「鷲羽のヤツ・・・。」
月と夜の闇に隠れた山のその影との間にある一つの影。
魎呼は宙に浮きながら一人憤慨していた。
腕を組み、今は空中に静止している。
「大体、いつもアイツは偉そうに!」
考え直すとまた余計に腹が立つ。
魎呼の中にだって、最近は鷲羽を母と認識している部分もあっただけに。
しかし、それとこれとは別で、今は逆に鷲羽の偉そうな態度に反発を覚えていた。
こんな事を言ったら、『思春期ねぇ。』と笑われそうだ。
鷲羽の言いたい事は魎呼にだって解らなくもない。
解らなくもないが、魎呼には一路が鷲羽が警戒するような人間には思えなかった。
何より母を亡くした一路の面影、そして天地を気遣いながらも、自分を励ましてくれたアレが演技だとは思いたくない。
一路の母への思慕を否定する事は、彼の母、ひいては天地の母も否定してしまうような気がして・・・。
「・・・一路どうしてっかなァ。」
何度かバイトもした事のあるコンビニや、天地の通っていた学校、酒屋、瀬戸大橋・・・そして天地の父達の事務所くらいしか行った事がない魎呼。
宇宙ならば色んな所に行っているというのにだ。
当然、今日出会ったばかりの一路の自宅など解るわけもない。
彼の様子をそっと外から見るだけで、現在の心持ちも変わってきそうな気もしたのだが。
「あ゛~、イライラするっ!」
ぐるんぐるんと宙に浮いたまま前転のように回転する。
「ん?」
と、何かを見つけた魎呼はようやく方向を決め、そちらへと向かった。
「彼に・・・何かしたのか?」
夜の森の中で一人、そう呟く。
一本の大樹の前。
今日、一路と始めて出会った場所だ。
「ワシはてっきり
呟いた人物、勝仁は己の袖をごそごそと弄ると一本の棒を取り出した。
「なぁ、船穂・・・。」
それはその樹の名前でもあり、そして勝仁の母の名だ。
樹雷の皇族は基本、その生を終える時まで樹と共にある。
長い年月の中、愛しい者との別れを幾度と無く見て来た勝仁にとって、唯一同じ時を共にいた存在だ。
「不憫に思ったか?彼を?」
樹雷の樹は、超エネルギーを生み出す生命体で、意思もある。
だから、彼は樹に向かって話しかける。
勝仁の地球での妻が亡くなった時も、天地の母、勝仁にとって娘が亡くなった時も、船穂は勝仁と共にいた。
人の感情に反応する傾向のある樹が、一路という少年に何か想う事があったというのも珍しい事ではないのだ。
「魎呼か。どうした?」
樹から目を逸らす事なく勝仁は、背後に立つ彼女の存在に気づき、問いかける。
勝仁の指摘通り、彼の後ろには複雑な表情をした魎呼が立っていた。
「おめぇが変な事を言うから、鷲羽と阿重霞が険悪になっちまったじゃねぇかよ。」
自分の事を完全に棚に上げているところが、魎呼らしいといえばらしい。
だが、魎呼としては兎に角文句の一つでも言っておかないと気が済まないのだ。
問題は、特に文句の文言が思い浮かばなかったという事だが。
「ただ気になったんじゃよ。」
「なにがだよ。」
基本的に魎呼は仲間内での隠し事を嫌う。
良くも悪くも直情的で竹を割ったような性格なのだ。
「母を亡くした迷い子を、見捨てておけるのかとな。」
基本、樹の意思は女性体とされている。
それは、世に伝えられる創造の三神も女神であるからなんとか・・・。
「船穂が一路を呼んだってのか?」
魎呼はじぃっと舐め上げるように樹を見つめる。
「魎呼、お前さんだって放っておけないと思っただろう。」
封印される前の魎呼と違って、天地と出会った今の魎呼は別人のようだ。
勿論、当時は操られていたというのもあったが、天地と出会って慈愛の心のようなものが芽生えた。
更に母性というものも。
「そりゃ・・・な。」
そんな魎呼を勝仁だって再び封印しようとも思わなかったし、何より孫である天地と共にいる魎呼、その二人を微笑ましくも思う。
だから、魎呼のそんな答えにも微笑む。
