IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百九話~見えぬ標を追う~

 

 

 一組の雰囲気は、今までからすると考えられないくらい重苦しかった。千冬姉の雷が落ちてさえ数分後には復活するこのクラスにしては異例だった。原因なんてすぐにわかった。いつもだったら埋まっているはずの空席があるからだ。こういうときにこそ皆の心の支えになってくれる千冬姉も、一向に姿を現さない。先程見に行ったが、寮長室には戻っていなかった。

 シャルロットとラウラもいない。が、あの二人はトラブルにこそ巻き込まれたようだが特に大きな負傷はなく意識もはっきりしているらしい。問題は――――

 

 山田先生が事態の説明を皆にする中、つい他のクラスメイトたちと同じように後ろの座席のほうに目がいく。

 そこには、未だ主を待っているかのように静かに佇んでいる空っぽの座席があって……結局その日のうちに主が帰ってくることはなく、俺たちは文化祭の中止と寮での待機を言い渡された。

 

 ――――鷹月が倒れて……目を覚まさないんだ。

 

 最後まで俯いたままだった、箒の言葉を思い出す。

 強くなりたいと願った。それが間違いだったなんて今更言うつもりはないけれど……俺はまた、守れなかったのか。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 「ふっ……!」

 

 ただ一心に、闇の中で剣を振るう。

 目の前で友を失った。その場を見ていながら、何もできなかった自身の不甲斐なさを責め立てるように。

 

 「ふぅ、ふ――――!」

 

 ……どれだけ、そんなことを続けていたんだろう。もうそんなこともわからなくなって、心より先に体に限界が訪れる。いや、まだだ、こんなことだから、私は……!

 

 「――――やれやれ。見るに耐えん、『こちら』も酷いものよ。最早子供の棒振り遊びにも劣る。よもや、その鈍りきった剣の冴えで『篠ノ之』を継ぐなどと戯言をほざくつもりではあるまいな、箒」

 

 「……! 誰だ!」

 

 強く柄を握り締め、再び続行しようとしたところに不意に誰かに声をかけられ、とうに寮の消灯時間も過ぎた今しがたに寮を抜け出し、敷地内の人口林の中でこんなことをしている後ろ暗さもあり警戒を強めながら周囲を見渡すも、何の気配も感じられず……

 

 「どこを見ておる。こっちだ」

 

 「な……」

 

 再度背後からかけられた、先程までより近い声に釣られて振り返ると……木々の間から僅かに差し込む月明かりに照らされて、もう会えないかもしれないと思っていた人がまるで最初からそこにいたかのように泰然と佇んでいた。

 これは、現実なのか? ……それとも、疲れきって行き詰った私が自分にとって都合のよい幻を見ているだけなのか?

 

 「父、上……」

 

 「……千冬が発つまでにまだ時間もあるでな。一夏との約束もある故、気配を辿ってきてみれば……随分と乱れた剣を振るうようになったのう、箒。儂等の剣は『殺める』もの故、決して『暴力』に転じさせてはならぬと、重ね重ねお前たちには教えてあったつもりだが?」

 

 「……申し訳ありません、師範」

 

 「許さぬ。そんな乱れた心で剣を持つような者は我が門下にはいらぬ……剣を取れ箒。この上曇った剣を儂に見せるようであればそれまでよ。最早お前を娘とは思わん。この場で斬って捨ててくれよう」

 

 「……!」

 

 そんな、狐に摘まれたような気分でいた私を、叩きつけられた冷水のような殺気が現実に引き戻した。間違いない、これは夢うつつなどではなく本当に起きていることで……目の前の父上は、本気で私を斬ろうとしている。

 

 「そんな、父上……私、は……!」

 

 「問答無用。先手は譲ってやる。はよう来い」

 

 当然、私はそんなことは受け入れられずに戸惑うも、父上の殺気はどこまでも本気だった。

 ……どの道、折れてしまえばこの人はもう私を受け入れてはくれないだろう。そう思うと諦めることも出来ず、私は身も心も定まらぬまま父上に挑んだ。

 

 「……!」

 

 が……空っぽの私の剣は、当然の如く父上には届かない。いや、届く以前に私は父上の姿を見失っていた。間違いない、これは……!

