鉛色から空色へ   作:雨が嫌い

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Episode of Laika ③

入学早々波乱の一学期も終わりを告げた。

そして続く二学期もそのまま終わろうとした冬の日のことだった。

 

 

朝霧と話すようになって最初は──

 

「おい、火野。おまえいつから人形師になったんだ?」

「あ? どういう意味だよ?」

「D組の『人形(ドール)』を手なずけたそうじゃねえか」

今、こいつなんて言った…?

人形(ドール)だと…!?

「おい…アタシの前で二度とあいつのことを人形なんて呼ぶんじゃねえ!」

「うっ…。わ、わかったよ」

(こえー)

(ああ、やばかったな)

 

──なんてこともあったが、友人の助けや元々D組以外ではあまり噂になって無かったこともあり、朝霧をもう人形と呼ぶ奴はいない。

 

 

廊下を突き進んだ先、ある物(・・・)が掲示されている場所でそいつ──朝霧は立ちつくしていた。

ん? 何見てんだあいつ?

「よ、朝霧」

「ん? 火野か」

「何見てたんだ?」

「どうでもいいだろ」

「教えろって、友達だろ?」

「…僕は了承してない」

そう、あの時こいつ、言うに事欠いて「ヤダ」とかぬかしやがったんだ。

で、そのままずるずると今日までってとこだ。

まあ、アタシはもう友達だと思ってるけどな。

相変わらず固い奴だぜ。でもまあ、普通に話してくれているだけいい方か。

けど、このまま答えてくれそうになかったので、アタシはさっきまで朝霧が見ていた所を見ることにした。

つっても確か今掲示されてんのって。アレしか……

 

≪期末筆記テスト順位表≫

【1 ………

【2 朝霧ソラ (590点)】

【3 ………

 

「………」

ゴシゴシ

おっかしいなぁ……アタシって視力は結構いいはずなんだけどなぁ。

まあ、見間違いくらいあるか。

アタシは今度こそしっかり見据える。

 

【2 朝霧ソラ】

 

「………」

「………」

ゴシゴシ

「って2位!? 朝霧ってそんなに頭良かったのよ!?」

「こんなの、中学レベル」

いや、そりゃあアタシたち中学生だからな?

「火野は一々驚きすぎ。テストなんて基本やった所からしか出ないよ。それとも火野はバカなのか?」

「だ、誰がバカだ! つーか、朝霧も偉そうなこと言っておいて、2位じゃねえか」

順位表にのってすらいない。英語と武偵基礎以外全滅のアタシが言うことじゃねえけど。

「……むぅ」

お、何だ? もしかして悔しがってるのか?

案外こいつも負けず嫌いなんだな。

冷静に見ると、子供っぽいところあるし。

でも、朝霧は誰に負けたんだろ? ある意味初敗北じゃねえか?

ふと、気になったアタシは再び順位表に目を通す。

 

≪期末筆記テスト順位表≫

【1 佐々木志乃 (596点)】

【2 朝霧ソラ  (590点)】

 

佐々木志乃?

どっかで聞いたことあるような…?

それにしても596点って、一問か二問しか間違ってねえってことかよ。

うげー、こいつ絶対ガリ勉だぜ。仲良くなれそうにねーぜ。

ま、アタシには関係ない人種だけど。

…あ、朝霧は2位だったか。

でも、こいつはガリ勉って感じじゃねえしな。

CQC訓練中の自習もサボってるし。

「何見てるの? もしかして僕のこと好きなの?」

「ち、ちげえよ!! 何でそうなんだよ!」

好きとか…! 大体、まだそんな気持ちわかんねえし。

「何か、クラスの女子がそう言ってた」

「おまえ…他の奴とも会話するようになったのか?」

正直、驚きだ。

人形師、誰かがそう言ってたように、基本こいつはアタシとしか会話しない。

それは、こいつが人形と言われなくなった今でもそうだ。

まあでも、話しかければ反応するくらいには丸くなった。一言で会話が終わるらしいが。

だから、ついにそんな風に話すようになったのか。と、内容よりもそれ自体に驚いたが、どうやら違うらしい。

「ううん。後ろで話してるのが聞こえた」

それでも、周りを気にするくらいの気持ちは出てきたみたいだ。

なんか、こう……アレだな。育てている問題児が成長した保護者の気分だ。

このまま、まともに育ってほしいものだぜ。

 

 

 

 

