漆黒の竜人と魔法世界   作:ゼクス

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お待たせしてすいませんでした。


海底に潜む悪意と古代遺跡 前編

 海の奥深く、光も届かない海底。

 その場所で動く巨大な影が二つ存在していた。二つの影は争うかのようにぶつかり合い、互いを倒そうとするように自らの必殺技を放った。

 片方の放った必殺技は目標を外し、その先に在った岩壁に激突した。もう片方が放った必殺技は目標を外さずに直撃した。

 直撃を受けた影は悲鳴のような雄たけびを上げ、全速力で逃げ出す。その後をもう一方の影は止めを刺す為に追いかけて行く。残されたのは破壊された岩壁。その岩壁は徐々に崩れて行き、何らかの遺跡らしきモノが姿を見せた。

 その遺跡の奥深くに在る装置が、岩壁の破壊の衝撃に寄って異変を起こした。その装置の正体は生命維持装置。

 過去のとある偉人の生命を護る為の生命維持装置。しかし、その維持装置は凄まじい衝撃によって異常を引き起こしてしまった。場所は海底。しかも発見されていない遺跡の奥深くに生命維持装置は在る。このまま放置すれば、内部で保護されている人物の命は長く持たず、誰にも知られずに一つの命が消える事になる。

 だが、偶然、或いは必然が起こった。とあるマッドがデジモン捜索の為に世界に放った探索機器。その機器にはデジモン以外にも、もう一つ、アルハザード文明の遺産を発見する探査システムが備わっていた、

 そして発見されず、また遺跡の防衛機構のせいで隠されていたアルハザード文明の反応を探査機器の一つが捉えたのだった。

 

 

 

 

 

「と言う訳で! ミッドチルダのこの位置にアルハザードの遺産の反応! 及びデジモンの反応を発見しました! すぐに回収をお願いします!!」

 

 自身の探査機器が捉えた情報をフリートは、ブラック、リンディ、ルインにミッドチルダに在る海底遺跡の詳細な場所を指令室代わりに使っている場所で説明していた。

 

「……本当に灯台下暗しね。まさか、アルハザードの実在を示す証拠がミッドチルダに在るなんて。しかも未発見の遺跡として」

 

「場所的に【聖王のゆりかご】じゃないようですけど、海底に在るなんて誰も思わなかったんでしょうね」

 

 灯台下暗しと言う言葉が相応し過ぎる現状にリンディは頭を抱え、ルインは慰めるように声を掛けた。

 ロストロギアの回収を何よりも優先する管理局の発祥の地だと言うのに、まさか今だに発見されて無かった古代の遺跡が存在しているとは夢にも思わなかった。

 

「……プレシア・テスタロッサが見つけていた証拠以外にも在ったのね」

 

 当時は追い詰められた狂人の発言だと思っていたが、こうして次から次へとアルハザードの実在を示す証拠が見つかった行く度に、リンディは頭が痛い気持ちで一杯だった。

 最もアルハザードの実在の証拠が見つかっても、今のリンディには少しも嬉しくは無い。寧ろ御伽噺のままで居た方が良かったと言う気持ちで一杯だった。目の前に居る唯一の生き残りのマッドを見ているだけに。

 しかし、当の本人であるフリートは構わずに説明を続ける。

 

「本当ならば私が直接回収しに向かいたいんですけど、弟子を得てしまいましたからね。コレから士郎さんと体力づくりのメニューの相談をしないと行けませんし。なのはさんが【デジタルワールド】の一か月の旅から戻って来るまでに、アルハザードの魔法技術のメニューも作らないと行けませんから」

 

 正式にアルハザードの魔導技術を学ぶ事になったなのはだが、その第一段階として改めて体力づくりが決定された。

 その為にガブモンだけではなく、姉の美由希と暫らく療養する予定だったクイントも加えて共に【デジタルワールド】を今は旅している。

 一か月ほどで戻って来る予定なので、その間に父親である士郎となのはの今後に関してを決めるつもりだった。

 

「と言う訳で、【アルハザード】の遺産の回収をお願いします」

 

「貴様との約束だからな。回収はして来てやる……ソレで、その遺跡の近くに居るデジモンは何体だ?」

 

「今のところ二体を観測しています。ただどちらも海中を縦横無尽に動き回っているようですから、間違いなく海系のデジモンだと思います。しかもどちらとも反応が大きい事から、完全体レベルのデジモンの可能性が高いです」

