翌日の授業は腕立て200回、腹筋200回 スクワット200回に20km走だった。
午前中の座学(専門的なものではなく、一般的な授業だった)の後にこってりと絞られる。
腕立て、腹筋は根性でなんとかなったが、スクワットはきつかった。
前日のマラソンのせいで、腰から下はなかなか言う事を聞いてくれず、生まれたてのバンビちゃん状態だったからだ。
それでも歯を喰いしばり、時には叫び声を発し、吐き気を堪えながらそれをこなす。
確かにきつくて苦しかったが、この日は何故か周りの皆が一路が課題をこなすまで一緒にいてくれだのだ。
誰一人帰る事無く。
勿論、その中にはプーと照輝の姿もある。
時折、一路にかけられる励ましの言葉は、彼を奮い立たせるのに充分過ぎる程だった。
それがその翌日も続くのだ。
「少しやり過ぎではないか?」
「何をだ?」
柱の影から、一路達のクラスの様子を見ていたコマチが、同じ様にこっそりと様子を見ていた静竜に声をかける。
「あの坊や、生体強化を受けてないのだろう?」
生体強化を受けているのといないのでは、大人と子供以上の差がある。
それはもう埋めようもない程に。
「そうらしいな。」
コマチの指摘にも何の反応もなく淡々と返事を返す。
「だから、何だというのだ?生体強化をしていなかったら相手は手加減してるというのか?」
GPは警察機構だ。
当然、相手をするのは犯罪者である。
その主たる海賊は一時期に比べればかなり激減したが、それでもこの広い宇宙、犯罪者はいくらでも存在する。
「正論だが・・・しかし・・・。」
コマチも元海賊で一流の戦士だ。
特に集団戦ではGP艦隊指令でもこなせる程の腕前である。
だから静竜の言い分も理解できる。
しかし、妻になり、母になる者の観点から考えて一路を見てしまうと、どうも昔のように冷静に考えられない。
それは一路の性情もある。
「私は生徒が一人たりとも欠ける事を良しとはしない。彼等が生き延びられる確率が上がるというのななら、鬼でも修羅にでもなろう。」
「オマエ・・・。」
同じように静竜も夫なり、父となるという事なのだろう。
そして、教師としてあえての行動であるという言葉にコマチは少なからず感動を覚える。
「何より、あっのっ!山田 西南(やまだ せいな)ですら生体強化無しでやってのけたのだ!アイツに私の生徒が負ける事など許されると思うのか!いーや許されるはずがないっ!!」
コマチが感心したのも束の間、その感動は一気に頭痛へと変わる。
「オマエ、まだ根に持っていたのか・・・。」
そうだ、コイツはこういうヤツだった、と。
どう考えても比重的には、こっちの方が上で本音だ。
何よりこれでもまだ丸くなった方(?)だというのだから、目もあてられない。
「それよりだ、ヤツの目、気にならんか?」
「目?」
何と何は紙一重の言葉を欲しいままにしている静竜は、すぐさま険しい眼差しへと変わる。
「あれは既に何かを決意した者の目だ。本来ならば、あんな目になるのはこの学び舎を出た後になるのだがな。」
樹雷をはじめ、大抵の国、文化圏では16才で成人扱いとなる。
日々の大半を宇宙で過ごすような者達は、特にそれが顕著だ。
しかし、これから何者かになろうとする者の多くは、このアカデミーを出てから一人前の階段を昇り始めるものなのだ。
「コマチ。オマエは常に冷静だが、直感に従うというのは否定的か?」
「いや。それじゃあ宇宙では生きてはいけない。」
「ふむ。では、私の直感を一つ披露しよう。」
視線の先では、ようやく課題を終え大の字に倒れた一路が、周囲の喝采を浴びながらボトルに入った水をかけられている。
その水を気持ち良さ気に笑顔で浴びる一路は、年相応の男の子だった。
「あの目はまだ早過ぎる。あれでは直にその重さに潰れてゆくかも知れん。」
今の一路は何時の間にやら集団の輪の中にいる。
「今はまだ猶予を・・・か。」
まだ世の中の理不尽さに晒されるには早い子供達。
何時かは否応なしに、逃げ場をなくしてしまうとしても。
「ふっふっふっ!どーだ山田 西南めっ!キサマがやってのけた事など、我が生徒にだって出来るのだ!ふっふっふっ、ふははははは-ッ!」
「またコレか・・・というより、一応あの坊やもオマエの生徒だっただろう・・・。」
高笑いでコマチの声が届いていない静竜にただただ呆れるしかない。
しかし、これが天南 静竜。
これが平常運転。
何処までも紙一重な男なのである。