「佐々木志乃さん? うん、知ってるよ」

何度も出てきたクラスの女子。

いつまでも名前が出ないのは可哀想なので、ここでは仮にA子としておこう。

「何で仮なのよ!?」

モノローグにツッコムなよ……

「それより、佐々木(?)だっけ。有名なのか?」

「……まあ、そりゃね。なんたって今回の学年1位だし」

「それはアタシも知ってるぜ。だけど、何かそれ以前にもどっかで聞いたことがあるような感じがするんだよ」

「あー。噂になってるからね、『勝ち組』って」

「なんだそりゃ?」

「同じA組に友達がいるから知ってるんだけど。何か顔良い頭良い家柄良いの、良い良いづくしの子なんだって」

へー、どこにでもいんだな、そんな奴。

「テストでは一、二学期ともに全教科トップだし。実技もかなりの好成績らしいよ」

「マジかよ」

つーことは、朝霧のあれは初敗北ではなく連敗中ってことなんだな。

「でも、そんな完璧なのが原因で、妬まれてるっていうか……悪目立ちしてるの」

「それ、まんま女版朝霧じゃねえか?」

あいつも家柄は知らんけど、顔も頭も良いし。悪目立ちしてたし。

「うーん……ちょっと違うかな。朝霧君は、何て言うか、ほら、神聖視されてる、とまでいうと大げさだけど、どこか自分たちとは違うみたいな感じで一目置かれてたじゃない? でも、佐々木さんは思いっきり嫉妬の対象になっちゃてる感じなんだよね」

…まあ、あいつのあのあだ名もそう言う意味が込められてたんだろうな。

「それに、朝霧君の噂があまり広まらなかったのも、多分佐々木さんがいたからだと思う」

「向こうは向こうで、ってことかよ」

で、朝霧が噂されなくなった分、佐々木っていう奴の噂がこっちまで来たのか。

「何? もしかして朝霧君の次は佐々木さんに興味があるの?」

「いや、違う。ただちょっと気になっただけだよ」

「ふーん。なら別にいいけど」

いや、何だよ、その目。アタシは別にそんなお節介じゃねえからな。

「話は変わるけどさ、朝霧の奴はクラスでどんな感じなんだ?」

「(やっぱり、お節介じゃない)別にいじめとかは無いって、前と違って呼べば返事はするらしいし。そうねえ、ここで例えると朝霧君にちょっと失礼かもしれないけど、うちのクラスの平頂山みたいに、静かにポツンといる目立たない生徒って感じかな」

「え? 朝霧の奴、あれで目立たないのか?」

「最初が最初だったからね。避けても無いけど、触れても無い。そんな距離感なんだよ。ライカは別みたいだけど。いじめがあるわけでもないし、大丈夫なんじゃない?」

それならいいか…?

まあ、朝霧はあんな性格だし、もう騒ぎになるようなことは無いか。

この時のアタシは、そう楽観してたんだ。

 

 

 

 

それから幾日。

「大変よ! ライカ!」

「んあ。どうしたんだよA子」

「大変なの! B組の友達に聞いたんだけどね!」

…おまえ、友達いっぱいだなぁ。

情報も毎回適格だし、探偵科(インケスタ)とか情報科(インフォルマ)とか向いてんじゃねえのか?

なんて、暢気に思ってたアタシだったが、次の言葉で一気に冷めた。

「朝霧君が剣呑な雰囲気の上級生に連れられてるのを見たって!」

「はぁ!? どういうことだ?」

「これはE組の友達に聞いたんだけど、朝霧君、昨日二年の先輩を振ったんだって」

「おいおい!? あいつに告白するような奴がいたのか!?」

確かに顔はいいけどさ、朝霧だぞ?

「二年生には一年生ほど朝霧君のこと伝わってないだろうから、あり得ないことじゃないんじゃない?」

「で、それが今の状況とどう関係あるんだよ!?」

「その先輩、腹いせに取り巻きを引き連れて仕返しに来たんじゃないかって」

くそー、朝霧の奴なんか失礼なことしたのか?

だけど、その先輩も先輩だぜ! 男に振られたからって複数で仕返しに来るとか馬鹿じゃねえのか!?

「どこにいったかわかるか?」

「旧校舎の方に行ったらしいけど…」

つーことは、屋上か空き教室か?

アタシは一目散に教室を飛び出した。

「…あ、ちょっと! ライカ!」

A子の静止の声をまたもや振り切って。

 

無事でいろよ! 朝霧!

ダダダッ!

全力で廊下を駆ける。

幸い、旧校舎に近づくほど、人が少なくなるので誰にもぶつからずに……

ドン!