 

「不味いわね。完全体の海系のデジモンは巨体タイプが多かった筈だわ」

 

「もしもあのデジモン……【ホエーモン】が居たら危険過ぎますね」

 

 【ホエーモン】はデジモンの中で唯一【成熟期】と【完全体】の二つの世代に名を連ねている。

 その違いは、ホエーモンが使う必殺技にこそある。成熟期のホエーモンの必殺技は、【ジェットアロー】と言う高圧の水流を敵に向かって放つ技。だが、完全体のホエーモンの場合は【タイダルウェーブ】と言う大津波を引き起こす恐ろしい技なのだ。

 完全体のホエーモンのパワーは下手な究極体よりも上で在り、しかも海系のデジモンは基本的に海でしか活動していないので常時力が引き上がっているのである。

 【デジタルワールド】に数多くいるデジモンの中でも、海系のデジモンとは積極的に戦おうとする者は少ない。寧ろ地上タイプのデジモンは海系のデジモン達と友好的な関係を結んで、大陸から大陸へと渡る足代わりに使う者が多いのだ。

 それだけ【海】と言う場所は、海系に属するデジモンにとって最高の場所であり、陸系のデジモンにとって戦うには危険過ぎる場所なのだ。

 

「……ソレで、回収する【アルハザード】の遺産とは一体どんな物だ?」

 

「ソレなんですけど……どうにも今回の遺産は、反応からすると生命維持装置みたいなんですよ」

 

「何ですって? 生命維持装置? それじゃ、まさか、【アルハザード】の人間がいるかも知れないの?」

 

 聞かされた情報にリンディは焦りを覚えた。

 なのはが受けた試練に寄って、改めて知った【アルハザード】の恐ろしさ。【アルハザード】の魔導師が一人いるだけで、魔法文明しかないミッドチルダは敗北する未来しか待っていない。

 無論生命維持装置の中にいるかも知れない人物が、【アルハザード】の人間でない可能性や、好戦的な人物でもない可能性が在る。

 とは言え、どちらにしても【アルハザード】に関する人物だった場合、かなり不味い状況になってしまう可能性が高い。

 しかし、その可能性をフリートは否定する。

 

「いえ、多分【アルハザード】の人間は居ませんよ。遺跡の年代を探索機器で調べたところ、どうにも古代ベルカ時代辺りの年代だったんで……あの文明……【聖王のゆりかご】と言い、良くも私達の技術を隠してくれていましたね」

 

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、フリートは呟いた。

 次元世界を調べれば調べるほどに、【アルハザード】の存在を立証しかねない代物が予想以上に存在していたのだ。その最たる中でも、古代ベルカ時代の遺物の中に【アルハザード】に関する代物が多かった。

 

「まさか、動力部が完全に壊れていた艦船を隠して、【アルハザード】が消えた後に修理して使っていたなんて思っても見ませんでしたよ」

 

「ソレは【聖王のゆりかご】の事ね?」

 

「えぇ……リンディさんも疑問に思いませんでしたか? 何でわざわざ外部からエネルギーを供給しないと満足に機動出来ないのかって?」

 

「……そうね。確かに違和感は在ったわ」

 

「その答えは、あの【聖王のゆりかご】は確かに【アルハザード】の技術で造られた艦船です。但し、動力炉だけは別物なんですよ」

 

「……一応あの【聖王のゆりかご】に使われていた動力炉も管理局から見れば充分にロストロギアなのだけど」

 

 だが、言われてみれば納得出来る。

 【聖王のゆりかご】は確かに強力な兵器だが、運用部分で問題が多い。一々月の魔力を受け取らなければならない。機能制限としては【聖王】の血筋だけしか起動出来ないと言う部分だけで充分なのに。

 何よりも【聖王のゆりかご】が早い段階でベルカ戦争に投入されていれば、ベルカ戦争は初期に終わった可能性も高い。つまり、初期には【聖王のゆりかご】は存在していなかった。

 

「徹底的に兵器関連は回収した筈でしたけど、もう動力炉が使えないから回収しなかったんでしょうね。まったくもうおかげで【アルハザード】の存在を示す証拠が残ってしまいましたよ。まぁ、もう改竄しているので大丈夫ですけど」

 

