IS/SLASH!   作:ダレトコ

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1st shift ~Infinite stratos~
第一話~再会~


「あわ、あわわわ」

 

第一声は確かそんな感じだった。

仕方ないだろ、と織斑一夏は思う。

 

思えば一時間前。

 準備は万端、余裕をもって家を出発したときには、こんなことになるなんて夢にも思わなかったのだから。

 話がおかしな方向に向かいだしたのは、試験会場に向かう途中の電車の車内。

 吊革に掴まりながら、最後の悪あがきにでもなればと英単語帳に目を通していた時だ。すぐ隣で吊革に掴まっていたおじいさんが、突然バタリと倒れてしまったのだ。

 血相を変えて覗き込んでみると、既に顔は真っ青で意識はないようだった。自分が関わる必要はなかったのかもしれない。自分の選択を後悔する確信はあった。

 それでも迷いはなかった。周りの大人達に助けを求めると、車掌室に向けて走った。

 

 ……そして、結局次の駅で駅員さんと一緒に救急車を待ち、おじいさんの症状が命に別状はないものだと聞かされるまで付き合った結果、もうどんなに急いでもタイムリミットには間に合わない時間になっていた。

 

終わったよ 千冬姉に 殺される

 

 避けようのないデッドエンドを前にし俺は一度ここで俳人になりかけたが、そこから何とか立ち直らせてくれた人がいた。

救急車を呼んでくれた駅員さんだ。

 彼はこちらの事情を理解すると、タクシーを手配してくれた上に、学校側に事情を説明する約束まで取り付けてくれた。

生きる希望が見えてきた俺は、促されるままタクシーに乗りこみ、そして

 

「あわわわ、あわ」

 

今に至るという訳。

え、何。時間飛びすぎだろって?

しょうがないじゃん俺にだって訳がわからないんだよ。

取り敢えず試験会場には着いたんだ、確か。

 

で、事情説明したけど理解して貰えたのかわからないままホールに案内されてそこで待つように言われ、つい手持ち無沙汰になった俺はそこに展示してあったそれに何の気なしに触れたみたところ、

 

『ソレ』にがばちょ、と頭から喰われたのである。ハハッ、なんだ、ちゃんと憶えてるじゃないか俺。って

 

「あれ?もしかして俺死んだ……?」

 

 どこにフラグが隠れているかわからないから用心しろとはいうが、いくらなんでもこれはないだろうと思う。

 もしかして遅延型か?どの道死は避けられなかったというのか?どこでフラグを立て損なったんだ?と、半ばテンパっていると、

 

急に真っ暗だった視界が戻ってきた。

 そうなってようやく周囲の音に耳を傾ける余裕が出来た。何やら人の声がする。

 

「うっ……」

 

さっきのは幻覚か何かだろうか。

 しかし、そうなると一人で無様に尻餅をついてあわあわ言っていたのを誰かに見られていたのかと思い、急に恥ずかしくって立ち上がろうととするが、

 

俺は既に立ち上がっていた。

 な、何を言っているのかわからねーと思うがって違う、とにかく何の前触れなく自分の行動が思考を置き去りにしたことにより俺は再びパニックを起こしかけ、誰か助けてー、と今度こそ恥も外聞もなく叫びかけたところで、

 

 本日三度目の『死』が目の前に迫っているのをようやく戻った視界で確認し、叫ぼうとした口は「誰か」の「だ」すら発音できないまま固まってしまう。

 

『ソレ』は、人間など軽々轢き潰す巨大な金属の塊であり、

現存する、人間が持てる兵器の中でも最強と謳われる存在であり、

本日興味本位で『ソレ』に触った俺を、ジョーズ宜しく頭から丸呑みしたモノ。

 

なんで「IS」が俺に向かって突っ込んでくるんだ?