「──ッ!」

「あ、す、すみません!」

が、一人の女子生徒とぶつかってしまった。

双方受け身を取っていたのでケガは無かったみたいだ。

「…廊下は走るものでは無いよ」

白い肌に薄青色の瞳でどこかクールな雰囲気がある美人だった。

…外国人か?

「すみません!」

やべえ! 急いでんのに!

朝霧は旧校舎のどこにいるのかもわからないんだから。

でも、完全にアタシが悪いし。

「待ちなさい。キミの探している彼は屋上にいるみたいだよ」

「は?」

何で、この人がそんなこと知ってんだ?

「あの…」

「早く行った方がいい。触れずとも、あの連中がよからぬことを考えていたのが目に見えてたからね」

そ、そうだった。

早く、朝霧んとこ行かねえと!

「本当にすみませんでした!」

アタシはもう一度謝罪すると、旧校舎の屋上に向かって駆けていった。

 

 

屋上近くまで駆け上がったアタシに声が届いてきた。

何か言い争っている声だ。

「──どうしても、あたしの彼氏にならないというわけね」

「火野よりしつこい。というか、キモイ」

おいおい…朝霧、おまえ相手を煽るなよ。しかもアタシを比較に出すな。

「生意気ね。このあたし、明智小十郎が自ら声を掛けているというのに」

は?

何か、違和感が……

屋上の扉の隙間からたどり着いたそこを見てみると……

10人くらいの男に囲まれた朝霧がいた。

そう、男だ。男だけだ。

そして、中心にいる筋肉ダルマのような男が朝霧に詰め寄っていた。

つまり──

(オカマかよぉぉぉぉ!!?)

確かに何か野太い声だとは思っていたけどさ!

そりゃ、断るわ! 邪険にするわ!

誰だって、あんな暑苦しい筋肉、しかもオカマにすり寄られるのは嫌だろう。

「もういいわ! あんたたちやっておしまい!」

「!」

それを合図に男たちが朝霧に襲い掛かる。

あんなんでも人望があるのか、それとも権力でも持ってる奴なのか。

朝霧はそれを正面から迎え撃つ。

やはり、朝霧は強い。すぐさま一人を鎮める。

だが、どう見ても多勢に無勢だ。

しかも、相手は二年。それも体だけならかなり鍛えている部類の奴らだ。

二、三人倒したところで限界が来て捕えられてしまった。

 

くそ! 何見てんだアタシ!

──だけど、アタシが出ていって意味があるのか?

──朝霧でもすぐに捕まったんだぞ?

 

「うふふ。あなたが悪いのよ?」

「何すんだよ!?」

「大丈夫、痛いのは最初だけだから」

それを聞いて朝霧の顔が真っ青になる。

「ヤダァァ! 離せぇ! この変態!!」

初めて見る朝霧の泣き顔──

 

ブチ!

 

「じゃあ、早速……プゲラッ!」

気が付いたら、ズボンに手をかけて隙だらけだったオカマをぶっ飛ばしていた。

「…な…!?」

「アタシの友達に手を出すんじゃねえ!!」

そして、硬直してる朝霧を取り押さえている奴に蹴りを入れる。

「グゲッ!」

「ゲホッ!」

「グギャッ!」

そして緩んだ拘束を朝霧が抜け、近くにいる奴に仕返しとばかりにボコる。

そのことで、残りの相手も気を取り戻したのか、怒りに顔を染め、逃がしはしないと囲んでくる。

トン!

背中に何かが当たる──朝霧の背中だった。

「助けてなんて言ってないからね! ……でも、ありがと」

「朝霧も可愛いとこあんじゃねえーか」

「な!?」

狼狽える朝霧。もはや初対面時の見る影は無い。

「おい、てめえら状況わかってんのか? ただで済むと思うなよ!?」

オカマが立ち上がる。見た目通りタフな奴らしい。

だが、さっきまでの女言葉は無く、その顔は鼻血と怒りで赤く染まっている。

確かに、まだ相手の方が多い。

だけど、なんだろう…?

負ける気がしねえ!

「やっちまえ!」

 

………

……………

…………………

 

「…はぁ…はぁ…!」

「…終わった…」

倒れ伏す、10人の男たちから少し離れたところでアタシと朝霧は息をつく。

「何で、僕を助けたの?」

「何でって、そりゃあ友達だからだろ?」

「僕は断ったのに?」

「アタシはなったつもりだったぜ?」

「………」

何とも言えない顔でうつむいた朝霧は、フルフルと顔を振った。

それから──

「やっぱり、僕は火野の友達じゃなかった」

「お、おい!?」

え? ここまできてそれは酷くねえか?

