という事で一日遅れてしまって申し訳ないです。
何とか拘束は解いてもらったものの、一路に待ち構えているのは結局尋問だ。
場所を変えて行われるソレは執務室のような部屋で、目の前の大きなデスクには理事長であるアイリが座っていて、その傍らには美星の祖母だという美守が立っていた。
外見的な年齢で言えば、こちらの女性が立っていて若い女性が座っているというのも不思議な感じがしたが、色々と立場とかもあるのだろうと一路は何も言わなかった。
そう、質問に対する答え以外は一切言うつもりもなかった。
「んで、結局、キミは何がしたいのよ?」
のっけからストレートな質問である。
どうやら目の前の人物は、特段駆け引きのようなものをするつもりはないらしい。
「何って・・・まぁ、話せば長くなるんですが・・・。」
「手短に。」
「あ、はい。」
そして案外、短気なのかも知れない。
「鷲羽さんに命を助けられたのは良かったんですが、どうやら地球外の技術を使った痕跡が残っちゃったみたいで、地球の生活に不適応というか・・・なら、宇宙に出て見識を広めるのと同時に勉強してこいってなって・・・。」
嘘は言っていない。
よって、一路の顔にもその類いが出来ていないし、先程言われたように脈拍や瞳孔等の計測でも反応は出ていないだろう。
しかし、どうにも目の前の二人は納得していないように見える。
「あ~、ま、それが本当だとしてね・・・。」
何か奥歯にモノが挟まった言い方だ。
当然、それは一路にも気になるところだ。
「自分の名前を推薦者として、しかもGP側にとか、あの人がわざわざやるわけないのよね。」
「ですね。」
アイリの言葉に、隣にいた人物も同意の相槌を打つ。
「そうでなんですか?鷲羽さんは凄く親切な人でしたけど?」
「事実、保証人の阿重霞ちゃんだけで充分に入学出来るはずよね?皇族だし。ウチ、基本来る者拒まずだし。」
「・・・皇族だったんだ。」
阿重霞が何処かの皇族だという事実に妙に納得してしまって、驚きの声すら出ない。
「それにね、キミは知らないようだから言うけど、この朱螺ってのはね、鷲羽ちゃんの大親友の名前で、そりゃもーこの施設では知らない人はいないってくらいの有名人なの。」
やはり、自分の偽名の方が問題だったようだ。
しかし、大親友という名。
それを自分につけた・・・。
「僕としては、光栄ですけど・・・目立つ事以外は。」
どうせ卒業するまで、ここにいられるとは思っていないし、こっちは副次的な産物でしかない。
「どうやら、私達は担がれたのかも知れませんね。」
その一言にアイリはきょとんとした後、デスクにだらしなく突っ伏す。
「あ~、確かに。こんな超ド級の書類だったら、絶対私等は喰いつくわ。」
ここにきてようやく、自分が抱いている鷲羽像と、目の前の二人のソレとは違うのだと一路にも解りつつある。
「つまり、何の後ろ盾も味方もいない彼を宜しくと、そういう事なんじゃありませんか?」
「過保護なコトで。」
なぁ~んだつまんないと机に突っ伏したまま頬杖をついてしまうところが、何とも言えない。
「あの、僕はここで勉強させてもらえれば、それで充分なんですけど?」
何も便宜を計ってもらおうなどとは思っていない。
自分を鍛えようと思っている一路にとって、寧ろ放って置いて欲しいくらいだ。
「勉強というと何を?」
何を?
