真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第7縁:いざ、戦じょ・・・学校へ!

「檜山 一路です。皆さん、よろしくお願いします。」

 

 一路の命を賭けた戦いが始まった・・・と、表したら確かに大袈裟だろう。

だがしかし、この転校一発目の挨拶はその後のクラスでの自分の立ち位置、ひいては学生生活を決定づけかねない程に大事なものなのだ。

その証拠に張り詰めた空気を保ったまま、一路を値踏みするような視線が注がれている。

 

「なぁ~な~転校生~。東京から来たってホント~?」

 

 誰もが無言の中、へいへい~っと手を挙げる男が一人。

その手は手招きするようにはためいていた。

一瞬、呆気に取られていた一路だが、隣にいる担任の表情を確認。

何も言われないところを見ると、どうやら交流の時間として認めてくれているように思えたので、一路は口を開く。

 

「うん、生まれも育ちも東京だよ。」

 

 先程の挨拶よりも少々くだけた口調で同級生になるであろう男の質問に答える。

 

「うぉっ、マジでか?!オレ、この街から出たコトないんだよね~。東京ってどんなんどんなん?」

 

 ぐぃっと席と立って乗り出す男に、どの学校でもいるんだなぁ、こういうキャラのヤツと冷静に眺めてしまう。

 

「どんなって言われてもなぁ・・・。」

 

 当たり前のように東京に生まれて暮らしていただけ。

一路にとっては特筆して述べるべき事がすぐには浮かんで来ない。

 

()ズニーランドって超スゲェんだろ?!」

 

「へ?」

 

 東京とついてはいるが、あれはれっきとした千葉県にある王国である。

 

「え、だって東京デズニーランドだろ?」

 

 そこは勘違いしてはいけない。

 

「はぁ。情けないうえに呆れるは、アンタには。転校生クン、馬鹿が感染する前にこっちにおいで~。」

 

 ぽかんとする男のちょうど反対の位置にある席から、今度は声が上がった。

凛とした女性の声。

 

「馬鹿とはなんだ!オレは病原菌かっ!つか、感染(うつ)るわきゃねぇっつーの!」

 

「そうね、アンタの馬鹿は筋金入りだもんね、治らないわね。」

 

「んだと~!」

 

「何よ?」

 

 何やら教室の端と端で雲行きが怪しくなるが、どうやら転校生である自分を爪弾きにしようという事はないようだと安堵する。

現状は、ある意味で爪弾きにされていると言えなくもないが。

それよりも、昨日の柾木家での魎呼と阿重霞の口喧嘩があったせいで、現在の口喧嘩があまり険悪なモノに感じていない方が問題だという事に気づかない一路。

 

「あ、えと、結局、どっち側の席に行けばいいんだろ・・・。」

 

 どちらを選んだとしても角が立ちそうだ。

かと言って、どちらを立てた方がいいものか。

 

「先生、私の隣、空いてます。」

 

 二人の男女の罵倒しあう喧騒の中、すっと手が挙がる。

 

「あ、じゃ、それで・・・。」

 

「なっ?!」

 

「えぇっ?!」

 

 思わず助け舟のような声に即断即決で乗ってしまう一路。

何より、その声の上がった位置が、言い争いを始めた二人の間に位置するというのが大きかった。

 

「はい、じゃあそれで。」

 

 一路の同意を得られた事で、第三者(?)の少女が自分の隣の席を引き、手招きするのに一路は意を決して向かう。

 

「うん、今日も我がクラスは平和だわ。」

 

 ようやく口を開いた担任教師の言葉から推察するに、このようなやりとりは日常の1コマ程度のもののようだ。

だとしたら、どうしてなかなか面白いクラスじゃないかと思うのだが、それは端から見ればであってその対象に自分が巻き込まれるとなるとそれはそれで厄介ではある。

そう思わざるを得ない。

 

「よろしく。」

 

「ありがとう、よろしくね。」

 

 軽く微笑む少女に礼を言うと、持っていた鞄を机に置き、その席に着く。

 