 

 もう、あれだ。ここまで一度に色々ありすぎると流石に人間開き直るね。

頭は不思議と冷えていた。体も何故か知らないが羽の様に軽い。いける。

 今から横に避けるのは間に合わない。全力で跳んだところで滞空中に叩き落とされそのまま挽肉になるのがオチだろう。

なら、非常に危険ではあるが、

 

「足の間を抜けるしかない!」

 

思い立って行動に移すまで一秒もなかった。

凄まじい勢いで迫りくるISの足の間に滑るように飛び込む。

会心のタイミングだった。実際上手くいっていただろう。自身が生身の体であれば。

 

自分の体が何かおかしい、と気がついた時には既に手遅れだった。

 後で聞いたところどうやら試験官だったらしいその「IS」が、俺のダイナミック足払いによって空中できりもみしながら飛んでいくのを見届けた俺は、これは悪い夢だ、と結論付け、極度の心労によってそのまま気を失った。

 

 最悪なことにこの冗談みたいな話が現実のものだったと嫌でも思い知ったのは、目が覚めてすぐ、即ちそれから二日後のことだった。

 

 

 

 

「IS]

インフィニット・ストラトス。

 当初は、宇宙開発を想定して作られたマルチフォーム・パワードスーツ。

しかしとある常識外れな事件により、画期的な兵器として一躍脚光を浴びたそれは、当時の世界の色々な常識を悉くぶち壊した。

 男性と女性のパワーバランスがその最たるもので、世相は瞬く間に「女尊男卑」の体を醸し出した。

というのもこの兵器、「女性」にしか扱えない代物だったのである。

 

そう、女性にしか扱えない、筈だった。

 

 それが、どういうわけかそれに何の気なしに触った俺に適合、そのまま起動して搭乗者として俺を取り込んでしまったというのが今回の顛末、らしい。

 

本当に、「どうしてこうなった」としかいいようがない。

 元々なんでもない、ただの一般人の高校受験生だった俺は、こんなモンとは全く無縁の人生を送るため、あの時志望校である「私立藍越学園」の受験開場に向かっていた。それがどういうわけか、世界でも有数のIS搭乗者の養成学校「IS学園」の試験会場に間違って来てしまったようなのだ。

 

理由はまあ、察しはつかなくもない。

 おそらくというか間違いなく、タクシーの運ちゃんが「藍越学園」と「IS学園」を聞き間違えたのだ。

 こんな事態になるまで全く気がつかなかった俺もたいがいだが、正直勘弁して欲しい。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

そのお陰で、今こんな針の筵に座らされているのだから。

 

まどろっこしいので結論から言う。

IS学園受かっちまった。

 男にも関わらずISを起動させ、操作までしてしまったというレア、というより世界初の前例を作ってしまった時点で、俺の進路は決まったも当然だった。

当然そこに俺自身の意思は介在していない。

 二日間俺が気を失っている間に話はあれよというまに進み、気がついた時には目の前に姉がいて、全てが終わってしまったことをただ淡々と告げられた。

 

え?不満があるのかって?

 

いや、最初に話を聞いたときは正直悪くないかもとは思ったよ。

ISは兵器とはいえ、世の中に知れ渡ってからしばらくして「アラスカ条例」という協定が各国間で結ばれ、実質兵器としての運用に制限がかかった。

 そのため、現在では未だ抑止力として兵器としてのISも作られ続けているものの、その搭乗者の命は何があっても必ず守るというその特性からIS同士で戦うという「競技」が広まったため現在では競技機としての一面が濃い。

 戦争のために兵器の操縦法を学ぶなんて正直真っ平御免だが、あくまで競技として学べるならやってみたいという気持ちはあった。

 

 そして何より、条件が破格だった。

 学費は諸事情により免除、それどころかISの搭乗データを提供することで給金まで出る。

 さらに元々選りすぐりの天才、秀才達が集まる学校のため将来もほぼ約束されたに等しい。

 

 もの心ついた時には既に両親がなく、ずっとたった一人の姉に面倒を掛けてきた身には抗いがたい話だった。

 元々藍越学園に受験校を決めたのもこういった条件が良かったからだ。尤も、こちらが吹っかけてきた条件とは比べ物にもならないが。

 

 まぁ、おいしい話には必ず裏がある。

 こういった話の最後に言われた、「この学校に在学している限り君の安全は保障される」っていうのがそれなんだろう。

逆に言えば在学していなければ安全は保障できないということだ。

 わからなくもない。ISは女性しか扱えないという常識を覆す世界初のケースなのだ。

 存在するだけで世界を変えてしまうかもしれない。そんな存在は、望まれるか煙たがれるかの二択しかない。

 子供の頃家族ぐるみで付き合っていたお姉さんは、ISなんていう世界を変えてしまうようなものを作ってしまったがために世界中から求められる一方で糾弾を浴び、最後には俺達の前からいなくなってしまった。