「船穂が呼んだというのなら、何の問題もない。」
基本的に樹は好戦的ではく友好的かつ社交的で、悪しき者にはその力を貸す事は無い。
総じて、一路もそういう存在ではないという事になる。
「だが、もしその逆だった場合。」
「逆ぅ?」
「船穂が少年を呼んだのではなく、
樹は、先程説明した通り、超エネルギーを生み出す。
研究者の中には、それは宇宙開闢の謎にも通ずると半ば伝説的に言われるくらいの規模の。
それはまぁいい。
良くはないのだが、意思のある樹自体が人を選ぶ、そして悪しき者には力を貸さないという善的要因のお陰でそういう事になっている。
問題は、もう一つだ。
樹は樹雷の皇家の象徴。
そして、樹には世代というものがある。
属に言う皇家の樹といわれるもので、世代が上の物ほど高い能力を持つ。
たとえ樹雷の皇族の血を引いていなくとも、樹に選ばれれば皇家の一員となれる可能性があるのだ。
また、第一世代の樹に選ばれた者はそれだけで皇位継承権を得る。
現存する第一世代の樹は、現在7本。
存在が確認されて、樹のパートナーと言われる人物がいるのが2名。
霧封(きりと)のパートナーであり、現樹雷皇の阿主沙(あずさ)。
そして天地の後輩で、神武(かみだけ)のパートナーに
あともう一人いるのだが、それが遙照こと勝仁の船穂だ。
一応公式には行方不明となっているので、この事は半ば公然の秘密となっている。
そして、勝仁が先程から握っている棒は、孫の天地と同じ名で天地剣と言う。
これはマスターキーと呼ばれるもので、このキーを持っているものが対応した樹へのコンタクトへの優先権を持つ。
ちなみに、これは天地も使用出来るので、更なる問題の数々を引き起こす事になったのだが、それはまた別の話。
「そいつは・・・アレだ・・・マズいな。」
魎呼は苦渋の表情を作る。
それもそのはず、一路がもし、樹となんらかの接点を持てる資質がある場合、樹に選ばれる可能性がある。
ただの樹ならまだいい。
船穂相手にその資質があるならば、第一世代と契約出来る可能性があるのが問題なのだ。
現在、皇位継承順位は遙照こと勝仁が1位、直系皇族である天地が2位、そして地球人の西南が3位となる。
下手をしたら、その順位の変動もありえるのだ。
なにより、樹雷という国はこの銀河で1,2を争う国家だ・・・ロクでもない騒動が起こるのが目に見えている。
では、全く関係なく樹と心を通わせる事が出来るとしたら?
それはそれでもっとタチが悪い。
ある意味、この銀河で元メルマスの巫女、ネージュ・メルマスに次ぐ危険な存在という可能性も・・・。
「ま、そう悲観する事もあるまいて。何より、鷲羽ちゃんがきちっと調べて何らかの対策を立ててくれるじゃろ。それにまだそうと決まったわけでないしのぉ。」
確かに勝仁の言う通り、何もない可能性だってある。
そうそう特異な人間がぽこぽこいるわけがない。
他にも誰かの刺客という可能性もあるが、それこそ杞憂だ。
第一世代の樹、勝仁の船穂。
第二世代の樹、阿重霞の龍皇。
第四世代の樹、ノイケの鏡子。
始祖の樹、津名魅。
伝説の宇宙海賊、魎呼。
同じく銀河一の頭脳、白眉 鷲羽。
そして天地。
単純に戦力換算して、銀河の半分の軍事力を以ってしても互角かそれ以上の力が、地球のこの柾木家周辺にはある。
ただ、魎呼はそうでない事を、心から信じていた。
「じじぃも年食ったなぁ。」
「年寄りになると心配事があれやこれやと増えるもんなんじゃよ。さて、少年が来た時の宴が楽しみじゃわい。」
どうやら、勝仁も一番最悪な方向には物事を考えてないようで、魎呼もほっとしていた。
「そうそう、一路な、ちょっとくらいなら酒オッケーらしいぜ?」
「ほぅ。天地より融通のきく少年じゃな。」
「だろぉ?」
この辺りは、二人も同じ見解らしい。
兎にも角にも、なるようになるしかない。
二人は、それぞれに考えを巡らしつつ微笑むのだった。