(意外と早く溶け込めそうかも。)

 

 そう一路が安易に考えてしまうのも無理からぬ事だ。

とりたてて何もないままホームルームの時間は終わり、授業になってからが問題だった。

集中が続かないというより、ほとんどを聞き流す。

 

「じゃあ、早速この問題を転入生に解いてもらおうかな?」

 

 唐突に教師が述べてもすらすらと問題を解いた。

寧ろ、それが問題なのだ。

一路にとって雑作もない事が。

 

(この時はまだ母さんいたもんな・・・。)

 

 母が亡くなって、学校に全く行かなくなり留年する事になった一路も、3年の今頃はちゃんと学校に通っていたのだ。

中間テストを受ける辺りくらいまでだっただろうか。

留年の基準は緩いが、大体計算すると200日はゆうに休んでいただろうか?

考えながら再び授業を聞き流す。

この授業は一路にとって復習の復習、そういう範囲なのだ。

 

(今のうちに先の予習を家でやっておいた方がいいかもね。)

 

 そうでないと色々な意味で鈍っていきそうだった。

それに家ではとりたてて他にやるような事もない。

そんな一路にとって、逆に大変だったのは休み時間だ。

刺激の少ない田舎暮らしが大半の生徒達にとって、都会からの転入生は格好の的だった。

彼等の名誉の為に言うが、岡山は決して田舎というワケではない。

東京に比べれば確かに自然の量は圧倒的に多いが、この状況は単純に一路の存在が刺激的で目新しかった。

ただそれだけである。

ともかく一路は様々な質問攻めにあったのだったが、一路にとっては同年代との交流が新鮮だったので全てに淡々且つ嫌味にならない程度に丁寧に答えていった。

話の中心が東京、都会についての事ならば一路にだって答えられる。

ただ少々困ったものもあって・・・。

 

「ねぇねぇ、彼女は?いるの?」

 

「え~、こっちに越してくるくらいだからいないんじゃない?」

 

「解らないわよ、遠距離恋愛かも。」

 

「うっそ~、いや~ん、ロマンチックぅ~。」

 

 このテの黄色い、或いはピンク色の話題である。

いかんせん女子のこのパワフルさと言ったら・・・。

 

「いや、彼女はいないよ。」

 

 勢いに圧倒され、仕方なしに正直に答えると一際甲高い声が上がる。

 

(なんなんだろ、コレ。)

 

 まるで未知との遭遇。

違う生命体を目の当たりにしているようだ。

 

「お、心の友よ~、オレと一緒一緒。」

 

(ん?)

 

 何処かで聞いたというより、確実に聞き覚えのある声。

 

「さっきはごめんなさい。別に悪気があったわけじゃないのよ?」

 

 こちらの声も同じように聞き覚えがある。

先程、教室の端と端で言い合っていた二人である。

 

「いや、新鮮で・・・良かったよ。」

 

 何が良かったのか意味不明だが、一路なりに気を遣ってフォローしたつもりだった。

出てきた言葉は気遣いと本音、3:7程度の比率。

 

「お、なら良かった。オレは的田 全(まとだ ぜん)。ヨロシクな。」

 

 春だというのに日に焼けてなのか、地黒なのか、浅黒い肌に真っ白な歯。

これで髪の色が金か茶なら、結構完璧だったのに何処か惜しい感じがする少年。

 

「うん、よろしく。」

 

「同じ彼女いないもん同士、仲良くすんべ。」

 

「低レベルなまとまり方ね、ソレ。」

 

 濃紺のロングの髪を靡かせながら、全と一路の間に入ってくる少女。

 

「えっと君は?」

 

「私は雨木 芽衣(あまぎ めい)。ごめんね。先に名乗らないといけないのに。」

 

 二人共変な言い合いをしていた割には常識人のように見える。

何より良い人に一路には見えた。

 

「別に気にしてないから大丈夫。よろしくね、雨木さん。」

 

「クラスメートなんだから、"さん"づけなんていいわ。」

 

「そうだよ、もっと気楽に行こうゼ。な、雨木。」

 

