今日はとうとう、問題のクラス代表戦。
当初より注目されていた、優勝候補の一組と、突如二組に転校してきた代表候補生という注目のタイトルに、多くの観客が集まった。それだけに、一組のクラス代表が当初予定されていたイギリスの代表候補生ではなく、専用機すら持たない一般生徒だとアナウンスでアリーナに知れ渡った際には、多少そこいら中で困惑の声が上がった。
「あ~流石にここまで色々言われるとちょっと悪いことしたかな、って気にはなるわね。大丈夫?」
「問題ない。こういった声には慣れている」
箒の肝の座った返事に、へぇ、と関心したように笑う鈴。
今、二人はISを装着し、アリーナの真ん中で向かい合っている。
合図があれば、いつでも戦闘を始められる状況だ。
「一夏さん、その耳につけいているのはなんですの?」
試合が始まるのを今か今かと固唾を呑んで見守っていると、隣に座って試合を観戦しているセシリアが怪訝そうに覗き込んできた。あ~と、いけない、こいつの言い訳を考えてなかった。
「え~とな、ほら、俺勉強不足だからさ、授業の内容を録音して流してるんだよ!こういう時間も勿体無くてさ!」
「まぁ、そうでしたの。勉強熱心なのは素晴らしい事ですが、試合は真面目に見物なさったほうが宜しくてよ、特に代表候補生の試合となれば観戦するだけで得るものがありますもの」
適当な嘘をでっちあげ、なんとか誤魔化す。
当然、こいつはそんなものではない。このイヤホンマイクは、今ポケットに入っている例のスマフォと直通している。
ISのコアには、IS同士で意思疎通を図るための特有のネットワークが存在する。
どうやら白煉はそのネットワークにある程度までなら直接干渉が可能な様で、本来であれば任意の相手以外からは傍受されない「プライベートチャンネル」と呼ばれる特殊な通信を無理矢理拾うことが出来る。
良くない事だとはわかってはいたが、今回俺はそれを利用してあの二人の会話を拾うことにした。
勿論試合の結果に関心がない訳ではないが、今の俺にとって大事なのはむしろ試合の後のことだ。
だから、試合が終わってさらに二人が険悪になった場合、また情報を引き出すところから始めるのははっきり言って面倒なので、そうなったときの保険としてせめて事情を知っておきたかったのだ。
『心配性ですね』
白煉が声をかけてくる。おい、あまり喋るなって言っただろう。返せなくはないが周りは一組の面々で固められてる、一人でブツブツ言っていれば変な人に見られること請け合いだ。
『ついでに言えば、少し変態っぽいです』
「やかましいわ!」
思わず叫んでしまい、早速セシリアを初めとする一組面々からビックリした様子で視線の集中攻撃を浴びる。
「あ、すいません。なんでもないです、はい」
『・・・・・ふ』
畜生コノヤロウ。ほんっっとに性格の悪い奴だ。こいつに比べればまだあの鈴もマシに思えてくるから不思議だ。
「じゃ、あんたとあんまグダグダ喋ってても面白くないし、早速やりましょうか。手加減して欲しいなら今言いなさい、片手で戦う位のハンデならつけてあげる」
そうこう騒いでるうちに、鈴が構える。鈴の機体は、白煉が見せてくれたのと寸分違わない『甲龍』そのものだ。
しかし相変わらず武装らしきものがついているようには見えない、鈴の構えも相まってまるで無手のままで相手をしてやるとでも言いたげだ。
「不要だ。本気をだせ」
対するは箒の駆る『打鉄』。わが国日本の誇る量産型のISで、名の示す通り黒ずんだ鉄の色をしており、IS本来が持つ高い防御能力を引き出す構造をした防御型の機体である。箒の操作するそれは、初期装備である格闘用のブレードと大きなラウンドシールドで武装している。
二人とも、特に気負った様子はなく、そんな簡単な言葉の応酬を交わすと、
「あらそう。じゃ、遠慮なく」
あっさり、戦いの火蓋を切って落とした。
「え?」
