IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百七話~敗北の対価~

 

 

~~~~~~side「弾」

 

 

 「……?」

 

 先程までIS学園校舎内にいた筈の俺は、イグサの匂いが微かに漂う中で目を覚ました。

 周囲を見渡すと畳張りの茶室のようなところに布団で寝かされていたようで、近くに人の気配を感じてそちらに意識を移すと、

 

 「あ、目が覚めましたか? ……ごめんなさい。本当は保健室で診てあげたかったんですけど、急患が複数出てしまいまして。簡単なバイタルチェックであなたは眠っているだけなのがわかったので、一時的にこちらに移送させて貰ったんです」

 

 落ち着いた感じの、眼鏡の綺麗な女子が俺を覗き込むように声をかけてきた。おいおい、目が覚めて知らない女がすぐ横にいるってどんな状況だ。俺はまだ絶賛夢の中なのではあるまいな。夢……?

 

 「……鈴!」

 

 そこで漸く、前に意識が途切れた時の状況を思い出した。さっきの化け物は? 鈴はあの後、どうなった……?

 

 「ちょ、ちょっと貴方! 急に大声出して、どうしたの!?」

 

 「うるせぇ! 鈴は! 鈴はどこだ!? 無事なんだろうな、どこにいるんだ!」

 

 そのことを考え出すと気が気でなくなり、目の前の女の肩を掴んで問い詰める。が、

 

 「痛っ……」

 

 「っ……!」

 

 女が苦痛に顔を歪めたのを見て、少しだけ頭が冷えた。結局、鈴を守りきれなかったのは俺だ。こんな名前も知らない相手に当たって何になるんだ。

 

 「……悪い」

 

 「大丈夫……凰さんはついさっきまで心配そうに貴方に付き添ってくれてたんだけどね。校舎の方で何か事件があったって連絡があって、それで慌てて出て行ったわ」

 

 「事件……? じゃあまだあいつは……」

 

 「落ち着いて。私のほうにもさっき連絡があったの、事態はもう収束したみたい。凰さんは無事よ。貴方が目が覚めたらすぐに教えてって言われたわ」

 

 「…………」

 

 ――――ああ、そうか。無事、なのか。

 その事実を知ることができて、とにかく一気に肩の力が抜ける。ついでに体の力も抜けて、再び布団の上に倒れてしまった。

 

 「でも……あの化け物は、いったいなんだったんだ?」

 

 「化け物……?」

 

 「ああ……なんか、あいつの後ろに変なでかいヤツが急に出てきて、俺はそいつにやられて倒れちまったんだ」

 

 「それは凰さんからは聞いてないわね。彼女の話では校舎内を歩いていたら急に量子空間が展開して、一緒に歩いていた貴方の顔色が急に悪くなって倒れちゃったってことくらいで」

 

 「あいつは、見て、ない……?」

 

 「……まあ、恐らくは専用機持ちの凰さんと一緒にいたのが関係しているんだろうけど、あの空間にIS適正がそもそも存在しない男性の貴方が取り込まれたのがそもそも異例中の異例なの。その時のショックで何かおかしなものを幻視してしまったとしても、なんら不思議ではないわ」

 

 ……幻、だったっていうのか? あれが?

 いや、言われてみれば、事実あの怪物の腕は俺の体をすり抜けていったし、合点がいくといえばいくのかもしれないが……でも、あれは……

 

 「でも、怖い目に遭わせてしまったようね。後にIS学園からも正式に謝罪があると思うけど、先に学園の安寧を守る役目の一端を担ってる者として謝らせて。本当に、ごめんなさい」

 

 「いや、鈴さえ無事なら俺は別に……」

 

 「そういうわけにはいかないわ。バイタルチェックでこそ何ともなかったけど、何せ前例のないことだもの、後になって大事にならないとは言いきれないの。だから貴方には今後の経過を診る為に、これから先もしばらくはこちらが指定する病院に通って貰わなきゃならなくてね。勿論経費なんかはこちらが全額もつけど、貴方にはこれから先も迷惑をかけてしまうことになってしまって……そのことまで含めて、なにか償いが出来るといいんだけど……」

 

 俺があの時のことを思い出していて少しの間上の空になったのをどう解釈したのかはわからないが、本当に申し訳なさそうに俯いてそんなことを言う眼鏡の女。

 何? これから先、よりによって病院なんかに何度も行かされるのか? 冗談じゃない、こっちは本当になんともないってのに……いや、待てよ。ここで突っぱねるのは簡単だが、果たしてそれでいいのか?

 

