IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百五話~炎中に沈む~

 

 

~~~~~~side「楯無」

 

 

 「……『ルーマニアの不死者』、ね。あんだよテメェ、その歳で吸血鬼を信じてんのか? 生憎、化けモンに知り合いはいねぇな」

 

 「そういうのいいって……だから亡国機業はこの際関係ないわ。一時期中東に活動拠点を置いてたあなたが何にも知らないじゃ通らないわよ」

 

 「…………」

 

 ……やっぱり。彼女の様子は、何も知らないでとぼけてるって感じじゃない。まあ、この状況で軽口がまだ叩ける胆力は大したものだけど、誤魔化しは許さない。

 その意思を視線だけで伝えると、彼女は一つ息を吐くとまるで自殺志願者を見るような顔で私を見た。

 

 「……悪いことは言わねぇ。連中に興味を持つのはやめるんだな。一族郎党根絶やしになるのがオチだぜ?」

 

 「その道はもう『通ったわ』」

 

 「……そいつはご愁傷様。ならテメェ、差し詰め復讐をブチかましてやりたいってとこか」

 

 「…………」

 

 「悪いが、今の奴らの居場所なんて私は知らねェな。テメェの知っての通り、私は昔イギリスでデカい仕事をブチ上げてから世界規模でお尋ね者でね。それっきり古巣とはさっぱり縁をきったのさ。あれからあのあたりじゃ国連の大規模なテロリストの掃討作戦があったみてぇだし、タイミングとしては悪くなかった。お偉い正規雇用の軍隊様方は、私らみたいなのには本当情け容赦ねぇからな。テメェがお熱の仇も、案外もうあの世でテメェの肉親と宜しくしてるかもな」

 

 「……そう」

 

 彼女の話は彼女の活動時期とも符号する。嘘を吐いてるわけじゃなさそうだけど……全部を話してるわけでもなさそう。まあいい、まだ時間は……

 

 「はぁ……!?」

 

 まだある。そう思ったところで、何故か今までこちらに命を握られていながら尚余裕を失わなかった敵の表情から、急に笑みが消えた。

これは……プライベートチャンネルによる通信か。誰から……?

 

 「あのパスカルが、一撃で瀕死だぁ……? くそ、織斑千冬って奴はどんな怪物だってんだよぉ!! 畜生、冗談じゃねぇぞ……アラクネェ!」

 

 ――――ギ、ギイィィィィィ!

 

 「……!」

 

 ――――嘘! 搭乗者だけでなくあの無人機の方も水で完全に拘束してあったず、動ける筈が――――

 いや、そう思っていた時点で恐らく私の落ち度だったんだろう。事実敵の無人機は全体的に黒いフレームを女郎蜘蛛のような毒々しい配色に変化させたと同時に私の水の拘束をああやって力尽くで振り切り、対応が遅れた私の前で、その特徴的な強化糸を発射して自らの搭乗者を捕らえ、腹部に格納して逃げおおせて見せたのだから。

 ……あの強化弦を全身のフレームに纏わせることで伸縮する所謂擬似筋肉にし、パワーを引き上げたといったところかな……敵ながら面白い発想と使い方だ。

 

 「……逃がさないわ。言ったはずよ、あなたの中の水はもう掌握してるって。内側から弾けなさい」

 

 自らの牙で壁に風穴を開けて逃走したISの方に向かって手を伸ばし、レイディに敵の抹殺を指示する。そう、結局やっぱり楽をしようと敵の口を割らせようとしたのが間違いだった。

 

 が、これもまた、失敗に終わった。

 

 「……!」

 

 指示を出す直前。白の中に僅かに桜色を帯びたノイズが一瞬量子空間内に激しく走ったかと思ったら、空間そのものがいきなり綻び出したのだ。