 

 「『遁歩』か……!」

 

 父上が最も得意とした技……それも私が知っていたころのものよりも数段研ぎ澄まされている。まさかこんな目の前にいて気配もろとも相手を見失うとは……だが。

 

 「…………」

 

 ――――遠山の目付け、という心得がある。すぐ目の前の相手であろうと相手の頭を基点に遠くの山を見るような視点を心がけ、相手の視線や表情から先を読んでどんな動きでも対応できるようにするもので、所謂剣道における熟練者であれば自ずと習得されていくものだ。

 篠ノ之流の剣技は前に一夏が使用した『鎌切』を始め、このことを逆手に取り裏をかくようなものがいくつか存在する。この遁歩もその一つ……いくらこうして薄暗く視界の悪い場所でも、大の大人一人等そうそう身を隠せるものではない。父上は呼吸を合わせて自らの生気を周囲と同調させることでその存在感を薄めているだけで、存在が消え失せたわけではない。意識を研ぎ澄まし一点に集中すれば必ず見破れるはず――――

 

 ――――そこだ。

 

 耳が父上が踏み込みの時に僅かにたてた草を踏む音を捉えた。聞こえた位置から父上が踏み込んでくる場所を即座に想定し、動きに合わせるように剣を振り抜く。

 

 「愚直にして愚策……儂の業を知っておりながらみすみす『眼』を捨てるとは。今日ここで会った、これを初めて見せる少女も迷いはしたが、結局その愚は犯さなかったというのにのう」

 

 しかし、最後まで私の剣は父上を捉えることすら叶わなかった。私が剣を振りぬいた剣は空しく宙を切り、先程音を拾った場所で小さな小石が跳ねているのを見て、私は自身が今度こそ完全に裏をかかれてしまったことを漸く悟る。

 そしてそれは、今となってはあまりに遅すぎた。

 

 最早どこからくるのかすらわからないが、父上の白刃が確実に自分に迫ってきていることだけははっきりと感じられた。

 ここで終わってしまうのか。こんな中途半端なまま、未練を多く残したままで。それを思うとやりきれなくて、それでももうどうしようもなくて。

 六年前家族がバラバラになったときのように、諦めたくなかったのに諦めるしかなくて。私は悔しくてやりきれないまま、迫る白刃を前に目を瞑った。

 

 

 

 

 「……え?」

 

 どれほど、時間が経っただろうか。目を閉じたままいくら待っても、私の首が落ちることはなく。

 

 「……ふむ」

 

 目を開けると、いつの間にか父上が再び姿を現し、私の首筋に剣を突きつけたまま何かに意識を奪われたかのように私の頭の上の方に視線を向けている。そして、唐突に口を開いた。

 

 「良い髪留めをしておるな」

 

 「え、その……これは」

 

 「皆まで言わずとも良い。わかっておる、束といい自らを着飾ることにあまり頓着しなかったお前が選んだにしては少々派手な意匠だ……贈り物であろう?」

 

 「う……」

 

 「その髪留めを未熟者の血で染めるのは、籠められた贈り主の想いまで汚すことになろう。そんな無粋な真似はできぬ……命拾いしたな、箒。髪留めの贈り主に感謝せよ」

 

 先程殺気を向けてきたときとはうって変わって、剣を鞘に落としながら穏やかで優しい表情で父上はそう言った。

 私は……また、あいつ自身の与り知らないところで、一夏がくれたものに、救われたのか。

 しかし気配遮断による奇襲を磐石にするためとはいえ投石によって足音を増やすとは……父上にしては姑息な手だ。そんなことを考えたのが顔に出たのか、父上は溜息を吐きながら首を振った。

 

 「これだけの手がありながら騙まし討ちとは、卑怯だと思ったか?」

 

 「いえ、それ、は……」

 

