかないかもしれないけど、今はそれで我慢して」

 

 「僕からもお願い。そうじゃなくても皆不安なのに、もっと不安にさせるようなこと言い出してごめん……敵の言うことを少しでも真に受けちゃった、僕がいけないんだ。さっきの話は聞かなかったことにして」

 

 ……シャルの話が本当なら俺としても気になるところではあるが、当の本人にこう言われてしまっては仕方ない。他の面子も納得いかなさそうだったり、何処か心配そうにシャルを見ていたりと反応は様々だったが、最終的には俺と同じ結論に至ったのか全員頷いた。

 

 「僕も戦うよ、一夏。ここは君がいることを許してくれた、僕の居場所だもん……僕だって、守りたい。そのためなら、僕は――――」

 

 あの人とだって戦える、と。シャルは、何処か自分に言い聞かせるように呟く。

 ……本音を言えば、本人に多分自覚はないだろうがISの訓練や試合の時でさえ、相手を撃つ時微かに苦しそうな表情をするような優しい奴に、戦わせることなんてしたくはない。けど、まだ今回ここを襲った敵の一人にさえ力及ばなかった俺が敵から皆を守ってやる、だから戦わなくていい、なんてことは、流石にもうかつての禁を破ることにした今も、口にすることはできなかった。

 でも、この時俺はこいつに何かを言わなくちゃいけない気がした。けれどすぐに、その理由に気がついて……結局自己嫌悪と後悔に駆られて、この時俺はシャルに何も返事をすることが出来なかった。

 

 ――――びっくりするくらい似てたんだ。この時のシャルが……あの俺が一度折れてしまった日の、少し前。

 勢いに任せて後先考えずに言った、俺の言葉を微笑みながらも最後まで受け入れてくれなかった女の子の、『嘘』を吐いている時の貌に。

 

 


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