IS/SLASH!   作:ダレトコ

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第百一話~アラクネの毒牙~

 

 

 「よぉ……随分とかかったな。その様子じゃお姫サマは無事に隠してこれたみたいだなぁ」

 

 落ちていった先、校舎の一階の廊下。

 そこでは例の黒い女が、あの気色悪い蜘蛛型の無人機に寄りかかりながら、いかにも待ちくたびれたといった体で立っていた。

 どういう原理かはわからないが、先程なにかしらの攻撃手段で破断された校舎の天井は、やはり緑色のノイズが走るとともに修復されていくようだ。

 

 ……あんな校舎全体を縦にぶった斬るような攻撃手段を持っているにも拘らず、この女はこちらの位置を特定していながら今この瞬間まで使わなかった。

 出会い頭の台詞を含めて考えてもそれは、こいつが今までいつでもこっちを仕留められたにも拘らずに遊んでいたことを意味する。舐め腐りやがってと憤る気持ちがある一方で、もしそれがなければ簪を守りきれなかったかもしれないことを思うと複雑な気分になる。

 それが表情に出たのか、女はさぞ可笑しいといった様子でクツクツと笑い始める。

 

 「んな顔すんなよ、出会い頭につまんねェ真似したのはワリィと思ったから時間をやったんだろ?」

 

 「……自分でつまんねぇとか言ってんなら最初っからすんなってんだよクソが。テメエ、布仏になにしやがった?」

 

 「あん? ……何したも何も、テメエがその目で見たことが全部だよ。あのメスガキはたまたま私がここに侵入したとき『落ちてた』から拾ってきたってだけだ」

 

 「ざけんなっ! 適当なこと言ってんじゃねえ、ならあいつはなんであんな風になってんだ!」

 

 「さぁな、それこそ知るか、だ。私は嘘は言ってるつもりはねぇが、信じねぇってなら一向に構わねぇさ。別にテメエみてぇなガキにどう思われたところで私の仕事は変わらないからな……ま、一応忠告はしといてやる。次があったらもっと上手く立ち回りな。相手が私じゃなきゃあのメスガキはもうとっくに死んでたぜ」

 

 「……こんなこと、早々二度目があってたまるかよ」

 

 「クハハ、違えねぇ! だが……その後は正直驚いたぜ。私をああもあっさり撒いてくれやがった挙句に、私の相棒の探知にもそう時間をかけずに対応してくるときた。最初は平和ボケした国のおめでたい頭のヤローだと思ってたが中々どうしてやりやがる。だから思ったのさ……こいつは『遊び相手』くれぇにはなってくれんじゃねえかってな……!!」

 

 楽しそうに喋りながら、女は寄りかかった大蜘蛛の背後に一息で跳ぶと、その尻をどつくように蹴り飛ばす。

 それで発破をかけられたように、今まで静かに待機していた無人機の八つのカメラアイが突如赤い光を放ち、例の耳障りな音を撒き散らしながらこちらに突進してくる。

 速い、が……こっちももう準備に入ってる。さっきはつい反射的にぶっ飛ばしてしまったが、今度はぶった斬ってやるべく雪平に手を伸ばす。が、

 

 「何……!?」

 

 手にしたブレードの違和感にすぐに気がつく。剣が鞘に収まったまま抜けないのだ。

 

 「くっ……!!」

 

 完全に不意を突かれ、気づいた時にはでかい蜘蛛がすぐ目前に迫っている。俺はすぐに抜刀を諦め、ブレードが搭載された敵の前脚による薙ぎ払うような一撃を姿勢を低くしてかわし、そのまま鞘に収まったままの雪平の切っ先を蜘蛛の顔面に叩き付け、その反動での離脱を試みるも、

 

 『それではダメですマスター! 敵機中央脚部の第二関節に炸薬の反応があります! 火器です!』

 

 「っ……! ぐぅっ……!?」

 

 とっさに白煉の警告が入るが間に合わない。

 次の瞬間ドンッという重い音とともにどデカイハンマーで殴られたような衝撃が全身を襲い、俺は廊下の壁を突き破ってその先の二年生の教室の床をいくつもの机や椅子を吹き飛ばしながら転がっていた。

 

 「ぐっ、ごっ……がっ、は……!」

 

