『今日の放課後、三者面談するからね。』
呼ばれた一路が、担任から告げられた言葉は以上である。
勿論、一路は以前と同じ事を主張したのだが、担任は"保護者から連絡が来た"というような旨を言って去って行った。
さて、問題はそこで残された一路の方である。
当たり前の事だが、三者面談の件は父には言っていない。
父は東京だ。
言ったところで急に来られるわけがない。
では、それ以外に三者面談の事を話した人間といえば、級友と・・・。
(まさか・・・。)
午後の授業が始まってもそっちのけで思考を巡らす彼の脳裏に浮かんだ人物。
(いやいやいや、あれだけ釘を刺されてたし・・・。)
魎呼、阿重霞。
柾木家の二人である。
確かに鷲羽に釘を刺されてはいた。
果たして二人がその反対を押し切って来たりするだろうか?
そもそも一路が通っている学校の所在どころか、名前すら言ってないのだ。
(・・・別に来てくれるのが嫌なわけじゃないもんな。)
二人共、一路を不憫に思ってはいるが、哀れには思っていない。
だからこそ、彼女達がかけてくれる言葉は純然たる厚意であると解っている。
それに対して、嬉しいと思う事はあっても、迷惑だと考えた事はない。
風呂場の件は黒歴史として。
鷲羽の注意も一理はあるが、ここに来た以上、新たな一歩を踏み出す為には・・・。
「どうかした?」
授業が終わって、開口一番に問うてきたのは灯華だ。
「授業に気がいってないみたいだから。」
「流石、委員長。」
「私は委員長じゃないわ。」
このやりとりが視線を合わせる事なく展開される。
その事に意外と溶け込めてきたのかななどと考えてしまうのだから、案外お気楽かもと苦笑しそうになる。
「ううん、別にただ・・・。」
「おーい、いっちー。今日ヒマ~?遊びに行こうぜ。雨木もついてくっけど。」
二人の会話に割り込む全、その後には芽衣もいる。
(なんだかんだで仲良いよね、二人共。)
先程までああだったので、口に出す事などという迂闊な事は一路もしなかった。
足を蹴られるのも嫌だったし。
「何よ、その言い方。私は別にアンタと遊びに行きたいわけじゃないの。いっちーには、その、さっき、アレだったから・・・。」
そんな彼女の口調には、反省の意がきちんと感じられる。
自分が悪いと思ったら、すぐさま謝まろうと試みるのは、美点だと一路は思う。
特に自分が頑固な面もあるのを自覚しているだけに。
「別に怒ってなんかないから、大丈夫だよ。ただこの後、三者面談があってさ。」
本当にあるんだろうな三者面談と思いつつ、丁重に断る。
一路だって、彼等と遊びたくはあるのだ。
「ぬあぁ~そっか。そりゃ残念。」
「でも、いっちー、三者面談って・・・。」
と聞こうとして芽衣は慌てて口を押さえる。
先程もこの調子で失敗したばかりだ。
しかし、その動作は非常に愛らしく感じた。
「なか、多分、代理の人が来るんだと・・・思う?」
不安。
ひっじょ~に不安だ。
阿重霞にしろ、魎呼にしろ・・・いや、阿重霞の方がまだマシか?
