『――――ったく。見てらんねぇな。情けなさ過ぎて白煉に泣いて頼まれなきゃ、もう見限ってるところだぜ』
「お前……!」
突如俺の前に現れた、この上なく明確な俺達の敵。
そいつになす術なく追い詰められ、後一不覚を歩で危うくとるところで俺の危機を救ってくれたのは、
『フン。しばらくぶり、か。出来りゃあもうこうして顔をあわしたくなんてなかったんだがな……雑魚の癖に考えなしなのは変わってねぇな、テメエ』
紛れもない、俺の声でこっちを詰ってくる……青白い雷光を毛皮のように纏い、先程取り落としてしまった雪平を口に咥えた、機械仕掛けの一匹の狼だった。
「チィ……! オイオイ、もう量子空間に適応しやがったのかよ。それも自我つきってこたァ第二形態IS……聞いてねぇぞ……!」
狼が口に咥えた雪平の峰打ちで吹き飛ばされた女が体勢を整えながら、忌々しげにこちらを睨みつけてくる。
正直、助かったといえば助かったのだが……この狼……いやクソ犬の正体が俺の思っているとおりなら、素直に礼を言うのもそれはそれで腹立たしかった。
ふざけんな、二度と顔をあわせたくなかったのはこっちのほうだってんだ。
――――ギギィ!
だがこちらが口を開く前に、主人の危機を察したのか先程女が量子格納した蜘蛛型ISが即座に起動展開し、威嚇するかのようにこちらに向けて牙を鳴らし始めた。
『チッ、面倒臭いな。おいトンマ、ボーっとしてんな。あの虫は俺が何とかするから、テメエはさっさと搭乗者の方を黙らせろ』
「お前、誰に向かって……!」
『『守る』んだろ? ……今更、できないなんて抜かすわけじゃないよな?』
「……当たり前だ!」
犬は起動した敵ISの方を軽く一瞥すると、咥えた雪平をこちらに向かって放り投げる。
そして俺がそれを空中で掴み取るのを確認もしないまま、敵ISに飛び掛っていった。
――――グルル!!
――――ギシャアァァァ!!
白式特有の脚部スラスターから漏れる青白い光を四肢に纏い、凄まじいスピードで突撃した犬は瞬く間に蜘蛛型にとりつき、あの厄介な銃器が積まれた脚部に思い切り喰いついた。
噛み付かれた蜘蛛の方は堪らないといった様子で、あの細い肢からのものとは思えないとてつもないパワーで周囲の外壁を破壊しながらのたうちまわる。
……おいおいなんだあれ。怪獣大決戦か。
いや、あっちに気をとられてる場合じゃない。どういうわけかわからないが、恐らくはこれが白煉が先程何かしら打ってくれていた手だろう。他に頼れる奴はいなかったのかという思いがないわけではないが、なんにせよこれで形勢逆転とはいかずとも絶体絶命の状況からはなんとか抜け出すことが出来たらしい。
手の中の雪平を握り締めれば、生身のままハイパーセンサーが展開してEシールドとパワーアシストの健在を教えてくれる。白煉の声は聞こえないが、『白式』は無事俺の元に戻ってくれたようだ。
「あァーあァー……だりィなぁ。どうせ、ここまであいつのシナリオ通りなんだろ? ……クソ、嫌な予感がするぜ。おいアラクネェ! いつまでもんなワンコと遊んでんな、もうテメエの『毒』も打ち止めだ、こうなっちまったらさっさとずらかるぞ! 許してやるから『アレ』を使え!」
自分の状態を確認し終えると、改めて敵に向けて意識を飛ばす。
が、女の方はすでにこちらに対して戦意を見せてはおらず、苛立った様子で無人機の方に声を飛ばしてした。
――――ギイィィィィ!!
その声に呼応するかのように、蜘蛛型ISの黒い装甲の所々から黄色と赤の光が漏れ始める。全身黒から女郎蜘蛛を思わせる毒々しい外装に変化した敵ISは、急にその力を増したかのように喰いついたこっちの犬を脚部フレームの鋭い一振りで軽々と吹き飛ばし、
――――!