 ISを部分展開はしている、シールドも絶対防御も発動していた。なのに敵のISから放たれた弾丸はシールドで殆ど減退することなく、通常の実弾ライフルで撃たれたにしてはあまりにデカすぎるダメージをこっちに入れてきた……痛みからして弾は腹に直撃だったが、骨が逝ってないのは不幸中の幸いだ。ただ、痛みからして固いものをぶつけられたというより鞭で打たれたような感じなので、弾自体はそこまで固い物ではなかったのかもしれない。一点から貫通させるのではなく一つの弾丸で広範囲を破壊するコンセプトなのだろう。

 

 『対シールド仕様スラッグショットです……! 直撃はシールドの維持にも負担をかけてきます。幸い規格以上の大型弾を使用する影響で弾速は遅いので、ハイパーセンサー影響下でなら目視での回避はそう難しくありません。あの無人機から目を離さないようにしてください!』

 

 ……シールド特効のメタウェポンかよ……! 装甲に全く期待できない現状考えられる限り最悪の武装だ。この状況を想定して用意してきたのかもしれないが、敵の周到さと容赦のなさに思わず歯噛みせずにはいられない。

 

 「っ……わかった! でも、なんで雪平が抜け……!?」

 

 そして、ここにきて漸く自身の得物に訪れた異常をこの目で確認する。

 ……太さにして、多分一ミリかそこらの糸だ。それが無数に、鞘の鯉口から剣の柄にかけて絡み付いており、ブレードの抜刀を実質的に封じている。

 パワーアシストを全開にして引き抜こうとしても、数本がそのか細い外見に反しブチブチととても固い音を立てながら千切れるような音をたてるだけで上手くいかない……集中して一気に引っこ抜けばいけそうな手ごたえではあるものの、敵を眼前にしてそうするのも中々に厳しいものがある。

 

 「なんだよこれ……こんなもん、いつ……!?」

 

 『……まさ、か』

 

 「……実際の蜘蛛の糸と同じ成分にSE加工された強化カーボンナノを織り込んだ特殊繊維、一本でもジャンボジェット一機分の加重に耐えられるスグレモノだ。そう簡単にゃあ切れやしねえぞ?」

 

 「っ……!」

 

 「テメエが校舎を逃げ回ってる間、こっちがただ遊んでたとでも? ……さっきテメエが落ちてきたところに、しっかり仕掛けさせてきて貰ったよ。これで最初に一本取られた借りは返したぜ、なァ私と同じ糸使いさんよぉ!!」

 

 先程俺が派手にブチ開けた穴から今度は女の方が追いついてくる。

 くそ……さっきの武装のことといい、こいつ一見脳筋っぽいナリの癖に結構狡猾だ。

 

 風を切りながら倒れこんだ俺を襲ってくる蹴りをとっさに鞘入りの雪平で逸らし、体勢を入れ替えカウンターで水面蹴りを食らわす。

 が、パワーアシスト込みでも地力が足りない。脛を狙った蹴りを、敵はバランスを崩すことなく平然と受け止めて見せる……どうも感覚が狂ってきた。防御力に優れた打鉄ですら余裕でガードごとぶっ飛ばす白式の脚力は、やはりあの変則的な脚部スラスターあってのものだ。スラスターに頼れない現状、今の白式は通常の第二世代機より若干上程度の地力で戦わなくてならないのだが、まだそれに体も頭も慣れていない。

 

 「オラァッ!!」

 

 「くっ……!」

 

 それに対し、敵は明らかに『この状態』で戦うことに慣れている。奇襲こそ上手くいかなかったものの蹴りの反動で一度距離をとって体勢を立て直すことには成功したが、そこからは殆ど生身に近い無手の敵相手にも拘らず、ボクシングに似た構えから繰り出される重く速い連撃を前に、リーチの差を利用しての受けに徹せざるを得なくなる。地力でフィジカル面とパワーアシスト両面で劣っていることもあり、次第に壁際に追い詰められていく。

 

 『後方より敵機……! 『羅雪』を発動します、右方に跳んでください!』

 

 「なっ……!?」

 

 本来壁しかない方向からの警告に戸惑うものの、とっさに白煉の指示に従って床を蹴るのと、もう少しで追い詰められていた壁を紙の様に突き破って鋏状の刃が空を切りガチンッとおぞましい音を立てたのはほぼ同時。俺はそのまま瞬時加速もかくやという速さで再び壁を突き破って廊下に飛び出し、廊下側の壁にぶつかりそうになったところで受身をとって被害を軽減する。同時に一瞬だけ顕現した鞘に収められた剣状の『羅雪』のユニットが、青い電流のような光に包まれながら溶けるように消えていく。