 不味い。今この空間が解除されたら、私達と一緒にあの逃げた敵ISまで現実世界に引き戻されることになる。この場所は元々敵が仕事をやりやすくするために構築したのだろうが、あの敵の性格からして戻ったら戻れたですぐさまその状況を利用して優位を取ろうとするはずだ。

 対してこちらはそういうわけにはいかない、向こうには丸腰の生徒たちや一般人が多くいる。こちらでは人的物的被害には最低限気を使えば後は気にせず好き勝手できたが、向こうではそうもいかない。

 

 「まったくもう、なんだってこのタイミングなの……!」

 

 愚痴を零しながら、それでもせめてこの場所が消えてしまう前に敵を確保することに意識を傾ける。しかし、一番の機を逃した私に二度目はもうやってはこなかった。

 

 緑色の色彩のノイズを放ちながら夢のように解けていく空間に、突如黒い光が投げ込まれた。光を塗りつぶすように空間を破断した光は、今レイディが感知している敵影が存在する位置をも容赦なく飲み込んだ。

 

 「な……!」

 

 予想外の外部からの攻撃。すぐさま光の発生地点を窓を覗いて確認する。

 

 「白、式……?」

 

 そこには白式と似通ったデザインの、漆黒のISが滞空していた。明確に白式と違うのは、顔全体を隠す、全身黒の機体の中で異彩を放つ赤い隈取が施された白い犬の仮面のようなバイザーだろうか。ISの搭乗者もバイザー越しに同時に私の方に気がついたようだが、すぐに興味を失ったように視線を逸らし、

 

 ――――!

 

 先程校舎を襲った、黒い光を纏ったブレードで量子空間を切り裂き、その隙間からすり抜けるように空間外に脱出していった。

 

 「あれ、は……! いや、それよりもさっきのクモIS、は……!?」

 

 みすみす新手を逃がすのも癪だが、当面は校舎内にまだいるあちらの方が先決だ。先程の攻撃は私ではなくあの敵をねらってのものだったようだが、まさか失敗したあの敵を始末しにきたなんてお約束な展開じゃ……

 

 「あ、れ……?」

 

 黒い光が文字通り削り取った空間から一気に空間の崩壊が進み、次第にお祭りの賑やかな空気が周囲に満ち始める。

 その中から改めて逃げた敵の姿を追おうとするも、最早ISの反応はおろか、先程まで私が制御した水の一滴すら、先程敵がいた場所には残ってはいなかった、。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 『ハァ~イ、無事で何よりよオータム。その様子じゃ成果は上々ってトコね』

 

 黒い光に呑まれたと思ったら、気づいた時にはすでに日本のアジトの中に放り出されていた。正直この量子化ってのはどうにもなれない。その間のことをまったく認識できない故に、いきなり時間が飛んだような感覚に陥るからだ。

 そんな中であいつのいかにもお気楽そうな通信をいきなり投げかけられれば、誰だって少しはイラッともくるだろう。

 

 「……仕事は終わった。私はもういくぞ、この臭い女とこれ以上同じ空気を吸いたくない」

 

 ……おまけ下手人のクソ生意気なガキも一緒とくればさらにくる。

 

 『ええ、ありがとう、エム。『黒のネメシス』の調整がギリギリ間に合ったのは僥倖だったわ、あなたがいなかったらパスカルは危なかったかもね』

 

 「どうでもいい。そんなことよりさっさと私にちゃんとした仕事を回せ。こんなくだらない雑用以外のな」

 

 『焦らない。織斑千冬を見て血が騒いでるのはわかるけど、前にあなたが傷一つつけられなかったあのパスカルの有様を見たでしょ? ……今のあなたじゃ箸にも棒にもかからないってわからない?』

 

 「…………」

 