 ……先程の、あの怪物のことが頭を過ぎる。あいつは、鈴がISの待機形態だと語っていた、腕輪に『繋がれている』ように見えた。

 あれが、俺が見た幻なんかじゃなかったとしたら。ISってのには、俺どころか搭乗者であるあいつ自身さえ知らないような、何かとんでもない秘密があるんじゃ、ないだろうか?

 その一端に触れて、こうして知ってしまった今……それを知らないふりをして、鈴たちをこのままこの学園に残していっていいのか? あいつらが選んだ道、俺がそれを今更変えてしまうことは出来ないにしても、俺に何か出来ることはないのか?

 

 そんなことを考えた途端。言葉は、勝手に口から漏れてきた。

 

 「あんた今……何か償いが出来ないかって、そう言ったよな」

 

 「え、ええ……」

 

 「面倒臭ぇけど、行ってやるよ、病院。今回のこと、外の奴らに黙ってろっていうならそうしてやる。お前らの言うこと、聞ける範囲でなら何だって聞いてやる。だから……」

 

 「……だから?」

 

 「俺に『IS』について教えろ」

 

 俺の要求を聞いて、眼鏡は途端に目つきが険しくなった。

 だがこっちも譲れない。負けじと睨み返してやる。

 

 「……何か勘違いしているのなら、いかに迷惑をかけちゃった相手とはいえがっかりさせる前に言わなくちゃならないわ。貴方が今回、この事態に巻き込まれたのはあくまで専用機持ちの凰さんと一緒だったから。悪いけどあの後こっちで調べさせて貰ったけど、貴方にISを動かせる素養は見つかっていない」

 

 「別にハナからあんなモン動かしたいなんて微塵も思っちゃいねぇよ」

 

 「なら、どうして?」

 

 「納得できねぇからだ! 俺がこうして寝込むくらいのことになる程度ならいいさ。だけどまた同じようなことがあって、しかもそれが鈴の身に起こったらどうする! それも、寝込むくらいじゃ済まなかったら! ……何かあってから後悔することになるなんてゴメンだ。俺は俺のやり方で、あいつを守ってやりたいんだ」

 

 「…………」

 

 「無茶言ってるのはわかってる。でも、頼む」

 

 布団の上に寝転がった体勢から一転、土下座の体勢で目の前の眼鏡美人に頼み込む。あいつを守るためだったら、こんな頭なんていくらだって下げてやる。

 

 「……好きなの? 凰さんのこと」

 

 「っ……!」

 

 と、思っていたが、不意に投げられた相手のその一言で一気に覚悟も決意も頭の中から吹き飛んだ。土下座の体勢だったお陰で相手に顔を見られなかったのは不幸中の幸いだったが。

 ……クソが、本当に鈴の言うとおりだ。俺はあの頃のクソガキだった頃と何一つ変わっちゃいない。こんな一言を投げかけられただけで、自分が初めて抱いてずっと大事にしているこの気持ちを、こんな禄に知らない奴なんかに悟られたくないっていう感情が自分の中でこんなにも荒れ狂って止めることが出来ないんだから。

 

 ――――うるせぇ! テメエなんかにゃ関係ねぇだろ!

 

 「………………うっせえな。そうだよ。悪いか」

 

 ……止めることは、出来なかった。

 けれど、この時は。『自分のやりたいこと』が、自然とガキのままの俺を押さえつけてくれた。

 

 『あ、あの……あ、あり、がと』

 

 ――――本当、困る。脈がないのはわかりきってて、自分の中ではもう答えがでてるってのに。

 俺は……自分で思っていた以上に、あいつのことが好きらしい。

 

 「そう……わかった」

 

 「教えてくれるのか!?」

 

 「絶対、とは約束できないけどね。私に出来る範囲で何とかしてみせるわ……ふふ、正直に言うとね。この役目を引き受けたときからなんとなくだけど、そんな予感はしてたのよ。貴方とは、ちょっと長い付き合いになるかもね」

 

 「あ、ああ。あんたは……」

 

 「あんた、じゃないわ。布仏虚よ。これから宜しくね、五反田弾君」

 

 ――――そうして。

 意図したわけではないんだが、俺は一夏たち以外にIS学園での知り合いが出来た。後に俺の滅多に増えない携帯の登録番号に女の名前が追加されたことに対して数馬にやたら追求されたりして面倒だったが、まあ、これはこれで悪くない出会いだったんじゃないかと思う。

 尤も。俺にとっての試練は、まだこれから始まるのだが。

 

 