一体、何がこの学校で勉強できるのか解らないが・・・。
「出来れば、宇宙船に関わる知識とか、あとは護身術的なモノを。」
勿論、灯華を探す為に。
「私がアカデミー神拳でも教えよーか?」
投げやりな態度でぼやくアイリをちらりと一瞥して美星の祖母である美守は微笑む。
「それは別として。こちらが側としても困った事にあなたを一人に出来ないのです。地球の方には戸惑う事が沢山ありますからね。」
彼女の言う通り、何をするにも周りの反応を窺いながらというのは骨が折れるのも確かだ。
「西南君の時みたく、誰かつけるかぁ。あ、キミ、変な特性ないわよね?」
「何か、ここに来る途中でも同じような事を聞かれたんですど、ないですよ?」
「じゃあ、一人つければいっか。え~と・・・。」
ほんの数秒考えた後、デスクに備え付けられたボタンを押す。
「リーエル、ちょっとお願い。」
そう言うや否や、ものの2,3分で部屋の扉が開き、人が入って来る。
「お呼びですか?」
「え・・・。」
一路は思わずその人物を上から下まで凝視してしまった。
総身を薄いクリーム色の毛に包まれた、犬の顔をした女性。
それが一路の目の前にいるリーエルという人物の特徴だ。
「彼ね、一路クンというのだけれどぉ、辺境の星の、まぁ、ドもドのド田舎なんだけどー。」
それほどに田舎と呼ばれると、愛国心・・・いや、愛星心だろうか、そういうものがないと大人達に言われる現代っ子の一路でも、酷い言われように顔を顰めてしまう。
「どうも"自然信仰の民族の出"らしいの。それでしばらく彼について、ここの常識をレクチャーしてあげて欲しいワケ。」
「えぇと~。」
リーエルは自分を凝視したままの状態で固まっている一路を一瞥した後に、再び視線をアイリに戻す。
「一路さんが私で良いというのでしたら。」
一路の反応を一種の拒否反応と捕らえた、(アイリには全く皆無な)大人の気遣いを見せたリーエルの返事に一路は正気に戻る。
新たなキーワード、自分は科学を受け入れない自然信仰の残る辺境の星の民族の出身というのを頭に入れつつ。
「え、あ、お願いします。」
つまりは、彼女は自分のお目付け役という事で、目の前の二人は自分の言葉の全てを信用しているというわけではなさそうだと認識する。
この二人、特にアイリに関わるよりも、自分を世話してくれる女性の方が一路には重要度が高かった。
何せ、この先の自分の言動の評価の行き着く先は、このリーエルという女性の評価を左右してしまうかも知れないのだ。
といっても、これまたアイリはともかく、美守の方は冷静沈着な分析・思考・判断を擁しているので、一概に全てをリーエルの責任にするなどという事くらいは容易に解る。
「よろこんで。」
そう微笑むと、リーエルは一路に手を差し出してきた。
彼女の背からゆらりと尻尾が動くのか垣間見えて、しかもそこにご丁寧にリボンまで巻いている。
地球にもそういうアクセサリーや"そういうシュミ"の方がいるが、それとはまた違った次元で完成されているケモノ耳と尻尾を凝視してしまうのも無理からぬものだろう。
と、そこで手を差し出したままで自分を見つめている彼女の視線に気づき・・・。
「す、すみません。故郷じゃ見ない種族の方なもんで・・・。」
なんとか目上(であろう)人物に失礼にならないように言い訳をして、差し出された手を握り返す。
手の中に納まるふわふわ、いやふさふさとした感触に、少しだけ弾力のある感触。
多分、肉球の名残りのようなものだろう。
二足歩行するのに手の肉球はそれほど重要ではないだろうからと一路は名残りだと推測した。
しかし・・・。
(うん・・・悪くないかも。)
思わずにぎにぎとしてしまう。
「一路さん?」
「寧ろ、好きカモ。」
「?」
リーエルに問い返されて、更に続く本音が口からこぼれたところでようやく正気に戻って来られた。
「はい、どうも・・・すみません。」
「いえいえ。気に入ってくれただけ、嫌われるより断然マシです。」
嫌われる。
このフレーズが何故だか一路には引っかかった。
元来、素直・・・というよりバカ正直な一路は、目の前の事をありのままに受け入れてしまうタイプ。
それは先の静竜との出会いでもそうだ。
リーエルという目の前の女性(だと一路は既に判断している)は、まぁ、そういう種族なんだなぁくらいの認識。
自分がいた地球だって、肌の色だけでも何色もあるし、たまたま人間のような進化を遂げた種族が一個体しか発見されていない(もしかしたら、いてもおかしくないとさえ思っている)だけで、それがさて、宇宙規模となったら。
何があってもおかしくはない。
大体、一々驚いていたらきっと疲れるだけである。
「えと、見識が広がりました。」
こういう種族がいるんだとメモメモとしながら、もしかしたら他にもまだまだいるんじゃないかとわくわくしてくる。
「くすっ。私達はワウという名の種族になります。」
一路の反応が単純に可愛くて面白くてリーエルは微笑む。
微笑むといっても、そこは大きな犬歯が見えて、なかなかどうしてワイルドな感じがしたのだが、これはこれで何かサマになっている気がして、一路は好きになれそうだった。
「それではご案内しますね。」