 『まあ、次は多分あなたに任せることになるでしょうし、それまでにもっと腕を磨いておくのね。折角ドクトルがISを直してくれたんだし』

 

 「フン」

 

 私を拡張領域から放り出し、早々にISを解除したエムは、面白くなさそうに部屋から出て行く。面白くないのはこっちも同じだが、向こうから出て行ってくれるならそれに越したことはない。敢えて見送り、オープンチャンネルから聞こえる声の主であろうスコールに声をかける。

 

 「ったく……何が楽な仕事だ、死屍累々じゃねぇかよ。織斑千冬はともかく、あんなあぶねぇガキがいるなんて聞いてねぇぞ。テメェ一人安全圏から高みの見物決め込みやがって」

 

 『あら、これでも最低限仕事はしてたつもりなんだけど……まぁ、あの厄介な生徒会長さんはもうちょっと足止めできるかなって思ってたんだけど甘かったわね。大丈夫だった?』

 

 「助けがもう少し遅かったら内側から爆発四散させられてた程度にはな」

 

 『やっぱり元『鳴かずのカナリア』は過激ねー』

 

 「……! おい。お前今なんつった?」

 

 『あ、あなたも知ってた? そうよ。あの子は元々、秘密の多いロシアISの情報を狙ってやってくる他国の工作員や産業スパイ専門の『掃除屋』をやってた子なの。あの子が現役だった頃は私のところからも何人かロシアに送ったことはあったんだけど、誰一人帰ってこなくてねー。誰が考え付くと思う? あの一見、愛嬌たっぷりで人気者の『霧纏の淑女』の搭乗者本人が、黒い馬に跨った死神だったなんてね』

 

 「……あの拷問に妙に手馴れてそうだったのはそういうことかよ。ってオイィ! 情報があるなら先に全部開示しとけってんだよ!」

 

 『アハハ、ごめーん。今回の仕事は準備もちゃんとしてたしでくわすことは無いって思ってからね。でも、あの子から無事五体満足で逃げてこれたテロリストなんて多分あなたが初めてよ。誇っていいわ』

 

 「ふっざけんな」

 

 『フフ……まあ、恨み辛みは後日直接聞くわ、報告と一緒にね。合流地点は把握してるわね?』

 

 「ったく……確認してるが、私が行っていいのか? あそこは『例の』搬送先じゃねぇかよ、ノコノコ出かけていってパスカルに後ろから刺されるのはゴメンだぞ、あのアマ人様の目の前で平然と心臓ブチ抜きやがるからな」

 

 『安心して、ちゃんと彼女には話しておくわ。あ、でも他の子たちに気取られちゃダメよ。流石にあの子たちまで来ちゃったときは私でも責任取れないからね』

 

 「わかってる」

 

 『よろしい♪ じゃあ、私はこっちで最後の仕事があるから。今度会うときまで、身を隠しながらゆっくり休んでおきなさい』

 

 「仕事だぁ? ……作戦はこれで一区切りじゃねぇのか?」

 

 『『表向き』の仕事……念のためにね、あなた達が逃げる時間を稼ぐのに使えないかなって、この作戦に使ったあのプログラムをパスカルにも秘密でちょ~とだけいじくってあったの。前の福音の件で、篠ノ之束から受けたウィルス攻撃のことでちょっと思いついたのよ、これは『面白そう』ってね』

 

 「……!」

 

 出たよ、またこれだ……しかも今回のスコールの声は、以前、私を心底震え上がらせたときの色を帯びていた。間違いない。こいつは『また』、ただ『そのほうが面白そうだから』なんて何処までも自分本位な理屈で、平気で悪魔のような所業に及んだのだ。

 ……今更、この女が私の言葉なんかで、いや、誰に何を言われたところで自分を省みるなんて真似などしないだろうことは百も承知だが、それでもこいつのしでかすことに巻き込まれざるを得ない立場としては、言わないわけにはいかない。

 