ダメ押しとばかりに腹部に搭載されたシューターから硬質糸を一斉に解き放った。束ねられた糸は紙を引き裂くかのように瞬時の内に校舎そのものを縦に両断し、赤熱化し溶け落ちた断面は、受けたダメージの多さを物語るように緑のノイズこそ走るもののすぐには修復されない。
――――ギャン!
糸を受けた犬はそのまま廊下の向こうの壁を幾層も突き破ってこちらからは見えなくなる。一瞬やられたのかと肝を冷やしたが、どうやら奴とリンクしているらしいハイパーセンサーがギリギリで直撃を避けていたことを知らせてくれる。だが受けたダメージはやはり大きく、すぐには立ち直れそうになかった。
……くそ。まさかこいつ、今まで本気を出してなかったって、いうのか……!?
「ここまで、だな。まぁ、最後の粘りに免じて取りあえず今回は私の負けにしといてやる。テメェのISはまだ預けとく」
ガチガチと牙を鳴らしながら近寄ってくる自身のISに軽く手を上げながら、改めて不利になったこちらを見て歯を剥き出して笑う女。
敵の言葉からして、もう奴は逃げ出すつもりのようだ。だが、それを許すことは出来ない。敵の口ぶりからしてここでこいつを逃がせば、いつかまた同じようなことが起こる。
俺だけ狙われるならまだいい。だか今回みたいに他の誰かをまた危険に晒すようなことになるのは、絶対に許せない。
「……逃がすか! お前はここで……っ!」
言葉は、最後まで出なかった。
言い切る前に、先程貰いそうになった女の強烈な正拳突きが鳩尾を抉ってきたからだ。
……刀を握って、油断はしていなかった筈なのに、対応出来なかった。焦りから一瞬生まれた、無意識な一瞬を突いた、迅速で的確な一撃……本気を出していなかったのは、敵のISだけじゃない。千冬姉には及ばないにせよ、この女も今の俺では相対できない実力の持ち主だった。俺は敵が意図して隠していたその力に、まんまと出し抜かれてしまった。
「げ、あ……」
二、三度、派手に床を転がりながら突っ伏す。吐きそうになるのもなんとか堪え、しかし立ち上がれない。床についた膝は動こうとせず、ただ冷たい感触だけをいっそう強く伝えてくる。
端から見れば、俺が女に土下座しているような絵面だろう。それが屈辱で何とか動こうとしたが、意識は朦朧とし体は鉛のように重かった。
「じゃあな。次があったら、もっと楽しませろ。じゃねえと……今度は殺すぞ?」
それだけ言い残すと、無人機を引き連れたまま去っていこうとする女。
俺はその後姿を見送ることしかできず、無力感に苛まれたまま意識が落ちかける寸前で、
「あなた……一人かしら?」
背後から聞き覚えがある、ここにいる筈のない少女の声がした。
そう、聞いたことがある声の筈、なのに……とっさに誰のものなのかが出てこないほど、今まで聞いたことのないほどに冷え切った声が。
~~~~~~side「???」
ガキのISの変質には少し驚かされたが……まァ、こんなものだろう。長らくこっちでやってきた私等が今日やっとやり方を覚えたガキに遅れをとっているようでは笑い話にもなりはしない。
それにしても少し遊びすぎた気もするが……いや、こういう時のための
そんな私の思考を遮る遠くから金属が弾け飛ぶような音が響いたと思ったら、そう時間が経たないうちに廊下の向こう側から床を伝って何かが流れてきた。
……アラクネの馬鹿が暴れすぎたせいで、上層の配水管の何処かが破裂したらしい。見れば床からだけでなく、天井からも水が滴り落ち始めた。こっちで起こったことは現実には何ら関与しないとはいえ、これだけ派手に壊したとなると感づく奴が出るかもしれない。その可能性が高いのがよりにもよってこの場から一番遠ざけたい奴だというのがまた始末が悪い。とっととずらかるか。
「あなた……一人かしら?」
しかし。
ここにきて、この日最大のトラブルが廊下の向こう側から侵食する水に導かれるようにやってきた。
そいつは一見、その奇妙な髪の色を除けばここでお勉強しているおめでたいガキ共の一人にしか見えない姿と声をしていた。それも中々な上玉で、単純な男なら今浮かべているような無邪気な笑顔を向けられればコロッと騙されるだろう。