 「昔から思っておったがどうもお前は篠ノ之流について少し勘違いがあるようだの……篠ノ之の『剣』は古いが由緒正しいものなどではない。元は殺し盗みを働くごろつきや横暴な地頭の使いに少ぅし痛い目を見させるための窮鼠(じゃくしゃ)の牙よ。儂等の祖はそれ故に、代々自ら編み出した技全てに儂等が取るに足りぬものとするものの代表として『虫』の名前をつけておる……よって、多少行儀が悪いのは寧ろお家芸といったところよな。千冬もだからこそ大成した。あれは邪剣使い故な、全うな剣の道は向かぬし望みもせんだろう」

 

 「…………」

 

 ……そう、だった。そういうことが許されるからこそ一夏は剣を始めてすぐに、剣を途中で投げ捨ててでも不意を突くべく無手でも戦えるための技を覚え始め、私も渋々ながらも負けるものかと似たようなことを始めたのだ。そうでなくても、元より自らの剣が正道ではないことはわかっていた、はずなのに。

 ただ、私は――――こんな形であっさりと、父上との繋がりさえ消えてしまうことを認めたくなくて。何か、まだ何か先程の醜態をなかったことにする理由はないかと思って、私は……

 

 「ついて来い、箒」

 

 「父上……?」

 

 「お前を斬るのはやめにしたが……かといってそんな鈍った剣をいつまでも振られては、お前を篠ノ之の跡継ぎにすると決めた儂がご先祖様に顔向けできぬ。儂自身が手ほどきしてもよいが時間がない、ここは『あれ』を見てからお前自身が考えよ」

 

 最早頭の中が真っ白になるくらい私が切羽詰っているのを知ってか知らずか、父上は私についてくるよう促すとさっさと背を向けて歩き出してしまう。

 迷ったものの、このまま動かずにいたら父上をまた見失ってしまうような気がして、私は父上の後を早足で追いかけた。

 

 

 

 

 「これ、は……」

 

 人工林の中をそう歩かないうちに、父上の背中を見つけて駆け寄った。

 父上はこちらを見ず、ただ目の前の一点を見つめている。自ずと、私もその視線の先を追いかけた。すると――――

 

 「――――、!」

 

 一夏が、いた。今まで激しく動いていたのか、肩で息をしながら何かを呟いているが、ここからでは遠すぎて聞こえなかった。かといって、これ以上近づけば恐らく気配を拾われて向こうがこちらに気づいてしまう。

 いつもの鍛錬だろうか? しかし、それにしては些か早すぎる。こんな時間から何を……

 

 「……っ」

 

 考えているうちに、一夏が動き始めた。いつもの千冬さん相手を想定した鍛錬……とはどこか勝手が違う。いつもなら最初は慎重な立ち回りをするあいつがいきなり足を使った大胆な立ち回りで剣を振り回している。恐らく、想定している相手が違うのだ。

 ……一夏が、千冬さん以外の相手を想定した鍛錬をしているのを見るのは初めてだ。相手が誰かはわからないし、千冬さん相手のそれと違い立ち回りに甘いところこそあれ、少なくともただ向ける先もなしに剣を振っていた私よりも間違いなく前を見据えた真っ直ぐな剣だ。

 

 「な……」

 

 そして次の瞬間、一夏の近くの木からミシリ、と枝が軋むような音が微かに響いたかと思うと、一夏が跳躍とともに空に『浮き上がった』。そして右手で何かを繰るような動作とともに空中から地上を急襲するように地上に向けて降りようとするも、途中でバランスを崩して派手に地面に叩きつけられた。

 

 「あいつ……!」

 

 直前で受身をとったようだが下手をすれば頭を打っていてもおかしくない落ち方だった。心配になって思わず駆け寄ろうとするも、父上が私の肩を掴んで止める。

 

 「父上! 何故……」

 

 「あやつはあやつで壁にぶつかっておるところなのであろうよ。あやつはお前の前では嫌な顔こそしないだろうが、出来ることなら今の姿を見られたくはなかろう。今のお前と『同じ』でな……尤も、お前と違ってあやつはもう次に進むためのとっかかりを掴もうとしておるようだがの。うかうかしていると置いて行かれてしまうぞ。大方、まだ負け越しておるのだろう?」