 

 「武装、使えるようになったのか……!?」

 

 『……解析は進んでいますが効果が長続きしません。私が取得できる情報にすら制限がかかっています。あまりいい状況ではないですね』

 

 「全くな……っ!!」

 

 そう多くはない切り札も一つ使ってしまった。本当、頭を抱えたくなるような状況で、更なる敵の追撃が来る。

 先程上の階の廊下を破断した攻撃。赤い軌跡を描き、天井と壁を真っ二つにしながら上から叩きつけるように迫る一撃が脳天にぶち当たり危うく二枚におろされそうになったところで、雪平をなんとか滑り込ませた。

 

 「っ……!」

 

 鞘入りの雪平から激しく火花が散る。ガードごとこちらを叩き斬ろうとする敵の攻撃を立ち位置を少しずつずらしながら何とか受け流しきり、剣から伝わる圧力が消えると同時に俺の背後の壁が綺麗に二つに割れ、直後に緑のノイズによって修復された。

 

 「これも糸……か!」

 

 一瞬だが受けた際停止した敵の攻撃手段がここで漸く判明し、思わず口に出したところで感心したような表情の女が姿を現す。先程の攻撃で足が止まり、羅雪で引き離した距離を再び埋められてしまったことに気づいた俺は、もう取りつくりようもなく渋面を作った。

 

 「便利だろ? ただ丈夫なだけじゃねぇ、流したSEに反応して極端に硬化する性質もあるんで、束ねればこういう使い方も出来るってわけだ」

 

 「……ああ、羨ましいな。俺のだとこういうふうにはいかないからな」

 

 敵の軽口に答えながら、考える……実質的にあの厄介な武装の数々を積んでるのは無人機の方だ。この女のほうは強烈なパワーアシストこそあるが、俺同様ISの武装はほぼ封じられてるに等しい状態だと思われる。だがそれ故に女の方を先にやろうにも力負けし、それだけなら打開策もあるかもしれないが戦っている間にあの無人機の方がこの閉鎖空間で不意打ちをかけてくる。

 こちらが使える手としては雪蜘蛛があるが、自由に動ける空間が少ないこの場所では今までの使用法が活きてこない。しかも敵の『糸』と比べ、こちらには俺にしか視認できず、認識できている空間になら自由に張れるというメリットこそあるが、直接的な攻撃力を持たないうえ、向こうは実体があるだけに拘束力も雲泥の差だ。

 

 ……いつものことで嫌になるが分が悪い。せめて白式が万全なら打つ手もありそうだが……

 

 『……一応、一つ手は打ちましたが、まだ時間が掛かります。成功率も五分なので、あまり期待はかけないほうがいいかもしれません』

 

 頼りになる相棒の返事も芳しくない。だがこの調子ではそう遠くない未来にあの対シールド砲でつるべ撃ちにされるか、糸で膾切りにされるかの二択になる。どちらもご免こうむりたい身としては、何とかいつものように手を思いついて欲しいのだが。

 

 『承知しています。先程、敵搭乗者が少し気になることを言いました……危険な上に確実ではないですが、あの無人機に対抗する手段はあるかもしれません』

 

 「……本当か?」

 

 『……悟られると厳しいです。その上、この雪平の拘束を外す必要もありますが……出来ますか、マスター?』

 

 「まあ、やるしかないだろ。サポート頼む!」

 

 方針が決まったところで側面の壁に大穴があき、砲弾のような弾丸が飛び込んでくるのを体を捻ってかわす……蜘蛛の方も追いついてきたらしい。かくなる上は……

 

 「こっちだ……!」

 

 「あぁ……?」

 

 女の方にあえて突っ込む。蜘蛛の肢がこちらを狙い撃つべく動くが、事前に準備していた糸を蹴り飛ばしながら空中で加速、女の頭上を飛び越え標準が合うより先に射線上に女を巻き込むことに成功する。

 

 ――――キィ……

 

 「チィッ! 相変わらず厄介なモン使ってきやがる!」

 

 あの位置からではあの火器も糸も使えまい。女のほうの虚も突いた俺は、ここぞとばかりに振り返った女の顔面目掛けて雪平を叩き込む。

 

 「っ! 痒いんだよガキが!!」

 

 だがとっさの一撃もきっちり右腕でガードしてくる女。やはり鞘入りのままではダメージは薄い、が……

 

 「何ィ……?」

 

 衝撃によって反射的に一歩下がった敵の足が、直前に張った雪蜘蛛の糸に引っ掛かってバランスを崩す。持ちこたえられる前にすかさず軸足を刈り、

 

 「ごぁ……!」

 

 ――――ギ!?