 今俺はそんなあの人と、事情すら若干異なるものの、殆ど同じような状況に身を置かれていると言っていい。尤もそうなった結果どうなったかは現状が表す通り。

 奔放な癖に聡明だったあの人は「たかが世界如きが私をどうこうするなど片腹痛いのだ~☆」と狡猾な狩人達の手を難なく逃れ、一方何の変哲もない凡夫に過ぎなかった俺は眠っている間に首輪を括りつけられたってだけの話。

 

 まぁ、それで安全な檻に入れてくれるというのであればこちらも文句はなかったのだが・・・

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 いや、文句言ってもいいかなぁ……

 

 この俺、織斑一夏は現在。

 中国から送り届けられたばかりの赤ちゃんパンダ、FBIに捕らえられた灰色宇宙人張りの衆人監視に身を当てられ、今にも恥死しそうであります。

 

 くそぅ、女の子に囲まれた学園生活なにそのパラダイスなんて少し浮かれてた数日前の自分を全力で殴りてぇ。蓋を開けてみればただの珍獣扱いじゃねえかこれ。

 もはや机の木目本数を数えてやるくらいの意気込みで顔を上げず反省の体で座り込みを決め込んでいた俺は、心のなかでそう毒づく。

 

 正直ほかの生徒の自己紹介や進行役の副担任の副担任教師の声なんて聞こえやしない。聞こえないったら聞こえない。

 

「では織斑一夏君。自己紹介をお願いします」

 

「はい」

 

 ガッデム。聞こえてるじゃないか俺。どうもあの文字通りぶっとんだ初対面のせいでこの人に俺は負い目を感じているらしい。

 

 山田真耶教諭。

 いかにもおっとりといったイメージが似合う眼鏡がチャームポイントのふくよかな大人の女性だ。

 ふくよか?詳しく。なんて質問は一切受けない。各自勝手に想像してくれ。一つヒントを出すとすれば男の理想とだけ言っておく。

 ちなみにIS学園の試験官も務めており、どうやらISの実働試験だったらしいあの場で俺が豪快にスライディングキッコォを決めてしまったISの搭乗者でもあった。

 どうやらその時頭から落ちたようで、絶対と言われるISの安全装置をもってして尚頭に大きなたんこぶをこさえられたらしく、後に姉に事情を説明されたのち全力で謝った。平行土下座百本なんて久々にやったさ。

 まあ、本人はほんと気にしてないって顔で笑いながら許してくれてお茶までご馳走になったわけだけれども。

 あ~なんて回想にふけってる場合じゃないか。

 

 立ち上がったとたんに感じる視線の集中砲火に耐えつつ、なんとか用意していた言葉を捻り出す。

 

「織斑一夏です。正直まだ実感が湧いてないっていうか、信じられない気持ちが強いですが、この度皆さんと一緒に学ばせて頂く運びになりました。これから一年間宜しくお願いします」

 

 喋る事は終わったっていうのに、拍手の一つも起こらない。

 それどころか周囲の好奇や期待に満ちた視線はますます強くなる。

 どうしろってんだよ。

 

「……まだなにか?」

 

 それが余計な一言だったのはすぐにわかった。

 山田教諭の着席を促す言葉の前に多くの手が上がる。うぉ、ほぼ全員じゃないか。なんてアグレッシブな人材が多いクラスだろうか。

 どうしたらいいか途方にくれていると、横から助け舟が入った。

 

 それは教室の扉を空け、颯爽と現れた。

 

「質問は後ほど各自でやれ。今は自己紹介を済ませろ。時間がない」

 

 織斑千冬。

 前々から度々話に挙がる、俺の姉。

 現在はここで教師をしているが、かつては世界最強のIS搭乗者の称号「戦女神」の名前を手に入れた名実共に世界で最も有名なIS操縦者だった。

 現役を引退した今でも世界クラスで名を知らない者はいないくらいの著名人で、この人が肉親という事実は色々気苦労も多いもののそれ以上に俺の中では誇らしいことだ。

 

「山田先生。本来なら私の仕事を、私の都合で代わって頂き申し訳ないことをした」

 

「いえいえ。これでも副担任ですから、これくらいはお安い御用です」

 