「な・・・?」
他の面々が驚くのは無理もない。
鈴はこともあろうか、本当になんの武装も持たないまま、箒に向かって突貫した。
おまけに、その小さな羽のような背部ウィングスラスターには光が灯っていない。
鈴は、単純に足の力だけで飛ぶように箒に迫る。
「やっぱ、あの脚部装甲って」
『はい。PICを可能な限り使用しない自立格闘に特化した格闘戦用高機動フレームです。アレは形だけの代物ですが、成程、搭乗者の質が良好なため性能以上の成果を挙げているようです』
そんな説明を受けている間に、箒と鈴の距離はほぼゼロ。
鈴はやはりなんの兵装も手に取らず、金属に覆われた己の拳を振り上げる。
「ふん」
だが、既に箒は左手のラウンドシールドを前に突き出している。
防御力はISの展開するエネルギーシールド以上、ブルーティアーズの「スターライト」のレーザーすら弾く合金製の盾だ、いくらISによって強化されているとはいえ、ただの拳では傷一つつくような代物ではない。
実際ゴンッ、と鈍い音が響き、鈴は少し痛そうに右手首を振りながら、バックステップで一度後退する。
傍目からみれば、完全に鈴の自爆。しかし、
「っっ!貴様、何をした!」
俺の耳は、そんな箒の明らかに困惑したような声を拾った。
続いて、白煉から淡々と起こったことの報告が届く。
『『打鉄』左腕間接部に損傷、軽微。現状稼動に問題はありませんが、長期戦になれば可動部の疲労が激しくなりいずれ行動に支障が出ます』
「武装・・・じゃないんだよな?」
『はい。『甲龍』に兵装を使用した形跡はありません』
・・・となると、やはり。
「『武術』の方か。ISの盾を抜く発勁なんて、えらい事をやらかすな」
なにかやってるだろうな、というのはわかってしていたが、まさかここまでとは思わなかった。
感心しながらもう一度アリーナを見ると、今度は鈴が箒の周りをゆっくり回りながら間合いを見計らっている。
「ふふ、その様子じゃ効いたみたいね。でも、もう盾殴るのはやめるわ、こっちも痛いし。さぁて、次はどこにしようかしら!」
そんなことを言うと、また半歩による移動で箒に殴りかかる鈴。
だが今度の判断は少し軽率だ。左には大型のラウンドシールドを構えてるお陰で切り込む隙がないとはいえ、安易にあの箒の剣腕の側から踏みこむとは。
「――!」
「なっ!」
白刃が頬を掠め、鈴がバランスを崩す。
機体に当たりこそしていないが、エネルギーシールドには直撃している、恐らく相応のSEを持っていかれたはずだ。
しかもそれだけでは終わらない。箒は、隙を見せた敵に容赦などする奴ではない。
回避できない二撃目が鈴に迫る。
「こ・・・のぉ!」
しかし、鈴もさるもの。迫る刃の側面に指を這わして軌道をそらし、箒の間合いから脱出。
そのあまりの離れ業に、周囲の観客達から感嘆の息が漏れた。
「なに、口だけの小娘かと思えば存外出来るな」
「ふん、こんくらいでいい気になるのは早いわよ!」
あれだけの殺陣をその身で味わったのにも関わらず、恐れず箒の間合いに入っていく鈴。
兵器同士の戦いとは到底思えない、一進一退の接近戦が始まった。
~~~~~~~side「セシリア」
「すごい・・・」
思わず、そんな声が漏れる。
わたくしにだって、接近戦の心得が全くないわけではない。しかし、ISがアウトレンジからの射撃に特化した機体でである以上、おろそかにしてこなかったといえば嘘になる。実際、あの二人相手にわたくしが格闘戦を挑んだとしても、数手合い持つかどうかすら怪しい。
「すごいもんか。よりにもよって世界最強の兵器でチャンバラしてるんだぞあいつら。いくら生身に近い感覚で動かせるとはいえ、もうちょいやりようっていうのがあるもんだろ」
隣に座っている一夏さんが、心底呆れたといった顔でそんなことを言う。
・・・はい?わたくしが何故一夏さんを名前で呼んでいるのかですって?