 「……あんまりいつまでもガキみてぇにはしゃいでんなよ、『エリー』。他の場所ならいくらでも好きにやりゃあいいさ、お前をどうにかできる奴なんざそうはいねぇだろうしな。だが今そっちには織斑千冬がいやがんだ。お前が勝手にトチったとしてよ、お前はそれでよくてもよ……私の立場は一体どうなんだよ。お前についていくと決めた私の立場は」

 

 『わかってるわ、『トリス』。大丈夫、あなたが見込んだ私はこんな道半ばで終わる女じゃない。見ていなさい、一番近くで』

 

 「……あぁ。んなこと、言われなくてもやってやらぁ」

 

 『ウフ。やっぱり私、あなたに会えて心から良かったって思うわ。おっと、そろそろ楽しかったこっちのお祭りも終わりね……ご苦労様、『バスカヴィル』。あなたも楽しんでこれた?』

 

 「っ……!」

 

 な、んだ……? 相変わらず、通信からはスコールの声しか聞こえてないってないっていうのに、スコールの近くに何かがいるのがわかる。それを感じ取った途端、胸元に収めていたアラクネの待機形態から、微かな振るえが伝わってくる……信じられない。いくら手負いとはいえ、あの篠ノ之束の得体の知れないIS相手ですら物怖じ一つしなかったこいつが『怯えている』。

 

 『ああ、ごめんないねアラクネ、怖がらせちゃったかしら? 大丈夫よ、まだこの子は何もできないわ。少なくとも、あなた達には、ね……じゃあ、『オータム』。そろそろこっちも元に戻るみたいだし、そうなってからだと色々不都合だからもう回線を切るわ。元気でね」

 

 「あ、あぁ……」

 

 通信が切れ、先程まで感じていた不可解な気配も同時に薄れていく……さっきのが、ドクトルの言ってたスコールの専用機、なのか? だが確か、あれはまだ起動出来ないと聞いていたが……

 

 ――――ギィ……

 

 思考を巡らせ始めたところで、アラクネがこちらに呼びかけてくる。

 ……言いたいことは大体わかる。差し詰め、なんであんな頭のおかしい女に従っているんだ、みたいなモンだろう。わかるさ、お前から見えれば……いや、あいつの本当の貌を知れば誰だってきっと同じ感想を持つ。

 だが――――

 

 『うん、そうよ。今私からあなたに出せるのはこれだけ。でもね、約束する――――』

 

 ――――あいつに、初めて出会った日。あの時最初に抱いた気持ちを、私は未だにあいつにぶつけていない。本当は今すぐにでもブチ撒けてしまいたいが、今はあいつの都合が悪いからお預けになってしまっている。

 だから……その日が来るまでは、私はあいつから離れることができない。『そういう』契約、だったのだ。

 

 「……ま、テメェにはわかんねェような面倒くせぇことがいっぱいあんだよ。アイツにも、私にもな」

 

 そして何より、そういった面倒なしがらみを抜きにしても、困ったことに私は今のアイツのと関係をなんだかんだで気に入ってしまっているのが一番大きい。

 私はもう、スコールのものだが……そうである限りは、あの眩い女も私のものだ。

 

 ――――で。あなた、『何人襲ってきたの』?

 

 が、すぐに通信を切り際に聞こえてしまったあいつの最後の言葉が脳裏を過ぎり、その眩さ相応の猛毒を持った女であることも、改めて意識せざるを得なかった。

 

 思わず、最早ここからでは遠い今日の仕事場だった所の方を窓から見やる。

 

 「あ~あぁ……折角食いでがありそうだったってのに。こりゃあ、もう手遅れだったかもな」

 

 あのどんなに打ちのめしてやっても折れなかった、私達の哀れな標的の一人のこれからの行く末について、僅かに思いを馳せながら。

 

 