だが私はそうはいかない。同性とかいう問題以前に、このメスガキからは私等のような同族同士しか嗅ぎ分けられない饐えた臭いが濃厚に漂っているからだ。私と同じ穴の狢の分際でこんな年相応のガキの貌を見せられることに寧ろ薄ら寒さすら覚える。
……まあ、とはいえ恐怖を覚えるほどでもない。私にとって怖いってのは、
『まさか……言い訳をする気はないわ。全て、私の選んだ道。でもね、トリス――――それでも悲しいのよ。嘘偽りなく、本当に。そして、そう感じられることが嬉しくてたまらないの! ねぇ、私、おかしいのかしらね?』
――――もっと。その思考回路、心の動じ方の一切が、例え説明されたとしても全く理解の及ばないような奴だけだ。このガキが何者かは知らないが、私相手に臭いを隠せない程度ならまだ底が知れる。スコールには止められていたがこの局面で邪魔をしてきたんだ、バラしてしまっても問題はないだろう。
「……さあな。そうだと言ったら?」
「わたしの期待した答えとは違うかな」
「そいつぁ悪かったな。誰を期待してたのかは知らねぇが、ご期待に沿えなくてよ」
「おー、不法侵入者のくせに余裕ね。わたし、『誰だっ!』、とか『何奴!』みたいな月並みな反応が欲しかったんだけどなぁ」
「思い上がんなガキが。テメエが何処の誰かなんてこっちは興味の欠片もねぇんだよ」
「傷つくわねー。ま、わたしの方は貴方が誰だか知ってるわよ。あの、史上最悪クラスの被害を出した鉄道爆破テロの実行犯……国際指名手配犯、ベアトリス・オルガリースさん?」
「……!」
と、そんな算段をしていたが、随分と久々にその名前で呼ばれて思わず目を見開いてしまう。
対するガキは、その私の反応を見て確信を強めたように目を細めた……しくじったかと一瞬悔やむが、思い直せば今更指摘されたところで痛むような傷でもなかった。
「……ったく、参るぜ。あれからもう随分経ってるってのにな。今の私の顔でわかるような奴がいるとはね」
「悪いことはするものじゃないわね。今のモンタージュ技術って結構すごいのよ? ……でも意外なのはこっちも同じ。一時は死亡説まで流れてほとぼりも冷めつつあった今になって、よりにもよってこんな場所に姿を現すなんてね。あなたの雇い主はまだ変わってないのかな?」
「雇い主だぁ? 何の話をしてる?」
「とぼけたってダァーメ。主な活動拠点は中東だったあなたがいきなり地元で、しかも何の支援もなしにあんな大規模なテロを起こせるなんて誰も思ってなんかいないわ。バックに誰か……いえ、何らかの大きな組織がついてるのはもうわかっていることよ」
「……………」
「……ま、いっか。最初から素直に話してくれることなんて期待してないし、そもそも……」
「っ! アラクネッ!!」
「――――いっそこの際。あなたが何処の誰とかも、わたしにとってもどうでもいいのよね」
「うぉ……げ、え……!」
長年の勘が仕掛け時を間違えなかったのは、不幸中の幸いだった。指の一本すら動かさずに行われた敵の攻撃に、とっさに対処できたのだから。だがそれでいて尚突然腹の底から火が湧き上がるような強烈な嘔吐感は如何ともしがたく、私は一度胃の中のものをブチ撒ける羽目になった。
「……あーあ。やっぱりISのプロテクトの上からじゃこれくらいが限界か。フレームだけが自律機動……搭乗者が一見生身に見えるISってのも面倒ね。所見だったら騙されてたカモ」
「テメェ……! な、に、しやがった……!」
「そうね……なんにもわからないままバイバイっていうのも可哀想だし教えてあげる。早い話、私のISから精製される水に含まれるナノマシンから常に放射されてる特殊な電波は、ありとあらゆる『水分』に干渉できるの。水でさえあればそれがどんな形で何処にあっても関係なく、ね。そう……あなたの『体の中』でさえ」
「……!」
「とはいえ、今のままじゃさっきみたいに一瞬胃酸を逆流させるくらいが限界みたいだけど……さ、わたしは喋ってあげたんだから、次はあなたの番よ?」
「知るかダボが。死にさらせ」
別に大して興味もない薀蓄を得意げに垂れるメスガキを八つ裂きにすべく、アラクネに強化弦の放出を命じる。が、そこにきて漸く、異常が出てきているのは私自身だけでないことを悟った。
――――ギ、ギギギ……!