~~~~~~side「千冬」

 

 

 「ふむ。これは……」

 

 正直、甘かった。

 今回の結果を見て改めてそう思い至った私は、警備責任者としての責任をとることも兼ねて、学園の学園長に辞表を提出した。

 彼……轡木十蔵氏は、作業を着たまま私が提出したそれを不思議そうに手に取り眺めている。

 

 「警備責任者として今回の責任をとると、そういうことですか、織斑先生?」

 

 「はい……職を辞した後、責任をもって今回のことを引き起こした元締めを実行犯ごと処断してきます」

 

 「貴女はよくやってくれたと思いますけどね。いいえ、寧ろ貴女でなければ、今回の件はもっと大きな被害が確実に出ていたでしょう。今回相手はそれだけの戦力を投入してきていました」

 

 「そう言って頂けるのはありがたいですが……もう決めたことです。そもそも、この仕事を引き受けると決めたのは一夏の安寧のためです。それが今またこうして脅かされるとわかった以上、未練は一切ありません」

 

 「なら、これから貴女一人であの子を守っていくと? それが出来ると、本気で思っているのですか?」

 

 「……今の私は、あの頃とは違うつもりです」

 

 「いいや、違わんな。寧ろ、あの頃よりも悪くなっておる。『また』、一人で思い詰め過ぎなのではないのか、千冬よ。この場に束がいたらもう怒って手が出ておるところだ」

 

 「……!」

 

 突然、二人しかいないはずの部屋に響いた第三者の声に警戒を強めながら周囲を見渡すと、いつの間にか私の後ろにしばらく会うことのなかった恩人の姿があった。

 

 「柳韻師……! 貴方が、何故……」

 

 「……漸く来ましたか。随分と遅かったですね、篠ノ之君」

 

 「いや、お恥ずかしい。手土産の一つも持たずに、かつての上司に会わせる顔もないとくれば、自然と足も遠のきましてな」

 

 「手土産なんて、思い出話の一つもあれば十分です。私ももうこの歳ですからね、楽しみなんて、もう庭仕事とそれくらいしかなくなってしまいまして」

 

 「ご冗談を。早々に諦めて閉じこもった儂等と違い、轡木さんはまだまだ現役でしょうに」

 

 「私の仕事等、若い人たちが行き詰った時にほんの少し背中を押してあげる程度のものですよ。老兵がいつまでも前線に立ち続けるわけにもいきません」

 

 驚く私を余所に、互いに懐かしそうに会話を交わす轡木氏と柳韻師。この二人がかつては上司と部下の間柄だったのは知っている。話から察するに彼は、轡木氏が呼んだのか……?

 

 「しかし、どうにもえらいところに押しかけてきてしまったようですな。あの少女たちは元に戻れるのですか?」

 

 「……痛ましいことです。まだ私の口からは何とも言えません。原因すら、まだ定かではないようでして」

 

 ……いや、今はこちらのことだ。かつての恩師とはいえ、私の邪魔はさせない。あの少女たちを見てきたというのなら尚更だ。話を続けさせてもらうことにする。

 

 「……奴らの狙いは私と一夏でした。今回の災厄を学園に齎したのは私なのも同然です。やはり、私はこんな外部からもわかりやすい所属場所を作るべきではなかったんです」

 

 「そういった場所をつくることこそが一夏君を守ることにも繋がると、私はここに来る前の貴女に話してあった筈ですよ?」

 

 「今回の結果を見てまだそれを言えますか……? 奴らは無関係の他者を平気で巻き込む。こう守るものが増えては本来私が守るべきものすら満足に守れなくなります」

 

 「……貴女の不満は理解できますが、なんにせよこれは受理できませんね」

 

 「学園長……!」

 

 「冷静になりなさい、織斑先生。相手は他でもない、貴女に揺さぶりをかけにきているのです。ここで貴女がIS学園を離れることこそ、相手の思う壺だとは思いませんか?」

 

 「何……?」

 

