目の前に涙目の少女がいる。
正確には、リーエルの肩越しに。
そして何故だか一路は正座。
「シアちゃん、ご挨拶は?」
リーエルは背中の少女を促す。
正座はしているが、困った事に年下だろう少女の下着姿を見てしまった罪悪感が湧いてこない。
過失とか、不可抗力とか、そういった類いの言い訳があるとかではなく。
「ごめんなさいね、シアちゃんは、男性が苦手というか・・・。」
「男性が怖い、と。」
彼女の悲鳴が多分、そちらの方に重点が置かれていたからだろう。
それは一路にも気づけた。
「シアちゃん、一路クンは今日から一緒に住むんだから。」
「ひっ!」
(あ、隠れた。)
どうやら、何時の間にやら彼女達と同居する流れになっていたらしいという事に一路は溜め息をつく。
自分が何ら悪い事をしていない、ただ男に生まれただけで、こんなにも否定されるとは思ってもみなかった。
(単純に世界の45%くらいは確定で苦手ってコトだもんなぁ。)
男45% 女50% 残りの5%はそれ以外。
それ以外という括りをどう突っ込んだらよいのかは解らないが、彼の脳内計算ではそういう事らしい。
ある意味で、一路の包容力が表れているといっていいのかも知れない。
「え~と・・・。」
ただ目が合っただけで、この反応ではどうしようもないのも事実。
「僕は檜山・・・え~っと、A、一路って言います。」
一瞬、ミドルネームをどうしようかと思ったが、もうその名で登録されているのだからと何とかAという言葉を述べる事が出来た。
「大丈夫ですよ、僕はここには住みませんから。」
現状、どう考えても邪魔者は自分だ。
だから、深く考える事無く言えた。
「リーエルさん、学生寮みたいな施設ってありますよね?」
「え、えぇ、あるにはあるわ。」
「なら、僕はそこから授業の合間に通いますから。」
手間はかかるかも知れないが、自分より小柄な少女にストレスを与え続けるというのは一路には出来なかった。
自分が教えてもらう立場なのだから、通う手間とかは言っていられない。
それを言うなら、目の前にいるリーエルの方がよっぽど大変だと思った。
「でも、寮は基本的に外出禁止だし・・・。」
「なら、リーエルさんには悪いですけど、学校に来てもらうか、もしくは通信教育的な・・・。」
宇宙船で外宇宙に出られるレベルなのだから、きっと通信手段だって格段に進歩しているに違いないと踏む。
自分で言っていて、名案ではないかと思ったくらい。
「一路クンがそう言うのなら・・・。」
「はい、お願いします。」
そしてそれとは別に。
「シアさん、どうもお騒がせしました。ごめんなさい。」
自分が男性であるという事はどうにも出来ないので、一路としてはこれくらいの言葉しかかけられなかった。
ただ、人に恐怖されるというのは、存外つまらなく、寂しいもんなんだなとは思いながら、正座をやめて立ち上がる。
「とりあえず、理事長の所へ戻ってどうするかを決めます。」
そうと決まったら長居は無用。
急がなければ今日の寝床すら確保出来ないかもしれない。
一礼して背を向けると、スタコラと玄関に向かう。
「・・・どう?いいコだと思うのだけど?」
そんな一路の背を見たままで、リーエルは自分の背の少女に声をかける。
「・・・。」
無言。
「あんないいコが路頭に迷っちゃうのか~。」
顔をが見えないのをいい事にニヤリと笑いながら追い討ち。
しかし、それにも返答は無い。
無い代わりに、リーエルの背にかかっていた重さが軽くなる。
一路の後を追うシアの姿に、リーエルがほくそ笑んだのは言うまでも無い。
当然ながら、シアの行き先は1つである。
「待って。」
シアに呼び止められて、一路は玄関先で振り返った。
何の用が?と表情に出ているのがありありと解るのだが、一路に視線を合わす事さえ出来ないシアには気づく事が出来なかった。
「・・・いいわ。」
「はい?」