い、いえ、大したことではないのです。ただこの間クラスの皆さんに謝罪して、早くクラスに打ち解けるためにわたくしを名前で呼んで貰うようお願いしたのですが、その際に、
『俺だけ名前で呼んでそっちだけ苗字って変だろ?俺も一夏でいいぜ』
と、言って頂けましたので、そうお呼びしているだけなのですわ。
・・・話が逸れました。
「そ、そうですわね。普通はあそこまで格闘戦一辺倒にはならないものですわ。どちらも兵装は格闘用だけではないはずですのに、どうして使用しないのでしょう?」
「完全に性格的な問題だな。どっちも銃で狙って撃ってる時間があったら殴ったほうが早いっていう思考だからな。箒にいたってはそもそも銃という武装の知識を正しく把握しているかどうかさえ怪しい」
「・・・それでよくここに受かりましたのね」
「・・・あいつも色々と事情があるんだ、察してくれ」
何故か暗い顔になる一夏さん。あら、箒さんの話をしていたはずですのに、どうしてこの方がこんな顔をなさるのかしら。
「しかし、篠ノ之さんには驚かされましたわ。量産機で戦っているというのに、専用機相手に一歩も引かない戦いが出来るとは」
「今のとこ単純にリーチで勝ってるからな。最も、それでも鈴のあの刃流しからの踏み込みに対応できる技量がなけりゃそれまでだから、
あいつが強いのは確かだけど」
「そうですわね。最初はどうなることかと思いましたが、これではやはり一組の勝利は安泰ですわね」
戦局は初めこそ互角に見えたが、今は明らかに篠ノ之さんに傾き始めている。あの二組の代表候補の方は、ブレードによる攻撃を何とか受け流しながら突破口を探しているようだが、篠ノ之さんは未だにそれを一度たりとも許していない。これなら・・・
「うんにゃ、セシリアには悪いけど、今の状況が続けば勝つのは確実に鈴」
「な、何故ですの?今のところ篠ノ之さんが明らかに優勢ではありませんか!」
篠ノ之さんの勝利を確信したわたくしを、一夏さんは厳しい顔で試合を観戦しながら否定した。
その答えに納得できず、わたくしは一夏さんに理由を尋ねた。
「そうだな、まぁ理由は二つあるんだけど、これが結構致命的なんだよな。まずは、機体の単純な基本性能の差。今確かに戦闘自体は箒が押してるように見えるけど、実際良く見ると箒は常に攻められてる立場なのはわかるか?」
「!」
確かにいわれてみればその通り。
篠ノ之さんの攻撃は、凰さんが懐に飛び込もうとする際のカウンターのみ。それが完璧だから一見押しているように見えるが、常に攻めているのは凰さんだ。
篠ノ之さんも確かに追撃しようと『打鉄』を動かしてはいるものの、『甲龍』の圧倒的な機動力に追い縋れずどうしても間を空けられてしまっている。
「し、しかし、それでも攻めなければ勝てないのは向こうも同じですし、このままカウンターで押し切れば」
「それと、二つ目はもっと大事なことなんだけど」
一夏さんの言葉が終わるか終わらないかのその瞬間。
凰さんの機体から、拡張領域に収納している武装を呼び出す際に発生するヴンッ、という感じの音が響き、両腕の辺りに量子変換特有のノイズが走る。
「あいつは今まで単に勝ってる機体性能を使ってごり押ししてただけって事。今の今まで、鈴は一度も武装を使っちゃいない」
凰さんの両腕を覆うように走っていたノイズが消える。そして、両腕には今まではなかった、対の双剣が握られている。