 轡木氏の思いも寄らぬ言葉に、次第に余裕がなくなり始めていた私は思わず顔を顰めてしまう。

 

 「このIS学園がいかな経緯で建立されたのか、知らない貴女ではないでしょう。私のような老骨が無理を押してここの長に収まることに決めたのは、全ては今回のような『間違い』が引き起こされるのを未然に防ぐためでした。しかし年々要所からの圧力が強まってましてね……貴女を呼んだのは、最早私の手だけでは彼らを抑えることが出来ないと判断したからです。流石に、『戦女神』が見ている下にただ成果をあげることのみを急いだ非道な実験の要求などそうそう出来まい、とね。効果は覿面でしたが……最近になって、いい加減痺れを切らし始めたようでしてね。『彼ら』を使って、貴女をどこかに追いやる、あわよくば始末出来ないかと画策してるのかもしれません」

 

 「……ならば。今回の敵の、裏にいるのは……」

 

 「……そういうことです。消し去ることなど出来はしないんですよ。仮に出来たとして、その道が一夏君の安寧に繋がると思うのですか? 貴女は」

 

 「っ……!」

 

 その可能性は考えてはいた。考えてはいた、が……やはり、『甘かった』のだろう、私は。最後の最後で、まだ敵をこの手で排除して『見せしめ』にしてやりさえすれば、などと安易に自分の中で答えを出してしまったのだから。

 柳韻師の方を見やると、どこか嬉しそうな表情で私を見ながら一度だけ頷いた……参った。本当に、この人の言うとおりだったわけだ。私も結局、あの束と初めて出会ったあの日からさほど成長できていなかったということ、か。

 

 「とはいえ……いくらこの世界における絶対的な肩書きがあるとはいえ、実際は一人の新任教師に過ぎない貴女に色々と背負わせてしまったのも事実です。私もそのことは、大変申し訳なく思っていますが……私は、いよいよ相手は本腰を上げてくる頃だと読んでいます。来るべきときへの備えは、少しでも多くしておきたいのです。お願いです、織斑千冬さん。もうしばらく、このIS学園を守るために、お力添えを願えませんか?」

 

 「…………」

 

 轡木氏は作業帽を脱ぐと、深く私に向かって頭を下げてくる。柳韻師は何も言わず、いつか見た、ただ私を試すような視線を私に向ける。

 

 ――――私は……

 

 「……是非もありません。これから先もここで弟を預かって頂き、守っていただけるのであれば」

 

 「ありがとうございます。では、これは――――」

 

 私の返事を聞いて満面の笑みを浮かべると、手にした私の辞表を破り捨てようとする轡木さん。

 しかしそうしようと手が動いたところで、私たちがいた学園の応接間の扉が突然開いた。

 

 

 

 

 「……貴女ですか。今は非常時故、警備責任者の織斑先生と協議をするので、終わるまでは誰もここに入らないように通達を出していた筈なんですがね」

 

 「お邪魔してごめんなさいね。けどこっちも急ぎの用でね。悪いけど、罷り通させてもらうわよ」

 

 扉を開けて現れたのは、ミーティアだった。奴は相変わらず、最早空気を読むなどという行為は奴の辞書にはないと言わんばかりの豪奢な雰囲気を存分に振りまきながら、轡木氏の前に行こうとする。

 当然、私はその前に立ち塞がった。ミーティアはそれを気にした様子もなく、笑顔で私に向けて手を振る。

 

 「ハァイ、チフユ。賊に襲われたってね。無事でなによりよ」

 

 「割と洒落では済まなかったが、お前に言われるとそうでもなかったような気がして不思議だよ……目障りだと言われた筈だが? さっさとどこかへ失せろ」

 

 「う~ん、相変わらずのセメント対応ね。ゾクゾクきちゃう……ま、この際貴女でもいっか。用件自体は貴女のことだしね。あーでも一応、体面上まずは学園長さんに見てもらわなきゃいけないものだから……ちょっと、悪く思わないでね?」

 

 「……!」

 

 それだけ言って手にした書面を適当な動作で轡木氏に放り投げるミーティア。私は阻止しようと手を伸ばそうとして、他でもない轡木氏に手で制され未遂で終わる。

 そして書面を空中で手に取った轡木氏はそれに目を通し……彼の穏やかな目が一瞬だけ、細く見開かれたのを見た。

 

 「……これは、事実ですか?」

 