何とか搾り出すように発せられた声。
「ここに・・・住んでも・・・。」
「え・・・。」
何かの聞き間違いかもと思ってしまうのも仕方が無い。
目を丸くして一路はシアを見つめる。
自分より小さく少し黒味がかった朱色のショートの髪に暗めの金眼。
外見のせいかやはり年下に見える。
「でも、さ。いきなり後から来たのは僕の方だしさ、無理しなくていいんだよ?」
生理的に、というのはどうしようもない。
そこについては既に一路も納得している。
「そ、それは・・・別に、部屋を分ければいい。」
シアの言う通り、別々の部屋で暮らすにしても、結局は共用のスペースがあるのだから同じじゃないかと言おうとして、一路は言葉を飲み込む。
他に気になる事があったからだ。
「無理、してるよね?」
別に紳士ぶるつもりは毛頭ない。
人の嫌がる事はしない、女性には優しく、普通の事。
「し、してないっ。」
瞼をぎゅっと閉じて、尚も言い張るシアの強情さ(?)に嘆息して・・・。
「だってシアさん、僕と一度も目を合わせてくれないし。」
話している今も、シアは一路と目を合わせようともしない。
男性恐怖症だというのは解るが、これ程に言っている事と態度が噛み合わないのなら、どう考えても彼女の言っている事は信じられないし、無理に決まっている。
「そ、それは・・・。」
一路に指摘されて、シアはなんとか一路の目を見る。
見るといっても、視線が合ったのはほんの数秒。
すぐに目を逸らされ、そして再び一路を見るを繰り返す。
「だ、大丈夫、本当に。」
「う~ん・・・。」
どうしたものやらと一路には判断がつきにくい。
「きっと慣れると思うし・・・その、路頭に迷われても・・・嫌だから。」
確かに現段階では、路頭に迷いかけているのも事実。
そもそも、第三者から見れば、シアに対する一路の対応は誠実過ぎる程、誠実だ。
そんな一路の態度には、シアだって思うところがあったからこそ、こうして逃げ出したい衝動に耐えて話しているのだ。
一路にもそれが解らないわけじゃない。
「・・・なんだか、平行線だ。お互いが頑固みたいだね。」
そう言って一路は微笑む。
「・・・そうね。」
シアもほんのちょっぴり、ちょっぴりだけ微笑む。
ようやくマトモな表情が見られた気がした。
やっぱり可愛いなと一路は思ってから。
「じゃあ、シアさんの厚意に甘えさせてもらおうかな。」
なんだか最近、他人に甘やかされてばかりな気がするなと、一路自身も思うが、路頭に迷うよりは断然マシだ。
(しっかりしなきゃな・・・。)
宇宙では頼りに出来るの第一候補は自分だけだ。
岡山に引っ越す時だって、今までの友人や親類とかに頼らないように逃げてきたのだから。
「どうぞ。」
「勉強が終わるまでの間だけだから・・・よろしくね。」
一路がすぐにこの星、正確には星系、銀河の文化・風習を学習して慣れてしまえば問題はないのだ。
これはこれで勉学への意欲が更に湧いてきそうだった。
「うん。」
と、シアが頷いたところで・・・。
「お話が片付いたなら、お茶にしましょ~。」
奥からどう考えても成り行きを把握しているとしかいえないリーエルの声が聞こえた。
彼女の言葉に苦笑しながら、一路は再びシアを見る。
「雪兎・・・。」
「え?
「いや、何でもないないです。」
シアのイメージ。
強すぎるくらいの警戒心と保護色、ともすればそのまま雪に埋もれて凍えてしまいそうな儚さ。
またバカな事を言ったなと思いつつ。
「じゃあ、行きましょうか。」
奥の部屋に行く為には、シアが先に行ってくれないと通れない。
これから、そんな風に気をつけていかなければならいのだ。
今はそれと勉強の事だけを考えて・・・そうじゃないと、今すぐ宇宙へと飛び出して行ってしまいそうだったから。
勿論、それじゃあダメなのは解っている。
だから・・・。
(今を大切にしないと・・・。)