~~~~~~side「箒」

 

 

 「鷹月! 何処へ行ったんだ、鷹月……!」

 

 鷹月と共に校舎中を回り、風車も一通り配り終わって、このあたりで一度切り上げて剣道場に戻ろうとした時だった。急遽、ISが展開する時特有のノイズが校舎全体に走ったかと思ったら、気がつけば私は一人でこの無人の校舎に取り残されていた。

 普通に考えれば、なんらかの理由で私だけがこの妙な場所に迷い込んでしまったといったところなのだろう。だが、

 

 ――――あなた、遠からずこの子を失うことになるよ?

 

 先程、あの生徒会長に言われたことがつい頭を過ぎって、無性に心配になった。いつしか私に答えてもくれなくなった紅椿の待機形態を不安を打ち消すように強く握り締めると、私は鷹月を探して駆け出した。

 

 「あ……」

 

 そして……見つけた。

 いや、窓から差し込む、妙に緑色の色彩を帯びた光に照らされて廊下の壁に映りこむ、私のものではない人影。それをどうして鷹月だと思ったのかは自分でもわからないが、今の私には何故か妙な確信があった。鷹月のものと思われる影は、今の私と同じように不安そうに、周囲を見渡しながら廊下を歩いているようだった。

 

 「これは……いったいどうなっているのだ。紅焔何かわかるか? 紅ほ……あ」

 

 この不可解な現象はどういうことなのか教えて貰おうと紅焔を呼ぶも、ことここに至って珍しいことに白煉に頼まれ、今日一日奴の下によこしてしまっていたことを思い出す。

 

 「く、こんな時に……!?」

 

 仕方の無いこととはいえ、自身に降りかかったこの事態の間の悪さに思わず歯噛みしていると、

 

 ――――そこで。漸く、私は『それ』に気がついた。

 

 不安そうに歩いている、鷹月から少し後ろ。そこに、今の鷹月と同じ、大きな犬のような姿に見える影絵の化物が、鷹月の後をつけていることに。

 

 「鷹月後ろだ! 逃げろ――――!」

 

 ――――!?

 

 とっさに 鷹月の影に必死に呼びかける。伝わったのかはわからないが、丁度そこで鷹月は不思議そうに後ろを振り返り……瞬間、その表情が恐怖で歪んだのが、影越しでも私にもはっきりわかった。

 

 「逃げろっ……!」

 

 一目散に駆け出す鷹月。一方の化物の影は、慌てた様子もなく、それでも決して置いてはいかれない速さで、怪しく蒼く光る眼を爛々と輝かせながら鷹月を追い始める。

 ……その様子から、奴はその気になれば一瞬で鷹月と距離を詰めれるのは一目瞭然だった。化物は逃げる鷹月を玩具にして遊んでいるのだ。

 

 「おのれ……! 『紅椿』! 行くぞ、鷹月を助け……紅椿!」

 

 だがいくらこちらが何かしようとしたところで、実態のない影相手に何ができるわけもない。頼みの綱の紅椿は、ずっと沈黙したままで。

 

 「や、やめろ……やめて、くれ」

 

 影の化物は、とうとう廊下の端に鷹月を追い詰めてしまう。鷹月は怯えきった様子で座り込んでしまい動けず――――

 

 「やめろおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 怪物は天に向かって吠えるような仕草の後、影絵の炎へと姿を変えて鷹月を襲った。私は叫び声をあげながら影が映りこんだ壁を殴りつけるも壁は壁でしかなく。鷹月の影が黒い炎の影の中に消えていく中、再び緑色のノイズが走って空間が綻んでいく。

 

 ――――たすけて。篠ノ、之さん……

 

 崩れいく空間の中。無力感と絶望感に苛まれる私の耳に、そんな鷹月の声が届いた、気がした。

 

 

 

 

 「鷹月……!」

 

 気づいた時には、私は再び先程まで鷹月と歩いていた、すでに祭りも後半を回り、〆のイベントを見るため外を目指していた人ごみも一段落して人影もまばらになり始めた第三校舎の廊下に戻ってきていた。

 白昼夢、だったのだろうか? しかしそれにしては、あまりにも現実感があったが……

 

 「そうだ、鷹月! 鷹、月……?」

 

 あの最後の瞬間のことを思い出し、私はすぐさま先程まで隣にいた鷹月を探した。

 鷹月は、そこにいた―――― 一見、まるで安らかに眠っているかのように、床に倒れこんだ姿で。

 

 「鷹、月……おい、しっかりしろ! 鷹月、鷹月いぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 ――――その日。いや、それから一日、一週間の時間が過ぎても。いくら呼びかけても、鷹月が目覚めることは、なかった。

 

 


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