 「ちゃんと見てよ。IS委員会理事たちの承認印、全員分あるでしょ? ……チフユ、ついてないわね。IS委員会からの召喚状よ。今回ここで起こったことに関して各国のおじさんたちに説明してきなさい、だって」

 

 「なんだと……」

 

 「まあ、仕方ないんじゃないかしら? 今までは物的とか、人的被害が出てもIS学園外の人間だったけど、いよいよ関係者、それもよりにもよって生徒に直接被害がでちゃったわけだしね。誰かが責任取らなきゃならないでしょ、これは。貴女、警備責任者なんですってね?」

 

 ミーティアのいかにも自分には関係ない、といった態度がいちいちこっちの癪に障る……尤もこの女は自分が当事者だったとしてもこの態度だったかもしれないが。こいつはそういう奴だ。

 しかし、IS委員会からの召喚だと……? まだことが起こったばかりのこのタイミングでか。この件、やはり……!

 

 「……待ってください。このような事件が起こった直後に、よりにもよって学校の警備責任者を校外に出向させろと? 流石に学園の責任者を預かる立場としては承認できかねます」

 

 轡木氏が尤もな理由付けで書面をミーティアに返そうとするも、ミーティアは受け取らずにただ口を尖らせてさらに続けた。

 

 「だから、ちゃんと読んでくれた? それに書状を預かっただけの私に文句を言われてもね……チフユから話を聞かなきゃいけないのは、何も彼女が学園の警備責任者だったからってだけじゃないのよ?」

 

 「何が言いたい?」

 

 「チフユ、あなた……『零落白夜』を使ったでしょう?」

 

 「それがなんだという!!」

 

 「アンタの単一仕様能力はISによって生み出された現象をその『起きた事象』ごと消失させる力だ。そいつで今回の量子空間を無理矢理消したのが、今回の意識不明者に影響したってのを否定できないってことだ……早い話、アンタは今回の事態を引き起こした元凶なんじゃないかと疑われてる」

 

 「……!」

 

 ミーティアの後を引き取ったのは、開いた扉から追って現れた第三者だった。そいつは今まで見たことがないような、いっさいのおちゃらけのない厳しい目をしていて、私の姿を見つけた途端どこか申し訳なさそうに目を伏せた。

 

 「篝火……!」

 

 「済まん千冬。アタシとしてはアンタを守るために実況見分に立ち会ったんだが、いくら調べても『ISスクール』自体には異常は見られなくてな。後から持ちあがったこの仮説を打ち消すだけの証拠が用意できなかった。恨むんならアタシを恨め」

 

 「…………」

 

 馬鹿な……あの事態を招いたのは、守るべきものを傷つけたのは私自身だったと、いうのか……?

 

 「んな顔すんな……信じてろよ、自分と自分のISを。それだけを力を持ちながら、アンタが今までやってきたことを。アンタがその力で一度でも、敵以外の誰かを傷つけたことがあったか? ……とっとと行くだけ行って戻って来い。あのジーサンの言うとおり、この『学校』はもうアンタにしか守れないんだからな」

 

 「篝火、お前……」

 

 「……そういうわけだ、轡木のジーサン。悪いけど今回は逃げられそうにない。けど、アタシだって諦めたわけじゃない。すぐにあの眠ってるガキ共を全員叩き起こした上で、連中の鼻っ柱に動かぬ証拠を叩き突きつけて千冬は直帰させてやっから少しだけ待っててくれ」

 

 「…………」

 

 「今はガキ共の傍にいてやりたい。そこのゴージャス女に証人として呼ばれて来たが、もうこんなもんでいいだろう。邪魔したな」

 

 来るだけ来て好き勝手喋った挙句にさっさと戻っていった篝火の言葉を受け、考え込むように指を組み深く目を閉じる轡木氏。しかし、それも数刻もしないうちにやめて首を振りながら息を吐いた。

 

 「……仕方がありません。織斑先生、申し訳ありませんが、引継ぎを済ませたら明日にでも向かって頂いてもよろしいですか?」

 

 「…………わかりました」

 

 「篠ノ之君……出来れば、君も彼女に同行して貰えませんか? 今回の相手の狙いから推測して直近で今一番身の危険に晒されているのは、間違いなくこの子です。君には彼女の護衛を依頼したいのですが」

 