 

 倒れたところを掬うように思いっきり蹴り飛ばしてやる。流石に完全にバランスが崩れた状態では敵も受け流せず、蹴りを喰らって派手に吹き飛びそのまま背後から出てきた蜘蛛にブチ当たる。

 奇襲は成功、追撃をかけるべく走り出そうとする、が

 

 「ッ……!」

 

 ()がなくなったことで、お仲間をぶつけられて怒り心頭といった蜘蛛の方がガチガチと牙を鳴らしながら火器をバカスカ撃ちだした。周囲はあっという間に穴ぼこだらけになり、俺もたまらず空いた穴から敵の死角へ逃げ込む。

 

 「畜生、こっちが刀一本だからって足元見やがって……!」

 

 毒づいたところで状況は良くならない。蜘蛛は六本の肢で器用に独自のPICを展開するらしく、床を音もなく滑るように移動しながらこちらに狙いをつけてくる。幸い敵が進んでそこいらじゅうを穴だらけにしてくれるので必死にそいつをくぐって逃げ回っていると、すぐ耳元の壁にデカイ風穴が開くのと同時にアラートが点灯した。

 

 「来た……!」

 

 あの硬化糸による広範囲の斬撃。それが今度は横向きに全てを薙ぎ払いながら、こっちの首を刈りにくる。

 俺はそいつを……また雪平で受けた。丁度糸が巻きついた、その位置で。

 

 ――――!

 

 「……っし!」

 

 糸の刃が与えてくる圧力に何とか耐えながら、俺は上手くいったことを確信する。

 流石は元は同じ『糸』。硬化糸の圧倒的な切断力は、巻きついた糸を見事に断ち切ってくれた。後は……!

 

 「白煉!」

 

 『了解……『零落白夜』、構成します……完了』

 

 白煉の返事と同時に鞘を抜き放ち、蒼電を纏いながら白く光り輝く逆転の切り札を引き抜く。

 この剣は実体を持たないエネルギーの武器、今まで火花を散らしながら拮抗していた敵の糸との引き合いはこれに変わった事で失われ、敵の硬化糸は零落白夜をすり抜けこちらに迫る。

 

 「っ……!」

 

 一瞬、首と胴が泣き別れになった自身を幻視し冷や汗が流れたが、そうはならなかった。糸は俺の首を落とすギリギリのところで、青い電流を放ちながら燃え尽きたからだ。

 

 ――――ギ……ギシャアァァァァ!!

 

 同時に敵の無人機のおぞましい絶叫が周囲に響く。

 

 『敵機のワイヤーがSEを流すことで強化しているなら、かの物質の伝導率はあれだけの長さのワイヤーを瞬時に硬化させることが可能な程度には高いということになります。そこに、『零落白夜』のエネルギーを伝導させることで本体にダメージを与えることが出来るかもしれません』

 

 ……白煉の読みは当たったわけだ。こいつは当たったISに強烈なエネルギーを流し込んで実質的にショートさせるような武器だ、直接当てなくても、エネルギーを伝播させる手段があればこういう使い方も出来るってわけか。

 本当、一時はどうなることかと思ったが、これで何とかこの場は……

 

 『……そんな、まさか! マスター、気を抜かないで! 敵機は、まだ……!』

 

 「……!」

 

 ――――突然の白煉の警告。だが、今まで一撃で相手を仕留めて来た己の切り札への信頼があったからこそ、俺はこのとき、動くのが遅れてしまった。

 

 「ぐぁっ……!」

 

 壁を突き破り、背後から現れた敵の牙。

 それがとっさに突き出したこちらの雪平を弾き、俺の右肩に突き刺さった。

 

 

 

 

 「くっ……!」

 

 『ま、マスター!』

 

 殆ど条件反射で体が動いた。取り落とした雪平を左手で拾い、眼前の敵を薙ぐ。

 が、敵はそれが届く前に頭を振って突き刺した俺を放り投げた。

 

 「つぅっ……!」

 

 壁に叩きつけられる前に、空中で受身をとって着地……同時に、肩の痛みが襲ってくる。

 絶対防御で致命的な損傷はさけられたみたいだが、それでも出血している。右手は肩から指先にかけて痺れが残っており、しばらくは使い物にならないだろう。

 

 ……だが、なんでだ!? 零落白夜は直接ではないにせよ、確かに通ったはずだ。なんであの蜘蛛はまだ動ける……!