「アンタは"さん"をつけなさい。」

 

「なっ?!」

 

 ピシャリと言い放つ様は、逆に小気味が良かった。

 

「いいなぁ、二人共・・・仲良くて、楽しそうで。」

 

 少なくとも相手の悪口だろうが、なんだろうが、それを含めて言い合えるという事は凄い。

言い合っていても尚、友達でいるというのは素晴らしく羨ましくも思える。

 

「そぉ?」

 

 さらりと流れる濃紺の髪を手で掻あげながら、芽衣は首を傾げる。

全も芽衣も一路より背が高いので、座っている一路からするとちょっと圧迫感があった。

一路が平均値ギリギリなのを差し引いても二人は高身長、というよりスタイルがいい。

特に芽衣はちょっとしたティーンのモデル並みで、東京でも滅多に見ない美人の部類だろう。

ただ東京にいる同世代のような派手さもないが。

だが、それを補うだけの清楚さがある。

勿論、全もそうなのだが・・・何故か残念な子に感じてしまうのは何故だろう?

 

「コイツと一括りにされてもなぁ・・・。」

 

「それはこっちの台詞かしら。」

 

「ど、どちらにしても一年間よろしく。」

 

 また口喧嘩が勃発してしまっては敵わない一路は、慌てて席を立ち二人の会話に割って入る。

 

「二人共、何時もの言い争いに一路君を巻き込んではダメ。」

 

 更に二人に割って入るように立ち上がったのは、一路の席の隣、ホームルームの時間に彼を促した少女である。

 

「別に言い争いなんて・・・好きでしてるわけじゃないわ、委員長。」

 

「激しく同意。つーか、別にそんな必要ねぇし。」

 

 彼女の一言であっという間に二人が沈静化してゆく。

 

(というより・・・いきなり名前呼び?)

 

 いきなり下の名前で、"君"付けこそしているが呼ばれた事に戸惑う。

だがそれより委員長と呼ばれた彼女の身長が自分と変わらない事にほっとした。

 

「あ~、えぇと、委員長?」

 

 とりあえず、名前が解らないので、二人に習って呼んでみるのだが・・・。

 

「私は委員長じゃないわ。」

 

 委員長と呼ばれているのに、委員長じゃないという少女。

だが、しかし、先程は確かにそう呼ばれていたはず。

 

「え、だって・・・。」

 

 前髪を真っ直ぐに切り揃えたショートカットに、眼鏡・・・。

 

「あれ?」

 

 を、しているように見えたのだが、していない。

思わず自分の目を擦ってしまったが、やはり眼鏡をかけていそうで、かけてない。

 

「あだ名みたいなもの。」

 

 さらりと述べる少女だが、委員長というあだ名がついている以上、クラスの中心人物か、何時も面倒事を押し付けられる、所謂、優等生と推測できる。

 

(というより、じゃ、本当の委員長って誰なんだろう?)

 

 一路の考えももっともだが、今はそれは重要ではない。

 

「じゃ、僕はなんて呼べばいいのかな?」

 

 皆が委員長と呼ぶのは、あだ名である。

現代でいうところのあだ名は、親しみを込めて周りが呼ぶものだ。

しかし、2学年からの持ち上がり組ではない、転入生の一路はいきなりそういうわけにもいかないだろう。

 

「・・・・・・好きに呼べばいいわ。三人共、次は移動教室だから遅れないように。」

 

「あ、ちょっと!」

 

 言いたい事だけを言い、あとは興味がないとばかりに三人をその場に残し、すたこらと教室を出て行く少女。

結局、まともな自己紹介すらしてもらえないままだ。

 

「オマエ、律儀だなァ。」

 

 全はうへぇっと吐くような仕草で一路を見やる。

ある意味で感心しているようだ。

 

「そう?」

 

「まぁな、ま、委員長もああ言ってるし、好きに呼べばいいっしょ。あ、オレは全でいいからな。」

 

「いやいや、好きに呼べって言われても、僕はみんなと違って持ち上がり組じゃないから、彼女のフルネームすら知らないんだけど・・・?」

 

