「いっち~、お土産~っ!」
重い空気とNBとのやりとりで既に疲弊していた一路を出迎えたのが、黄両だったという事実は幾ばくか心の負担を軽くした。
樹雷でのお土産は入手できなかったが、GPに帰って来てからお詫び用としての菓子折りは用意してあったのでそれを渡す。
「さっすがいっちー、ワカってるぅー。」
一路から素早く箱をひったくる黄両。
謝罪などしなくても、彼女はこれで許すのだろう。
ひょっとすると怒ってすらいないようにも思える。
「黄両、一人で全部はダメ。」
当然ながら一路を女子寮の玄関で迎えたアウラも怒ってなどいないのは言わずもがなだ。
ただ・・・。
「えぇと・・・。」
ぶっすぅっと自分を睨みつけているエマリーだけは、一筋縄ではいかないだろう。
「た、ただいま。」
そう一言、とりあずまずはコレだろうと思い、気まずさも手伝って口から出た。
「おかえり。」
ぽつりとそう言葉が返って来て、エマリーは一路に歩み寄って来る。
返事は返ってきたものの、彼女の表情は険しいままで、柔らぐ素振りがない事をしっかりと確認してから、一路は心の中でこう呟いて目を閉じた。
(・・・アーメン。)
別にクリスチャンというわけではない。
超常的という意味での神の存在はあっても不思議ではないと思うくらいで、その存在を心から信じた事は今までない。
そして、全身の要所要所の筋肉に力を込め、或いは緩めた辺りで頬に猛烈な衝撃を感じ一路の身体は壁に叩きつけられた。
「ほひ?ひっひぃー、ほかへり~。」
衝撃音を聞いて、お土産である菓子を頬張って"おかえり"を黄両が言ったのだろうという事を数秒遅れて理解してから、なんとか目を開いて見上げると自分を殴りつけたエマリーが目にうっすらと涙を溜めて仁王立ちしていた。
「とりあえず、今はこれで勘弁しといてあげる。あとは話を聞いてから考える!」
相当怒っているのは解るし、下手したら骨の一本や二本くらいならば平気で折られそうなくらいの気迫だったが、ダメージを負った一路にはそういった思考をする余裕はなく・・・。
(青かァ・・・。)
視界に飛び込んできた色を口に出したら、トドメを刺されるだろうなぁくらいにしか頭が回転していなかった。
「坊、派手にフッ飛んだが生きとるかー?お?目の覚めるようなブルーやな?」
「あ、バカ。」
一路の様子を確認して、あまつさえ彼女のスカートの中を見て、更にカメラまで携えたNBの呟きに"完全に終わった"と確信。
折角、"手加減する理性"はあったのに・・・。
「こ、このォッエロボール!!」
「「きゅべっ?!」」
多少のズレはあったものの、蹴られた側のNBとNBに激突された一路が声を上げたのは、ほぼ同時だった。
それだけ力のこもった蹴りでNBは打ち出されたという事でもある。
何やら懐かしいパターンだな、コレは。
何度目かの経験で学習した結果の余裕と、しかし回避行動は取れないまま、彼の意識は途切れた。
『二人でちゃんと話して来た方がいいわ。』
たっぷり一時間を要して意識を取り戻した一路にアウラが口数少なくそう振ってきた事にエマリーが同意してくれたので、何とか弁解の時間は与えられそうな事にとりあえず安堵した。
とりあえず、話は外でという運びになった段階で、NBが一路に手を振る。
「じゃあ、ワシは留守番という事で、ここで失礼っ、ふぎゃぁっ?!な、何するんやアウラはん?!」
留守番と言いながら、カメラを携え女子寮の奥へと行こうとしたNBをむんずと掴んだアウラの行動に一路はツッコミを入れるのすらしなかった。
というより、エマリーのあの蹴りを受けて尚、カメラを死守した事に驚くしかない。
「前に、変なプログラムは消去するって言ったわ。」
「きゃははっ、なになに?ソレ"割る"の?スイカ割りする?」
どちらの主張も本気なので余計に突っ込めない。
流石は有言実行少女。
「うぎゃぁぅ、指!指ぃ!もう割れかけとるヒビ!ヒビ入っとるから!」
「じゃ、行きましょ。」
宙吊りで絶叫を上げながら悶える凄惨な光景と、その後に起こる出来事に目を逸らしたくなったタイミングでエマリーが促す声がして、一路は是が非でもなく従う事にした。