IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百六話~零れ落ちていくもの~

 

 『遅れてごめんね、一夏君。後は私に任せて、君は布仏さんのところに行って。こっちはすぐに片付けるから』

 

 更識先輩は自身のISのシールドで俺を守れる位置取りをしたうえで、自ら起こした大爆発であの蜘蛛女を吹き飛ばすと振り返って安心させるように微笑みながらそう言い残し、吹き飛んだ際敵が突き破った天井の穴に向け、あれもISで操っているのか自らの周りをふよふよと漂う水を器用に足場にしながら飛び移っていった。

 

 今は指示通り、様変わりした白式と共に布仏を避難させた場所に向かっている。途中でどういうわけか校舎内が大洪水に見舞われ焦ったりもしたが、押し寄せてくる水は雫の一滴すら俺に触れることなく空間内に満ち、すぐに窓を破って外に溢れ出して行く。

 ……イメージインターフェースを活用すれば、こんなことまで出来るのか。あの蜘蛛から逃れるために自身が床に落ちないようにするだけで精一杯だった俺がこの域に達するのはまだまだ先が長そうだと、改めて気を重くする。最近なんとか雪蜘蛛のイメージの方も形になり始めていたのもあり、少々調子に乗っていたが、ものの見事に鼻っ柱を圧し折られた気分だった。

 

 「つったって無茶しすぎだろ更識先輩……まだ布仏だっているんだからさ」

 

 『お前と違うんだ、抜かりはないさ……フン。本当にさっきはひどい有様だったな、お前。あの人が来なかったらどうするつもりだったんだ?』

 

 「……テメエに言われたくねぇよ。あんな糸虫メカなんかにあっさり沈められやがって」

 

 『…………』

 

 「…………」

 

 おまけにこの人をどこまでも舐め腐った同行者の存在がますます気を重くさせる。

 ……言われなくてもわかってる。俺は、実質あの敵に完膚なきまでに負けた。後ろに守らなきゃいけない奴を背負っていたのに、だ。もし助けが来ていなかったらと思うと、考えただけで顔を覆いたくなる。

 

 『……それだけじゃない。今回お前が守れなかったのは、あの子だけじゃない』

 

 「? ……何が、言いたい」

 

 『ここでのことに始末がつけば嫌でもわかるさ……おい、『一夏』。結局お前は同じだよ。あの時、レイシィを守れなかったお前と何一つ変わってなんかいない』

 

 「っ……!」

 

 『でも、それでも『折れたまま』でいるのはやめたんだろう? なら、逃げるなよ。これから先、待っている現実に。どんなに残酷なことを叩きつけられても、絶対に。俺はそのために、お前に力を貸してるつもりだからな』

 

 「ああ……俺は誰でもない、お前に言ったんだ。『前に進む』ってな。嘘にするつもりはないよ」

 

 『……何も、全部丸ごと守れなくたっていいんだ。全部台無しにして、おもいっきり後悔したっていい。でも……あの、最初の想いを。『織斑一夏』の最初で最後の願いだけは、捨てないでくれ。それを抱えたお前が何処まで走れるのか、最後まで見せて欲しい』

 

 「お前……わかってるっての。言われなくたって、やれるところまでやってやるさ」

 

 『なら、いい……時間、みたいだ。俺は元に戻る。ここが崩れれば、白煉もすぐ戻ってくるだろう。あいつによろしくな』

 

 「お、おい!」

 

 そんな同行者も、やたらと意味深で気になることばかり好き勝手に喋っておいて、なんら説明のないまま、道中でいきなり廊下内に走った緑色のノイズに呑みこまれて、まるで最初から何も無かったかのように、量子空間諸共幻のように消えていく。

 

 ――――!

 

 そして、俺もすぐに今までいた現実に戻るかと思われたその時。校舎の一部を、突如黒い光が抉り取った。

 

 「なっ……!」

 

 幸い、光が抉ったのは現実ではなく量子空間上の校舎であったらしく、光が切り取った場所からはすぐに緑のノイズを帯びていない、見知った現実のIS学園の廊下が姿を現し始める。

 ISの位置情報で検索すると、更識先輩も大分光が直撃した場所の近くにいたようだが無事のようだ。それにしても、いったい何処のどいつがこんな真似を――――

 

 「……!」

 

 元凶を探していたところで強い殺気を感じて、すぐに出所を探る。その先に、見たことのない――――いや寧ろ、『形だけなら』嫌というほど見知ったISが、その特徴的な仮面のようなーバイザーごしでもわかる程の、濃密な殺気をこちらに叩きつけてきているのがわかった。