 

 そんな大きな疑問を抱きながら、敵を睨みつける。

 大蜘蛛は八つのカメラアイの幾つかがチカチカと明滅し、少し挙動がフラフラとしているものの未だ健在だった。そして恐らく糸の発射口と思われる下腹部の複数の穴から無数に糸を放ち、どういうわけかそこらじゅうの床に繋げていた。

 

 『あの糸を利用してアースを……エネルギーを床に逃がしたと、いうんですか。そんな、零落白夜を、こんな形で破るなんて……!』

 

 「……テメエの手の内は調べてあったからな。当然、対策もしてあったってわけだ。ビビッたかよ、ガキ」

 

 「っ……!」

 

 「とはいえ……さっきのは中々キいたぜ。まさか私のISの糸の性質を見抜いてエネルギーを逆流させてくるとはな。お陰で危うくイッちまいそうになった」

 

 黒い女が、何故か蜘蛛同様少しふらつきながら現れる。

 また囲まれて攻撃されると不味い、移動しようとするが……どういうわけか、体が石になったように重い。動け、ない……!?

 

 「しかし……あァ~あ、私の『アラクネ』に噛まれちまったな。これにてゲームオーバーだ。まぁ結構頑張ったと思うぜ、お前」

 

 『こ、これは、あの近接武装に『剥離剤(リムーバー)』を仕組んで……! マスター、しっか――――』

 

 直後に頭の中でブツン、と何かが切れるような音が響き、同時に白煉の声が唐突に切れ、体を一気に脱力感が襲いその場に倒れこんでしまう。

 鉛のように重い頭を何とか持ち上げて周囲を見ると、気づけば俺の『白式』は完全に解除されてしまっており、俺の横まで歩いてきた女の手には、デルタ六面体状の輝く白い塊が握られていた……授業で見たことがある。あれは、ISのコアだ。

 

 「っ……! お前、何を、した……!」

 

 「何って、仕事をしただけだっつうんだよ……ったく、相変わらず意味のわかんねぇ仕事だぜ。このまま頂いちまうんならともかく、『これ』になんの意味があるってんだ……?」

 

 ――――ギ、ギ、ギ……!

 

 「あん?」

 

 こっちの考えが纏まらないうちに、頭の上からガチガチと嫌な音が響いてくる。この位置からでは見えないが多分あの蜘蛛が近づいてきたんだろう。こっちは生身だ、生きた心地がしない。

 

 「折角だからガキを喰わせろだ? ったく味を占めやがって。糸を使い過ぎたのはわかるがテメェ、前から必要以上に人間は喰うなっつってんだろうが……まぁ、そうだな。目的のモンも手に入ったし、もう用もねえかもな」

 

 「っ……」

 

 「おォ?」

 

 白煉が最後に気を利かせてくれたのか、本来ならISと一緒に格納されるはずの雪平が抜き身のまま残されていた。それを杖代わりにして、何とか起き上がり、ニヤニヤしている女を睨みつけてやる。

 ISによる守りが失われ、肩の傷から血が溢れ出した。視界は早くも失血によって白ずみ始めており、限りなく絶望的な状況だが、タダで殺されてやるわけにはいかない。それに、奪われた白式だって取り返さないといけない……まあ紆余曲折はあったが、今となっては俺の相棒はあいつ以外には考えられない。

 

 「へぇ、この状況で折れねぇたぁ大したタマだ。が……今更丸裸の上に手負いのテメエになにが出来るってんだ?」

 

 「うるせぇ。すぐに吠え面かかせてやる……!」

 

 「……クハハッ!! いいね、活きのいいガキは嫌いじゃない。嫌いじゃねえから……もうちっとだけ、遊んでやらぁ。アラクネ、ちっと引っ込んでな」

 

 ――――ギ!?