 「この老いぼれがどこまで役に立つかはわかりませぬが、無論受けましょう。共に過ごした時間を思えば、この子は儂にとっても娘のようなものですからな」

 

 「……感謝します」

 

 流石に、こうなってしまってはもう轡木氏の力をもってしても私を守りきれないのは理解できた。納得はしている、が……最後の一言は正直余計だった。護衛など私には不要だし、これから四六時中未だ苦手意識のあるこの人に張り付かれるのは勘弁してもらいたいのだが。

 しかし、IS委員会か……あの連中と顔を会わせるのはこれで二度目だ。あまりいい思い出はない、気は進まないが、久方ぶりに申し開きに行くとするか。

 ……それに寧ろ、これはチャンスと考えるべきかもしれない。柳韻師もくる以上あまり無茶はできないが、連中の出方や話次第で私の敵を炙り出せる可能性がある。

 

 「話が纏まったようでなによりよ。じゃあチフユ、私もヒカルノと一緒に生徒たちのケアにあたらないといけないから戻るけど、引継ぎの準備ができたらちゃんと伝えなさいね」

 

 「……何を言っている?」

 

 が、そうして私がいい方になんとか考え始めていたところに、今回この凶報を持ってやってきた女が再び水を差した。

 

 「だって貴女の後任がいるでしょ? 一応、これでも貴女と同じ戦女神よ。貴女の不在中くらいなら、代わりは出来るんじゃないかと思ってたんだけど」

 

 「…………お前に責任者が務まるのか?」

 

 「失礼しちゃうわね。私、今でもいくつかの企業や営利団体の会長を兼任してるのよ? 自分で言うのもなんだけど、お偉いさんたちと折衝のつけるのなんかは寧ろ貴女よりは向いてるんじゃないかと思ってるわ、『脅し』が効くって意味でもね」

 

 「そう、だったな……」

 

 ……確かに、先程の轡木氏の話を聞いた限りでは他に適任はいなそうだ。今一つ信用ならないこの女に後を託すのは不本意この上ないが、この上では仕方ない、か……

 

 「頼めるか、ミーティア」

 

 「最初からそのつもりよ。でもまぁ、柄じゃないのは自分でもわかってるから、早く帰ってきなさい。それに私、貴女と決着つけるの諦めてないからね」

 

 「フン……お前がちゃんと役割を果たしたら考えてやるさ」

 

 「ふふ……楽しみにしておくわ」

 

 ミーティアは私にそう言って微笑みかけると、今度はミーティアを見ながら厳しい顔をしながらも何も言葉を発しなかった柳韻師の方に不意に意識を向けた。

 

 「あら……誰かと思ったら、随分と懐かしい人が来てるのね。お久しぶりね、『お兄さん』?」

 

 「ぬ……お主、まさか」

 

 柳韻師はミーティアに呼びかけられ、何かに気づいたように少し驚いた様子で目を丸くするも、またすぐに先程までの厳しい顔に戻る。

 

 「柳韻師。ミーティアと会ったことがあるのですか?」

 

 「……お前が儂の家へやってきてからそう間もない内に、一度な。ふむ、あの時の少女がまさか、今や二人目の戦女神とはな……成程な、儂も歳をとるわけだ。もう十年以上も前のことをよく覚えておったな」

 

 「当たり前じゃない、貴方とシンジョウにはとってもお世話になったもの……あの頃から素敵だと思ってたけど、今の貴方もいいわね。その白い髪、好きよ」

 

 「ミーティア! 失礼だぞ!!」

 

 この女が不遜なのは今に始まったことではないが、流石に柳韻師の髪に触れようと手を伸ばしたのは見過ごせなかった。手を払いのけて叱りつけると、ミーティアは悪びれもせずに肩を竦めた。

 

 「あら残念。『あの頃』は届かなかったから、今度こそはと思ったんだけど」

 

 「こんな場所で時間を無駄にしていないでさっさと行け。お前みたいないい加減な女でも待っている生徒がいるんだろう」

 

 「そうね……じゃ、チフユ。おつとめ、がんばってね」

 

 今度こそはと追い出しにかかると、ミーティアも流石に私が苛立ち始めているのがわかったのか、大人しく従おうとする。

 が……それを、思わぬ者の一言が止めた。

 

 「成程ね……これで、貴女の思い通りというわけですか。エリザベス・ミーティアさん」

 

