「シアさん!」
一路はすぐさまシアの後を追って、彼女の部屋の扉の前で立ち止まっていた。
別段、一路が謝るような事はないうえに、彼自身思い当たる節もなかったのだが、研修が始まれば、しばらくの間、彼女にもリーエルにも会う機会がない。
それに・・・。
「別に・・・私は怒ってないから。」
部屋の扉越しに聞こえた彼女の声は、確かに落ち着いているように感じた。
「だから、宇宙でも何処にでも行っちゃえ。」
シアは自分がこんな気持ちになるとは思ってもみなかった。
彼女にとって、宇宙は怖い。
隔離されるようにこの部屋を与えられ、毎日監視されるようにリーエルだけと顔を合わせる日々。
そこに突如あらわれたのは、これまたよく解らない異性の異分子。
一路はその程度の存在だったはずなのに。
「・・・ちゃんと顔を見て、いってきますって言いたいんだ・・・。」
「ちゃんと見送りにはエルと行くから。」
自分にだってそれくらいの自由はある。
「僕がそうしたいんだ。あの時、こうだったらって・・・死んだ母さんの時みたいに思いたくないから・・・。」
いつでも、"また"とか"今度"があるとは限らない。
もしかしたら、謝る事も会話する事もこれで最期かも知れない。
大袈裟な事かも知れないが、一路にとっては決して大袈裟ではないのだ。
それに操船技術を得たのなら、すぐにだって灯華を探しに行く準備をしたい。
少なくとも、全か芽衣くらいには会わなくては。
そうすると一路がここに留まる確率は限りなく少ないのだ。
「・・・ズルい。」
そんな言葉と共に扉がほんの少しだけ開いて、シアが顔を覗かせる。
「そんな言い方されたら、断れないじゃない。」
恨めしげに見られて、一路は少しだけ悪い事をしてしまったなと思う。
しかし、嘘をついたり騙したりしているわけではないので、それを口に出さずに堪えた。
「良かった。本当に怒ってない?」
「怒ってない。呆れてはいるけど。」
「う゛・・・。」
事情を全て話していないだけに、些か大袈裟過ぎるようにシアには感じられるだろう。
ある意味で可哀想なヤツとか呆れられても仕方がない。
「なんてね。ちょっと・・・いいなって思っただけよ。」
「シアさん?」
「私、あんまり何処かへ出かけたりとかないから・・・。」
(前にもこんな事、あったな。)
一路は少し俯きがちになったシアの顔を見て、以前の出来事を思い出す。
あれは一路がここから出る時のパーティーの時だ。
あの日のシアは今日のように何かを我慢して、そして諦めたのような・・・。
「シアさん。」
以前の時は"友達"になろうと一路は彼女に言った。
あれから自分は彼女と友達になれたのだろうか?
友達と思ってくれているのだろうか?
そう考える。
そう考えて、友達として自分に出来る事といえば・・・。
「今度、一緒に旅行に行こうよ。」
「は?」
"旅行"に行く。
一路はその言葉を、かなりの覚悟を持って述べた。
シアの事情は何となくしか聞いてはいない。
だからの覚悟。
勿論、他にも覚悟する理由はある。
「そうだね、う~ん、行き先は僕の"故郷"とかどうだろう?結構いいトコだと思うよ?田舎だけど。」
突発的な思いつきではない。
地球は未開で、不介入の地だ。
逆に言えば、地球に行けばこの文明・銀河圏の影響が全く及ばぬ、シアにとってしがらみも何もない唯一の世界なのではないかと一路は思ったのだ。
一時的か、一生かは解らないが、十分シアの心の静まりになるだろう。
「あ、田舎過ぎて逆に新鮮かも知れない。」
しかも、不便。
一路にすれば、ここのが至れり尽くせり過ぎなだけだが。
「まぁ、何時になるか解らないけど、考えておいてよ。」
これで灯華に出会った後の目標が決まった。
正直、灯華や全、芽衣と会った後の指針など皆無だった一路にとって、これは非常にいいアイディアに思えた。
モチベーションも上がるし、絶対に帰ってこようと気にもなる。
一人すっきりする一路だったが、肝心のシアの方はというと、固まったまま返事どころかリアクションがない。
「・・・・・・だからね。」
「ん?」
ぽつりと小さなつぶやきが溢れる。
「・・・絶対だからね。」
どうせ、そんなのは無理に決まっている。
シアにはそれが解っていたが、そういう希望というか想像くらいしたっていいじゃないか。
それくらいの権利はある。
"初めて"友達になった一路の言葉に思わずそう答えている。
期待しようとしてしまっている。
「努力するよ。」
(きっと、うん、帰ってこれる。絶対にシアさんとここから外へ出てみよう。)
一路は思わずシアに手を差し出す。
一瞬、指切りでもしようと思って手を差し出したが、果たしてそんな風習があるだろうかと思った時点で中途半端に手を出したまま止まってしまったのだ。
「あ・・・。」
そして差し出しておきながら、彼女が異性との接触が苦手なのを思い出した。
行き場のない手が益々行き場をなくして、どうしたらうまく誤魔化せるだろうと、激しく脳ミソを回転させる。
「・・・・・・いってらっしゃい。」
恐る恐る手を差し出したシアが、一路の手の・・・指先だけを器用にそっと握る。
(あ・・・女の子の手だ。)
ほんのり温かくて、柔らかい感触。
男にはない感触だなとまじまじ思ってから、シアに微笑む。
何処にでもいる普通の少女とやっぱり何も変わらないじゃないかと思いながら。
「いってきます。」
あと3話はシリアス(?)が続くでー(ホントか?)