 すかさず睨み返してやると、相手は何かに気がついたように少しだけ俺から目を逸らして校舎の他のところに注意を向けたものの、すぐにこちらを再度顔を向けて殺気を放つと先程の黒い光を帯びたブレードで背後の空間を斬りつけ、それによって開いた量子空間の裂け目に身を滑り込ませる様にして逃げていった。

 

 「なんなんだあいつは……!」

 

 あの剣呑な雰囲気から敵であるのは間違いないだろうが……それにしたって、お互いに顔も知らない相手にしては妙にドロドロした感情の乗った殺気だった。露骨に顔を隠していたことといい、どこかで俺と面識があった奴、なのか……? それにしたって、あんな殺気を向けられるような真似をしたことについては、身に覚えがないのだが。

 ……いや、いい。敵をこのまま今回の落とし前もつけさせずにまんまと逃がしてしまうのは癪に障るが、今はもっと優先しなきゃいけない事がある筈だ。

 

 思い直して、まずは先程の光が直撃した場所をISのハイパーセンサーで確認する。位置情報を見ると、更識先輩は直撃点の近くにいたようだが上手く凌いだのか無事だったようで、取り敢えず一安心した。

 

 「後、は……」

 

 事情が事情だったとはいえ、結局俺の事情で置き去りにしてきてしまった女の子がいる。

 多分、凄く怒られるだろうが……早く、迎えにいってやらなくちゃな。

 

 

 

 

 「っ……」

 

 例の生徒会室の隠し扉を潜った俺を待ち受けていたのは、出会いがしらの張り手(ビンダ)だった。

 受け止めることもかわすことも出来たが、不意打ちに対し条件反射で動きそうになる体を押さえつけあえて受ける。そうしなくちゃいけない気がしたからだ。

 簪も一見大人しそうな雰囲気に反して割と鍛えているのは知っていたが、結構鋭い一撃に少し目が霞んだ。しかし幸い、一瞬危ぶんだ二撃目はこなかった。

 

 「…………!」

 

 その代わり、いきなり胸の中に飛び込んできて、そのまま泣き出してしまった。

 ……参った。いつか所長が言っていたが、泣き叫びたいのに声が出ないってこんなになるのか。確かにこれはさっきのビンダを百発打ち込まれるよりよほど効く。

 悪いのは俺だ。でも今言葉だけで謝っても簪に聞き入れる余裕がない以上言い訳みたいでみっともないし、かといって他に何か言えるわけでも、出来るわけでもなく。せめてもの慰めとして、震える簪の肩にそっと手を添えてやることくらいしか、俺には出来なかった。

 

 「…………」

 

 結局。先程から崩れ始めた量子空間とやらが全て緑色の光となって消えてなくなるまで、生徒会室の隠し部屋で目の前で泣く簪に何もしてやれないまま、俺はそうやって立ちつくしていた。

 

 

 

 

 「…………」

 

 「ああ、いいよいいよ。俺のほうこそごめんな。傍にいてやれなくて」

 

 突如学園を襲った量子空間がなくなって少しして、漸く気を取り直した簪は今度は急に真っ赤になって、最早いつものメモを取り出す余裕もないのかペコペコと頭を下げだしたので、こちらも手を振って大丈夫だとアピールした……正直張り倒された左頬はまだちょっとヒリヒリしたが。

 

 で、なんやかんやで隠し扉から生徒会室に戻り、最早どこにも緑色のノイズのない生徒会室から俯いている簪の手を引いて外に出たところで、

 

 「良かった……二人とも、無事だったみたいね」

 

 「…………!」

 

 今日の命の恩人が、いつもの調子で声をかけてきた。見た感じ、どこか怪我をしたとかはなさそうだ……にしても、この人にはまたデカすぎる借りが出来た。先のあの学校ぐるみの茶番についても怒れなくなっちまったな。

 

 「今日はありがとうございました更識先輩。助かりました」

 

 「謝るのはこっちのほう……ちょっと、間に合わなくてごめん。後でちゃんと診せてね、一夏君。君、今ひどいカッコしてるよ?」

 

 「うおっ……」

 

 更識先輩に指摘され、改めて自分の状態を確認すると、まさにその通りだった。白いIS学園の制服が肩口から裂け、そこを中心に血で真っ赤に染まってしまっている。あの女の蜘蛛型ISにやられたときの傷だ、俺自身は白式が俺のところに戻ってきてくれた時点で再生が始まっていたのかもう特に問題はなさそうだったが、これでそこらを歩いては先生に捕まって即座に病院に搬送されてしまいそうだ。

 簪もその時になってやっと気づいたのか、俺の方を見て顔が蒼白になった。そんな簪の反応を見て、俺は慌てて腕を振って健在をアピールしようとするも、

 

 「だ、大丈夫だって布仏! 俺はほら、なんともっ、てっ……!」

 

 逆効果だった。流石に白式の力をもってしてもまだ完治していなかったのか、肩に鋭い痛みが走って思わず顔を顰めてしまい、簪の表情はますます険しくなる。あのクソ蜘蛛、思ったより深く刺しやがって……!