 それは轡木氏が不意に放った一言だった。彼特有の、大いに含みこそ感じるものの毒気はまったく感じられない穏やかなこの一言に、ミーティアは振り返ることはせずに歩みを止める。

 

 「……何か引っかかる物言いね? 今回のこと、ずっと収拾に努めていた私を疑っているの?」

 

 「いえいえ、単に事実を述べただけですよ。私も昔の貴女を知っていますが、貴女はすぐに人のものを欲しがる子でした。織斑先生(かのじょ)のような、貴女自身が認めた人間のものは、特に。一年前の戦女神の件から始まって、奇しくも今回もそうなったというだけの話です」

 

 「……で、それが? 私がチフユの後任として気に入らないならはっきり言うべきじゃない? 別に私だって好きでやるわけじゃないのよ?」

 

 「いいえ、確かに貴女以上の適任はいないと私も思っていますし、是非お願いします……ところで、一つ気になることがあるのですが」

 

 「なにかしら?」

 

 「私が普段、用務員として校内を見て回っているのは知っているでしょう? 今回も事件の後、同じ体で少し校内で色々な人から話を聞いて回りましてね。いやはや、この見窄らしい格好では仕方ないですが相手もしてくれない子も多いんですが、ちゃんと話をしてくれる奇特な子も何人かいまして。今日も、そんな子の一人から興味深い話を聞けたんです」

 

 轡木氏は一体何を言いたいのか、と、恐らくここにいる誰もが思っただろう。ミーティアも無視して行こうともしないものの、こちらを振り返る気配もない。

 しかし私たちが怪訝な表情を隠そうともしないのも構わず、轡木氏は相変わらず穏やかな調子で続ける。

 

 「今回の事件で意識不明になった少女の一人の友人の子でしてね……『その瞬間』を見ていたようなんですよ。なんでも、影しか見えなかったそうですが確かに炎を纏った犬のような姿をした怪物に襲われていたそうです――――それを聞いて、少し引っ掛かったんですよ。ミーティア先生、私はその場にいなかったので見ていないのですが、貴女はこのIS学園にやってきた当日、『炎のような力』を用いて第六アリーナの天井の風通しを良くされたそうですね?」

 

 「……!」

 

 その一言で、今度は全員の視線がミーティアの方に注がれる。

 ミーティアは振り返らない。しかし、その背中から放たれる気配は明らかに先程までとは変わり始めているのがわかった。

 

 「…………それで? 面白い話だとは思うけど、それだけで私をこの事態を引き起こした犯人扱いするのはあまりにも乱暴すぎないかしら?」

 

 「まさか。そんなことは一言も言っていませんよ? ただ、織斑先生から警備責任者を引き継ぐ貴女の耳には入れておいたほうがいい話だと判断したまでです。まあ疑われるのがお嫌なら、そろそろまだ研究段階なのを理由に一向に私たちにデータを回してくださらない『今の』貴女の専用機の情報を少しはくれてもいいと思いますけどね。なんならここで展開して見せてくれませんか?」

 

 「そう。ありがとう、話してくれて……じゃあ、それで話が終わりなら今度こそ失礼するわ」

 

 だがミーティアは轡木氏の言葉に対して特に何か行動を起こすでもなく、そのまま扉から出て行った。

 ……確かに奴自身の言うとおり、証拠としては弱いだろう。だが、今の轡木氏の言葉でここにいる全員があいつに対して疑心を持った。

 ここに至って不安になる。一応は知らない仲ではない以上あまり考えたくない事態だが、仮に奴が黒だとしたら私はこれからここを留守にして発ってしまっても良いのかと。

 

 「……良いのですか轡木さん、千冬を行かせて。あの娘、底が知れませんぞ。いざ乱心されでもすれば、儂でも手に負えるかどうか」

 

 私と同じことを思ったのか、柳韻師も轡木氏に対して懸念を伝えるも、轡木氏は微笑みを消さないまま、私の方を見ながら答えた。

 

 「IS委員会からの命令ではやむを得ませんよ……心配は要りません。あの子は大抵の事は容易く独力で実現できるだけの能力があるが『故に』、抱いている欲求がわかりやすい。ここでことを起こせばそれが叶わなくなることくらいは、彼女自身も把握している筈です」

 

 「ミーティアの欲求、ですか?」

 

