「・・・と、いうわけで、君がこれから行く先がどういった所かは理解できたかと思います。」
席に着いた一路の周りにシークレットウォールと呼ばれる薄い膜が張られ、外部と遮断されると、実に様々な映像、CMみたいなものが流され、あれよという間に説明が始まった。
全てを理解出来たわけではないが、どうやら自分は美星の所属しているような、公安機関のような組織の教習施設、所謂、学校のような所に入学させられるのだという事が解った。
この辺りの事は、鷲羽達に任せきりだったので、一路も知らなかったが、そういう事らしい。
鷲羽に自分の人生の先行きを任せるなどとは、鷲羽の日頃の行いを知っている者ならば、卒倒するか、涙を流して激励、或いは憐れに思われるかのどれかでしかないのだが、知らぬが仏とは言ったもので、一路の中での彼女の評価というか、位置づけはかなり高かった。
「ところで、一路君は、樹雷辺境惑星の"かなみつ出身"との事ですが・・・。」
「は、はい。」
それがどんな所なのかは知らないが、"そういう事になっている"みたいなのだろうと曖昧に頷くしかない。
「あ~、そのですね、これは壮大な独り言とでも思って下さい。」
「?」
「この船の航路上の付近に、地球という星がありまして。我々のように自分の属する銀河星系を自分達の文明力で脱出できぬこのような星は、未開の星として扱われます。そこには勿論、我々からの介入、如何なるアプローチも致しません。解りますか?」
「まぁ、それは。自分達で宇宙へ自由に飛び出して行けないレベルでは、摩擦が生まれそうだし・・・。」
そもそも、地球人は外宇宙の旅行に耐えられる寿命を持っていない。
かといって、時間と距離の関係を短縮・越えられるワープ技術も持っていない。
土台無理な話だ。
「つまり、地球のような未開の星から、その星に住む原生民が我々の施設に入る事などありませんし、原則とされて禁止されています。」
(え・・・。)
つまり、今、現に一路が犯しているのは履歴詐称を除いても、犯罪レベルなのだ。
「まぁ、何を言いたいのかというと・・・。」
コホンと一つ咳払いをして。
「かなみつも地球と比べては失礼ですが、辺境の星です。その出身である貴方にとって、自分のこれまでの常識や先入観を覆すモノや範疇外な事が多々あります。余り大きな動揺や、ましてや冷静さを欠くような事がないようにして下さい。」
「はい。」
事前の忠告さえあれば、身構える事も出来る。
ここはもう宇宙。
宇宙に出たのだ。
「それと・・・ワープでシートベルトをしたり、Gの衝撃で椅子に押し付けられたりなんだりの諸々の事は、"地球のSF"くらいにしか出て来ない事なので、それも覚えておいてくださいね。」
「はい。て、え?あれ?」
するとつまり、あれがこうなって、これがこうな・・・という事は・・・と、一路の額に汗が流れる。
自分でも目が泳いでいるのが解った。
「本当に・・・お願いしますよ?」
「す、すみません。」
つまりはそういう事だ。
謝るより他に言葉が見つからなかった。
「はぁ、私、こんなんだから出世出来ないんでしょうかねぇ・・・。」
がっくりと肩を落としている艦長が、苦労性だという事だけは一路にも解った。
「あ、もう一つ忘れるところでした。」
「ま、まだ何か?!」
「・・・貴方、変な
「え、あ、いや、ないです。」
大体、地球人だとバレているなら、そんなオカルト地味た超常能力を持つなど・・・中にはいるかも知れないが、滅多にいないのは解りきっているではないか。
「そうですか・・・なんというか、2度ある事は3度あると言いますし・・・。」
「?」
目の前の男性艦長の台詞の意図が全く掴めない。
「あ、あぁ、だから壮大な独り言です。お気になさらずに。」
本当に壮大である。
しかも、ちょっと被害妄想が入った。
「一緒にいた子は、その、僕と同じ?」
ふと、例の目から殺人光線少女(一路の被害妄想)を思い出す。
「目的地が、と言えばその通りです。」
つまり、彼女の出身は地球ではないらしい。
更に幾つかの注意事項と、この先の流れの説明を受けて、一路との話は終わる。
しかし、一路には更なる課題が残された。
1つはこれから先、鷲羽によって用意された設定の自分を演じなければならないという事だ。
演じるといっても、設定の量はそんな多くない。
ただ、指摘された通り、これから先、一路が初めて知る事でも、他の者には常識的な事かも知れない。
その逆も然り。
地球出身という事さえバレなければいいのだが、それが一番難しい。
下手な所でボロを出さなければいいが・・・。
とてもとても悩ましい問題だ。
そして、もう1つの課題が更に厄介。
(どう弁解したらいいもんかな。)
乙女の柔肌を見てしまった・・・。
もっと言うなら、揉んでしまった。
いや、確かに柔らかいので柔肌だなとか、そういう事ではなく。
「はぁぁぁぁ~。」
席を外し、船内の通路で盛大に溜め息、いや、ダメ息を吐く。
エマリーと呼ばれていた少女。
ふんわりとしたプラチナブロンドに蒼い瞳。
一昔前に見た西部劇に出てきそうな少女の顔立ち。
斑にあるソバカスなんて、特にそんな感じだった。
典型的70年代アメリカ少女というか、一路の頭の中ではエマリーではなく、ステファニーなイメージ。
何故にステファニーなのかは一路にも解らないが、昔に見た何かの番組のイメージかなんかだろう。
別にこれが直感というワケじゃない。
どちらかというと、妄想レベル。
(恋愛シュミレーションとかだったら、好感度マイナススタートってヤツだよね。)
と、いっても一路はそういう類いのゲームに詳しいというわけじゃない。
昔、流行っていた頃に友人から借りてプレイした事があるのだが・・・。
「て、あれは黒歴史、黒歴史。」
何かが黒歴史らしい。
一路は首を振ると、再び彼女への謝罪の言葉を考え始める。
しかし、いくら考えたところで名案が浮かばない。
それもそうだろう。
クラスメートへのお礼を何にしたらいいのかでさえ、ノイケに聞いたくらいなのだから。
「・・・仕方ない。」
一路というにんげんは、一度腹を据えると頑固な分、行動が早い。
くるりと踵を向け、彼女が出てくるであろう扉の前で止まる。
何発殴られるか解らないが。ともかく気絶するまで謝ろうという、完全玉砕覚悟だ。
といっても、恐らく一発殴られれば気絶するのは体験済みだ。
(・・・理由はどうあれ、触ったのは事実だもんなぁ・・・。)
やってしまった事は仕方ない。
「・・・でも、柔らかかったな。」
これは許してあげて欲しい。
一路だってヲトコノコなんだから。