けど──

 

「だから、改めて僕と友達になってくれませんか?」

 

その日朝霧は初めて笑った。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

一般の通学と比べて荒事に幾らか寛容なこの武偵中でもこのことは騒ぎになったようだ。

あのオカマは退学その他学外処分、他の男連中は停学という結果になった。

やはり、親の権力に物を言わせて好きかってしていた奴だったらしく、今回のがきっかけでいろいろ余罪が出てきたようだ。

今回もどうにかなると思っていたのか、オカマはひどく血相を変えていたらしい。

で、対するアタシたちは少しの注意を受けただけで、あとはおとがめなし。

いくらこっちが被害者でも何だか都合がいいなと思ってたら、どうやらこのことをきっちり報告した人がいたみたいだ。

つーか、こんな衝撃的なこと忘れてるって、あいつどういうことだよ。

……いや、冗談だろうけどさ。冗談だよな?

 

けど、まあ別にそのあと、何か変化があったわけじゃねえんだよな。

アタシ以外とあまり話さないのそのままだし。

変化が起きたというなら、あかりや竹中、そして悔しいけどあの(・・)先輩のおかげなんだろう。

あいつが目に見えて変わった四月。

正直、アタシは嫉妬していたんだ。

アタシが苦労して縮めた朝霧との距離を一瞬で勝ち取ったあの人に。

 

──だけど、その気持ちを自覚するのは二学期になってのことだった。

 

 

 

─「Episode of Laika」end.─

 




「おまけ」

ある日のこと、朝霧から呼び出しを受けたアタシは、呼び出された部屋に辿り着きドアを開ける。
ガチャ
「へ?」
そこには長いストレートの黒髪の美少女なメイド(・・・)がいた。
「ん? 遅かったね」
いや、誰だよ。アタシにはこんな可愛い知り合いはいねえぞ?
「?」
固まって反応が無いアタシをどう判断したのか、謎のメイド美少女は首を少し傾げると、「あー」と何か納得したかのように頷いた。
そして──
「お帰りなさいませ。お嬢さまっ!」
とか言い放ちやがった。
「………」
「んー? 何だ? もしかして間違ってたのかなぁ?」
どこか聞いたことのある声でメイド美少女は疑問符を浮かべ唸る。
「お、おまえ…もしかして、朝霧…か?」
「いやいや…。そうに決まってるだろ。他に誰がいるのさ」
何を当たり前のことを、みたいな顔してるがこっちは半信半疑だったんだぞ。
その髪はウィッグか?
「…何でそんな格好してんだ?」
「実はさ、僕の所に飛び級研修(インターン)の話が来たんだけどさ」
「な!? じゃあ、おまえ武偵高に行くのか?」
今やっと、一年が終わろうとしたばかりだってのに。
「いや? それは断ったよ」
「…そうなのか?」
「うん。だってメンドイし」
話すようになってわかったんだが、朝霧は結構面倒くさがりだ。
今思うと、全然離さなかったのもただ単に面倒だったのかもしれねえな。
「だけどまあ、何か中学の技能修了関係で教員が…あ、話すのもメンドイな」
「話せよ! そこまで行ったら話せよ!」
「はぁ…火野は知りたがりだな」
やれやれ、と首を振る朝霧。
え? 何でアタシが無理やり聞き出してるみたいな空気になってんの?
「じゃあ、掻い摘んで。何かいろいろ理由があって断る代わりに仮履修(インターン)の方のお試し版として任務を受けることになった」
「で、結局その格好とどこに関係あるんだよ?」
「これ、仕事服らしい。潜入先の」
「メイド服が、か?」
「そう」
「そ、そうか。それは気の毒だったな…」
「ん? 気の毒なくらい似合ってない?」
あんなことがあったからこういう服装とかは大丈夫なのかと思ったが。
完全に仕事だと割り切ってるらしい。
「い、いや似合ってるぞ! すげー可愛い!」
それに、ああ言った手前、使いたくなんかなかったけど、こんな可愛い者の前じゃしょうがねえ!
人形(・・)みたいに超可愛い!!
160cmはあるアタシより5cmほど小さくて、まだ幼い影響で中性的な顔立ちをしていた朝霧にはとてつもなく女装が似合っていた。
女と言っても通用するなんてレベルじゃねえ、むしろこれで男と言ったら通用しねえレベルだ。
まさに、人形のように精巧な絶世の美少女。
じゅるり……持ち帰って、部屋に飾りてぇー!!
「火野、何か怖いんだけど…」

──思えば、アタシの人形を愛でる趣味もこの時のソラのせいでできたんだよなぁ。



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