 

 「私は……!」

 

 「焦るでない、箒。立ち止まっておるのはお前だけではない。一見、ずっと走っておるように見える者ほど見えぬところで足踏みしておるものだ……眺めておるだけでは壁は越えれぬ。行き詰っておるなら、まず周りを見渡してみよ。頼れる寄る辺を見つけることができたのならば、一度足を止めて身を寄せてみるのも良いかもしれぬぞ」

 

 「でも……! そうして立ち止まったままで、私が何も出来ないままだったから、鷹月は……!」

 

 「自分を責めるのは良い。だが、それのみで終わる者は何も得られぬ。ただの愚か者よ……箒。この度お前が何も出来なかったとして、次はどうなるのだ? その、飯事にも劣る剣を振り回すのみか? お前はこれから何をしなければならぬのだ?」

 

 「私、は……」

 

 そのためにこれからどうすればいいのか、何をすればいいのかはまださっぱりわからない。けれど、やらなくてはならないことだけははっきりしている。

 

 「鷹月を……取り戻したい……!」

 

 「ふっ……わかっておるではないか。道は見えずとも目的地さえ見失わなければいずれ道は開ける。励めよ、箒。必ず己が手で、お前が守れなかった友を取り戻して見せよ」

 

 「……はい!」

 

 この想いを、この決意を嘘にしないためにも、父上の言葉にはっきりと返事を返す。

 父上はその私の言葉にとても嬉しそうに頷いてくれた。そして再び泥だらけになりながら剣を振っている一夏のほうを見て、

 

 「千春の……あの子もここまで大きくなった。こんなことになって苦難は多いだろうが、どうか幸多い道を歩んで貰いたいものだ」

 

 呟きながら何か眩しいものを見るように目を細める……昔から、父上は千冬さんや一夏を見て時折こんな目をする。

 かつて父上は何かと両親のいない織斑家の面倒を見ていた。私は門下の一つとしてそれは当然の行いだと思っていたのだが――――こんな父上を見てたまに、それだけではないのではないか、と思ったことがないわけではない。

 だからその疑問を一度、父上の妹にあたる雪子叔母様に訊いたことがある。彼女によれば、織斑姉弟の母親はかつて父上の幼馴染で同じ篠ノ之流の門下生であり、父上とは今で言う私と一夏に近い関係だったという。

 

 ――――かつての幼馴染の子、か。当時はそんなことは考えたこともなかったが、仮に私と一夏が同じような立場になったら私もあんな目で一夏の子供を見るようになるのだろうか。

 

 「じき夜明け、か……ではな、箒。これから寒くなるが、体に気をつけて達者に暮らすのだぞ」

 

 「あ、父上……!」

 

 そんなことを考えた矢先だった。父上は最後の最後でかつて『父さん』と呼んでいた頃の、優しい声でそれだけ告げると、現れた時と同じように、唐突にその場からかき消えてしまった。

 

 ――――本当に、ずるい。姉さんも、父さんも。こちらの気持ちの準備なんてちっとも出来てないときに一方的に押しかけてきて、それでいてもっとちゃんと話したいと思った瞬間にいなくなってしまうんだから。

 

 「でも……ありがとう、父さん」

 

 道は未だ見えない。けれど……一人で意固地になっているうちに失ってしまったものがある。今はまず、そこから取り戻していかなければならない。そのため、には――――

 

 「……!」

 

 一つ、思い至ったところで、ヒュン、と風を切る音を耳が捉え反射的に体が動く。闇の中から繰り出された鋭い突きを今一歩のところで鞘に収められたままの彦星で逸らし、鞘で相手の剣の軌道を逸らしたまま抜刀。

 しかし相手は突き出した自らの得物をためらう事なく手放すと、迫る刃を恐れることなく前のめりになって私の一閃を回避、低い体勢のまま蹴りで私の軸足を狙いに来る。

 

 「っ……!」

 

 『躱さない』。蹴りとほぼ同時に相手が一見取り落としたかに見えた得物を空中で拾い直したのを見たからだ。

 『鎌切』の初動。ここで体勢を崩せばすかさず逆手からの薙ぎに退路を絶たれる。この技の打開法は流れるような怒涛の攻めに敢えて逆らわないことだ。蟷螂の鎌に捕らわれた獲物が抵抗すればするほどその傷を広げていくように、この技は受けたり避けようとして無理な動きをするほど抜け出すのが難しくなる。

 よって蹴りの衝撃に逆らわずに半歩横にずれ、追撃の相手の突きにあわせるように剣を振り抜く。

 

 ――――!

