真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第157縁:あの頃の自分は・・・。

「樹を選ぶつもりがないだと?!」

 

 瀬戸の言葉を受けて阿主沙は大声を上げる。

 

「あくまで彼の言動を鑑みての推測よ?」

 

 推測ではあるが、一路の何処か他人事のような樹選びに望む態度を見るに間違いはないだろう。

変な確信がある。

 

「ぬぅぅ・・・いや、確かに樹選びの儀式に乗り気ではなかったが・・・資質はあるのだと確信があるからこそ、ここにさえ連れて来れば・・・。」

 

「樹と契約するとでも思った?自分の時はあんなに嫌がってたクセに、あのコはそうじゃないって、どの口が言うのかしら?」

 

「あ、あれはだな?!」

 

 自分は選ばれないと思っていたから。

阿主沙はそう反論したかった。

樹の声すら聞こえない、聞くことの出来ない自分には樹を持つという事など到底無理な話で・・・彼女"達"を落胆させるだけだと。

ならば樹雷にとって自分は必要のない人間ではないか。

当時の阿主沙にとって、樹選びの儀式というのは死刑台へと続く階段でしかなかった。

 

「時代は巡るというけれど、なんというか、時代の波とでも言うのかな?新人類なんだねぇ、きっと。」

 

 これはこれで面白いなぁと述べる舟参は本気で楽しんでいる。

 

「昔は時代の波に乗らなきゃいけない。いや、その波すらも自分で起こすんだと思ったものだよ。」

 

 身の程を弁えたというより、牙を抜かれた、腑抜けたと今の舟参を揶揄する者もいるだろう。

しかし、舟参自身はそう変わったとは思ってはない。

いや、変わりはしたが、それが全てだとは思っていないのだ。

その証拠に今も自分は樹選びの門番を担っている。

 

「でも、こんなになってもまだ役目というものはあるんだよ。もし、彼が樹を選ばなくとも選んだとしても、責任を以て結果を受け止める。まぁ、ちょっとはしたないけれど、ケツを持ってやるのが大人ってもんじゃないかい?」

 

 樹雷の男としての矜持も、当然大人としての矜持も捨てたわけじゃない。

名誉職の半ば世俗から離れ隠居した身だからこそ、若者達に任せ、時に矢面に盾になってこの生を終えるべきだ。

それが出来ないというのならすぐ様、樹雷からも出て行かなければならない。

舟参はそう考える。

 

「あら、今、すんごい株が上がったわよ、舟参殿。」

 

 この時ばかりは、あの往年の舟参の姿がダブる。

しかも、あの時のような嫌な気がしない。

 

「それは嬉しいな。」

 

「それに比べ・・・。」

 

 アンタの株は大暴落よ、と言わんばかりの視線が阿主沙に注がれる。

 

「阿主沙殿、こんな自分にだってこうも変われるのだから・・・。」

 

 若い者を大人の都合で型に嵌めて矯正したところで・・・。

 

「なんだなんた、まるでワシだけが悪いみたいではないか。元を正せば瀬戸、オマエのせいなのだぞ?」

 

「あら、そうだったかしら?アタシ過去は振り返らないオンナなのよねぇ。」

 

 などと言っても、鏡・瀬戸としての記憶のみならば共有化していた時と比べ、それ程多くはないのが事実なのだが。

 

「あのぉ・・・・・・お取り込み中ですか?」

 

 ・・・・・・。

ぽつり。

今まで会話に参加していた声とは違う声、闖入者が。

非常にすまなそうな顔をした一路が、小さくなりながら二人の後ろに立っていた。

 

「ば、馬鹿者、戻ったのなら戻ったと言え。」

 

 転送された一路の気配に気付けなかった阿主沙がそうこぼす。

だが、そこではたと気づいた。

 

「・・・契約したのだな。」

 

 樹雷本国、しかもその中心たる天樹の中で樹雷皇の自分が真後ろに転送されてきた人間の気配が解らないという事はありえない。

正確には第一世代【霧封】と契約している自分がだ。

つまり、その事実は一路が"同等"の樹、或いは"隠れんぼが得意"な近い世代の樹と契約した事を暗に示していた・・・はずだった。

 

「いえ、契約"は"しませんでした。」

 

 見事に裏切られる。

そこにいた阿主沙以外の二人は、あぁやっぱりという顔をしたものの、阿主沙には到底納得出来ない。

 

「では・・・。」

 

「天使さんに会ってきました。」

 

「は?」

 

 天使?

 

「もう会えないって思ってました。出来るならお礼言いたかったんです。」

 

 呆然としている阿主沙をよそに淡々と一路は言葉を続ける。

空気が読めないとばかりに矢継ぎ早に。

 

「・・・・・・"奥の間"にたどり着いたのではないのか?」

 

 そんな状態で、阿主沙がなんとか問い返せたのはそれだけだった。

 

「あ、えーと・・・奥って言われても、奥が何処だってのが・・・。」

 

 看板があるならまだしも、初めて訪れた場所だけに一路にはそれが解るはずもない。

 

「嘘をつけないタイプなのねぇ・・・。」

 

 言ってはいけないと解っていたのに瀬戸は言ってしまった。

確かに自分の性格上、一路が何を誤魔化す、或いは躊躇っているのかは気になる。

普段の自分だったら突っ込んで聞くかもしれない、いや聞く。

ただ、それは別に今じゃなくてもいいだろうし、いずれ解るというのならそれでいいと思った。

第一言いたくない人間が傍にいる状態で言えるはずもないだろう。

そう、一路が隠したいと思っているのは、阿主沙に対してのみに思えたからだ。

 

「ふむ。」

 

 しかし、一路を睨む阿主沙の視線は、現状からの話題転換を許さない。

 

(ほんっとに大人気ないわよ、阿主沙ちゃん。)

 

 今度は口に出さなかった。

・・・出しても良かった気もする。

 

「あぁ・・・えーと・・・。」

 

 一路に縋るような目で見られてしまうと、思わず助けたくなるものねぇ、きっと周りの皆もそうって事よねぇと呑気に納得するだけだった。

 

「約束しちゃったもので・・・。」

 

「約束?」

 

「・・・・・・お、面白いから阿主沙ちゃんにはナイショにしときましょうって・・・・・・。」

 

 どうやら言いたくなかったのは内容の方ではなく、その前の段階の話だったようだ。

 

「あ、あぁ、成程。"あの子"か・・・実にあの子らしい」

 

 真っ先に一路の言葉の意図を理解したのは皮肉にも舟参だった。

苦しそうな泣きそうな表情を作って呻くと、ただただ頷く。

 

「はぁ・・・。」

 

 深い溜息をついて阿主沙は項垂れる。

 

「全く、ドイツもコイツも!もうよい!!」

 

 その時、その時だけはまるで子供のような反応だと誰もが思ったのだった。

 

 

 

 




ちょっと舟参の株を上げてやりたかったんだよ、あのじぃさんだって想うとこはあったんだと思うよ。
じゃなきゃ、やるせないじゃないか・・・。

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