 そんなやりとりが交わされ、山田教諭は後ろに下がり、代わりに姉が教壇に立つ。

 それだけで今まで教室の雰囲気がガラリと変わるのは、やはり姉が持つ貫禄のためだろうか。

 

「なんだ貴様等。まだ不満といった様だな?まあいいまだ進行中のようだがこの際だ。私の話を聞け」

 

 有無は言わせぬ、といった体でクラスを睥睨する千冬姉。

 それに飲まれた生徒達は、皆大人しく次の言葉を待つ。

 

「織斑千冬だ。お前達を一年間で少なくとも使い物になる領分まで押し上げるのが私の仕事だ。お前達もそれを望むのなら私の言うことを聞き、理解しろ。最も拒否権はない。理解できなければ出来るまで指導してやる。わかったな?」

 

 教師の言葉と受け取るには、あまりに傍若無人に過ぎる言葉。

 しかし、姉という人間の本質を理解している俺にはわかる。この言葉は、良くも悪くも本気。

 傍目から見れば唯我独尊を貫いているようで、根底では常に人のことを考えて行動している千冬姉らしい、これだからこの人の弟を止める気にはなれない。

 

 しかし、担任として生徒とのファーストコンタクトとしては流石にキツ過ぎやしないかと、他人事ながら少し心配になったが、

 

「キャー千冬様!本物よ!」

 

「怖かっこいい!」

 

「御姉様~~~!」

 

 予想の斜め上どころかホームの天井を突き破り場外へ飛び出していった黄色い反応に思わず脱力する。千冬姉もいかにも頭痛が痛いといった表情をし、

 

 「よくもまあこんな馬鹿者共が私のところに集まるものだ……いや、よもや意図的に馬鹿者を私のところに集めているのか? ……おのれ、人が新任だと思って面倒を押し付けおって」

 

 そんなことを呟くと、自己紹介を続けるよう促す。

 

 俺の波乱に満ちた学園生活は、こんな感じで幕を開けた……ほんと大丈夫だろうなこれ。

 

 

 

 

 放課後。HRが終わるなり、俺はクラスメイト達に囲まれ質問攻めの刑に処された。

 もっとも千冬姉から呼び出しを受けていたため、それを口実に話も半分になんとか脱出することに成功。お姉ちゃんGJ。

 まあもちろんあの姉のことなので用があるというのは本当だろうし、取り敢えず職員室に向かうことにする。

 

 地図が全部頭に入っているわけではないが、編入が特殊だったことから職員室には何度かお世話になっている。だから一人でも向かえるはずだと頭の中で経路を確認していると、

 

 ふと視線が背中に刺さった。

 

 いや、視線はこうしている間にも常に色んな方向から向けられている、しかしそんな中でも明らかにただの興味本位とは違う強い視線が向けられているのを肌で感じた。

 

「?」

 

 ふと気になって振り返るが、目を逸らされたのか先程まで感じていた違和感が途端に消える。

 

「まぁいいか」

 

 話があるならその内向こうから来るだろう。そう思い教室を後にする。

視線がもう一度刺さった感触があったが、俺はもう振り返らずに歩き出した。

 

 

 

 

「堂に入ってて格好良かったぜ千冬姉」

 

「敬語だ。あと学校では織斑先生と呼べと言った」

 

 開口一番出勤簿で頭を叩かれる。縦で。

 すんませんでしたそれは勘弁してくださいマジで痛いんです。

 

「全く……まさか仕事の方でお前の面倒を見ることになるとは流石に予想外だ。あまり私に恥をかかせるな」

 

「はいはい善処しますよ……で織斑先生、話とは」

 

「お前の住居に関する話だ」

 

「? 少なくとも一週間の間は自宅から通っていいという話ではありませんでしたか?」

 

「話が変わった。お前の入学はそうでなくてもイレギュラーの連続だった。これ以上の『例外』を認めるのは公平ではないという意見が出ている」

 

「……その言い方だと俺が勝手に『例外』を作ったように聞こえるんですが」

 

「あながち間違いではないだろう?お前の意思がどうだったにしても、だ」

 

 暗に間抜けめ、と言われている気がした。

 俺のIS学園への入学は、少なくとも千冬姉にとってはあまり喜ばしいものではなかったのかもしれない。俺の考えすぎなだけのような気もするが。

 