 

 互いに一歩ずつ前へ。そこで互いの剣は後一歩で相手の首を討つかというところで止められる。この手はここで分けだ。

 

 「……おはよう、箒。真っ暗んなかこんな場所でなにやってんだ」

 

 「こちらの台詞、と言っておこうか」

 

 そこで漸く襲撃者の暢気な、それでいてどこかバツが悪そうな声を聞いて、私は呆れ半分、結果的に鍛錬を邪魔してしまった申し訳なさ半分で返事をした。

 

 「……悪い。ちょっと色々あって気が立ってたみたいだ。いくらなんでもいきなり斬りかかるのはないよな」

 

 「昨日の今日だ、無理もない。本意ではないとはいえ覗き見のような真似をした私にも非がある。ここは互いに水に流して手打ちにしないか」

 

 「おう……ありがとな。足、蹴っちまったけど大丈夫か?」

 

 「問題ない。来るとわかっていたから受ける準備が出来ていた」

 

 「あ、やっぱそうか。道理で手……足応えないと思ったわ」

 

 父上の言ったとおり、一夏は見られていたと知って多少恥ずかしそうにしながらもいつもの冗談交じりに快活に笑う。誰を相手に鍛錬をしていたのかは……気にはなるが、流石に今聞くのはいけないと思った。それに必要なことであればきっと向こうから話してくれるだろう。

 

 「……父上に、会っていた」

 

 「……! そっか。柳韻さん、来てたのか。ちゃんと話せたか?」

 

 「ああ……随分と叱られたよ。一夏にいつまでも遅れを取るな、とな」

 

 「えぇ……確かに今んとこ勝ち越してるけど精々一、二ってとこだろ。それも最近お前の調子悪いからでついちょっと前までは負け越しだったじゃねーか、なんだそれ」

 

 話の内容を聞かれ、強ち嘘でもないことで誤魔化すと、うんざりしたような表情をする一夏。

 ……むぅ。勝っているからそんな態度でいられるのだ。気に食わない。

 

 と、考えたのが無意識のうちに表情に出ていたのか。一夏は一瞬しまった、とでもいうように顔を押さえたが、すぐに気を取り直したように首を横に振って笑った。

 

 「一回だけ、な。流石に今日はぶっ続けで疲れたし」

 

 「これから負ける言い訳はそれでいいのか?」

 

 「抜かしてろ……ま、さっきの感じじゃ前みたいにはいかなそうだ。久しぶりに楽しませてくれそうじゃんかよ、箒」

 

 「ああ、退屈はさせない……行くぞ、一夏」

 

 「どこからでも来い!」

 

 正直なところ私も先程までの鍛錬に加え唐突な父上との対峙で疲れきっていたが、表に出さないよう努めながら、この時だけは未だこのIS学園で一番楽しい立会いに臨む。

 結果は……やはり、まだ出遅れている私では届かなかった。けれど……このままでは終われないし、終わらせない。

 あの得体の知れない生徒会長に渡されたケースをつい握り締める。私も先に進みたい、もっと強くなりたい。そのためならば、私は――――

 

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 「っ……!」

 

 夜の生徒会室。

 そこに備えつけられている空間投影型のスクリーンで、私は暗い中今日起こったことの一部始終を収めた『ISスクール』の戦況ログの映像データを一人でこっそりと確認し……『その映像』を見て、思わず拳を壁に叩きつけた。

 

