肌に触れる心地良い風。
風に揺られる木の葉の音。
木の葉の落ちる水面。
その全てが生を感じる。
そして眼前には一際大きな樹。
御神木を見ながら一路は考えていた。
一路が目を覚ましてから五日程が経とうとしている。
『一路殿は死んだんだよ。』
目覚めた時に一路の傍らにいたのは何故だか柾木家の人々で、開口一番の鷲羽の言葉がコレだった。
当然、一路には何の事か理解出来ないし、学校で刺されたはずの自分が何故柾木家にいるのかも解らない。
自分は刺された、そこで一路ははたと思い出し・・・。
『灯華ちゃん・・・そうだ灯華ちゃんは?!』
彼女の安否。
一番最初に想う事が出来たのは、その人だった。
自分を刺した張本人だという事も忘れていた。
いや、関係なかった。
『事情は聞いてるよ。その娘の事も含めて、一路殿と周囲の状況を話さなきゃならないんだ。』
念の押し方で、それがとても重要で重大な事だと理解して頷く。
それ以外の方法が今の一路には無かったし、鷲羽の圧力が有無を言わせぬものだったから。
『まず、一路殿は一度死んだんだ。正確には地球の医療レベルではね。』
『地球の?』
そこから始まる話は、今でも一路には信じられない内容だった。
一路の怪我は、ほぼ即死といってもいいくらい、とにかく死を免れぬ程で手の施しようがないものだったが、何とか命を繋ぐ事が出来た事。
しかし、それは地球文明以外の技術を使用して。
そして、その技術を使ったが為に、一路は一般の地球人とは言えなくなってしまった。
彼の肉体に地球文明以外の技術を使用したという痕跡が、地球の技術でも判明してしまう程に残ってしまった事。
その技術を使う自分達は、地球外生命体であると。
つまり、鷲羽達は宇宙人。
長々と説明をしてもらったが、一路の中で要約して一番大事なところは、そこだと理解した。
というより、もうここまでくるとほとんど現実味が湧かなかったが、自分が生きている事がある意味でその事実を立証している面もあって、受け入れるしかない。
そして、ここからが一路が更に驚く内容で、宇宙人なのは柾木家の人間だけではなく、芽衣と全もだという事。
二人は樹雷という宇宙の中の一国家の出身で、灯華は恐らく樹雷に対する何らかの敵対する組織の一員。
一路はその二つの関係に巻き込まれたのだと。
『もしかしたら、私達と一緒にいたせいもあるかも知れないね。』
自分達もその樹雷の関係者である事が一路を危険に巻き込んだ一端かも知れないと鷲羽を始め、柾木家の人々は口々に謝罪をしてくれた。
確かに、学校で鷲羽、魎呼、阿重霞の三人は目撃されたかも知れないし、美星も商店街で目撃された可能性もあった。
一路は勿論、そんな事はないと否定したが、それでも一般的な地球人である一路には縁のない事だったのは確かだ。
だから、一路は柾木家の面々に一言だけ。
『それでも僕は皆さんと出会えて良かったです。』
少なくとも、これも紛れも無く真実だった。
それと同じようにここに来て出会った人々も。
だが、事実はもっと過酷で・・・。
全も芽衣も学校には登校してきてなかった。
当然、灯華も。
それどころか、何故か担任の先生も辞めていた。
『二人は多分、樹雷に帰ったんだと思うよ。』
クラス名簿には住所も載っていたが、そこは空き家だった。
幸いな事に樹雷ならば知り合い(流石に皇族とか皇位継承者とは、天地の存在の都合上伏せられた)がいるので、二人の動向は調べられるとは言われたのだが・・・。
灯華の居場所だけはようとして解らなかった。
恐らく彼女も地球にはいないだろう。
芽衣がいないのならば彼女を狙っていた灯華もそう違いない。
それが逆に、とても心配だった。
「一路殿?」
今までの出来事を回想していた一路は、背後からの鷲羽の声に振り返る。
鷲羽の横には勝仁もいた。
「僕、刺された後、夢を視たんです・・・。」
あれは・・・本当に夢だったのだろうか?