 「ええ。恐らくは今になってこのIS学園に赴任してきた理由にも繋がることです。そのことをチラつかせれば私の目が届くうちは手綱も握れると思います。まあ……あの子のことも考えて学園の防衛については彼女に一任ではなく、これから急場で人を集めます。心配でしょうが、一夏君のことはお任せください」

 

 ……不安はある。だが今は、この轡木氏の言葉を信じるしかないのだろう。

 かつて柳韻師はおろか、『あの男』の上司を務めていた人。この国という規模で見ても一角の人物である彼だ。少なくともこういった組織の運営といったことについては、私などとは年季が違う。

 

 「とにかく織斑先生。申し訳ありませんが、IS委員会の方は宜しくお願いします。何、気負うことはありません。知っているかと思いますが、彼らは貴女にはそこまで強くは出れません。彼らはまだ、貴女の影に束ちゃんを見ていますから」

 

 「わかっています。精々、『絞られてきて』やりますよ」

 

 「お手柔らかにお願いしますね。あそこには私の友人も何人かいますから」

 

 冗談めかして片目を閉じながらそんなことを言う轡木氏を見て、少しだけ気が楽になる。

 家を出た頃は、これからずっと私一人で一夏を守っていくのだと誓った。しかしそれでは駄目だと私を諭した奴がいて、そいつと共にいるうちにいつしか私の周りには心強い味方が出来ていった。

 だが今、その私を諭した張本人はかつての私と同じ道を進もうとしている。それが許せなくて、今度は私があいつのようにはいかなくても、かつてのあいつのように生きたいと思った。それが今も出来ているのかは正直なところ、自信はないが……少なくとも、志したこと自体はきっと間違ってはいない。それをあいつに見せつけてやる意味でも、今逃げるわけにはいかない。

 

 「はい……手短に終わらせて戻ってきます。必ず」

 

 決意を固めて、私も引継ぎの準備のために部屋を去ろうと踵を返す。しかし、それを遮るように柳韻師が私の前に立ち塞がった。

 

 「柳韻師……?」

 

 「……今回の賊は一年前お前を襲った奴と同じ者だった。違うか? そうでなければ、お前がここまで責任を感じて職を辞そうなどとは思うまい」

 

 「……!」

 

 状況を良く知らないはずの柳韻師にあっさり起こった事実を見抜かれ、息を飲む私を見て、柳韻師は目を細めて静かに言った。

 

 「千冬、ここには轡木さんもおる。よい機会だ……あの時。モンド・グロッソの場で何が起こったのか、ここで一度吐き出してみよ」

 

 「それ、は……」

 

 「それを聞かんことには、儂等に何がしてやれるのかすらわからん……お前の考えていることは大体想像がつくが、ことに『奴』が関わっている可能性がある以上、儂もそれを慮ってばかりもいられなくなった」

 

 「『奴』とは?」

 

 「……儂を今日、この場所に招いたのは『神城』だ。恐らく、今回のこととも奴は無関係ではあるまい。儂自身、儂の思うように動いたつもりではあるが、知らずのうちに奴の都合のいいようにされてしまっていたかもしれんのう……」

 

 「……!」

 

 思いもかけない名前を聞き、つい反射的に殺気立ってしまったものの、少し思いに耽るような柳韻師を見てすぐに思い直す。

 束には随分前に警告されていた。あの男が生きている以上、いつかはこちらに関わってくるのはわかってはいた筈だと。

 

 「……かつては、友と呼び合った仲ではある。あの時以来袂を別ったつもりではあったが、道を違えているのなら見て見ぬ振りはできまいよ」

 

 「柳韻師には悪いですが……私はあの男を許せません。今後もし、私の前に現れるようなら、『敵』として処理します」

 

 「よい……お前が儂に気を遣う必要などない。儂がお前から話を聞きたいのは、奴を儂がどうこうしたいからではない。奴のことも含め、お前たちを狙っておる敵のことを少しでも知りたいのだ」

 

 「確かに……私たちがこれから相対する相手の実力の程は知っておきたいですね。織斑先生、お辛いことを思い起こさせるようで申し訳ないのですが、出来たら話して頂けませんか?」

 

 柳韻師からだけでなく轡木氏からまでも促され、気こそ進まないものの、私は今まで思い返さないようにしてきたことを、頭の片隅から引きずり出すべく目を閉じて思いを馳せた。

 

 ――――あの忌まわしい、一年前の記憶に。

 

 


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