魎呼には悪いが。
「そうなの。」
「しゃーない、また今度だな。」
「うん、また今度。灯華ちゃんも一緒に。」
そう一路に言われて、私?とハテナマークを浮かべながら一路達の方をにようやく視線を向けたところで帰りのHRが始まった。
それが終わると一路は級友達に挨拶をして職員室へと向かうのだが・・・。
「なぁ、委員長?」
「蹴るわよ。」
一路が去った後の教室でこんなやりとりがまた繰り広げられていたとは、一路の知る由も無かった。
そんな事よりも一路にとって切実なのは、鬼が出るか蛇が出るかかだ。
まぁ、正確には女王様が出るか、鬼女が出るかの二択だが。
ともかく、一路の中ではあの二人のどちらかが宣言通り突入してくるのだと思っていた。
(・・・せめてどちらかで・・・二人共来ちゃうのはナシで。)
充分に有り得る。
有り得るだけに頭を抱えたくあるのだが・・・。
「悩める少年よ、余り悩むとハゲちゃうゾ♪」
その声。
「鷲羽さんっ?!」
「鷲羽"
そこは譲れず力強く、いっそ脅迫的に訂正。
「鷲羽・・・ちゃん。」
「はぁ~いっ♪鷲羽ちゃんでぇ~すぅ。」
ノリノリで
一瞬だけ鷲羽から殺意を感じたような気もしたが、あらかじめ魎呼に忠告されていたので、すぐにそれと解る事が出来た。
と、それよりも・・・。
「そうきたか・・・。」
まさか、鷲羽が来るとは思ってもみなかった。
どちらかといえば、引き止める側だったはず。
「で、何を悩んでいたんだい?」
「いや、魎呼さんか阿重霞さんが来ると思っていたんで・・・て、鷲羽ちゃん、背が・・・?」
大きくなっているような・・・。
背だけでなく、出ているところのボリュームも。
一路の記憶にある鷲羽はミニマム、背のそれ程高くない自分の肩、それよりあるかくらいの可愛いサイズだったはず。
だが今の鷲羽は、逆に一路より頭一つ分以上の背がある。
「いやぁ、三者面談に行く為に張り切ったら伸びちゃってね。」
「いや、伸びないと思いマス。」
それ以前に背以外も色々と違う。
明らかに成長したとしかいえない・・・。
もし、そんな事が出来るなら、この世の女性の半数以上は喉から手が出る程に、その手段を手に入れたがるだろう。
「ん?あ、これね、大きくなっても母乳は出ないからね?」
だはは~っとオヤジ臭く豪快に笑う。
「どこからどう突っ込んだら・・・。」
「ま、今回は私で我慢しとくれよ。」
「我慢も何も・・・。」
別に頼んだわけでもないので、我慢とかそういう話以前の問題だ。
「魎呼や阿重霞殿の方が良かったかい?」
「いや、それは・・・。」
遠慮したいとは流石に言い難い。
大体あれだけ二人は、三者面談に出ると主張していたはずなのに。
「あ、二人が気になる?気になっちゃう?」
ニヤリと歯を出して笑う様は、鷲羽(小)と全く同じだ。
「阿重霞殿は天地殿と砂沙美ちゃんに足止めしてもらって、魎呼は・・・魎呼は、まぁ、いいか。」
研究室にふん縛って、力を無力化する封冠までつけて出て来たとは言えない。
というか、感性的にノーマル(?)の一路には刺激が強過ぎるだろう。
鷲羽自身、一路の母にはなれないが、見劣りしないように省エネモードの幼体ではなく、成体の姿で来ている時点で二人の事はとやかく言えない。
しかも、一路の通う学校を調べ、一路が自分の劇的な違いに必要以上に不思議に思わぬように細工してまでやって来ては。
「はぁ、まぁ、来てもらった事自体は嬉しいですけど、これって学校的にはOKなんですかね?後で問題になったしないですかね?」
特に最近は個人情報の取り扱いに厳しいご時勢だ。
問題になって鷲羽や担任の教師に迷惑がかかっても困る。
「あぁ、その辺も大丈夫。問題ないない。」
何故だか今の鷲羽は信用が出来ない。
「とりあえず、先生にはちゃんと説明してあるから、あとは行くだけだよ。」
そう言うと懐から赤いスクウェアの眼鏡を出してかけ、準備完了だ。
「さ、一路殿、職員室に案内を頼む・・・よ?あ~、呼び方変えた方がいいかい?仮にも代理だし・・・坊ちゃまとか?」
「結構です。」
絶対ワザとプラス楽しんでいるとしか思えない提案。
当然ながら却下である。
だが却下したところで、やる時はやるのがみんなの鷲羽ちゃんだ。
「あら、そうかい?」
本当にこんなんで大丈夫なのかなと一抹の不安を持ったまま、それでも目の前の現実を受け入れて、彼女を案内するしかない。
あとは野となれなんとやら・・・。