 肝心の情報すらないのも全然解ってもらえない。

人生の内で転校生というヤツになる事など滅多にない事だから仕方ないだろう。

 

「委員長の苗字は漁火(いさりび)よ。元々海の仕事関係の家系じゃなかったかな。」

 

 苗字がそのまま家系の仕事や地位を示すことは、長年その地と共に歩んできたという証拠で、それは一路のいた都会ではほとんどない事だ。

そこには歴史や郷土愛に溢れていて、好感が持てる。

 

「私は芽衣"ちゃん"って呼んでいいからね。」

 

「ちゃんてガラかよ。」

 

「何よ?」

 

 再び口論になりそうな二人をよそに、一路はふとある人の事を思い出していた。

"ちゃん"といえば、魎呼の言っていた台詞。

鷲羽は"ちゃん"付けで呼ぶ事、そして柾木家は自分達の氏を冠した神社の宮司をやっていると言っていた事。

この家系も同じように昔からある一族なのだろうか?

 

「ねぇ、二人共?柾木神社って知ってる?」

 

 なんとなく聞いてみたくなった。

 

「ん?」

 

「柾木神社?東京の?」

 

「ううん、じゃなくてこの辺にあるらしいんだけれど・・・。」

 

 言葉を濁す一路。

彼は神社を見たわけでも行ったわけでもないから、はっきりと述べる事は出来ない。

更に言うなら、あんなアホな出会いのエピソードを二人に語るわけには流石にいかない。

美女に体当たりされて、頭を打って気絶とか末代まで(?)恥だ。

 

「・・・私は聞いた事ないけれど?」

 

 と、芽衣は視線を全に投げる。

 

「うんにゃ、オレも知らん。何かあんのか?」

 

「いや、知らないならいいんだ。」

 

 御神木が山の中にあるのと同じように神社も山の中にあるみたいだし、本当に地元の人間しか知らないかもと推測する。

 

(やっていけるのかな、あの神社・・・。)

 

 しかも、あの大所帯で。

余計な心配である。

 

「気になるなら市立図書館に行ってみりゃどうだ?神社なら昔からあんだし、資料くらいあるべ?」

 

「なかなかいい考えね。アナタにしては。」

 

「ホメるなよ。」

 

 どうやら嫌味だとは思わなかったらしい。

テンポ良く返ってこない怒りの反応に芽衣は何故だか溜め息をつく。

 

「て、ごめん、次は移動教室だったよね、移動しなきゃ。折角、委員長が忠告してくれたのに。」

 

「うぉっ、そうだった。行こうぜ!」

 

「あ、僕、場所が・・・。」

 

「おっと、そうだった。教えてやるから来いよ。」

 

「あ、うん、ありがとう。」

 

「いいってコトよ。」

 

 照れくさそうに頬をかく全を見て、一路はこれからの学生生活に楽観出来るものを少しだけ見出していた。

 

「芽衣さんも。」

 

 一緒に教室移動しようと誘う一路。

彼女はもっと親しく呼んで良いとは行ったが、出会ってすぐにちゃんづけで呼ぶのも躊躇われるものがある。

一路にとっては少々難易度が高かったようだ。

 

「もう、ちゃんでいいのに。先に行ってて、すぐに行くから。」

 

 本人が良いと言っても、流石にすんなりと打ち解けフレンドリーに・・・しかも相手は女子。

 

「遅れないようにね。」

 

「行くべ~。」

 

 芽衣に一言かけた後、一路は全に促されて教室を出る。

置いてかれては迷子になるやも知れないと、心持ち慌ててつつ。

そんな一路が教室を出て行く姿が見えなくなると・・・。

 

「・・・あのコ、どうして・・・。」

 

 その呟きは誰に向けて放たれたものではなく、ただ教室の片隅で誰に答えられる事なく、芽衣の独り言として消えていった・・・。

 




天地無用は偽名を使わない場合、名前で何処の所属が解ってしまうのが難点ですねぇ。

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