 既に【聖王のゆりかご】に関する情報は徹底的に改竄してある。

 【アルハザード】の存在が漏れる事は無い。とは言え、楽観視も余り出来ない。何者かは分からないが、【アルハザード】の遺産である生命維持装置に入っている者が居るのだ。その者から【アルハザード】の存在が知られる可能性は見過ごせない。

 

「何者かは分かりませんが、とにかく生命維持装置と思われる遺産の中に誰かがいたら、その人物も連れて来て下さい」

 

「分かったわ」

 

「話は終わったな。行くぞ」

 

 もう用は終わったと判断したブラックは立ち上がり、ルインを伴って部屋から出て行った。

 リンディも続くこうとするが、その前に言うべき事があったのでフリートに顔を向ける。

 

「フリートさん。私が居ないからって羽目を外さないようにね。今後のなのはさんの訓練の為に高町家には行って良いけれど、くれぐれも迷惑はかけないように」

 

「……ウゥ……信用が無いですね。と言うか、リンディさん! 今のあの家で何か出来ると思ってるんですか!? あの家には護衛がいるんですよ! リンディさんと同じ私の天敵! マリンエンジェモンが!!」

 

「言わないで! 私だって悲しいのよ! あぁ、マリンエンジェモンちゃん! どうしてアルハザードに来てくれなかったの!?」

 

 思わず両手を合わせてリンディは嘆いた。

 【アルハザード】にマリンエンジェモンが来る事をリンディは望んでいた。

 だが、ソレは絶対に不可能になってしまったのだ。ただ高町家にマリンエンジェモンは居候している訳では無い。

 得てしまったので在る。マリンエンジェモンは自らのパートナーである人間を。

 事の起こりは、高町家の面々がデジタルワールドから地球に戻る時に起きた。

 

 

 

 

 

 火の街の駅のホーム。

 なのはが試練を乗り越えて、フリートから【アルハザード】の魔法技術を学ぶ事になった後、グレアム達と高町家の面々は一先ず地球に戻る事になった。

 喫茶店をやっている高町夫妻は当然として、グレアム達も三提督との渡りを付けなければならない。その為に地球に戻るのだ。

 

「それじゃ、なのはの事を宜しくお願いします」

 

「分かっていますから、安心して下さい。大体の治療は終わっていますから、後は経過を見るだけですので。ただ着替えとかはお願いします」

 

「はい」

 

「家に帰って私が荷物を持ってくるよ、母さん」

 

「お願いね、美由希。私と士郎さんは仕事があるから」

 

「あぁ、序に美由希さんも装備を持って来て下さい。士郎さんと相談中ですけど、なのはさんの治療が終わって体調が戻り次第にデジタルワールドを旅して貰う予定なんですよ」

 

「旅ですか?」

 

「はい。デジモンのデータが登録されているディーアークを所持しているからと言って、油断しては行けません。デジモンの事を直に学んで貰う為にも旅をして貰うんです。ガブモンにクイントさんが付きそう予定ですけど、やっぱり保護者として美由希さんにもついていて貰った方が安心だと思いますので」

 

 なのはにとってデジタルワールドを旅する事は必要な事。

 だが、コレまで文明の利器の中で生活していただけに、それなりの準備はするが、自然の多いデジタルワールドでの旅はなのはにとって過酷になる可能性がある。

 ガブモンとクイントがついて行くとは言え、ガブモンはともかく、クイントは記憶喪失と言う障害を持っているだけに安心出来るとは言えない。其処で鍛錬などで山籠もりの経験を持っている美由希にフリートと士郎は付き添って貰う事にしたのだ。

 

「……そうだね。治ったとは言え、まだなのはが心配だし。分かりました。一通り装備は持って来ます」

 

「お願いします。ソレとコレを」

 

 白衣の中からフリートは何らかの小型の機械を取り出し、桃子に手渡した。

 

「あのコレは?」

 

「地球の駅ホームに設置した転移用の装置に、転移出来る装置です。一々渋谷駅のエレベーターに乗ってホームに来る訳には行きませんからね」

 

 渋谷駅は人が沢山溢れかえる場所なのだ。

 来る時は夜だったから問題なかったが、昼間に来る事は難しいとしか言えない。その為にフリートは桃子に専用の転移装置を渡す事にした。

 因みにちゃんと対策は施されているので、万が一盗まれても問題が無いようにプロテクトを掛けてある。序でに言えばグレアム達には渡す気は無い。

 一応協力関係ではあるが、まだグレアム達は信用し切れてない部分がある為である。

 機械の使い方を一通り桃子にフリートは説明する。

 その間にリンディはグレアム達と話をしていた。

 