 ――――『あの怪物』ではない。けれどあれと同じ『眼』を持った女が、織斑先生と対峙していた……最後にはなんとか逃げ果せたようだがあの織斑先生の魔剣を受けた以上、もう恐らく生きてはいまい。『手がかり』は確かに私の元にやってきてくれたのに、私はまんまと外れを引かされた挙句私の手からすり抜けていったのだ。これで苛立たないわけがない。

 

 「……参ったな。こんなこと、出来ればこれっきりにしたかったのに……やっぱり明日、ちゃんと話して協力して貰うしかない、か……」

 

 だが、何も収穫がなかったわけじゃない。初見だったらまず対応できなかっただろうあの黒い翼の女の使うISの能力のことはもうあらかた読めたし、なにより織斑先生の様子から察するに、彼女はあの敵について何か知っている可能性がある。なんとか、近いうちに話を聞ければ――――

 

 「……!」

 

 彼女にどう切り出すかな……ここはやはり一夏君を、等と考え始めたところで、外から人の気配を感じて慌てて空間投影モニターの電源を落とすと息を潜めて様子を見ることにした。

 

 もう、先生方は皆有事に備えて待機指示が出てるはずなのに……こんな時に自主警邏なんて真面目なこと。気配からいって織斑先生じゃないだろうし、最悪無理矢理ちょっとお休みして貰うことになるかも。なんて、少し気が立ってたのもあり少し物騒な方向に考えが向かい始めた時、私はこの気配が知っているものだと気づいた。確か、これは……

 

 答え合わせが終わる間もなく、その人物は数回扉をノックした後生徒会室に入ってくると、部屋の明かりをつけて私にその姿を見せた。とはいえ、扉が開いた段階でもう誰かはわかっていた私は、敢えて隠れずその場に留まる。

 

 「夜分遅くすまない……人の気配はしたから誰かはいると思ったのだが、不味かったか?」

 

 「不味いも何も……もうとっくに消灯時間は過ぎてるわよ? 外を出歩いてちゃダメでしょ、篠ノ之さん?」

 

 「それはお互い同じだろう、生徒会長。立場を考えれば校則違反を咎められたら困るのは、私よりもそちらだと思うが?」

 

 「……わかった、降参。でも電気は消してね、外から誰かいるってバレちゃうから……で、何か相談事かな? それともお昼の返事をもうしにきてくれたってことかな?」

 

 「……ああ。一応、その両方になる」

 

 篠ノ之さんは私の指摘に従い一度つけた電気を再び消すと、懐から今日私が彼女にあげたケースを取り出した。そして、

 

 「取り敢えず……これは返す」

 

 それを……真っ直ぐに、私に突きつけた。

 

 「もう、困っちゃうな……篠ノ之さん。わたしの今日の話、ちゃんと聞いてくれてたの?」

 

 「勿論」

 

 「そう……じゃ、鷹月さんが『あんなこと』になっちゃったうえでのあなたの答えが、それってことでいいのね?」

 

 自分でもびっくりするぐらい、冷ややかな声が出た。篠ノ之さんの表情も、見るからに歪む。私のほうは正直一回くらいなら殴られるのも覚悟はしてたけど、彼女は何とか自分を押さえ込んだ。

 

 「……今のままでいいとは思っていない。けれどやはり、自分で納得できないことはできない」

 

 「そ……じゃ、泣き寝入り? 諦めるんなら、悪いけどあなたのISは取り上げさせて貰うよ。何の役にも立たない、それでいて外からの厄介事ばっかり呼び込む危険物なんて、生徒会長として看過できないから……あなた、わかってる? 今回、鷹月さんは専用機を持っているあなたの近くにいたから巻き込まれたってこと」

 

 ……事実とはいえ、私は凄く残酷なことを言ったと思う。鷹月さんのことは正直なところ発破をかける意味で槍玉に挙げたけど、まさか実際に、それもこんなに早く現実のものになろうとは私自身思ってもみなかった……ううん、最初から言い訳する気もないけど、やっぱり私のせいになるんだろうな、これも。私は、『死神』だから。