「じゃあ、どうするんです」

 

「他の生徒同様寮に入ってもらう事になる」

 

「成程。で、ここって男子寮ってありましたっけ」

 

「何を言っている?ここがどこだか忘れたのか?」

 

「……女子寮に入れと」

 

「ああ」

 

 ああ、じゃねえよ!と俺は心の中で全力で叫んだ。

 うん、本音を思わずぶちまけない俺って素敵。命が惜しいとか、そういうんでは断じてない。

 

「……それは色々と問題があるのでは」

 

「……言いたいことはわかる。だがもう決まったことだ。これがお前の部屋の鍵だ」

 

 そういって「1025」と書かれた鍵を握らされる。

 千冬姉の淡々とした態度から既にどう足掻いても無駄なことを悟り始めていた。

 あ、そういえば。

 鍵を受け取って思い出したが、

 

「IS学園寮って相部屋でしたよね?」

 

「そうだが」

 

「いやでも、こういった事情ですし、一人部屋くらい認められますよね?」

 

「例外は認めないと言わなかったか?」

 

「いやでも流石に……」

 

 俺、というか相手にとって迷惑な話じゃなかろうか?

 無論俺の精神衛生上にとっても大変よろしくない。

 そんなことを悶々と考えていると溜息を吐きながら千冬姉が続ける。

 

「一応、気休めになるかどうかはわからないが、もう一人はお前とは既知の生徒だ。

問答無用で追い出されるようなことにはならないと思うぞ」

 

「既知の……?」

 

「なんだ気がつかなかったか?あの教室にもいたのだがな」

 

「名前は?」

 

 千冬姉がそいつの名前を口にする。

 それは随分と懐かしい名前だった。なんだよあいつ、遠くに行くって言ってたくせにこんな近くにいたんじゃないか。

 しかし参った。既知なのは確かだが、それはそれで気まずい。

 

「あいつは……相部屋のことを認めたんですか」

 

「いいや、なにせ突然一方的に指示されたことだ。向こうにも恐らく伝わってはいまい」

 

「なんですかそれは……お粗末にも程がある」

 

「私の決めたことじゃない。私に文句を言うな」

 

 思わず頭を抱えながらポロッと出てしまった俺の嫌味に苛立たしげに答える千冬姉。

 それでも手を上げないあたり、今回のことは千冬姉自身も納得していないのだろう。

 

「じゃあ俺、そのこと話してきますよ。そんで少しでもあいつが嫌がったらこの話はナシだ。命令違反だろうがなんだろうが知ったこっちゃありません。外で野宿でもなんでもしますよ、それでいいですか、織斑先生?」

 

「お前は人の話を全く聞いていないな。あの時言ったはずだぞ、私の話を聞き、理解しろと」

 

「話を聞き、理解した上での回答です。納得できないなら、先生の望む理解を俺が得られるまで指導してください」

 

 俺の返しに目を吊り上げる千冬姉。うぉ、ヤバいまた縦か?! と身構えると、千冬姉はやれやれ、といった様子で溜息を吐いた。

 

「全く……本当に手のかかる生徒を持ってしまったものだ。さっさと話して来い。断られても野宿をする必要はない。正直、お前同様私自身今回の決定は不服に思っているところがある。何とか折衝をつけてやる」

 

「ありがとう、千冬姉」

 

 正直折衝つけられるならすぐにでもつけて貰いたかったのだが、千冬姉も指示される立場の人間であることを思い返し、礼を言って踵を返す。

自分のことで千冬姉に迷惑を掛けるのはもう嫌だった。

 

「……『織斑先生』だ、馬鹿者」

 

 歩き出した俺の背中にそんな注意が投げかけられた。

 全く、そんな声で注意するのは反則だろ。そっちがそんなだからこっちだって呼び方間違えるんだよ。「織斑先生」でなく、「千冬姉」の声でなんて。

 

 

 

 

「あいつ」は部屋にはいなかった。

 

 取り敢えず教室に戻り、まだ残っていた数人に行方を尋ねたが、誰も知らないという。

 そしてそのまま話をせがんでくる彼女達をなんとかかわし、再び「あいつ」を探して校内を練り歩いていたのだが、

 

「迷ったでござる」

 