「・・・こっからが、箒にとっちゃ正念場だ。鈴の隠し玉があといくつ残ってるかは知らないけど、凌ぎ切れればあいつにも勝機はある。
・・・まぁ、正直厳しいと思うけどな」
思わず言葉を失う。
その通りだ。わたくしとしたことが、ここに来て以来一番最初に戦い、そして一番の強敵だったのが一夏さんということからすっかり失念していた。
そもそも接近戦用のブレードしか積んでいないということ自体がむしろ元々兵器であるISにとっては異常なのだ。
一夏さんの『白式』がそのような仕様なのは、製作者が変わり者故のことであると聞いた。しかし、国家代表候補に支給されるISが、同じようなピーキーな仕様に設定されることが許されるはずがない。なにせ、試合の結果は国家の威信に関わるのだから。
「で、では、篠ノ之さんには勝ち目はないということですの?」
「ん?それはある程度覚悟した上で箒に譲ったんじゃないのか?」
「それは、そうですけれど・・・」
流石にわたくしも代表候補生に一般の生徒が易々と勝利できるなどと楽観していたわけじゃない。
わたくしはクラス代表だ、代表戦で勝つことも大事だが、それ以前に代表として一組を纏めなければならない。
そのためにも、明らかにクラスで浮いている篠ノ之さんと、何とか繋がりが持てないかと模索しているところに、今回の話があった。
正直なところあの二組の代表候補生には色々言われたので、自分の手で思い知らせてやりたかったのだが、そんなプライドとクラス代表としての責任を天秤にかけてわたくしは後者を選んだ。自分で選んだことなのだから、その結果に今更不満を持つのは確かに見苦しいと思う。思うが・・・
「むむむむむ」
「・・・え~と、そう怖い顔すんなって。まさかの大番狂わせがないって決まった訳じゃないんだぜ」
半年フリーパス・・・ハッ!
「べ、別にスイーツが・・・はい?」
「・・・大丈夫か?」
「は、はい、当然ですとも・・・ところで、なんの話でしたっけ?」
「だから・・・え~と、うん、もういいや」
なにか複雑そうな顔をして黙ってしまう一夏さん。
もう、なんですの。そんな態度をとられたら気になってしまうではないですか。最も、ちゃんと話を聞いていなかったわたくしにも責任があるのですけれども。
「ほら、そんなことよりも試合だ。格闘戦の心得がないんだろ?あのレベルの接近戦なら得るものもあるんじゃないか」
「・・・レベルが違いすぎて参考にもなりませんわ。まさか代表クラスの試合になるなんて思ってませんでしたもの」
他の一組の面々似たような気持ちなのだろう、口を見開いて呆然と試合を眺めている。
逆にわたくしにとっては想像しがたいことだが、IS入試試験の実技では量産型とはいえ足を動かすだけで精一杯の方もいたと聞いている。
それと同レベルの方々が殆どという中で、代表候補の凰さん、あの織斑先生の弟で世界唯一のレアケースである一夏さんはともかく一般候補枠で入学してきた同年代の篠ノ之さんに、しかも量産機であんな動きをされてはこの様な反応も無理はない。
一夏さんはわたくしの言葉にショックを受けたように硬直し、後ろを向いてクラスメイト達の様子をまじまじと眺めると、
「なぁ、もしかして碌にIS動かした経験も無いくせにお前と戦えた俺って実は結構変だったりするのか・・・?」
なんて、今更なことを言ってきた。まさか、この方はあれが誰にでも出来て当然と今まで思っていたのだろうか?