「それでは、三提督との渡りの方をお願いします」

 

「出来るだけの事はして見せる……リンディ、管理局には?」

 

「……残念ですけど、無理です」

 

 リンディは寂しげに首を横に振るった。

 最大の復讐相手だった最高評議会を殺したとはいえ、ソレで全ての憎しみが晴れた訳では無い。

 フッとすれば、管理局への憎しみがぶり返してしまうのだ。何よりも、もう管理局に対する奉仕の意思をリンディは抱く事が出来なくなっていた。

 

「私はもう管理局には戻りません。クロノ達の事は確かに心配ですけど、今の私には戻る意思が抱けないんです」

 

「……そうか」

 

「勝手かも知れませんけど、どうか、クロノ達の事をお願いします」

 

 深々とリンディはグレアム、リーゼアリア、リーゼロッテに頭を下げた。

 ソレがリンディとしてではなく、嘗てのリンディ・ハラオウンとして出来る限界だった。

 グレアム達はその姿に、最早リンディ・ハラオウンは存在していない事を悟るが、何も言う事は出来なかった。

 沈黙がリンディ達の間に満ちていると、駅のホームの入り口からオファニモンがやって来る。

 

「アレ? オファニモン、どうしたんですか?」

 

 見送りに来る予定が無かった筈のオファニモンがやって来た事に、フリートが質問した。

 その声にリンディも顔を上げて、オファニモンに顔を向ける。

 釣られて他の面々もオファニモンに顔を向ける。

 

「少々確かめたい事がありましたので、此処に参りました」

 

「確かめたい事?」

 

「えぇ……マリンエンジェモン」

 

「ピプ~!」

 

 オファニモンの背後に隠れていたのか、マリンエンジェモンが飛び出した。

 そのまま迷う事無く、桃子の方へと空中を移動する。

 

「パピ~」

 

「マリンちゃん? どうしたの?」

 

 自身の胸に飛び込んで来たマリンエンジェモンに驚きながらも、桃子は優しくマリンエンジェモンを抱き締めた。

 一体何をオファニモンは確かめようとしているのかと誰もが疑問に思った瞬間、桃子とマリンエンジェモンの間に光が発生した。

 発生した光は徐々に治まって行き、桃子は無意識の内に光に手を伸ばし、その手に握った。

 同時に光は治まり、桃子の手の中には桃色の縁取りのディーアークが在った。

 

「……こ、コレって!?」

 

「なのはの持っている物と同じ!?」

 

「……ディーアークですね」

 

「やはりですか」

 

 新たなディーアークの出現に誰もが驚く中、オファニモンだけは予想していた可能性が当たっていた事で冷静に桃子の手の中にあるディーアークを見つめる。

 ソレに気がついたリンディは、当たって欲しくない可能性に体を震わせながらぎこちなくオファニモンに顔を向ける。

 

「オ、オファニモンさん……こ、これは?」

 

「マリンエンジェモンがどうしても彼女と一緒に居たいと告げて来たのです」

 

 なのはの試練の後、フリートと高町家、そしてグレアム達の見守り役の終えたマリンエンジェモンは、即座にオファニモン達に桃子と一緒に居たいと直談判を行なったのである。

 一目見た時からマリンエンジェモンは桃子の発する雰囲気に惹かれていた。周囲を安心させるような、その雰囲気にマリンエンジェモンは魅了され、桃子と触れ合ってみれば尚惹かれた。

 その桃子が悲しむ姿など見たくないと考えたマリンエンジェモンは、密かに桃子と一緒に行こうと決意していたのだ。だが、見た目は可愛らしく生物に見えるマリンエンジェモンだが、究極体である事は変わりない。

 成熟期や完全体ならばともかく、究極体がデジタルワールドから出る事はオファニモン達も許可していない。

 故にマリンエンジェモンが外に出る許可を出す事は出来ない。

 しかし、在る可能性に気がついたオファニモンは確かめる意味を持って、桃子とマリンエンジェモンを会わせてみたのである。その結果が、二つ目のディーアークの出現だった。

 

「高町家の方々には護衛を付ける予定でしたが、その必要は無くなったようですね」

 