 

 「……!」

 

 「まったく……無理しないの。ほら、大丈夫?」

 

 「いや、大丈夫です。ひ、一人で立てますから、先輩。何さりげなく服脱がそうとしてんですか」

 

 「傷。見ないと安心できなーい」

 

 「わ、わかりましたから。自分で出来るからやめてください! 後、当たって……!」

 

 とっさに寄ってこようとする簪だが、つないでいた俺たちの手をさりげなく引き離すような動きで纏わりついてきた更識先輩に遮られ、そのまま立ち止まってしまう。

 一方の更識先輩はそんな簪を他所に俺をいじり倒してきたものの、やがてやっと簪の存在に気がついたように彼女に目を向けた。

 

 「で? ……あなた、なんでここにいるのかしら?」

 

 「…………!」

 

 「ま、なんとなく何があったのかは想像つけどねー……精々、人質にとられでもして一夏君の足でも引っ張ったんでしょう? 代表候補生よね、あなた。流石に敵を捕まえろとか一夏君を守れとかまであなたに求めるつもりないけど、せめて彼のことを助けてあげられるくらいの力はあったんじゃないの?」

 

 「…………」

 

 「さ、更識先輩……! 布仏は……!」

 

 「……確かに、厳しいこと言うようだけどね。でも間違ったこと言ってるつもり、ないよ。ねえ布仏さん。あなた、『どうしてIS乗りになったの?』」

 

 「……!」

 

 「あなたの抱えてる恐怖が普通の人よりも大きいのはわかる。それを克服しろとまでは言わないけど、こういう時に動けないのは話にならない。ただISの『競技』を続けたいだけなら、悪いことは言わないわ。ここも代表候補生もやめて、布仏の家に帰りなさい。それがあなたのためよ」

 

 更識先輩の厳しい言葉に、簪は俯いたまま何も返すことができない。

 俺は今日あんなことがあった後にこんなことを今わざわざ言う必要があるのかと更識先輩に対して怒ろうと思ったが、それは他でもない、簪によって止められた。俺が口を開こうとした途端、簪がこちらを少しだけ見て小さく首を振ったのだ。

 

 ――――この人の、言うとおりだから。

 

 口元が微かに、そんな言葉を紡ぐように動いた気がした。

 けど、いいのか。と俺が戸惑っているうちに、簪は一度目を瞑り、やがて何か決心したように目を開けると、いつものメモとペンをとりだして徐に書込みを始め。

 

 『私が何も出来なかったのは、事実。けど、それと別に生徒会長に一つ聞いておきたい』

 

 そして、すぐにそんなメモを書き上げ、俺たちに見えるように突き出した。

 

 「……何かしら?」

 

 『今度のこと。更識は、関わっているの?』

 

 「…………」

 

 簪が次のメモを見せた瞬間、明らかに更識先輩の雰囲気が変わった。いつもの穏やかでありながら不敵な感じは鳴りを潜め、その内側を一切伺えない能面のような無表情になって、殺気と似ているようで違う背筋が縮み上がるような冷気を感じる視線を一瞬だけ簪に向けた。が、次の瞬間にはいつもの雰囲気の更識先輩が呆れたように溜息を吐いていた。

 

 「……もう。それを今ここで聞くわけ? まあいいわ。ねえ布仏さん。収拾役に先生たちじゃなくてわたしが率先して出てきているこの時点で、どうして更識が無関係じゃないなんて思えるの?」

 

 「…………!」

 

 簪は、更識先輩のその言葉を聞いて驚いたように目を見開いた。その瞳には、怒りと失望がありありと見て取れた。

 

 「……! ……!」

 

 直後。簪は更識先輩の前にまるで俺を隠すように立ちはだかり、怒りのあまり自身の身のあり方すら忘却したのか、声にならない言葉を更識先輩に向けてぶつけ始めた。

 更識先輩はそんな簪を見ても特に心を動かされた様子もなく首を横に振り、

 