何となく手にまだあの温もりがあるような・・・。
「そこで、天使・・・女神様かな、とにかくその人に会って言われたんです。」
「ほぅ、して何を?」
勝仁は一路のその言葉を一切笑う事も否定する事もなく、聞き返してきた。
「後悔はないかって・・・。」
考えてみれば、後悔しない人間などいないし、大なり小なり何らかの選択を迫られれば、誰でも絶対に後悔する事はあるだろう。
「へぇ。それで、一路殿は何て答えたんだい?」
だったら、どうせ後悔するならやるだけやって後悔した方が悔しさの質が違うんじゃないだろうか?
ずっと、言われた言葉の意味を考えていた。
「要約すると・・・お弁当が食べたい。灯華ちゃんの手作りの。」
刺された日の弁当は食べる事が出来なかった。
折角、灯華が作ってくれたというのに。
「あんな事がなければ、灯華ちゃんはまだ僕にお弁当を作ってくれてたかも知れない。正直、灯華ちゃんが宇宙人だろうが犯罪者だろうがどうでもいいというか・・・そう言われてもピンと来ないし・・・だって、僕は同級生の灯華ちゃんしか知らないから・・・。」
同級生、日常生活、そして母。
そういうモノを全部なくして岡山に来た。
だが、今回はまだなくしてないと一路は思っている。
「だから・・・僕は灯華ちゃんに会いたい!」
何をすべきか。
夢で出会ったその人はそう言った。
だから一路は、自分がこの世界に戻って来られたと。
それをする為に。
「会ってどうするんだい?」
鷲羽の声が詰問するような口調になっても、一路は鷲羽から目を逸らさなかった。
言わない方が絶対に後悔すると解っていたから。
「どうする?さぁ?どうしたら・・・満足なのかな。ただ会って言いたい事を言うだけ言って、もし、したくもない悪い事をさせられているなら、やめさせたい・・・だって・・・。」
自分を刺した時の灯華は、少なくとも犯罪者の顔とは思えない。
いや、自分を刺してはいるのだが、それとこれとは別に・・・。
「灯華ちゃんは優しい子だから。」
「それがその子から感じた直感なんだね?」
「僕、我が儘ですかね?」
聞くまでもない事だ。
先程までの強気が嘘のように、自信も頼り気も微塵もなく聞き返してくる一路に鷲羽は微笑む。
何処かしら誇らしげなモノを見るような・・・。
「うんにゃ。いいんじゃない?頑張れオトコノコ♪青春だネ♪」
何時の間にか、何処から取り出したのか解らない天晴れ!とデカデカと書かれた扇子が鷲羽の前に広げられているのを、
扇子に嫌な思い出でもあるのだろうか?と思うか思わないかの瞬間、口を開く。
「ならば、宇宙に上がらんとのォ。」
「う、宇宙?!僕がですか?!」
「左様。」
自分の聞き間違いかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「そうだよ?宇宙へ出て、お姫様を捕まえて掻っ攫って来ないとね、白馬の王子サマ♪」
「宇宙・・・灯華ちゃんを捜しに・・・。」
ゴクリと喉をならす一路。
特別な訓練を受けた宇宙飛行士でもない、ただの子供の自分が宇宙に・・・。
そんな現実離れをした、しかし確かに現実が自分に訪れるとは思ってもみなかった。
だが、鷲羽の手術で地球人にはない痕跡が残ってしまった一路には宇宙へ上がるか、地元の正木村で一生を暮らすしか選択肢がないという事を知るのだった。
そして、今の一路が選ぶのは一つしかない。
一路、宇宙へ!
以上、長いキャラ紹介とコトの始まり。
少年は地球を飛び出す事に。
次回!宇宙編?!