 

 「あァ? うるせぇ、肝心の狩りの方はさんざ譲ってやっただろ。少しくらい私にも遊ばせろってんだよ。大体テメエがやったらどうやっても真っ二つか粉みじんだろうが……とっとと失せてろ」

 

 そんな俺を、女は手にした白式のコアをポンポンと投げて弄びながら嬉しそうに歯をむき出して笑いながら見ると、なにやら隣にいる無人機に声を掛けだした。

 それに対し無人機の方はなにやらあの心臓に悪い音を立てる牙を鳴らしながら抗議しているように見えたが、女の方はそれに鬱陶しそうな顔をするとパチンと指を鳴らす。

 

 ――――ギイィィィィィ……

 

 すると同時に黄色のノイズに包まれながら無人機が消えていき、やがてその場には恐らくあのISの待機形態と思われる女郎蜘蛛を思わせる黒と黄色の色彩の、蜘蛛を象った宝石のようなチャームだけがカランと音を立てて落ち、女はそれを左手で拾いながら右手の白式のコアを突然無造作に後ろに放り投げた。

 

 「なっ……!」

 

 とっさに追いかけて拾い上げようとする。

 が、直後背中に感じた強烈な悪寒に端を発する直感による警告に従い、背中を狙った女の拳を手にした雪平の峰で受ける。

 

 「くっ……!」

 

 「おいおい……なんだよ。折角得物があんのに使わねぇのかよ、それ」

 

 理屈はよくわからないが、あの無人機とこの女自身のISは連動しているのか、今は相手もISを解除したようだ。受けた衝撃こそ今までと変わらないが、それこそが条件が同じになったことを如実に現している。女の指摘通り、態々峰を使わなければ女は自分から自らの指を切り落とす羽目になっただろう。

 

 「……俺は人斬りじゃない」

 

 内心そうすべきだったと、思うところがないと言えば嘘になる。が、実際に剣を手にして人を斬るには、俺にはまだ覚悟が足りなかった。例えその相手が、自分を害そうとしているとしてもだ。

 

 「ハッ……! その余裕が命取りになんなきゃいいがなぁ!」

 

 女はそんな俺を鼻で笑い飛ばすと、何処からともなく曲芸のようにゴツいコンバットナイフを引き抜いて逆手に構える。

 ……揺らぎはない。最初の手合わせの時からわかっていたが、やはり相当な実力者であることが伺える。ISにも頼れない現状、全力でいかなければやれらるのはこちらだろう。

 

 鍛錬とは違う、己の命が懸かった戦い。

 不思議と、先程簪が人質に取られた時のような気負いはなかった。ただ奪われた白式を取り戻すため、俺は床に転がるコアの前に立ち塞がる敵目掛けて踊りかかった。

 