アラクネの悲鳴にも似た叫びと同時に、ハイパーセンサーがいくつものステータス異常を同時に表示しだす。中枢こそダメージはないが、火器と駆動系が一斉にやられた。状況は……チッ、凍結だァ……!?
「さっきの話を聞いておいて随分と悠長なのね。あなた、今自分がどういう状況におかれているのか正しく理解できているかしら?」
「っ……!」
ったく、シャレになんねェ。ここいらの水全部が敵の武器ってか。おまけにこの展開の早さ……くそ、あれだけイメージインターフェイスの扱いに適応している相手じゃ折角のこのとっておきの量子空間におけるハンデも殆ど役に立たないどころか、寧ろ逆手に取られている。
……分が悪い、か。これだけ舐めた真似をされてただ逃げ帰るのも癪に障るが、元よりこっから先は予定にはないケースだ。今ここにいる筈のあの考えなしの馬鹿にうっかり出くわす可能性も考えると、さっさとズラかるに限る。
「脚部PICの展開を組み替える! とっとと火気内部の炸薬に点火しろ! ここまでくりゃあ武装ももう用済みだ、最悪近接兵装だけ残りゃあいい! 余熱で駆動系の氷を吹っ飛ばせ!」
「ありゃ……今までのしたっぱさんたちみたいにはいかないか。流石元傭兵、判断が早いわね」
「おっとぉ、それ以上近づくんじゃねェぞ。こっちのパワーアシストはまだ効いてんだ、テメエの次の手がなんだか知らんが、私がそこのガキの首から上を吹き飛ばすよりも速いか試したいか?」
「成程……そうくるのね」
あのメスガキの話が本当なら水を制御する電波とやらは、私と同じタイプのISでもない限り奴自身が所持しているISが発信源なはず。詰まるところ、奴の近いところにある『水』ほど、そのある場所を問わず危険度が上がることになる。
……先程の、胃の中身が逆流したときの焼付くような感覚を思い出す。あの距離でISの上から一瞬のこととはいえあんな真似ができるなら、至近距離に近づかれたらどうなるかなんてのは想像もしたくない。
そんな危機感から時間稼ぎも兼ねて思わず出た言葉だったが、効果はあったのか先程からこちらに近づいてきていたメスガキの歩みが止まる。が、一方で先程からメスガキの方を呆然と見ていたガキの方が我に返ったようで、焦れた様子で叫びだした。
「お、俺のことは構わないでください更識先輩! それよりも早くそいつを、布仏が……まだ、布仏がいるんだ!」
余計な真似を、と心の中で思わず舌打ちを一つ打つ。が、予想に反してそのガキの行動は思いもよらぬ幸運をこちらに齎した。
「……え?」
予想はできていたものの、ガキを盾にとっても眉一つ動かさずこちらを出方を伺っていたメスガキが、どういうわけかその一言で露骨に動揺してくれやがったのだ。
この機をみすみす逃すようでは私もこの先がない。ガキには悪いが遠慮なく利用させてもらおう。
「アラクネェッ!」
――――ギ……!
アラクネが中部両脚内の火器を自ら吹き飛ばし、その衝撃と脚部スラスターの推力で突進、牙を剥き出してメスガキの首を撥ねにいく。
これで終わってくれれば楽だったのだが、メスガキは直前で気を取り直した。手の内に透明な水球のようなものを瞬時に作り出すと、アラクネの牙を紙一重でかわしざまにそいつをアラクネの横っ腹に叩きつけ――――
たところまで確認した瞬間、あわよくばそのまま脱出しようとアラクネと繋げてあった強化弦に思い切り引かれ、アラクネとともに階層を突き破って上層に放り出されていた。
「っ……信じらんねぇ、あのクソガキ……!」
直前に強烈な熱源反応を感知した。実際、あれを直接食らったアラクネのドテッ腹の一部に融解が確認できる。致命傷ではないが結構いいダメージを貰った。
即座に戦況ログを確認する……あの場にあった大量の水を、一気に手元に集めて圧縮したのか。一気に雑に集められた水は内部に空気を閉じ込めた状態で一気に圧縮され、水の中で強烈な圧をかけられた空気が一瞬で高熱を帯び、外部の水を爆発的に蒸発させてこの有様ってわけだ。
……どこまでもナメた真似をしてくれる。あの火力では近くにいたあのガキごと吹き飛んだだろうが、自分の力であるだけに守りにも絶対の自信があったのだろう。
だが結果的に奴から距離はとれた。今のうちに脱出用の後付武装を準備して……!
