真・天地無用!~縁~   作:鵜飼 ひよこ。

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第156縁:天突く樹の下を照らす月は・・・。

 人がいる。

しかし、そんなはずはない。

建前上は門番である舟参がいるのだ。

彼が自分達以外の人を通す事はあるかも知れない。

だが、一路の直感はそれを否定していた。

限りなく人であるが、人の形をしているが、人とは言い切れないと訴えている。

何かが人の形をしている。

能面のような表情、まるで感情というものを見て取れないというのに何処か儚げで、でも芯の強さと穏やかさ・・・そして美しさを持つ。

そんな女性が天使の傍らに佇んでいる。

 

「時間は3分もあげられませんよ?」

 

 天使がそう呟くとその女性が頷いた気がした。

 

「檜山 一路さん。貴方は樹雷に、"私達”に何を望みますか?」

 

 唇は動いてはいなかった。

しかし、その言葉は一路に届く。

それが物理的に放たれた声か否かは一路には解らない。

そんな事よりも、目の前にいる女性の問いの方が、一路の心に刺さった。

一路の本心を的確に見透かされたからだ。

 

(この人は解ってるんだ。)

 

 思わずゴクリと息を呑む。

これを嘘や誤魔化しで乗り切る事も出来るだろう。

しかし、それが正しいのか?果たして誠実と言えるだろうか?

それを考えると答えざるを得ない。

何より、目の前にいる女性に与えられた時間は3分のみなのだから。

 

「・・・・・・何も。」

 

「何も、とは?」

 

 何とか絞り出した一言でも女性は追求してくる。

再度確認をされ、一路は目の前の女性と天使を見比べる。

自分をここに導いた相手は何も言わない。

言ったのは3分という時間の区切りと、ここがゴールという事だけ。

という事は、最初からこれが目的なのだろう。

 

「僕は、宇宙に出る事、樹雷という国に憧れがありました。」

 

 これは嘘じゃない。

灯華を連れ戻すのが目的ではあったが、広大な宇宙と進んだ科学文明、様々な種族、全てが新鮮な驚きと発見の連続だった。

 

「う~んと、うまく説明が出来ないけれど・・・。」

 

 色んな出会いがあって、樹雷に来て全に問われて、そこで一路は改めて考えるようになった。

勿論、樹選びに関しても。

 

「えっと、結論だけ言うと、僕はやっぱり樹雷の人間にはなれない、樹もいらないです。」

 

 目の前の二人は、一路の言葉に互いの顔を見合わせる。

この光景を見て、やはりこれでは説明が足りてないなと一路は思う。

 

「樹の力は素晴らしいけれど、僕にはそんな力はいらないし・・・。」

 

 全は樹があれば環境問題もエネルギー問題も解決出来ると言っていたが、これが地球にあればなどと感動はした。

だが綺麗事だとは解っていても、その解決を樹だけに押し付けている気がして、どうにもすっきりしなかった。

第一それじゃ、問題を起こした当の人類が何の努力もしていないじゃないか。

 

「僕は心の弱い人間だから、そんな力があったらきっと頼ってばかりになっちゃうだろうし、そんな依存は間違ってると思うから。」

 

 それを自分の力だと錯覚してはいけない。

自分を特別だと思ってもいけない。

あくまでちっぽけな人間なのだ。

 

「樹にも意思があります。力に限りも。全ての望みを叶えられるわけではありません。」

 

 樹にも最低限の善悪の判断や思考基準はある。

ただ、攻撃性という点においては矛盾を孕んでいるのは、以前、山田西南が神武を用いた時に精神汚染という結論で証明したばかりだ。

 

「だから余計に。僕は樹雷人になれないし、樹雷を自分の国とは思えない。そりゃあ、今の日本人は愛国心の高い民族とは言えないけど、でも、僕の帰る場所は地球のそこだから。第一、意思のある樹を、ここに来るまでだって沢山話しかけてくれた樹を他の樹と引き離すなんて考えられない。」

 

 樹々のネットワーク範囲は広大なうえに、若い樹は同族意識が希薄なので一路の言うような心配はないのだが、一路にとっての国家や家族論というのは、そういう事なのだろう。

これは今まで一路が生きてきた中で築かれた価値観だ。

 

「本音をもっとぶっちゃけちゃうと、樹雷の国の構造は好きじゃなくて・・・何処か変で・・・樹雷の人にとって樹って何なんだろう?神様みたく崇めるモノ?ただ船に乗せる動力源?解りやすい権力?」

 

 どれもが正解で、どれもが間違いという気がする。

少なくとも、一路が出会い見てきた樹雷人はそのどれかだったと思う。

 

「人と樹は別物で、どちらかに依存するものじゃなくて、したとしてもいつかは、その、卒業しなきゃいけなくて・・・。」

 

 親離れみたいなものだ。

いずれではなく、強制的に母と離されるようになった一路ならではの感覚だろう。

何もかも樹を中心として決定され回ってゆく樹雷。

一路にはそういった樹雷の歪な側面ばかりが焼きついてしまった。

そんな風になってしまうのならば、一路はそもそも求めたりはしない。

 

「対等ではないと?一路さんはそんな関係は望まないという事なのですね?」

 

 天使が呟く。

 

「え?あれ?そういう事なのかな?うぅ・・・僕はただ"友達"になるくらいが丁度いいかなって思ったんだ。喧嘩も出来ない、お願いばかりを都合よくする相手じゃ、信頼も友達関係も出来ないかなって。でもそれって樹選びの儀式なんかしなくってもなれるもんじゃないのかなぁ・・・て?」

 

 鋭い視点で切り込んできたかと思えばコレである。

そもそも樹選びの儀式は、誰彼構わず樹を与える事のないように二重のセキュリティの意味合いがあったのだが、それすらも一路には歪に感じるのだろう。

樹とは、共に並び立って歩んで行くモノではないのかと一路は言いたいのだと、天使こと津名魅は理解する。

姉と共にこの銀河に降り立ってから、一神(ひとり)で歩むようになった時に出会った兄妹を思い出す。

まだ樹々がなかった頃、樹雷という国もなく、彼が総帥という名で呼ばれていた頃を。

 

「繋がりによって社会や国が出来るのであって、人が手を広げなければ何も生まないというのは真理ですね。」

 

 以前、NBが言っていた事が一路の脳裏に浮かぶ。

あの時のNBは、永遠の孤独こそが人の心の、世界の平穏を生むと言っていた。

一路はそれはナンセンスで、余りにも寂しく悲し過ぎると反論したが、つまりはそういう事なのかも知れない。

 

「それが貴方の、貴方だけの国なのですね?」

 

 一路だけの国。

まるで答え合わせをされた気分だった。

一路の心の奥底で何かに火が灯るような・・・。

 

「では、契約はやめにしましょう。勿論、樹選びも。一路さんには必要ないのですもの。そんな事よりも、"私達"とお友達になる事の方が重要で大切なのですものね?」

 

 一路は、初めて目の前の女性から人間味を感じた気がした。

その微笑みと共に。

 

 


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