「・・・まぁ、他人より優れている分であることには別に恥じるようなことではないと思いますわよ」
「だ、だよねー」
と、言葉とは裏腹に青くなって試合に目を向ける一夏さん。
むぅ、こういう少し小心者なところは関心しない。わたくしが最初に認めた殿方であるのだから、もっと堂々と胸を張って欲しいものだ。
そんなことを考えていたところ、アリーナから歓声があがる。どうやら、凰さんが仕掛けたらしい。
「頼みましたわよ、篠ノ之さん」
彼女に勝ち目がほぼ無いことはわかった。
けれど、彼女は同時にわたくしの名を辱めることの無い戦いをすると誓った。なら、わたくしはどのような結果になろうともこの戦いを見届けるべきだ。
そう思い、わたくしはこの試合を見守ることにした。
~~~~~~~side「箒」
「・・・やっぱ、強いわね。あの馬鹿が散々自慢してただけあるわ。ほんっと、ムカつく」
「驚かされたのはこっちだ。無手で私の剣をいなされたのは随分昔に千冬さんにやられて以来久しい。話には聞いていたが、中国の武術というのはここまでのものなのか」
「あたしのは一年でものにした付け焼刃なんだけどね、どうやらあたしとは相性が良かったみたい。だけど・・・」
相も変わらず、間合いで勝る私に無手での真っ向勝負を挑んでくる凰。
ただし機体の速さはこちらの比ではない、私は慢心することなく間合いをはかりそれを迎撃する。
「アンタに勝てなきゃなんの意味も無いのよ!」
「っ!」
しかし、今度は敵の身軽さがこちらの目算を上回った。
凰は私の握るブレードの刃の上に飛び乗ると、そのまま拳で私の顔を狙ってきた。
「チッ!」
すぐさまブレードから手を離し、盾で顔面をガードする。
足場が不安定になったことで凰の狙いは僅かにずれ、そのお陰でガードが間に合う。しかし、
「ぐっ!」
再び、盾を持つ左間接部に損傷を受けたことを表すアラートが点灯する。本当に厄介な攻撃だ、守っても確実にダメージを通してくる。
だがこのままやられたままでは性に合わない。
だから私は、手にした盾をそのまま前に突き出し滞空中の凰を殴り飛ばした。
「がっ・・・」
吹き飛ばすことには成功するが空中で受身をとり軟着陸する凰。この機体ではダウンでもとらない限りは凰の機体には追撃できないが、それすらも容易にはさせて貰えないらしい。
「あ~もう!さっさと殴られなさいよ!これだけやって盾しか殴れない、おまけにSEまで持っていかれたんじゃ割りに合わないわ!」
凰の声には明らかに苛立ちが混じり始めている。最も、それはこっちも同じだ。元来待ちに入る戦いは私の本分ではない。
「殴りたかったらいい加減出し惜しみはやめたらどうだ?それとも猿のように跳んで殴る蹴るだけしかできないのか」
だからこそ、つい買い言葉も喧嘩腰になる。すぐ感情的になるのは剣を扱うものとして良くない傾向だと、昔から父から言われていたのだが、こればかりはどうにも良くならない。
「ふん、仕方ないわ。ブレード振り回すしか能の無い量産機相手に専用兵装なんて大人気ないと思って使わなかったけど、そこまで言うなら特別に見せてあげる」
だが向こうもどうやら私以上に短気だったようだ、私の言葉に気炎を上げると、拡張領域にアクセスする際の独特の電子音の後『甲龍』の両腕に紫色のノイズがかかる。
「剣?」
凰の両腕に握られたそれは、私の握るそれとはまた違った意匠の、二振りの格闘戦用ブレードだった。形としては、中国特有の曲刀『青龍刀』のそれに近い。
「おかしな奴だ。間合いの差を埋められる武器があるなら何故初めから使わない?」
「・・・あたしってさ、残念だけどあんたと違って『こっち』の才能はないの。一夏から習ってたことはあったけど、結局あいつからは一本も取れなかった。だからこの『双天牙月』はね・・・」
そう言って、凰は腰を落として右手の剣を振り上げ、
「こうやって使うことにしてるのよ!」
「・・・な!」
それを私に向かって投げた。
「・・・ふざけたことを!剣を投げるなど」
私にとっては剣とは体の一部に等しい、それを投げ捨てるというのはすなわち負けを認めたときだ。