 「もうこうなっちゃったらダメね……ごめん一夏君。生徒会室に清掃用のツナギが一着あるから、それに着替えて保健室に行って。前に轡木さんに支給してあげようとしたけど、まだ今のを着れるからって返されちゃったヤツだから、多分君でも着れる筈よ。わたしが診てあげたかったけど、これじゃもう今日は君に近づけそうにないからさ」

 

 「そ、それはわかりましたけど、でも……」

 

 「今日のことは後でちゃんと説明するわ。今日はもう無理だろうから、体に問題がなかったら明日にでも生徒会室に来て……わたしと一緒なのが不安なら、あなたも一緒に来ていいよ布仏さん。虚も連れてくるから、言いたいことがあるならその時改めて『ちゃんと』言いなさい」

 

 「……!」

 

 俺と簪を生徒会室に押し戻すと、自分はそれだけ言い残して一足先に出て行った。

 

 やっぱり、何か変だ。更識先輩は確かに抜け目なくて油断ならないところはあるが、基本的には敵味方問わず常に余裕や遊びを忘れずに振舞えるタイプの人だ。けれどどうにも簪が相手だと、その持ち味が明らかに損なわれている気がしてならない。なんと言うか、わざとあんな態度をとっているようにも見える。

 

 「…………」

 

 しかし、そんな風に考えを巡らせるのもそこまでだった。先程まで火のついたように怒っていた簪が、その怒りを向ける対象がいなくなった途端、力を失ったようにその場に膝から崩れ落ちてしまったからだ。

 

 「お、おい! どうしたんだよ、布仏……!」

 

 「…………」

 

 簪は答えない。さっきまで手にしていたデフォルメされたネコのイラストがプリントされたペンが、手から力が失われるのに伴って音を立てて床に落ちた。

 先程のこの二人のやりとりにどんな意味があったのか、今の俺にはさっぱりわからないけれど。この簪の反応を見るに先程の更識先輩の言葉は、余程彼女にとって許せないものだったんだろう。しかし今一瞬だけ覗かせた彼女の瞳には、怒りではなくもうこの先どうしていいかわからないといった感じの、深い絶望の色があった。

 

 ――――ごめんなさい、織斑君。

 

 結局その後、保健室に向かう途中も簪は俯いたまま一度も視線をあわせてくれず。

 そんな声にならない言葉だけを一つだけ残すと、保健室に俺を残して去っていった。

 

 

 

 

 「ちょっと、どうなってるんですか!? 恵美は大丈夫なんですか!?」

 

 「友達なんです! 助けてください!」

 

 「……ごめんなさい。私たちも調べているけど、原因はまだわからないの。とにかく病院に搬送してもっと詳しく調査が必要だから、心配なのはわかるけど今は待って」

 

 保健室にきたはいいが、ここはここで大騒ぎになっていた。ベッドルームのカーテンは完全に閉じられ、その前に立っている保険医の先生を複数のIS学園生たちが取り囲んで詰問している。

 ……何か、無性に嫌な予感がした。とにかく何か事情を知ろうと、先生に群がっている生徒の一人に声をかけようとして、

 

 「あ……」

 

 その喧騒の中から外れた、待合の椅子のところに、俯いたまま座っている。今日、あの襲撃があるまでは探そうとしてした奴を、とうとう見つけた。

 

 「箒……何が、あったんだ?」

 

 「一夏、か……」

 

 ここ最近では悩んでいる様子こそあれ、ここまでどんよりした雰囲気を纏うようなことはここしばらくなかった幼馴染のその様子が気になって声をかける。そして顔を上げた箒を見て、俺は思わず固まった。

 泣いて、いた。とても負けず嫌いで、小さいときから俺の前で涙なんてあの最初に出会った時以来滅多なことでは見せなかったこいつが。

 そんな箒を見て戸惑う俺を余所に、箒は震える声で、何があったのかを話し始め。

 

 「……!」

 

 それを聞いて俺は――――先程の『俺』が言った言葉の意味をここで漸く、理解した。

 

 

 




 本作におけるレイディの第三世代機能のビジュアル的なイメージは霧露乾坤網が割と近い感じかもしれません。
 まだ見てないですが封神演義アニメリメイクやってるみたいですね。仙界大戦メインでやってくれるのはあの辺りのエピソード好きな自分としては嬉しかったりします。聞仲は未だ自分の知ってる中でも最高の敵役だと個人的には思ってます。

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