「――――もういいや。予定変更……情報なんて後からでもどうにでもなるからね、『脳』と『延髄』さえ残ってくれれば」
振り返る間もない。ただ背後から叩きつけられた強烈な殺気から逃れるようにその場から踏み出したのと、今まで私が立っていた場所を音も無く何かが通り過ぎていったのはほぼ同時。
少し遅れて、一瞬建物全体の建付けが歪んだかのような嫌な揺れが足元に走り、足元の床がぴっちり二つに割れた。家のあの蜘蛛の雑な仕事とは比べるのもおこがましいしいような、匠の切れ味だ。
「オイオイ……本当に何でもありだな。爆弾のお次はウォーターカッターかよ」
「凡そ水を使ってできることなら何だってできるよ。なんなら今度はこんなのはどう?」
チ……奴からは距離をとったはずなのに、声だけが残響のようにどこからともなく響いてくる。次はどこから何を仕掛けてくる……!?
「ナイアガラ~♪」
「な――――」
先程叩き割られた天井をこじ開けるかのように、すさまじい量の水が上から噴出し始めた。
不味い、と直感が告げるも、最早こちらが行動を起こすには遅すぎ。
次の瞬間、この五階建ての校舎が、内側から『水没』した。
「ぐっ、う、がぁァァ……!」
水に呑まれた時間はそう長くは無かった。閉鎖空間内で一気に膨れ上がった膨大な質量の圧力に耐えかねた窓ガラスが一斉に割れ、中に満ちた水を外に逃がしだしたからだ。
だが、敵にはその僅かな時間だけで十分だったらしい。事実、奴の制御下にあると思われる水に呑まれた途端こちらのバイタルモニターが一斉に異常のアラートを表示しだし、私自身倒れ伏したまま指一本動かすことが出来なくなっていた。
――――まさか、け、血流、を……
指先、いや……すでに手足の感覚がない。絶対防御が発動し続けているのか、SEがみるみるうちに目減りしていく。アラクネのバイタル維持機能で全力で抗ってこれなのだ。今ISを解除すれば、私は瞬く間に見るも愉快な死体になるに違いない。
「詰めね。もう、あなたの中の『水』を完全に制御するのも時間の問題……どう? わたしの知りたいことを喋れるなら手足が壊死する前に開放してあげるけど」
「な、にが知りたい。わた、しの、雇い、主か……?」
「当たりはついてるわ、『亡国機業』でしょ? ……そうね、本来先進国の他国を巻き込んだマッチポンプ工作を請負う立場だったあなたたちがどこの差し金で、或いはあなたたちという組織単独での判断で。何を目的としてこんなことをしているのかっていうのは確かに興味あるカモ」
「へ……こんな場所に一人で乗り込んでくるような使いつぶしの下使いがそんな大層なことを知っているとでも?」
「わたしだったらあなたみたいな逸材は使い潰したりしないけどね。経歴や人格に多少問題あるにせよ……ま、いいや。いいよ、この際亡国機業についてのことは大して期待してないんだ、わたし。とりあえず今知りたいことは、たった一つ」
すっかり水浸しになった校舎の廊下に湿った足音を響かせ、メスガキが仰向けに倒れこんだ私に近づいてくる。そして最早視界すらも霞み始めた私の目を覗き込むように屈むと、
「『ノスフェラトゥ』は今何処にいるの?」
……その、随分と懐かしい言葉を口にした。
覚醒間もなくしてあっさりと処理される白式(※主人公の機体)
まあ本作のオータムさんは出自があれなのでとても強いからなんですが。