そのため思わず激昂し、回転しながら跳んでくる刃をかわし、投擲後の硬直を狙って切り込んだ私は、迂闊にもその時凰の浮かべている邪な微笑に気がつかなかった。
「!」
が、360度周囲を見渡せるハイパーセンサーがすぐに異常に気がつかせてくれる。
先程回避したはずの剣が空中で方向転換してすぐ背後まで迫ってきている。
「くっ!」
ついとっさにブレードでそれを弾き飛ばすが、行動を起こしてからすぐに後悔した。
「後ろががら空きよ!」
「っ!」
背中に衝撃。振り返れば凰が空中で軽やかに回転しながら着地するところで、私が後ろの剣に対応している隙に背中を蹴り飛ばされたことを悟る。
・・・油断した、まさか剣そのものがIS本体から独立した攻撃用のユニットだとは思わなかった。
このような特殊な武装は、私は既に見ているというのに。
「・・・ビット、か」
「ああ、欧州で開発されてるってアレ?期待したんなら悪いけど、あれなんかとははっきりいって比べるのも申し訳ないくらいの劣化品よ。
一応私の意志で制御は出来るけど、精々こいつに出来る動きといったら私の手元に帰ってくるくらいだもん。まあ・・・」
今度は、両手に持ったそれを2本同時に投擲、その影を追うように凰が追走し私に向かってくる。
「それだけでも結構便利だけど!」
「・・・ふっ!」
回転する刃が退路を塞ぐように平行して迫る。かわすだけでは先程の二の舞になる、今度はそれを両手の剣と盾で弾き飛ばした。
ガキン、と鋭い音が響くと、遠心力を失った2本の剣がそのまま地面に突き立った。
「これなら先程のようには操れまい!」
こんどこそ満を持して背後の凰に対して踏み込む。
が、既に凰は行動を起こしていた。地面に突き立った『双天牙月』に手を向けると、2本の剣はまるで蛇のようにスルスルと回りながら再び凰の手に収まり、私の大上段からの一撃を交差させて受けて見せた。
「ぐっ・・・効くわね~女の癖になんて馬鹿力してんのよアンタ」
「私に言わせればお前に力が無さ過ぎる、眼はいいようだが体がそれについていっていないぞ?」
「!っさいわね、あの女と似たような説教ををあたしに垂れるな!」
明らかに怒気を孕んだ声と同時に下から蹴りが飛んでくる。
後ろに下がって回避するが、その僅かな私の隙を狙い再び双剣を投擲する凰。今度は私に向けてではなく、横と上という在らぬ方向にだ。
「・・・操作して三方向から私を囲む気か」
ハイパーセンサーの視界は殆ど死角がない。だが、見えるからといって対応できるかはまた別問題だ。実際先程蹴りを貰った時だって『見えて』はいたが受けざるを得なかったのだ。
「・・・だが!」
このまま逃げなければ囲まれると知って尚私は踏み込んだ。勝算はある。
「!」
凰の対応が一瞬遅れる。聞いていた通りだ。
IS本体から独立したユニットを操作する際、そちらに集中力を使ってしまうため本体の動きが鈍くなる。
私と凰の対決が決まってから、そんなことを言っていた奴の顔を思い出す。
あいつは凰の情報の提供を私が拒むと、せめて何か役に立てばと自分が経験したオルコット戦に関する話をやたら聞かせてきた。
凰のこの武装のことを知った上でそうしていたなら、本当におせっかいな奴だ。だがまぁ、この瞬間だけは感謝してやってもいいだろう、試合が終わったら説教だが。
「終わりだ!」
「っ!間に合えっ!」
私の太刀を避けられないと踏んだのか、上に投げた剣に手を向ける凰。ハイパーセンサーが、上から凄まじい速さで私の頭上に落ちてくる『双天牙月』を捕らえる。だが、
「遅い!」
その前に私の剣が届く。そう確信したところで、
「がっ・・・」
突如見えない『何か』に顔を殴られ、視界がぶれる。まずい、この距離でこの隙は・・・
「殺った・・・!」
何とか体勢を立て直したときには既に遅い。凰が満面の笑みを浮かべながら、私の懐に飛び込んでいた。
それを何とか迎撃しようとすると、
――!
直後に下腹部に凄まじい衝撃が走り、私は一瞬意識が飛んだ。
何時から剣は振り回して戦うものだと錯覚していた?
・・・申し訳ありません、捏造です。まぁ原作でも形態こそ違えど投げてましたのでこういうのもありかなと。箒は若干強くしすぎた感はありますね、これで紅椿解禁されたらどうなってしまうやら。次回に続きます。