 篠ノ之さんは、拳を握り締めたまま俯いてしまう……同情はするけど、妥協はしない。折れてしまうなら、残念ではあるけどそれでもいい。これからどんなことになるにしたって、命を失うことになるよりはマシなはずだから。

 

 「……わかっている。わかっているが……それも、できない」

 

 「……何? そこまでわかってて駄々を捏ねるの? あれも嫌、これも駄目なんて、ここに来て通ると思う?」

 

 「勝手なのはわかってる! ……しかし、私の手で鷹月を取り戻すには紅椿が必要なことは私にもわかる。その時が来るまでは、紅椿は渡せない」

 

 「……もう彼女たちのために動いてくれてる人たちがいるわ。それはあなたがすべきことじゃない」

 

 「だが『まだ』、鷹月は戻ってきていない……私以外の者の手で為されるならばそれでも構わない。しかしまだ為されていない以上、私にも何かできる事があるはずだ」

 

 「それは、具体的に何? そこまで言うからには何か考えがあるのよね?」

 

 「……まだ、わからない。私にはまだ、今回鷹月たちに降りかかった災難の正体すら、満足に掴めていない。その影を目の当たりにしながら、手も足も出なかった。今の私には知らないこと、出来ないことが多すぎる……今までの無礼を承知の上で、貴女に頼む。私が鷹月を取り戻すために、必要なことを教えてほしい」

 

 「…………」

 

 その言葉を最後に、もう私に土下座するような勢いで頭を下げてくる篠ノ之さん。

 ……ホント、勝手だなぁ。私が提示してあげた手段を拒んでおきながら、私に『方法』を求めてくるんだ。

 でも……まあ、彼女としてはこれが精一杯の妥協点なんだろうな、っていうのは何となくはわかる。こうして『私に頼ってきた』こと自体、たぶん彼女にしてはかなり譲歩してきてるんだろう。私自身、もう次を考え始めてるっていうのがもう……やめて欲しいなぁ。そんな真っ直ぐすぎるところ、私みたいのには眩しすぎるんだから。

 

 「……まず一つ、言っておくわ。わたしはあくまで『わたしが知っていること』を教えるだけ。それが結果として鷹月さんを救うのに何の役にも立たなかったとしても、わたしは一切責任持たない……後から『思ってたのと違う』なんて文句、受け付ける気ないから」

 

 「……わかった」

 

 「あ、ごめんもう一つ……わたし、優しくないよ?」

 

 「知っている」

 

 ……失礼しちゃうなあ。本当はすっごい優しいんだからね、裏があるだけで。

 けど、いいや。そこまで覚悟があるっていうなら、お望みどおり、文字通り『叩き込んで』あげよう。最悪ものにならなければ不思議なお薬だ。もう後がないのは彼女自身わかってるだろうし。

 

 「じゃ、早速明日から見てあげる。ついでに今日あったことについても巻き込まれた皆に説明するから、一夏君たちと一緒にここに来て……いろいろあって疲れてるだろうし、今日はゆっくり休みなさい」

 

 「ああ……いや……宜しく、お願い、します……」

 

 「あ~、そういう固いのいいって。いや、まあ皆がいる前じゃ形式上畏まってくれたほうがいいけどね。そのほうが当たり障りないでしょ? どうなるにしろ、それなりに長い付き合いになるんだし、お互い楽に行こう?」

 

 「教えを請う以上、そういうわけにはいきません。失礼します」

 

 私にあの薬のケースを押し付けると、もう一度だけ一礼して去っていく篠ノ之さん。

 ……あ~あ、結局こうなるのか。一番面倒くさいパターンだ。これは一回失敗したからって引き摺ってないで、ちゃんと準備を始めとかないとなぁ。まずは……私自身、きちんと『あの子』……篠ノ之箒ちゃん本人を見ないといけない。どうも、あの子が相手の場合でもちょっと調子が狂い気味みたいだし。

 容姿とかじゃなくて、あくまでも在り方の問題だけど……あの不器用だけどどこまでも真っ直ぐなところ。どこか、『かんちゃん』に良く似てるから。

 

 


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