「え~と、それって、マリンちゃんを連れて行っても良いんですか?」

 

「えぇ、ディーアークが出現したとなれば、引き留める事は出来ません。マリンエンジェモン。彼らの護衛をくれぐれもお願いします」

 

「ピプ!」

 

 任せろと言わんばかりにマリンエンジェモンは胸を叩いたのだった。

 

 

 

 

 

 ミッドチルダのとある海上。

 蒼く広がる海の上に、一台の船の姿が在った。

 その船の後部の方で一人の女性が、水着姿で横になって日光浴をしていた。

 

「あぁ、良い日差しだね」

 

「へへ、全くだぜ」

 

 女性の声に応えるように、船室の中から青を基調した服と帽子を被った男性が飲み物を持ちながら出て来た。

 

「……暑苦しい服装だね。見てるだけで熱くなりそうだよ」

 

「仕方ねぇだろう。お前と違って、俺は服を脱げねぇんだからよ。元の姿に戻る訳には行かねぇしな」

 

「まぁ、そうだね」

 

 男性が差し出して来た飲み物を受け取りながら、女性は起き上がる。

 

「ソレで……データの方は取れたのかい?」

 

「あぁ、バッチリだぜ。しかし、あの男。人格はともかく、腕だけは確かだぜ。俺達が渡したデータから、アレを再現したんだからよぉ」

 

「ソレぐらい出来なきゃ、ルーチェモン様が手を組む筈が無いだろう。とは言え、安心出来ないよ。ルーチェモン様はベリアルヴァンデモンなんて目じゃないぐらい恐ろしい方だからね」

 

「分かってるって。せっかく、お前とこうして生きてられるんだからよぉ。俺達にとって一番ヤバい、ブラックウォーグレイモンの奴も死んだ筈だあぁ!!?」

 

「ん、どうしたんだい?」

 

 いきなり右手を前に突き出して震える男性に、女性は疑問に思いながら男性の右手の先に視線を向ける。

 次の瞬間、女性は手に持っていたコップを床に落としてバリンッと割れる音が響いた。

 同時に男性と女性は迷う事無く、船室に飛び込み、バンッと扉を閉めて息を吐き出す。

 

『ハァ、ハァ、ハァ、い、生きてたぁ!?』

 

 男性と女性は全身から冷や汗を流し、荒い息を吐きながら顔を見合わせて叫んだ。

 二人が見たのは、ブラックが二人の女性を連れて海の中へと飛び込んで行く光景。かなり距離が離れていたので、ブラックに気づかれずに済んだのは二人にとって幸いだった。

 何せ二人は、ブラックがこの世で最も憎んでいる存在なのだから。

 

「ま、マジぃぞ! まだ、海の中にはアレが在るし、洗脳したデジモン達も移動させてねぇ! アイツがアレに気がついたら!」

 

「あたしらの生存がアイツにバレちまう! そ、そうなったら……」

 

「じ、地獄の底まで俺達を追って来るぞ、ア、アイツは!?」

 

 心底恨まれている自覚があるだけに、二人は体を恐怖で震わせる。

 

「こ、こうなったら! マミーモン! 洗脳したデジモン達にアレを破壊させるんだよ! アレさえ見られなければ、アイツがあたしらに気がつく事はないからね!」

 

「で、でもよぉ! そんなことしたら洗脳したデジモン達が正気に戻っちまうだろうが、アルケニモン!」

 

 マミーモンとアルケニモン。

 嘗てブラックを生み出し、心底ブラックが憎んでいる二人。

 本来の歴史では死んだ筈の二人だが、ブラックから得た知識を使ってある手段を使って生き延びたのである。

 その後、デジタルワールドを放浪していたところをルーチェモンに見つけられて、配下になった。配下になった理由としては、幾ら死んだ風に装ったとは言え、何時かはバレる可能性があった為とルーチェモンの強大な力に屈したからだった。

 ルーチェモンもマミーモンとアルケニモンの持つ知識を得ようとした。二人の知識は今後の計画に役に立つと、ルーチェモンは判断したのだ。

 そして二人はこの海域でとある実験を行なっていたのだが。

 

「ブラックウォーグレイモンが現れた時点で計画はおじゃんだよ! データは取れたんだから充分さ! さっさと動かしな!」

 

「わ、分かった!」

 

