『あれ?いっちー、今日もとっく・・・・ん、じゃない、外出するの?』
『あぁ、うん。ちょっと調べたい事があって。』
部屋着姿のインナーからきちんと制服に着替えていた一路にプーが声をかけてくると、一路は先日のエマリーとのやりとりを説明する。
『ついでに詳しい手続きの仕方も聞いて来ようかと思って。』
ルームメイトのプーや照輝に聞いても良かったが、そもそも自分もその実地研修に参加してもいいものかを聞かなければならなかった。
西南のような前例を一路は知らないののだから、これは仕方がない。
ちなみに特訓の合間にコマチに聞いたのだが、
『そういう事は担当の者に相談するのが筋だろう。』
と、すげなく返されたうえ、一路もその通りだと思ったので、そうする事にしたのだ。
外出届は既に提出、受理済みだったが、一路は一つだけ大事な事を忘れていた。
それは、今の今まで一度もシアに連絡を取っていなかったという事だ。
「ところで、リーエルさん、シアさんは何であんなに機嫌が・・・。」
「女心は複雑なのよ、ほっときましょ。」
恐る恐る理由を尋ねた一路への言葉は簡素なモノだった。
「はぁ・・・。」
ここにきてようやく、この事態が異変だという事を理解して、ほっといていいのだろうかと思い始めたというのだから、何とも言えない。
「どうせ、どっかで聞いてるんだし。」
「はぃ?」
「ううん、何でもないの。で、研修の参加だけど問題ないから大丈夫よ。但し、刑事課だけは単独行動に近い活動があるから、今回はちょっと我慢して下さいね♪」
「はぁ。」
何となくそこに含まれている意図は理解出来たのだが、元々どんな課があるのか解らないので、どうしても曖昧な返事で首を傾げる事になってしまう。
「そうね、幾つかの部署があるのだけれど、駐在基地から周囲の宙域巡回する刑事課。これには細かい階級があるわ。」
リーエル曰く、銀河を股にかけて飛び回るのは、一級刑事ばかりで、そうそう人数がいるわけではないらしい。
(当然、一路は美星が一級刑事だとは知らない。)
「他は艦隊業務ね。艦隊と言っても艦橋要員と船員はまた別だし、艦も輸送艦、郵送艦、護衛艦、旅客艦と様々。船員もそれによって業務内容は違うわ。」
要するに、艦に関する輸送・移動・運航類の仕事のほとんどが対象らしい。
「成程。」
一路にしてみれば管轄フリーで銀河の好きな所へ移動出来る一級刑事が一番自由に動けるのだが、刑事課はたった今釘を刺されたばかりだ。
それに階級が一級まで上がるには多大な時間がかかるだろう。
一路は自分にそんな時間があるとは思えなかった。
だからといって、操船技術が絶対必須だとだけは解っている。
と、いう事は・・・。
(艦隊業務かな・・・?)
与えられた選択肢は限りなく少ない。
心ばかり逸っても意味がない事は解っているのだが・・・。
「でも、そうなると、しばらくはリーエルさん達には会えないんですね・・・。」
「ふふ♪寂しい?」
「寂しいというか・・・なんだろう・・・すぐに会えない距離にいるのが不安と言えばいいのか、多分、そんなカンジです。」
何かがあった時にすぐに駆けつけられない距離が怖い。
だが、それでも"一生会えない"というのよりは全然マシだけど、と心の中で一人呟く。
「あら、そんな事言ったら、結婚するか、同棲するかしなくちゃならないわね?」
「どっ・・・同棲?!」
ぽやや~んと頭の中でフルリのついたエプロン姿のリーエルが一路の脳内に浮かぶ。
非常に安直な新妻像である。
しかもデフォルトでケモノ耳標準装備。
「それも、アリかなぁ~寿退官♪でも、今の私って"コブ"付きなのよね。う~ん、愛の逃避行でも、しちゃう?」
「誰がコブよ、誰が。」
スッパァーンッ!と戸が開いて、仁王立ちしたシアが乱入して来た事に、一路は驚く。
何故かシアは眉間に皺を寄せて、一路を睨むものだから萎縮してしまう。
「一路も鼻の下伸ばさないの。」
「の、伸びてなんか・・・。」
いや、確かに新妻リーエルさんを想像しましたと声には出さずに答えつつ・・・。
「ほらね、やっぱり近くで聞いていたでしょう?」
「あ・・・。」 「あっ。」
ニコニコと微笑んだまま動じないリーエルに、二人は声を上げて見つめ合う。
既にシアの眉間に皺はなく、顔を赤らめて。
「そ・れ・と・も・シアちゃんとも結婚しちゃう?」
「ばっ?!な、何言ってんの?!」
「あらぁ、コブじゃ嫌なら、二人してお嫁さんもアリじゃない?」
「二人って・・・あ、そうか、こっちじゃ重婚ってなんだ・・・。」
内容のブッ飛び加減はともかく、この世界は一夫多妻、一妻多夫も可能なのを思い出した。
確実にリーエルとの学習の成果が・・・こんなところで出なくてもいいのだが、発揮されている。
この辺は宇宙というある種の極限状態な環境を生きる為の結果だとか、科学・技術の発達の結果という風に考える事で何とか、地球・・・というより、日本の倫理観を抑える事に成功していた。
もっとも、数百年前の日本にだって一夫多妻はあったのが。
「シアさんがお嫁さんかぁ・・・。」
リーエルに引き続き、シアの花嫁姿を脳裏に浮かべようとして・・・。
「ばっ、想像しないでよバカ!本当、バカじゃない!バカ!」
「さ、3回も・・・。」
「この大バカッ!」
3回で止まらず、4回目を叫ぶとシアは脱兎の如く部屋を出て逃げ出して行った。
「・・・何しに来たのかしら、あのコ。」
「ちょっとリーエルさん、そんな冷静な。あ、ちょっと僕謝って来ます!」
一路も彼女をの後に続いて走り出す。
「謝るって・・・一体、何を謝るのかしら?」
首を傾げるリーエルだけが、後に残されるのだった。