 

~~~~~~side「???」

 

 

 刀を自身の体の影に隠すような構えで突っ込んでくるガキをナイフを握ったままの正拳突きで迎撃する。

 得物こそ相手に合わせて出してみたが、正直こいつの扱いにはそんなに心得はない。ぶん殴ってやるついでにどっかに引っ掛かれば儲けモンくらいの認識だ。

 

 「しっ……!」

 

 だが『敵』は、そんなこっちの魂胆をすでに見抜いていたらしい。わかりやすく危険が大きいナイフではなく私の拳の方に意識を集中し、ナイフに少し頬を切り裂かれながらも最短距離で私の死角に辿り着くことを選んだ。

 ならばと拳を打ち出し伸びた腕を引き戻すのではなく『打ち下ろす』。それだけでナイフの切っ先は自ずと敵に向かい、『刺さる』角度かつ力で振り下ろされる。

 ガキは背後から迫る刃をかわせないと見るや、思い切り体勢を崩しながら横に逃れる……いい的だ、と追撃を一瞬考えたが、

 

 「っ……!」

 

 直感が罠だと告げ、事実すぐにそのとおりになる。ガキはすっ転ぶかという体勢から側転に繋げ、両手を床についた状態で前身をバネのように屈折させながら全体重を乗せたドロップキックを放ってきたのだ。

 流石にISがない状態でまともにこれを受けたらたまらない。とっさに半身を逸らしてかわすものの、間髪いれずに今度はまだ空中にいるガキから手にした刀での追撃がくるのを視界の端に収めた。

 

 「チィッ!」

 

 これには手にしたナイフで刀の軌道をずらすことで対応。ガキが着地するまでの時間で再びガキの進路に回りこみ、仕切りなおしになる。

 

 「……くそっ!」

 

 あわよくばあれで決めようと思っていたのか、ガキの表情が悔しさで歪む。

 ……基本的な動きは大人しめというか堅実で隙を潰すようなもののようで、ここぞというところではかなり大胆なヤツだ。ガキ相手の仕事など最初はあまり気が乗らなかったが、意外と楽しませてくれる。

 とはいえ……少なくとも今は、本気を出せば梃子摺るような敵ではない。先程までの茶番も、私がその気だったらもっと早くケリがついただろう。そうしないのは……まァ、相変わらず上からの命令が大雑把すぎかつ意味不明すぎて、単純に後のことを考えていなかったのが大きい。このガキが案外粘るので、どうせならどこまでイケるのかをみてみようと思ったのもないわけではないが。

 

 私はヤるかヤられるかのギリギリのラインでの、ケツがひりつくような鬩ぎあいが好きだ。生き甲斐で、愛していると言ってもいい。なのに、私を殺してくれるようなヤツは、人殺しを生業にするロクデナシに身を落としてもそうそう会えはしなかった。寧ろどいつもこいつも安全圏から無害な羊を撃って満足してるような連中ばかりで、そういう連中が敵に回った時は進んでブチ殺してやった。

 だがロクデナシでいると、神サマとやらはたまーに思い出したかのように素敵なご褒美(出逢い)をくれることもある。そいつらは結局私よりかは弱かったが、この先どうなるかはわからないようなヤツ等も何人かはいた。そう言うヤツは、出来ることなら殺さないことにしていた……そいつ等がもっとヤれるようになって、また立ち塞がってくれる日がくるのを夢見て。

 

 今となっては『あいつ』に出会って約束をし、よりにもよってそれから『生殺し』を何度も経験するに至り、そんなことを繰り返していた日々にも一段落ついたわけだが……それでも、機会があるなら拾い食いくらいは許して貰っている。『今』そうじゃねェなら、浮気したことにはならないからだ。

 

 再び飛び込んできたガキを迎え討ちながら考える。今目の前のガキが『そう』なのかはまァ、ギリギリ落第ってあたりだが……性格はあまっちょろいが下地はキチンと出来ているし、何より『あいつ』に目をつけられちまったガキだ。

 それはもう、こいつはこの先碌な生き方ができねェってことの何よりの証明であるわけで……少し同情を覚えないでもないが、条件は私自身も同じである以上は無駄な感情だろう。それになにより、これだけの下地を持ってるヤツがこの先碌でもねェ目に合わされて変わっていくのだとしたら、もしかしたらさぞ『食いで』のある獲物になってくれるかもしれない。

 

 「だらァ!」

 

 「ぐっ!」

 

 ……二度目も失敗。

 刀による撹乱を交えながらの蹴り技での奇襲で再びこちらの裏を掻こうとしたガキは、私の膂力に及ばず打ち付けた刀ごと来た道に吹き飛ばされていく。

 打ち付けた衝撃に耐えられなかったのだろう。刀はガキの手から零れ落ち、無残にも私を隔てた通路の反対側に音を立てて落ちる。

 

 ――――潮時、だろう。無手になったガキの目は全く諦めの色が見えなくて、それを見たら出来ればもう少し遊んでいきたくなったが、肝心のガキの息があがってきている。おまけにあの肩からの失血の影響もあるだろうが、二回目は明らかに動き自体も精彩を欠いていた。これでは、こっから先はいくら妥協しても私の好きな時間にはきっとならない。私が撃ちたいのは、臆病な獣などではなく牙を持つ『人間』なのだから。

 

 「終わりだな、ガキ……このまま終わるんじゃあテメエがあんまりにも哀れだから、名乗っといてやらぁ。私は『オータム』ってんだ。テメエから何もかも奪った女の名前を、最期に覚えて逝くんだな!」

 

 「く、くそ……!」

 

 最後に『本気』で床を蹴り、一気にガキに肉薄する。ガキは私が想定以上に速かったのと、全身を覆っているだろう疲労感と倦怠感によって対応が遅れる。

 

 ……死なない程度に、鳩尾に一発。それで、この場は終わりだ。ここでのされた屈辱は、このガキにはきっとこの先強くなるうえでの活力になってくれるだろう。次会うときは、もっと楽しませてくれよ?

 

 そんな願いを秘めながら放たれた、ガキ一人の意識を刈り取るには十分な一撃。

 だがそれは、

 

 「……何ィッ!」

 

 「え……!?」

 

 突如。私が後ろから『いるはずのない』第三者に殴り飛ばされたことで、役割を遂げることなく逸れていき。

 私は為す術もなく、気づいた時には壁に叩きつけられていた。

 

 


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