 マミーモンはアルケニモンの指示に従い、海中に潜ませている洗脳したデジモン達を動かすのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方、リンディとルインと共に海中に入ったブラックは、海の中を進みながら違和感を覚えていた。

 

(……妙だな。デジモンどもの気配が無い。この辺りを縄張りにしようと争っているなら、何処かで戦意を滾らせている筈だ。なのに、なんの動きも無い)

 

 ダークタワーデジモンとは言え。究極体であるブラックがくれば何かしらの反応が在る筈なのだ。

 縄張り争いで戦意が高揚しているならば、強大な力の気配の正体を探りに来るか、或いは余計な邪魔をしたと戦いを挑んで来るか。

 だが、潜んでいる筈のデジモン達が動く気配をブラックは感じられなかった。

 

(一体どう言う事だ? まさか、縄張り争いを止めて別の場所に移動したのか……いや、ソレならフリートからの連絡が在る筈だ……ムッ!)

 

 海底へと潜っていたブラックは突然止まり、自分達の周りに魔力障壁や空間歪曲を張って潜っていたルインとリンディも慌てて止まった。

 

「ど、どうしました? ブラック様」

 

「何か感じたの?」

 

「……あぁ、デジモンどもの気配だ……だが、こっちではなく別の場所に向かっている……二体一緒にな」

 

「えっ?」

 

「何ですって? 二体一緒に?」

 

 事前のフリートの報告では二体のデジモンは縄張り争いで戦っていた筈。

 なのに、一緒に行動して何処かに向かっている。しかも、自分達の方ではなく別の場所へと。

 ブラックだけではなく、ルインとリンディも違和感を覚えた。

 どうにも可笑しいとか思えないのだ。この状況で来るならば、自分達の方の筈だが、ブラックの言う事が本当ならば、別の方向に向かっている。二人ともブラックの感知力を疑う気は無いが、どうにも考えていたよりも状況が可笑しくなって来た。

 

「……お前達はフリートの言う遺跡の方を優先しろ。俺はデジモンどもの方に行く」

 

「分かったわ。そっちはお願いね」

 

「ブラック様。お気をつけて」

 

 水中の中はブラックにとって余り有利な場所では無い。

 だが、その程度の不利で負けるつもりは無い。

 振り返る事無く、ブラックはデジモン達の方へと向かって行く。

 

「さて、何かキナ臭くなって来たからルインさん、急ぐわよ」

 

「分かりました」

 

「……ダークエヴォリューション!!」

 

 リンディの体から黒いデジコードが発生し、その体を覆って行く。

 繭状に黒いデジコードは形成され、徐々に大きくなって行く。そして一定の大きさに達した瞬間に弾け飛ぶ。

 弾け飛んだ後には亀の甲羅を背負い巨大なハンマーを持った巨大な海獣型デジモン-【ブラックズドモン】-が、海中に現れた。

 

「ブラックズドモン!」

 

ブラックズドモン、世代/完全体、属性/ウィルス種、種族/海獣型、必殺技/ハンマースパーク

【イッカクモン】と言うデジモンが規則的進化をしたデジモンで、2足歩行が出来るようになった海獣型デジモン。ツノは再生できなくなってしまったが、ノコギリのようになり、攻撃力がアップした。筋肉も徹底的に鍛え上げ、怖いものなしと言った感じを放つデジモンだ。本来ならばワクチン種なのだがダークタワーデジモンを元に生み出された為にウィルス種に成った存在。太古の氷から掘り起こされたクロンデジゾイド製の武器【トールハンマー】を武器にしている。必殺技は、トールハンマーを振り下ろした時に巻き起こる衝撃波や火花を敵にぶつける【ハンマースパーク】だ。リンディが進化した姿である。

 

「リンディさん! 今までは【ブラックエンジェウーモン】にしか進化出来なかったのに、何時の間に新しい進化を!?」

 

「……フリートさんに対する怒りがこの進化を目覚めさせてくれたのよ」

 

「……そ、そうですか」

 

 聞いては行けない事を聞いてしまったと思いながらルインは、ブラックズドモンへと進化したリンディにしがみ付く。

 

「それじゃ行くわね!」

 

 ちゃんとルインがしがみ付いたのを確認したリンディは、海中を猛スピードで突き進み、海底の奥底に隠されていた古代ベルカの遺跡へと辿り着いたのだった。


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