 うん、だってこの学校広過ぎるんだもんよ。

 もはや校内探すのは諦めようと思っても出口に通じる通路がわからず、そんな中でも周囲の視線はひっきりなし。

足は自然と人の少ない場所を求め、そうして彷徨っているうちについたのが、

 

「屋上……」

 

いや、どうしてこうなる。というか何故昇った。

 

「あ~あ今日は駄目かなぁ……」

 

 そんな弱音を一つ吐き、しばし夕暮れ時の屋上で黄昏てみるかと思い立ったそのとき、

 

「あ」

 

 先客と目が合う。暫く呆けてしまったのはその先客がとんでもない美人だったからだ。

 

 俺と同じ一年生であることを示す青いリボン。それがなければ間違いなく年上だと思ったと思う。

 それくらい、落ち着いた雰囲気を持つ少女だった。顔にこそまだあどけなさが残っているものの目つきはキリリとしており、後ろで一本に束ねられた綺麗な黒髪も相成って、その立ち姿は大和撫子のようでいて武芸者のような印象も同時に持たせた。

 

 俺は、こいつを知っている。

 なんでそう思ったかなんてわからない。

 少なくとも、目の前の少女は、俺の知っている「あいつ」と重ならなかった。

 

「箒・・・?」

 

 それでも、その名前を口にしたのは。きっと。

 まだ小学生だったあの頃。

 こんな感じで、屋上から校庭を眺めながら泣いていた奴に会ったときのことを、忘ていなかったからだろう。

 

 そいつは名前を呼ばれ、呆然としたようにこちらを向いたまま立ち続けていた。

 その反応に一瞬人違いかとも思ったが、そうであればこの反応はないだろうと思い返す。

 なので、取り敢えず何も言わずに箒の返事を待った。

 

「…………」

「…………」

 

 しかし一向に返事が返ってくる気配はない。

 元々要領が悪くあまり人付き合いが上手い奴じゃない。

 沈黙を守れば日が暮れるまでこのまま睨み合いになる公算が高いと踏んだ俺は、相手の肩の力を抜いてやろうとする親切心と、軽くからかってやろうという悪戯心の両観点から、あの時の再現をしようと思い立った。

 

「よう。何してんだ」

 

「……人を探していた」

 

 お、若干違うとはいえ同じやりとり。まさか乗ってくるとは。

 憶えていてくれた嬉しさからか自然と口元からは笑みが零れた。見れば、 相手も似たような顔をしている。

 ここまでやれば大丈夫だろう。俺はその一言であっさりお芝居をやめる。

 

「六年ぶりか。久しぶりだな、箒」

 

「そうだな。壮健だったか、一夏」

 

「見ての通りさ。千冬姉ともども元気にやってるよ……しかし、まさかお前がこの学園にいるとはね」

 

「驚くようなことか?私の身の上を考えればここにいるのはむしろ自然なことだろう」

 

 全く不本意だと言いたげに眉を顰める箒。う~ん、そんなもんだろうか?

確かにこいつがISに全く縁がないかといえば、そういうわけでは決してないんだが…………

 

「私は知っていたぞ」

 

 一瞬なんのことかと思ったが、恐らく俺が今ここにいることを指しているんだろう。

俺は溜息を吐きながら首を振って答えた。

 

「そりゃそうだ。あんだけ騒がれりゃ嫌でも耳に入んだろ」

 

「千冬さんと揃って姉弟で有名人とはな。子供のときにサインの一つでも貰っておけば良かったか」

 

「うるせー。つーかお前人のこと言えんのか剣道国大優勝者」

 

「知っていたのか」

 

 途端に表情が硬くなる箒。

 む? 触れられたくない話題だったか。

 と怪訝に思ったのが顔に出たのか、箒はすぐに持ち直す。

 

「いや、少し意外だっただけだ。剣道は続けているのか?」

 

「うんにゃ、小学校まではギリギリやってたけど中学からはバイト地獄でさっぱりだ。一応腕を落としたくなかったから型だけは続けてたけど、もうお前には勝てないかもな」

 

「何?お前少し時間を寄越せ。どれだけなまったのか見てやる」

 

「またの機会にな。そんなことより」

 

 話が嫌な方向に向かい始めたので軌道を修正、本題を切り出すことにする。

 

