「檜山達の誘導を続けろ。隔壁を下ろすタイミングを間違えるなよ!」
コマチは行き着く暇もなく指示を続ける。
「ワープ用の動力は確保出来てるか?」
「問題ありません。」
何とか一路達が当面の危機を脱したのはよい。
未だ艦全体の危機は去ってはいないが、人質がいるいないとでは話が違う。
「全く、自分達から条件を出しておいて反故にするとは、何処のギルドだ。」
海賊だからといって、別にその全てが野放図の無法者ではない。
海賊とは本来、宇宙開拓者の流れを組む、定住しない流浪の民の総称だった。
今現在、自分達の定住する惑星(正確には樹だが)を手に入れた樹雷だとて、その流れの末裔だ。
ギルドは寄る辺のない流浪の民が持つ国、家族のようなものだ。
人が集まり、集団的社会性を持てば、最低限のルール、不文律が大なり小なり出来るもの。
所謂、流儀というヤツだ。
そして、この海賊達の流儀はコマチのそれに反する。
大体、当座の活動資金が手に入れば、白兵戦までして船員の命を賭ける必要はないし、銃弾・燃料もタダじゃない。
その辺りの台所事情は、会社・企業の比じゃなくシビアだ。
しかし、それ以上にコマチを苛立たせていたのは・・・。
「自分から動けんのが、こんなに歯痒いとは・・・。」
NBの配線を利用した回線から送られて来る一路達の映像を、ただ見ているだけという苦痛。
実際は見ているだけでなく、支持も並行して行っているのだが、それでも自分がその場に行けない鬱憤が溜まる。
自分の副官なぞ、そそくさと一路の後を追って行ってしまったというのに。
(もう二度と輸送船の艦長業などやるものか!)
ただでさえ、一路が乗艦するからと渋々引き受けただけなのに。
まぁ、静竜がやるよりかは大分マシだが。
その一路のピンチにいないとは本末転倒。
一路が左京を突き飛ばし、レーザーの火線と交わった時は、思わず声を上げそうになった。
一人の生徒にそこまで肩入れするのはどうかと思うが、自分も母親とやらになったからだろうか。
一瞬、一路を傷モノにしてしまっては、彼の"母親に申し訳が立たない"とまで思ってしまった。
彼も母の腹の中で、十月十日愛情を込めて、そしてその母が腹を痛めて産んだと思うと尚更だった。
だからこそ、余計に余計に腹が立つ。
「さしあたって、次はどう手を打つか。」
気分的には、白兵戦でもなんでもして憂さを・・・いや、自分達に相対した事を後悔させてやりたくはあるが・・・。
「レーダーに機影!」
「何?識別は?」
味方にしては速過ぎる。
たとえNBの一路監視用回線を使ってもだ。
では・・・敵の増援か・・・。
「マズいな。」
更に八方塞がりになってしまう。
「識別不明!高速で当艦に接近!」
識別不明機。
この時点で楽観的な思考は捨てるべきだ。
コマチは敵と認識する。
「映像出ます?!こ、これは?!」
レーダー係の上ずった声と態度は、その映像と共に全てのブリッジクルーに伝播してゆく。
艦と一区切り言っていいものか巨大な船。
なだらかなラインが双頭の頭のように分かれた双胴艦。
船から一条の光が閃く。
数秒遅れの爆発。
その衝撃に、それが夢でない事を誰もが思った瞬間、はたとコマチが現実に返る。
「損害は!」
今の一撃で自分達が生きているなんて信じられない。
あの船は自分達の艦など、一瞬で消し炭どころか塵に還せる。
「ありません!損害もゼロです!」
信じられない。
いや、信じていないという様に。
「船尾に張り付いていた海賊艦に被弾、炎上しています!」
真空の宇宙で炎上している炎が見えるという事は、艦内の酸素が燃焼しているという事だ。
つまり、艦の内部まで到達する程、ダメージが深い。
「巻き込まれないように細心の注意をしろ。」
と、言ったところでどうにもならない。
あの一撃は樹雷の船を除けば、銀河最強クラスの宇宙船規模だ。
生殺与奪は確実に握られた。
「通達させていただきます。海賊艦はGP艦を即座に解放して下さい。そしてGP艦以外の船から奪った積み荷の全てをこちらに。でなければ、次は艦を真っ二つにさせていただきます。」
映像に映し出させる人影。
可憐な少女にも
見える少女は死の宣告を丁寧に、そして冷たく言い放つ。
「りょ・・・魎呼・・・。」
誰かが呟く。
熱に浮かされたように。
それは船乗りの誰もが知る伝説。
子供の寝物語にも聞かされる怪談のような。
『言う事を聞かないと、鬼女に食べられちゃうぞ。』
躾の一環にそう脅された者もいるだろう。
「伝説の海賊・・・。」
誰かがそう口にした。
「GP艦は、生命維持以外の機関を全て停止して下さい。」
「これが・・・。」
「この圧倒感が・・・。」
「伝説の海賊、りょ・・・。」
誰もが絶望の空気に呑まれる中で・・・。
「オマエは誰だッ!」
その場にいる全員、口を開きかけたコマチですらも遮って声が反響する。
そこには息を弾ませ、今まで見せた事のない憤怒の形相の一路が立っていた。
彼の周りにいるエマリーも、プーも、照輝も、いつにない一路の様子に驚きの表情を隠せない。
ただ一人、左京だけは違った。
何故なら彼は一度だけ、一路のこの姿を見ている。
それは、肩の関節を外してまで自分に掴みかかろうとした、あの時の一路の姿。