「……話を無理に変えようとしていないか?」

 

うるさい。変えるったら変える。

 

「寮の部屋割りの話、聞いてるか」

 

「二人部屋なのだろう? 私は今のところ同室者がいないので一人部屋になるという話だったが」

 

 やっぱ聞いてないっぽい。

 だいぶ昔の話とはいえ短い付き合いではなかったので、こいつが怒ったときの剣幕も知っているため切り出すには勇気が必要だったが、このまま言わなけばもっと悲惨な悲劇が起きるという電波を受信したため伝えることにした。

 

「その同室者、俺になりそうって言ったらどうする?」

 

「なっ!!」

 

 俺のその言葉をトリガーに、箒が纏っていた落ち着いた雰囲気が一瞬で火がついたようなそれに変わる。うぉぉ、やっぱ怖い。背後に鬼でも背負っていそうなオーラだ。

 

「馬鹿なことを言うな!男女七歳にして同衾せず、という言葉を知らないのか?!」

 

 知らねーよ。

 まあニュアンスはわかるしおばあちゃんみたいな素敵ボキャブラリーだとは思うけどさ。

 

「そうは言ってももう決定らしいぞ。異議があるなら千冬姉に頼む。まぁどうしても嫌ってんなら俺も一緒に打診してみるけど」

 

 どうやら俺の言葉が嘘ではないと知りガクリと肩を落とす箒。

そんな反応をされるとそんなに嫌なのかと流石に少しへこむ。

 ちょっと話してみた感じ割と話は合いそうな手ごたえはあったのでこいつと同室も悪くないかもな、と思い始めていただけに。まぁ無理もない話かもしれん。

 仮に俺が女で同じ立場になったとしたらいくら昔馴染みとはいえ嫌だろうし。

 

「……一つ確認したい」

 

「ん?」

 

 あーこりゃ撤退して千冬姉に相談かな、と早くも今後の算段をつけていた俺に、火から一転して負のオーラを纏っていた箒がキッと顔を上げて尋ねてきた。

 

「その件はお前が希望したのか」

 

「質問の意図が見えないんだが……まぁいいや。俺の意思は一切介在してない。学園側の決定だ。

いや、相手がお前って点は多分千冬姉が気を利かせてくれたんだと思うけど」

 

「そうか」

 

 あれ、少し残念そうに見えたのは気のせいだろうか。

 いや、流石にそれは思い上がりだろう。

 見たところ箒は諦めムードだ。本当は嫌だけど学園の決定なら仕方がないってところか。

 相変わらず変に真面目な奴だ。

 

「……わかった。同室になるのは認める。だが一つ条件がある」

 

「嫌なら嫌って言っていいんだぜ?」

 

「二言はない。条件を飲む気はあるか?」

 

 やだこの人かっこいい。

 小学生時代にもたまに思ったことだが、こいつが女として生まれてきたのは少し勿体無い気がするね。

 いや、別に俺がそっち方面の人だからって意味じゃないからな。

 あーでも今の時代考えれば女に生まれてきたのは正解か。ほんと世の中世知辛い。

 

「内容次第だな。なんだ」

 

 箒が「条件」を口にする。

 一瞬うげっと思ったが、それで千冬姉に迷惑を掛けずに済むなら安い。

 俺は甘んじて条件を飲んだ。

 

「そうか!それなら早速果たしてもらうぞ。着いて来い」

 

 途端に嬉しそうに顔を綻ばせ、歩き始める箒。

 いかんちょっとドキッとした。いや、そうじゃなくてもこいつの笑顔と言うのは昔から結構レアだったので、これだけ綺麗になった高校生バージョンのそれというのはなかなかにくるものがあるな。

 

 しかし俺だけときめかされたのはちょっと悔しかったので、ささやかな復讐を敢行することにする。

 

「箒」

 

「なんだ?」

 

「綺麗になったな、びっくりした。そのお陰で、最初はお前だってわからなかった」

 

「うっ……早く来い!」

 

 箒は振り返らずに行ってしまう。

 でも俺は箒の耳が真っ赤になったのを見逃さなかった。

 俺のささやかなかつ一方的な復讐劇は取り敢えずの成功を収めたといって良いだろう。




初投稿なんで緊張しとります。まあボチボチ進めていけたらなと。

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